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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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夜は短し歩けよ乙女 映画感想
2017/4/9午後2時開始の回にかみさんと行ってきました。

感想 「私が求めていたものではない」

全体として振り返って思うのは「夜は短し歩けよ乙女」と題される作品に何を求めるのか、そのレンジもしくはスコープが私と映画で殆ど重ならなかったということです。
それは仕方がない。
原作者の森見登美彦さん以外は、みんなそれぞれが勝手な「夜は短し歩けよ乙女」を持っているのであって、どれがいいとかどれが悪いとか間違っているとか考えても意味がありません。

なのでこの感想では「どういう部分が私に合わなかったか」を表明します。

私は「夜は短し歩けよ乙女」にラブコメの要素を強く求めていました。
でも映画はスプラスティック的な部分が濃く、ラブコメ色はかなり薄められていました。

最初にキービジュアルを目にしたときから危惧はしていました。
これはちょっと違うんだろうなと。

私は四畳半のアニメは好きです。
初回版はレンタルで、この冬の再放送版は録画して見ました。
四畳半の原作は読んでいません。
フィルムコミックは持っています。
つまり元々は湯浅作品に拒否感はありません。

でも映画の冒頭、乙女が酒を飲み干す動画の表現を見たときに持った違和感は、詭弁踊りで頂点に達して、それ以降も解消されることはありませんでした。

後半の学園祭から私(先輩)の脳内議会に至る部分は退屈で退屈で、もし一人で見ていたら席を立っていたかもしれません。
私の主観ではありますが、後半部分では客席全体が「退屈」の空気を醸していました。

そんな中で唯一目を見開いたのはプリンセスダルマの正体が明かされたシーンでした。
「えっ? 象の尻の人は存在しないのか」……絶句。
彼女が削除されたのは二人の頭に錦鯉が当たるという原作にないエピソードのため?
パンツ総番長のビジュアルに全く納得できないのを我慢して見ていたのに、その仕打ちがこれかい? 
ロバート秋山さんのことはどーでもいいんだけど。

先輩は。
ものすごく影が薄かったように感じたのは錯覚かな。
あの名言「恥を知れ! しかるのち死ね!」は言いましたっけ?

映画の予告で「ナカメ作戦」が大々的に扱われています。
これ、私はあまり重要視していませんでした。
外堀を埋める作業の一環くらいにしか思っていなかったのです。

でも映画では「ナカメ作戦」が功を奏したように見えます。
乙女が自らの気持ちとして先輩に惹かれたのではなく、ナカメ作戦でそう誘導されてしまっただけのような。

源ちゃんは、まあどうでもいいや。
私は「顔が思い浮かぶCV」が嫌なのですが、彼の声はそれがなかったです。


黒髪の乙女は。
私、中村乙女は決して嫌いではありません。
ハードカバー本を持っているのに、さらに文庫版まで買いました。
でもそれよりも、コミック版琴音乙女のほうが好みです。

この感想を書くに当たって琴音らんまるさんによるコミック版のamazonレビューを読んでみたら、酷評だらけでした。
えーっ、そう?
私はとてもいい仕事だったと思うのですが。
乙女が先輩に惹かれていく部分は映画よりも丹念に描いてありますよね。
色々な細かいエピソード、仕草、表情、それらから立ち現れる性格は若干天然で、とても魅力的な存在でした。
映画版乙女は、強調され過ぎている大酒のみという属性以外は行動原理が今一つ分からないのです。
あ、花澤さんはGJでした。

左からハードカバー、文庫、らんまるコミック

新装版、ぶーた版は知りません。


その他のキャラは。
四畳半との融合を図った結果、それに引きずられて色んな所が台無しになったように思います。
古本市の神様しかり、学園祭事務局長しかり。
樋口氏は四畳半ではあれでいいんだけど、夜はでは気持ち悪いだけで飄々とした雰囲気が乏しい。
李白さんは好々爺的部分が乏しい。
春画はあこそまで見せる必要ありや?
パンツ総番長は本来は好青年なのに、今時絶対にいないあんな見た目にされて本当に可哀そう。
偏屈王がミュージカル? はぁ?

==

入場者特典の冊子その2も欲しいんだけど、二回目見に行く気になれません。
息子が行くかもしれないから、その時期を調整させようかな。


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映画 3月のライオン 感想
2017/3/18の公開初日、12:10開始の回にかみさんと行ってきました。
家を出る前にネットで上から4列目の中心部に二人並んで席を取りました。

混んではいませんでした。
それどころかまばらと言った方が正しい、私としてはとてもよい環境でした。

客層がちょっと変わっていて一人客が半分以上、若い人は少なかった。
私から見えた範囲ではポップコーンを持っている人は皆無でした。Excellent!!
(だよねえ。この映画をポップコーンポリポリしながら見る神経のやつとはできれば一緒になりたくない)

車椅子の老人が孫のような人に連れられて来ていました。

本編上映開始ちょっと前にもう一人、こちらは杖をついた老人が入ってきて、客席の階段を上がってきました。
一歩上る度にごほんごほんと咳をしていて、内心「うえ~っ」と思っていたら、私らの席の列の一番端(私らとの間は全て空席)に座り、しきりに咳をするし、ビニール袋をガサガサさせるしで、うるさいったらありゃしない。
その反対側、かみさんが座っている方の端(同じく間は全て空席)には女性二人連れがいて、こちらはず~っと喋っています。

とんでもないハズレ席を選んだものだとがっかりしていたら、本編の上映がはじまったら両方ともとても静かになり、それは映画が終わるまで続きました。
なので気が散ることもなく見ることができました。

もっとも、エンドロールになったらとたんに女性二人のお喋りが再開され、爺さんは立ち上がってごほんごほん言いながら下りて行ったので、「どっちもあとちょっと我慢してくれよ」と思いましたが、あまり贅沢言ってはいけないかな。
それに老人の咳に文句言ってると、後々自分がそうなったとき映画を見に行けなくなるから、寛容になっておくべきですかね。


余談ですけど、私は余程のことが無い限りエンドロールの最後まで席を立たない派です。
最近は少なくなったのかな。以前はエンドロールの後に映像がまだ残っている映画が結構ありましたよね。それを見逃すのは勿体ない。
そして今回の3月のライオン前篇は、当然のごとく後編の予告的な映像が最後に入っていました。

そんな映画は上映前に「本映画はエンドロールの後にも映像が含まれています」的なテロップを見せれば、客の行動が随分違うと思います。
そんな気遣いをしている映画にはお目にかかったことがありません。

さて、映画の内容について。

原作ストーリーからの改変部分、カット部分、違和感なし。とても丁寧。
キャストは殆どがはまり役。それぞれの演技もいい。香子の子役がいい味出してたかな。
原作とアニメでしか見たことのなかった「舞台」が現実の風景としてそこにあるのも素晴らしい。
「文句なし」です。

これで感想終わったら書く意味があまりないので、少しだけ不満を。

キャストは殆どがはまっているのですが、唯一主人公の零役神木君が「あんたどう見ても高校生じゃないだろう」と思えてしまうのが残念。
私は最初に見たLittleDJはともかく、その後の神木君に厳しいから偏見込みの感想です。

また、描かれている各エピソードの描写が丁寧であるが故に冗長さを感じました。
テンポが緩く、じれったいのです。
全体としてもとても長く感じ、終わったとき私が最初に口にしたのは「長かった~」。

それと、画面の色彩、トーンが少し落としてあるのかな。
そもそも、めでたく明るい話ではないからそのせいかも。
ほっこりできる川本家の登場部分の比率が少なかったことも一因ですね。
後編はアニメ版でもまだ描かれていない中学でのひなたへの虐めと、父親の登場でもっと暗くなるのでしょうけれど。

==


2017/4/22 後編行ってきました。

前編と印象が異なりました。
何か違う。これじゃない。

零が結婚に言及した件を伯母さんが肯定しなかったのは分かりやすい例。
中学でいじめにあっていたちほちゃんとひなたの関係がまともに描かれなかったのもそう。(これは尺の問題で仕方ないのかもしれないけれど)

そんな明確な部分だけでなく、全体的に少しずつずらされている気分でした。



映画 風に立つライオン感想
今日2015/3/24火曜日 映画風に立つライオンを見てきました。
色々あって午後から急に半休をとることになり、家に帰って昼寝するのも勿体なかったので。

全国的には公開一週目5位翌週7位らしいです。春休みのお子様映画には敵いません。

でも流石は地元。長崎駅ビルのユナイテッドシネマでは1位でした。

私が見たのは15時半始まりの回で、年配の観客が多かったです。
老夫婦や婆さんのグループなど。
あんた普段絶対に映画館なんか来ないだろう、ってくらいの爺さんが一人で、とか。
満席ではなく、各組の間に空いた座席があってそれでほぼ埋まっているという、まあ見やすい状況でした。

先に少しだけネタばれします。
映画では元歌で描かれている場面は殆ど出てきません。
あるのは基本設定と、サンタクロースくらいです。
だからアフリカの風景や東京の桜などを期待してはいけません。
ビクトリア湖、100万羽のフラミンゴ、キリマ・ンジャロ、滝、象のシルエット、そしてライオンも出てきません。
舞台の半分はケニア、残り半分は長崎(長崎市と五島の架空の島)です。

長崎の場面もいかにもな名所風景は一切出てきません。
公開前に地元テレビでやっていたメイキングを紹介する番組で、監督がそういうのは避けたと言っていました。
でもそのかわり、画面の隅などにさりげなく長崎の風景が入っています。(勿論意図的にです)
それは、現在の私がほぼ毎日目にしている景色でした。

五島の場面では、エキストラで地元の婆さん達が出ていて、科白もあります。
結構達者な演技をしていて、喋っている内容は方言丸出しです。
100%聴きとることができました。

長崎では大学の合格発表の場面があります。
昨年秋に高3、受験生のエキストラ募集があっていました。
それで息子(中3の次男のほう)に勧めたのですが、日程が合わずに断念しました。

その場面、映画で見たらごく短いシーンでした。
でもね、その場所、発表の方法、何から何まで、私が自分の合否を見に行ったときと全く同じでした。
確認していませんけど、主人公航一郎の年齢設定が私とほぼ同じなのでしょう。
うん十年経ってから、あの場面を目にすることができるなんて。

映画全体としての感想

「さだまさしさん的ないかにもなケレンが鼻につく」

これは褒めています。
私はさださんの歌、小説、やっていること、いずれにおいてもストレートには受け取れないのです。

涙を誘発するための仕掛けのあざとさはピカイチですもんね。

素直に受け取りゃあいいのに > 自分w

映画は作品としては三池崇史監督のものなのでしょうが、上に書いた歌詞の場面が殆どないところや、ストーリーの構成(誰かが関係者にインタビューしている)、その他あらゆる点が、「あざとい」のです。

素直に受け取りゃあいいのに > 自分ww

それから、サンダーバードのおもちゃをお願いしていた小学生の誕生祝いにシュバイツァーの伝記を上げるなんて、むごい親だ。w

敢えて難点をあげれば「切れがちょっとよくない」かなあ。
アフリカでも五島でも丁寧に場面が描いてあります。
それが丁寧過ぎてこんな印象になったのでしょう。

それに比べて恋愛の描写は少し薄かったかなあ。

でもね、「よし絶対に泣かないぞ」と心に決めていたのに、最後はやはり涙だらだらでした。
見ていた人殆ど全員がそうです。

見て損はしません。

エンディングに流れていた元歌が、あれ? 印象がちょっと違うと思ったら、やはりさださんのセルフカバーで、映画用に新たに録音したものでした。


月曜から夜ふかしが初音ミクに冷たかった件
この日記のタイトルは正確には「日本テレビ月曜から夜ふかしが初音ミク及び初音ミクを聴く人に冷たかった件」なのですが、長すぎるので省略形にしました。

自分でも被害妄想じみているなあとの自覚があります。
でも言わないではおれなかったのです。
こういう文章をブログに載せることで自らの意図とは逆に作用するのかもしれませんけど。

私自身が周りから「気持ち悪い」と思われるのはいいのです。
いや、よかぁないんだけど、人からの評価はコントロールできませんし、よく見られるために自分を装うことなどしたくありません。

このブログに書いている文章はむしろ積極的に自分が気持ちの悪いおじさんですよと宣伝しているような面もあります。
それはある意味意図的なのです。
つまりリアル生活で周囲に発信することのできない意見、気持ちをここに吐き出しているということです。
「発信することができない=装っている」ではありません。
興味を持って聞いてくれる人が周囲にいないというだけのことです。(普通そうだよねw)

しかし初音ミクを聴いている人を特定の方向にカテゴライズすること、ひいては初音ミクそのものを色眼鏡で見ることには我慢できません。

以下は日本テレビのサイトに投稿したクレームの文章です。投稿したのは9/22でした。
名無しではなくハンドル名gatsutakaを名乗って投稿しましたので、ここに載せます。


==
時候の挨拶及びご清栄云々の決まり文句は省略します。

クレームです。
このようなクレームに一々対応していては番組作りなどできないでしょうし、また既に放送されたものにクレームしても詮無いこととは承知していますが、一言申し上げずにはいられませんでした。
これを今読んでおられる担当者さん、お疲れ様です。m(_ _)m

2014年9月15日放送の「月曜から夜ふかし」で、イヤフォンを使っているおじさんに何を聴いているのか尋ねるというものがありました。

そもそも「おじさん」をターゲットにしたのは、「イヤフォンで音楽を聴くのは主に若い人だ。でもおじさんもいる。あれは何を聴いているのか暴いてやろう」という言ってみれば底意地の悪い発想からではないかと思います。

通勤の行き帰りで常に音楽を聴いている50代おじさんの私としてはまずそこが引っ掛かるのですが、番組がそのような日常の中のちょっとしたずれをマツコさん村上さんのトークを絡めて笑うものですからよしとします。

それにこの推定はあまり自信がありません。
そもそも初期型ウォークマンが発売されたのは私が学生の頃であり、イヤフォンで音楽を聴くこととおじさんの組み合わせは本来奇異なことではないのですから。
それはさておき。

その中に登場した人物で一番印象的だったのは「秋葉原」-「エロビデオ」-「初音ミク」おじさんでした。
それと対比させる「外資系」-「おしゃれなジャズ」おじさんも登場しました。

どれほどの人数にインタビューされたのか分かりませんが、番組的にはとても美味しい格好のターゲットを捕まえたとスタッフさんが喜ばれたことは想像できます。
秋葉原まで行ったのはそういう人を狙ってのことなのでしょうね。

でもあれは結果として典型的な印象操作になっていると思います。

初音ミクを聴いているのは、いい歳こいてエロビデオを買いに出かけ、それをテレビの取材で恥ずかしげもなく公言する気持ちの悪いやつだと。

これから簡単に演繹されるのは
→「要するに、初音ミクを聴いているのは気持ちの悪いやつだ」

私がクレームしたいのはこの点です。

あのおじさんは(やらせでなかったら)実在するのでしょう。
私はエロビデオを買うこと自体は気持ち悪いとは思いませんが、それを憚りなく公言するのはかなり風変りな感性だと思いますが。

でもね。
初音ミクを聴いているのはあんな人ばかりではないでしょう?
それに外資系に勤めていたって変な奴は当然いるはずです。

と、日本企業に勤め、初音ミクを好んで聞いているおじさんである私はそう思うのです。

初音ミクと初音ミクを聴いている人全般を笑う意図はないと仰るかもしれません。
しかし表現されたものが表現者の意図とは違うところで影響を与えてしまうことがよくあることはご存知でしょう。
番組内で何らかのフォローがあったならともかく、そのような配慮、気配は全く感じられませんでした。

また、気持ち悪い人の割合が違うと言われるかもしれません。
全体に占める気持ち悪い人の割合が違うと言われるかもしれません。
でもそれに根拠はありますか? ただの印象でしょう?
その印象自体がテレビを中心としたメディアが作り出しているのではありませんか?

バラエティ系のテレビ番組はどうして初音ミクに冷たいのでしょう。(これ自体が私の印象ですけれど)
今回の扱いは、有名な2007年のTBS「アッコにおまかせ!」騒動(もしご存知でなかったらWikipediaで「初音ミク」の項を参照して下さい)と基本的に同じ構造だと思います。

日本テレビはエヴァとかジブリとかいったアニメにはとても優しいのに。
ジブリはともかく、エヴァにはまっている気持ちの悪いおじさんは沢山いますよね。
でも日本テレビがジブリやエヴァを好む人を揶揄する、揶揄とまでいかなくても笑いの対象とする番組を放送するなんて考えられないでしょう。
結局は局にとって金になるかならないかによる扱いの違いなのでしょうか。

時間帯が私が出勤した後なので見たことはありませんが、ZIPでは初音ミクをよく取り上げる、それもかなり好意的な取り上げ方だと聞きます。
それが事実であるならば、今回の扱いとのギャップは何なのでしょうか。

初音ミクを聴いている特に中高生辺りがエロビデオ初音ミクおじさんと同類だと見なされていじめられる、その燃料の一つになることは容易に想像できます。
直接的ないじめがなくても、気持ち悪いと分類する要素になることは間違いありません。
私がもう一つ危惧するのは、これから初音ミクを聴いてみようと思っている人が、あのおじさんと同類と見なされるのは嫌だと二の足を踏む、止めてしまうことにならないかということです。
初音ミクが発売されて7年。メジャーCDがチャートの上位に載ることが珍しくはなくなった現在の状況に水を注すことになりませんか。

初音ミクを聴く人全てが気持ち悪い存在ではありません。
旺盛な消費活動と、場合によっては創作活動で世界に誇りうる日本の文化を下支えしている存在がこのような形で貶められるのは残念です。

意図的でないほうがむしろ悪質な場合があります。意図的な動きには全力で対抗することができますが、ただ面白おかしく取り上げるものに対してはせいぜいこのようなクレームを出すことしかできないからです。

番組として肯定的に取り上げる気がないならせめて放っといて、つまり無視してもらえませんか。




風立ちぬ感想
2013/8/17 ようやく映画「風立ちぬ」を観に行きました。

感想 「良くも悪くも、宮崎駿映画だ」

本作品を他人に薦めることはしません。
映画とか本とかを他人に薦めるのは、自分が感じた「良かった」をその人にも共感・共有してもらいたいからです。
本作品、私が良い感じたところもあるのですが、多分それを他人と共有することはできないだろうなと思いました。

家に帰ってからネット上の感想を幾つか読みました。
右からも左からも批判されているのが笑えました。
鈴木プロデューサーの文章にあるように、反戦思想家が戦闘機開発者を主人公にして作った「矛盾」を含む映画だからなのでしょう。

元々映画にならないと駿監督が考えていた原作を映画にするよう勧めたのは鈴木Pだそうで、「作りたいように作った」結果こうなってしまったのかなと思います。

私自身は駿監督作品をかなり無条件で評価するのは魔女宅までで、それ以降は限定的にしか評価していません。ポニョでその限定的評価も無くなってしまいました。

本作品には大震災の表現技法とか、夢の場面の雰囲気とか、食べる場面、泣く場面、過去の作品で観たものを彷彿とさせる部分が幾つもあります。
その意味で駿監督の集大成なのだろうとも感じました。

色々述べると長くなるし、一回観ただけで自分でも十分には整理できていませんから、幾つかに絞って個々の感想を書きます。(結局長くなってしまったww)

(1)
二郎と菜穂子の出会いはいいエピソードになっていると思いました。
これに限らず、ジブリアニメは男女の出会いの場面はいずれも面白く、上手いと思っています。だけど、その後の展開はあまりいいと思えません。
本作品だと、二郎の仕事と、二人の恋愛・結婚との相克というか、関係が物語としてうまく絡まっておらず、別々の物語が交互に現れてきているように感じられました。


(2)
二郎の設計者としての仕事の場面は、あの手のことに興味の無い人には退屈と取られかねませんが、まあ、よく描いてあると感じました。
「美しい」という表現。これは理系の人が口にすることがよくあります。
工学設計者だけでなく数学者とかもね。
夜の勉強会とか、あの辺りの雰囲気は今でも同じなのです。
他人には薦めないとしましたが、同じ職場の若手には二郎の仕事に関する部分だけは見る価値があるという話をしました。




(3)
物語が終わってエンドロールで「ひこうき雲」が流れ出すと妙な気分になりました。
この歌のテーマ、作られた経緯が、本作品で描かれている内容と全くとは言わないまでも、合致していないと思ったからです。
この辺りの感覚は人それぞれなので、これ以上は言わないでおきます。


(4)
声優さんについては、うーん。
以前書いたコクリコ坂からの感想では、あえてこの話題を避けたのですが。

上手とか下手とか、そういうことを言う次元じゃないんだよなあ。
これはどれほど文句垂れてもどうしようもないのでしょう。
作り手のポリシーなんだろうから。

「耳をすませば」で雫の父親役としてあの作品を台無しにしかねなかった立花隆さんが本作品のパンフレットに文章を寄せてますもんねえ。w

でもやはり敢えて言います。
auのCMで庵野さんの顔をこれでもかって出すのはよくないと思います。
とにかく、アニメを観ていて声の人の顔が浮かぶのは嫌なんです。

そう、私が宮崎駿映画、ジブリアニメを評価しなくなったのは、作品内容もさることながら、声優への門外漢、素人起用を含めた、「観客置いてけぼり」の姿勢が見えるからなんです。
前にも書きましたが、千と千尋のおにぎりや、コクリコのお守りといった、誰がこれを喜ぶんだと思うDVDの付録。BDパッケージのつまらなさ。
客を本当に喜ばせたいという姿勢が感じられません。
客を本当に楽しませようという真摯さが感じられません。

仮に自分達はそのつもりでやっていると思っているのであれば、エンターテナー業者として無能ではないのか。
ジブリというブランドでまだ辛うじて支えられているだけです。

さらに、駿監督の傲慢とも思える姿勢。
手塚治虫さんをけなしていた頃から「あれ?」っと思っていましたが、最近は特にひどくなったような気がします。
注目される人だから、それだけ情報が出てくるが故の印象なのでしょうけれど。
この姿勢は弟子である庵野さんにも引き継がれているみたいですしね。


(5)
禁煙学会がクレームを付けたそうですけど、頻繁に出てくる喫煙シーンには私も困りました。だって、それを見てタバコを吸いたくなったからです。w
映画が終わってから、ロビーの喫煙室に直行しました。
これじゃあ件のクレームも言がかりとは言えないかな。

昭和の終わりころまでは多くの男性があんなものでしたから、結構リアルに感じられました。仕事しながら自分の机で自由に吸えた頃が懐かしい。w

実際の二郎は吸わない人だったとか。


(6)
20日に急な飲み会があって、その席で風立ちぬの話題になりました。
15人の出席者のうち、実際に観たのは私を含めて三人。
私以外の二人は泣いたそうです。

「えっ? あれで? 私は泣けませんでしたけど」
「お前の心は曇っている」
がはははh。

どこで泣いたのかは聞きませんでした。
結婚式の場面かなあ。
それとも菜穂子が一人でサナトリウムに戻る場面とか。

家主である上司の黒川が「離れに住むのは構わないが、結婚していない男女が一つ屋根の下で暮らすというふしだらはさせられない」と言ったのはよかった。

ですよね。古き良き時代だ。
あの時代を評価するとき、どの側面を見るかで結論が大きく異なるとは思います。
でも一般庶民のレベルでは今と比べて節度のある暮らし、行いをしていたのは間違いないでしょう。


(7)
コクリコ坂からは7回観に行きましたが、本作品はもう行きません。
劇場でもう一度観る必要性を自分で感じないからです。



==

私のクレジットカードの番号が悪用されました。

8月xx日 午後、カード会社から電話がありました。

「本日、○時ころ、xxxx店で△△万円の買い物をなさいましたか?」

○時は電話の約3時間前です。

「いえ、覚えがありません。カードは手元にあります」
「では、不正使用ということで、この取引は停止します。申し訳ありませんが、お持ちのカードそのものを現時点をもって無効と致します」

ギャーーーーーーーー!!!

恐ろしい。
大体、私はクレジットカードでの買い物は一回ではせいぜい5千円、高くても2万円くらいのものしか買いません。

「あの、どうして不正かもしれないと分かったのですか?」
「これまでのお客様のご利用状況から判断しました」

ウンギャーーーーーー!!!!!!

要するに、こいつがこんな高い買い物をするはずがない、と判断されたということです。
いや、ま、そりゃ、カード会社が私の買い物を把握しているのは当然ですけれど。

カード会社のコンピューターが、リアルタイムでそのような不正を疑われる取引を監視しているのでしょう。
その上で、もしかすれば購入店に対して商品の送付先などを問い合わせて、それが私の登録住所と違うとか、そういうことから最終判断したのかもしれません。

いきなり請求がきて、びっくりする羽目にならなくてよかった。

でもなあ。どこから漏れたのだろう。
番号と、名義と、有効期限のデータが揃う必要があります。
最初に疑うというか、可能性として考えるべきは身内です。私に内緒で買い物したとか。しかし私はかみさんにすら番号を教えていませんし、そもそもその買い物をした店舗が扱っている商品を私の家族が必要とすることはありえないのです。

外部とすれば漏洩のルートは色々考えられますが、私の場合は普通に考えるとネットの買い物です。

私がネットでする買い物は、本と、DVDと、CDが殆どで、購入先はxxxxxxとか、xxxxxxxとか、xxxxxxxとか、xxxxxxxとか。
他はxxxxxとか。

単発で新規のところから買うこともありますけど、最近はその覚えがないです。

暗号化されていない画面で入力して、通信の途中で窃盗された可能性もありかな。
パソコン内のファイルに番号などを記録してはいませんが、ブラウザのキャッシュに残っていて、それが流出したってことはどうかな。

なんか嫌だなあ。
夏コミの委託品で予約していたものが買えるようになったとのメールが入ってきていますけれど、ちょっと躊躇しています。
これまで買ったことのあるところだから今更ではありますけど。
それに着払いは手数料が高いからなあ。

もし悪用した犯人が△△万円ではなく2万円程度に抑えていれば、すぐに発覚することもなかったのかもしれません。
そうやって入手したものをネットオークションで売り飛ばすつもりだったのでしょう。半額で売っても、丸々儲けになりますから。
であれば、2万円程度のちまちました稼ぎでは割に合わないのかな。

最初は、その電話そのものを疑っていました。
でも、正規のカード会社からの電話でした。

その後どういう対応をしたのか、警察に届けたのかは連絡がありません。

昨日、新しいカードが届きました。
色々手続きをしなければなりません。
面倒臭いけれど、直接の被害が無かったでけでもよしとしましょう。

これまで利用明細は月に一回、引き落としの少し前に確認するだけでした。
今回のこと以降、パソコンを使うときは毎回明細を見るようにしました。

==

2014年初音ミク誕生日記念SS完成しました。
ちょうど一年振りの新作です。ペース落ちたなあ。w

残念ながら、昨年公開した「初音ミクのSPEC(前篇)」の続きではありません。
そっちはまだ手つかずなんです。orz

今度のはある意味で衝撃作かも。
類似の先行例がないかどうか調べておこう。

8月31日中に、ボカロSS投稿所で公開します。

==

初音ミクV3の予約が始まっています。→ クリプトンのサイト

今回のイラストはより可愛い顔になっているかな。
下に載せたamazonのパッケージ写真よりも、クリプトンのサイトのほうが見やすいです。


でも、ENGLISHバンドル版のイラストはものすごい。www
欧米人の好みに合わせたってこと?
これまでのミクファンで、このイラストを良しと受け入れる人の割合は極めて少ないと思うんですけど。

V3欲しいけどなあ。
16800円かあ。

ま、慌てなくてもいいか。

初音ミク V3初音ミク V3
(2013/09/26)


商品詳細を見る



2013/9/28追記

ミクV3の絵師であるえこいくしまさんの本家画像がPIXIVで公開されました。



劇場版とある魔術の禁書目録 エンデュミオンの奇蹟 感想
飼猫の家出顛末について後半に書いています。

==

全国的には2013/2/23公開だった「劇場版とある魔術の禁書目録 エンデュミオンの奇蹟」が長崎でも一月半遅れの4/6からようやく公開されました。

四か月半遅れた「涼宮ハルヒの消失」よりはましです。
今回は劇行で観るのは半分諦めていました。
押し込んだエピソードだから福岡まで行って観る程でもないしなあと。
待てば必ず観ることができるという保証がないのがつらい。角川が力入れて作ったんだろうから、配給会社さんが頑張って「全国公開」を名目だけでなく実質にもして欲しかったなあ。
  訂正:角川じゃなくてアスキー・メディアワークスでした。
     エンドロールに角川ニュータイプの文字があったから勘違いしてた。
本当にクズみたいなくっだらねえ映画が全国初日にTOHOとUNITEDの2館で上映されることはよくあるのに。

4/8の17:50の回に行ってきました。
子供を誘ったら、新年度直前で宿題が山のように残っていたから誰も行くと言いませんでした。土日に一人は行くのはちょっと嫌だったので、月曜の仕事帰りに行くことにしたのです。
その回の観客は「一人で来ている男」だけ。5,6人くらいでした。
見事に全員「オタ」的な服装、風貌でした。全てチェックした訳ではありません。
第三者が見ると私も同類なんだろうけど、私だけは背広にビジネス鞄姿。それはそれで別の意味でアレかな。w
それぞれ席が離れていて静かに観ていたので、貸し切り気分でした。

事前にはストーリーや新キャラなどの情報にできるだけ触れないでいました。
それらを知らないで観たことでより楽しめました。
なのでこの感想ではキーとなる内容や設定についてはなるべく書かないことにします。

私にとってこの映画は「主要キャラ総出演、お約束展開てんこ盛り」という点が最大の価値だと思いました。
この映画のために作られたストーリー自体は、うーん、まあ、あんなもんか。
正直に言うと、あまり面白くなかったです。
楽しんだ私が面白くないと言うのは失礼かな。物語の展開はいいし、個々のエピソードは楽しいし、戦闘シーンは凝ってるし、新キャラも魅力的だし、文句ありません。
でも如何せん、「歌」とか「奇蹟」とか、そういった核となる部分の扱いが悪く言えば子供だましで、大人の鑑賞にはちょっと耐えないかなあと思うのです。
歌をキーにするのはマクロスなど沢山ありますしね。
それにとあるシリーズ(インデックス及びレールガン)を知らない人が観た場合を考えると、私が最大の価値とした部分が逆に作用するのではないでしょうか。
しかし客層を従来のファンだけに絞っているのであれば、これで大成功だと思いますし、私は十分満足しました。

上の段落だけで感想は終わりです。
これから先は個別の思いつきを並べます。

上条、インデックス、御坂、白井、初春、佐天、婚后、湾内、泡浮、小萌、黄泉川、姫神、吹寄、青髪、土御門、ステイル、神裂、一方通行、打ち止め、妹達、カエル医師、ローラ、アレイスター、スフィンクス、ゲコ太、映画に出てきた従来のキャラで思い出すのはこれくらいかな。(固法、鉄装、舞夏、寮監は出てなかったかなあ。映画パンフレットではテレビ版からの引用が多くて区別がつきません)

オールスターですね。
そしてそれぞれのキャラが、このキャラはこうだよね、という働きをします。
劇場版水戸黄門を作ったらこうなるだろうと思うのと同じかな。※

御坂派(厳密には御坂妹派)の私にとって、インデックスの大食いとか噛みつき癖はスルーしたいことろなのですが、まあお約束だからしょうがないか。
でもちょっとくどかった。
あれはどちらも当麻の不幸の中で最も理不尽な不幸だと思うのですが。w

当麻が入院した病室を覗いていた妹達3人は10039号,13577号,19090号だそうです。
私が映画を見ていて唯一「わっ」と声を上げたのはその場面でした。いつ出るかいつ出るかと待ってたんだもん。www
カエル医師の病院に引き取られたシスターズ4人のうちの3人です。
そのとき御坂妹(10032号)は何やってたんだ?
私は小説版を全く読んでいないので、10777号についてはよく知りません。映画のエピソードの時点ではまだあの病院にいないということかな。

一番ひどいいじられ方をしたのは神裂ねーちんでした。
まあそれもお約束。だから一番面白く、あのシーンが一番笑えました。

佐天が初春のスカートをめくるシーンは確か無かったですよね。
これを外しちゃだめですよ。w
あったとしたら、あまりに当たり前だったから気づかなかったとか。ww
ファミレスに御坂、佐天、初春の三人がいるシーンで、柵川中学のスカートって長いんだということを今更、初めてのように気づきました。
勿論これまで何度も見ているのに、常盤台中学と比べてかなり長いことを、学校による差異という視点で見ていなかったのです。常盤台のほうが短か過ぎるんだけど。
初春のスカートをめくるために長く設定したのかなあ。ww
学園都市が本当にあったら、逆になるのではないかな。

御坂がアリサといつどこで知り合っていたのかの説明はありましたっけ?
鳴護アリサの存在については突っ込み所が多いけれど、まあ、よしとしましょう。
歌手としての衣装デザインは「いとうのいぢ画伯」が担当されたそうです。
私服のアリサとのギャップがなあ。はっきり言ってあのヘソ出し衣装はヘンじゃね?
画伯に頼んだ手前、注文を付けられなかったのかな、と見当違いの邪推を。w

婚后光子の活躍がなかったのはちょっと残念。出ただけでもいいか。w
あの手のキャラは普通は好きになれませんが、彼女はいい味を持っています。

宇宙エレベータ(軌道エレベータ)を東京に建設するのはかなり無理があります。
あれは重力と地球の自転による遠心力のバランスを使って作るものだから、赤道周辺が最適で、緯度が上がるとそれだけ難しくなるのです。
2004年の国際会議で南北35度が限界とされたそうなので東京はその限界線上かな。
それと、映画に出ていた宇宙ジェット機の事故原因であるスペースデブリ回避のために地上固定ではなく、海上フロートが望ましいそうです。
これはまあ、固いこと言ってもしょうがない。
以前、大林組の宇宙エレベーター構想が発表されたときに書いた日記はこちら → 宇宙エレベーターから少女が降りてくる

これだけじゃなくて細かく考えると結構アラがあったりしますが、あれこれ論うことは止めておきます。

とにかく私は満足しました。
ディスクは必ず買います。
劇場にもあと何回か行くかもしれません。

※ 水戸黄門はテレビシリーズの前に映画が作られています。
  そもそも黄門漫遊記は講談話が始まりですから。

2013/4/11 追記

今日2回目行ってきました。
ストーリーを追う必要がないからゆっくり観ることができました。

その上で、やはりストーリーは今一かなあ。いや、今半分かな。
なぜそう思うかというと、3回目行くモチベーションが上がらないからです。
来週も上映継続になったから行くことは可能なんですけど。

何でかなあ。レディリーがあんななってしまうからかなあ。
シャットアウラが結局どうなったのかも分からないし。

最後のシーンはエンデュミオンが消えてるという意味なの?
つまりお約束のお約束で、本編ではあれが無かったことになるということなのかな。
それは仕方ないか。

ところでステイルの弟子の三人娘。今回よく見たら可愛かったです。
グッズ買おうと思ったのに、無いでやんの。残念。w

仕方ないので、インデックスと御坂二人だけのクリアファイルを買いました。
何に使うんでしょうね。www

追記ここまで

==

うちで二匹の猫を飼っていることを以前書きました。
→ 子猫がうちにやってきた
かみさんが勝手に貰ってきた野良の子猫、オスとメスです。
まもなく2年になります。もうすっかり大人です。

週末には庭に出してやります。
ずっと室内だとストレス溜まって暴れるのです。

いつもは、オスのウィルが先に帰ってきて、メスのユニは2,3時間ほどほっつき歩いてから帰ってきていました。

ところが、3/31(日)の午後7時半に出したところ、ユニは8時半には帰ってきたのにウィルが帰ってこないのです。

ずっと窓を開けて待っていましたが、12時近くになっても帰ってきません。
窓を開けたまま寝るのは不用心だし、なにより寒いので、日付が変わった頃に閉めてしまいました。

翌朝、ちょっと早起きして外に出てみましたが、ウィルの姿が見えません。
とうとう帰ってきませんでした。

ゴムの入った柔らかい首輪は着けていましたが、連絡先は記載していませんでした。
かみさんが水曜に保健所に行って迷い猫の登録をしました。

勿論、帰ってこない理由は分かりません。
車に轢かれたのか、他のオスと喧嘩して怪我して動けないのか、野良ネコとしてどこかの家に拾われたのか、彼女を探しに旅立ったのか、調子に乗って歩き回っているうちに帰り道が分からなくなったのか。(最後のが可能性が高いww)

私は内心喜んでいました。
二匹室内飼いするのは大変なんです。

餌代はかかるし、トイレ掃除を頻繁にしなければなりません。
ウィルは一年中毛が抜ける体質で、いつも家中毛だらけです。
ウィルがいなくなってから抜け毛が極端に減ったから、ユニはそれほどでもないのです。
それと、オス猫の性質なのか、所構わずおしっこします。
ちょっと様子がおかしいかなあと抱き上げるとそのままじゃあああ。
臭くて臭くて。

7日(日曜)の会話
私   「もうどっかで野垂れ死んでるだろうな。ああよかった」
かみさん「なんて冷たいこと言うの。ユニも寂しそうにしてるでしょ」
いずれにせよ、諦めムードでした。

ところが。
9日朝。
職場に着いた私にかみさんからメールが入りました。
「ウィルが戻ってきた。奇蹟よ」

返信。
「いやじゃあああ」

やれやれ。
まあ、良かったのかな?

ーー ここまで書いたのが4/9 そのファイルを持ち帰るのを忘れたので日記にUPできませんでした。だからその後を書きます。

私は午後8時半頃家に帰りました。

「王子様はそこにいるよ」
「戻ってきた家出息子だろう?」

居間の隅に縮こまって座っていました。
少し痩せているようです。
そりゃあ一週間、ろくな物食べていなかったでしょうから。

問題はユニです。
それまで寂しそうにしていると見えたのは人間の気のせいでした。
ウィルのことなんかすっかり忘れていました。

自分の縄張りに入り込んできた見知らぬやつと認識しているのか、ウィルの姿を見るだけで激しく威嚇します。
興奮状態のときに人間が触ろうものなら。その手に噛みついてきます。

ウィルは元々おとなしい性格だから「やっと家に帰ってきたのに、お姉ちゃんどうして僕をいじめるの?」という雰囲気で身動きすることもできません。

匂いが変わったからなのかと思いました。
それに足や腹のほうの毛が薄汚れています。

汚いし、ダニやノミがいたら困るので、風呂に入れることにしました。
これが大仕事。以前からお風呂が大嫌いです。
抱きかかえて風呂場に行くだけで抱いている人間(つまり私)に所構わず爪を立て暴れて逃げようとします。

厚手のジャージで完全武装して風呂に行き、三人がかりでお湯をかけ、シャンプーしました。
抱いている私もそのままジャージの上からお湯をかけられます。
ウィルが鳴き叫ぶので、近所に丸聞こえ。虐待していると思われかねません。

なんとかシャンプーが済み、古いバスタオルで拭いて(ドライヤーは怖がるので使えません)ようやく終わりました。

でも、風呂を出た所で待ち構えていたユニは相変わらずウィルを威嚇してきます。
仕方ないのでユニを二階の部屋に連れて行き、ウィルだけ居間で寝せることにしました。
餌をたっぷり食べて、温かい毛布の上で久々の安眠ができたようです。


写真はウィルを威嚇しているユニと、そのユニを窺いながら餌を食べているウィルです。

uniChair.jpg uniANDwill.jpg

ユニが座っているのは、貰い物の「子供の姿勢がよくなる椅子」です。
すっかりユニの居場所になってしまって、しかも爪を研ぐからボロボロです。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版Q 感想
昨日(勤労感謝の日)はヱヴァQを見てきました。

感想=「終始うるさい映画だ」

3時半始まりの回で、満席でした。
3連休の初日ってこともあります。でも、水曜、木曜に調べた座席の状況では、平日なのに結構売れていました。長崎みたいな田舎でこの入りは凄いです。

巨神兵はまあ面白かった。
姉が語る創世記をもじった科白というかナレーションは全く納得できなかったけれど、映像はいいです。
一緒に見ていた長男は「巨神兵のチープさがちょっと」と言っていました。
そこがいいんじゃないか。w

でもそれが終わって、Qが始まったときに私が感じたのは「乗りたくないジェットコースターに無理やり乗せられて、いよいよ最初の落下が始まる」という軽い恐怖感でした。
抜けたいのだけど、もうそれができない。

定期試験前で渋っていた長男を無理やり誘ったのは私なんですけどね。
なのに、始まったとたんに「早く終わってくれ~」って思うのはなぜだろう。

この感覚は、シンジとカヲルによる連弾の頃がピークでした。
立ちあがって外に出たいという欲求を抑えるのに苦労しました。
つまらない、見ていたくない、人が一杯のこの空間から逃げ出したい。

何がそう思う根本かなと考えました。


(1) 主人公が馬鹿

やはり、シンジのキャラのせいでしょう。

アスカが「馬鹿シンジ」から「ガキシンジ」って呼び方を変えていました。
でも「馬鹿シンジ」の方が正しいな。

主人公が馬鹿なのは駄目なのです。
愛すべき馬鹿はいいですよ。
でもシンジの馬鹿は救いようがない。

それなのに、両方の勢力とも、その馬鹿を扱いきれていません。
だから面白くないんですよ。
物語としてね。

ヴィレはシンジにもっと情報を与えるべきでしょう?
あんなまま放っといたら、馬鹿が勝手に考えて勝手に行動するのは当たり前じゃないですか。
シンジのバイタル、メンタルをあれだけチェックしていながらリスク管理が不徹底です。自爆チョーカー着けていても、馬鹿は何するか分かりません。
それにカヲルに簡単に外されてしまうって、何じゃあれ。


(2) 世界観がめんどくさ過ぎる。

使徒とか人類補完とか、なんかもうどうでもいいや。
そう思うのは、その世界の構成・成り立ち(明かされているもの、まだ秘密の部分)と、個々人の思い・思惑が区別しづらいからでしょう。

シンジの父ちゃんの思惑なんて、知りたくもない。


(3) 野暮は承知で言うけど、社会はどうなってる?

社会なんか描かれてませんけどね。
そういう中間項をすっとばすのがヱヴァの世界なんだろうけど。

でもね、サードインパクトの影響って、第3東京を壊滅させているんでしょう?
食糧、エネルギー、武器の供給、装置、施設の維持はどうしてるの?

リアリティ0。

雨は降るの?
だったらあそこのグランドピアノはすぐに壊れちゃうよね。
普段はどこかに格納してるんなら、調律師はいるの?


(4) 最後に出てきた「つづく」でコケた

映画で続きものもあるけど、基本は一本毎に完結しなきゃだめでしょ。
まあ、いいんだけどね。


ということで、Qではアンチの思いを強くしただけでした。
→2012/11/14の日記 ヱヴァンゲリヲンのコラボ展開への批判
でも大ヒットですよね。分かんねえなあ。

==


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本家「涼宮ハルヒの憂鬱」(コミック版17巻)を含めて3冊同時発売です。
ぷよさんの2冊では、どちらも長門がガリガリ君を食べています。

有希ちゃんのほうは、何だか普通のラブコメみたいになってきました。
今回は七夕ラプソディーのエピソードが面白かった。
ジョン・スミスは高一って自称していたけど、中一ですもんね。w
それと、短冊に書くお願いについてハルヒが出そうとしていた条件を朝倉がさくっと言い当てたのもナイスでした。

ハルヒちゃんのほうは、デフォルメキャラの有希が最近とみにかわいい。w
エピソードも相変わらず冴えてます。
すごろくと幼稚園が面白い。

本家コミック版はとうとう驚愕編に突入しました。
いずれ追い抜くよね。
どうすんのかな。

==

私はAKB関係、関連のCDなり本なり、とにかく諸々は絶対に絶対に買わないぞと心に誓っていました。

でも、負けた。
負けたけど、これは反則だ。


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渡辺麻友さんなんて、全く興味ない。
この歌も下らない。聞く価値ない。

あーくっそ。反則だよ。

AKB48 渡辺麻友さん、活水の制服を着る - 活水中学校・高等学校

でも、この制服は違うんです。
数年前デザインが全く変わってしまって。
それにこれは冬服だしね。

何言ってるかというと、これです。→ 再開の場面で私は

くっっっっそーーーーーー。
初回限定版注文しちまったぜ。
違うデザインじゃ意味ないんだけどね。分かっているんだけどね。
それにそれ買ってどうするってことでもないんだけどね。

うーーーーーー。でもね。
なぜか注文しちまったんだぜぇぇぇぇぇぇ。
誰か精神分析してくれー。


==

エ → ヱ
オ → ヲ

ヱヴァンゲリヲンのコラボ展開への批判
今朝のテレビで、ヱヴァが多方面の商品とコラボしていることのレポートがありました。

私はヱヴァについて語る言葉を持っていません。
殆ど見ていないからです。

元々、巨大ロボット物、戦闘物が好きではありません。
マジンガーZからゲッターロボ、ガンダム、ヱヴァに至るまで、全くと言うと嘘になるけど、興味無いし、見ていません。
ヱヴァを「ロボット物」にカテゴライズすると怒られるかもしれませんけどね。
(唯一例外的に、巨大ロボット物でコミック全冊買って、アニメも見たのは鬼頭莫宏さんの「ぼくらの」です)

でも、一つだけ言いたい。
「あんな見境のない無節操なコラボしちゃ駄目でしょう」

パチンコに身を売ったときから、「ああやっちゃったよなあ」と思っていました。
それが今では、缶コーヒーから目薬、はてはキティちゃんまでとは。
まあパチンコよりはましかもしれないけれど、今度は種類数が多過ぎです。

ビジネスモデルがどうの、収益がどうの、って完全に「大人の事情」ですよ。
人の金儲けにケチつけてもしょうがないんだけど。
ましてや自分で興味がないと言っているんだから。

「既に終わっているコンテンツ」がリバイバル的にコラボするのはいいんです。
「巨人の星」がauのCMに使われているのとかね。(面白いと思うかどうかは別)
パチンコに身を売るのは殆どが終わったコンテンツですよね。

でもヱヴァは新しい映画も公開間近で「現役のコンテンツ」でしょう?
しかも多くの熱狂的ファンを擁する超メジャー作品ですよね、
だったらサイドビジネスではない本業とせいぜいその派生のところで勝負してほしいなあ。

こういうことを言うのは、私が現在興味を持っている対象(敢えてどれとは言いません)にはこんな浅ましい姿を見せてほしくないからです。
ヱヴァのファンの人はこの状況を好ましいと思っているのでしょうか。

ところで、似たような位置にいて、同じような動きを見せているものにOne Pieceがあります。
でもあれはまず原作のコミックありきて、多品種展開はアニメ版的なコンテンツが対象になっています。
それに(私が知らないだけかもしれないけれど)妙なジャンルとのコラボではなく、キャラクターグッズが主体だから、今回のヱヴァほどの憤りは感じません。
違いがうまく説明できていないですかね。
私はOne Pieceの原作は大好きですが、アニメは好きではありません。
だからあんな変なルフィーやチョッパーなんかどうてもいいやってことかな。

尚、今回の文章と似たようなことを以前にも書いたかもしれません。

こういう議論自体が既出なのか、決着付いているのか。
論理的な批判ではなく、感情的、感覚的な文章であることは、お読みの通り。
まあ、タイトルを態と挑発的にしたことも含めて、知らないからこそ書けた内容です。

==

11/19追記

上で、興味ないから見ていないと書きました。
でも娘が私にこう言うのです。

「オタを自称するのなら、パロディネタを知るためにも見ておく必要があるんじゃない?」

言われてみればごもっとも。
基礎知識として元ネタを知らないと、そもそもパロディであることにすら気づけません。

なので、金曜ロードショーの二週連続放送を見ました。「序」と「破」です。
たったそれだけの経験で、感じたことを少し書いてみます。

まず感じたのは「自分には合わないだろうなと避けていた感覚は正しかった」ということです。

多分にバイアスがかかった見方が影響しているかとは思います。
しかし、見ていてドキドキワクワク感が全くありませんでした。

アニメーションとしての動画や美術、その他の質は最高レベルなのだろうなということは分かります。
だけどそれだけを見たい訳ではありません。

エレメント毎に述べます。

1)キャラクター

 魅力を感じません。
 大人の醜悪さ、少年少女の行動の唐突さ。
 娘に聞いたら「みんな大人のキャラはスルーしているみたいよ」とのこと。
 でもパイロットの少年少女も、見た目はともかく、行動に納得がいきません。
 特に、主人公であるシンジに全く魅力がありません。
 レイ、アスカの行動、心の動きも、何でそうなる? レベルにしか思えません。
 人物の作り込みが浅すぎます。

2)世界観

 よくもまあ、こんな訳のわからない設定の世界を作ったものだと思います。
 全体像は当然考えてあるのでしょうが、物語の中ででも、何が謎で、何が既知なのかちょっとずつ小出しにされるのはイライラします。
 主人公が何も分かっていない状況からスタートして、物語が進むにつれて謎が解き明かされるという構造の物語は沢山あるけれど、ここまで観客を置いてけぼりにするのは珍しい。

3)物語

「自意識というテーマを展開させるために破綻させられた物語」という表現を読んだことがあります。
 面白ければそれでもいいのですが、全く面白くありません。
 どこに焦点を当てて追っていけばいいのか。
 ポストヱヴァンゲリヲン症候群と揶揄されたセカイ系の物語のいくつかのほうがまだましと思いました。

4)戦闘

 通常兵器が全く効かず、防御機能も易々と突破されるのであれば、そんなものを設置する意味がないし、描写する必要もないと思いました。
 そもそも使徒がどこにでも出現可能なのであれば、位置が分かっているリリスのところに最初から現れたらそれでお終いですよね。
 ヱヴァと使徒の戦闘、ヱヴァとヱヴァの戦闘も、戦闘嫌いの私としては見たくないし、どうせ結末決まってるんならさっさと終わらせてくれと思いました。
 人と人の戦闘(武器や兵器を用いる場合も含む)であれば、そこに技量や心理の差、運不運が絡んでくるので、それなりのドラマとして見ることができます。
 しかし年端もいかない少年少女が、何の覚悟もない幼稚な論理で巨大な力を駆使する様は、どれほど悲壮な演出(BGM含む)を加えたとしても、見る価値がないと思います。


以上、俄かアンチが分かったような振りして分かっていないことを書き出した文章です。こんなの書くこと自体、製作者側の思うツボなのかもしれません。
スルーして下さい。


結局劇場で観てしまったQの感想はこちら。→ ヱヴァQ
「リセット~本当のしあわせの見つけ方~」感想 (じゃないかw)
9/30(日)21時からの単発ドラマ「リセット~本当のしあわせの見つけ方~」(毎日放送 TBS系)を見ました。
高校時代に友達だった3人の40代女性が、記憶はそのままで17歳に戻って違う人生を経験するという内容です。

よくあるSF的なファンタジーで、しかも設定はかなりいい加減です。
原作は読んでいないけれど、それがメインではないからかもしれません。
「それぞれ元の人生を選ぶ」という結末も本当にありきたりでした。

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原作の文庫版は今時点でamazonに新品在庫がありません。
注文が殺到したのかな。中古で4196円なんて値段、本気なんだろうか。



でもドラマはつまらなかったかと言えばそうでもなく、結構楽しむことができました。
その理由は、以下のやり取りで。ww

その時間、かみさんは別の局でやっていたいもとあやこさんのマッターホルン登攀を見たがっていました。
でも、多数決4対1で負けたし、「イッテQ!」はいずれ昼間に再放送される可能性が高いと説得されて渋々携帯のワンセグで見ていました。
何度か書いていますが、現在うちには録画機器がないのです。(泣)

「どうせ、お父さんは鈴木保奈美を見たいんでしょう」
「いんや」
「じゃあ、高島礼子?」
「いんや」
「じゃあ何よ」
「話が面白そうだからね」

これは嘘です。
かみさんは私の好みの傾向が分かっていないからなあ。w

私が見たかったのは志田未来さん。
彼女のセーラー服姿はもうそろそろ見納めかなと。www

でも背が低いから、まだしばらくは高校生役ができるかな。


映画「おおかみこどもの雨と雪」感想

前々回あんな書いておいて、やっぱり初日21日(の2回目12時40分開始)に行って来ました。w

前日夜遅くに私とかみさんと次男の分3枚の座席をネットで買った時点で他に買われている席はありませんでした。
10時台に始まる1回目はパラパラ売れている状態でした。

あれだけ宣伝打ってるし、ニュース番組なんかでも取り上げているのに、田舎だからこんなものかなと思っていました。

12時30分の入場開始時はそこそこの列が出来ていたので、やっぱり人来るよねえなんて思いながら3番スクリーンに入ると「あれ?」
あまり人がいません。
どうも同じ時間に開始の別の映画(ポケモンか何か)に並んでいる人が殆どだったようです。
結局、全体の1/3も入っていなかったのかな。


さて、感想です。

「他人に薦めるほどの作品ではありません。というか、薦めたい人が思いつきません」

私が見た回には、小さな子供を含む家族連れ、小学生、中高生、学生、社会人など年代的に色々な層の観客がいました。
だけど、この作品を何らかの共感を持って見ることのできる人を想像することができませんでした。

細田監督がこの作品で何を伝えたかったのか、最後まで理解できませんでした。

映画のパンフレットの最初のページに、誰が書いたか署名のない文章で、「本作は一見・・・現実味の薄いファンタジーエンターテインメントと受け止められるかも知れない。もちろん、そうではない。二人の“おおかみこども”が成長するにつれて直面する・・・選択は、私たちが・・・選択をするのと同じことである」としてあります。
これは、映画を見た直後に私が感じた「おおかみ人間という設定は、普遍的な家族の物語として受け入れるにはあまりに特異過ぎる」という当然予想される批判に対して予め用意された言い訳です。

「もちろん、そうではない」かどうかは、映画を見た人が判断することです。
パンフレットでそんなことを断定してはいけません。

人間として生きることを選んだ雪、おおかみとして生きることを選んだ雨。
その子供達の選択を受け入れる母親としての花。

私はこの構図を家族の成長のメタファーとするのはあまりに強引過ぎると感じました。

脚本もなあ。
私にとって奥寺佐渡子さんの脚本は、時かけは勿論、サマウォもしっくりは来ていませんでした。
評価が決定的になったのは「とある飛空士への追憶」です。
なのでかなり不安を抱えていたのですが、予想通りというか、面白くなかったです。

ここで、この映画を見る前、コミック版の一巻を読んだ時点で私が書いた前々回の日記を再録します。

>雪と雨の母親である花がこの子達を産んだ経緯が納得できないのです。
>母子で生きていく部分がメインなのでしょうから、雪と雨が生まれた部分にはその後に影響を与えるような深い意味があるようには見えず、花がおおかみ男に惹かれた理由、おおかみ男が大学で偽学生をやっていた理由、戸籍をどうしたのか、花の実家はどうなっているのか、疑問が大きすぎです。

私がコミック版で疑問に感じた部分は映画でもそのままでした。
「恋に落ちるのに理屈はない」と言われればそれまでですが、その後の花の境遇を考えるとおおかみ男は花を受け入れるべきではなかったと思います。
その辺りのおおかみ男のの葛藤が描かれていないからそう思うのかなあ。

あ、そうか。きっと奥寺さんは恋愛を描くのが下手なんだ。
だから時かけで納得できなかったし、飛空士があんなことになっちゃったんだ。
サマウォはギリギリ許容できたから楽しめたんだ。

おおかみこどもは母子で生きていく部分がメインだとしても、その始まりの部分をきっちり作りこんでないから感情移入できなかったんだ。

>それにこの後話がどう進むにしても、まあ感動のお涙頂戴になるんじゃないかなあ。

私にとってお涙頂戴にはなりませんでした。
それは花の境遇、子育ての苦労が「映画の作り手」に理不尽に押し付けられたもののように感じられたからです。
「大丈夫」と言いながら笑っている花が痛まし過ぎて、泣くことができませんでした。

雪と雨が普通の子供として成長することができずに苦しんだのは、おおかみ人間のDNAのなせる業です。
山村の自然と母親の愛に包まれて育つことができましたが、それを差し引いてもあの二人の運命は過酷です。

まさか、この物語はマイノリティーに対する社会的差別問題をテーマとして含んでいるのではないですよね。
物語の方向性が違うからそれはないと思っています。

おおかみ人間を受け入れる社会は存在しません。
花はそういう子供を産んだ責任として、自らそれをカミングアウトして社会に受け入れさせる努力をするか、隠れて暮らしていくかの選択で後者を選びました。

花達母子がまだアパートに住んでいるとき、児童相談所の職員が訪れるシーンがあります。
あれは無理解な職員が花を苦しめているような印象を与えますが、実際には逆ですよね。

前者は有り得なかったのか。うーん。まあ、無理かな。
映画を見てこの観点の感想を持った人はあまりいないかもしれません。
それはおおかみ人間という設定が社会的な問題として捉えるにはあまりにも突飛だからです。

そしてこの突飛さが、学校での雪の苦しみとか、母を捨ておおかみとして生きていくという雨の選択などを突きつけられたとき、観客がそれをどう受け止めればいいのか戸惑ってしまう原因になっているのだと思います。


小さな子供に見せるには、ベッドシーンがあります。
本当に小さな子供にも見せたいのであれば、仄めかす程度にしなければなりません。

小中学生が自分の物語として受け取るには、おおかみ人間という立場を何度か変換して身近なものに置き換えなければなりません。

若い人が恋愛物として見るには、その恋愛部分の作りこみが足りません。

子育て中の世代がいつか自分達にも訪れる子供の親離れとして捉えるには突飛さが邪魔になります。

結局、物語としての本作品はどの立場で見ても中途半端、もしくは自分からは遠い作り物の話であろうと思います。




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