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書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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アニメ宝石の国 感想
いよいよ10月から「宝石の国」のアニメ放送が始まります。→ アニメ公式サイト
この日記、アニメ感想というタイトルのくせにまだ見ていないのでとりあえずフェイクです。すみません。

以下は2014年に書いて、結局ブログに載せることをせずそのままにしていた文章。
2巻までの時点です。

==

市川春子さんの作品は大好きです。
最初に見たときのインパクトは高野文子さんの作品を読んだときの衝撃に似ていました。
この二人を比較している文章はネットに多いですね。
私は「田辺のつる」や「たあたあたあ」を掲載誌で読んだ世代なのです。

市川作品は何かの受賞作ということで「虫と声」が目立っているようです。
でも私はこれは今一つかなあ。

「日下兄妹」や「星の恋人」がいいなあ。

「宝石の国」は、萩尾望都さんや竹宮恵子さんの系譜に連なる作品という見方があるようで、なるほどなあと思います。

それ以上にやはり手塚治虫さんの偉大さを感じないではいられません。
「星の恋人」はかなりテイストが違うんだけど、ルーツとしての手塚作品を強く感じました。
手塚さんはナルシストは描いても、ロリコンを描くことはなかったでしょうけれど。
ブラックジャックのピノコにはロりの要素が極薄だからなあ、ww

私は市川作品の新作が出ると無条件で買うので、宝石の国の内容、設定は全く知りませんでした。
ページをめくって、あれ? こいつらもしかして男の子? いや、しかし、この体型、ヒップラインは少女だよなあ、などと。www

でも科白や行動には男の子的な傾向が強いですね。
私にはBLやショタの嗜好は全くないので、ちょっと残念。

「残念」というのは、あれが少女ではかなったことについてです。
でも女の子設定であれば、キャラ間の関係性がもうちょっとベタベタ・ネバネバ・ドロドロになってしまうのかもしれません。それではストーリーが成り立たない。

そもそも性別は無いという設定なのかな。

とてつもなく独創的な世界観、ストーリーになっています。
1巻ではなかなか理解できなかったけれど、2巻でその全貌の一端が開示されますので、今から読むのであれば2冊同時に購入することをお勧めします。

1巻が発行されたとき、それを記念した宣伝用の短いフルアニメが公開されています。


==


時は流れて、現在宝石の国は7巻まで。

上を書いた当時はまだ少なかった情報も蓄積されてきました。
【インタビュー】上は少年、下は少女。性別のない宝石たちは「色っぽい」! 『宝石の国』市川春子【前編】
【インタビュー】妄想がかたちづくる物語は、自分自身でも予測不能! 『宝石の国』市川春子【後編】


物語が若干ぐだぐだしてきたように感じます。

キャラの見分けが難しいのも分かりにくさを増す要因かなあ。

では、アニメ放送開始を待ちましょう。

==

2017/10/19

第一回を見ただけではまだ何も言えないと思いました。
それで二回まで待ちました。

私がここにアニメの感想を書くのは「原作のキャラのいずれかに、何等かの思い入れがある場合」に限られているようです。
いや、別に、そんなポリシーを作って守っているのではありません。
振り返ってみると、そういうことかなというだけのことです。

だから例外も結構あります。例えばヱヴァ。
あれはどのキャラにも思い入れがなく、むしろ嫌悪感から感想を書きました。

宝石の国に関しては、キャラへの思い入れはありません。
(そもそも私にはキャラの見分けがつかないことが多いw 原作は色が無いからね)

それと、これ重要なのですが、私の基準では「主人公がバカ」な作品はそれだけで評価がダダ下がりします。(ヱヴァのシンジが典型)
但し「愛すべきバカ」はいいのです。(例を挙げればワンピースのルフィ)

この「バカ」を敢えて言葉で定義すれば「何も考えていない、もしくは考えてはいるけれど配慮が欠如していて、結果その行動が周囲に悪い影響を与える存在」です。
そして本人の努力ではなく、主人公として与えられた運や周囲の尽力で進行する物語が嫌なのです。

ただまあその評価は色々な属性を総合して下すものなので、主観としか言いようがありません。

としたとき、本作のフォスはどうなのかと言えば、ギリギリのところでセーフと思っています。
あくまでも主観ですから。
でもアニメのフォスは原作よりも若干バカっぽさ感が強いかな。w

2話まで見て私が「おお、これは」と思ったのはダイヤのキャラ設定でした。
ユニセックスでありながら男の子的面が強い彼らの中で、ダイヤは女の子的要素が突出しています。
原作でもその傾向がありましたが、アニメになってその仕草や声が余計に強調されているように感じました。

うん。いいことだよ。笑
やっぱりねえ、男ばかりじゃ味気ない。

宝石の国に関する同人界隈は賑わってきているのでしょうか。
これだけの素材だから、カップリングがどうの、受けが攻めがって盛り上がるのかもしれません。

私は自分でも同人活動を(かつて)していながら、この「受けX攻め」の分野には興味がありません。できれば目にしたくない。
勿論、それを楽しんでいる人を否定するのではありません。
好み嗜みが違うというだけのことです。

二次創作に関しては彼等の存在を愛でる領域でだけ、漁ってみることにしましょう。

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二周目の僕は君と恋をする 感想



飽きることなく何度も何度も創られているタイムスリップ、タイムリープ物の一つ。
それほどに誰もが「もう一度あの時に戻ってやり直したい」という願望があるのでしょうね。

私は仮に記憶を保持したまま過去に戻って何かをやり直すことができたとしても、それによって発生する新しい事態が新しい後悔を生み出すのは避けられないのだから、遡り自体が無駄なことだと考えています。
誰かの命に関わるようなこと、不注意で誰かを死なせたとか、検診を受けなかったばかりに発見が遅れてガンで亡くなったとか、そういうことであれば「願望」することを否定まではしませんが、どっちにしろできないのだらか詮無いことに変わりはないと思います。
況や、恋愛に関してをや。

だからこれをテーマとする小説などの創作物は、よほどの新味がなければ読む価値がありません。
価値があったと感じたのは三秋縋さんの「スターティング・オーヴァー (メディアワークス文庫)」かなあ。
タイムリープという設定を逆手に取った見事な内容。これはお勧めです。
実写映画化された赤城大空さんの「二度めの夏、二度と会えない君 (ガガガ文庫)」も嫌いではないのですが、人に勧めるほどとは思えません。
「無邪気の楽園」は、・・・あれは天国かな。嘘々w

さて、本作はどうか。(以下ネタバレ含みます)

私が本作を買って読んだ動機は単純明快、イラスト担当が和遥キナさんだからです。
イラストが他の人だったら、本作のタイトルだけで読む気が失せていた可能性があります。

後書きによると、作者の瑞智さんは和遥さんのことを知らなかったみたいですね。
それなのにイラストを担当してもらえるとは、なんとバチ当たりで、なんと羨ましいことか。w
私だけでなく、カバーが和遥イラストだから買ったというファンが大勢いるはずです。

さてさて、肝心の中身についてです。

実は読んでいての感想はかなり低評価でした。
文体は平凡。
ありきたりで面白みのない比喩、描写。
類似品を幾つも思い出すエピソード。
テンプレートとしか思えない鈍感系の主人公。

ラノベを、小説を最近読み始めたばかりの青少年ならばこれでもいいだろうけれど、ある程度読んできている読者には退屈でつまらない。

脇役の二人はいい線行っているのに、終盤に中途半端な形で消えてしまいました。

ヒロインは、その見た目、性格、嗜好、行動、何よりその気持ちが、本作がターゲットとしているであろう読者層にとって理想的な存在かな。

だって、主人公本人が全く気付いていないうちに好きになってくれているヒロインなんて理想的で都合のいい存在の極みですよね。

そういう理想的なヒロインと、平々凡々な主人公のラブロマンス。
もう、典型の典型です。

タイムリープの起こり方も極めて恣意的で都合が良すぎます。
象徴的なアイテムであるヘアカフスは、その存在の必然が感じられません。

うーん。救いようがないなあ。w

逆に、良かったと思う点を挙げてみます。

・タイムリープについて、二人であれこれ検討している場面。
 これは個人的にとても好印象です。
 だって、ファンタジー系のラノベでは起こっている現象の説明を最初から放棄しているのが多くて私はとても不満なのです。
 ラノベ読者にはあまり気にしない人が多いのかな。
 どうせ説明不能だとしても、少しは言及して欲しい。
 本作程度でいいんです。

・春の祭典の扱い
 私はベジャールの春の祭典の公演を見に行ったことがあります。
 東京で、つまり日本での確か最後の公演でした。
 バレエにそれほどの興味はないのですが、ベジャールは特別でした。
 一般には丸いテーブルを使ったボレロの振り付けが有名ですよね。


すごい。ショナ・ミルクのボレロの動画があった!!
私はこれをNHKで見て感動してベジャールにはまったのです。



 茉莉の振り付けはオリジナルだし、前衛的なベジャールのものとは全く異なるのでしょうが、そういう思い入れがあるので嬉しかったのです。
 ただ選ばれし生贄の乙女などこの曲の世界観と、茉莉の消失をリンクさせているような部分は、納得できるレベルには至っていないと感じました。
 それと、バレエやクラシックの界隈では本当に「ハルサイ」って呼んでるの?
 私は周囲にこの曲について語りあえる人がいなかったので状況が分かりません。


・あれ?   他には良かった点が無い?

実際、第九章まで、つまり殆ど最後まで「つまらなかったなあ、時間の無駄だったなあ」という気持ちが強かったのです。
このまま茉莉が消えて終わりなら、ヒロインが死んで終わる話と実質同じだよなあとも。

だけどね、あの短い終章を読んで評価が少し変わりました。

崇希のあの行動は、作品全体から導かれる当然の帰結とは思えません。
あの行動にからまった伏線が収斂して解決に至るという見事さは全然ありません。

言ってみれば唐突。

でも、まあ、あれで良かったんじゃないかな。

何を隠そう、私は都合のいいハッピーエンドの物語が大好きなのです。
(フォローになってるかなあw)

==

さて、和遥キナさんの「並行少女世界13」が現在絶賛発売中です。
本作のカバーイラストも収録されていて、それをA4版の大きなサイズで見ることができます。

売り切れ必至(これは過去の例から間違いありません)。
いますぐ注文しましょう。

→ メロンブックスのページ

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勝谷ボランティアの負け惜しみ
兵庫県知事選挙で、私が選挙活動のボランティアに行った勝谷誠彦さんが「瞬殺」と言われる落選を果たしました。

無かったことにして知らん顔をしてもいいのですが、それでは私から彼への義が立たない。
少しだけ負け惜しみを書いておきます。

 井戸敏三 944,544 (無・現)
 勝谷誠彦 646,967 (無・新)
 津川知久 148,961 (無・新)
 中川暢三 102,919 (無・新)

約1.5倍の差を付けられての惨敗ですね。
落選3人の票を合わせても、井戸さんに届きません。
兵庫県民は井戸さんを選んだのです。
そのことの良し悪し、結果として今後4年間兵庫がどうなるかは兵庫県民ではない私には関係ありません。

私は10年以上毎日、勝谷さんのメールを読んできました。
メールと言っても、元々は「日記」です。
だからテレビでしか勝谷さんを知らない人よりは、彼の人となり、考え方、行動を知っています。
尊敬できる点もあるし、感心できる点もあるし、呆れ返るような点もあるし、納得できない点もあります。
見ていてはらはらするくらい脇が甘いと思うこともあります。
そういう評価の合計に、彼が知事になってやりたいと考えていたことを重ねた上で、それを応援したいと思ったからボランティアに参加したのです。
ボランティアに来ていた人の多くがメールの読者でした。

彼が知事になったって、私個人には何もいいことはありません。
せいぜい知事室に招待してもらって気分のいいひとときを過ごせるかなあくらいのものです。
だけど日本全体を考えた場合、東京以外ジリ貧が続いている地方を変える起爆剤になってくれるだろうと思ったのです。

だけど有権者の多くはそう考えませんでした。

有名人、特にテレビで顔を知られてから知事になった人
東京 青島幸男、石原慎太郎、舛添要一、小池百合子
大阪 横山ノック、橋下徹
長野 田中康夫
宮崎 東国原英夫
千葉 森田健作

他にもいるかもしれないけれど、思い出すのはこれくらかな。
末路はともかく、当選した時点での彼らには「基本的に愛されキャラ」であるという共通点があります。
それは「政治家や官僚以外から知事になる」ために絶対に必要な条件のように思えます。

殆どの有権者にとって政策の細かい違いなんかどうでもいいんです。
そして、「あの人に知事をやってもらいたい」ではなく、「あの人を知事にしたい」でもなく、
「あの人を知事にしてあげたい」と多数の人が思うかどうか、が当選の決め手になります。
勝谷さんのキャラにはこれがなかった。

上の中で田中さんはちょっと異質です。
当選した当時も田中さんを嫌っている人が多かった。
でもそれ以上にその時点での県政が県民から疎まれていました。
その気持ちに押されて当選した田中さんを見ていたのが勝谷さんです。

でも、井戸兵庫県知事には当時の長野県政に匹敵する「悪い点」が表立ってはありませんでした。
せいぜい、多選であることくらいです。

これでは「辛口」と呼ばれ、つまり印象として「偉そうにしている」と思われ、「基本的に愛されキャラ」ではない勝谷さんが勝つのは難しい。

勝谷さんは約65万票を獲得しました。
65万もの人が彼を支持しました。
でもそれでは届かなかった。
井戸さんに投票した94万人は勝谷さんを選ばなかった。
投票に行かなかった数百万人も勝谷さんを選ばなかった。

立候補前に安倍首相に報告に行ったとき「あと4年待ってくれ」と言われたそうです。※
その時点で、自民党は井戸さんを推すことが決まっていました。
4年待っていたらどうだったかなあ。
これは詮無い「たら・れば」です。

※ この部分、訂正します。
  勝谷さんのメールに安倍さんが4年待てと言ったとは書いてない。
  四期の現職を破って56歳で知事になり、60歳一期で辞めるという物語を考えていたのでしょう。
-----------------------------------------
2017年4月26日
 いろいろなひとの意見も聞いたが、最後は自分で決めることだ。
「もう一期、現職にやらせてもらえれば」という声は多かった。

もうひとつは、自分の年齢だ。
さきほど触れたように「あと4年待って欲しい」の裏には「待ってもられえば、応援団がたくさんつきますよ」ということだと理解できる。
その時は楽な選挙だろう。
 だがそれは私ではない。

-----------------------------------------


彼が政治家を目指すことはもうないでしょう。
それを差し引いてもこの負けっぷりは悪かった。→
勝谷誠彦氏 瞬殺会見で暴走…「腐った保守は死ね!」17日間で億のカネを使った

酒を飲んでインタビューに応じて「腐った保守は死ね」。
これでは愛されないキャラが嫌われるキャラになって終わってしまう。
デイリースポーツのこの記事は「政治」でも「地方」でもない「エンタメ」に分類されています。

私は少しばかりでも彼の人となりを知っているから、彼がそういう発言をした真意は理解できると思っています。
だけど一般には全く通じない言葉です。
彼の代弁をしたい思いもあるけれど、10年間彼の文章に触れてきて理解できたことをたかだか十数文字で表現することはできそうにありません。

案の定、ネットにはこの発言を罵るコメントが溢れました。
それを読んでいて悲しかった。
勝谷さんの発言が悲しかったのではありません。
彼がそれを言うことが理解されないことが悲しかったのです。
こういう、買う必要のない悪意を自分から買ってしまうのが彼の脇の甘さの最たるものなのです。

罵っている人の多くは「俺は勝谷には入れなかった。良かった」「俺は井戸に入れた。良かった」と書いています。
「勝谷に入れたけれど後悔している」は殆どありません。
もしかすると井戸さんに投票したことを少し後ろめたく感じていたのが、勝谷さんのあの発言を読んで正当化されたと安心したのかもしれませんね。

少し意味が違うかもしれないけれど「預言者郷里に容れられず」という言葉を思い浮かべました。


彼は天才型の人です。
それと同時にADHD(本人がそう言っています)です。

彼にいい場所(地位+資産:人・物・金)を与えると、凡人には真似のできない発想から素晴らしい大きな成果を出すことができるでしょう。
だけどその途中で周囲との軋轢を生んでしまう可能性があります。

「天才+ADHD」の人は、自分の思考の過程を周囲に丁寧且つ慎重に説明することができません。
「理解できないことが理解できない」からです。

丁寧とは、凡人でも理解できるように噛み砕いて説明することです。
慎重とは、不要な摩擦を引き起こす言い方をしないということです。
しかし「理解できないことが理解できない」彼にはそんなまどろっこしいことはできません。

2016年4月29日の勝谷さんの文章
-----------------------------------------
 このビョーキの(自分で開き直るなあ)いちばんの問題は私の場合「通常の社会とのやりとりができない」なのだ。以前も書いたが「ずっと躁病」の私はメディアの中ではそれがフツーで演じられている。あっ、ちなみにまた私は躁に戻っています。文章が違うというか、元通りでしょう。お愉しみ下さい。躁病はいいのだがそれにADHDが加わると、ささやかな普通の社会のやりとりで激昂してしまうことがある。ここまで病識がある患者も珍しいと思うが。医者の息子だからでしょうね。因果なものだ。
-----------------------------------------

でもね。
こういう人でも、それを理解して支えるスタッフがいれば、組織のトップとしてその才能を大いに発揮することはできます。

だけどね。
こういう人が、選挙で勝つことはとても難しいのです。

惜しいなあ。

勝谷選挙ボランティア報告
6月14,15,16の3日間、神戸三宮の勝谷誠彦選挙事務所でボランティア作業をしてきました。
その記録。時間は大凡です。

6/14(水)

11:30 自宅出発(かみさん運転の車)
12:06 ココウォーク発出島道路経由長崎空港行バス乗車 900円
14:40 SkyMark146便長崎定刻発 前割1で11,500円
15:45 神戸空港着 ポートライナーで三宮へ 330円
16:15 アパホテル神戸三宮チェックイン
17:00 勝谷事務所訪問 高橋ヨロンさんと名刺交換
17:30 事務所を出て近所の店でかつ丼の夕食
18:00 三宮センター街ジュンク堂「知らない映画のサントラを聴く」購入
18:00 神戸マルイ5階で帽子購入 3,888円 晴天対策
18:30 道に迷う 気付いたら元町駅 JR沿いに三宮まで徒歩で帰る
19:00 デイリーヤマザキで飲み物購入 シャワー 就寝


6/15(木)兵庫県知事選告示日

06:30 起床 一階で朝食
08:20 チェックアウト サンドイッチ付セットプラン6620円
08:30 JR三ノ宮駅コインロッカーに衣類等の不要物を預ける
08:40 勝谷事務所着 2階で他のボランティアと待機
    勝谷さんがウロウロしている。
    若干ハイテンション。「義」の青いTシャツに京都デニム。
    立候補届け出が1番になったことで事務所全体が少し興奮状態。
    ヨロンさんが事務所に戻る
09:30 事務所一階で出陣式 
    なかなか始まらなかったのは着替えさせられていたせいらしい
10:00 神戸国際会館まで関係者全員徒歩移動
    途中の交差点で中川さんが第一声していたがマスコミ以外は人がいない
    国際会館は綺麗ななりをした坊さんが多数 弘法大師生誕祭らしい
    勝谷さん演説開始 井戸さんの街宣車が通過
    読売新聞の若い女性記者に取材で声をかけられた。
    正直に私は兵庫県民ではないと言うと、残念そうに去っていった。w
10:30 勝谷街宣車出発 ボランティアは事務所へ戻る
    淡路島ポスターグループ出発
11:00 事務所一階で選挙ちらしにシールを貼る作業開始 ※1
     Kさん(尼崎の男性)
     Mさん(相生の男性)
     Yさん(神戸の女性)
     Nさん(名前聞きそびれた長野の女性)
12:30 女性二人食事へ 13:30頃戻る
    同じ頃、勝谷さん昼食休憩で事務所へ(ヘロヘロで帰ってきた)
13:30 Kさんと三宮地下街で昼食 14時過ぎに戻る 作業続行
    一階玄関に置かれたラジカセで井手隊長の「ああ兵庫県。」がエンドレスリピートで再生される。夢にも出てきそうだ。w
    でもそのおかげもあって通りすがりの人がこちらに興味を示す。
    次々に人が入ってくる。
     「うちの壁に貼りたいのでポスター下さい」
     「差し入れにに来た。頑張れ」
     「ちらし貰えますか?」
    「すいません。私らボランティアで何も分からないので二階に行って下さい」
    にしても、みなさん個性が強いこと。
    帰宅してから大阪出身のかみさんにそれを言ったら、
    「神戸じゃまだまだ、大阪の人種ほどじゃないと思うよ」だって。
16:00 シール貼り終了
    そのシールを貼ったちらしを2つ折りにする作業発生。※2
17:30 私だけ一旦作業中断
17:35 コインロッカーの荷物回収
17:40 JRで元町へ 道に迷う ビルの警備員に教えてもらう
17:45 R&Bホテル神戸元町 チェックイン
18:10 事務所に戻る
19:30 2つ折り作業とりあえず終了
    「義Tシャツ」購入。XLサイズ。
    勝谷さんは同窓会があるとかで街宣車から降りたとの情報入る
    「電車で帰るから」「止めて下さい。もう候補者なんだから」
20:00 三宮地下街で一人夕食
20:15 ホテル戻り シャワー 就寝


6/16(木)

06:30 起床 地下階で朝食
08:30 08:20 チェックアウト 4759円
08:50 事務所着 常駐スタッフ2人とMさんの3人
    ボランティアスタッフに読んでもらう注意書きを ※3
    100部コピーしてホチキス止めする作業を開始。
    常駐スタッフ髭のTさんと半同郷であることが判明。
    彼は私の故郷の町の学校出身だった。何という奇遇。

    ずっと事務所で寝泊まりしているらしい。
9:30 Yさんが私物の新品DVDレコーダーを持って登場
    事務所にTVはあるけれど、録画できなかった。
    設置を手伝う。
9:40 三ノ宮駅前で勝谷さんが演説しているから行ってくれとのこと。
    私、Mさん、Yさんの三人で駆けつける。
    結構人が立ち止まって聞いている。
    演説を終えた勝谷さんと握手。(でも彼にとっては一般聴衆の一人)
    Mさん、Yさんと挨拶して分かれる。
10:40 国際会館地下 かみさんの命令でオーガニック化粧水(7,500円)購入。
11:30 ポートライナーで神戸空港着 330円
    職場、家、実家への土産買う。
12:55 SkyMark143便神戸定刻発 5,900円
14:10 長崎空港着
14:25 行きと別ルートの高速バス 800円
    かみさんが車で迎えにきてくれた。
    全皿90円のすしろーで昼食。
21:00 Yさんからお疲れ様とのメール来る

食費と土産を除いた移動費、宿泊費合計で約35,000円。
うん、いい道楽だ。(道楽と言うには金額は大したことありませんけれど)

結局勝谷さんと直接お話しをする機会がありませんでした。
でもヨロンさんに会えたし、T-1君の姿も見れたし。
当選したら県庁の知事室に遊びに行こうと、Mさん、Yさんと分かれ際に話したから、それを楽しみにしておきます。※4


※1  ポスター貼りは、やはり土地勘のない個人ボランティアには難しい。
    事務所作業も沢山ありました。
    3万枚のチラシ全部にシールを貼れとは、なんという時代錯誤。

※2  告示前後で、配るチラシの内容、配布の仕方、色々規制があるのです。

※3  告示されると法律の規定が適用される部分が発生し、
    それをちゃんと把握していないと違反を問われることがあるのです。

※4  このエピソードが2017/6/20付「勝谷誠彦のxxな日々。」で紹介されました。
     約束が勝谷さんに承認されたようなものだ。w
さあ告示だ。兵庫に行くぞ。

私のこれまでの人生の中、西宮の従姉妹の結婚式で一度行ったことがある以外全く縁のなかった兵庫県。
今週15日にその兵庫県の県知事選挙が告示され、コラムニストの勝谷誠彦さんが立候補します。

私は前日(明日14日)から泊りがけで馳せ参じることにしています。
ボランティアでポスター貼りに行くのです。

土地勘がなく車もない人間が一人行ったところで大したことはできません。
でもきっと何かの役には立つ。
大人数を動員できる組織のない候補者にとって1万3千箇所もある掲示板全てにポスターを貼るのは大変なことです。

長崎から神戸までの往復飛行機代、宿泊代、食費、移動費は全て自腹です。
その間、仕事は休暇を取ります。

スケジュール:飛行機とホテルは予約済み
14日の午後の便で神戸に入って事務所に顔出しして三ノ宮のホテル。
15日は朝から事務所に行って指示を貰い、宛がわれた担当地区でポスター貼り。
その日は出陣式もあるのかな。
ポスター貼りは可能な限り終日。元町のホテル泊り。
16日昼の便で長崎帰還。

14日と15日でホテルが違うのは理由があります。
最初に予約したときとりあえずのつもりで一泊だけにしました。
水木金と休暇を取るのはちょっと憚られるかなあと思って。
でも15日は歩き詰めだろうから疲れて夜の便(15日は料金も高い)で帰るより、まだ安かった16日の便にして、その差額でホテルに泊まったほうがいいと判断しました。
そしたら最初のホテルはもう満室だったので、仕方なく別のホテルにしたのです。

どうしてそこまでするのかって?
私個人としては、勝谷さんが知事になっても何の利益もありません。

でもそうなったらきっと、兵庫だけじゃなく日本にとっていいことが起きる。
10年近く毎日ずっと勝谷さんの文章を読み続けてきた私はそう思うのです。

と、まあ、これは一つの理由。
もう一つ本当に個人的な理由があるのですが、それはかなりややこしい事情を説明しなければならないのでここには書きません。
敢えて言えば「義」によって「恩」に報いるということかな。

その気がある方は誰でも参加できます。
ポスター大作戦の申し込みフォームはこちらから
但し、6/15,16,17の三日間です。
 → 明るく楽しい兵庫県

白翼のポラリス感想


カバーイラストを見た時点で犬村小六さんの「とある飛空士」シリーズを思い浮かべたのは私だけではないでしょう。
このブログでの感想 → カテゴリーとある飛空士
読んでみて「とある飛空士への追憶」に似た展開であることに驚いたのも私だけではないでしょう。
本作の感想を書くに当たっては、まずこれに触れなければなりません。
ついでに言うと「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせる要素も。

でもまあ、それはいい。
創作は常に先行作品との競合であって、それを凌駕するものを出せば賞賛されるし、及ばなかったら消えていくだけのことなのですから。
作者さんのツイッターアカウントを犬村さんがフォローしてるしね。
という私の考えを示した上で感想本文に入ります。

不満点が山のようにあります。

最初の1/4までは「どこで読むのを止めようか」ばかり考えていました。
本作と直接関係ありませんけど、とにかく最近は外れが多い。
縁と直観に頼る部分があるとは言え買うまでにある程度吟味はしているのに、読み始めて途中で投げる本、実物を手に取っただけで読む気が失せる本が多くなってきました。
私の部屋にはそんな本が死屍累々です。
本作もその一つになる可能性がありました。

まず、全体として文章に締りがなくてぬるいという印象があります。
少し文才のある高校生辺りがちょっと頑張って書いたものという感じです。
若い主人公シエルの一人称語りだからそうなるのかもしれません。
それでももっときりっとした文章にできるはずです。
作者さんのプロデビュー作ですから、これは今後に期待するしかありません。
あと、章の切り替わりのところでの唐突感が強かったです。
もう少し上手にできないかなあ。

そしてこれは大きいのですが、後半でシエルの心情描写がぐだぐだぐだぐだ続くのが嫌でした。
シエルの内面の成長を描きたかったのだと思います。
であっても無駄な(物語の中で言えば的外れな)描写が多過ぎます。
物語の進行が一時的とはいえ妨げられるのでイライラするのです。
但しそれを嫌うのは私の個人的な嗜好に過ぎません。
私とは逆に好ましいと感じる読者だっているでしょう。

またシエルのキャラが私の好むスタンダードから若干ずれていることも気になりました。
完全には感情移入できなかったのです。
この点は少し惜しい。
スタンダードと言っても「かくあれかし」という具体的なイメージはありません。
どちらかと言うと「なかれかし」、つまりこういう性格やものの考え方感じ方は嫌だなあというネガティブな基準です。
自分の周囲や社会に対して斜に構えているとか、考えるだけでなかなか行動しないとか、悪い意味での諦観を持っているとか、妙に固くて融通が利かないとか、そういうこと(シエルがそうだと言っているのではありません)です。
シエルの場合は、うーんどうだろう、成長過程にあるから仕方ない部分かなあ。

不満点はとりあえずここまでとします。

ステラはどうかと言うと、うん、なかなかいいキャラだと思います。
彼女の方は最初から最後まで真っ直ぐな性格で殆どブレがありません。
この点では「とある飛空士への追憶」のファナと真逆の存在です。
追憶はファナの成長譚でもありますからね。
ただまあ、ステラはあれほどの巨乳キャラにする必要はないよね。
(これは本当に私の個人的好みの問題です。ラノベやコミックのキャラによくある「物理的・生物学的に有りえない巨乳」を私は受け入れられないのです。むしろ嫌悪感を覚えます。ステラはギリギリの線ですけど)

世界観は独自で面白いと思います。
確かに陸地が少ないと資源の争奪が問題になるでしょう。
船国で出た廃棄物は海に捨てるのでしょうか。
惑星系として成り立つかどうかを科学的に考えて否定するのは野暮だな。

飛行機の名前にさりげなく星の名前を使ってあるとことは好印象。
でもポラリスは潜水艦発射弾道ミサイルかな。w

ストーリーは、一巻物の物語としてコンパクトでよくまとまっていると思います。
無駄な部分が殆どなくて面白かったです。
それ故に上記したぐだぐだ心理描写が惜しいんだよなあ。

それとまだ何かが足りない。
重層さ、高尚さ、深長さ、うーん、違うなあ。
単純に言えば軽いんですね。
いや、勿論それぞれの場面は深く検討してあって軽いなんて言うのは失礼ですけど。
これ多分文体からくる印象なのかもしれません。

そして結末。
ネタバレを防ぐために具体的には書きませんけれど、今後の展開を予想させるあのエンドはいいですね。
追憶のファナが……。 あ、ここ書くの止めておきます。
止めるまでもなく本作の序章を読めば私が何を言いたいかは分かる人もいると思います。

次巻を心待ちにしておきます。

勝谷誠彦さんの兵庫県知事選立候補を全面支援します
全面支援表明

今日のメールタイトルを見て、昨日から報道されていることを知らなかった多くの読者が「何で今頃またエイプリルフール?」と思ったことでしょう。
週報『迂闊屋』20170422号の前振りがなかったら、読み終わった後でもどこに仕掛けがあるのか探したかもしれません。

私は投票権がないし、兵庫県民の知り合いは西宮の叔母夫婦しかいません。
やれることは限られているけれど、全面支援するつもりであることを表明しておきます。
人手が欲しいときはxxな日々で呼びかけて下さい。
万難を排して駆けつけます。

面白いですねえ。
安倍首相と蓮舫代表とももクロが並んで応援している場面を思い浮かべて、一人笑ってしまいました。(それぞれの立場があるから実際には有りえないでしょうけれど)
対立候補だけでなく、大マスコミと直にやりあう状況はもっと現実的に想像できます。
勝谷さんはケンカの仕方を知っているから、そのお手並みを楽しむことにしましょう。

だけどこれまでに見えた脇の甘さから少しだけ危惧してもいるのです。
言葉尻を捉えて彼らがしかけてくるであろう「政治的正しさ」という気色悪い妖怪に負けないで下さい。
自分から無駄な労力を費やす状況を作ることがないように。

あ、そうか。
これは「御前」につながる道なんだ。

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上は今私がコラムニストの勝谷誠彦さんに宛てて出そうとしているメールです。
これまでと違って、もう一般読者からのメール全てを本人が読むことはできないかもしれませんが、それはどうでもいいんです。

私は有料化された2007年1月のはるか以前から現在までずっと勝谷誠彦さんの配信メール「勝谷誠彦の××な日々。」を購読しています。

その勝谷さんが兵庫県知事選挙に立候補することが報道されました。
本人による表明は明日27日らしいです。

今日のメールタイトルは<兵庫県知事、やります>でした。

つまりこれから立候補者本人によるメールを毎日読むことができるのです。
学生時代に風俗ライターで鳴らし、その後週刊誌記者として活躍した人の文章です。
朝日新聞の天敵としても知られています。
昨日今日ブログやSNSを始めたような人とは面白さのレベルが違います。

好き嫌いや政治的信条に関わりなく、読んでみることをお勧めします。

とりあえずここからどうぞ→
https://katsuyamasahiko.jp/2017/04/26/4493/


すかすかアニメ 感想
いや、まだ早い。喜ぶのはまだ早い。
まだ一回だよ。今後どうなるか分からないんだよ。

幾つかあったよね。
初回を見ていいと思ったのに後半ガタガタになったアニメが。

という自らへの戒めをどーーーーーでもいいと思うくらい、良かった。
#すかすか

後半ガタガタというのは、小説を原作とするアニメで、一回目はその原作にほぼ忠実なストーリーなのに、途中からエピソードをズタズタに切り貼りしているようなものを指します。

原作が好きな場合は、アニメの作画とか動画とか背景美術などよりも、ストーリーをどう扱うかがやはり一番気になるのです。
原作の長さが影響するので、取捨選択が行われるのは仕方ありません。
アニメオリジナルエピソードが挿入されることも有りえます。

そこに原作への愛があるか。
原作のエピソードを泣く泣く削っているのか、オラオラで削っているのか。
受け止め方は主観でしかありませんが、見ていて伝わってくるものなのです。

枝葉は問題ではありません。原作と100%同じにしろなんて言いません。
場合によっては大幅に変わったっていいんです。
世界さえ変わらなければ。

「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」 アニメの放送が始まりました。

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さて、第1話。
私でも気付くような明確な変更が何か所かありました。

クトリがヴィレムの上の落っこちるシーンとか、パニバルがヴィレムに襲い掛かるシーンとか。
冒頭が養育院ではなかったこととか。←これ、第一回のラストとして効果的でしたね。

クトリが動いている。ヴィレムが喋っている。
ティアットが、コロンが、パニバルががそこにいる。
ラキシュが謝っている。

グリックは以前から知っている通りのいいやつだ。
ナイグラートはそのまんまナイグラートじゃないか。
アルマリアは……;;。うん、まだ我慢しとこう。

これからの一週間、もうこれだけで楽しく生きていけそうです。
次回、ネフレンが出てきたら本当に泣いてしまうかもしれない。笑

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実写版PVを見たとき、何でこれ? とは思ったもののあまり気にしていなかった
Scarborough Fair (スカボロフェア) について。

スカボロフェアはサイモンとガーファンクルの歌が有名(というかそれがオリジナルと思っている人が多い)で、私も男性視点の歌と思っていました。
「かつて彼女は俺の恋人だった」と「そうすれば彼女は俺の恋人になる」の部分の主語はsheです。

OP曲ではheと歌われています。

それを聞いて、中学生の頃カーペンターズの涙の乗車券で、ビートルズの元歌詞のsheがheに変えられていることに衝撃を受けたことを思い出しました。
英語には男言葉、女言葉の違いがないから、これが成り立つのだと。

とは言えスカボロフェアには元々女性視点の部分もあるのです。

それはさておき、すかすかでこの曲が使われていることは、色々な受け取り方、解釈ができそうですね。

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第2話感想  2017/4/20

第2話を見て最初に浮かんだ感想は「グッド・オルタレーション」でした。
「良い改変」という意味です。Good alteration!
実際の英語にこんな言い回しがあるのかどうかは知りません。← ひどい!

一つだけ残念だったのは、コロンの関節技が出てこなかったこと。
あれは文章では面白いオチになるけれど、アニメではちょっと苦しいかな。

なにより、チビ達の顔が見えたのがいいですね。
原作では年長組3+2人と年中組4人が出ずっぱりで、それ以外ではアルミタがほんの少し。
文章の場合は役どころの薄いキャラが大勢出てくると混乱するから、あの程度で十分です。
映像では一人ひとりを描き分ける必要があってしんどいでしょう。
アニメの作り手さんがあの子達それぞれに愛情を注いでくれていることがよく分かります。
みんな、姿と声と、そして名前を貰えて嬉しいんじゃないかな。(名前は5巻最後に出てた)

原作でヴィレムが最初に妖精倉庫に行ったとき、妖精達は7歳から15歳くらいまで30人程と記載されています。単純計算で同じ歳が3人強。
実際には2歳から6歳の範囲もいないと不自然ですが、それには言及してありません。
また、年長と年中の中間の存在もいません。
妖精の発生が定期的でなくばらつきがあるということなのかな。

アイセアは実際に喋っているのを見ると、想像以上に「うざいキャラ」でしたね。
これ、私は態と誤解されそうな言い方をしています。
アイセアがその内面、本心を周囲に悟らせないために生み出した彼女のキャラは、誤解されることを目的としています。
だから私達も誤解してあげなければいけないと思うのです。

ネフレンは。
ああ、誰か私を止めて。
放っとくと際限なしに感想を書いてしまいそう。w

ネフレンは所謂肝臓系女子の一種であって、口数は少ないけれどその内側では沢山の言葉が溢れているはずです。

但し肝臓系女子は一括りにできないくらいバラエティがあります。
代表例を挙げると、
言いたいことがあるのに言えない典型が汐宮栞(神のみぞ知るセカイ)。
言いたいことがあるのかないのか最小限のことしか言わないのが長門有希(涼宮ハルヒの憂鬱)。

これに対してネフレンは言えない訳ではないし、言わない訳でもありません。
必要なことは必要なタイミングで口にする。
ただ必要な状況があまりないだけなのです。

普段は「ん」だけで十分なのでしょう。

よーし。今回はここまでで我慢だ!


ライムスキン一位武官は、実際の軍で言えば大佐クラスなのかな。もっと上?
原作でもよく登場します。
黄金妖精に対する彼の眼差し、扱い、負い目といった部分が、護翼軍の中で一番の理解者であり、且つ冷酷な使用者であることを示しています。
声はやはりちょっとイメージが違うのですが、原作通りだと聞き取りにくいだろうから仕方ないのでしょう。

聖剣(遺跡兵装)の保管庫はまたイメージと違ったなあ。
埃っぽい部屋に雑然と置かれているのかと思っていたのに、厳重な地下保管庫でそれぞれ専用のケースに収めてありました。
経済的価値、そして軍事的価値から言えは、あの扱いが当然かな。


リーリァが1シーンだけ出てきました。
その横に、スウォン。白いマント。
大賢者様の若い頃のお姿がようやく拝めました。w


さて、スルーしておこうかと思ったヴィレムによるクトリのマッサージの場面。
あれはラッキースケベではなく視聴者へのサービススケベと言うべきかな。
ラッキーではなくて必然ですからね。その意味ではサービスですらないとも。
ヴィレムの過去の経験と「おとうさん」的側面があればこそのシーンですね。

ネットで読んだ第1話感想に、蛙面人の入浴シーンをラッキースケベの一つと捉えて、そして勿論がっかりしているのがありました。
妙にツボにはまって可笑しかった。

クトリとアイセアの下着姿のシーンはどっちと言うべきか。
あれは明らかにサービスだよなあ。w
ネフレンだけ服を着ていたのは、年齢に配慮ってことでもないだろうから、謎だ。
2人(もしくは3人)が相部屋ということなのかな。
でもクトリのブローチを遺していった先輩は個室だったはず。

尚、私はネフレンにそっち系を求めていないからがっかりなんかしていません。w
カラメルを舐めるシーンが少しそれっぽかったか。
食べることはエロと通底するからねえ。

この第2話でPVなどの事前情報に含まれていた部分はほぼ出尽くしたはずです。
次回以降は新しいシーンばかりになるのでしょう。

2017/4/27 追記 第3話感想。

うん、良くまとまっている。
下手な端折り方された物語は、原作未読の視聴者を置いてけぼりにしてしまいがちです。
すかすかでそれを感じることはあまりないと思います。
その意味で未読の人が羨ましい。
アニメで興味を持って原作を繙くと、画面で見えなかったさらに奥深い世界が開けるのですから。

資料室は綺麗過ぎかな。w
もっと雑然と、というか、私の居室(家族以外にはお見せできません)みたいな混沌とした部屋をイメージしていました。
ナイグラートの性格から考えると、あの程度でも散らかっていると見なすべきでしょうかね。

ネフレンの行動は、まあ確かに誤解を招きますよね。
資料室を覗くクトリの目の怖いこと。w
ネフレンはある目的というか、役割を自認してヴィレムに近づいています。
それは話が進むにつれて顕著になっていって、原作4巻では大きな意味を持つことになります。
決して天然とか鈍感などではありませんので。

いつも出遅れるあの子の名は?

ライムスキン、湯呑みでお茶(薬湯だったっけ)を飲むのは身体構造的に無理じゃないのか?

セニオリスの調整場面で各タリスマン(護符)が鳴らしていた音は、原作を読んでいるときのイメージそのままでした。
ドーム状に広がるビジュアルはなかなか良かったですね。
私の貧困な発想では柄を中心として同一平面で相対的に間隔が広がるという地味な場面を想像していました。

クトリが先輩妖精からブローチを受け継ぐ場面。
先輩は顔を出さないで後姿だけということを想像していて、それは予想通りだったです。しかし、ブローチを直接手渡されるという意外な展開でした。
主が帰ってこない部屋の机の上に大切にしていたブローチぽつんと残されていて、それをクトリが(無断で)引き継ぐという原作のほうがドラマチックというか、心情に迫ってくるものがあるでしょう。
でもそれをアニメでやって、視聴者に理解してもらえるようにするにはかなり時間を取ることも確かです。
手渡しは苦渋の選択だろうと理解することにします。

さ、次回は「敗北」の知らせだ。
ヴィレムはどんな顔を見せるのか。
そこで引きかな。

尚、各話の感想は、木曜朝4:50に起きて5:00から朝食を食べながら録画を見、そのまま出勤して昼休みに記憶を頼りに資料無しで書いています。
帰宅して運が良ければ(家族に他に見たい番組、録画がない)もう一度見ますが、感想はあまり推敲する余裕もなしにUPしています。
Twitterにはそれから抜粋しています。
なので、あちこちに綻びがあるのは仕方ないと開き直っています。

2017/5/4追記 アニメ第4話感想

私はあの市の名前が覚えられない。何度目にしても次の瞬間に忘れる。
なのでフィルには申し訳ないけれど、コ市と呼ぶことにします。
こんなとき頼りになるはずのWikipediaのすかすかのページは結構おざなりで、充実というにはまだほど遠い状態なのです。
コ市についての記述はないし、フィルについては「狼徴人(リュカントロポス)市長の娘」とあるだけ。これじゃ「リュカントロポス市の市長の娘」にも読める。

コ市の市街風景はとても綺麗でした。
私は石造りのもっと重厚な街をイメージしていましたが、あれも悪くない。
ティアットのトカゲ映画への入れ込みがなかなか笑えました。

そしてもたらされた敗北(失敗)の知らせ。
未読の人に、あの豚面族の言葉の意味が通じたかな。
その後のヴィレムの態度で分かりますよね。

私は4話はあそこで終わって以下次回かと思っていました。
でもまあ、予告もあるし、あそこで止める意味がないですね。

そして訪れたヴィレムによるクトリのハグの場面。
前半のハイライトですよね。
ヴィレムの行動は取りようによっては唐突です。
(それ言っちゃうと、ちょろいとも形容されているクトリの心理も唐突なんだけど)
木槌の夢の話など伏線はあります。
それなのにどうして唐突に見えるのかと考えたら、クトリ達が戦っている場面があの時点ではまだ直接は見えていないからかなあと。

戦いはどこか遠いところで行われている見えない戦いに過ぎません。
これまでに見えていたのは戦いから帰った妖精たちの疲れ切った姿だけ。

だから、失敗したとの報告を聞いたヴィレムの反応、そのあとのハグが唐突に見えるのだと思うのです。


2017/5/11追記 アニメ第5話感想

なんだかんだ言いながら、ネフレン目立つんだよなあ。w
ヴィレムの膝に座る。ティアットと階段ではしゃぐ。

特にティアットとのあの様子には驚きました。
ネフレン的存在は、同輩(年長組)や年上(ナイグラート)には可愛がられるけれど、小さい子はあまり近寄ってこないだろうと思っていたのです。
私の認識が間違っていて、面倒見がよくて慕われているのかもしれないですね。

フィルの発音。父が乳に聞こえて困った。
いや別に困りはしないんだけど。w

滅殺奉仕騎士団との対決は、かなり単純な結末に変更されていました。
ヴィレムの洞察力の披露が無くなったのは少し残念かな。
アニメでやるにはちょっと難しいですしね。

ついにエルク登場。まだ声だけですけど。
クトリが見た雑多なイメージは、原作を読んだ人それぞれが独自の映像や音声を思い描いていたはずです。
アニメで示されたのは、そういうものの中の一つということですよね。
私は映像としては赤と黒のツートーン、但し黒が勝っていて、額縁のような背景の中に「物」が浮かんでは消えていく情景を考えていました。
音声はアニメにかなり近い、但しもうちょっと明瞭なものを想像していました。
何度も見るうちにアニメのイメージで上書きされて、私だけのイメージは消えてしまうのでしょう。(これは良い悪いではなく、仕方ないことだと思います)


そして兎の憲兵さんバロニ=マキシも登場しました。
日本では憲兵というとドラマや映画で何度も悪役にされているから、威張っていて怖い存在と感じている人が多いでしょう。
そういうこともあっただろうけれど、描き方が一方的過ぎるからあまり囚われないほうがいいと思います。
念のため説明しておくと、「憲兵」は「軍組織内の警察」と考えればいいです。英語ではミリタリーポリス(略称MP)です。
自衛隊だと警務科(国賓への栄誉儀仗礼などをやっている)。

  余談:有村架純さんの朝ドラ「ひよっこ」がいつものパターンに入ってきました。
     イケメンのロシア民謡合唱指導者が警察官を見て逃げようとする。
     ほんと、NHKのドラマってマルキストが好きだねえ。
     朝ドラはマルキストを、大河ではキリスト教徒を「権力に迫害され、
     それでも信念を貫く善良な人」として描くのが毎度のことです。
     ひよっこは戦後それも占領解除後の話だから権力(の犬)は警察官です。
     これが戦前戦中だったら特別高等警察(特高)になります。
     特高と憲兵は全く別の組織なので混同しないように。

話をバロニに戻します。

彼は武闘派ではなく有能な官僚タイプなのでしょう。
そもそもの話をすれば、護翼軍が組織としてどのような構成になっているのかよくわかりません。
予算の問題、指揮系統の問題、深く考えれば結構危うい軍隊です。
現実の国連軍ともまた違うでしょうね。
敢えて例えれば宇宙人との戦いに特化した地球防衛軍かな。

護翼軍の将兵は各国から派遣されているのではなく、個人が直接志願して入隊しているという印象があります。(原作に記載があるなら教えて下さい。私は覚えていない)
派遣制だったら各国の利害が絡み合って統制がとれなくなりそうです。
それでも部隊を駐留させるにはどこかの島に土地を提供してもらう必要があります。
すると場所によっては戦闘組織が二重に存在することになります。
戦う対象、守る対象が違うから本来であれば共存は可能です。
(アメリカのどっかに米軍とは無関係な地球防衛軍の基地があると考えればいい)
だけど人の世の常としてそうそう単純にはいきません。
憲兵としての本来の任務の他に、外部(それこそ大賢者など)との折衝・調整機能が必要で、バロニがそれを担当していると考えればいいかな。

あれ待てよ。
スウォンが護翼軍のトップにいるということも有りえるかな。
であるならば指揮系統は明確になるし、バロニは彼の参謀的立場にいると見なすことも可能ですよね。(またまた原作の記載内容を覚えていないw)

==

2017/5/18追記

第6話はラキシュのうさぎエプロンがハイライトです。
なんて言うと、あちこちから怒られそうだ。w

バロニが登場した後にあれを見せられたから、
これはスタッフさんの遊びなんだろうか、それともたまたまなんだろうか、
と、ちょっとだけ楽しむことができました。それはともかく。

前回くらいから「原作未読の人はアニメの進行に付いてこられているんだろうか」と少し不安を感じています。
既読者である私はアニメでカットされた部分を無意識にでも脳内補完して楽しむことができます。
しかし読んでいない人が見た場合、画面に現れている出来事の意味合いがどの程度伝わっているのか。

アニメの範囲だけで考えてここまでの部分にストーリーの破綻はないと思います。
カットはあっても可能な限りそれを補う配慮もされていると感じます。
ヴィレムの科白には特にその傾向があります。

でもそのせいで場面によっては出来事や科白などの冗長度が減ってしまい、ぼんやり眺めているだけではそれに気付けないことが多いのではないでしょうか。

冗長度:この場合は、幾つかの場面を見落とし科白を聞き逃しても、全体としては理解できる度合いのことです。

例えば、クトリが過去の記憶に侵蝕されて意識を失ったことがどれほど重いことなのか、意識が戻ったことがどれほど奇跡的なことなのか。

だからどうしろ、という類のことではありません。
上と矛盾しますが、私は冗長度が大きな物語、つまりなかなか話が先に進まない物語はあまり好きではありません。

せいぜい言えることは、みんな画面に集中して見ようねということ、かな。
一言やワンカットに特別な意味を持たせてある場合、それに気付けばより楽しむことができるのですから。

スウォンの姿を見ていて、今更ながら疑問が湧いてきました。
彼はあの若い姿で戦って「生きてはいない」状態になったんですよね。
それなのに身体が大きくなり、顔に老けが刻まれているのはなぜでしょう。
生きていなくても身体は代謝をしているということかな。
でもそれは生きているということではないのかなあ。w
若いままだと大賢者としての威厳がないから、自ら身体を変えたのかもしれませんね。

エルクが言っていた探し物は「じぇい」と「いーぼ」でした。
一瞬、あれっ「かーま」は? と思ったけれど、あ、そうか、かーまは探す必要がないんだった。

アルマリアのクッキーは、ナイグラートが食べていたものと同じ形してなかった?
ここら辺は、ラキシュのエプロンと同じでアニスタの遊びなんでしょうね。
他にも色々仕込んであるんじゃないかなあ。
誰か、これまでで気付いたことないですか?

==

2017/5/25追記

第7話感想

今回はやはりノフトとラーントルク。
この二人の描き方は、これまでの他のキャラに比べてより力が入っていたように感じました。
はい多分錯覚です。
でも存在感はんぱない。


改めて考えてみると、すかすかという作品ではUEさんというイラストレーターの存在が大きいです。
一巻の表紙がUEさんのクトリでなかったら、書店で見かけても手に取らなかった可能性があります。
その頃はUEさんの正体を知ろうとネットで検索したけれど、殆ど何も出てきませんでした。
大体「UE」では調べようがない。※
最近はどうなんですかね。ネット上での居場所とか出てきていませんか?


獣の大きさについて。
ティメレ(六番目の獣)、アニメでそのヴィジュアルが見えたのはいいのですが、サイズがイメージよりもはるかに大きくないですかね。
イメージと言っても私の貧困なそれだし、原作の記述では個体によって大小はあるらしいですけど。(最近はちょっとビクビクw)
でもあれがプランタギネスタに数百匹取りつくんですよね。
しかも艦内に入り込んでくる。
それにそもそもの獣の出自を考えると、あの大きさで成り立つのか。(ネタバレ防止)
アニメで考えると戦闘シーンに迫力を持たせるには怪獣並みの大きさは必要なのかもしれませんが。

クトリのただいま。
濡れ場というか恋愛描写の場面の読み方、受け止め方、アニメでの見方は、これ実は人それぞれ違うのではないでしょうか。
その人の恋愛観とか、経験値とか、そんなことが影響するのではないかと思います。
分かり易く言えば、「にやにや」見るか、「ケッ」と見るか、「はぁ~」と見るか、「いいなあ」と見るかの違いということです。
ヴィレムとクトリに関して言えば、ここまでの場面は、なんかどこかぎこちないんですよね。見ていて「えーっとぉ……」、という感じ。w

私多分ね、まともにやられるのは苦手のようです。
最近ので言えば「僕らはみんな河合荘」の宇佐と律のゴミ捨て場での告白のようなものがいいなあ。
だからこの後に控えているプロポーズの場面は個人的には「超受ける」のです。

あの場面の間がどこまで再現されるかなあ。
間の取り方も読者それぞれで違うだろうから、無難なところになるのかな。

というのは置いといて。
クトリの「ただいま」は、私が勝手にすかすかシリーズの主題の一つだと思っている「回帰願望」に直接関与する重要な出来事です。
(すかもか含めて)これまでのところ、回帰願望がかなったのはクトリのこの「ただいま」しかありません。
だけど、クトリ良かったねと言えないところがつらいですね。
5巻末のヴィレムはその意味合いがまだ分からないのでちょっと保留にしておきます。



ネット上での自分の名前に個性を求める人と、没個性を好む人がいます。
あ、あと、何も考えていない人。
没個性の場合は、なかなか情報にたどり着けません。
最近では子供の名付けで「ネットで個人情報検索にひっかからないために敢えて平凡なありふれた名前を付ける」親もいるとか。
UEというのはどうかな。「上田さん」とかそんなとこなのかも。
個性的ではあるけれど、検索には不向きですね。

私が使っているgastutakaは本名からのもじりではありません。
はっきり言って失敗作だと自分では思っています。
でも10年以上使っているし、今更変える気はありません。
同じハンドルを使っているロシア人の女性がいました。
一度だけコンタクトしたことがあります。
私の本名、下の名前は、多分日本では私以外にはいないでしょう。
読みは平凡なんだけど。
「日本では」としたことには意味があります。あまり嬉しくない。


2017/06/04
8話ようやく見ました。
でも今更なので感想書く気が失せてる。
それもこれも私に無断で勝手に時間変更もしくは中止したTVQのせいや。
結局どうなったのか今になっても分からない。
あまりに不親切だわ。

で、一応8話に言及しておきます。
時間配分に不満があります。
プランタギネスタに関する一位武官との会話なんかあれほど画面化するまでもないと思うのです。
ヴィレムの科白だけで済ませることもできますよね。
「地上に行くことになった。お前も愛人扱いで連れていくからな」
「えーっ。何よそれ」

最後の場面をクトリの過去侵食にするためなのかなあ。

アルミタの屋上からの落下は、手摺の老朽化じゃなかったっけ。
まあそれはどうてもいいです。
原作になかった崖から落ちるシーンは、今回の事件が唐突と思われないための伏線扱いだったのかな。

夜は短し歩けよ乙女 映画感想
2017/4/9午後2時開始の回にかみさんと行ってきました。

感想 「私が求めていたものではない」

全体として振り返って思うのは「夜は短し歩けよ乙女」と題される作品に何を求めるのか、そのレンジもしくはスコープが私と映画で殆ど重ならなかったということです。
それは仕方がない。
原作者の森見登美彦さん以外は、みんなそれぞれが勝手な「夜は短し歩けよ乙女」を持っているのであって、どれがいいとかどれが悪いとか間違っているとか考えても意味がありません。

なのでこの感想では「どういう部分が私に合わなかったか」を表明します。

私は「夜は短し歩けよ乙女」にラブコメの要素を強く求めていました。
でも映画はスプラスティック的な部分が濃く、ラブコメ色はかなり薄められていました。

最初にキービジュアルを目にしたときから危惧はしていました。
これはちょっと違うんだろうなと。

私は四畳半のアニメは好きです。
初回版はレンタルで、この冬の再放送版は録画して見ました。
四畳半の原作は読んでいません。
フィルムコミックは持っています。
つまり元々は湯浅作品に拒否感はありません。

でも映画の冒頭、乙女が酒を飲み干す動画の表現を見たときに持った違和感は、詭弁踊りで頂点に達して、それ以降も解消されることはありませんでした。

後半の学園祭から私(先輩)の脳内議会に至る部分は退屈で退屈で、もし一人で見ていたら席を立っていたかもしれません。
私の主観ではありますが、後半部分では客席全体が「退屈」の空気を醸していました。

そんな中で唯一目を見開いたのはプリンセスダルマの正体が明かされたシーンでした。
「えっ? 象の尻の人は存在しないのか」……絶句。
彼女が削除されたのは二人の頭に錦鯉が当たるという原作にないエピソードのため?
パンツ総番長のビジュアルに全く納得できないのを我慢して見ていたのに、その仕打ちがこれかい? 
ロバート秋山さんのことはどーでもいいんだけど。

先輩は。
ものすごく影が薄かったように感じたのは錯覚かな。
あの名言「恥を知れ! しかるのち死ね!」は言いましたっけ?

映画の予告で「ナカメ作戦」が大々的に扱われています。
これ、私はあまり重要視していませんでした。
外堀を埋める作業の一環くらいにしか思っていなかったのです。

でも映画では「ナカメ作戦」が功を奏したように見えます。
乙女が自らの気持ちとして先輩に惹かれたのではなく、ナカメ作戦でそう誘導されてしまっただけのような。

源ちゃんは、まあどうでもいいや。
私は「顔が思い浮かぶCV」が嫌なのですが、彼の声はそれがなかったです。


黒髪の乙女は。
私、中村乙女は決して嫌いではありません。
ハードカバー本を持っているのに、さらに文庫版まで買いました。
でもそれよりも、コミック版琴音乙女のほうが好みです。

この感想を書くに当たって琴音らんまるさんによるコミック版のamazonレビューを読んでみたら、酷評だらけでした。
えーっ、そう?
私はとてもいい仕事だったと思うのですが。
乙女が先輩に惹かれていく部分は映画よりも丹念に描いてありますよね。
色々な細かいエピソード、仕草、表情、それらから立ち現れる性格は若干天然で、とても魅力的な存在でした。
映画版乙女は、強調され過ぎている大酒のみという属性以外は行動原理が今一つ分からないのです。
あ、花澤さんはGJでした。

左からハードカバー、文庫、らんまるコミック

新装版、ぶーた版は知りません。


その他のキャラは。
四畳半との融合を図った結果、それに引きずられて色んな所が台無しになったように思います。
古本市の神様しかり、学園祭事務局長しかり。
樋口氏は四畳半ではあれでいいんだけど、夜はでは気持ち悪いだけで飄々とした雰囲気が乏しい。
李白さんは好々爺的部分が乏しい。
春画はあこそまで見せる必要ありや?
パンツ総番長は本来は好青年なのに、今時絶対にいないあんな見た目にされて本当に可哀そう。
偏屈王がミュージカル? はぁ?

==

入場者特典の冊子その2も欲しいんだけど、二回目見に行く気になれません。
息子が行くかもしれないから、その時期を調整させようかな。


映画 3月のライオン 感想
2017/3/18の公開初日、12:10開始の回にかみさんと行ってきました。
家を出る前にネットで上から4列目の中心部に二人並んで席を取りました。

混んではいませんでした。
それどころかまばらと言った方が正しい、私としてはとてもよい環境でした。

客層がちょっと変わっていて一人客が半分以上、若い人は少なかった。
私から見えた範囲ではポップコーンを持っている人は皆無でした。Excellent!!
(だよねえ。この映画をポップコーンポリポリしながら見る神経のやつとはできれば一緒になりたくない)

車椅子の老人が孫のような人に連れられて来ていました。

本編上映開始ちょっと前にもう一人、こちらは杖をついた老人が入ってきて、客席の階段を上がってきました。
一歩上る度にごほんごほんと咳をしていて、内心「うえ~っ」と思っていたら、私らの席の列の一番端(私らとの間は全て空席)に座り、しきりに咳をするし、ビニール袋をガサガサさせるしで、うるさいったらありゃしない。
その反対側、かみさんが座っている方の端(同じく間は全て空席)には女性二人連れがいて、こちらはず~っと喋っています。

とんでもないハズレ席を選んだものだとがっかりしていたら、本編の上映がはじまったら両方ともとても静かになり、それは映画が終わるまで続きました。
なので気が散ることもなく見ることができました。

もっとも、エンドロールになったらとたんに女性二人のお喋りが再開され、爺さんは立ち上がってごほんごほん言いながら下りて行ったので、「どっちもあとちょっと我慢してくれよ」と思いましたが、あまり贅沢言ってはいけないかな。
それに老人の咳に文句言ってると、後々自分がそうなったとき映画を見に行けなくなるから、寛容になっておくべきですかね。


余談ですけど、私は余程のことが無い限りエンドロールの最後まで席を立たない派です。
最近は少なくなったのかな。以前はエンドロールの後に映像がまだ残っている映画が結構ありましたよね。それを見逃すのは勿体ない。
そして今回の3月のライオン前篇は、当然のごとく後編の予告的な映像が最後に入っていました。

そんな映画は上映前に「本映画はエンドロールの後にも映像が含まれています」的なテロップを見せれば、客の行動が随分違うと思います。
そんな気遣いをしている映画にはお目にかかったことがありません。

さて、映画の内容について。

原作ストーリーからの改変部分、カット部分、違和感なし。とても丁寧。
キャストは殆どがはまり役。それぞれの演技もいい。香子の子役がいい味出してたかな。
原作とアニメでしか見たことのなかった「舞台」が現実の風景としてそこにあるのも素晴らしい。
「文句なし」です。

これで感想終わったら書く意味があまりないので、少しだけ不満を。

キャストは殆どがはまっているのですが、唯一主人公の零役神木君が「あんたどう見ても高校生じゃないだろう」と思えてしまうのが残念。
私は最初に見たLittleDJはともかく、その後の神木君に厳しいから偏見込みの感想です。

また、描かれている各エピソードの描写が丁寧であるが故に冗長さを感じました。
テンポが緩く、じれったいのです。
全体としてもとても長く感じ、終わったとき私が最初に口にしたのは「長かった~」。

それと、画面の色彩、トーンが少し落としてあるのかな。
そもそも、めでたく明るい話ではないからそのせいかも。
ほっこりできる川本家の登場部分の比率が少なかったことも一因ですね。
後編はアニメ版でもまだ描かれていない中学でのひなたへの虐めと、父親の登場でもっと暗くなるのでしょうけれど。

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2017/4/22 後編行ってきました。

前編と印象が異なりました。
何か違う。これじゃない。

零が結婚に言及した件を伯母さんが肯定しなかったのは分かりやすい例。
中学でいじめにあっていたちほちゃんとひなたの関係がまともに描かれなかったのもそう。(これは尺の問題で仕方ないのかもしれないけれど)

そんな明確な部分だけでなく、全体的に少しずつずらされている気分でした。





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