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たか号

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。
テレビへの4つの苦情苦言文句いちゃもん
テレビがおかしいことだらけなのは今更言うまでもないことに誰も異論はないでしょう。
言っても変わらない、良くならないことは承知の上で、それでも文句言っときます。
ここに書いたからって溜飲下げたことにすらならないんですけどね。

1.
今日の日テレ、日本史サスペンス劇場、テーマは篤姫。午後8時ー9時。
時間帯、テーマからいって、小学生も視聴することは十分考えられるのに、いくら大奥が舞台とは言え、「手篭め」のシーンのドラマ的再現や、次回の予告らしかったけど、布団の中に男女がいる場面などを堂々と出している。
本当にテレビ人って、感覚がおかしい。狂ってるとしか思えない。

2.
昨夜の報道ステーションでの古館氏の釈明。全然釈明になってない。言い訳にすらなってない。
自民の肩持つ気はないけれど、あれはひどい。ひどいけれど、常套手段。

3.
一昨夜のCHANGE。キムタク総理がアメリカ通商代表部に対して交渉とは何かを演説するシーン。噴飯物でした。
「話すことで違いが分かる」って、それアメリカ人相手に言ったって「お前何言ってんだ。そんなの当たり前だろう」と思われるのが落ち。外交交渉のイロハ以前の認識でしょう? まあ、日本人にはそれが分かってない人が多いから日本のドラマの脚本として成り立つのかもしれないけれど、外交交渉の席でそれを言わせるのはバカとしか思えない。

4.
テレビが新しくなって、音が良くなった。そしたら、本編とCMの音量の差がより強く感じられるようになって、CMの度にボリュームを下げなければ耐えられなくなった。
この問題、ずっと前から指摘されているのに、一向に改善されない。CMと本編の作りが違うからなどとテレビ関係者が言い訳してるのは何度か聞いたことがあるけれど、CMだけじゃなくて、次週予告も音量が大きいことがあるから、あれは絶対に意図的だと思う。


篤姫パッシング

週刊新潮にNHK大河ドラマ篤姫の批判記事が載っています。
1時代考証がいい加減
2主演の女中顔

1は言わずもがなだと思います。

私も見ていて変だと思う点がいくつもあります。でもそんなこと口にしようものなら、「楽しく見てるのに、余計なこと言わないで」と返されるのが落ちなので黙っています。

大河ドラマが変なのは、ここ十数年周知のことです。元寇を扱ったときのなんか変の極致でした。でもそれが嫌なら見なければよろしい。実際、うちでも北条時宗は見ませんでしたし、

今回の篤姫は、そういう変な部分を込みで面白いと思うから見ています。
時代考証を気にする人なんて、人数にすると微々たるもの。考証に厳密に従ってたら、今時の人は見向きもしないでしょう。

既婚女性の鉄漿(おはぐろ)なんてその最たるものです。あれは気持ち悪くて見てられません。小さいとき、田舎だったのでまだそういう婆さんが近所にいて、怖かった記憶があります。完全に慣れの問題でしょうけれど。

そういう意味では、将来ちょん髷なしの時代劇というのも出てくるかもしれません。
あの髪型も変て言えば変ですから。(でも、これはありえないか。)

2は、それを言っちゃあお終いよです。
あの顔が我慢できないのなら、見なければよろしい。

普段、NHKにはむかつくとこも多いですが、珍しく擁護してみました。

==

プロフィール画像に使うのに元祖たか号の写真を撮りたかったのですが、平日は暗いうちに家を出て、暗くなってから帰るので無理。ようやく今日撮れると思い、朝飯のあと朝風呂に入っていたら、職場の上司から「昨日たか号君が出した数字、ちょっとおかしいとこあるから、月曜朝一で修正して」との電話があり、そう言われて知らん顔もできないので急遽出社して、今日もだめでした。

明日こそは。

==

前回書いた文章はちょっとナイーブ1だったみたいです。

これまであまり縁のなかったアダルトコメも付くようになったし。
妙な検索はかかってくるし。
挙げていた過去分を読んで頂けたような形跡もないし。
現実は甘くないですね。

それは仕方ないものと受け止めて、自分でやりたいようにやっていくことにします。
なにしろ、ナイーブ2なので。

naive 1 (主に軽蔑)単純[未熟]な, 世間知らずの, 甘い.
naive 2 無邪気[天真らんまん]な, 純真(無垢(むく))な, うぶな.


コメント代わりに
えー。映画とかの話ばかりつづいているので、この前の披露宴のことを書こうと思ったのですが、文章作って保存しておいたメモリースティックが行方不明で、また書き直すのも面倒なので、見つかったらアップします。

そんなわけで、また映画の話。

最近「福田麻由子」のキーワードで来る人が多いので、私も検索してみたら、面白い文章見つけました。こちらです。

コメントしようと思ったら、ウェブリブログって、会員しかコメントできないんですねえ。
管理人さんが許せば、会員以外でもできるみたいですけど、

しかたないので、ここに書いておきます。
リファラで気付いてくれないかなあ。

==

初めまして。
いい情報を読ませてもらいました。
私、猫派なので、どうしようか迷っていたのですが、観に行くことにします。
ありがとうございました。

==


L change the WorLd 感想の続き
さて前回の続きです。

期待外れの最大の原因はブルーシップです。
対決する相手があれでは何ともつまらない。

高島政伸さんも、工藤夕貴さんも、佐藤めぐみさんも、演技がどうのこうのではありません。設定がつまらないのです。

そもそもが、Lに「苦手分野」での活躍は期待していません。
その意外性を狙ったのなら見事に失敗だったと思います。

絵作りにおいても、最初に出てくるタイの村の爆撃もこけおどしにしか見えませんでしたし、真希の父親が焼死するところなど悪趣味の極みでした。

ウイルスの即効性、抗ウイルス薬の即効性についてもリアリティがありません。

FとかKとか、Lの所属している組織(?)のようなもののあり方も、それはそれでありかと思いながらも、中途半端感が否めなめません。

ということで、本作品はせいぜいレンタルかテレビ放送で見るだけで十分だろうと思います。

と、ボロクソに書きましたが、良かったと思う点も幾つか上げておきます。

私は、L=松山ケンイチさんという配役はとても評価しています。それと、今回のLの描き方の細かいところは面白いと思う点がありました。

Lの心情の変化も、気をつけていなければ見落としそうではありましたが、なかなか良かったと思います。

また、二週続けて追っかけみたいになってしまった福田麻由子さんの演技は、場面場面でむらがあるように感じましたが、総じては評価できると思います。
悲しみや怒りのほうがいい演技しているなあと思って見ていたら、屋上でLとBoyと3人で食事するシーンの楽しそうな雰囲気もとてもよかったです。

ただ、あの髪型はどうかなあ。Little DJでの髪型のほうが似合ってたような。

もう一人、意外だったのは南原清隆さんです。「FBI」というギャップで苦笑しました。最初の登場シーンで、客席がざわめきました。それは、私が感じたギャップのせいではなく、ナンちゃんが出てきただけで起きた笑いでした。これミスキャストじゃないのかと思っていました。しかし、話が進むにつれて、彼ならではの味が出てきて、なかなかいい配役だったと思っています。



L change the WorLd
初日、一回目に行って今帰って来ました。
先週も初日一回目で、狙ってるわけではないのですが、今回はスケジュール的にどうしても今日その時間しか行けなかったのです。

これから、職場の後輩の披露宴に行くので時間がありません。
とりあえず要点だけ。

行ったら行列ができかかっていました。私が19人目。開く頃には100人以上はいたでしょう。
殆どが中高生のグループ。

私が座った席の前後、左右全て女子高生でした。
終わったあと、その女子高生達は、「良かったねえ」「私泣いちゃった」と話していました。

でも、私の感想は違います。
これは、中高生ならともかく、「大人の鑑賞に堪える映画」ではありません。

おっさんの感性だからだろう、と言われそうです。
でも、DeathNote前後編も映画館に見に行って、それなり以上に評価しています。
今回も楽しみにして出かけたのです。
それでも、この映画は残念でした。

詳しくは、後ほど。





映画 「Little DJ 小さな恋の物語」 感想
全国的には去年の12月15日公開だった映画「Little DJ」が、2月2日からようやく長崎でも上映が始まり、初日の一回目にA子と行ってきました。

上映するセントラル劇場が小さな映画館なのと、どの程度観客が集まるか分からなかったので、早目に着くよう出かけたら、10時始まりのところへ9時15分には着いてしまい、支配人らしいおっさんから「あ、まだ準備できてないんでそこのソファーに座っといて下さい。」と言われる始末でした。

しばらくして「中に入っていいですよ」と言われて入場料を払った時点ではまだ他の客はいませんでした。

中に入って一番見やすい席に陣取り、A子にパンフレットを買いに行かせました。すると、カウンターの方から笑い声が聞こえます。(何しろ狭いので、客席にいても外の気配が分かるのです)

戻ってきたA子に「何笑ってたん?」と聞くと、「『神木君が好きなの?』って聞かれたから、『いいえ。このお話をお父さんが好きなので』って言ったら笑ってたの。」

ありゃまあ。娘にせがまれて連れてきてあげましたを装っていたのに。orz

でも、初日最初の客ってことで、ポスターを一枚もらってきました。映画のポスターなんて何年ぶりだろう。

結局、その回の観客は6人、一人で来た30代の男、別に一人で来た30代の女、小学低学年の女の子とその母親。中高生のカップルが結構来るのかと思っていたのに、なんとも寂しい限りです。

映画が終わってから本屋にちょっと寄り、中華街でチャンポン食べて、ホテルのラウンジでお茶飲んで帰りました。

さて、映画の内容及び感想です。
若干ネタばれ含みます。ストーリーは公式サイトでお読み下さい。

いい作品でした。「伝える」というテーマが鮮明で分かりやすかったです。
小説版に比べてエピソードが絞ってあったので、とてもスッキリしています。
病気や死を扱ってはいますが、それがメインではないせいか、微妙なバランスの上で爽やかさすら与えてくれたように思います。
「小さな恋の物語」というサブタイトルがついていますが、極論すればその恋愛すらメインではありません。全体の構成としては非常に良くできていると思います。

神木隆之介君は演技上手いなあ。演技というより表情がいいんですね。
これからもっと伸びるでしょう。大事に育ててほしいです。

福田麻由子さんはあの笑顔の評価が見る人によって分かれるような気がしました。
とてもいい笑顔を見せてくれるのですが、時期や場面に関わらず同じような印象を受けました。まだそこまで要求するのは酷でしょうか。

一つ年上という設定が実年齢では逆なので、せいぜい同い年くらいにしか見えない点も少し違和感がありました。最後のリクエスト曲に合わせるには年上という設定は欠かせませんから、もう少し脚本でフォローできなかったかなあと思います。

ところで、最初は太郎の視点で見ているつもりだったのですが、子供の難病という特殊な設定のせいか、主役二人への感情移入ではなく、親の視点で見ている自分に気がつきました。その意味では娘と行ったのは失敗だったかもしれません。

石黒賢さんが演じる父親は不器用な昭和の父親そのもので、私とは(不器用という意味では同じでも、その現れ方が)違うので、むしろ西田尚美さんの母親の心情のほうが共感できたように思えます。

でも、救急車で太郎が運ばれてきたところで必死に謝るたまきを張り飛ばすシーンは、正に息子を奪われた母親のそれで、うちのかみさんでもやりそうだなという意味でものすごくリアリティを感じるのですが、その直後にたまきを抱きしめた父親の行動のほうが理解出来そうな気がしました。

雨の函館山での夜明かしのシーンは、パンフレットに載っていたプロデューサーの文章で、製作者サイドがかなり入れ込んでいるのが分かります。

でもですね、見ていて「あんたらそんなことやってる場合じゃないだろう」という思いが湧いてくるので、そこまで感じ入るということはありませんでした。

私の世代とその少し上までの人があのシーンと対比させるのは、「小さな恋のメロディー」の雨の墓場のシーンだろうと思います。

英米では全く評価されなかったあの映画が、日本だけで大ヒットしたのは様々な要因があるのでしょう。
印象的なシーンが多い映画であることは確かです。そのどれもが、伝説化というに値するだけのインパクトを持っています。

思い返して比較してみると、今回のあのシーンはまだそこまで達していないように感じました。それは、上記した理由もさることながら、いまだ根強い欧米コンプレックスのなせる業という気もします。理屈抜きで「はぁ〜」と見とれてしまうかどうかということです。

それでは邦画はいつまでたっても洋画の(シーンの伝説化という意味での)域に達しえないことになりますが、この点で追いかける必要はないのではないかと思います。

洋画では、その場面や寄って立つ文化が日本人にとっての外なるものであるのに対し、邦画はどんな突飛な場面であっても内なるものとして受け止めるため、例えば「三丁目の夕日」の最後の場面などでも「わぁ〜」とは思っても「はぁ〜」とはなりません。それはそれでいいのだと思います。

但し、台湾とか、まだ日本に憧れを持っていてくれている国の人が見るとまた少し違うのかもしれません。そういった感想はぜひ聞いてみたいものです。

ところで、主演の二人が高校生くらいになったところで、今度はハッピーエンドの恋愛映画を作ってくれないかなあ。

それぞれに成長していい味出してくれると思うし、架空の人物ではありますが、太郎へのたむけになりそうな気がします。

==

大人になったたまき(広末涼子さん)が、最初のほうで言う「これじゃコミュニケーションじゃなくて単なる垂れ流し」という台詞は、いまだに誰も訪れる人のないここのブログにも当てはまります。

ブログで公開しているということは、誰かに伝えたいという思いがあるから。
いつか誰かに届くさ。めげずに続けていきましょう。



映画 夜のピクニック
映画「夜のピクニック」を最終日に見に行きました。

私は恩田陸作品の殆どを読んでいます。しかし、これだけは自分でも不思議なことに手を出していませんでした。
たまたまということなのでしょうが、敢えてその理由を挙げると、
・単行本のカバーイラストが気に入らなくて手に取らなかった
・本屋大賞を受賞して、その時点で買うのもちょっと癪だった
・「図書室の海」は読んでいた。いずれ読むことは間違いないので、そのうちにと思った
・映画化され、読むのが先か、見るのが先か迷っているうちに時間が過ぎた
こんなとこでしょう。

それでもついに文庫版を読み始め、仮眠所まで進んだところで、その日が上映終了日ということに気付いて慌てて劇場まで走りました。(原作はその後の土日で読了)

映画のほうの感想

キャストはいいです。原作者が述べているように、融や、貴子がそのまま、そこで動いているという感じでした。それと圧倒的なエキストラ。歩行祭の臨場感が伝わってきます。

原作の良さを出そうと、相当の努力、工夫をしているのが窺えます。原作はみんなで歩くだけでそれ以外の動きはあまりなく、登場人物の心の動きがメインであるため、映像化はかなり難しかったと思います。それを何とか見せるものにしようとしてあります。

しかし、残念ながら、そのために挿入された映画オリジナルの部分はことごとく失敗しているように思えました。少なくとも私には面白いと思える部分はありませんでした。
・シェークスピア ・アニメ ・バナナ ・ゴジラ ・救護バスの看護師 ・従姉妹が代議士

で、どうにもそういうところが気になって、全体としても淡々と行事が進んでいるだけという印象でした。最後に二人が和解(?)する場面、ゴールに入る場面も、見ていてそう大きく心が動かされるという感じではありませんでいした。

つまりは、「まあ悪くはないけれど、そこそこの映画っていうところか。」が見終わった直後の感想だったのです。

ところが、それから数分もしないうちに気付きました。あの歩行祭に参加したことが、まるで自分の本当の記憶のように思えてくるのです。

原作者が「映画を見ている間、誰でも17才になれます」という趣旨のコメントを出しています。
最初にこれを読んだときは、ありがちな普通のコメントだと思っていましたが、本当にそうなのだと実感しました。

見終わってトイレに入ったとき、一緒に見ていた男子高校生のグループがどやどや入ってきました。口々にいやあ良かったねえなどと話しています。見た目は「最近の高校生」風。

勿論その会話に加わることはありませんが、いい映画を見たという感覚を世代も違う見知らぬ人達と共有できたことは、とてもいい気分になれました。

ウォーターボーイズがヒットしたあと、全国各地で男子シンクロが行なわれたようです。
この歩行祭はどうでしょうか。

学校全体を巻き込んでの歩行祭実施はかなり難しいと思います。
まず安全の問題。交通量や変質者の存在など、学校当局としては現時点で新たな行事としてこれを始めることはなかなかできない相談でしょう。
それと、参加者の問題。よほど卓越したリーダーシップを持った言いだしっぺがいない限り全員参加型の行事としては成り立たないと思います。

モデルとなった学校では50年を超える昔から伝統の行事としてとして開催されています。
始まった頃は、純粋に生徒の鍛錬という目的だけあって、交通量は少ないし、変質者の心配もなかったはずです。その後社会情勢が変化しても、まず行事ありきの前では危険だからしないではなく、行事があるから安全に配慮して実施するという力が働くはずです。

実際に参加する生徒の意識は知るすべもありませんが、何でこんなきつい思いをして歩かなきゃならないんだというのが大半ではないでしょうか。それでも「伝統」という一種抗い難い権威の前では、それに反抗して取りやめる努力をするよりは、参加して歩く努力のほうがよほど楽かもしれません。このこと自体は私は肯定的に捉えています。

「何だかよく判らないけれど昔からやってることだから」
形式的な悪しき前例主義とは異なり、不承不承ではあっても参加してみて少しでも良かったと思える行事が存在するというのは、とても羨ましいことだと思います。

お祭りというものは、そういう要素があるほうがいいのです。

==

いやあ。前回の更新が9/6で、実質的には8月末からずっとさぼってました。

色々ありまして。

その間、お知り合いのブログも次々に停止してたり、閉鎖されてたりして、やはり1年程度が持続できる期間なのかなあと思いつつ、今日に至っています。

さて次回はいつになることやら。

映画 デスノート
二週間で4回も映画に行くという近年まれな出来事の掉尾を飾って「デスノート」を観ました。

原作は全部読んでいて内容は知っているし、新聞の紹介記事を読んで原作にほぼ忠実に作ってあることも知っていました。

確かにその通りで、原作そのものの実写で見ているという感じでした。映画のオリジナルエピソード部分もなかなかの出来で、そこだけ比較すると原作よりいいかもしれません。

キャストは敢えて見ていませんでした。月(ライト)が藤原竜也であることはポスターで嫌でも分かります。それ以外は誰が演じているのか知らないで観ました。

月の父親が鹿賀丈史というのはイメージが違いました。演技はよかったです。
ミサミサの配役にも驚きました。戸田恵梨香は真理子のイメージが強かったので。今回の前編ではあまり出番がありませんでしたが、なかなか雰囲気を出していたように思います。

月は、誰が演じても見た目のイメージを合わせるのは無理でしょう。藤原達也は顔の輪郭が違いますね。高校生ではなく大学生という設定でした。怪しげな店に行って、良からぬ連中にからまれるシーンは、原作の月ならそんなことしないわなあと思いました。

Lはイメージ通りでした。足で足を掻く最初の登場シーンなどまんまでした。

リュークも見事でした。

あそこまでが前編として、後編はどこまでなのでしょうか。
配分から考えて、Lが死ぬまでかなあとも思います。

それで、ニア、メロの部分は、「続デスノート前編/後編」とかなったりして。

原作は、まあ確かにそれしか無いんだけどという終わり方ををしています。映画もそうならざるを得ないのですが、月の最期のシーンをどう扱うのか。楽しみではありますね。

タイヨウのうた
本日2本目です。前の続きになります。

その口直しで、「タイヨウのうた」を観てきました。そのときも本当はデスノートを観るつもりでしたが時間が合わなかったのです。

「タイヨウのうた」は予備知識殆どなしでした。たまにそういう観方をします。唯一事前に知っていた情報はここ

上映最終日の夜ですから、ガラガラだろうと思っていたら、何の何の。若い二人連れは勿論、女子高生のグループなどで結構席が埋まりました。

最終日に混むのは、口コミなどの評判がいいという証拠。期待が大きくなりましたが、客の年齢層が偏っているのがちょっと気になりました。(私、浮いてたかも)

結論から言うと、40代のおじさんにはこの映画ちょっときつかった。

16歳、純愛、難病、湘南、サーフィン、音楽の才能、といったモチーフは目新しいものがなく、全体のストーリーもあまり意外性のないままに終わってしまったという感じです。

最近の所謂「泣ける」映画、泣かすのを目的/売りとして作られる映画が本当に泣けるかどうかは、製作サイドの思惑とは無関係に、観る側のスタンス(別の言い方をすれば感性)に左右されるため、世代による物事の受け止め方が大きく異なっている現在では、ターゲットを限らざるを得ないのでしょう。

元々この映画は香港映画のリメークとかで、それにオリジナルアイデアを加味して作られたそうです。
見え透いている感じが強く、それを超えて訴えてくるものはありませんでした。

XPという難病を扱うのならば、彼女が小中学校時代をどう過ごしたのか、高校進学をしなかったときどうだったのか、ギターに出会ったときどうだったのか、両親がどのように育ててきたのか、等々、描いておいてほしい場面が幾つも思い浮かびます。
しかし、メインテーマが恋愛であるために、話を発散させないよう意図的に省いてある(もしくは最初から入れるつもりがなかった)のでしょう。登場人物の台詞の端々にほんの少し現れているだけです。

こういう点をある程度は場面として見せておかないと、深みが出てこないように思います。敢えてきつい表現すれば、甘いだけの恋愛物語に毛色の変わった難病というスパイスをふり掛けた映画とも言えます。

...と書きつつも、駄目映画である言いたいのではありません。

脚本はまあよかったと思います。演技も主演二人が新人の割には自然で嫌味がなかったし、何より父親役の岸谷五郎がよかったです。

主演のYUIの歌は、高音域で顔をしかめて歌うのはちょっとなあと思いつつも、歌自体や歌唱は悪くなかったです。

また、できるだけジメっとしないように作ってあり、軽く笑えるエピソードもちりばめてあります。

総合評価としては、「観て損はない」というところです。
但し、私と同世代以上の人には薦めません。

世代を超えて受け入れられるのは「三丁目の夕日」のように例外的なものだけになってしまったのでしょうね。
おじさんが純愛映画を観に行くのが無謀なんだとも言えます。


おちきんおらーめん
以前、笑う大天使(ミカエル)の映画化について、「面白くないでしょう」と、観もしないで書いたのが気になっていました。

その後、新聞記事でオール県内ロケとあったので、一応の興味はそそられました。
それに面白くないと言い切った責任上一度は観ておかないとという思いもあったので、先日行ってきました。

予想を裏切らず、面白くない映画でした。(笑)
こんなのに、金と時間を浪費した自分が情けなくなりました。(大袈裟)

まず、企画した意図が分かりませんでした。
原作は随分前のものだし、川原ファンには受けていたのでしょうけれど、一般的には知られていなかったし、あの「もぎゅもぎゅ」した世界を実写で再現するのはかなり無理があります。

ハウステンボスを借りてのロケはよかったと思います。お嬢さん学校の雰囲気は出ていました。どの場面も、「ああ、あそこで撮ったのか」というのが判りました。

しかし、今時は、「良家の子女」の学校よりも、TVドラマ版「花より男子」に描かれているような、今風の意味でのセレブが通う学校のほうが、善し悪しは別にして憧れの対象となっているため、見ていて「何じゃこの学校の生徒達は」という印象を持たれてしまう恐れが大です。
チキンラーメンも知らない女子高生なんて、哄笑の対象でしかないでしょう。

猫かぶりトリオは、ぎりぎり原作のキャラの雰囲気を出していたようにも思えます。しかし、彼女達と対になる、兄、師匠、先生の男性キャラは、その特徴が際立っているとは思えませんでした。

アクションシーンに関しては、ノーコメントとします。

ギャグの類は、元々原作の滑り気味のギャグを余計に滑らせているように見えました。

結論:この映画で楽しめるのは、小学生くらいまでかなあ...。

本当言うと、デスノートを観に行ったのです。しかし、映画館に着くまでにトラブルがあって時間が合わなかったので、しかたなくこれにしたのです。

エンドロールに協力先の一つとして諏訪神社が出ていました。
どこに出てきたのだろう。