プロフィール

たか号

Author:たか号
妻と3人の子持ちです。
長女 A子中2
長男 B太小6
次男 C介小3
gatsutaka#mail.goo.ne.jp
#を@にして下さい

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。
夏休み満喫中
前回書いたように、かみさんと子供3人はそれぞれのキャンプで出払っています。
昨日から明日午前中まで、完全に私一人です。
夏休みは終わったけれど、今のほうが本当の夏休みっぽいです。
この状況って、4,5年ぶり。いやあ、天国だわ。

今日は、ビデオの整理をやってました。
時間をもっと有効に使えよと言われそうですね。
せっかく録画したものだから、メニューつけて焼いて置きたいので。
(そうやってDVDにしても、これから何回見るか分からないのに)

それ以外の生活の点描を。

==

昨夜は、仕事帰りにインディージョーンズを見てきました。本当はマジックアワーにしたかったけれど、時間が合わなかったのです。
家に遅く帰っても文句言われないし、映画の日で1000円だったし、映画見るにはもってこいの日でした。

しかし、それほどの作品とは思えませんでした。
子供騙しにしか見えません。退屈して途中で寝そうになりました。
唯一笑ったのは「なぜ退学させたあ」くらいかなあ。
となりの席のおばさん軍団はベタなところで無茶苦茶受けてましたけど。

あとね、原爆実験のシーンを長崎の映画館で見るのはあまりいい気持ちはしませんでした。
以前書いたように、私は日本の核軍備の議論は必要という意見を持っています。
でも、それとこれとは別。あれを茶化すのは許せません。

==

ピアプロでsigetaさんこのイラストみてから、動画みたら面白かったです。

いやあ、めーちゃんかわいい。

==

朝食中にたまたま見ていた高校野球の開会式。選手宣誓で、「全国の人に元気、勇気、感動を与えられるよう」って言ってました。
ものすご〜く違和感があります。

最近流行の「勇気を貰う、元気を貰う」という言い方は大嫌いですが、まあこれは自分のことを言う言葉だからまだ許せます。それを「与える」とは何様じゃあ。
「感動を与える」って言い方は、傲慢以外の何者でもないと思います。

その宣誓の文章を誰が作ったのか知りませんけどね。

==

赤塚不二夫氏の訃報。

赤塚作品を楽しんでいたのは「もーれつア太郎」くらいまでかなあ。
そのちょっと前の「きかんぽ元ちゃん」は好きでした(マイナーだなあ)。

「天才バカボン」は世に言われるほどのインパクトを感じなかったし、面白いとも思いませんでした。

漫画家としても、生き方も、共感できなかったけれど、ご冥福をお祈りします。

==

今日はほぼ一日家にこもって、エアコンつけていました。
職場のエアコンは効きすぎで、油断して風邪をひきました。
家のは、自分でコントロールできるからいいです。

長崎は海の町なので、内陸ほど気温は上がりません。
今日の最高は32度。

それでも、33,34くらいは最近ざらですね。

上に書いた「もーれつア太郎」で、暑い日にデコっ八がア太郎に対して「親分、今日の気温は30度もありますぜ」と言う場面がありました。大した場面じゃないのに、なぜか覚えています。

当時は30度になるのが珍しかったということですかね。
まあ、確かに32,33なんてあまり聞かなかったように思います。
夏風邪
26日から今日まで5日間の夏休みでした。土日込みなので本当は3日だけ。今年のはしけてます。
ところが、27日の午後からのどが痛くなり、土日は完全に寝込みました。
こんなにまで見事な夏風邪は実に久しぶり。症状は重くないものの地獄でした。

汗ダラダラでもクーラーも扇風機も駄目。寒気がします。
月曜に少し回復して、火曜は会社に行って溜まってた仕事をちょっとやって(これは本来月曜の予定でした)、完全に空きになったのは今日だけでした。

正月休みもそんな感じだったし、長い休みになると緊張がとぎれてしまうのかもしれないですね。通常の出勤日に寝込むことはありません。ここ数年は、人間ドックくらいしか休暇は取っていません。

ところで、その今日から、九州沖縄地区ボーイスカウトの大きなキャンプ大会が雲仙市で始まりました。正確なことろは知りませんが、ジャンボリーの地域版という感じです。
それにA子とB太が参加しています。
準備がトロいので昨夜遅くまでやって、今朝近くのJRの駅まで送ってやれやれとなったのに、家に帰ったら案の定、A子が8食分の米を忘れてくれてて、それを持って車でJR長崎駅(現地までの貸し切りバスの出発地)まで行くはめになりました。
家に帰ったら、主のいないA子の部屋を夫婦で片付け。また汗ダラダラです。
そうやって、私の夏休みは終わりました。

カブのC介は1日に大会の見学に行って、そのまま別会場で2泊のキャンプ。これにはかみさんが同行します。
つうことで、この週末は一人暮らしになります。
そっちのほうが伸び伸びできて夏休みらしいかも。

−−

前回の記事へのコメントありがとうございました。
浅羽さんのブログにはリンクも付けてもらって、感激です。

はじめました。を買いました。
浅羽由紀さんのCD「浅羽由紀はじめました。」を購入しました。
着払いで届いたCDには、ご本人が書かれた小さなカードが入っていました。
勿論、テンプレコピーではなく、ちゃんと私向けに書かれています。
作り手さんと直に接しているような感じがして、こういう気遣いは嬉しいですね。

ここんとこボーカロイドの歌ばかり聞いていましたから、人が歌っているのを聞くのは久しぶりでなんだか新鮮でした。

私が音楽を聞くのは、(1)バスの中 (2)車の運転中 (3)寝る前布団の中 の3つの場面のどれかです。バスの中は音量を上げられないし、周囲の雑音が大きいので、新しい曲を聞くには不向きです。車を運転しているときはかみさんか子供が一緒だし、曲に集中するわけにはいかないので、これもちょっと厳しい。だから布団に横になった状態で聞いてみました。

このCD、2曲入っていて、ピアノの弾き語りです。かなり歯応えがあります。
半睡眠の状態で聞いていて、いきなり覚醒のほうに引き戻されるような感覚がありました。

2曲ともイントロはOrisinal Morning Sunshineの軽いゲーム音楽を彷彿とさせるものでした。

歌が始まるとその印象が一変します。
地を這うような(と表現しちゃっていいのかな?)歌唱で畳み掛けるような語り口は、安閑とした態度(寝かかっているんだからそんなもんです)の私を叱責し、居住まいを正して向き合うことを要求しているようでした。
これ、悪い意味で言っているのではありません。どういう聞き方をするかは各人の自由ですし、私の場合はそうやって聞いたほうが自分にちゃんと届くような気がしたということです。

曲は予想を裏切る形で展開していきます。絶えず変化するリズム、印象的な旋律は、一度聞いたら記憶に刻み付けられます。

歌詞に関しては、まだ5,6回しか聞いていないので、何を言うべきか言葉がありません。
親から子への連鎖を断ち切ることをテーマとした「鎖-KUSARI-」、後ろ向きの母親に対して幼い子が呼びかける「ほら、ここにいる」。どちらも深い内容で、軽々に感想を書くことはできません。

浅羽さんのブログはときどき読みにいっています。そこにある動画も見ているのですが、パソコンの前はゆっくり落ち着いて聞ける環境ではないので、曲を聞いているようで実はよく聞いていなかったというのが分かりました。

浅羽さんの作り出す世界は、ご本人の爽やかな印象とはまた違って、情念の暗い淵から光を求める強い意志を感じさせます。
まともに向き合ったのはまだ2曲だけなのに、こんな書いていいもんかしらん。
外してたらすみません。

真剣にキャッチボールやったの久しぶり
小学生のソフトボール大会がありまして、B太が背番号1ピッチャーでした。
とはいっても、速い球を投げるのは禁止の大会ですから、ピッチャーでも上手である必要はありません。
予選初戦で去年の大会の準決勝で負けたチームと対戦して今年も負け(2-3)たため、もう一試合(そっちは勝ち)やって終わりました。
私、子供の頃このソフトボールが大嫌いで、大会なんてなると憂鬱でしょうがありませんでした。運動会とかマラソン大会は得意だったので平気でしたが、球技はまるで駄目。その息子なのに、好きで得意ってどういうことじゃろ。

大会前日は、たまたま、高校野球の県大会準決勝があってたので、県営野球場に連れて行きました。応援していたチームはコールド負けでしたが、雰囲気は楽しんだようです。帰ってから、近所のグラウンドでキャッチボールしました。どんな球を投げてもちゃんとキャッチします。2時間くらいやってヘロヘロになりました。
去年まではそんな上手とも思わなかったのに、一年でよく成長したものです。

C介は見事に私の再現をしています。打つのも守るのも全く駄目。何をどうしたらいいのかさっぱり分かっていません。3年生だから、まあそれでも大目にみてもらっていますが、これからの3年間、ちょっと辛いかも。

親の嫌なとこが似るって言いますけど、子供三人いれば個性もそれぞれです。


ハズ歌詞ながら
PIAPROに投稿してしまいました。

小説が小説がってわあわあ言ってた割には、そっちはまだ覚悟がつかないでるのに。
しかも前々回メルトの歌詞をあれだけボロクソにけなしておいて、我ながらイイ根性してると思います。

本当に物好きで暇な人は探してみてください。
登録したのは数日前なので、新着では見つからないでしょう。
ヒントなしですが、PIAPROで最初に私が犯した間抜けなミスのため、その気になれば簡単です。
「さくらんぼ」も歌ったのよう
十数年振りに私の職場に新卒新人(男子)が配属され、4日はその歓迎会でした。
同時に7月に入ってきた請負の40代女性社員の歓迎と、逆に6月で契約が切れた派遣社員の送別会も兼ねています。
参加者16名、内5名が女性です。

一次会は私の挨拶と乾杯の音頭でスタート。焼き鳥メインで、美味しかったです。
途中、出る人、入る人の挨拶がありました。
よそに移る派遣社員の挨拶のとき、もう酔っている若手請負社員が「ここにいる男性の中で誰が一番気になりますか?」の質問を出しました。
「うーんと。たか号さんですね」
はい、「一番角の立たないご回答ありがとうございました」
お約束の回答にこれはちょっと嫌味だったかなと後で反省。

逆に、新入社員に「ここにいる5人の女性で誰が一番気になりますか?」の質問では、「Nさんです」との模範回答。(Nさんは笑い袋と言われるほど素面でもよく笑う一番年嵩の女性です)
それに対してNさんの返事は「あらあ、可愛いこと言うわねえ。こっちにおいでぇ」
これくらい言えないと駄目ですね。

出席男性の年齢構成は

----すいません。原文ではここ詳細に書いていましたがあんまりなので省略します。

+は請負社員です。かなり歪な構成であることが分かります。既は既婚、未は未婚です。

X君(20代)は今年2月に結婚したばかりの新婚です。Y君(30代)は10代で結婚しました。Y君は職場のおっさん達に「おっ、ジャーニーズ」と冷やかされるような存在です。
飲み会の席でこの二人を見ていると、早くに結婚するやつ(できるやつ)ってのはやっぱ違うわと思います。ごく自然に若い女性の横に座って、延々話を続けることができます。
Z君(40代)はいいやつなんだけど、話下手なんです。(昔の自分:いや、今もそう、を見ているみたい)

二次会はWさん行きつけの店へ。新歓なので、珍しく女性3名も参加し、8名でした。
最初に新人が歌わされ、ロコローションを入れました。かなり酔ってた私が一緒に歌っていると、女性三人があんぐりと口を開けて見ていました。はい、私、実際に歌ったのは初めてですが、オレンジレンジは一通り歌えます。そのあと私がソロで嵐のLove So Sweetを入れたらもっと驚いていました。引いているのではなかったのでよしとします。

私は基本的にカラオケが嫌いです。謙遜ではなく、本当に下手だからです。下手でも気にしないでいいとよく言われますが、つまらないプライドもあるし、歌いたい歌と歌える歌が別なので歌ったあと気持ちよくなれないのです。上手いのを聞くのもいやなので、今回みたいによほどのことがないと二次会には行きません。行った店が身内の貸切状態だったらまだいいのですが、他の客がいると絶対に歌えません。

でも今回、ロコローションは気持ちよく歌えることが分かってよかった。
さくらんぼは派遣の女の子が歌うのかと思ったら、私にマイクがまわってきて、これは失敗でした。

ところで、飲み会ってのは一次会の後半くらいからある意味でサバイバルになります。これはまあ、どこの飲み会もそうでしょう。
二次会で、店に入ってすぐトイレに行ったので、空いてた席に座って、そこは女性派遣社員二人の隣でした。反対隣はX君、その隣は新人です。新人はロコローションを歌ってしばらくしたら別の席に行って寝てしまいました。そしたら、X君が、「たか号さん席変わってください」と言い出しました。いきなりカラオケになったからたいして話もしていないうちにです。あっという間に席を譲る羽目になりました。それからX君は二人と話に入り込んでしまい、私は一人取り残された状態になりました。

私は、たまに飲み会の席で話が盛り上がると周りを見て、ポツンとしている人がいるとその人に話しを振ることをよくやります。自分がそういう立場になることがよくあるからです。
でもX君にはそういう気遣いはありません。一次会でのY君もそうでした。
仁義なき生き残りゲームのようです。
だから飲み会嫌いなんだ。もてるやつも嫌いなんだ。
と愚痴をこぼして今回は終わります。リアルではこんなこと言えないからね。

==

本日は以上の予定でしたが、夜、家に帰ったら、玄関にあまりにも面白いものがあったので、延長します。

昨日の読売新聞コボちゃんに、七夕の飾りを竹刀で作るというのがありました。
C介が今日になって、「七夕飾りたい」と言い出し、手製の短冊を作りました。でも笹がありません。C介は剣道をやっているので竹刀はありますが、流石にそれはと思ったのか、何と幼稚園のとき手作りした竹馬を持ち出してきました。
それを逆さにして、足を乗せる部分に短冊(1枚)を下げて、玄関に立てかけました。

A子やB太のときは、近所の山まで笹取りに行きました。でも3番目となると親も飽きてきて、その意味ではかわいそうな限りです。

短冊に書いたのは「ならいごとがじょうずになりたい」

昨日の梅雨明けで、7月7日としては奇跡的に織姫彦星が空に見えていました。
願いがかなうといいですね。

230万人を敵にする覚悟はありや
ニコ動でボーカロイドに歌わせたオリジナル曲を、幾つか聞いてみました。
参考にしたのはとりあかさんのイラストにあるZIPです。
その中のomake.htmに、各歌へのリンクが入っているのでとても便利です。
それにしても、すごい事になっているんですね。
いい歌が沢山あるじゃないですか。

私、これまでオリジナル曲はあまり面白くないと認識していました。
すいません。認識改めます。

なぜ面白くないと考えていたかというと、「オリジナル」で検索して再生数で並べるとそのトップが「メルト」だったからです。
トップがこれなら後は推して知るべしと考えていました。

それから、ニコ動の場合はまず映像ありきになるので、歌が聞き取りにくいと映像の善し悪し、好みが評価の中心になってしまうということがあります。
小林オニキスさんの「サイハテ」など、以前見たことがあるのですが、映像が好みでなかったのでそれっきになっていました。
失敗したなあ。ま、いいです。

今回は、まず歌だけ取り込んでイヤフォンで聞き、歌詞を読み、気に入ったら映像も見るという順にしてみました。
PIAPROでのコラボも活発なようだし、楽しみが増えたということにしておきます。

以下は、以前書いてそのまま放置していた文章です。
悪口をつらつら並べています。
そういう見方もあるということでご了解下さい。
今回ここに載せるに当たってかなり書き換えました。

==

メルト

何度か聞いたあと、歌詞を読んでみました。
うーん。どうにも。    美しくない。

全体として、言葉のバランスが悪すぎます。
読んでみて、リズムがありません。

これがトップかあ。
同じ作者さんの他の歌にも同じような印象を持っています。
でも、歌詞はこうでなければならないというルールはありませんから、こういうケチの付け方は単なる好みの問題になります。

若い人を中心にこれだけ受け入れられているということは、この作品がそれだけのものを持っているということでしょう。

その上で、一応次のように理解しています。

まず、テーマ。
若い女性(少女というほうがいいでしょう)の揺れる恋心を、日常の場面として有り得る情景を織り込んで歌っています。少女マンガの世界では何十年も前からある一番ありがちなテーマで、情景としても目新しいものとは思えません。今時、こんなテーマのマンガを出版社に持ち込んでも簡単にボツでしょう。
でも、歌としてはちょっと珍しい。ニッチと見なすこともできます。ただ、この曲を普通のアイドル歌手が歌ったのであればこれほど受け入れられることはなかったと思います。
初音ミクに歌わせるために作られたこと、そのミクのキャラとしての存在感が一定の効果を上げて成功した例であると思います。

それから、受け止め方。
最近の(メジャーな)曲の歌詞を読んでいると、本当にこれでいいのか? と思うものが少なくありません。全体として整合性がとれていなかったり、日本語として不自然だったり。そこから思うのは、今の若い人は、全体として捉えるのではなく、部分部分として受け止めているのではないかということです。

これだけ情報過多の時代ですから、一つ一つをじっくり味わう暇などないのでしょう。悪く言えば刹那的に断片を受け取って、それが心地よければよしとしているように思えます。

であるならば、私の感想の「言葉のバランスが悪い」点は問題にならないということになります。

歌詞サイトのコメントにこういうのがありました。(無断転載失礼します)

この曲すきだ。歌詞すんげえイイよ。
めちゃいい歌詞ですよねぇ〜・・・・・
この歌詞見るだけで泣けてくる。 メルトはガチ。
歌詞に悶え殺されそうになったww
歌詞が素敵過ぎます*何だかずきゅんと来る!

これらのコメントは歌詞を褒めてはいますが、歌詞そのものというより、そこに描かれている内容、主人公の心情に共感しているようです。それはそれでいいのです。

でもやはり、私とは読み方が違い、感じ方が違います。
そりゃそうだわなあ。
私が少女の心情に共感してたら気持ち悪いでしょう。


曲については、この歌のインストルメンタルを聞くと結構いいように思えます。

でも、歌付きのオリジナルを聞くとそれほどとも思えません。何度聞いても、歌詞のテキストを目にしてそのメロディーが浮かんできません。

これは多分、言葉と旋律が合っていないからです。
一箇所例示します。

   あーさー・めが・さめて  
冒頭のここはまあいいとしましょう。でも、同じ旋律の

   てーんー・きよ・ほうが  
ここは言葉がバラバラになってしまいます。

また「さめて」は話すときの抑揚と旋律(ファミレ?:すいません音感が悪いので)が一応合っていますが、「ほうが」では逆になってしまいます。

こういう作りの歌は今ではごく普通ですから、善し悪しは別にして、そういうものとして受け止めるしかないのでしょう。

テレビでも字幕無しでは何と歌っているのか分からない歌が多いです。

余談ですが、歌作りの経験のない素人の私が言葉と旋律の合致にこだわるのは理由があります。

中学の音楽の時間に、担任が当時ヒットしていた「私の城下町」を取り上げて次のようなことを言いました。

「『格子戸を潜り抜け 見上げる夕焼けの空に』
これを旋律に振ると、
『こうしどを・くぐりぬけ・みあげるゆうや・けのそらに』
となります。『見上げる裕也』って誰でしょうね」

昔の学校で音楽の時間に歌謡曲が話題になることはまずありえなかったので、とても印象に残っています。

この曲で言葉と旋律が合わないのはこの部分だけです。想像ですが、作曲者(平尾昌晃さん)は意図的にこうしているように思えます。

知っていてそうするのと、知らないでそうなってしまうのは大きな違いです。
メルトがどっちなのかは分かりません。

筒美京平トリビュートというCDを聞く機会がありました。どの曲も歌詞とメロディーが見事に合致していて、これが歌を作るということだよなあと感じ入りました。

逆の例として思い浮かべるのは大塚愛さんの歌です。プラネタリウムなんか歌詞を読むまで何と歌っているのかさっぱりわかりませんでした。特に2番。
「あのみちま・でひびくく・つのねがみみ・にのこるお・おきなじぶ・んのかげを」
「あの道まで 響く 靴の音が耳に残る 大きな自分の影を」
一度覚えたら聞き取れますが、これちょっとあんまりかなと思います。


A子が悩んでいます。

小遣いでペンタブを買うか、ボーカロイドを買うかで。
現実問題としては、どちらも厳しいです。

現在、私が出勤してから帰宅するまでの間、我が家のパソコンのキーボードとマウスは忽然と姿を消します。
かみさんが取り外して隠しているからです。

台所の床下収納に入れているか、車に積んでいます。
勿論A子にパソコンを使わせないためです。
この措置は結構あちこちの家庭で行なわれているみたいです。

「週末、お父さんが見ているときだけ使うという約束でしょ」

だからね、普段からやるべきことをちゃんとやってればこんなことにならないのに。

これではA子がやっているブログの更新ができません。
唯一の対抗策は、6時半に私が家を出て、かみさんが起きてくる7時までの間にゲリラ的に使うことだけです。

残念ながら、かみさんと同様に宵っ張りで朝寝坊のA子にはこれが難しい。
パソコン使えるのは分かっているけど、起きれません。
まあ、起きれたとしても、弟達が告げ口するから余計危ないということもあります。

以前は、昼間A子がどれだけパソコンをいじったかを留守番している婆さんが逐一報告していました。
だから、キーボードマウスを隠すという暴挙に出るようになったのです。
普通は孫のやりたいことを黙っておいてやるんじゃないかなあ。婆さんは娘の言いなりだからなあ。

ということで、どちらを買ったにしてもそれを存分に使いこなすことができるかというと、望み薄なのです。

選ぶとすれば、ペンタブでしょうね。
イラストなら少しずつ描いても総時間はたかが知れてるし、途中で止めてもそこそこの物にはできるでしょうから。

DTMはどれだけ時間があっても無理でしょう。
出来合いの歌を打ち込んだところでそれを自分で聞いてお終いだし、調教なんか(スキルは度外視しても)やってる時間なかろうし、自作の歌なんてとてもとても。

「『も』で始まる動詞の語幹」は使わない
先日の秋葉原での大量殺傷事件が起きた直後は、犯人の趣味に焦点を当てた報道が多かったような印象があります。それらを見るにつけ、かみさんが「だからオタクは駄目なのよ。子供がそんな興味を持つようなことは止めて」と言っていました。
ま、これはいつものことなので、面倒とは思いつつ「はいはい」といなしていました。

事件からしばらくたって、事件報道の論点がそこから少しずれてきてやれやれと思っていたら、今度は宮崎勤の死刑執行でまたぶり返しています。

オタクと一言で言っても、その言葉の表す範囲は広いし、境界は曖昧だし、誰が見ても紛う方なき「立派なオタク」であってもそれが複数いれば中身は違うし、健全不健全の判断は主観の問題だし、そう簡単に決め付けないで欲しいです。

でも、宮崎事件からこっち、かみさんを代表とする非オタク世間一般の評価は、単純化して言えば「オタクは駄目」ってことですね。

数週間前の読売新聞の文化面に、今の若い人の間で新しいヒエラルキーが生まれているという記事がありました。ギャル系が最高位、オタクが最下層だそうで、階層が違えば同じクラスであっても口を聞くこともできないのだそうです。

アワアワ。

「学級xヒエラルキー」というマンガに小学校で親の職業、地位で子供にヒエラルキーが発生している場面が描かれていますが、これとはちょっと違うみたいです。

それにしてもギャル系が最高位ってのは納得いかないなあ。「人としてどうよ」という基準に照らせば、オタクのほうが「いい人」が多いんじゃないかなあ。
逆に、だからこそ発生した状態かもしれません。上の方が強い訳ですから。

記事はネットにありませんでした。代わりにこんなのありました。私の読んだ記事の記憶している内容とちょっと違うけど、同じようなものでしょう。

ここまで前説です。
あ、違うわ。本論に入る前にもうちょっと書くことがありました。

ここしばらく、頻度にムラはあるもののここのエントリーの更新はなんとか続けていました。でも、足@でお気に入り登録しているブログさんの訪問は出来ないでいました。

読む態勢(体勢と言った方がいいかも)を整えてからでないと、その気になれないからです。
足跡を付けるためだけに開くのは意味ないと自分では思っていますので。

昨夜は幾つかの幸運が重なって、多目の自由時間が出来ました。(どんな生活やねん)
それで久々にあちこちお邪魔して、ある程度読ませて頂きました。

その中で、ろぷさんのこの文章「【小論文】宇宙の組成における、妖精族とそのスクミズのかかわりについて」、いやあいいなあ。
世辞ではなくろぷさんの文章はどれも面白いのですが、これ秀逸です。

ここからが本論です。

私の職場では全員がパソコンを使っています。職務や年齢によって、ノート、2画面、大画面(19インチ)、ワイド画面(20インチ)と色々です。大画面は老眼対策です。私は17インチ2画面を使っています。

壁紙に何を使うかは、暗黙の自由になっています。
子供の写真、飲み屋のお姉ちゃんの写真、車、色々です。
グラビアアイドルやヌード物はセクハラの問題があるので最近はさすがにいません。
それと、半数以上の人は何も使っていません。興味ないってこともあるでしょうが、変え方を知らない人もいまだにいるのです。

私はサブ画面では壁紙.COMのカレンダーを月替えで使っていました。風景物だけです。
メイン画面はアプリで隠れていることが多いので、都度適当に気に入った画像を使っています。
それと、私の画面は窓の方を向いているので、他の人から覗かれることは滅多にありません。

このメイン画面に「それっぽい画像」を使っていたときのこと、ある女性社員が私の席のところにやってきました。私はキーボードを操作しながら仕事の話をしました。
説明の都合上、デスクトップにあるアイコンを出す必要が出てきて、ショートカットキーで開いているアプリを同時に全て最小化しました。
当然、「それっぽい画像」が表に出てきます。

この画像、今ネット上で消えているので例示することができませんが、私としては別にどうってことないごく普通のイラストだと思っていました。

ところが、その女性社員(30代半ば)はドン引きしました。
「え、こんなの使ってるんですか。いい年して」
「・・・」

それから、またしばらくはメイン画面の壁紙も無難な風景写真にしていました。

しかししかし、最近A子と一緒にpiaproを見るようになって、日々大量に登録されるイラストを眺めていて、「おお、これは!」というのに出会いました。

これです。http://piapro.jp/a/content/?id------- うがあ。確認したらイラストが消えてた!!
仕方ないので、作者inkさんのページをリンクしておきます。

もしくは、この動画の1分15秒以降に使われています。
【ニコニコ動画】「悪ノ娘」「悪ノ召使」を独自解釈してストーリー化してみた#E02

個人的なポリシーとして「『も』で始まる動詞の語幹」は使いませんが、正にその状態。

うううう。壁紙にしたい。しかし、先日のトラウマが。うううう。
と、苦悶していたところに、ろぷさんの文章読んで吹っ切れました。

ええわい。引くなら引け。俺はこれが気に入ったんじゃい。
ということで、本日からサブ画面の壁紙に使うことにしました。
もうダウンロードしているから消えてても平気です。

ろぷさん、そんなつもりではなかったでしょうが、背中を押してくれてどうもありがとう。


緑川ゆきさんの作品について
夏目友人帳から始まって、ようやく現在普通に入手できる緑川作品全てを購入しました。
「あかく咲く声」はコミックス版が欲しかったのですが、近くの古本屋には在庫がなく、ネットのは高いので仕方なく文庫版を買いました。これ、友人帳のアニメ化を契機に増刷されないですかね。文庫版が出てまもないからしばらくは無理でしょうか。

単行本未収録作品が数多くあり、それらを見ていないので正確な判断ができない面があるとしても、「あかく咲く声」がその後の作品の原点になっているのがよく分かりました。

全体として爽やかに描写されている印象があり、緑川作品を表現するのに使われる「空気感」という言葉の意味もなるほどこういうことかと納得できました。
この「爽やか」という言葉ではちょっと的外れで実際を表現しきれていません。人物、風景、心象、そういったものの描写において、ウエットな場面でもその湿度を感じさせないのに、読み手の心には暖かく濃密な潤いが湧いてくるとでも言えばいいでしょうか。

さすがに私の歳になるとどれかのキャラに入れ込むなんてことはありません。感情移入するとか、自分を投影するという感覚は希薄です。かといって、娘や息子のように感じるのでもありません。

ストーリーにも不満な面が多々あります。作者が意図的に組み込んでいる「しかけ」と言われるものが、むしろ面白さを阻害していることもあります。友人帳でも、毎回繰り返される前説はもういいのではないかと思います。

では、何が気に入ったのかというと、ちょっと大げさに言えば時代を超えた普遍性を持っている点です。緑川作品は、時代設定をどこに置いても通用します。小道具の中に時代を匂わせるもの(MDなど)が少しはありますが、そういうものは極力避けてあるようにも見えます。
だから、高校生の登場人物に直に感情移入するには少しひねてしまったけれど、自らのそういう時代にも有り得た話の一つとして受け止めることができるのです。
勿論「緋色の椅子」は別格扱いです。

それから、細かい点ではありますが、吹きだしの枠外に書かれているボソッとした科白の面白さや、1/4などに記載されている作者自身の文章から垣間見えるご本人の人柄の良さも大きな魅力の一つです。

私はいわゆる少女マンガというものを若い頃はよく読んでいました。花の23年組が華やかりし頃のことです。その後、お気に入りに漫画家さんの作品は別にして、新しい人のものはなかなか手が出ないでいました。

娘が中学生になり、その影響もあって、また少しずつ読む領域が広がってきています。
とは言っても、各作品は面白いと思いつつも、漫画家さん個人に興味をもって遡って読み揃えようと思う人はあまりいません。

緑川ゆきという人は、最初の取っ掛かりがちょっと難しいにしても、私のような年齢のおっさんでも、入り込んでしまうとその世界に魅了されてしまう描き手の一人です。

友人帳のアニメがその取っ掛かりの一つになればいいなと思います。
でも、テレビ東京系深夜枠じゃあまり期待できないか。
(ああ、勿論沢山のファンの方がおられることは承知しています。あくまで、私のような年配でまだ知らない人にとっての取っ掛かりという意味です)

緑川さんに関して、私がいつも情報を貰っているサイトはこちらです。緑川妄想学会が面白いですよ。
管理人あげおさん 「あかい花」「あかい花」


==

今回は意識的に「思います」や「でしょうね」といった曖昧な語尾をできるだけ避け、断定する文章を心がけました。
普遍性を持っていると感じるからでしょう。 → 普遍性を持っている点です。 
我ながら、ちょっと新鮮かも。

尚、これは3月24日に書いた「夏目湯浸中」の続きになります。