su
プロフィール

たか号(gatsutaka)

Author:たか号(gatsutaka)
コンタクトは下のアドレスもしくはコメントでどうぞ。
過去の古い日記へのコメントも大歓迎です。
garei#mars.dti.ne.jp
#を@にして下さい

ボーカロイドを扱った自作小説の一覧は→こちら
です。


そして、とうとう、とうとう、
ツイッター始めました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ネフレンを愛でる会

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

やがて恋するヴィヴィ・レイン 1 感想
とある飛空士への誓約最終第9巻から約一年。
ついに犬村小六さんの新シリーズが始まりました。




2つの段差で隔てられた世界という舞台構造は飛空士シリーズと同様ですが、今回は海ではなく陸地に段差があります。
上段が天国、中段が地上、下段が煉獄。
一巻の舞台は主に地上で、地域時代設定は中世後期のヨーロッパかな。
飛空士と比較すれば100~200年くらい時代が戻ったような感じです。
ただし天国は科学技術が進んでいて、そこから下賜された機械兵(動力はエンジン、制御は搭乗者による操縦がメインで一部自動)も登場します。

最下層貧民出身の主人公ルカは飛空士シリーズの狩野シャルル、カルエル・アルバス、千々石武夫、坂上清顕と比較したとき、彼等とはまた違った新しいキャラになっています。
シャルルとは境遇で似た部分がありますが雰囲気がかなり違います。

何より頭がいい。
飛空士の主人公達の頭が悪いということではありません。
また、バルタザール・グリムの頭の良さとも少し違うような印象があります。

私はおバカが主人公の物語よりも頭のいい主人公の話のほうが好みです。
愛すべきバカ(ワンピースのルフィとか)はいいのですが、愚かなバカの生得的資質や運だけで進行する物語を読んでいると「こいつバカだなあ」という嫌悪感が生じてしまうからです。
エヴァの碇シンジがその最たるもの。
ダンまちのベル・クラネルもそれに近いんだけどギリギリ許容範囲内。
ああそうか。要するに状況に流されがちな主人公が嫌なのか。
自分を見ているような気分になるからでしょうね。それはさておき。

一巻を読んだ限りでは、この物語の最終形にハッピーエンドはなさそうです。
だって姫殿下ファニアの二つ名が「悲劇の王女」なのですから。
しかし誓約だってあの状況からハッピーエンドが訪れました。
それを頼りに、現時点で今後の展開を予想してみます。
ただし100%外れる予想ですから、そのつもりでお読み下さい。

魔女が最後に言う科白は大きな謎であり、且つ大きなヒントですよね。
3人の女性のうちの誰かがヴィヴィ・レインだと言うのですから。
それを信じるとして、さて誰なのか。

今のところ一番可能性が高いのは王女ファニアだと思っています。
彼女はミカエルに乗っていた人造人間アステルについて何かを知っているようです。

・ヴィヴィ・レインはファニアである
・ファニアが見た夢は現実になる つまりルカによって王国が倒される
・しかしその時、7年目消滅の時期を迎えたアステルがファニアと入れ替わっている
・生き残ったファニアとルカは国の片隅で一緒になる

誰もが思いつくレベルですかね。
単純で、しかもこれだけだとかなり飛躍があるしなあ。
それに相棒ミズキの役割が見えてこない。
でもこの予想は一巻に現れたこと、そしてタイトルと大きく矛盾はしないですよね。

この予想が見事に外れること、裏切られることを期待しています。

==

それと、言わないでおこうかと思っていたのですが、冒頭の場面がラピュタみたいな点。
犬村さんもツイッターで何度も言及しておられます。

現時点でもネット上で色々言われているようですね。
アニメ化された日には、大炎上するんじゃないかなあ。(笑)

モチーフと考えれば同じなんですね。パクリと言われても反論できない。
でも空から降ってきたシルフィはすぐに死んでしまうのだから、意味合いが全く違うと思います。

それと、今日(2016/11/7)に至ってもまだ本作品のことがWikiに載っていないのはなぜでしょう。
犬村さんのページにもない。
イラスト担当の岩崎美奈子さんのページにはタイトルだけ載っています。

そのうち出来るんでしょうけれどね。

==

2017/6/1 3巻感想


あれー。2巻感想書いてなかったっけ? 
しょうがない、先に3巻感想。

3巻感想

犬村さん相変わらずやってくれるなあ。
戦いの舞台が飛空士シリーズの航空戦からヴィヴィでは地上戦に変わっても、冴えわたる描写は何も変わりません。

3巻のメインの戦役は、アステルの存在がちょっと特殊なくらいで、それ以外は歴史に描かれる実際の戦争・戦役と遜色のない、場合によってはよりリアルかつドラマチックな内容になっています。

ラノベレーベルの作品で、数万人規模の戦いをその戦略、戦法、兵站に至るまで詳細に描くなんて、ほんと普通じゃない。
例えるとすれば、三国志とかかな。

そしてその戦いを軸にして何度も現れるどんでん返しの見事なこと。

ミステリーなどに出てくるどんでん返しは、文章のテクニックに頼っていることがよくあります。
元々はどうってことない内容を読者をだましだましして引っ張って行って最後にそのだましの仕掛けを明かすことで驚かすという手法です。

犬村作品の場合はそういうテクニックに頼るのではなく、登場人物の人格の作り込みや舞台となる世界の情勢、社会背景といった諸々の事柄の必然がそのまま描かれているのではないでしょうか。
私が何を言いたいか分かりにくいかな。
テクニックを駆使してだまそうとしているのではないのに、読者だけでなく登場人物達すらも予測できない展開があたかもどんでん返しの連続のように現れてくることが犬村作品の醍醐味である。ではどうでしょうか。

さて、3巻最大の衝撃はヴィヴィの正体が明かされたことです。
まだ明言はされていないけれど、P70の記述で確定ですよね。
うーん、そうかあ。
以前から言われていた「三人の中の誰か」が嘘でないのなら、確かに。

これでいよいよ先が分からなくなりました。
全く当たらない下手な予想をするより、楽しむことに専念しましょう。

それでも敢えてやってしまう下手な予想。
「次巻でファニアは辛い目に遭います」
だって犬村さんがヒロインを痛めつけないではおれないドSであることは飛空士シリーズから明らかなのですから。


スポンサーサイト
とある飛空士への恋歌 アニメ 第9回 感想
すみません。
実際の文章は第一回感想以降、同じ日付の日記に追記しています。
このページ単独で開いている場合は、こちらのリンクからお願いします。
 → とある飛空士への恋歌 アニメ 感想

ブログトップの場合は、スクロールして頂けば下の方に表示されるかも。

なぜこんなことしているかは、第8回感想の最後のほうに書いています。
間違いや勘違いの多い感想を読んでもらうのに、ここまでする必要があるのかどうかは、……不明。w

画面左にあるカテゴリー「とある飛空士」を開いたら、とある飛空士シリーズの感想が全て出てきます。
どれもとてつもなく長文です。

前回と全く同じ文章だ。www
とある飛空士への恋歌 アニメ 第8回 感想
すみません。
実際の文章は第一回感想以降、同じ日付の日記に追記しています。
このページ単独で開いている場合は、こちらのリンクからお願いします。
 → とある飛空士への恋歌 アニメ 感想

ブログトップの場合は、スクロールして頂けば下の方に表示されるかも。

なぜこんなことしているかは、第8回感想の最後のほうに書いています。
間違いや勘違いの多い感想を読んでもらうのに、ここまでする必要があるのかどうかは、……不明。w

画面左にあるカテゴリー「とある飛空士」を開いたら、とある飛空士シリーズの感想が全て出てきます。
どれもとてつもなく長文です。

とある飛空士への恋歌 アニメ感想
2、3、4話 及びそれ以降のコメントは下の方に追記しています。
13回、最終回までコメンしています。


1/13深夜24時(1/14午前0時)開始のBS日テレで第一回をその時間に見ました。

一応録画予約はしていましたが、うちが入っているケーブルテレビはBSのチャンネルは一度アナログに変換しないと録画できないのです。当然画質が劣化します。
それに番組表と連動しないので、時間がずれると録画できません。
なので、パラボラを立てている実家にもバックアップとして録画を頼んでいます。

勿論ニコ動でTOKYO MXと同じ日、時間に見ることができることは知っています。
しかしPCの小さい画面では見たくないし、テレビにつなげれば大きくなるけれど、家庭内手続きが面倒臭い(その時間にかみさんの見たいものがある)ので、一週遅れにせざるを得ないのです。(あれ? 別の時間に見ればいいのか。ww)




ということで、一週遅れの第一回感想です。
二回目以降の感想を書く場合は下に追記します。

恋歌のアニメ化は追憶の映画があらゆる点で失敗だったことから完全に諦めていました。
でも追憶を含めた飛空士シリーズの素晴らしさがそんなことを蹴散らしてくれたのでしょう。
アナウンスがあってから半年。ずっとずっと楽しみにして待っていました。

森沢晴行さんのカルエルが、アリエルが、クレアが動いているよ。普通に喋っているよ。
こんな嬉しいことはありません。

最初のシーンを見て、作り手が相当力を入れていることを感じました。

飛空士の世界は電子機器があまり発達していない、アナログっぽい世界です。
画面の雰囲気がそれをよく表していると思いました。

・家族の別れのシーン。
・沢山のエル・アルコンが同時に飛び立ってイスラへ向かうシーン。
・風の革命広場でニナ・ヴィエントが演説しているシーン。
・イスラの係留索が外されるシーン。
・カドケスの学生寮でカルエルとアリエルが口喧嘩しているシーン。
・シルクラール湖畔の道でカルエルとクレアが自転車で二人乗りしているシーン。

第一回で印象に残ったシーンはこれだけあります。
係留索なんか普通に見ている分には大したシーンではありません。
しかし空飛ぶ島であるイスラの発進を印象付ける原作の描写を丁寧に描いているなあと思ったものですから。

ちょっとだけ違和感があったのは、超弩級飛空戦艦ルナ・バルコのデザインと、イグナシオが重要キャラ扱いされているところくらいかな。
でもだから嫌ということではありません。

今回のシリーズがストーリーのどこまでを扱うのか、最後まで行くのか知りません。
途中までだとしても、文庫本5冊のボリュームを持つ原作からかなりの部分が削られるのは仕方ないでしょう。

取捨選択はアニメの作り手さん達がどれくらい原作を愛しているかにかかっています。
別の言い方をすれば、泣く泣く削除するのか、自分の思うことに沿わないものをばっさり切り捨てるかの違いということです。
原作を読んでいない人にはその違いは分からないかもしれませんが、原作ファンだったら区別できます。
第一回を見た限りでは、アニメ版の方向性は私の感性と同じのようです。
期待して今後の展開を見守りたいと思っています。

空族との戦闘、聖泉、空の果て、バレステロスへの帰還、クレア奪還への旅立ちなどは当然あるとして、カルの幼少期、クレアの幼少期、風の革命、シャルルの登場、ファナの登場、さあ、どこまで描いてくれるかな。

別れの場面でカルエルを胸に抱きしめたノエル姉さんはあの時点では22歳、マヌエル姉さんは18歳です。
オープニングに9歳のカルエルとアリエルが一緒の布団で寝ている場面が描かれていたから、本編にもカルがアルバス家に連れてこられた当時の様子は当然あるのでしょう。

センテジュアル組の面々は今回は顔を見せただけでした。
ナナコが、チハルが、シャロンが、ノリアキが、ウォルフガングが、ミツオがいる。
彼らのその後の運命を知っている身には、ううう・・・。

シズカさんはイメージ通りでした。
もう、そのまんまって感じで笑ってしまいました。

しかし日曜深夜はきついなあ。
今回はたまたま翌日が休みでしたけど、普通の月曜日は一週間の始まりですもんね。
でも、できるだけ放送時間中に見ることにします。

原作の感想は「カテゴリー とある飛空士」でお読みください。

==

第二話は犬村さんがtwitterで言っていたように、登場人物の紹介的な回でした。

原作を読んでいるときに気付かなかったことが、アニメでビジュアル化されたことで幾つか見えてきたような気がします。

あの学生寮は飛空科センテジュアル組専用ってことなの?
でも普通科や整備科にも親許を離れてイスラに来ている生徒もいるはずですよね。
科毎にそれぞれ寮があるということなのでしょうか。贅沢だなあ。w


ヴァン・ヴィール組にも女の子がいたんだ。
当然いるのでしょうが、思い至らなかったなあ。w
ということは彼女達もいずれ・・・。

一話、二話をニコ動でコメント付きで見ました。

ネタバレ厨はひどいね。
私は全部知っているからいいけど、3人の子供は原作を全く読んでいないのでこれは見せられない。

笑えるコメントも結構あるけれど、見ていて気分を害するのが多いからこれからは見ないようにしとこうかなあ。

ジブリとの比較とか、インなんとかさんとか、LLFとか、ミリタリーオタクの知ったような解説とか、まあ、ニコ動のコメントってそんなもんですけどね。

話が進んでいけば内容に惹きつけられたコメントがもっと増えるのでしょうかね。(甘いか)

あ、無茶苦茶受けたコメントがありました。

第一話、カルエルがクレアの自転車のチェーンをはめてやったとき、コミュニケーション障害の様相を見せていたクレアが「ありがとう」と礼を言います。
そのとき「ありがろん」というコメントが。

これは、神のみぞ知るセカイの汐宮栞のセリフなんです。
いやあ、受けた受けた。ww

==

第二回を見たあと、原作の読み直しを始めています。
あれだけ長大な感想を書いていながら、読み直しは初めてなのです。(大丈夫かい?)

案の定、感想に書いたことの間違いに幾つか気づいてしまいました。さて、どうしようかな。今更だよなあ。w

月曜夜に丁度風の革命を読み終わったので、第三回は我慢できずにニコニコ生放送で見ました。
塾の迎えはかみさんに頼みました。
普段色々こき使われているから、年に数回の頼みごとは引き受けてくれます。w
でも勿論、アニメ見るからなどとは言っていません。
金を捨てるだけだったニコニコプレミアムに入っていてよかった。
今回はとりあえずコメント無しで見ました。

アニメ版の風の革命はコンパクトにまとめられていると感じました。

その中に描かれていた革命前のパレードの場面は、原作ではアリエルの回想に出てきます。
父親に連れていってもらったパレードで、馬車に乗った皇子カール・ラ・イールの顔を見ているのです。
ここ、アリエルが皇子に憧れを抱いていたことを示す重要な場面です。
多分、もう一度そのパレードの場面が出てくるのでしょう。

イスラの場面は、時間が進行して出発の一カ月後になっていました。
学生寮の夕食にクレアが参加してアリーのカレーを食べるシーン。
シズカ寮監が残りのカレーを全部食べてしまうシーン。(シズカさんは原作よりも馴染んでるw)
食堂にイグナがやってきてすぐに出ていくシーン。
貴族地区に戻るクレアをイグナが見ているシーン。 イグナ、存在感あるなあww
格納庫でナナコがカール皇子の噂話をしてみんなに笑われるシーン。
初めての編隊飛行訓練で、カルとクレアのペアがヴァン・ヴィール組の隊に組み込まれ、進路妨害などの嫌がらせを受けるシーン。
その結果、雲の中で進路を見失って海に不時着するシーン。

今回は不時着で終わりかい! w

まだ、本格的なストーリーには入っていませんもんね。
あ、そうだ。皇妃が連行されたあと、カールがミハエル父さんに拾われた重要なシーンもありました。
ただ、あそこに彼がいたのは原作でも唐突だったんですけどね。w

生放送終了後の犬村さんのツイートに、この作品はストーリー重視だからと書いてありました。

背景が動かないとか、作画がおかしいとか、アニメとして色々批判されているみたいですけど、犬村さんが仰るようにストーリー重視、ついでにキャラ重視で見ている私にはあまり気になりません。

第一回、二回ともニコ動や録画で何度か繰り返して見ていますが、見る度に嬉しくってねえ。
この後に残酷なシーンや悲しいシーンが控えていることを知っているのに。

第三回で生放送本番前に表示していたコメントに「2シーズン」と書いてあるのもあったけれど、これは恋歌が冬から春まで連続、もしくは一度途中までやってからその後に第二期があるってことなのでしょうか。

どちらにしてもまだ始まったばかり、しばらくは至福の時に浸れそうです。

==


何だか「話」と「回」が混在していました。
同じ意味で使ってるんだけど、これからは「回」に統一しましょうかね。


アニメ各回と、私が現在やっている原作の再読み込みがほぼ同期していて、比較するのに丁度いい具合です。

ここまでの印象では、かなり大胆に原作の構成を変えてあります。
現在進行部分と回想部分とが、原作に登場する場所(現れる順番)からみて相当入れ替えてあります。
各エピソードも現れる場面が違っていたり内容を少し変えてあったりします。

例えば、第4回で言うと

・カルエルがゴムボートをひっくり返すときに海に落ち、濡れた飛行服を脱いでパンツ一丁になった姿を見て気を失ったクレアが海に落ちる
 ↓
・ゴムボートをひっくり返すときに二人同時に海に落ちる。カルエルのパンツ一丁姿を見たクレアは顔を赤くする

・魚を釣って、それを焼いて食べた
 ↓
・魚は釣れなかった

・救援が来たとき、クレアはもう起きていて飛行服を着てエル・アルコンの座席に座っていた
 ↓
・二人ともまだボートで寝ていた

・遭難したカルエルをアリエルが心配している様子は、カルエルが戻ってきた後で同級生達が口にする
 ↓
・センテジュアル組全員が格納庫で夜を明かす場面が同時進行で描かれる

・風の革命を宣伝する演劇で王妃を演じた女優に石を投げた悪ガキに喧嘩を挑んだカルエルが顔の形が変わるくらいボコボコにされながらも相手が逃げるまで「母上に謝れ」と言い続ける
 ↓
・ある程度の怪我で終わる


原作が好きな作品のアニメ化の場合、こういうことをされると少なからず「嫌な感じ」が湧いてくるものです。
だけど恋歌に関してはそれが全くありません。

これは、上の第一回感想に書いた「アニメ版の方向性は私の感性と同じ」という感覚が正しかったということなのでしょう。

このアニメに犬村さんがどの程度関与しているのか分かりません。
参画しているのなら猶更、そうでないとしても、恋歌アニメの作り手を信頼してもいいと思っています。

根本的と言っていいくらい違うのはイグナシオの扱いですね。
イグナは原作では2巻まで殆ど登場しません。
アニメ第4回では、遭難した二人を心配して嵐の中探しに行こうとして阻止される様子が描かれています。
この時点では心配の対象が二人なのかどちらか一人なのか分かりませんけど。

イグナは、私が一番最初の恋歌感想に書いたように原作の特に物語前半での動きや描かれ方が少し不自然でした。
アニメ版での扱いは、私が感じた原作の不備を補っているのかもしれません。
謎めいた美形男子キャラとして、カルエルに興味を持てない視聴者を惹きつける存在として作り込んでいるかもしれませんけどね。
いずれにせよ、彼は後半で重要な役割を担います。

原作と異なることで、OPアニメと本編とで少し齟齬が出ています。
OPには寮の食堂でアリエルが口に入れた物を噴き出してるシーンがあります。
あれは原作のイラストにもあるのです。
それはナナコが「カール皇子がイスラに乗り込んでいる」という噂話をしたことへの反応です。
でもアニメではそれが格納庫での場面に変えられたので、整合性が取れなくなっているのです。
もしかしたら、OPアニメを作った人との連絡不足だったのかもしれないですね。

さて、次回は陸戦訓練から湖での水遊び、夜のキャンプファイヤーという展開かな。
水遊びのシーンはOPにもありますしね。
カルエルとクレアが水着のまま薪拾いに行って森の中で迷って、クレアが足を怪我して・・・というまだ平和な時期の青春の一コマをシズカ寮長が正座して見てたというあの場面は描かれるのか。w

第4回のラストでクレアの正体が明かされたから、もしかしたら微妙? ww

==

第5回はちょっと急ぎ足だったな。

陸戦訓練から水遊び、キャンプファイヤー、森で迷って、という部分を前半に凝縮して詰め込んでありました。

あの訓練の過酷さの表現が足りない、カルとクレアを二人で薪拾いに行かせたアリーの配慮がカット、といった辺りは残念でしたが、全体としてはコンパクトによくまとまっていたと思います。
水遊びでのミツオの様子は森沢晴行さんのイラストのまんまだったなあ。w

今回はさらに、クレアの生い立ち、最初の空族の侵入-撃墜まであって、原作を読んでいない人にはめまぐるし過ぎたかもしれません。

クレアの生い立ちの部分では、売り飛ばすのはどちらの子供にするかと徴税官に迫られた母親が自分を選んだ(病気の弟が指差されると思い、自分から弟の盾になろうとしていたのに、母の指はクレアを直接差していた)ことで絶望するという辺りがカットされていました。
これは泣く泣くカットしたんだろうなあ。

このようにコンパクト化している一方で、原作にない部分も多かったです。

OP前の冒頭、寮の中庭にみんなでブランコを作っている場面。
原作にはその場面がなく、高校の寮になぜブランコが? と思っていました。
ブランコはこのあと二回、重要な舞台になります。

水遊びとキャンプのとき、アリーがイグナを無理やり誘う場面。
原作ではイグナはこの時点でもまだ殆ど登場しません。名前がちらっと出てくるくらいです。
ノリアキがイグナのことを「ツンデレ」と呼びました。これは原作ではストーリーのかなり後のほうで、イグナの態度に呆れた寮生全員が笑いながら一斉にそう言うのです。
イグナは結局最後までツンデレなのですが、その内面では同級生達へのシンパシーが沸き起こっていきます。
寮生達の様子を観察しているうちにそうなっていったということです。
でもアリーの性格、行動が与えた影響が最も大きいでしょう。
今回のアニメで示された場面もその一つに当たるのだと思います。
それにしてもイグナがジャガイモの皮を剥いているなんて。www

前回の遭難シーンから引き続いてクレアがカルエルをカール皇子ではないのかと疑う場面。
空族がやってくる前の時点でのこれも、原作にはなかったですよね。
ここで気付いたことは、後の展開にどう関わってくるのかな。

模擬空戦の途中で出現した空族機と、イスラ空挺騎士団機による撃墜。
模擬空戦の場面は原作にありません。
空族機の侵入と撃墜は、カルエル達とは無関係に起きた事件になっています。

これらアニメ版の追加変更箇所は、緻密に計算された本当に必要な事柄であると思っています。


==

2014/2/4原作の読み返しが終わりました。
通しで全巻読んだのは二回目。
原作厨を自任するほど心酔しているくせに。w

私が以前書いた原作の感想に何カ所も間違いがあることが分かって愕然としました。
これは訂正を入れないとだめだ。

その感想をここに載せたのが2011年2月。(もう3年も前なんだ!)
これまでかなりの数の人に読んでもらっているのに、あ~あ、やっちまってた。w
追憶感想と恋歌感想を訂正して、構成を変更します。
すぐにはできそうにないので、終わったらここで告知します。←それ程のもんかい!w

恋歌アニメが始まってから、興味を持った中二の次男が原作を読み始めました。
現在3巻の中盤。そこからがもっと面白くなるんですよねえ。

捨てずに残していた4巻発売時のガ報(ガガガ文庫の広告)に、カルエルにもう会わないと告げたときのクレアのイラストに添えて「君を少しだけ大人にする」というキャッチコピーが載っていました。

読み終わったら、次男も何かを感じてくれるかな。

==

2014/2/6

今日、オープニング主題歌のCDが届きました。
しばらくはリピートだなあ。

初回限定版を買ったけれど、DVDにはazuriteのMVが一つ入っているだけでした。OPアニメが入っていると思っていたのに。残念。
ライブチケットの先行予約なんかいらないやい!

azurite(初回限定盤)(DVD付)azurite(初回限定盤)(DVD付)
(2014/02/05)
petit milady

商品詳細を見る


==

第6回はちょっと「嫌な感じ」が湧いてきました。

・聖泉到着がさらっと扱われていて、イスラ住民の喜びがあまり伝わってこない。

「聖泉」は「空の果て」と並んでイスラの旅の最大の目的です。
最初の目的である聖泉にたどり着いたことのイスラ全体としての喜びの表現が少なかったように感じました。

・ルイスと一緒にアリーメンを食べに来るアメリアがカット。

カドケスの寮でアリーメンの店を出したのは聖泉到着を祝うお祭りの一環です。
途中でベンジーとシャロンが買い出しに行く場面で少しそのお祭りの様子が描かれていましたが、関連が分かりにくく、ラーメン店が唐突な印象があります。
アメリアの役回りはソニアが務めました。
まあそれでも構わないんだけど、カットする意味が理解できませんでした。


今回は次回ミツオの散華のフラグに当たる回で、飛空課生徒による索敵実施が強調されていました。
でもあの索敵はイスラ前方に現れた囮(この時点では囮ではなく主力と思っている)に戦力を集中させて、念のために後方を索敵するという役割だったはずです。
原作を読んでいるときは、何らかの事態に遭遇するんだろうなと感じる程度でした。
アニメでは前方敵がまだ現れていない時点で索敵が言われており、これではどちらの方向を索敵するのかすらよく分かりません。

これまでのアニメ版のストーリーが原作の主要部分を踏襲したままある程度削除したり入れ替えたりしてあるのを許容してきました。
しかし、今回のはちょっと疑問符が付くなあ。

今のペースだと、今シーズンだけで最後まで行っちゃいそうです。
これから先に控えているのは、ざっと挙げてもこれくらいあります。

空族との戦闘
海猫の登場
空族との外交交渉・クレアの出立
神聖レヴァーム皇国への到着
空の果てへの到着
バレステロスへの帰還
第二次イスラ艦隊

どれも結構濃い内容です。
1シーズンって何回なんだろう。12回かな。
今回の嫌な感じが気のせいだといいんですけどね。

ED曲のCD届きました。
「赤い公園」っていうグループまだよく分からないのですが、聴いてみてやくしまるえつこさんを思い浮かべました。
それと、EDのアニメは結構好きです。
ニコ動にクレアの胸は着脱式なのかってコメントが付いているのは、EDでのクレアの胸が薄いからかな。ww

==

第7回

ミツオが死んでしまった。
ミツオ、かっこよかったよ。

ミツオ散華の場面は力を入れて作ってあることが感じられました。

でも、なあ。
他ではどうしてそれをカットするという点が多くてね。

触敵中のミツオとチハルを助けに行こうとするバンデラスにソニアが銃を向けて阻止しようとする場面。
なぜ阻止しようとしているのか分かりにくい。
原作ではソニアが銃を発射するのにそれがない。
次の場面ではソニアが操縦していて、何でそうなる? と思いますよね。

ヴァン・ヴィール組がファウストを中心として自主的に攻撃に参加する場面。
原作では空挺団からの命令で、勇んで出撃しました。
戦闘の経過がある程度端折ってあるから軍命令にすると辻褄が合わなくなるのかなあ。
あの時点では聖泉に潜っていた空族の主力はまだ発見できていないですよね。
あれ? 空襲警報は鳴ってたな。どういうこと?

ヴァン・ヴィール組のエルアルコン出撃を見てカルが自分達も参加しようとする場面。
原作ではアリーがそれを必死になって止めます。無駄に死にに行くようなものだと。
それでも熱くなったカルは聞かず、最後にはアリーも折れて一緒に行くのです。
なのに、アニメのアリーはカルを殆ど止めることなく、自分からエルアルコンに乗っていました。

次の回でアリーが銀狐の銃撃を受けるのはカルがアリーの制止を無視したことが原因で、それがカルの悔恨につながって、また更に成長していくという流れになります。
アニメでアリーの制止をカットしたのは致命的だよなあ。

==

第8回

空族との大きな戦闘の回。
ヴァン・ヴィール組の全滅、ウォルフの戦死、飛行場での陸戦といった重い場面が、短い時間に次々に現れて、なんだかあっさりしていました。
これ、2回くらいに分けるべきじゃないかなあ。

ファウストの指揮によるエル・アルコンの円陣形、縦列陣形は原作を読んでいるときのイメージのまま再現されてたし、エル・アルコンの躍動感、空戦の雰囲気、陸戦の緊張感などはよく表現されていたと思うんですけどね。

イグナとともに連れ戻されていたクレアがみんなを心配して飛行場に向かう場面は原作にありません。
ウルシラ伯爵夫人がそれを阻止しなかったのはなぜ? 描かれていないだけ?

シャロン達が闘っていたのは原作ではあんな塹壕でしたっけ?
それと、敵が目前に迫って危機的状態になったとき、しづかさんが忍術で助ける場面は完全にカットされました。
助ける役目はイグナが担いました。
原作の感想でしづかさんが浮いていると書いた私が言うのもあれですが、どうしてしづかさんの活躍をカットしたのかなあ。

銀狐の銃撃を受けてアリーが負傷する場面。
その前に、ウォルフが一機撃墜してなかったですか? 銀狐は学生の攻撃など問題にしなかったはずなのに。まあ、ウォルフの戦死に華を添えたってことなのかな。

カルが後からアリーにポエムと笑われた科白を吐くところはよかったな。
原作未読の視聴者がコメントでアリーが死んだと騒いでいました。

戦闘が終わって重傷のアリーは何日も眠り続けるのに、アニメではすぐに目覚めていました。
これ、時間の経過が描かれていないからそうではないのかもしれませんが、アニメだけ見ると分かりません。
なので、あれだけの戦闘をして、ウォルフ達も死んだのに、アリーとカル何やっとんじゃ! と思われないかなあ。
アリーがカルをお兄ちゃんと認める重要な場面なんですけどね。

海猫(シャルル)の登場はかっこ良かった。
次の次くらいで本人も姿を見せるはずです。もしかしたら、逆光のシルエットとかそんな感じになるかもしれませんけれど、

さて、私はこの感想で前々回くらいからアニメにケチ付けを始めました。
でもこのアニメを評価していないとか、そういうことではありません。
毎回待ち遠しくてとうとうニコ生で月曜10時に見るようになりましたし、原作との違いも含めて楽しんでいます。
原作からカットしたり、改変したりしている部分に少し違和感があるだけです。

ニコ生終了時のアンケートで、5段階のうち第1の大変良いが第8回は71.1%、なかなか伸びません。
第2の「良い」が多いんだなあ。ちょっと悔しい。

さあファナからの書状が届きました。
これから空族との最後の戦闘が始まります。

次回は戦死者の追悼式と、その後クレアがカルの正体を知るところで時間の半分くらいかなあ。
駆け足過ぎてじっくり浸れないのが大きく盛り上がらない原因かも。

第7回放送後の犬村さんのツイートに、「ネットで感想を読んでいる」と書いてありました。
おおお、と思ったのですが、私のブログはなぜか検索に出てこないのです。
ちょっと特別な操作をすれば300番目くらいに表示されるのに、普通では表示されません。
なので、このページ単独での閲覧は最初に書いてからこれまででたった3回。orz
多分ですけど、最初に登録したときのページタイトルを「アニメ とある飛空士への恋歌 感想」にしていたのが原因だと思います。なので途中で「とある飛空士への恋歌 アニメ 感想」に変えてみました。(でも今のところ成果なし)
今後も検索上位に上がる可能性が低いので姑息な手段を取ってみることにしました。

つまり、「とある飛空士への恋歌 第x回 アニメ 感想」という新規エントリーを毎回立て、その中にはこのページへのリンクを入れることにするのです。
リンクをクリックしてもらえない可能性が高いけれど、ゼロよりはいいでしょう。
← ほんと、姑息だなあ。w

==

第9話感想。

何かね、回より話のほうがいいかなと考えなおしました。
フラフラして申し訳ない。← 誰に対してw

今回は風邪ひいて寝込んでいたので、ニコ生でリアルな時間に見ることができませんでした。だからアンケート投票もできなかった。

第9話は戦死者の公式の葬儀、旅を止めて帰還しようという住民へのニナ・ヴィエントの宣撫、墓標前での追悼、カルエルがクレアの正体を知る、という地味だけど重要な場面が続きました。

前回の感想で、第9話はここまでを半分の時間でやっちゃうんじゃないかと予想していましたけど、一話全体を使ってくれたのはよかった。


葬儀で聖泉に落とされた棺は殆どが空だったことを誰かのセリフで入れるべきではないでしょうか。

ニナがセンテジュアルの街角で演説をした後、ニナでクレアであることにただ一人気付いたアリエルが馬車に駆け寄るシーンで、クレアがアリーに言った「あなたが大好き」というセリフがカットされていました。
あれを発したクレアの心情を考えると、かなり重要なセリフだと思うんですけどね。

湖畔に建てられたのはかなり立派な石の墓標でした。
原作では(多分空襲の瓦礫から拾い集めてきた)鉄骨を十字型に組み合わせた粗末なものでした。
私は原作の感想で「聖アルディスタの宗教で十字架は何のシンボルなのか」という疑問を呈しておきました。
ネット上でこれに言及している文章は他に見つかりません。
アニメで石にしたのはもしかして、あの文章のせい?

チハルがミツオの勲章をその十字架にかけます。
アニメでは墓標の上に載せただけでした。
あれは空の果てに近づいたときチハルが自分のものと交換します。
でも石の上に載せただけなら、風で飛ばされない?

カルエルがクレアの正体を知る場面は、原作ではまずカルエルがクレアに自分の正体を明かし、その後でクレアがニナであることを知ります。
アニメではクレアが以前から少しずつカルエルの正体に気付いていきますから、この流れではなく、いきなりカルエルの「お前は」というセリフになります。
この差異はまあいいんですけど、その後カルエルが寮の部屋の閉じこもって自傷までしてしまう懊悩の描き方が割と軽かったかなあ。

余談

OP主題歌azuriteのC/W曲「スキ キライ キライ 大スキ」が結構気に入っています。
さすが声優さんデュオ。掛け合いのセリフのような部分が見事です。

OP曲、ED曲ともにカルとクレアのことを歌っているようなので、この歌の二人がカルとアリーだと考えれば楽しさ倍増です。
内容があの二人の関係性とはちょっと違うんですけどね。

ただ、歌詞にある「空中はオッケーのルール」の部分の意味が分かりません。
これは女の子役のほうが「あっち行ってよ」と言った直後に男の子役が歌う部分です。
飛空機だったら近づいていい、もしくはエル・アルコンに一緒に乗るのはいいという意味に解釈するのはちょっと苦しいなあ。
だれか納得できる解釈を教えてくれませんか。

==

第10回

さあ、山場にさしかかってきました。
この後も色々ありますけど、今回始まった戦闘が最大の山場であることは間違いないでしょう。

今回はまあ、ほぼほぼ原作の流れに近かったかな。
かなりカットしてあるのは仕方ないんですけど。

ウルシラ伯爵夫人がイグナに「あなたの好きにしなさい」という場面は、記憶にありません。
でも、イグナがルナ・バルコに乗らなかった経緯を説明する上ではいい挿入だったかな。

恋歌アニメは追憶映画に比べて空戦の描写がとてもいいと思います。
追憶は空戦というより、一機で逃げ回るだけだったからある程度は割り引かなければなりませんけどね。

だけど人物の作画がちょっと。
部屋に引きこもっていたカルをイグナが引きずり出して湖畔で打ちのめすシーンでのカルの表情などはもうちょっとどうにかならなかったのでしょうか。

ところで、原作ではイグナが本格的に活躍するのはこの湖畔のシーンからです。
若干唐突というか、その行動が分かりにくかったです。
アニメでは最初からストーリーにからんでいたので、違和感なくよかったです。

原作を読んだときにイグナに関して良く分からなかったのは次の点です。

「ニナの護衛でイスラに乗ったのに、なぜセンテジュアル組、しかも寮生になったのか」

イグナ個人については語られている部分が少ないので、推測を交えて整理してみます。

1)風の革命の若手幹部である(どの程度の地位かは不明)
2)ニナへの忠誠心は高い(恋愛感情があるかどうかは不明)
3)カールがカルエルとして、身分を隠してイスラに乗り込むことは知っていた
4)カールを殺したいほど憎んでいる
5)イスラ計画にとってカールの存在は実質意味がない(体のいい島流しなので)
6)カルエルとクレアがイスラで出会うことは想定内(互いに正体は知らない)
7)イグナの正体を革命幹部は知らない(これは微妙)
8)カルエルとクレアの仲がよくなることは想定外(これは予想できない)
9)イスラで過ごすうちにアリエルに好感を持った(好意とまで言っていいか不明)

このうち、8と9は結果なので、とりあえず除外します。

ニナの護衛という任務からすれば、ヴァン・ヴィール組に入ってクレアを見守るだけで十分なはずです。

カールの様子を探るにはセンテジュアル生の寮に入る意味はあります。
でもカールを殺すという個人的目的を幹部が知らないのであれば、護衛目的に沿わない入寮は認められないと思います。
幹部が知っていて暗黙であっても了解しているのであれば可能かもしれません。
でもなあ。グレゴリオ皇王の庶子であることは隠しているはずなんですけどね。

なので、この個人的な理由という線は捨てることにします。

では、ニナの護衛と同時に公的な役割としてカールの動向を探っていたとしたらどうでしょうか。
あ、これは割と信憑性があるな。
バレステロスに残った権力者サイドからみれば厄介払いであっても、イスラの幹部からみればカールを押し付けられたようなものです。
カールが元皇子という立場を利用してイスラの指導体制をひっくり返すかもしれません。
場合によってはイスラを乗っ取ってバレステロスに戻って攻撃するという恐れもゼロではありません。
その可能性を探るため、場合によってはそれを阻止するために寮に潜入していたということであれば説明がつきます。

実際のカルエルにそんな気配がなく、ましてやヘタレ気味だったことでその恐れはとりあえず杞憂になりました。
その代わり、想定していなかった8が発生してしまいます。
カルエルとクレアの仲について、イグナがどう思っているのかは全くわかりません。
もしニナへの恋愛感情が全くなく忠誠心のみ持っているのであれば、心情的にはクレアの気持ちを大事にしてやりたいと考えるかもしれません。(相手がカールであることは別問題として)

もう一つ、アリエルによって思わぬ副産物が発生しました。
アリエルが事あるごとにイグナを引っ張り込んだことで、イグナの心境に変化が起きています。
物語には描かれていませんが、ペアとして一緒に訓練してきたことの影響もあるでしょう。

上の9)では好感としました。それは言い過ぎとしても、所謂「認めている」ことは確かでしょうから。

さて、次回の戦闘ではイグナがカルエルを見直します。
その上で死ぬ覚悟だったクレアにカルが声をかける機会を作ってくれます。


==

第11回

一体あと何回なんだろう。2回? 3回?
やはり1クールに押し込むのは厳しいなあ。

今回はタイトルが「恋歌」で、物語として最大の山場でした。
それでも前半はのりぴーとベンジーの着弾観測、後半がクレアがカルエルの言葉で風呼びの能力を回復するというそれぞれ重要な内容が詰め込んでありました。

最近息子達がアニマックスか何かで毎日やっている鋼錬を見ています。
先日見ていた回の予告で「次回鋼の錬金術師第60回」なんて言っていました。
私に言わせればあんなぐだぐだのストーリーを60回もアニメにすんのかいって感じですけど、人気が全ての世界だからなあ。
(自分が書いている感想が間違いだらけでグダグダなのはここではスルーw)


さて11回です。
着弾観測はアニメで描かれていたのは高々3回程度。
原作では何度も何度も観測値を報告してギリギリのところで敵戦艦に命中させるんですけどね。
だけど、二人の運命(バンデラス先生に救われる)を知ってはいても、あの状況で敵戦艦に肉薄していく部分では込み上げてくるものがありました。

着弾観測を実施することはほぼ確実に戦死することを意味します。
命令された訳でもないのにそれに赴くのは、イスラを、仲間を守りたいから。
フィクションではありますが、その気持ち、心意気には打たれます。

後半のルナ・バルコの危機はアニメではちょっと分かりにくかったですね。
敵戦艦を撃沈したのに何故と。
敵爆撃隊、雷撃隊の陣容が(絵としては一応出てはいますけど)説明されていないからかなあ。
それに空族側にはまだイスラと同等の飛行する島、しかも戦闘用に特化したものが存在しています。

制御不能になり後は撃沈するだけのルナ・バルコで、死ぬ覚悟をしたクレアが甲板に立ち、そこにカルエルが「生きろ」との言葉を投げます。
この場面も原作に比べて悲壮感が少ないんだよなあ。
まあ、許容範囲内ですけどね。

明確に違ったのは、カルとイグナが操縦を交代する場面がカットされたことです。
これも、まあ、なくてもいいって言えばそうなんだけど、前に風防のある操縦席からの声が届くかなあ。

そして、れれれ? シャルルは出てこないの? と思った最後頃になってようやくレヴァーム軍が登場しました。
やっぱ、尺短か過ぎだよなあ。

==

第12話(あれ? また話になってた。もうどうでもいいや)


上から読んでこられた方はお分かりのように、私はこの感想で第5話まではアニメを信頼し、擁護してきました。
しかし第6話からトーンが変わります。

第6話感想ではまだ「嫌な感じ」という表現に留めました。
その後第11話まで違和感や不満を並べていきました。
でも、その根本には恋歌がアニメ化されたことの喜びや、アニメ化してくれたことへの感謝がありました。
最終話の感想にはその気持ちを綴るつもりでいました。

しかし第12話を見てその気持ちが無くなってしまいました。
あまりに酷い。

そもそもで言えば原作とアニメは別の作品であること、この両者が異なっていてもそのこと自体に異議を唱えるのは間違っていること、この2点はいくら恋歌の原作厨を自認する私でも弁えているつもりです。

その上でこれまで原作との違いをあれこれ論っていたのは、原作厨の矜持というか、まあ我侭を言わせてもらっていたということです。
上記した根本を踏まえた上でです。

12話のOP前の部分を見て、一瞬、「あ、一回分を見逃してたか」と焦りました。
そこに描かれていたのは、空の果ての観測に出発する場面でした。

前回は空族との最大の戦闘が終わったところまでだったはずです。
それから空の果て到着までには以下のような重要場面が残っています。

1)レヴァーム軍との会合
2)空族による書簡投下
3)カルエルとシャルルの邂逅
4)アメリアによる外交交渉
5)クレアとマニウスを親善大使という名目で交換することの決定
6)クレアの出立
7)聖泉越え
8)レヴァームへの到着 ファナの歓待
9)レヴァームと共同での空の果て探索出発
10)マニウスによる世界の全貌の説明(アリーメンを食べさせた)
11)空の果て到着

OPが終わって1)が始まったので、少し安堵しました。
しかしその後11)までの間でアニメに登場したのは、2)6)のみで、それ以外の場面は全てカットされていました。

もう無茶苦茶です。
これでは原作読んでいない人はポッカーンですよ。

次回最終回で描かれるのは、バレステロスへの帰還、家族との再会、第二イスラ艦隊の出発でしょう。

これでは原作レイプと言われてもしょうがない。

映画とある飛空士への追憶は、キャラが違う、ストーリーの重要な項目が落としてあるなどでやはり原作レイプと言われましたが、それでもストーリーの根幹は残してありました。
原作のボリュームと、アニメの尺の割合が違うにしても、恋歌の切り刻み方はあんまりです。

将来誓約がアニメ化されるとき、ストーリーの整合性は取れるんだろうか。
まだ出てきていないけれど、マニウスの処遇が絶対に問題になるはずなんだけど。

方法はいくらでもあったはずです。

①2クールにしなければ、アニメ化を認めない
②クレアの出立までを1クールにして、残りは別シリーズにする
③クレアの出立までを1クールにして、残りはOVAにする
④クレアの出立までを1クールにして、残りは映画にする

①②が望ましいけれど、それが難しいとしても、③④は現実的にあり得る選択ではないでしょうか。

昨日視聴するちょっと前にアマゾンから恋歌BD-BOX(34640円)、及びDV-BOX(28350円)の予約開始とのメールが入っていました。
値段が高いせいもあるけれど、これではとももじゃなけど買う気になれません。


それともう一つ。
クレアが出立するとき、カルエルに向かって「がんばる」と言いました。
これは原作では「待ってる」です。

この「待ってる」に対して、私はすべてをそぎ落とした印象的な言葉だけど、使い古されていないかとの感想を書きました。
もう少しひねりが欲しいと。

この意図は、「待ってる」はそのままにして、その前か後に一言欲しいというものでした。
それがアニメでは「がんばる」。
これって、何? もうちょっと他にないの? 残念だったなあ。

==

第13話 最終回

あ~あ。
前回で見限ったから、まあどうでも良かったんですけど。(悲)

ミハエル父さんがポンコツオート三輪を修理している場面から始まったのはよかった。
アルバス家再会の場面は、不満もあったけれど、まあホロッとできた。
マヌエルが未婚という設定は許容範囲内。
チハルのミツオ家訪問、ベンジーとシャロンのその後は原作に近い形で描かれていた。
ノリピーとナナコは原作とは違ったけれど、アニメ版のほうがいいと感じた。
滑走路での見送りのシーンは、これも不満が山ほどあったけれど、竹達さんに免じて受け入れる。

いいところはこれくらいかな。

世界の全貌は模型を作ってあありました。これは空の果てに到達したことで独自に理解したってことなのでしょうか。
レヴァームから教えてもらったのであれば、レヴァームが一緒に空の果て探索に行く理由がないから成り立たないですよね。
マニウスをカットしたことでそうせざるを得なくなったのでしょう。

空の果てで物質が分解してしまうのは原作では最初に飛び立った偵察飛空機の犠牲によって知ることになっています。アニメではそれもなかった。
だから、イスラが崩壊していく場面も原作知らないひとにはポッカーンだったでしょう。
崩壊の描写も情緒がなかったです。

カルが元皇子という立場と名前を利用する件。
これはカルがクレアを取り戻すために思いついたことです。
でもアニメではそうなっていないように感じました。

一回見ただけの印象では、バレステロスに帰還するに当たって革命政府とどう話をするかの方策としてルイスがカールを呼び出した(勿論その前に事前打ち合わせはあっているのでしょうけれど)ように見えました。
これじゃあ目的と手段が逆になっていないですか?
この点はあまり自信ないので、もう一回見て確認します。

原作では帰還が近付いた時点で、聖泉と空の果てに到着したことなどを無線で本国に知らせて、それをマスコミが流すことで国民の興味を引きつけます。
そんな工作もカットされていました。

カルの演説は、まあ、あんなもんかな。
同窓の皆との別れの場面はあっさりしているように感じました。

寮長の謎の発言は何だったのでしょう。
あれは原作に全くありません。
第二次イスラ艦隊が空族と空戦を行っている描写も原作には全くありません。
この辺り、ちょっと嫌な想像が膨らむんだよなあ。※

カルエルは帰還の途中で飛空士としてそれまで以上の過酷な訓練を受けます。
それによって空戦の技量も上がっています。
なのにアニメではその描写がないから、最後の空戦でもシャルルに助けられたことになっています。
イスマエルターンができるのに何故?

ミハエル父さんを乗せて飛んだ飛空機は、原作では複座の高性能機で、酸素マスクを付けて成層圏まで行きました。
アニメではエル・アルコンだったから、あれじゃあ成層圏には行けません。
これもなぜそうしたのか理解不能です。


最後にカルとクレアが風を介して会話する場面では、クレアが描かれました。
これは誓約5巻に出てきます。恋歌には出てきません。
背景はプレアデスの都市風景。誓約でクレアが住んでいる場所とかなりイメージが違いました。
そしてクレアの傍らにはイグナと、何とミオらしき人物までいました。
アニメ最終回に本来ならクレアとイグナは全く出てこないからサービスなのかもしれないけれど、その必要があったのかなあ。

最終回で一番気になったのは、人物の作画でした。
イスラ出発のときから4年経過して、カル達は20歳前後になっています。
それを表現したかったのだろうけれど、あれは「残念」でした。

==


まとめ

恋歌のアニメ化は追憶アニメの惨状から絶望的と思っていました。
だからアニメになることを知ったときは本当に嬉しかったです。
夢かと思いました。

キャラは森沢晴行さんのイラストがベース、声優は本職さんということで、追憶の二の舞の可能性は少ないだろうと考えました。

重要なのは、原作への愛の方向性が、私とアニメの作り手とでどの程度一致しているかということです。
追憶はそれが全く合っていませんでした。
それさえ合っていれば、他の人の評価なんかどうでもいいのです。

評価する項目を私の優先順で並べると次のようになります。
① 原作エピソードの取捨選択、追加
② キャラの作画
③ 声
④ 背景、装置などの作画、デザイン
⑤ 動画
⑥ 音楽

それぞれを短くコメントすると、
⑥ OP,EDがよかったし、BGMもよかった(関係ないけどOPのC/Wが大好き)
⑤ 戦闘シーンがとてもよかった
④ ルナ・バルコのデザインは違和感があったけれど、他はまあよかった
③ 棒読みでなければ、誰でもいいや
② まあ悪くはないんだけど、ちょっと残念かな
① 追加には評価できる部分もあるけれど、全体としてはとても残念

要するに、優先順の高い項目が私としての評価がより低いのです。

やはり根本は長さでしょう。
あの原作を1クールでは無理です。どうやったって破綻します。

かと言って、2クール(予算や放送枠の問題は度外視)で引っ張れるかというと、クレア出立後のエピソードはちょっと苦しいのも確かです。
見せ場、山場はあるけれど、一般受けするかとなると厳しい。
そのために無駄な戦闘シーンなどを追加されるもの嫌だしなあ。

このようにあれこれ考えると、アニメの作り手さん達の立場に同情すべき点があることは分かります。

さりながら。
さは、さりながら。

もうちょっとどうにかできなかったのか。

前回感想の最後に書いたように、「以下映画に続く」とかいった姑息な手段も有りえたはずです。

ここで、上に書いた「嫌な予感※」についてもう少し詳しく書きます。

羽染寮長のセリフは、バレステロス側各国とは違う勢力の存在を示唆しています。
彼女は自分のことを「時と次元を超える一介の派遣労働者」と表現しています。
これは、「レヴィアタンの恋人」にも登場することから、所謂スターシステムを言い換えた表現だと思っていました。(だからこそ、誓約にも出てくるのかと想像していたのです)

しかし謎の勢力に所属しているのであれば意味が違ってきます。
しかも、これは原作(誓約も含む)にない設定なのですから。

アニメの最後で原作にない空族との戦闘が描かれたことと併せて考えると、第二次イスラ艦隊の物語として、誓約とは別の、アニメオリジナルとでもいうべきストーリーが構想されているというのは穿ち過ぎでしょうか。

それが犬村さんの作品であれば問題ありません。
誓約の世界にカルエルが絡んでくる前の物語として、もう一本作られるということですから。
そうではない、犬村さんが直接関与しないストーリーが作られるのが嫌だなと感じるのです。
これはまだ私の想像、妄想の範囲ですから、しばらくは様子を見ることにしましょう。

さて、とは言え、ここでやはり、アニメ関係者さん達を労っておこうと思います。
個人的な感想は「残念」でしたが、恋歌のアニメを作ってくれてありがとうございました。

アリエルの「さよなら、私の皇子様」が物理的な声として聴けただけで満足です。



とある飛空士への誓約感想1.2.3.4,5,6,7,8,9
2巻については下の方で言及しています。
3巻についてはさらにその下。でもまだ読み終わっていません。読了しました。
4巻コメント追記しました。かなりネタバレしてます。2013/12/25
5巻読了しました。今、文章を書いていますので、もうしばらくお待ち下さい。2014/3/22
5巻コメント追記しました。2014/3/24

皆さん気が早い。もう「6巻感想」という検索でここに来る人が少なくない。
昨日届いて読み始めたばかりです。感想を書けるのは来週末くらいかなあ。
4→5が3ヶ月でこれまでの5ヶ月という慣例が破られたから6も早いのかなと思っていたら
5→6はきっちり5ヶ月だった。w
5巻は恋歌アニメに合わせるために早めたのでしょうね。2014/8/22

6巻コメント追記しました。2014/8/25
同時にファンブックのコメントも書きました。

7巻到着。2015/1/22
コメント追記は多分来週。

7巻コメント追記しました。2015/1/26

8巻到着。2015/6/20
コメント追記は多分来週末。

8巻コメント追記しました。2015/6/29

9巻到着。2015/11/20
3連休で読んでコメント追記は多分来週末。

2015/11/29
9巻23日に読み終わりました。
それから感想をかなり書き進んでいますが、まだ終わりません。
次の週末が目標かなあ。
待っている方ごめんなさい。←そんな人いるのか?

2015/12/06
一週間経ちましたが、まだ書ききれていません。
書いているうちに、もっと書きたいことが浮かんできています。
でも仕事が忙しくて書く時間がなかなか取れません。
本を読むのは通勤の行き帰りにしているので可能なのです。
あまりお待たせするのは悪いかな(←誰に?)と思うので、ここまで書いた部分を前篇として載せます。

2015/12/12

イリア後半、かぐら、セシル追加しました。
男どもはまだ。

敢えて挙げる問題点なども追加しました。


2015/12/20

男ども追加しました。

最後に謝辞を追加しました。




==

いよいよ「とある飛空士」の新シリーズが始まりましたね。
気付くの遅くて、11月になってようやく第1巻を買いました。

fc2ブログのマイショップ機能が廃止になって、使いやすかった商品タグが使えなくなりました。
8,9巻が別の表示になっているのはそのためです。

とある飛空士への誓約 1 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 1 (ガガガ文庫)
(2012/09/19)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 2 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 2 (ガガガ文庫)
(2013/02/19)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 3 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 3 (ガガガ文庫)
(2013/07/18)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 4 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 4 (ガガガ文庫)
(2013/12/18)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 5 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 5 (ガガガ文庫)
(2014/03/18)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 6 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 6 (ガガガ文庫)
(2014/08/19)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への誓約 7 (ガガガ文庫)とある飛空士への誓約 7 (ガガガ文庫)
(2015/01/20)
犬村 小六

商品詳細を見る





恋歌よりも長編になるとのこと。
恋歌は次の巻が出るのに約5ヶ月でしたから、2巻は2月かな。※1
私は恋歌は追憶も含めて6冊連続して読みました。
夜想曲は上巻を発売直後に読んだので、下巻が待ち遠しかった。

なので、誓約は買うだけにしておいて、最終巻が出た時点で一気に読むことも考えました。

でも、無理。
気が付いたら、書店のビニールカバーを破っていました。

私は「とある飛空士」シリーズを冷静に読むことができません。
ページをめくるだけで心がざわつき、目頭が熱くなります。

実際、誓約でも冒頭のイラストを見て、序を読み始めたとたんに、うるうる。
(ああ、情けないw)

内容についての感想は完結してから書くことにします。
あ、でも、我慢できずに書き始めるかもです。とりあえず、今日は止めておきます。

内容以外のところで、気付いた点を。

・地の文に工夫。成長のあとが見られる
  以前は、なんだか似たような表現が繰り返されていることがあったのに、色々切り口や表現を変えて飽きさせないようにしてあります。
・「直掩」に「直接掩護」と付記されていた
  掩護と援護は意味が違うんですね。軍事学を教わることのない日本人には最低限の解説が必要でしょう。

これ、私が恋歌の感想を書いたときに、不満点として挙げていたものです。
まさか犬村さんご本人か、出版社の担当者さんがあれを読んだからなんてことはないでしょうけれど、嬉しかった。

でも、羽染静さんが出てくるような伏線が。www
いいんです。私、静さん好きだから。

ああ、次が待ち遠しい。

==

※1

2013/2/21 19:00 追記

予想通り2巻は2月でしたね。
さっきamazonから届きました。
これから読み始めます。
ああ、楽しみだ。

==

2013/2/23 追記

2巻読み終わりました。

うーん。
鈍い私でも珍しく薄々予想はしてたんだけどなあ。
やはりそうだったか。

Wikipediaに既に記載してありました。
編集履歴から見て、2/21に追記されたようです。
駄目でしょ。もうそれを書いてしまっては。
少なくとも1巻から2巻にかけての「核心部分」なんだから。
Wikiの編集者は自己顕示欲が強いんだよなあ。

上で宣言したように、私の感想は完結してからにします。
しますが、今時点でのインパクトを少し記しておきます。

2巻のハイライトは模擬空戦での清顕とイリアの一騎打ちですよね。
イリアの心が解けて行くのは嬉しいです。
元々エリアドールの七人の中ではある程度心を許していることが窺えますが、これから少し展開が変わってくるかもしれませんね。(一筋縄ではいかないでしょうけれど)

清顕が「あきちゃん」と呼ばれていたのにはひっくり返りました。
私もかみさんの友達の奥さん連中からそう呼ばれているのです。
下の名前の下のほうが「あき」なのも同じ。
いや、ま、悪い気がするってことではないのですが。w

どうでもいいんだけど「バルタザール」を「バルタ」と呼ばれると「ロボットパルタ」を思い浮かべてしまうのは私だけ?

PARUTA.png


1巻で予想した羽染静さんは出てきませんでした。
でも、あれじゃあ筋が通らないから、まだ可能性は残っているかな。

では3巻を待ちましょう。
5か月後なら、7月か。

==

2013/7/20 追記

今日、3巻届きました。
さっき開いたばかりです。

その帯にすんごいニュースが。

「とある飛空士への恋歌」TVアニメ化決定!!

6月にはもう明らかになっていたようですね。

うおー。そうかあ。
追憶がこけたから諦めていたんだけど。

ああ。でも。
過大な期待はしないようにしとこう。

その上で面白かったらよしとしよう。
とにかく、原作レイプはやめてほしい。
でもなあ。あの長さを1シーズンでなんてことになると。
うーん。

2013/7/23 3巻読了。

3巻に入って、他の物語との関係が少し見えてきました。

誓約で舞台になっているのは、追憶、恋歌とは別の大陸および島嶼部です。便宜上これを第三の地区とし、追憶の舞台を第一、恋歌の舞台(カルエル、アリエルが生まれ育った場所)を第二とすれば、第三の地区に住む人達には第一、第二の地区のことがまだ知られていません。
知っているのは空族(ウラノス)のみです。

恋歌にも登場したゼノンの回想にアメリアのことらしい女性外交官が出てくることから、誓約の時代は恋歌の数年後ということになります。

それがカルエルによるクレア奪還作戦の後なのか前なのかはまだよく分かりません。

後であれば奪還作戦の顛末が今後明かされるのかもしれません。

奪還作戦の前であれば、エリアドールの七人がその作戦に巻き込まれ、追憶、恋歌の直接の続きに当たる大きな物語に発展していく可能性があります。
それを期待したいけれど、3巻時点での物語の流れからは有りえないかな。

イリアのキャラは「神のみぞ知るセカイ」の春日楠に似てきました。w
いずれ黒ウサギである清顕との死闘は避けられないのでしょう。(これは予想ではなく、実質的な既定事項です)

それにしても7人とも訳ありの境遇を抱えていて、明るい結末にはなりそうもないですね。
これは1巻冒頭の序で分かっていることではありますけれど。

あれ? そう言えばかぐらの境遇はまだ分かっていませんでしたか。
かぐらはイリアと清顕の死闘に絡んでくるのかな。
バルタもまだよく分かっていないか。

3巻でのミオについては、今はまだ何も言えません。
犬村さんはドSなんだろうか。www
ミオについて述べるのはこの物語を最後まで読んでからにします。

それにしても
「さよなら、はじめて恋したひと」
「さよなら、わたしの撃墜王」
この科白がこのタイミングで出るかぁ。
泣くのはまだ我慢しとこう。


一つだけ予想を述べておきます。
バルタザールは、将来セシルに臣従するのではないでしょうか。

1巻の時点で予想したことは外れが強くなりました。
士官学校が爆撃破壊されたことで、伝説のドーナツのことがわからなくなってしまったからです。
私はてっきり羽染静さんの仕業だと思っていたのですが。
でも、まだ可能性は残っているかな。w

それと、もう一つどうしても今時点で言っておきたいことがあります。

ゼノン、カーナシオン、バルタの上司、警察署長といった敵役・悪役の描き方が少し安っぽいと感じています。特にその行動の俗物的な動機についてです。

追憶、恋歌、夜想曲にもそれぞれそういったキャラがいます。

追憶でファナを騙そうとした将校は底の浅い人物で、まああれでよかったと思います。
恋歌の登場人物には、私が嫌悪感を覚える人が確かいませんでした。
私がこの二つの物語に心酔したのはこういう点も要因の一つと言っていいです。

夜想曲の「セスタ・ナミッツ」などは上に挙げた人物のテイストに近いとも言えますが、夜想曲は千々石、美空の壮絶な生き方、死に様(※)に圧倒されるので、敵役なんかどうでもいいやという気分なのです。

誓約の場合は、群像劇であることから7人それぞれへの感情移入が集中できず分散してしまいます。
その分だけ脇役の存在が目についてしまうのかもしれません。


※余談:

最近「生き様(いきざま)」という言い方をよく耳にします。
でも日本語には本来この言葉が無いんです。

昔からあるのは「死に様(しにざま)」だけです。
「あいつの死に様を見ろ」とかいう、どちらかというと悪い意味です。
それを踏まえた上で、称賛するべき死に関しても敢えてこの言葉を使うことがあります。

ところがある時から、誰かが「生き様」という言葉を使いだしました。
死に様の対として使っているのなら、誤用です。
でも、特にメディア関係の人達が気に入ったのでしょう。
「役者としての生き様」とか、何をか言わんや。

言葉は生き物だから、みんなが誤用すれば本当になってしまう例でしょうね。

私は使いません。嫌味な薀蓄垂れだなあ。w

==

2013/12/25 追記

いよいよ物語が大きく動き始めました。
歴史の歯車が一つ回ったという感じです。

4巻の最重要事項は末尾の第二部7ですけれど、それは後で言及することにします。

今回の中心は清顕とイリアでした。
レイヴン上甲板でのあのシーンが後々両者による死闘につながっていくのでしょうね。
しかしイリアはまだ19歳かあ。酒飲んで酔っている場面は、アニメ化するとき問題になるんじゃないかと思いましたが、セントヴォルトでは18歳から飲むことができるという設定で許されるのかな。

セシルがバルタの手紙受け取るまでの経緯はなかなか面白かったです。
例えば「気まぐれ」としても読者が納得したかもしれないことです。
なのに、かぐらがバルタに会いに行き、それからああなって、こうなって、そうなって、本来セシルに手紙など出すはずのないバルタが書いた必然が丁寧に描かれています。
お。これが伏線だとすると3巻の時点での私の予想が少し現実味を帯びてきたかな。ww上司から出された新しい指令も明らかにそれを示唆していますよね。

バルタからの手紙を開封する前のセシルの表情の可愛いこと。
あの封緘紙が一瞬ハート型に見えて、よく見るとそうじゃなくて、そんな訳あるかあと自分に突っ込んでいました。紙じゃなくて封蝋かもしれない。

イラストで言えば、イリアのヘソが描かれていたのも衝撃でした。w
一巻カバーの厳つい軍服姿(士官学校の制服かな)からは想像もできない。

サンダースティール作戦の経過は、犠牲も沢山出たけれど、ちょっと都合良すぎの印象です。
ウラノスの諜報網からすれは、あれほど予定通りに作戦が進むのはむしろ危ないのではないかと思っていました。
清顕とイリアが初めて経験する本格的な戦闘です。
かくらは小隊長を務めるくらいだから初めてではないのかな。

ライナの中でのライナとハチドリの相克は、作品中に「意識の座」という言葉が出てきますから、ジキルとハイドというよりは24人のビリー・ミリガン的な二重人格を表しているようです。
私には二重人格が完全に分離した2つの人格があるのか、それとも1つの人格の異なる側面なのか分かりません。
ライナはこれからも大きく心を変えることはないかもしれません。
今後もっと大きな裏切り(本人にとっては本分)を実行するのでしょう。
でも、エリアドールの他の6人と過ごしてきた日々がライナの部分に微かではあっても影響を与えていることは確かで、それによって大きな歴史の転換が起こるのだろうと思っています。

秋津連邦によるセントヴォルト帝国との同盟の破棄はライナも知らなかったということですかね。
収容所送りとなった清顕とかぐらは、なまじっか戦闘技能を持っているから捕虜交換があったとしてもその対象にはならないのかもしれません。
であれば、今後の展開は読めないなあ。

さあ、驚愕の第二部7。

ミオはプレアデスで暗殺術の習得をさせられていました。
そのミオがゼノンによって送り込まれた先に何と、ニナ・ヴィエント、つまりクレアがいました。(ミオの派遣は暗殺目的ではなく話相手としてのようです)

そうだったのかあ。
ここまで描かれてきた誓約の世界は、カルエルによるクレア奪還作戦の前だったんだ。
これは俄然面白くなってきた。(いや、これまでも面白いんですけどね)

クレアの境遇は幽閉状態でした。
私はもっと丁重に、王侯貴族並の処遇を受けているのだろうと思っていました。

ゼノンがミオに予備知識として伝えたクレアの情報を見ると、ウラノスはクレアを恐れているのでしょうか。
「風呼びの少女」を2000年待ち焦がれたいたはずなのに、ウラノスを滅ぼす者として、そうならないように手元に置いているということなのかな。

最後のページのクレアのイラストを見ながら、嬉しくなってついニヤニヤニヨニヨしていたらかみさんに気付かれて、
「顔変だよ。何見てんの?」
ひー。迂闊だった。ヌードグラビア見てではないから、別にいいでしょ! でも、

「あ、話が面白くて嬉しかったからね」
と、言い訳しておきました。

ああ、次が待ち遠しい。
いずれはカルエルも出てくるってことですよね。

あれ? カルエルが向かっているのは神聖レヴァーム皇国の方向じゃないのかな。
プレアデスは空中都市でどこにいるか分からないのはどうすんのかな。

ファナから情報を貰うとか。
うーん。そうなればもっとつながってきますね。
(先走った妄想はこれくらいにしときます)

--

来年(2014/01)から恋歌のテレビアニメが始まります。

クレアの声は悠木碧さん。
神のみで青山美生をやっています。アニソンカバーCDで歌ったカードキャプターさくらの主題歌「プラチナ」は良かったなあ。
deco*27さんの「Love Calender」では「帰想本能」を歌っています。これもいい。

アリエルは竹達彩奈さん。高原歩美だよ。

カルエルは花江夏樹さん。
これまであまり目立った主役級の役をやっていないみたいだから抜擢かな。

TOKYO-MXかあ。2014/1/6から
BS日テレでも1/12からやってくれるから地方でも見ることができます。
でも地上波でやってほしいなあ。

==

5巻読了


泣いた、泣いた。
最初から最後まで、どの節でも例外なしに。

今回は清顕とかぐらが拷問を受けている惨くて痛いシーンはあっても、楽しい場面や、スリリングな緊迫した場面が殆どです。
なのに、そんな場面でずっとずっと泣けてくるのです。


巻頭と巻末にあるミオとクレアが打ち解けていくところは、ミオが彼女らしさを少しだけ見せてくれます。
そうかあ、彼女がプレアデスに連れていかれたことに、物語としてこういう意味があったのか。

プレアデスでのクレアの立場、境遇も明らかになりました。
でもね、口絵イラストでニナの横に書かれている科白、それと国王葬儀の場面でなされるニナが王位継承第二位であるとの説明は、完全に意図的な騙しですよね。w
だって、ニナがウラヌスの王位に就くってことは、カルエルとの約束を反故にするってことですよ。
えーっ。まさか、と。

私は以前このブログに書いた「とある飛空士への期待」に
・クレアがストックホルム症候群で空族に肩入れしてカルエルと敵対する
というエピソードを挙げていました。
これは今描かれているクレアの立場とは違うものを想像していたときに考えたことです。
王位に就くってことは肩入れ以上の意味があります。
まさかまかさと思っていたら、口絵の科白はセシルのものでした。
あー、うー。
こんな仕掛けも楽しいですけどね。

その口絵のイラストのクレアは恋歌から4年成長しています。
恋歌原作5巻のカバーに描かれているカルと同じ時期です。

恋歌の最後でカルとクレアが交わした会話がここでもう一度現れます。

ああ、つまり、これは。
誓約が追憶から始まった飛空士シリーズの長大な完結編になるってことですね。


ミオとイグナのやり取りは面白かった。
クレアがアリーメンを作って使用人達に振る舞うのは嬉しかった。
クレアはずっと待っているんだなあ。




ミオとクレアに関する部分以外は全てスパイ容疑で捕まっている清顕とかぐらの救出でした。
セシルが、バルタが、ライナが、イリアが、それぞれの立場で出来得る限りの知恵を絞り行動します。

その中で秋津連邦の同盟破棄が実はセントヴォルト帝国による陰謀だったことが明かされます。
うーん。物語としてはこういうのがいいねえ。
2巻感想に書いた個人の俗物的な動機ではなく、もっと大きな力が各人の運命を変えていくというのが。

その結果7人が3つの勢力に分かれてしまい、今後の展開がより見えなくなってきました。
でも、それにカルエルによるクレア奪還が深く関与してくるのは間違いありません。
ゾクゾクするくらい楽しみです。

イグナが言った第二イスラ艦隊全滅という予想をひっくり返す、つまりカルエルに協力してくれるのはどの勢力なんだろう。
勿論、ファナのレヴァームは協力するでしょう。
その上で、現時点での私の予想は秋津連邦+セシルのハイデラバード連合です。
ミオとクレアの関係から清顕が動くでしょう。
セシルも、ということは当然バルタも助力するんじゃないかなあ。
その戦い中で清顕とイリアの一騎打ちが起きると想像しています。

バルタがセシルの叔母さんに翻弄される場面、そしてセシルを籠絡しようと会いに行った場面は爆笑物でした。笑いながら泣いていました。

そしてかぐらを救出してかぐらに対する自分の気持ちに気付く場面。
分かってはいたけれど、バルタいいやつじゃん。

これで、私が3巻感想で予想したバルタがセシルに臣従するということも確定ですね。
多分多くの人が気付いていただろうから自慢はできないけれど、自慢しとこう。w


ミオとクレアに話を戻します。
プールの場面は、イラストもあって、明らかに読者へのサービスですよね。w
クレアがアリエル直伝のアリーメンを作る場面なんか、もうほんと、泣けて泣けて。
クレアがウルシラ伯爵夫人や使用人達から慕われているという描写にも泣けて泣けて。
イグナが昔から変わらずクレアに忠誠の姿勢を見せていることにも泣けて泣けて。

そして、巻末、第二次イスラ艦隊でクレア救出に向かうカルエルとクレアがペンダントを介して会話する場面。
こんな場面を読むことができるなんて。

ミオ頑張れ。
クレアをもっと元気付けてくれ。
ミオもつらいだろうけれど、いつかまた清顕と会えることを信じて。

==

たった今(2014/3/24 20:00-20:30)ニコ生で「とある飛空士への恋歌」の第12回を見たんだけど、酷かった。
カット。カット。カット。カット。

11回で空族との最後の戦闘まで。
なのに、12回はいきなり空の果ての描写。
それからOPになって、レヴァームの外交官との会話中に空族から信管が投下。
即、ニナの派遣が決定。別れ。空の果て。

あんまりだ!!!!

シャルルなし、外交交渉なし、マニウスなし、レヴァーム着なし、ファナ無し、レヴァームと協同しての空の果ての探索なし、世界の容貌の説明なし。

酷過ぎる。

あーあ。
だから、1クールじゃ無理なんだよ。
次回が最終回です。

詳しくは、恋歌アニメの感想でどうぞ。
(でも、まだ、12回目感想は書いていません。そりゃそうだ。)

==

6巻読了。

最初から最後まで涙を流しながら読んでいた5巻と違い、6巻(特に前半)は比較的冷静に読むことができました。

前半は7人の現状報告的な内容でした。
かぐらの境遇がようやく明かされました。
いかにもかぐららしかったけれど、あの立場で飛空士になるという志望はどうなんだろうと思ったりして。
セシルは出てこなかった。そのことは6巻最後に意味を持ってきます。

後半。
圧倒的な物量差から全滅も有りうる絶望的な状況の中、それでも祖国を守るために己の技量だけを頼りに立ち向かう秋津連邦草薙航空隊は夜想曲での千々石武夫の姿に、そしてそれは勿論太平洋戦争末期の日本軍に重なります。
犬村さんの空戦の描写は磨きがかかってきて、詩的な抒情性さえ感じます。
今回は敵セントヴォルト側(イリア側)の描写もあるので、それを余計に感じるのかもしれません。

それにしても一回目の空戦での清顕の態度は解せませんでした。
彼が戦いを避けて逃げ回ったことが箕郷空襲の大惨禍を招いた直接の原因ではないにしても、読んでいてイライラが募りました。
こういう内面の弱さが出てくるのはエリアドールの7人のうちで清顕だけですね。
それは誓約が群像劇でありながら、一番の主人公は清顕だからでしょう。

二回目の空戦、イリアとの一騎打ちの場面はどちらが勝つんだろう、つまりどちらが負けるんだろうとドキドキしながら読みました。
誓約第一巻冒頭の文章から清顕が死ぬことはないということは分かっています。
でもイリアの夢に現れた情景からイリアが負けることも有りえません。
あの結末は想像していなかったなあ。(一応ここ、未読の人のために伏せておきます)

二人の戦いの帰趨に限らず、これまでの文章で私が色々書き並べた「予想」など軽く吹き飛ばされたような気分です。

さてさて、次巻がまた楽しみになりました。
来年1月かな。

==

とらのあなの通販で「さなだ屋」ハイジさんの「とある飛空士たちの集い」を買いました。(2014/8/21着)
非公認の同人アンソロジーで、追憶、恋歌、夜想曲、誓約を扱っています。

私はコミケなどの即売イベントに行けない身(病気とかそんなんじゃありません)なので、飛空士関係のファンの動向が全く把握できていません。
盛り上がっているのか、それほどでもないのかすら知りません。

夏コミの後とらのあなで新着を漁っていて、そう言えばと飛空士で検索して出てきたのがこれでした。発行されたのは5月です。

表紙がとてもいい出来だと思いました。


届いたのを読んでみて内容も結構楽しめました。
イラスト、ストーリーコミック、四コマといったビジュアル系が中心ですが、中に一つだけ小説があります。

「カレーパン・ラプソディ」と題されたそれは、誓約のラミア離宮でのクレア、ミオ、イグナ三人の様子、そしてクレア回想としてイスラの学生寮での場面も描いています。

内容はイグナのツンデレです。
(やはりアニメ版の影響なのか、本書中のコミック作品の幾つかも扱っています。最初に原作読んだ私にすればイグナのツンデレはそれほどウエイトがないんですけどね)

作者美和さんの文章は、原作の雰囲気を損なうことなく、寮でみんなでじゃれあっている様子を再現してあります。
もう一度そんな場面を読むことができるなんて思ってもいなかったなあ。

もう一つ、ミオのことを「ラミア離宮に開いた『窓』」と表現している点。
これ、原作にないですよね。(5巻の読み直しをしていないので確証はありませんけど)
美和さんオリジナルの表現なのであれば、これは私が5巻感想の最後に書いたことと相通じるものがあると思います。

本書は飛空士ファン必携の一冊です。
(言い過ぎかw 同人作品に抵抗が無い人であれば十分楽しめます。健全な内容ですしね。逆にエロ期待の人には残念かもw)
残部僅少です。売り切れる前に、ぜひ注文しましょう。→とらのあなの商品ページ

自家通販もあるようです。 下のバナーからどうぞ。
とある飛空士たちの集い

==

7巻読了。(2015/1/25)

キターーーーーーーーーーーーーーー!!!
カルエル! カッケーーーーーーーー!!!

すみません。柄にもなく取り乱しました。
取り乱したと言ってもこの程度ですけど。w

7巻では色々な事象がつながりました。

これまでもあった関係がより強く近くなったのは
ミオとニナ、ライナとミオ、バルタとセシル、清顕とイリア

新しくつながった関係としては
セシルとニナ、セシルのメッセージによるエリアドールの7人内の裏切者2人と残りの5人

これで7人のうち、かぐらを除く6人の最終的な方向性が少し見えてきました。

7巻で示されたかぐらの決断が物語に今後どう関係してくるのかまだ分かりません。
かぐらもセシルのメッセージは当然知っていると思います。
この辺りについては次巻で明らかになるのかな。

ニナ(クレア)がミオにアリエルと似たものを感じたのは嬉しかったです。
二人が友達になったことでお互いの情報交換が可能となり、恋歌の世界と誓約の世界が物語内で強くつながりました。

しかしミオは7巻でまた2回も辛い目に遭いました。
これで犬村さんのドS確定だよなあ。
恋歌ではアリエルも銃撃されましたしね。
きっとヒロインを痛めつけないではいられない性格なんだ。w

セシルからニナに向けたメッセージには泣けました。
それによってミオが初めてライナ以外のメンバーの消息を知ることができたのですから。
ミオもう少しだよ。頑張れ。

ライナがハチドリの部分でさえも人間性を取り戻してきています。
私の予想では、彼は悲しい最期を遂げるのでしょう。
それは多分ミオを守ることに関係しているのでしょうけれど。

清顕が指揮権第二位に指名された時点でアクメド戦死のフラグが立ちましたね。
自分の命と引き換えに蛇撃ちを清顕に伝授しました。
これも清顕の父からアクメドを経て清顕につながったということです。

セシルは女王になってもその芯の部分はセシルだったなあ。
アクメドの死を聞いたらどんな顔をするのだろう。

そういえば、セシルはどうやって第二イスラ艦隊のことを知って、どうやって盟約を結んだのでしょうね。
バルタどころかウラノスにも気付かれずに情報を得てコンタクトするそのラインはまだ示されていません。
以前からシルヴァニア王国と神聖レヴァーム皇国との間に何か関係があったりして。
でも連絡手段がないよなあ。

7巻巻末の用語集にマニウスのことが載っています。
やはり第二イスラ艦隊に参加していました。
つまり彼がニナの後を継ぐという展開も有りえますね。

その用語集に「エリザベートの宝物」で一項作ってあるのがもう可笑しくって。

さあ、8巻は多分6月だ。
楽しみにして待ちましょう。

==

犬村さんのツイッターによると8巻6/18確定です。

==

2015/6/22 8巻読了

フィオ頑張ったね。よくやった。
いつか清顕がメスス島に葬ってくれるからゆっくり休んでね。

--

紫かぐらという凛々しく気高い魂に、尊崇の念をもって哀悼の意を表します。

8巻を読み終わって、あ、とは思いました。
でもそのときは色んな事柄に思考が飛んで、かぐらの死をまともに受け止めることができませんでした。
自分でも不思議なことに「ふーん。そうきたかぁ」という程度でした。

翌日になって、ボディブローのように効いてきました。
かぐらが死んだ。かぐらがいなくなった。
この喪失感の大きさは何だろう。

8巻の帯にもあるバルタのセリフ「また、7人で会うぞ」にミスリードされました。
あのセリフを読んで、これでライナを含むエリアドールの7人が一堂に会する場面が、たとえ一瞬であっても描かれると確信していたのです。

しかしセシルが模索していた恩赦も功を奏しませんでした。
あの状況でかぐらが生き残る道はありません。
そもそもかぐらは死ぬつもりだったのだし、その決意はバルタの「死ぬな」でも覆すことのできない強いものでした。

状況が違ったら、例えばかぐらの兄がクーデター計画の時点からかぐら側についていて、その首謀者となっていたなら、かぐらが生き残る結末があったかもしれません。
雪平は先王の崩御を知らなかったのでしょうか。

かぐらはこの物語の最初の頃から「天命」という言葉を口にしていました。

運命destiny,fateよりも強い天命providenceは、逆らえないもの、受け入れるしかないものというイメージがあります。
但し悪いものではなく、善い悪いを超越しているという感じです。
運命は人であればどんな形であれ誰にでもあるけれど、天命は限られた人にしか与えられない。しかも自分に天命があることに気付ける人は幸運な人であり、その天命を全(まっと)うできるのは更に稀有な人である。
かぐらの死にそんなことを考えました。

かぐらの名誉は新王(大威徳親王)が存命の間は回復されることはありません。
かくらの成したことを知っているのは今上皇王のみで、彼がそのことを周囲に漏らしたら、それはかぐらの死を意味がないことにしてしまうからです。
とは言え、かぐらを刑場に導いた憲兵など、軍内部にはその意味を知っている人がいるから、今上陛下崩御後に表に出てくるのかもしれません。
その場合は、かぐらと、かぐらのことを思って最後まで隠し通した大威徳親王二人が称えられるのでしょう。

かぐらの刑死日は特定できませんでした。
8巻末の新聞記事は12月15日付けで、それに記された大本営の発表は14日未明です。
かぐらは青空の下で銃殺されましたから、13日以前のいずれかの日ということです。

飛空士シリーズを振り返ってみると、悲壮な、しかし無駄ではない死に様を見せるのは、恋歌のミツオ(斎ノ国)、夜想曲の千々石(帝政天ツ上)、そして今回誓約のかぐら(慧剣皇王国)であり、全て日本風の国の国民です。
たまたまなのか、意味があるのか。
私は、犬村さんが「戦争が起きたら逃げる」と答える国民が多い日本人、特に若い人に、「そうじゃないだろ、こういう生き方(死に方)もあるんだよ」と諭しているように思えます。

かぐらの死は残ったエリアドールの6人にどのような影響を与えるのでしょう。
清顕は実の姉に続いて、その姉の面影を見ていたかぐらも失ったことになります。
バルタは、うーん、どういう反応をするのか分からないなあ。

かぐらとバルタによる休戦合意が、地上国家群とウラノスとの最後の戦いにつながって行きます。
かぐらが願った「無駄な戦いを止める」ことが結果的に新しい戦いを生み出します。

この皮肉、矛盾は、この物語の登場人物だけでなく、読者である私達全員が受け入れなければなりません。

それにしても、橋の上での休戦交渉は「映画的」でしたね。
あの場面はアニメではなく実写で見たいなあ。
叶わない夢であることは分かっています。
あそこだけ切り取った舞台とか。
誰がキャスティングされても不満だろうから、夢のままにしておきましょう。


ーー

「軍事を知らずして平和は語れない。経済を知らずして軍事は語れない」

これはコラムニストの勝谷誠彦さんがよく使うフレーズです。
この言葉の前半は、飛空士シリーズでも常に示されています。

8巻巻末の参考文献リストを見ましたか?
3冊挙げてある本は全て戦争と経済に関するものです。

つまり犬村さんは上のフレーズの後半部分も熟知した上で、バルタの祖父レニオールを登場させているのです。

レニオールはまだ十歳のバルタを自分と同じバケモノ(頭脳のことでしょうか)だと分かって、衛生兵として戦場に放り込みました。
その理由は敢えて解説しませんが、8巻読んだ人には解りますよね。

8巻でマニウスが「ウラノスの戦争は経済は関係ない、天地領有のためだ」と発言しています。
この動機は厄介なんですよね。
妥協・交渉の余地がないのですから。

私は恋歌感想で空族(ウラノス)について「ユダヤ的なイメージがある」と書きました。
風呼びの少女を2000年待っていたことからの類推です。
しかし、誓約ではウラノスはニナをかなりぞんざいに扱っていて、とうとう失脚させてしまいました。
なんだか、ユダヤというよりISIS(所謂イスラム国)のイメージに近くなってしまったかな。



ーー

シャルルだけでなく、吉岡ユキと千々石武夫の息子吉岡武雄が登場したのには快哉を叫びました。

これで、追憶-恋歌-夜想曲-誓約という飛空士シリーズの全てがつながりました。

カルエルによると二人ともバケモノだそうです。このバケモノは飛空技術のほう。

カルエルが海猫の名前を狩乃シャルルだと知っていたことは、追憶に記載されていた「その後シャルルが無名だった」ことと矛盾するのかもしれません。
これはまあ、仕方ないのかな。
一般には無名だったとか、レヴァームでは無名だったとか、そういう解釈もできますしね。

シャルルが現在どこに所属しているのかは分かりません。(見落としてなければ)
ゼノンのセリフ(だったかな?)でレヴァームと帝政天ツ上から先遣隊が第二次イスラ艦隊とともに派遣されたとなっていました。
アイレスⅤ(レヴァーム)がシャルル、真電改(帝政天ツ上)が武雄のはずだから、シャルルの派遣にファナが関与しているのは間違いないってことですよね。

--

ヴェルナー財閥が開発を進めていたジェットエンジンは飛空機に取り付けられないそうで、でも。バルタはそれでいいから開発を進めろと言っています。

これは、要するにロケットを作るってことですよね。

どこでだったか記憶が定かではありませんが、誓約の今後として「エティカを目指す」という文章を最近読みました。
これって、以前私が書いた妄想(とある飛空士への期待に収録した「とある飛空士への憧憬」参照)とほんの一部だけ重なっています。w
あれを書いたのは2011年3月だからもう4年も前のことです。

いよいよ誓約もクライマックスが近付いてきました。
あと何巻出るか分かりませんが、終わるのが惜しいという気持ちと、早くラストを見たいという気持ちの間で揺れながら、次を待つことにします。


2016/12/06 追記 9巻感想前篇

あぁ。あぁ。嗚呼。
バルタに分からないことが、凡夫の私に分かるはずがない。(開き直りw)
フェイクだなんて微塵も想像できないくらい、犬村さんの記述は巧妙でした。
かぐらへの追悼の言葉を返してくれ。wwww

私は誓約の感想を3年間書き続けてきました。
追憶、恋歌まで遡ると5年くらいになります。
誓約の感想は最後まで読んでから書くつもりで、各巻ではその時々のコメントだけにしていました。途中から実質的には感想になっていましたけど。

誓約が完結したことで、正式に感想を書く条件が整いました。

私は最初の恋歌感想でこう書きました。
「読んでいて何度も(いい意味で)裏切られるますが、決して読者を裏切りません」

裏切られ続けた5年間だったなあ。
ここに書いた私の予想はことごとくと言っていいくらい外れました。
これは勿論、喜んでいるのです。

自分の洞察力のなさ、推理力のなさ、読みの浅さからくる誤認や読み間違い、ああ勘違いが多く含まれていることにも気づきました。

かぐらが生きていたこと。
ああ、もう。8巻コメントを削除したい。w

ライナが死ななかったこと。
ああ、もう。7巻コメントを削除したい。w

清顕が誰からも認められるくらい成長したこと。
ああ、もう。6巻コメントを削除したい。w

バルタがセシルにおちょくられながらも相変わらず横柄な態度をとること。
ああ、もう。5巻コメントを削除したい。w

えっ? イスマエルターンと蛇撃ちって別物なの?
エアハント士官学校に全員が「飛空士」になるために入ったんじゃないの?
考えてみればジェットエンジンとロケットエンジンは違うよなあ。
その他、大きいものから小さいものまで、色々な間違いが埋め込まれています。

こうなったら開き直るしかない。
皆さん「間違い探し」で楽しんで下さい。www

以下は、その間違い探しの新たなネタを提供するつもりで書くことにします。


最初は3巻のときに約束した【ミオ】について。

>ミオについて述べるのはこの物語を最後まで読んでからにします。

>それにしても
>「さよなら、はじめて恋したひと」
>「さよなら、わたしの撃墜王」
>この科白がこのタイミングで出るかぁ。
>泣くのはまだ我慢しとこう。

飛空士シリーズでヒロインが発する「さよなら、……」が、それまではクライマックスで出ていたのに、誓約では3巻というかなり早い時期に出てきたことで、色々な憶測をしていました。

私はやはりミオと清顕が一緒になってほしかったのです。
(多分に幻想を含む)幼馴染という関係性は、物語世界の中では私だけでなく多くの人にとっても、ある種特別なものがあると思います。

今になってミオと清顕の関係を考えてみると、それは恋歌でのアリエルとカルエルの関係及びその結末によく似ています。

犬村さんが意図的にそうしたのか、それともたまたま、もしくは必然的にそうなったのかは分かりません。

但し恋歌はアリーがカルをクレアに取られてしまったという(敢えて言えば)比較的単純な結末でした。
これに対してミオの場合は、イリアに取られたというより、ミオの宿命的な要素のほうが強いです。
ミオに工作員としての背景がなくそのまま清顕につき従っていたら、幼いころの約束が果たされた可能性が高いと思うからです。
逆に、工作員一家でなかったらメスス島に行くはずもなく、つまり清顕と出会えなかったのですから。

夜想曲の武夫とユキ、追憶のファナとシャルルも幼馴染と言える(後者はちょっと苦しいけれど)ことをから、飛空士シリーズ全てに「結ばれない幼馴染」という関係性が含まれているとみなすことができます。

ただし夜想曲は子供ができたからこれもちょっとイレギュラーではあります。
夜想曲は後半が特に少年・青年の物語というより、少しだけ大人の物語だからなあ。

ちょっと脇道に逸れます。
女性工作員というと普通はスパイ映画でしかお目にかかることはありません。
ただ、某国に日本の政治家が訪問したり、外交官が赴任したりすると、その宿舎に該当人物の好みど真ん中の女性が訪れるなんて話はよく聞きます。
あの国ならさもありなん。
それにひっかかって機密を漏らし続け最後には自殺した人もいます。
実際の工作員はもっと地味な活動のほうが多いのでしょうけれど。
欧米を考えると、現在においてハニートラップを仕掛けるエージェントが活動しているというイメージはあまりありません。
ロとか中とか北とか人権なんか屁とも思っていない国ならともかく、近代先進国でどうやってそれを育成するかという問題からです。
ミオのように弱みに付け込んでということも考えられますが、そもそも組織としてそれをやらせることが可能でしょうか。

その延長で考えたとき、日本はどうか。
日本にはCIAやMI6に相当する機関はありません。
戦前はありましたし、そこには女性工作員もいたはずです。
仮に今、そのような機関が作られたとして、その女性職員が色仕掛けを実行する工作員として動くことがあるか、組織としてそのような命令を出すことができるか。
難しいでしょうね。平和ボケもありますけど、どんな汚い手段を使っても情報を得るという意識が今の日本人には乏しく、戦後教育を受けた世代が殆どの国ですから。

また多くの国にスパイ防止法があり、最高刑は死刑です(だからミオとライナは捕まったら死刑になります)。日本にそんな法律はありません。だいぶ前に国会で審議して成立しませんでした。
国を、国民を守るための法律に反対する勢力がいる。変な国です。


ミオに話を戻します。

あの科白が3巻で出たのは、物語としてのミオと清顕のエンディングはないという犬村さんによる意思表示だったのでしょう。

二人が結ばれる結末を願っていた、もしくは当然そうなると考えていた私はまだその時点でその意思は読めませんでした。

ミオの背負った宿命から考えてこれはどうしようもないことですね。
3巻のあのとき、ミオは清顕と一緒になることを諦めたからこそあの科白を吐いたのだと理解することにします。

だけど、ミオはもう一つのことは諦めませんでした。
清顕の約束を信じることです。
その後ミオはゼノンの元で何度も辛い目に遭います。
清顕を信じていたからこそ、それに耐えることができたのだと思います。

清顕が助けにきたとき、清顕の指輪を抜き取って捨てたシーンは象徴的でしたね。
あの指輪は、フィオが運んだ情報がミオからのものであることを証明する手段でした。
清顕がそれを身に着けていたのは、彼の気持ちがまだ揺れていたからなのでしょう。

終章最後に描かれているミオと清顕の関係は、宿命を受け入れそれを超越した状態で、恋愛とは別の次元での関係になったのだと思います。
幼い頃の約束は果たされませんでしたが、大人になってからの約束はプレアデスの奇跡として成就されました。
私はこの二人の関係を、ほろ苦とは少し違う、微笑ましさとも少し違う、泣いているような笑っているような、そんな自分でも不思議な感情を持って受け入れることにします。



【イリア】について。

色々なことを端折って大雑把に俯瞰したとき、エリアドールの7人の女性4人の中で、イリアが一番幸運かつ幸福だったと思います。

第1巻のカバーがイリアだったのは示唆的ですね。

飛空士の世界は、リアル世界と対比すれば20世紀前半から半ば、第二次世界大戦の頃に相当します。
当時はアメリカでも女性の戦闘機乗りは存在しなかったのではないでしょうか。
(まれにはいたのかもしれませんけど)

父から飛空士になることだけを仕込まれ、少女らしい、女性らしいことを知らずに育ってきた彼女の内面を想像するのはかなり難しいです。
あの境遇であれば、物語当初に見せるような冷徹な人格のまま人生を過ごすのが普通であろうと思われます。

しかしイリアはエリアドールの仲間と出会うことで、大きく変わりました。
あの飲んだくれのどうしようもない父親を気遣っていた場面など、元々そのような性質、性格を秘めていたのだろうという想像もできると思います。

イリアはいい奥さんになるでしょう。
清顕はあの性格でよくゲットできたもんだ。
命を懸けたまさに死闘を経た二人だからなあ。

イリアというのはロシア語圏の名前のようです。
イリヤとの違いが今一分かっていませんけど。
ヤが男性、アが女性なのかな?

清顕、かぐらは当然日本名なんだけど、それ以外の登場人物が名前からどの国を想定してあるのかが分かればもっと面白いのかもしれません。
リアルではアメリカという移民の国があるから、そこで分からなくなってしまいます。
バルタはアメリカなんでしょうけれどね。
イメージで言えば、ミオはフランス、セシルは北欧、ライナはドイツか?


【かぐら】について

8巻コメントであれだけの追悼文を書いた私は、9巻で石になったバルタと殆ど同じです。w

あのコメントでかぐらが生きている可能性に言及しなかったこと、できなかったことは残念でした。
考えてはいたのです。でもかぐらが処刑される場面の記述があまりに巧みで真に迫っていて、それを否定する論拠を見出すことがどうしてもできませんでした。
本当に撃たれているのだから、真に迫るのは当然ですね。

但し、追悼文を書いたこと自体、及びその内容は恥じていません。

かぐらは皇王を守るため、国民を守るために一度死んだ。
そしてバルタとまた会うため、橋の上でのバルタとの約束(命令?)を守るために生き返ったのです。
生き残ったのではありません。

だから、追悼文を書いたことは間違っていないし、その内容も私の真摯な気持ちを素直に表現できたと思っています。

バルタの墓参りでかぐらが現れた場面は、本当に幽霊なのだろうと思っていました。
あの辺の描写も上手いんだよなあ。

セシルはバルタの扱い方が分かっていて、おちょくったり操縦したりしています。
そこにあるのは、ある意味での駆け引きです。

それと比べて、かぐらは気持の上で最初からバルタの上位にいるような気がします。
上下と言うと少し違うのかもしれません。
バルタを、あの面倒な性格も込みで包み込むような母性(この言葉もまたちょっと違う)があると考えればいいのかな。
だから、かぐらとバルタの間にあるのは駆け引きではないのです。

エリアドールの7人の中でかぐらは長姉的な存在でした。
一般的に、長姉はおっとりしているイメージがあります。
マンガで例えれば、「みなみけ」の南ハルカとか、「らんま1/2」の天道かすみとか。
「三月のライオン」の川本あかりも、あの境遇でおっとりなんかしていれらないけれど、本来はそうなのだろうと思わせます。
(「よつばと!」のあさぎはちょっと違いますが、あれは作者のあずまきよひこさんがわざとそうしたのかな)

かぐらは、こういう一般的な長姉のイメージとは違います。
きりっとして皆を引っ張って行くイメージです。
頼りない弟分からみたら、憧れの姉さんという立場でしょう。

私は第一子長男で、近所にいた10人の従兄弟達の中でも一番年上だったから、姉という存在になじみがありません。
そのことがどう関係しているかは分かりませんが、年上萌え属性が昔から希薄です。
これ、逆説的に聞こえるかもしれません。
姉的存在がなかったから、姉的存在に憧れるというのが話の流れとしては普通でしょう。

私の場合は姉的存在がいなかったから、年上(学校では上の学年)の女性とどう接したらいいのか分からなかったのです。
同級生や下の学年とは平気だったのに、何でだろう。

中二のとき学校の放送委員会に所属していました。
メンバーは2,3人ずつの班になって曜日毎の当番になっていました。
私は土曜日で、その同じ当番が3年生の女子。しかも、その学年一番の美人でした。
放送室に二人きり、でも話すことができなくて気まずくてねえ。ww
同じ班になったのは、私の父が放送委員会の担当だったから「余計なお世話」をしてくれたせいだろうと思います。はい、父は私の通った中学に勤めていました。

長々と自分のことを書いて何が言いたいかというと、私から見たかぐらは、尊敬の対象ではあっても、憧れの(別の言い方をすれば萌えの)対象ではないということです。

これが8巻でかぐらの死を知った時点での冷静さと、その後の大きな喪失感となって現れたのだと思います。

バルタはね、多分、かぐらに甘えてるんです。
いいカップルだと思います。


【セシル】について

恋歌のカルエルは貴種流離譚とも言えたけれど、セシルはそのイメージではないですね。叔母さんなどがちゃんと把握しているのですから。

でも読者には、物語の前半はそれが分かりません。
王女がミオなのかセシルなのかすら、なかなか明かされませんでした。

7人の中で末っ子的存在(私の感覚です)だったセシルが実は王女だったという設定は、今になって考えればそれ故の男女比3:4だったのか、とか、物語をパズル的に見たときの各ピースのあまりに嵌まりように圧倒されるばかりです。

市井の女性として生きるか女王になるか迫られたとき、後者を選択するのは難しいでしょう。
戴冠後のセシルの活躍は、一族の血を引き継いだ一種の才能からなのだと思います。

所謂、一筋縄では行かない存在として、あの世界情勢の中で地位を築いていくのでしょう。
権謀術数渦巻く中、それは孤独で辛い生き方かもしれません。
でも仲間の存在が、彼らと触れ合う時間が、その辛さを減じてくれるのでしょう。

マニウスとの関係は、やはり友達的というのがいいかな。

西洋史の中に、元首同士の結婚というのはありましたっけ。
記憶にないんだよなあ。勿論国を超えた王族同士の結婚はありました。
一番有名なのはルイ16世とマリー・アントワネットですね。
でも王族同士の結婚というのは、その後の領土継承権問題が絡んでくるから、簡単ではないのです。

そう言えば、バレステロス(カルエルの国)との交流は「革命の輸出」という厄介な問題を孕んでいるんじゃないかなあ。
風の革命は現実のフランス革命と同様に、その後のすったもんだや王政復古とか色々ありそうですけどね。
それでも、思想的な影響を考えると、エリザベートの将来は安泰とは思えません。
世情が安定したら、エリザベート自身がすっぱりと共和制に移行させちゃったりして。

あ、この方向性は面白いなあ。
女王としての役割を果たした後、市井の女性に戻る。
彼女は人気があるから国民が簡単には許してくれないでしょうけれど。

【バルタザール】について

私はバルタザールの呼称「バルタ」がすっかり気に入ってしまって、この感想の中では殆どこれで通してきました。

彼は味方にするととても頼もしいけれど、敵に回すとこれほど厄介な相手はいないでしょう。
味方と言っても上司があれじゃあいやだろうなあ。w
あ、部下でもいやか。
誓約の中ではバルタの上司は出てきますが、部下は直接には出てきませんでした。
こき使われるんだろうなあ。
最初の頃のミオとセシルがそれに当たるかな。

バルタは祖父レニオールに対抗するために努力を惜しみませんでした。
それが彼の目的になっていました。

巨大な経済力(とりあえずそれを財閥と呼んでおきます)はカリスマのある創始者が没したあとは、後継者の資質によってはあっという間に崩壊してしまいます。

三菱財閥が創始者岩崎弥太郎の子供や甥などを英米に留学させたのはそれを見越してのことでしょう。

レニオールのバルタの扱いは凄まじかったですね。
あれでは精神が崩壊してしまうかもしれない。
それに耐えられたら後継者にしようと考えていたのか、幼いバルタの資質を見てこのままでは良くないと考えたのか。
私は後者だったのではないかと思います。
衛生兵としての試練がバルタの行動の基礎になり、世界を平和に導いたということで、祖父の先見の明は確かだったのでしょう。

綺麗ごとの理想論かもしれませんが、儲けることだけが目的の事業家は世界を動かすことなどできないのです。

一緒になった後、かぐらは何をしているのでしょうね。
花屋事業の手伝いもしているのかもしれませんが、あの子供の数から考えると、専業主婦だったりして。
専業主婦が悪いとは言いません。うちのかみさんもそうです。子育てにはそれが望ましい場合があります。
だけどかぐらを専業主婦にするって、ものすごく贅沢かも。

バルタは幸せだと思います。


【ライナ】について

ライナの目的は母親を守ることでした。
一家をあのような境遇に陥れた相手を探し出して復讐することが目的のように見えますが、それだけだったらゼノンの部下としてのあの立場に耐えることができたでしょうか。

快復の兆しを見せた母を連れてミオと逃避行。
終章の時点で母親はもう亡くなっていたのかもしれませんが、親孝行できたのだろうと思います。

ライナとして見せるヘラヘラした態度、ハチドリとして見せる冷徹な態度、その奥にトマス本来の人格があるからこそ、ライナは単純な裏切り者、憎まれ役ではない厚みのある人物になっているのです。
ミオはそれが判っていたのかな。

彼の存在によって誓約の物語そのものが、厚みのあるドラマになったのだと思います。

ただ、トマスとしての彼の本質部分があまり描かれていないので、他のメンバーほど親近感を持つことはあまりできないのも事実です。
ミオと一緒になってからの彼の態度を想像することが難しいのです。

だから清顕がライナのことを友達と言い続けたのは、清顕がカルエルほどのド天然ではなくても少しお人好しの入った天然だったからかなあとも想像します。

ライナはどんな仕事をしているのでしょうね。
彼ほどの能力があれば何でもできるのでしょうけれど。
客商売してお客に対応しているライナ。……あ、むしろ違和感ないかも。w

ミオと出会えたことが、彼の最大の幸運だったのかもしれません。


【清顕】について

清顕が飛空士を目指したのは家族を殺されたことへの復讐のためでした。
しかし、途中から、シャルルや千々石と同類の「飛空士としての求道者」的な風貌が現れてきたように思えます。
カルエルもそれに近いんだけど、彼の場合はクレアを取り戻すという明確な目的があるので、若干違うのかな。

9巻時点で清顕が到達した境地は、シャルルや千々石の域にはまだ達していないのかもしれません。
しかし彼なりにその道を極めたことで、仇敵カーナシオンに「感謝する」と言わしめるまでになりました。

清顕は物語全体の印象として「状況に流される」ことがよくあったと思います。
その意味では7人の中で清顕が一番意志が弱いのかもしれません。
でもそれを別の言い方で表現すれば「人が好い」になるので、自分の意志をゴリゴリ推し進めるタイプのキャラ(バルタなんか典型ですよね)に比べて好感を持たれるのでしょう。これは主人公に必要な、もしくはあった方が好ましい要素だと思います。

主人公にはもう一つ「女性に対して奥手」という条件があります。
あまり極端な奥手では困るので、まあ、そこそこのということです。
ダンまちのベルなんかはその極端に近いですけどね。(ハーレム仕様だからなあw)

だけど幼い頃は嫌がるミオを無理やり飛空機に乗せてましたね。
あれは思春期以前だから。

清顕がミオへの気持ちとイリアへの気持ちの間で揺れているとき、決断というか、自分の気持ちを自覚したとき、物語の中ではそれがなかなか明かされませんでした。
上に書いたように、ミオと一緒になるのが当然と思っていたこともあって、私には分からなかったなあ。
今になって振り返ると、1巻冒頭の文章はそれをかなり明確に暗示(変な表現だw)していたんですけどね。

2巻で清顕が「あきちゃん」と呼ばれていたことについて「ひっくり返りました」と書きました。
私がかみさんの友達連中からそう呼ばれているからです。
ただ、この「あきちゃん」はその後はあまり出てきませんでした。

そして9巻、清顕とイリアの息子の名前を知って、そこを読んでいたときに座っていたバスの座席から転げ落ちそうになりました。
ああ、まあ、つまり、そういうことです。
一般的で珍しくはないけれど、小説の登場人物名ではあまり見たことがないのです。

彼ら子供の世代はどんな物語を紡いでいくのでしょうね。


【全体】について

流石に全9巻ともなると、ディテールどころか物語の大きな流れですら覚えていない部分があります。
読み返しはやっていないのです。
地理や国同士の敵対関係も複雑ですからね。

誓約を大雑把に説明すれば、エリアドールの7人がキーパーソンになって時代の転換点を生み出した物語ということになります。

そこには恋愛、愛憎、友情、裏切りといった普遍的なテーマが数多く埋め込まれています。

飛空士シリーズは追憶、恋歌、夜想曲いずれも、切ない終わり方をしました。
それに対して誓約は絵に描いたような大団円でした。

色々批判はできるでしょう。甘いとか、ありえないとか。
でもね、私はとても嬉しかったのです。

こんな素晴らしいハッピーエンドが用意されていたなんて。
しかも、カルエルはクレアを奪い返し、シャルルは親友千々石と心を通わすことができました。

彼らの活躍であの世界にとりあえずの平和が訪れました。
エリザベートとマニウスの威光があるうちはその状況が続くでしょう。
でも大小の王国が割拠する情勢は変わりません。
民族間、国家間の恩讐がそう簡単に消えることもありません。
歴史の流れの中では束の間の平和ことになるのも人間の必定だと思います。

ではあっても、彼ら7人が、そしてあの世界に住む人達が、その束の間の平和を享受して幸せな人生を送ることを願わないではいられません。

いい物語に出会うことができました。

==

誓約9巻をもって飛空士シリーズが完結ということで、犬村さんがもうこれ以上書かれることはないのかもしれません。
だけと、飛空士シリーズを愛する者としてはもっともっと読みたいです。
我儘と知りながら、読みたいことを並べます。

描かれなかったエピソード

・清顕がカルステン(イリアの父)に結婚の挨拶に行った場面
  これ重要ですよね。二人の父親の因縁をどう解決したのか。
  終章ではカルステンが清顕を「婿殿」って呼んでるんだから。

・バルタとかぐらの結婚式
  かぐらの身分をどうするという問題はあるけれど、バルタのことだからどうにかしているのかな。
  ミオとライナは出席できないけれど、エリザベート女王ご臨席の下、厳か且つコミカルな式になったと思います。

・ミオとライナのプレアデス逃避から9巻終章の場面まで
  これだけで一巻の物語になりますよね。

・カルエルとクレアの帰還、アリエルとの再会
  これは本当に読みたいです。
  私はアリエルが大好きなので。


誓約その後

・初の大型ジェット旅客飛空機で7人がバレステロスに親善訪問 ミオとクレアの再会
  恋歌メンバーも登場して、賑やかな内容になるといいなあ。

・セシルとマニウス(ある日の二人的な内容)
  これは軽いエピソードを期待します。


敢えて挙げる問題点・妄想・その他(こういうのが私の文章としては一番危ないw)

・エリザベートがレヴァームとどのようにして連絡を取ったのか説明がなかった。
・言語の問題はスルー? 3地域の交流はまずそれが障害になるのでは?
・3地域それぞれに、似たような世界があったのはなぜ?
 段の上下の国家構成も似てましたよね。
・ファナはどうしてるんだろう。
・カルエルからの手紙が届いていたが、どのくらい時間がかかるの?
・ナナコの「空の果てのイスラ」は、第二イスラ艦隊帰還後に出版されたのですよね。
 第一次の回想録としてはそれもありなんだろうけど若干インパクトが弱くない?
・あ、「とある飛空士への追憶」もナナコが書いたという設定も可能になったかな。
・カルの写真にアリーとイグナが写っていたのは嬉しかったなあ。以前書いた文章→
 >クレアと一緒に戻ったイグナとのロマンスなんて、安直すぎですかね。
 >イグナも妾腹とは言え元王子ですから。(王子は皇子の間違いでした)
・ウルシラ伯爵夫人は亡くなったけれど、イグナ以外の随員はどうなったんだろう。
・カルと再会した後で、クレアのラミア離宮での使用人に対する気持ちの表明は欲しかったな。
・デミトリウスが最後までニナに手を出さなかったのは、凄く不自然かも。

=謝辞=

9巻感想を書き始めてから毎週「とある飛空士への誓約 遅れてきた」で検索してここを訪れて下さる方がいます。

今自宅のPCが半身不随の状態になっています。かな漢字変換を一つしただけで応答が返ってくるのに10秒以上かかるのです。
しかも頻繁に落ちたり、ブルー画面が出たりします。
ネットもかなり待たされます。ISPではなく、ブラウザの反応のせいでしょう。

そのため家で文章を書くのが困難で、職場で始業前や昼休みにこそこそっと書いているのです。
さすがに文章をアップするのは家でやっています。

楽しみにして(かどうかは分かりませんが)ここを読みにきてくれる人がいるからこそ、それが励みになって、これほど早く感想を書き終わることができました。
でなかったら、終わるのはいつになったことやら。

どうもありがとうございました。


=小川麻衣子さんへ=

小川さんは誓約には直接の関係がないのですが、コミック版追憶を書店で見かけたことが私が飛空士シリーズに触れるきっかけでした。
あれがなかったら、今でも知らないままだったかもしれません。
いいご縁を与えて頂きました。


=森沢晴行さんへ=

森沢さんの描かれたイラストを見ながら、自分の年齢を忘れて登場人物達と同世代の感覚で読むことができました。
アリエルが大好きなんだけど、ビジュアルとしてはクレアが好みなんて、自分でもよくあんなこと書けたものだと思います。

今後もご活躍を期待します。


=犬村小六さんへ=

大作となったシリーズの執筆、お疲れ様でした。
追憶のとき、ここまでなることをご本人は想像しておられたのでしょうか。

最初は口コミで広まったというのが、本シリーズの特徴をよく表していますね。
キャンペーンやコラボなどで無理やりではなかったことが、良い作品の証しでしょう。

本当に面白かったです。
ありがとうございました。

読むだけでなく、好き放題に感想を書いてとても楽しむことができました。
犬村小六「ドS」説とか、夜想曲感想ではトンデモ解説までやってしまって申し訳ありませんでした。(笑)

望むらくは、誓約のアニメ化は慎重にご対応頂きたく。



映画 とある飛空士への追憶 感想
10/1 初日の一回目に行ってきました。

「駄目だ。面白くない」これが見終わっての感想です。
始まる前から涙腺緩みっぱなしで、映画が始まると同時に涙流していたのに、途中でピタリと止まってしまいました。

原作のいいところがことごとく捨ててあって、どうでもいいところは追加強調されています。
時間内に話を納めなければならないことは理解できます。
でもなあ、ストーリーに関して思い浮かぶだけでこれだけあります。
※印は私がせめてこれだけは必要じゃないかと思うことです。

・幼いファナがシャルルを抱きしめるシーンがない※
・シャルルがアルディスタ正教会に拾われたことがカット
・そのため、貞操観念が選考基準に入っていたことがカット
・シャルルの母が天ツ上の昔話をファナに聞かせたことがカット※
・シャルルの母が死んだ場面がカット
・サン・マルティリアでファナが周囲を遮断している精神状態の表現がカット
・最初の戦闘でのシャルルの技量に対する天ツ上側の畏怖が表現されていない
・二回目の戦闘で千々石は最初から単機で向かってきた
・ファナの水着がない
・排泄への言及が全くない
・鰹の刺身がカット コックさんになればいいがカット
・シャルルの朝立ちがカット(これはなくてもいいけど)
・ファナの銃撃練習カット
・ファナの「シャルルが踊ってくれない」の科白がカット
・「シャルル踊ってよ」を思い出してサンタクルスを踊らせたという流れがカット※
・エンディングでのファナの決意がカット※

最後のファナの科白「さよなら私の飛空士さん」はありましたっけ?
これあったかなかったか覚えていません。

逆に無駄に入ったのが
・カルロ皇子参加のパーティーシーン
・召使二人の出番
・ファナが飛空戦艦の中を走り回るシーン
・鯨、カモメ
・最後に出たテロップの一番下の文章
こんなのいらない!

アニメとしての感想は
・飛空機がプラモみたいで質感がない
・飛空シーンの迫力もない
・イスマエルターンの凄さが伝わってこない
・貞本キャラはやはり馴染まない あれはファナじゃない
・ファナ役の声優さんが悲しいくらいに下手 「下がれ」の迫力が全く感じられません。

唯一、映画でよかったと思ったのは主題歌の扱いでした。
但し、主題歌がいいと言っているのはありません。

主題歌「時の翼」は9月中ごろにネット配信で買って、それから50回ほど聞きました。
なのに、旋律も歌詞も全く記憶に残りません。心に届きません。
曲は丁寧に作られています。ちゃんと歌詞の言葉に合わせてあり、無理なメロディーにはなっていません。

でも、地味な旋律、抽象的というか象徴的なのに深みを感じさせない歌詞、つまらない編曲、失敗作だなと思っていました。

映画の中で、この歌はシャルルの母がシャルル、そしてファナに歌って聞かせた歌ということになっています。
戦闘で傷ついたシャルルにファナが歌うシーン、酔って眠ったファナにシャルルが歌うシーンはよかったです。

うーん。
それにしてもこの映画、本当に残念だなあ。


関連日記

とある飛空士への恋歌感想
私が犬村さんに心酔した恋歌への感想です。

とある飛空士への追憶感想
追憶原作に関する、上の映画感想とは真逆の文章です。
但し、半分以上は恋歌に言及しています。

とある飛空士への期待
感想に頂いたコメントへの長文の返信です

とある飛空士への夜想曲感想
犬村さんへの「トンデモ説」ありです。

とある飛空士への誓約感想1
犬村さんの最新刊への感想です。

2011/10/11 追記
えー。この日記が「とある飛空士への追憶 映画 感想」でGoogleとYahooなど代表的な検索ページで1番目(今日時点では2番目)に表示されて、毎日驚くくらいの方にご訪問頂いています。
上の文章は10/1の夕方に勢いで書いたものです。
実はその日、午前に追憶を見て、午後にはHAYABUSAを見たので、追憶の記憶はかなりあやふやだったのです。
その上あれだけぼろかすに書いているし。
こんなままで放置しておくのも申し訳ないので、今日2回目見てきました。
基本的な感想は変わらないものの、少し違う見方もできました。
今日はもう遅いので、明日改めて書くことにします。

2011/10/12 追記

 昨日追記したように、10/11(火)に2回目行ってきました。
 本当は10/8(土)に行くつもりでしたが、まだ第二週だというのに一日一回だけの上映、しかも19時10分から。土日祭日のその時間は無理なので、火曜の仕事帰りに行くことになってしまったのです。今週で打ち切りになるかもしれないですからね。

 前回は上の方の座席だったので、今回は前方に席を取りました。スクリーンを見上げたら印象が変わるかなと思ったからです。そのせいで戦闘シーンの迫力は感じたかな。

 17時過ぎ、ネットで座席を購入したとき全ての席が空いていました。なので私一人の貸切になるかと思っていたら、始まる直前にもう一人入ってきました。
 他には誰もいないのに、わざわざ私の一列後ろの席です。普通有り得ない。
 しかもエンドロールが始まったらすぐに出て行きました。
 もしかして、[映画泥棒]の監視要員だったのかな? ww

ーーーーーーーーー スクリーン

□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
   通路
□□□□■□□□□ ← 私の席 通路に面した真ん中
□□□■□□□□□ ← その人が座ったのはここ
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□

 今回は原作をなるべく忘れて(忘れた振りをして)、今上映されているのは追憶に似ているけど違う作品なんだと自分に言い聞かせて見ることを心がけました。
 目の前で動いている女の子はファナと名乗っているけれど、あのファナとは別人なんだと思うことにしました。

 そこまで自分を追い詰めたら、脚本や棒読みに不満は多々あるものの、まあギリギリ楽しめないこともないかなあのレベルで見ることができました。(かなり無理して書いていますw)

 上の日記本文に書いた内容は、一回目の印象がHAYABUSAのせいで少し薄れた状態、しかも原作を確認することもしないで書いたものです。
 なので間違いが多いのではないかと少しハラハラしていました。

 でも、まあ、それほど外してはいなかったようです。

>最後のファナの科白「さよなら私の飛空士さん」はありましたっけ?
>これあったかなかったか覚えていません。

 この部分。原作(新装版)で確認したら、この科白がありませんでした。
 原作にあったのは「さよならシャルル。さよならサンタクルス」です。
 今、文庫版が家の中で行方不明なので、そちらは確認できていません。
 もし文庫版にもないのであれば、これはコミック版のオリジナルですね。
 正確には「さようなら。初めて恋した私の飛空士さん」です。
 この科白は、「恋歌」でのアリエルの「さよなら、わたしの王子さま」と対をなすものとして強く印象に残っていました。

 尤も、原作に「だから微笑む。両手を振る。はじめて恋した飛空士へむかい、傷だらけの愛機へむかい、ファナは全身で惜別を伝えた」という記述がありますから、コミック版の完全オリジナルではありません。

 映画のファナはシャルルに恋心を抱いていたのかどうかとても判りにくいです。
 映画のキャッチ(の一つ?)が「わたしを変えた、12000kmの恋 」だから恋しているのは間違いないのでしょうが、それにしてもきっかけが判らないし唐突感は否めません。

 映画のファナが最後の場面で口にするのは「ありがとうシャルル」です。
 このありがとうは何に対するありがとうなのでしょうか。
 飛空戦艦の甲板上で、ファナは一度だけ表情を変えます。こみ上げてくるものを耐えているようにも見えます。でもそれを読み取るのは困難です。
 だからこの「ありがとう」はまるで「無事に送り届けてくれてありがとう」と言っているようにも聞こえます。

 実は原作のファナも「さよなら」の前に「ありがとう、シャルル、ありがとう」と言っています。
 心情描写が丹念になされている原作と、それが難しい映画を単純に比較するのは無理があるとしても、原作のありがとうは万感こもったありがとうのように感じるのです。

>「下がれ」の迫力が全く感じられません。

 原作の表記は「さがれ」でした。
 映画のファナは「下がりなさい」と言っています。
 ただでさえ棒読みなのに、長くする意味あるのでしょうか。
 威厳を示すのなら有無を言わせない「下がれ」が最適だと思うのですが。

>貞本キャラはやはり馴染まない

 私は映画の作り手個々人に関する知識がなくて「貞本キャラ」と書きましたが、一般的に言ってこれは間違いかな。「貞本系キャラ」と読んでも駄目? 無関係なの?

>但し、主題歌がいいと言っているのはありません。

 ネット上の文章を読むと主題歌の評判はある程度いいみたいですね。
 単独の歌として聞けば、上で書いたほどの悪評価は不当かもしれません。
 でも追憶の主題歌としてはどうかなあ。
 私はファナもしくはシャルルの心情を切なくかつ爽やかに描いた歌を期待していました。

>戦闘で傷ついたシャルルにファナが歌うシーン、酔って眠ったファナにシャルルが歌うシーンはよかったです。

 これね。いいんだけど、この歌をストーリーの中に入れたがために、シャルルの母がファナに天ツ上の歴史物語を語って聞かせた下りがカットされたのだから、功罪相半ばってとこでしょうか。

>最後に出たテロップの一番下の文章   こんなのいらない!

 ううう。懸命に暗記したのに、劇場出たとたんに忘れちゃいました。orz

「ふたりが辿った結末は、未だ明らかにされていない」
 こんな感じだったかなあ。これで正しいとしても余韻も何もあったもんじゃない。

 原作の作内作品である「とある飛空士への追憶」の締めの言葉は「だからふたりが辿った結末は、あなたが決めるしかない」です。
 これは、その後の二人が出会うことがあったのかどうかは、読者の想像にお任せするということだと理解しています。

>ファナ役の声優さんが悲しいくらいに下手

 神木君もなあ。あれがシャルルだと思い込めばまだ何とか許容範囲かなあ。
 二回目見終わって帰るバスの中で新装版を改めて読みました。
 ファナの科白が全部竹富ファナの声で脳内に聞こえてくる。
 二回も見てあげた私に何という仕打ちだろう。 ← 二回も見たからですよ。

 それにしても、かえすがえすも、この映画残念です。
 これが良かったら、周囲に飛空士シリーズの布教をするつもりだったのに。
 BD買うかどうかは微妙です。でも多分買うのでしょう。

 恋歌のアニメ化は絶望的かな。聖泉とか空の果てとか見たかった。
 素人キャストによるアリエルの棒読みを聞かないで済むと自分を慰めることにします。
 あの長さではテレビシリーズでしょうし、その場合素人は使わないでしょうけれどね。

==

2013/1/4

1/3,1/4と急にこのページの閲覧が増えたので、どうしてかなと検索してみたら、
3日にキッズステーションで放送されたからのようですね。

私は結局まだ買っていません。
とりあえずレンタルで観ました。

3日のは見逃したけれど1/27(日)21時からもあるようだから
そのとき観てみましょうかね。


とある飛空士への夜想曲感想
いやもう、参っちゃって。

追憶と恋歌であれだけ長文の感想を書いた私が、この作品には殆ど何も書けません。



とある飛空士への夜想曲 上 (ガガガ文庫)とある飛空士への夜想曲 上 (ガガガ文庫)
(2011/07/20)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)
(2011/09/17)
犬村 小六

商品詳細を見る


一番打たれたのは終章にある
「国家に洗脳されて死ぬまで戦わされた、哀れな犠牲者か。大切な人々を守るために、子供や孫が人間として扱われるために、命を賭して戦った偉大な戦士たちか。それを決めるのは、後の世を生きる我々です。彼らの犠牲の上に生かされた我々の仕事です」
という科白でした。
作品全体が犬村さんから旧日本軍への最大のオマージュですよね。

下巻カバー裏に犬村さんの「ラノベご法度満載」というコメントがあります。
この作品がラノベレーベルなんて勿体ない。
勿論ラノベを見下して言っているのではありません。
「趣味95%で書いた」作品を許容したガガガ文庫も偉いと思います。

もう少し時間が経ったらもうちょっとましな感想が書けるかもしれませんが、とりあえずこれだけにしておきます。

以下は夜想曲の上巻を読んだ時点で書いて、追憶感想に追記していた文章です。
こちらに移動しました。

==

以下は全くの妄想、デマ、こじつけです。
何の根拠もありません。

こういう弄られ方をするのは、ご本人にとって本意ではないでしょうが、ただ想像して楽しんでいるだけなのでお許し下さい。

Wikipediaの記述によると、犬村さんは宮崎県生まれです。大学は早稲田。
でも、出生地と育った場所が同じとは限りません。

「犬村小六」というペンネームは、「長崎県大村市で小学校六年まで過ごした」もしくは「長崎県大村市に小学校六年のときに移った」ということを表しているのではないでしょうか。「大村市での小六のときの思い出」でもいいです。

「犬村」は「大村」を一画だけ変形したもの。(後述します)
「小六」は、そういう苗字の人(小六禮二郎さんなど)、名前では蜂須賀小六もいるので、この字面を名前として見れば「ころく」で違和感はありません。
でもこれだけを取り出して素直に読めば「しょうろく」です。

ここから、妄想がさらに進みます。

千々石と吉岡ユキが戦艦島の屋上で夕刻を過ごしているシーンは、犬村さんの記憶がベースになっているような気がします。
長崎大村の地に犬村さんの初恋の思い出があり、それを反映させたのがペンネームであり、かつあのシーンではないでしょうか。

その場にはタレオという千々石が真電の機首に描いている犬もいます。
だから「大村」が「犬村」になっているのではないかと思うのです。

であれば、長崎県内の地名を作品中に多用しているのも不思議ではありません。
しかも選択しているのがかなり特異な地名で、全国的にはあまり知られていないものが多いのですから。

千々石、世知原、波佐見、諫早は大村を通る北西から南東へのライン上に存在します。
波佐見は高校野球で、諫早は高校駅伝で目にした人もいるでしょう。
諫早湾干拓のニュースでも有名ですね。
千々石は天正遣欧少年使節千々石ミゲルの出身地ですが有名とは言えません。
世知原はもっとマイナーです。
どの地名も知らないと読めません。

尚、軍艦島はそれと直交する南西方向、長崎港外にあります。

nagasakiMAP


また、大村にはかつては海軍航空隊、第21海軍航空廠があり、現在は陸上自衛隊 大村駐屯地、大村航空基地、さらに長崎空港が存在します。
子供の頃に眺めた自衛隊の飛行機が、「とある飛空士」の元になったと考えることも可能です。

繰り返しますが、これは全く根拠のない、妄想、デマ、こじつけです。
事実を一つ突きつけられただけですぐ破綻するトンデモ説です。
でもこう考えたら、何となく腑に落ちるような気がしませんか?

==

関連日記

とある飛空士への恋歌感想

とある飛空士への追憶感想

とある飛空士への期待(感想に頂いたコメントへの長文の返信です)


==

さあ、追憶映画の公開が迫ってきました。
楽しみだなあ。

10*1 行きました。感想は別項に書いています。

とある飛空士への期待
購読している有料配信メールにあった文章。

「非常時の時こそ幸いにして平時をにある人びとは、淡々と自らの義務をこなし、一方でどうすれば危地にある方々に手をさしのべるかと考えるべき」

<これは勝谷誠彦が個人で配信している有料配信メールです。非常時とあって配信元の許可を得て転送します。あくまでも個人が得ている情報からの推察ですので、内容についてはそれぞれがきちんと吟味して判断してください、という勝谷のメッセージを添えます。
なお配信元その他の情報は下記の通り。

勝谷誠彦HP:http://katsuyamasahiko.jp/
問合せ:info@katsuyamasahiko.jp
情報提供・感想:stealth@katsuyamasahiko.jp
発行:株式会社 世論社>

勝谷さんのメールには、マスコミに載らない情報が沢山記載されています。
その一つがこの動画
http://www.youtube.com/watch?v=eKduLvFwGGw

台湾の皆さんありがとう。

==

さて、地震と津波のニュースをテレビで見ながら一家団欒で夕食をとることができる幸運を感じます。
この国難に当たってできることは限られているし、九州では節電しても意味がないそうです。でも募金など可能なことはした上で自らの義務を果たし、日常を送りたいと思っています。

==

ゆうくんさんから頂いたコメントに対する文章を金曜昼(つまり地震発生以前)には書いていながら三日間躊躇していました。

これを載せるのを「義務」とは言わないけれど、「日常」の一つとして行いたいと思います。

ところで、「とある飛空士」に関する私の文章が検索エンジンで上位に表示されるようになっています。
なぜそうなったのかは分かりませんが、日に数人の方がその検索で来て下さるようになりました。
今回で3件目です。折角なのでタグを付けることにします。

2/14 恋歌感想
2/20 追憶感想(但し半分以上は恋歌関係)

夜想曲、誓約、追憶アニメ、恋歌アニメと、次々に感想を書いています。
カテゴリー「とある飛空士」からどうぞ。


==

これは3/10にゆうくんさんから頂いた2/14の恋歌感想へのコメントに対する返信です。
文章が長くなったので、新しい日記とします。


>この作品への愛にあふれた人を見られて、とてもうれしいです。

私の周囲にこれについて話せる人が皆無で寂しい思いをしていました。
丹念に探せばネット上にコミュがあるのかもしれませんが、そこまではやっていません。
同好の士が現れてくれて嬉しいなあ。

>終わり方に、やや消化不良感があります。

5巻の半ばまで読んだ時点で、残りのボリュームからクレア奪還はこの物語の中では描かれないだろうと予測していました。
最期の数ページで簡単に記述されるだけということにならなかったのは良かったです。

でも、確かに「歌われた恋歌」はなんだかもやっとしていて、私が書いた感想でも言及するのに少し苦労しました。

タイトル「とある飛空士への恋歌」が「アリエルから『カルエルへの恋歌』」だけを指しているのだとすれば、最大のテーマがそれということになり、クレアからカルエルへの恋歌は主眼ではないし、ましてやカルエルからクレアへの恋歌は「とある飛空士『の』恋歌」なので更に埒外ということになるのかもしれません。

カルエルとクレアの恋歌を「状況」ではなく「心象」として描けば描くほど、アリエルのそれとのコントラストが強くなりすぎるから、あの程度で抑えたのではないかという気もするのです。


>続編とかありますかねー?
>あるとしたら、その後ではなく世界の謎に言及する話が見たいですね。
>たか号さんはどんなものが見たいですか?

「世界の謎に言及する話」ですか。
これはあの世界の構成そのものの謎のことでしょうか。それとも空族の土地など恋歌の中でまだ言及されていない領域のことでしょうか。

前者であれば、あの特殊な世界はニュートン力学や相対論ではあり得ない、存在できない構造なので、掘り下げて考えるとあちこちに破綻が出てくるような気がしています。

聖アルディスタがそのように創造した世界なのだとすれば、ではその聖アルディスタとは何かが次の謎になります。

単純ストレートに創造神であれば、その神の探求となって話がぶっ飛んでしまうし、SF的な仮想空間世界とか、誰かの脳内空間であればメタ的な話になってしまうので興ざめですよね。

難しいなあ。

そこまで大上段に構えなくても、「空飛ぶ島」の発生場所を探るとか、聖泉の底を探るとか、あの世界の構造に関する謎ってのもありですね。

後者であれば、一度クレア奪還の話(つまりは「その後」)が語られてその中である程度の謎が明かされ、その上で更に残った謎、もしくは新たに出現した謎をテーマにするとしなければならないと思います。

んで、私が望む続編はごく素朴には「クレア奪還作戦」なのです。

でもこれ、どれほど戦闘や外交、空族の土地の探索といった要素を盛り込んでも、ベースは「カルエルとクレアの恋の成就」であってそれ以外のテーマの入り込む余地がないから結末が見える平板な物語になりかねません。

エピソードは色々思いつきます。
・クレアがストックホルム症候群で空族に肩入れしてカルエルと敵対する
・空族第一皇子の急死によりマニウスが世継ぎとなる
・聖泉の噴出が絶え、その原因を探っていたら思わぬ事実が浮かんでくる
とかなんとかね。

直接の続編にはナナコの回顧録「空の果てのイスラ」と矛盾してはいけないという大きな縛りがあります。
回顧録の中にカドケスの同窓生との行き来があると記載されていて、それには当然カルエルとクレアも含まれているはずです。

ということは、クレア奪還作戦は経過はどうあれ平穏なハッピーエンドになることが確定しています。

これらを考えると「クレア奪還作戦」は書かれることはない、ちょっと嫌な言い方をすれば書く価値がないということになります

いやいや。
これは素人の浅慮であって、犬村さんにかかれば私なんかが思い及びもしなかった物語が紡がれるのかもしれません。それを期待します。

ただまあ、続きが書かれない可能性のほうが高いかなあと思います。
それは上に書いた価値がない云々のせいではなく、クレア奪還作戦は読者の想像に任せるという意味でです。

CALMPさんのつばさクロニクルも小狼、ファイ、クロガネの3人がもう一度旅に出るところで終わりました。
その旅で求めるものは違っても、恋歌でカルエルが奪還作戦に向かう姿とどこか似通っている部分があるように思えます。

壮大な物語の終わりは、ハッピーエンドめでたしめでたしよりもこういう形のほうがいいのかもしれないですね。

続きとして読んでみたいことがもう一つあります。

追憶から恋歌へは同じ世界観のなかで、視野が広がって時代が少しだけ下がるという転換がありました。
これを踏襲すると、視野に関しては世界全体が提示されたのでもう残るは空族の国、時代を下げるならクレア奪還作戦の後ということになります。

そういう物語ならばありえるのではないかと思っていますし、読んでみたいです。

例示すると、クレアが去ってマニウス治世となった空族の国のある少年(当然飛空士です)が、恋歌の中にちょろっとだけ出てきた未開土着民(あれ、何だったんでしょうね)の少女とひょんなことから空雷艇(飛空潜水艦)で聖泉の中を潜行することになり、そのとき空飛ぶ島が発生する場面を目撃する。
そして空族は空飛ぶ島を大幅に改造する技術を得て、宇宙に向けて旅立っていく。
その出立のときトラブルが発生して少女の働きで難を逃れるが、一緒にいくはずだった少女は島に残ることになる。
「必ず帰ってくる」という少年の言葉を信じて。

なんてのはどうかな。

タイトルは、そうですね「とある飛空士への慕情」とか。古臭っ!
他には「とある飛空士への憧憬」 あ、これ結構いいかも。(読めないと言われそう)


>最後に、映画の公開でまたとあるが盛り上がるといいですね!

そうですよねえ。
戦闘シーンも存分にあるだろうから、一般の人(こう言っちゃうと我々が特殊ってことになるのでアレですけど)にも受け入れられると思うんですけどね。
「大空のローマの休日」という煽りで宣伝すれば興味を引けるんじゃないかなあ。

問題は上映規模です。

ジャンプ系のアニメ(ワンピース、ドラゴンボール、ナルト・・)だったら全国津々浦々で上映されますけど、サンデーはどうかなあ。
テレビ放映無しの単発アニメ映画は厳しいですね。

せめて私の地元で上映されることを祈っています。


とある飛空士への追憶感想
本作品は先にコミック版を3巻まで読み、映画化情報に触れて、まだ出ていない最終4巻を待ちきれずにラノベ版を読みました。

「恋歌」の感想を書いた前回と違い、今回はここに来てくれた方もコミックか原作で内容を了解済みという前提でネタバレ込みで書きます。

>
とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)
(2008/02/20)
犬村 小六

商品詳細を見る


==(以下本文)

作品タイトルだけでも十分に、「ローマの休日」を意識しているという作者の言葉からも当然のごとく予想できるのに、読み進んでいてその予想されるものとは異なる結末を切望しないではいられなかった読者がここにもいます。

身分差別、人種・混血差別が含まれる物語は、その差別の克服というカタルシスへのベクトルが希求されます。しかしメインの二人のうちシャルルは差別されるほうであり諦観によって受け入れていますし、ファナは前半はシャルルに興味がなく後半は身分の違いを全く意識していないのでいずれにおいてもベクトルの向きが霧散してしまいます。
この構造が結果的に重いテーマを退け、全体として爽やかな印象を与えているのだと思います。

これでもかってくらい悲惨な生い立ちのシャルルが傭兵になってもささくれずにいられたのは幼い頃のファナとの出会いがあったからです。
その思い出を胸に秘めることで境遇に耐えることができたシャルルを幸運であったと考えるのは間違っているでしょうか。

ファナの心の変化は読んでいて実に楽しかったです。
自分が口にしたことへのシャルルの対応を「ごまかされた」怒るファナの、酔って「シャルルが踊ってくれない」とすねるファナの可愛いこと。
後者「踊ってくれない」は後のシーンにつながっていますし、直接の関連はなくても「恋歌」にもそれを彷彿とさせるシーンがあることを考えると、ただの戯れではない深い意味を与えてあります。

離別の場面をWikipediaで先に読んで知っていたのは大失敗でした。
文庫本カバーイラストを見てもその場面を描いていることがピンとこなかった私なのに。

であっても、あのラストシーンには単純に砂金を撒いたということ以上の意味が込められていました。
ファナを騙そうとする将校の言葉を無言のまま雄弁に打ち砕き、ファナを至福に誘(いざな)う崇高な行動だったと思います。

「追憶」が後の時代のノンフィクション作家が書いた本であるという最後に明かされる設定は、シャルルとファナのお話はこれでおしまいだよという作者犬村小六さんの強い意志の表れだと思いました。
脱出劇が長く秘匿されたこと、その後のシャルルが無名のままであったことはもう動かしようがありません。
つまり少なくとも表立って二人がもう一度出会うことはなかったことが確定しているのです。
更なる秘話としてそういうことがあったとしてもおかしくはありませんが、もう物語にはなりえないでしょう。

 あえて、そう、あえて考えれば、中央海戦争休戦前後にシャルルがファナの子供を何等かの理由で搬送することになり、届けた先で、ってこれじゃ完全に二番煎じだ。ww
 カルエルによるクレア奪還の際にどうのこうのということも考えられますけどね。

 そういった二次創作が作られていないかなあ。
 ただこういうことを考えるのは、シャルルの潔さ、ファナの決意を顧みないことだという異論もあるでしょう。

 暴走ついでに「恋歌」について言えば、やはりアリエルのことが気になります。
 アルバス社の社長として充実した人生を送ったことになっていますが、自社の飛空機をテスト飛行する空で何を思っていたのか。
 やはりもう一方の幸せも手に入れて欲しいです。
 -さよなら、わたしの王子さま が「恋歌」で一番泣けた台詞でした。
 こうやって書くだけでも泣けてくる。w
 クレアと一緒に戻ったイグナとのロマンスなんて、安直すぎですかね。
 イグナも妾腹とは言え元王子ですから。

ゲッサンの3月号を買いました。(私は普段はまんが雑誌は買いません)
でもコミック版の最終回は大きな絵で見たかったのです。
小川麻衣子さんの絵はキャラがちょっとだけ幼く見えますが、私はとても好きでした。
あとは4巻が発売されるのを待つのみ。

「追憶」が映画化されこの秋公開というアナウンスがされています。
でもまだ詳細は不明です。
どうせまた「全国公開」と言いながら、九州では博多止まりなのでしょう。
新海誠監督の「星を追う子ども」も現時点ではそうですもんね。
今のうちから、福岡に2回行くための貯金をしとこう。
配給会社の営業担当者さん、頑張って下さい。(このメッセージを本人に届けるにはどうしたらいいのかw)

2011/8/23追記

幸いなことに長崎でも映画が上映されることになりました。
さあ、何回見に行こうかな。10月1日開始です。
ところで、映画化に合わせて追憶の新装版が出版されました。
内容が一部変更、追加され、元の版のイラストが削除されています。
イラスト削除は映画のキャラと違うからでしょうか。ちょっと残念です。
キャラ違いのせいではなく、ラノベとは違う読者層狙いなのかな。
コミック4巻がようやく発売されます。9月12日予定です。

9/14追記 昨日4巻届きました



とある飛空士への追憶とある飛空士への追憶
(2011/08/09)
犬村 小六

商品詳細を見る
とある飛空士への追憶 4 (ゲッサン少年サンデーコミックス)とある飛空士への追憶 4 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
(2011/09/12)
不明

商品詳細を見る


それと、「とある飛空士への夜想曲」の上巻を読みました。
感想は9月に出版される下巻を読んでから書くことにします。
それにしても、夜想曲には「千々石(ちぢわ:雲仙市千々石町)」「波佐見(はさみ:東彼杵郡波佐見町)」という人物名、「戦艦島」(=軍艦島:端島)という炭鉱、「世知原(せちばる:佐世保市世知原町)」という基地名、もしかすると「音無(おとなし:長崎市音無町)」という隊名も、なぜか長崎の地名が頻出します。
宮崎、大分、福岡の地名もあるのですが、長崎のほうが量で圧倒しています。
犬村さんは宮崎県生まれだそうですが、長崎にも縁があるのかな。
舞台が帝政天ツ上の西の方だからかもしれないですけどね。
サクラコ・アトミカに出てくる「諫早(いさはや;諫早市)」「伊良林(いらばやし:長崎市伊良林)」も記憶にあります。(ここ、ちょっと自信なし。レヴィアタンの恋人だったかな)
笑ったのは美空の本名と同姓同名の女の子(今中学2年)が近所にいることです。

「サクラコ・アトミカ」の感想を5月頭には一応書いています。でも、内容に満足できないためまだUPしていません。
夜想曲感想の前に載せるべく、見直しをします。


(ここに書いていた妄想の文章は夜想曲の感想に移しました)



追記ここまで 



==(以下補遺)

ううう。
ここで終わるつもりだったけど、「恋歌」についてもう少し書きたいです。
ここから先は誰かに読んでもらいたいことというより、自分が書きたいことを書き並べます。だから、余程物好きな(失礼w)暇のある方だけどうぞ。

こう言ってはいますが、前回「恋歌」の感想をUPした数時間後にたった一人だけですが「とある飛空士」で検索して訪問して下さった方がいて、それがアクセスログで分かったとき本当に嬉しかったです。長いこと休んでいたせいもあって、このブログをたまにでも読みに来てくれるリピーターさんが全くいなくなり、一日数件のアクセスはどれも過去分の検索からだけなんです。やはり最新のを読んでもらえるのは嬉しいです。
今回のにもそれを期待するほど楽天的ではありませんが、たまたまではあっても、今ここに目を通しているあなたに感謝を申し上げます。

6冊連続して読んで読み返しは恋歌の5巻をパラパラとめくっただけなので、以下に書いている作品内容に関する記述が正しいという保障はありません。
犬村さんが本作に関して公表しておられる文章(amazonのコメントも)や、その他の情報は、Wikipediaの記述以外まだ一切読んでいません。
間違っていたらご指摘頂ければ幸いです。
自分でも気づいたら随時訂正します。

さて。


ーー(0)

前回の「恋歌感想」で以下のように書きました。

>伏線とその回収という点では緻密かつ周到という表現はできないかもしれません。
>あまりそれを意識することはありませんでした。

ちょっと言い訳しておくと「伏線とその回収」が色々しかけられていることは分かっています。
でも例えば伊坂幸太郎さんの作品を読んでいるときに感じるような「ああ。そういうことだったのかあ」という驚きが少なかったのです。

ルイスとアメリアがアリーメンを食べる場面は、マニウスから世界の情報を聞き出すための伏線になっています。
しかしアリーメンの美味しさがあまりにも強調され過ぎることのほうが気になってしまうので、パズルのピースとしては自然さがないと思うのです。

伏線はその部分を読んでいるときはひっかかりなくすんなり読み進んで、後になって「やられたっ!」と思うものがいいです。

「ああ。そういうことだったのかあ」と「なんだ。そういうことか」の温度差と言ってもいいです。

ーー(1)

日本人作家による小説には、宗教と軍事の観点が欠落していることがままあります。
しかし世界的に見ると、キリスト教圏でもイスラム教圏でもアジアの仏教圏でも生活の基盤が宗教である国、民族のほうが多いですし、軍事に目をつぶっている国なんて日本以外には殆どありません。

「恋歌」はこれらに正面から向き合っていると言っていいでしょう。

「恋歌」は(それがメインではありませんが)軍事を中心にストーリーが進行します。
ではありますが、カドケスの生徒が戦闘が恐ろしいもので怖いということを実戦に参加して初めて知るというところはやはり日本的な感性だなあと思いました。
あの学校では座学でも実習ても散々叩き込まれているはずなんですけどね。
勿論教わることと経験とでは雲泥の差があるのでしょうが。

宗教についてはシルクラール湖畔に立てられた墓標が十字架だったことから、創造神聖アルディスタの宗教がキリスト教をモデルにしているのだろうと推測されます。しかし、この宗教にはキリストに相当する存在がありません。十字架は何のシンボルなのでしょうか。
同類であるはずの空族の宗教はユダヤ教的なものなのかもしれません。
「追憶」でシャルルが拾われるのはアルディスタ正教会となっていますから、宗派が分かれていることも想像されます。

現実の宗教と相似形をしている必要はありませんから、細かい差異を問題にする意味はないでしょうが、イスラに教会があるのかどうか(私の見落としでない限り)言及がない点はやはり「日本の小説」だなあと思います。

アメリカの映画だと「未知との遭遇」とか「V」とか、地球外生命体との遭遇に際して必ずと言っていいほど宗教がからんできます。中には宇宙人にキリストの教えを広めたいなんて日本人から見たら独善的過ぎないかと思うような動機が描かれていたりしますけど。

宗教についてはもう一つ。
チハルが斎ノ国のミツオの実家を訪ねたとき、何と仏間がありました。
つまり、斎ノ国には聖アルディスタとは異なる宗教があるということです。
ではその宗教での創造神話はどうなっているのか。
漢字を使用し、日本的な人名を持つ斎ノ国と帝政天ツ上は、限りなく日本的な存在として読者のイメージを助けますが、世界観を評価する上ではあまり緻密とは言えないと思います。
世界構成はなかなか衝撃的でした。
平面世界とは夢にも思っていませんでした。
大瀑布については球体の惑星が真っ二つに割れて1300mずれているのだと思っていました。
空の果てのありようも想像の範囲外でした。
イスラが空の果てに突入するシーンは、前回の文章にも書いたように、まるで目の前でその現象が起きているような感覚を持って読みました。
20ノットということは、時速約37Km。比較的ゆっくり、でも遅くはない自動車並みの速度です。
湖が、学校が、町が次々に崩壊していくのを見送る気持ちを想像すると胸が痛みます。
と同時に、自分がその経済的損失を考えているのに気付いて少し可笑しくなりました。

海水はどうなのでしょう。空の果てで吸い込まれて、聖泉で噴出しているということですよね。でもしぶきを上げているという表現があって、あれ? はね返っているのかななんて思っていました。

それと不動星エティカの存在もちょっと都合良すぎなかあ。

自転、公転、天動、それに引力の影響、物質の構成、色々考えると頭が痛くなってきます。ww

そんなこと考えちゃ駄目なんでしょうね。
野暮な突っ込みはここまでとします。

ーー(2)

カルエル、アリエル、クレアの3人を除いて考えたとき、どのキャラが好きか。

これ結構難しい設問です。
これまでの私の嗜好の傾向から言えばシャロンかナナコなんです。
でもアリーとクレアがあまりにも輝いているので、ちょっと苦しいなあ。w
あえて言えば、アリーメンを食べているときのアメリアかな。

ノエル、マヌエルの二人を忘れちゃ駄目でした。
ミハエル父さんも。ああ、アルバス家は何て家族なんだ。

ーー(3)

ナナコが書いた「空の果てのイスラ」で、始めの方(巻末ではなく途中に挿入されている部分)に若干表記の揺れがあります。
最初それに気付いたとき、高校生の頃の日記か何かをベースにしたからだろうかと思っていました。
でもこの本はナナコが47歳で書いたことになっていますから、(作内かリアルかの)校閲のミスなのでしょうか。

ナナコが作家になることから「追憶」の作内作者も暗にナナコが比定されるのかなあと思いました。でも住んでいる国が違うし、年代的にもちょっと違いますかねえ。

ーー(4)

寮でみんなでじゃれあっているところなど笑いを誘う場面の表現は、シリアスな場面の表現に比べて少し文章の質が違うように感じます。
会話も砕けていて楽しいのですが、文章によって笑いがこみ上げてくるというよりは、その場面を脳内で無理やり想像して自分もその中に入っていくという操作をしなければ笑いに結びつけることができません。

最たるものがシズカ寮長がからんでくる部分です。
前回も書きましたが寮長の存在が浮いています。彼女が登場するシーンはそれまで読者が浸っていた世界を変質させ、まるで別の世界がむりやり割り込んできたような感覚を覚えます。

寮長悪い人じゃないし好きなのですがとある飛空士の世界ではその存在が異質過ぎるように思えます。
私がまだ読んでいない「レヴィアタンの恋人」での羽染静さんはどのような存在なのでしょうか。

ーー(5)

私が二番目に泣けた台詞は海猫(=シャルル)による -いるよ でした。

シャルルはファナのことをそれまでも、そしてそれからも誰にも言わなかったのでしょう。
でも自分と同質のものを感じたカルエルにだけは打ち明けました。
シャルルの言葉から何かを感じ取ったカルエルも、そこのことだけは誰にも話しません。

この機微は鈍感な私には一生分からないでしょう。

だも、だからこそ、「-いるよ」に込められたシャルルの思いに泣かないではいられないのです。

ーー(6)

前回の感想ではクレアのことに言及しませんでした。

クレアとファナ。
生い立ちが違っても少し似通った成長をした二人を比較すると、ファナがシャルルに本音をぶつける形で変わっていったのに対し、クレアはカルエルと出合ったことで変わりましたが、あまり能動的だったとは思えません。
だからどうということではなく、私はむしろクレア的変化のほうが好みなのですが、本来お姫様ではなかったクレアが貴族の娘だったファナよりもお姫様的存在になっているという図式は面白いと思います。

これは、シャルルがどうあがいても所詮ファナを手に入れることが出来ない存在だったのに対し、カルエルはクレアを「王子様として迎えに行く」存在ですから、クレアがお姫様になるのは必然だと理解しています。

それとね、森沢晴行さんのイラストによるビジュアルで言えは、私はやっぱりクレアが一番好きなのです。

クレアは自転車に乗る練習を一体いつどこでしたのでしょうか。
イスラでのはずはないからバレステロスの宮殿でですよね。
でも風の革命の後でのクレアがそんな心境になれたでしょうか。
革命の前、6歳から9歳の間と考えればつじつまが合うかな。

ーー(7)

クレアの風呼びの能力については何も説明がありません。
幼い頃その境遇から自然に対して感応できるようになったなど、取って付けたようなものでも構わないから何か説明が欲しかったです。
でなければカルエルに渡したペンダントのことも意味不明になってしまいます。

空の一族の創世神話に伝えられる「風呼びの少女」との関係についても直接の説明はありません。

このあたり、続編への「含み」なのでしょうか。
それならそれで歓迎ですけどね。
でも奪還作戦を描いた続編は書かれないんじゃないかなあ。
恋歌がアニメ化されて一般にも人気が出たら可能性ありですけどね。

聖アルディスタの剣、天空統べる王族の末裔と名乗る空の一族は、ユダヤ人的な性質(本質ではなくあくまでイメージです)を感じさせます。空族は風呼びの少女を2000年間待っていました。
空族にとってのクレアは、ユダヤ人にとってのイスラエルの地と同じ意味を持つことになります。
空飛ぶ島の名前が「イスラ」であることは決して偶然ではないと思います。(ほんとかな)

となると、クレアを単に奪われたとみなしていいのか、単純に奪還していいのかということを考えてしまいます。

こんなふうに本来考える必要のない相手の事情を慮ってしまうのは、(1)項で散々に書いた「日本的」な心情が私にも色濃くあるからでしょう。

ーー(8)

アリエルが銀狐の銃撃を受けた場面で、カルエルの台詞を読みながら、多分私以外にも多くの方がそうだっと思いますが、てっきりアリーは死んだのだと思っていました。

その場面もそうですが、他にヴァン・ヴィール組の生徒や、ミツオ、ウォルフが戦死するところでも、「これは嘘だよね。嘘だよね。何かの間違いだよね。誰かの夢だよね」と心の中でずっと思っていました。

ーー(9)

カルエルがクレアを奪還するために元皇子という立場と名前を最大限に利用するという設定は、王道と称される本作品の中で、読み手によっては好みが分かれるところではないかと思います。

従来の(何が従来のなのか具体的には思いつきません)王道作品では、主人公の個人的な努力とそれに惹かれた周囲の自発的協力によって目的を達成しようとします。

カルエルがやったことは政治的な策略です。
政治家や実業家そして一般国民を、騙してはいませんが、意図的に乗せているのです。

これは王道と呼べるのか。

偶発的、結果的に乗せたのであれば問題ありません。
意図的だったことがひっかかるのです。

というのは、カルエルの言動からみて彼にはこういう意図的な策略が似つかわしくないからです。空港でアリエルの見送りを受ける時点ですらそう思えます。
演説の前の様子は、もうこの期に及んでは肝を据えていてほしいなあと思います。

レヴァームからの帰路、何度も単身で聖泉に向かってクレアを取り戻そうと試み、都度それを阻止されたというあたりはいかにもカルエルらしいです。

カルエルがルイスに自分から「名前を利用する」と発言していますから、カルエルがまずは単独でそれを思いついたということを示しています。

ヒーローには清濁併せ呑む参謀が必要です。
具体的な方法はアメリアから伝授されたようですけど、カルエル単独ではなく仲間と一緒に思案した上で、何かヒントを貰って思いつき、実行に移したというのであったらよりリアリティーが増していたように思えます。

しかしあの奪還作戦の規模はバレステロスの国力を疲弊させるんじゃないかなあ。
政治家の思惑、実業家の利益、国民の熱狂があったとしても、女の子一人(随員はいるけど)を奪い返すコストとしては超破格ですね。
でもそうでなくっちゃね。

ーー(10)

さあ恋歌について語りましょう。

「歌われなかった恋歌」と「大空で歌われた恋歌」の対比。

先に後者から。
後者は実は3つあって、撃沈寸前のルナ・バルコ甲板上でクレアが聞いた風の歌と、奪還作戦に向かうカルエルの単座戦空機の翼が歌う歌と、クレア奪い返したあとにその空で「歌う」としている歌です。
これは同じものなのでしょう。

悲壮な覚悟をしていたクレアは、イグナが操縦するエル・アルコンの後部座席からカルエルによって投げられた言葉で救われます。
でも、ここで投げられた「生きろ!!」にしても、空族の船に乗り込むクレアが発した「待ってる」にしても、私個人的にはもうひとひねり欲しかったなと思っています。
全てを削ぎ落とした印象的な言葉ですが、あまりにも使い古されているような気がして。
王道ならではとも言えますけど。

本作を極々単純化して捉えれば「幼馴染の二人の間に割り込んだ別の女が男をかっさらってしまう物語」ということになります。
これ、恋愛ドラマとしての一つの王道ですよね。
ただこの構図の場合、最後に勝つのは普通どっちなんだろう。
幼馴染の女のほうのような気がするのですが。

だからこそ前者のあまりの切なさには身もだえするばかりです。

-さよなら、わたしの王子さま という台詞を比喩ではなくそのままストレートな意味で吐けるのは、私がこれまで読んだ数少ない物語の中で唯一アリエルだけです。

アリエルがカルに恋心を抱いたのは多分最初の出会いのときからなのでしょうが、それを自覚したのはいつなのでしょうか。
夜の寮で並んでブランコに乗って、部屋に戻り際に「バーカ」と悪態をついたときはかなりそれに近いとは思うのですが、これはカルに「クレアのこと好きなの?」と聞いた直後だからまだのような気もします。

カルエルの演説を聴いたあとなのかなあ。

空港で見送る場面。本人がもうはっきり自覚しているそのとき、姉や父もそれとなくではあっても気付いているんですよね?

アリエルが芯は強いけれどもう少し大人しい性格だったらどうだったかなあとも想像します。口の悪いところがなくて、すぐ暴力振るうこともなくて、でもちゃんとカルエルに付いていく。それでもカルエルはクレアに惹かれてしまうのでしょうね。

そもそもの好みで言えば私はアリエルのような性格の女性キャラにはあまり感情移入できないほうなのです。
でも、アリエルは別格だなあと思います。
カルエルに若干頼りないところがあるので、それを補ってあまりある安心感をもたらしてくれるからでしょう。

アリエルの人生を大きく変えたカルエルは、アリエルに何を与えてくれたのか。
カルがアルバス家に連れてこられなかったら、アリエルは二人の姉と同じようにベラスカスの町で結婚して貧しくつつましいけれどそれなりに賑やかで幸せな人生を送ったはずです。

どちらが本当に幸せだったのか。

こんな問いには意味がありません。
でも、問わないではいられません。

その上で、アリエルはカルエルと家族になれて一緒に過ごせて、だからこそ、たとえ恋歌を歌うことができなくてもそれを受け入れたままで幸せだったのだ、と思わないではいられません。

お嫁さんを連れて戻ってきた義兄を満面の笑みで迎えたに違いないのです。

そうですよね? 犬村さん。


とある飛空士への恋歌感想
とある飛空士への追憶 全1巻
とある飛空士への恋歌 全5巻

3連休での4冊を含めて6冊一気に読了。
追憶についてはいずれ別項を立てるにして、今回は恋歌について。

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)
(2009/02/19)
犬村 小六

商品詳細を見る


今頃感想を書いても検索にもかからないだろうし、ここを読みに来てくれる人もいないでしょうけどね。

いやはや面白かった。大人でも十分に楽しめます。

べた褒めする前に、ケチ付けを少し。(我ながら嫌な性格だw)

・情景描写が類型的で何度も繰り返すうちに新味がなくなる。
・軍事関係の特殊用語が説明なしに頻出する。(直掩、鹵獲など)
・寮長の存在が全体の中で浮いている。(別物語の登場人物とのこと)
・学校の二期生、三期生はどうなった?
・イグナが最初からカルの正体を知っていたのなら初期の行動の説明がつきにくい。
・イスラ空挺騎士団団長はなぜ自分の息子の方を先に動員したのか?

このくらいかなあ。
あ、それとラノベのお約束なのか本文内イラストはジャストのページに挿入されているので読むリズムに合ってとてもいいのですが、文庫本カバーのイラストがその巻のハイライトを端的に表していて読む前からその部分だけ想像できてしまうのが残念。
これは罰当たりで贅沢な残念です。w

さあ褒めよう。
極力ネタバレしないように書きます。

政治、軍事、外交、経済、社会、歴史、革命、貧困、階層、冒険、自然、物理、天文、地理、家族、料理、愛憎、恋愛、学校、師弟、友情、生死、成長、喪失、宗教、神話、超常現象、ありとあらゆる要素が濃淡はあるにしても渾然一体となって織り成す、笑いあり、涙あり、切なさあり、希望あり、大スケールの物語です。

読んでいて何度も(いい意味で)裏切られるますが、決して読者を裏切りません。
非常に特異で独創的な世界構成は徐々に明かされてきて、そのクライマックス部分に到達する下りは圧巻です。あり得ない現象がまるで眼前に展開されているような錯覚を覚えます。
しかも鋭い洞察力のある読者なら最初の頃に示される情報からその世界を想像することも可能なのです。(残念ながら私の想像は間違っていました)

登場人物は魅力的です。
安っぽい物語には作者の意図が見え見えの姑息な悪人や裏切りが登場しますがそれもありません。
それぞれがそれぞれの信念、利益、哲学に従って、もしくは抗いようのない状況に苦しみながら行動しています。

何よりもアリエルがすばらしい。
ごく普通の少女なのに、彼女の言動や葛藤、そして彼女の存在がもたらす安心感がどれほどカルの成長を導き、読者を惹きつけるか。

伏線とその回収という点では緻密かつ周到という表現はできないかもしれません。
あまりそれを意識することはありませんでした。
印象的だったのは9歳のカルが乗っていた自転車です。単に恵まれた環境を表しているだけと思っていたら。

私が好きな場面の一つに空族との外交交渉があります。
外交は戦いなのです。戦闘は外交の一部であって、外交交渉は彼我の戦力、戦果を背景として行われます。戦闘で勝っても交渉で負けたら意味がありません。
その交渉が分かりやすい形でしかもスリリングに描かれています。

そしてタイトルに込められた恋歌。
この「恋歌」の意味についてもっと書きたいけれど、少しでも具体的に書くとネタバレになるので自重します。

ラノベ好きでこの作品を知らない人はいないでしょうが、ボリュームにひるむなどしてまだ読んでいない場合は是非。
そしてこれまでラノベなんか読んだことないという人にも是非。

但し、「追憶」を先に読むことを強くお勧めします。

==

恋歌に関しては、次に書いた「追憶感想」の後半でネタバレ込みの長大な感想を書いています。
夜想曲、誓約の感想を含むカテゴリー「とある飛空士」でどうぞ。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。