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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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君の名は。 感想
「映画 君の名は。」を公開2日目2016/8/27に見ました。
まだ一回だけです。    (2016/09/19時点で5回)(2016/09/24時点で6回)(2016/12/22ようやく7回)

興業収入ランキングで初登場一位だそうで、感慨深いなあ。
それについても色々言いたいことがある(※1:2016/09/22追記に書きました)のですが、それ以前の問題として。

感想がまとまりません。   困ったもんだ。(笑)

あることを対象に考えたとき、それをを肯定する気持ちと否定する気もちが同時に又は交互に被さるように現れて、どちらが自分の本当の気持ちなのか分からなくなっています。

まとまらないなりに、文章にできた部分を順次アップしていくことにします。

映画を見る前に書いた小説の感想はこちらです → 「小説 君の名は。 感想」

まず考えたのは「これまでの新海作品を見たことがない、知らない状態で本作を見たらどう思っただろうか」ということでした。
その場合、多分ですが、絶賛していたのではないかと思います。

しかし私は過去の作品を知っています。見ています。

そして少なくとも「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」「秒速5センチメートル」3作品と通底するテーマ、エッセンスを感じることで「比較」という余計な意識が発生してしまうのです。
これら3作品で最終的に放置(放置という言葉は正しくありませんが、一応そうしておきます)されていた部分が、本作品では回収、解決されました。
それは距離の問題であり、失われた記憶の問題であり、それによって再び会いまみえることができなかった二人の問題です。
本作の瀧と三葉はラストシーンで(完全にかどうか明確ではないけれど)記憶を取り戻し、ついに対面を果たしました。

私が以前の3作品を気に入っていた最大の理由は、「放置」されていたからなのかもしれません。
但し「悲劇的ではない形で」という条件が付きます。3作品はこれは満たしています。
放置されていれば、見終わった後にその続きを色々想像することができます。
作品として表現されている範囲に浸ることもできるし、その先を考えて勝手な自己補完することも可能なのです。

しかし本作品では放置されず解決してしまいました。
それは本来ハッピーエンドの物語が好みの私にとってとても好ましいこと、嬉しいことです。
だけど本作品に限って言えば、解決したが故に完結してしまい、もうそれ以上想像の余地がありません。

例えば秒5だと最初に見てから10年近く、何度見てもその都度の解釈、受け取り方が生まれ、考え続けることができます。
年に一度か、半年に一度程度でも、DVDを引っ張り出してまた見ようという気になります。(実際、その程度の頻度で繰り返し見ています)

本作は「瀧と三葉、二人会えてよかったね」で終わってしまうので、ブルーレイを買ったとしても、一度見てその後に再度見ることはしないんじゃないかなあという予感がするのです。

2016/08/31 以下随時続く

==

今日の仕事帰りに2回目見てきました。1100円の日でしたから。
平日なので学校帰りの高校生カップルが結構いました。

今回は時点に注意して見ました。
時点がコロコロ変わるので、最初に見たときは少し付いていけなかったのです。
今回は前回よりも感動が大きかったような気がします。
これで映画の全貌が頭に入ったから、次回以降は色々細かい観点で見ることができるでしょう。

2016/09/01

==

2016/09/04

タイムテーブルを作ってみました。

見にくいのはご容赦を。
気が向けばもう少しましにしてみますが、HTMLのタグなんてもう何年も触っていないから表の作り方を覚えていないのです。
それに、内容に間違いもあるかも。

結構、この種の情報があるみたいですね。
この表は一応独力で(要するに記憶の範囲で)作りましたが、一部情報にカービィくんさんのサイトを参考にしています。
後でお礼に行こう。←行ったんだけど、あれ? 失礼があったらごめんなさい。

三葉時間三葉出来事瀧 出来事瀧時間
2013/9/4三葉と瀧入れ替わるようになる。瀧と三葉入れ替わるようになる。2016/9/4
    
    
    
2013/9/E口噛み酒をお供えに行く。←お供えに行ったのは瀧2016/9/E
    
2013/10/3三葉東京に行き、
中学生の瀧に紐を渡す。
三葉髪を切る。
瀧、奥寺先輩とデート2016/10/3
2013/10/4彗星災厄。三葉死亡。
中学生の瀧東京で彗星を見る。
 2016/10/4
2013/10/4彗星災厄。
三葉死亡。
中学生の瀧東京で彗星を見る。
 2016/10/4
    
    
  瀧、司、奥寺で岐阜へ2016/10/xx
2013/10/4三葉、瀧と出会う。
父を説得し、町民避難。
瀧ご神体で三葉の酒を飲む。
三葉と入れ替わる。
町民避難プランを作成。
ご神体のクレーターで三葉と出会う。
↑の翌日
    
    
    
    
  瀧、就活中。
奥寺先輩と会う。
2021/10/4
  勅使河原+早耶香を見かける。
東京、降雪。
2022?/冬
2022/春四葉高校生  
2022/春三葉、瀧と再会瀧、三葉と再会2022/春


==

2016/9/5

台風12号のせいで午前中出勤停止になったので、どうせ昼から出社しても大したことできないしと一日休暇(有給はあり余っているのです)にして、3回目行ってきました。
平日の昼間。少ないかなあと思っていたら、大学生らしいのが沢山来ていました。
そんなグループに前後左右を挟まれて一人。(笑) まあ、そんなの平気ですけど。

1回目は上から2列目、2回目は前列(前が通路の席)、今回は上から3列目。いずれも真ん中です。
大きなスクリーンなので前列では端の方まで目が届かない。

今回は瀧と三葉の心の動きに重点を置いてみました。
でもやはり、何がきっかけになって「好き」になったのかは、まだよく分かりません。

細かい点として、町長選の演説の場に「高山ラーメン」のあの車が停まっていました。
3人で宿に泊まった夜、奥寺先輩がタバコを吸っているシーンで、地元の人が手前を歩き過ぎるのが、あれ? 誰かの親戚?
電車の描写は以前からずっと緻密なんだけど、東京の道路を走っている車は少し形式的かなあ。
後で改めて書きますけど、御神体に対する瀧の畏敬の念が感じられないのはなぜ?

==

2016/09/12 

今朝Yahooに載ったこの記事

爆発的ヒット『君の名は。』 昔からの新海誠ファンが抱く複雑な感情とは?

こっちのほうが記事の背景がわかりやすいです。 → ITmediaビジネスONLiNEの元記事

以前からの新海ファンお二人の対談なのですが、多くの部分に共感できます。
(対談というより、インタビュー記事でした)
ここに載せるべく書き進めていた文章の内容とかなり重なっています。
意見を異にする部分のほうが少ないのです。

やはり、旧来の新海ファンの感覚は似ているのでしょう。

それにしても、このページはともかく小説感想のページは検索で来てくれる人が今月一週目までは結構いたのに、ここ数日はとんと。
感想ページが増えてきて、検索で表示される順番がずり下がってきたのかな。

==

2016/09/13 追記

この項は内容的に加納本を読んでから書いたほうがいいのかもしれません。
加納本には三葉の両親の話など含まれているのでしょうか。
三葉の両親も若いときに入れ替わりを経験していた、そしてそれを忘れていたのではないかと想像しています。(もしこの内容が加納本に無いのであれば、二次創作のネタにすることができそう)
しかし加納本は9月頭の現在ネット書店は勿論、地元の本屋にも在庫がなく、9月末にならないと入手できそうもありません。
オークションで買う手もあるけれど、値段が高過ぎます。
とりえず加納本の内容を知らない、他の情報も殆ど読んでいない、映画しか見ていない状況で書いてみます。

君の名は。に描かれている出来事は、何者かの見えざる手によって起された。
私はそう思っています。

ここで言う「何者か」は新海監督など現実の存在ではありません。
そういうメタ的なことではなく、物語世界の中での存在を指しています。

但し条件があって、ティアマト彗星の分裂と糸守への落下はその何者かを超えた出来事であるとしておきます。

その「何者か」には2つの可能性があります。
一つは宮水神社の御祭神です。(御神体ではないことに注意して下さい)
もう一つは「結び」です。

アニメで描かれている範囲では、後者「結び」のなせる業という気が強くします。
但し一葉婆さんの説明を聞くと、結びは自然界もしくは世界・宇宙における原理、節理であって、極論すれば物理現象のようなものです。
物理現象とは言っても再現性がないので科学で解析することはできません。
また、結びには意志を含む「何等かの存在」はありません。

しかし宮水家で代々入れ替わりが起きていたことは、結びだけでは説明がつきません。
何者かの意志が働いていると見なすべきだろうと思うのです。

どっちにしろ、論理的合理的な説明は不可能でしょうから、アニメを見た人それぞれが勝手に解釈しても構いません。

なので以下は私の勝手な解釈に基づいて話を進めます。

アニメの中で発生した一番強い結びは、瀧が三葉の口噛み酒を飲んだことです。
口噛み酒は三葉の半身です。
それを飲むことで瀧は三葉の片割れとなり、三葉は瀧の片割れになりました。

結びによって、時は捻じれ、絡まり、戻り、またつながるのだそうです。

つまりこれによって「時間に変化が生じた」と解釈することができます。

もう一つ重要な結びがあります。
それは彗星厄災の前日に三葉が中学生の瀧に紐を渡したことです。
これによって瀧と三葉の「入れ替わりが起きるようになった」と考えることができます。因と果が円環になっているのは、時間が捻じれているからです。

ただこの解釈は、代々の入れ替わりを説明できません。
各世代で色々な結びが起きて入れ替わりが発生していたと考えることも可能ではありますが、口噛み酒を飲むことに匹敵する結びが毎回起きることはありそうもないです。、

それを説明できる唯一の存在は宮水神社の御祭神だと思います。

そもそも宮水神社とは何でしょう。
繭五郎の大火で資料が焼失したせいでその謂われを知る人はいません。

しかしあのクレーターの中心部に御神体があることから、前回1200年前の彗星厄災をきっかけに当時生き残った人達が建立したものであることは間違いないでしょう。

と言っても、映画を見た範囲では「どれが御神体」なのかはよく分かりません。
クレーター中心部にある巨石がそうなのか、その内部にある祠に何か入っているのか、あの空洞の奥に何かあるのか。

いずれであっても、前回1200年前に落ちてきた彗星の欠片なのだろうと思います。
(あれ? 彗星って氷と砂礫みたいなものの塊だから巨石は違うのかな。ま、いいや)

厄災をもたらしたものを御神体にするでしょうか。

実は悪さをなしたモノを御祭神にすることは珍しくありません。神として祀り上げることでそれ以上祟りをなさないようにするためです。
菅原道真の天満宮なんかがそうですよね。お岩さんのお岩神社も同系かな。
亡くなった人が御祭神の場合御神体が何なのかは、私には知識がありません。
一般的な鏡とかがそうかなとは思います。

これとは逆に、山や川、巨石など自然物を御祭神とするケースもあります。
山は噴火、川は氾濫など、恵みと同時に災いももたらすことがあるのでそれを鎮めるためということでしょう。
巨石は、それが悪さすることはないだろうから、畏怖の念からお祀りするということでしょうか。
この場合は先に御神体ありきで、後から神様が関連付けられて御祭神となります。
代表例は富士山の浅間神社(せんげんじんじゃ)。
富士山が御神体で、富士山を神格化した浅間大神(浅間神)、または浅間神を記紀神話に現れる木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)と見てこれを祀っています。

ということは、宮水神社も彗星の欠片を御神体とする何等かの人格神を祀っているはずです。

ここまでは民俗学(いや、民俗のカテゴリーじゃないよなあ。でも神学、神道学なんて言うのも憚られるし)の範囲で、素人なりに考えたことです。

ここから先は妄想の領域に入ります。

宮水神社の御神体は、彗星の欠片です。
神として祀られ、神格(人格)が与えられたことで、御祭神としてその意志を持つことになります。

で、多分、母体である彗星の次回回帰のときにもう一度災厄が糸守を襲うことを識っています。(私の勝手な設定:笑)

詳しく書くととても長くなるので、以下の説明はかなり端折ります。

第二の災厄を止めることはできないけれど、「その時」の巫女を動かすことで人間を救うことはできます。
そのパワーの源は口噛み酒です。
そのためには宮司である宮水家の巫女の血統を絶やさないようにしなければなりません。
その手段として宮水家を女系一族として代々の長女に入れ替わりを行わせ、その相手を婿養子とすることにしました。

入れ替わりの相手をどうやって選んだのかは不明。
神格を得て、毎年神無月(10月)に出雲に呼ばれるようになって、それで決めたのかも。笑

無事結婚してしまえば入れ替わり時期の記憶は不要だから、見合いの席、もしくは祝言のときにその記憶は封印されます。

しかし、三葉と瀧のときはこれと状況が異なります。
いよいよ本番なのですから。

それでまあ、皆さんご存知の経緯で二度目の災厄を回避することができました。

つまり結びという宇宙の節理と、宮水神社御祭神の見えざる手によって、瀧と三葉は出会ったのです。

でも二人は御祭神のことを意識しているようには見えません。
三葉はあの田舎から抜け出したいと思っていて、口噛み酒の神事の帰りにもそのことを叫んでいます、
瀧は御神体で三葉の口噛み酒を飲むとき、徳利が置かれている小さな社に全く気を留めません。
あの場では、せめて会釈だけでもするべきではなかったでしょうか。

だから、神様はちょっと意地悪をしたのです。
二人が5年半も再会することができなかったのは、そのせいなのです。

==

上に書いたことは、私の本当に勝手な解釈です。
出来の悪い二次創作のレベルです。
だからここを読んだ方、信じないで下さい。(要らない心配かな)

==

君の名は。の物語はSF的なファンタジーです。
でも取りようによっては普遍的な(それでいでファンタジーであることに変わりはないのですが)誰にでもある物語と見なすこともできます。

映画の最初と最後のところだけを考えると、ずっと誰かを探していた二人が、偶然に出会うことができたという「だけ」のことなのかもしれないのです。
全ての観客が、なぜ二人が互いを探していたのか知っています。
でも、二人はそんなことは知らない、覚えていないのですから。

つまり、自らの片割れを探している人達は、自分達が知らない、それこそ前世の、前前前世の出来事の結びによって、また出会うのかもしれないのです。

==

RADWIMPSの4曲。
映画を一回目に見たときの印象は「新海作品の歌としてはちょっとギラつき過ぎている」というものでした。

映画と切り離して考えれば、アレンジやメロディーはとても気に入っています。
実際、CDが届いてからはほぼ毎日、ずっと聞き続けています。
嫌いな歌だったらそんなことはしません。
この状態であと1,2回映画を見たら、馴染んで聞こえるのかもしれません。

しかし諳んじるくらい聞き込んでくると、歌詞の一部が気に入らない。

歌詞の言葉の抑揚が無視されているところ、言葉が旋律で分断されるところも結構あります。
特に「なんでもないや」が顕著かな。
でも今時の歌でそこにケチを付けてもしょうがないのでそれはいいです。
そういう歌は「行儀が悪い」「歌曲の作曲法を知らない恥さらし」と昔教わったことがあるのですが、それが当たり前になった現在ではもう通用しないのでしょう。
むしろ歌詞と旋律がマッチした曲を古臭く感じる場合すらあります。

また4曲は一部の言葉で互いにリンクしてあります。
それはよく考えてあるなあと感心しています。

でもね。
言葉の選び方、接続詞、語尾、その他諸々。
なんか違うんだよなあ。
相当回数聞いたのに、今でも歌詞の次の言葉を間違うことがあるのはそのせいかな。

言葉がザラついている印象があるのです。
それがギラついた曲に乗っているから新海作品で聞くと合わないという感想を持ったのでしょう。

具体的にどの言葉が、と書くと色々反論されそう。
全く個人的な好みの問題なのです。
← じゃあ、この項目書くなってことだ。 笑

==

2016/09/15

登場人物について

ビジュアルのことは置いときます。

君の名は。の登場人物には際立った個性を持っている人はいません。
これは過去の新海作品でも同じようなものです。
私達と同じ、ごく普通の人達と考えていいでしょう。
とは言え、それぞれ個性があることは確かです。

主役二人の個性は入れ替わりがあるせいで若干とらえにくくなっています。
入れ替わり中のほうがキャラが立った状態になっていますよね。

入れ替わりを扱った従来の物語では、入れ替わった当人達が同じ場所にいることが多いので、互いの行動にブレーキをかけてしまいます。
でも瀧と三葉は入れ替わり中は互いに干渉できません。
一応スマホに書き込んだ情報で牽制してはいますが、二人ともそれを無視して楽しんでいる節があります。

美術の時間に机を蹴飛ばした三葉(中身は瀧)のドヤ顔、バイト先で「女子力高いね」と言われたときの瀧(中身は三葉)の嬉しそうな顔。

こういった辺りが、観客から見ての好感度につながっているようです。
でも素の二人は、実はあまり特徴が見えません。

特に瀧。
強くないのに喧嘩っぱやいという評価があるくらいで、他には絵が上手、入れ替わっているときの活躍からスポーツは得意、行動力がある(自販機カフェのベンチとテーブル作り)くらいしか描かれていません。

三葉もあの性格であれば沢山の友達がいておかしくないのに、いつもつるんでいるのはテッシー、さやちんだけです。
これはストーリーを簡潔にするための演出なのか、それとも物語の中で三葉ができるだけ目立たないようにしているということなのか。

入れ替わることによってそれまで自覚していなかった自分の新しい面が出てきて、それ故に互いに惹かれていったということならもっと面白かったかもしれませんね。

この項続く

割り込みます。2016/09/18


今日加納本とビジュアルガイドが届きました。
急いで増刷したのでしょう。

それと、昨日17日にかみさんと二人で見に行きました。
私はこれで4回目。

別の日に友達と見ている息子と家で「君の名は。」の話をすると、「(まだ見ていない)私の前でその話はしないで!」と怒られていたのが、これでようやく解除されます。
君膵映画化の話をしているときでも勘違いして怒られました。w

実は8月に「傷物語2」をかみさんと見に行ったのです。
そしたら、阿良々木の腕がもげる場面で「うえーーー」っと、声には出さないまでもものすごい反応を見せていたので(連れてきて)「しくったー」と後悔していました。

かみさんは君の名は。には当初は興味を示していませんでした。
でも世間の反応が大きいことから、行く気になったようです。

帰りの車では、夫婦で語る語る。笑

「好きになったきっかけが分かんなかったろう?」
「えーっ。入れ替わるようになってお互いに理解しあって好きになったんでしょう」

「でも何で瀧なのかも」
「それは髪紐を渡したからよ」
「それじゃ因果関係が」
「そんなことはどうでもいいのよ」

うーん。
理屈で考える私と、感性で受け取るかみさんの違いかな。
面白い視点を与えてくれる。

「でもね。私の隣の方の大学生みたいな男の子、一人で来ててポップコーンをポリポリポリポリポリポリポリ。あれは騒がしい場面で食べて欲しいわ。ほんと、あったま来た」

映画とポップコーンの永遠の議論ですね。

その男の子は当初の30分で食べ終わったのか、そのあとは静かでした。
だからこそ、その30分間は休みなしにポリポリポリポリポリポリポリガサガサガサガサ。

尚、私も映画館でポップコーンを売るのは大反対です。
あれはアメリカの悪しき習慣だと思っています。
映画の演目で分けるとかできないのかなあ。(やんないよね)

RADWIMPSの4曲、ほぼほぼ歌詞が頭に入った状態だったので、見方(見え方)が随分違ったように思えます。

歌詞を知らない状態であれば、歌か画面かどちらかに集中しているつもりでも、意識はぶれるんですね。
だからどっちつかずになってしまいます。
歌詞を覚えていると、流れている歌は自然に頭に入ってきます。
自分でも口ずさみながら(声は出しませんけど)、画面に集中することができるのです。

で、気付いたこと、2曲目、スパークルかな前前前世だった、映画の歌詞はCDに収録されているのと違っていたんですねえ。
11月発売のタイトル未定というCDの紹介に「映画『君の名は。』主題歌「前前前世」「スパークル」のオリジナルヴァージョンを収録! ! 」とあるから、それに入るのでしょうか。

うーん。
まあ、これからDVDやブルーレイが出るときにも、こういう商売のやり方するんだろうなあ。
ブルーレイの初回限定版なんか注文殺到だろうから、よくウォッチしておかないと買い損ないそうだ。


2016/09/19

今日は高2の次男と行ってきました。
5回目です。

3連休の最後、台風の影響で雨、という条件からなのか、朝一の回なのに観客が多かった。

入場始まって最初の頃に席について、入ってくる人を見ていました。
カップルは少なくて、男女別のグループが多かったかな。
父と高校生なんてペアは皆無か。笑
2度目の息子(1回目は友達と行った)はチケット代さえ出してもらえればどうでもいいみたいです。

それにしても、どいつもこいつもポップコーン持ってやんの。
5人の家族連れなんか全員1つずつ。

覚悟していましたが、あまりポリポリは聞こえてきませんでした。
でも後半、かたわれ時の一番いい場面で左のほうからガサガサガサガサ。
他人と一緒に見る劇場では、これはあきらめるしかないのかなあ。

==
※1
2016/9/22追記

君の名は。大ヒットについて。

私はこのブログで「秒速5センチメートルone more side感想」(2011/5/26付)にこう書きました。

>私の今の夢は、劇場の大きなクスリーンで秒5を見ることです。
>個人貸切でそれを実現するのにどのくらい費用がかかるのでしょうか。
>権利者の許可が取れるのかどうかも分からないですけどね。


これを書いたのは「星を追う子ども」を見る直前です。
長崎での劇場公開は全国より一か月以上遅れた6月25日でしたから、見ることができるかどうか分からない時期、半分あきらめていた頃です。
それでも星は劇場で見ることができてよかった。
結局見たのは2回。その感想→星を追う子ども

その次の「言の葉の庭」は長崎には来ませんでした。
公式サイトに載っている劇場情報九州では福岡、熊本、宮崎、鹿児島。
配給を含めた映画というシステムが田舎者に優しくないことは判っていますし、東京の生活を捨てて田舎にUターンするときにそれは覚悟していました。
それと、長崎のTOHO,UNITEDの支配人さんのセンスが悪いのかな。

「言の葉の庭」は全国限定公開とほぼ同時に発売されたDVDとブルーレイを両方買っていて、実はまだ見ていません。 その経緯 → 新海誠監督インタビュー番組を見て

なぜ見ていないのか、自分でも分かりません。
劇場で見ることができなかったのはそれは悔しかったですが、だからと言って意地を張っている訳でもないのです。

PSPや3DSのゲームソフトには「買っただけで開けていない」ものが何本かあります。
これは「勢いで買ったものの、自分がゲームをしない人だと気付いて開けなかった」という、他人からは理解不能であろう理由があります。

「言の葉の庭」については、以下の回路が成立していたのでしょう。
1) 手元にあるからいつでも見ることができる 2へ↓
2) 楽しみは後にとっておくほうがいい 3へ↓
3) 今はまだその時期ではない 1へ↑

なので、君の名は。でユキちゃん先生を見たとき、それがどういうことなのかまるで判っていませんでした。

意地張りが全くないとは言えないか。
普通は劇場公開の半年後くらいにディスクが発売されるものですが、言の葉の庭にはちょっと特殊な事情があったのです。
DVD,BDが届いたとき、他の地区の劇場での上映は続いていました。
長崎でも上映されるかもしれない。
それまで見るのを我慢してもう少し待とう。
これがDVDとBDを開封しなかった最初の理由です。

……だけど、結局来ませんでした。
私はまだ待っているのかもしれないですね。

それ以前の秒5、雲、ほしのこえは勿論劇場では見ていません。

たまに、東京西部のどこかの町で秒5の上映会が開かれるなんてニュースが入ることもありました。
でも、地方でというのは覚えがありません。地方のイベントがニュースにならないだけなのかもしれません。

ということを考えたとき、君の名は。の全国一斉上映は隔世の感があります。
そして社会現象とまで言われる程の大ヒット。
色々な要因があるのでしょうが、その分析は専門家に任せます。

その結果としての新海監督の超メジャー化は、昔からのファンである私にとってとても嬉しいことです。
一抹の寂しさとかそんなことは我儘であって一顧だにする必要はないし、意味もありません。

しかし、ずっと考えていた「大きなスクリーンでの秒5貸切鑑賞」は夢に終わってしまうのかもしれません。

実はこの構想にはもう少し続きがありました。

権利者の承諾と、スクリーンを貸してくれる場所の問題はちょっと置いておきます。
市民会館何とかホールというレベルのちゃちな設備は想定していません。
これらはクリアできたと仮定します。

費用の問題も置いておきます。
これから書く構想を全て実現したとして、幾らかかるかなんか見当もつきません。
当てずっぽうで100万円としたとき、それは用意できない金ではありません。
だけど私の金であっても私が管理している金ではないので、管理人であるかみさんの了解というとても高いハードルをクリアしなければなりません。
かみさんを説得するくらいだったら、宝くじをせっせと買って当てたほうがましです。
だけどこの5年間、100万円の桁が当たったことはありません。(勿論それ以前も)
だから構想のまま、何の動きもしていなかったのです。

さて、その構想の全貌です。

a) 上映は2回とする。(1回は完全個人貸切として一人で見る)
b) あと1回は、数百円程度のチケットを販売して一般客も入れる。
 但し条件があり、上映中は飲食禁止。(ポップコーンを排除するため)
 上映開始後エンドロールが終わるまで出入り禁止。(トイレは仕方ない)
 未就学児の入場禁止。
c) その上映会に新海監督に来てもらい、挨拶、サイン会をお願いする。
 足飯宿代は全額こちら持ち。
 ギャラも出す。(交渉次第)
d) 日程は監督の都合に合わせて決める。(平日でもよい)

2011年もしくはその前の2008年の時点でこんなことを考えていました。
肝はc)です。

この時点では新海監督が一般には知られていない、秒5を知っている人も多くはないことに注意して下さい。
一般客を入れるのに数百円取るのは冷やかしを排除するためで、それによって費用を補おうとか、儲けようなんて気持ちからではありません。
秒5を愛する地元の人達にもスクリーンで見る機会を与えたかったのです。

つまりこの構想は「趣味の具現化」、別の言い方をすると「道楽」なのです。

新海監督に来てもらう件は、これまででも可能だったのかどうかは分かりません。
交渉だけでも、コンタクトだけでもするつもりはありました。

だけど。
君の名は。の大ヒットで新海監督が超メジャーな、雲の遥か上の存在になってしまいました。
これまでも著名人でしたが、レベルが一気に数段階上がったことは誰でも思うでしょう。

子供ならともかく無名の一般人が超有名人に個人的なお願いをしてみようという気には普通なれませんよね。
芸能活動をしている人(歌手や芸人さんなど)であれば、ビジネスとして話をすることは可能かもしれません。
それでもイベントの規模と芸能人としてのランクのバランスの問題があります。
あとは、テレビのバラエティでときどきやっている「あなたの夢を叶えます」って企画くらいかなあ。宝くじに当たるよりも分が悪そうだ。笑

夢は夢のままで終わってしまうのかな。

==

登場人物についての文章が途中のままです。

でも、ちょっとモチベーションが下がってきました。
Googleでの「君の名は 感想」でこのブログの表示が11ページ目。
これじゃ誰もここに来てくれません。
最近は一日に一人くらい、特殊な検索で来てくれるのがせいぜいです。

少し様子見しようと思います。
過去の経験から、あるとき急に上位に表示されることがあるのです。
君の名はでは難しいかな。

2016/9/22 ここまで

==

2016/9/24 6回目行ってきました。 報告のみ

あと一回で同一映画を劇場で見た自己タイ記録です。

==

2016/09/25 追記

今朝の読売新聞日曜版の1ページ目名言巡礼に掲載された写真は衝撃的でした。
詩人の永瀬清子さんの生家近くという岡山県赤磐市の田園風景が写っています。
青々とした田んぼのあぜ道を女子高生(テロップでは女学生)が一人で歩いています。
そのスカート丈の短さ、束ねていない長い髪。
meigenjunrei ← クリックで拡大 撮影は林陽一さん。読売の記者さんのようです。

読売新聞のサイトに元の写真がありました。
でも画質を落としてあるので、上のものとそれほどは違いません。
 → 永瀬清子「その時あなたが…」


ものすごく違和感のある組み合わせでした。(私の主観です)

赤磐市って全く知りませんけれど、岡山市の北東部、地図で見る限り田舎都市です。
彼女のような姿がそこでは「普通」なのでしょうか。
それともたまたま写真に写った彼女だけが「そういう存在」なのでしょうか。

そもそもテレビなどのメディア(コミックやアニメも含む)で定型化(記号化)されている女子高生制服のミニスカートは全国的にどの程度分布しているのでしょう。

私が住む長崎(長崎市近郊)では殆ど見かけません。
校則が厳しいのです。
緩い学校もあるようですし、校則を無視して短くしている子もたまにはいます。
だけどそれを見る地域の目は、表にこそ出しませんが「そういう学校」「そういう子」という扱いなのです。

といういことを考えたとき、三葉のスカートはどうなんだろう。
最初に見たときは「定型化」で短く表現しているのだろうと思っていました。

ところが加納本「君の名は。 Another Side:Earthbound」のP27にサヤちんが三葉(中身は瀧)に向かって
「あんた、スカートが長いなんて高校生女子としてのエスプリに関わる、みたいなこと言っとったやろ」
と言う場面があります。
つまり作品中では三葉の意思で短くしているのです。

岐阜市が舞台の「僕らはみんな河合荘」の河合律もスカートが短かったなあ。

実際の岐阜県飛騨市の女子高生のスカートはどうなのでしょうね。
現実の岐阜や、ましてや飛騨でも短いスカートが普通なのであれば、長崎なんか天然記念物生息地になってしまうのかな。
読売の写真に衝撃を受け、三葉のスカート程度ても短いと感じる時点で私はど田舎の住人ということかもしれませんね。

モチベーション上がらないと言いながら、あの写真のインパクトがあまりに大きかったので、長めの追記になりました。

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2016/12/22 追記

今日、7回目行ってきました。
これでようやく同じ映画を劇場で見た自己タイ記録です。
 これまでは「涼宮ハルヒの消失」と「コクリコ坂から」の2本。
 どれもアニメだ。実写映画はせいぜい見ても2回です。

前回が9/24だから三ヶ月振り。
こんなに空いたのは理由があります。
でなかったらもうその倍くらいは行っていたかも。

今日が学校の終業式だったからか親子連れが多くて、結構混んでいました。
このままいくと、千と千尋の背中が見えてくるのかな。

外国でも高評価になっているそうです。
でも画面の美しさはともかく、ストーリーに納得した上での評価なのかなあ。
特に欧米は論理的な捉え方をしますよね。

今日久々に見て、やはり理で考えると東洋的な、もしくは日本的な曖昧さが濃いような気がしました。

それにしてもこのブログ。
「君の名は。 感想」検索で相変わらず500番目以降にしか表示されません。
全く浮上しなかった。
だから9月以降、殆ど読んでもらえていません。
「アニメ 君の名は。 感想」だったら200番ちょっと。
でもわざわざ検索語に「アニメ」を入れることはないですよね。
私がこのページのタイトルを「アニメ 君の名は。 感想」にしたのは「小説 君の名は。 感想」と区別するためだったのです。
今回「アニメ」を削ってみることにします。(今更ですけどね)

ちなみに、ここ数カ月多く読まれているのはこんなページです。
ぼくは明日、昨日のきみとデートする 感想
  このブログの定番ページ。実写映画が公開されてからさらに閲覧数が増えています。
マチネの終わりに 感想
  検索で10番以内に表示されるので、最近とても増えてきました。
二度めの夏、二度と会えない君 感想
  こちらも映画化発表以降じわじわと増え続けています。
君の膵臓を食べたい 感想
  一頃多かったんだけど、検索順位が落ちたので減り気味かな。

なんて情報、こんなに誰も読みに来ないページに載せても空しい。笑

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2016/12/26 追記

ああ何だろうな、この感覚。
ある閾値を超えた社会現象が、自分の手が届かない遠い所で拡大拡散していくのをただ見ている。

違和感ではない。
疎外感でもない。
でもそれに近いもの、それらを混交したもの。

新海誠という人の作品が、これまで彼を知らなかった人に知られ、見られ、玩具になっていく。
悪いことではないし、悪いこととは言えないし、無邪気な反応ではあるのだろうけれど、ちょっとだけ拒絶しておきたい。

12月23日(金)に東京・新宿バルト9で行われたという発声可能上映イベントの実況記事を読んで湧いてきた感覚を言葉で表現するとこんな感じかな。



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秒速5センチメートルのパンフレットとポスター
映画秒速5センチメートルのパンフレットを買いました。
何と、これで3回目です。

以前買った2部はいずれも未開封品でした。
最初に1部買って勿体なくて封が開けられず、でも中身を見たいからもう1部買ったのに結局それも開けられなかったのです。
アホだぁ~。
2回目のとき、出品されていたのが未開封品だったせいもあります。

panf75.png


なので今回は開封済みのものを買いました。
それでようやく中身を見ることでできました。

このパンフレットは半透明の横長封筒に入っていて、裏側の開け口は桜の花びらの模した封緘紙で封がしてあります。
明里から貴樹への手紙を意識したデザインになっているのです。

ネット上の解説では「カード型リーフパンフレット」と表現されていました。
だからてっきりバラバラのカードが紙テープなどで束ねられた状態で入っているのだと思っていました。

今回初めて実物を見てびっくりしました。
確かにカード型なのですが、右側短辺が糊で綴じてあって一つの冊子になっています。
そういう構成は全く想像していませんでした。
引っ張るだけで外れるそうなので、カード型であることは間違いありません。
toji.png


冊子として見たときの裏表紙はハガキの表のようになっています。
ura_hyoushi.png


そしてその裏、内容としての最終ページには、引っ越していった明里が最初に出した手紙がそのまま印刷してあります。

「ねえ、タカキくん、私のこと、覚えてますか?」 で終わるあの手紙です。
akari_lett75b.png



これを見るだけでうるうる。
買って良かった。w

ところで、このブログにときどき「秒速5センチメートル パンフレット」といキーワード検索からの閲覧があっています。
その後数日以内にオークションにパンフレットが出品されることがよくあります。。
ずっとオークションにアラートをかけているのですぐ分かるのです。
多分ですが、これから出品するつもりの人が値段の相場を知りたくて検索してくるのでしょう。
3冊目を買ったのはこれに刺激されてなのかもしれません。

私が以前書いた文章ではパンフレットの値段については「あれ、高いんですよねえ」とだけ言及しました。
その文章のページはこちら → 「秒速5センチメートル one more side 感想」

オークションでの相場なんて、数多く出回っている物ならともかく、レア物とは言わないまでも
あまり出品されることのない物の値段は色々な要素で変動するから書いても意味がないかと思っていました。

でも出品する立場だけでなく、買う立場からもやはり目安があったほうがいいかなと思い直しました。
この道(秒5パンフレット購入道)の熟練者として、後進にその経験を伝える責務があります。ww

このパンフレットは、競りがあるかどうかも影響するので一概には言えませんが、
未開封品  4000円から8000円
開封品   800円から4000円(劣化の程度にもよる)
が妥当なところだと思います。

この値段は現時点で私が思うところであって、根拠なんかありません。
私が入手したときがこんなものだったということです。
ただし感覚的な幅を持たせています。
実際にこの値段の上限と下限で買ったのではありません。

もっと安く手に入るかもしれないし、どうしても欲しかったらこれ以上出しても惜しくないでしょう。
未開封品で4000円以下だったら絶対に「買い」です。

それに、未開封品を買って転売目的もなしに開けることができない私みたいなアホはそんなにいないだろうから、
値段に差をつける意味はあまりないのかもしれません。
今検索してみたら、開封品が4000円で出品してありました。即決5000円です。

新海監督のサイン入りは値段が跳ね上がります。
でもそれを買う人が現れるかどうかは別の問題です。

ちなみに、カバー裏に記載されている定価は税込600円です。

==

ついでなので、同じ秒5関連グッズの持ち物自慢をしておきます。w

秒速5センチメートルのポスターは3種類あります。
これはオークションに出る頻度がパンフレットよりも少ないです。

2冊目のパンフレットを買ったあとすぐの頃に、3枚まとめて出品されました。
それまで単品で出ているのはあっても、まとめてというのは私がウォッチを始めてからは初のことでした。

迷いました。
迷ったら迷っただけどうしても欲しくなりました。

正確なところは覚えていませんが、競った結果15000円くらいで落札しました。
1枚5000円ということになります。

たかがアニメ映画のポスターがですよ。
こんな無茶な入札は、後にも先にもこれっきりです。
だからこれが相場だなんて言いません。

開運何でも鑑定団に出したら「3枚で3000円、ざんねーん」とかいう結果になりそうだなあ、w

それでも構わないし、買ったことを後悔なんかしていません。
でも届いて一度だけ開いてみて、それっきりまた丸めて保存しているんだから、何のために買ったのやら。
つまり持っているだけで満足なのです。
だから転売する気は全くありません。

私が死んだあと、相続した子供が売ってしまうかな。
その頃金銭的な価値があればってことです。これは欲しい人がいるかどうかの問題なので、
時間が経てば価値が上がるという保証はありません。原画ならともかく印刷物ですし美術品でもありませんしね。
無価値になっている可能性もあります。

今回久しぶりに広げてみました。

神々しいです。
(写真の周辺に若干生活臭が漂っているのが申しわけない。ww)

PS1.jpg
PS2.jpg
PS3.jpg

2014/12/2 追記

10月に3枚が別々にオークションに出品され、それぞれ18,000円、11,500円、14,000円という値段で落札されました。
3つとも同じIDで落札されています。
つーことは、3枚で43,500円。ひえーーーーー!!

8月の3枚セットは30,000円でした。 これも私のときの倍だ。

すごいことになっているんですねえ。

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2016/09/17追記

君の名は。大ヒットで新海監督が一般にも有名になった影響なのか、秒5のポスターの相場がとんでもないことになってきています。
今日現在で過去30日の 「秒速5センチメートル ポスター」の平均価格は21,750円だそうです。
3枚かと思ったら1枚でらしい。ということは3枚で6万円超。

かみさんにそれを言ったら「だったらすぐ売りに出すべきよ!」
いや、あんたねぇ。売るわけないじゃん。




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「言の葉の庭」のDVDとBDが届きました。

ブルーレイ再生機器を持っていないから、DVDも買う必要があるのです。
合計で1万円だ。
こんなことするくらいなら、早いとこブルーレイ買えばいいのに。w
(その後、買いました。PCのドライブもBD対応にしました)

劇場上映は、博多から熊本と宮崎に拡大してきました。
どうして長崎はいつも遅いか、おいてけぼりなのかなあ。

DVDはまだ見ていません。

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私は鑑定団に出せそうなお宝は持っていません。

高校生のときに実家が引っ越しました。
新居が借家で狭かったので、古い道具類は生家の一室にまとめて残されました。
私の生家は明治期に建てられた商家だったので、面白そうな道具類が結構ありました。
広い神棚には大きな福助人形や蝦蟇ガエルの置物がありましたし、八角振り子時計、まだ使える真空管ラジオなんかもありました。
しかし老朽化して危険になった生家が解体されるとき、殆どの物も処分されました。

それから実家が2回引っ越しをし、私も東京に出たりしたので、僅かに残っていた古い物も都度処分されていきました。
私が東京に出るときに残していた数百冊のコミック本は、私に無断で古本屋に叩き売られて、家族のすき焼きに化けました。

あるとき実家に帰省したら居間に妙な物がありました。

「何これ?」
「お前の子供の頃のおもちゃ。少し残してあった」

あちこちに錆が浮いたブリキのバスとか、初期のプラレールの機関車などです。
それらのおもちゃは現在の実家の二階空き部屋で押入れに保管していたのだそうです。

その中に、NHK三匹の子豚ブーフーウーのビニール人形がありました。
私は全く忘れていましたが、実物を見て確かにこれを持っていて遊んだという記憶がよみがえってきました。
高さ10センチほど。3体揃っていてそれぞれちゃんと布製の服を着ています。

その頃鑑定団とかネットオークションはまだありませんでした。
なので懐かしい物ではありますが、ガラクタという認識でした。

それから数年が経ち、あれは相当なお宝だということに思い至りました。
それで実家に行ったとき探してみたのですが、みつかりません。

「あのおもちゃどうした?」
「ああ、もう邪魔になったから捨てた」

ギャース!

箱はないけれど程度が良かったし、1体で5千円、もしかしたら2万円程度、3体揃っていることでうまくいけば10万円くらいの価値があったんじゃないかなあ。

父が若い頃に買って持っていたソノシートのクラシック音楽全集も捨ててありました。
ソノシートコレクターが欲しがったかもしれないのに。

それと同じものらしい人形が横浜人形の家で展示してあるようです。
写真で見た印象は微妙に違うのですが、ほぼこんな感じでした。
画像検索すると服までビニールで作ったバージョンもあるようですが、やはり布製のほうが丁寧で高級な感じがします。

その写真は例えばここにあります。→
湖のほとりで 紫ききょうさんのブログ

でもこういうリンクをクリックする人はあまりいないから、写真をお借りして貼っておきます。
とりあえず無断です。え?
後で了解を頂きに行こう。

bufuu.jpg



==

唯一、かろうじてお宝と言えそうなものがあります。

明治製菓のカールおじさんで有名なイラストレーターひこねのりおさんの色紙です。
NHKみんなのうた「赤鬼と青鬼のタンゴ」の赤鬼どんと青鬼どんが踊っている図柄の直筆水彩画です。
チャリティー即売会で買いました。3000円だったかな。安かった。

このモチーフで多くの色紙が描かれているみたいだから、今でも買った当時と同じくらいの(金銭的な)価値しかないと思います。

その即売会には有名どころの漫画家さんなどの色紙が多数出品されていました。
でも、私が金を出してまで欲しいと思うものはあまりありませんでした。
欲しいものは高かったです。5000円とか1万円とか。
まだ存命だった森繁久弥さんの色紙には10万円という値段が付けてありました。(さすがにそれは欲しくなかったですけどね)

折角出かけてきたから何か買わなければという貧乏根性で、ひこねさんの色紙を買ったのです。
安いこともあったけれど、あの歌が好きでしたから。

これもネットオークションなどが出来る前のことです。

うわー。
写真を貼ろうと探したけど見つからない。
どこ行ったんだろう。
見つかったら後で載せます。

==

今回の台風4号は五島沖から長崎を通って九州を東に横断するという珍しいコースでした。
私はこの6月に入ってから21日までの時点で通勤の行き帰りで傘を差したことが一度もありません。
それほどの空梅雨ということです。

台風自体はもともと規模が小さかったし、五島沖で温帯低気圧になって消滅したから何の被害もありませんでした。
梅雨前線を刺激して少し雨を降らせてくれたから、むしろ良かったのかもしれません。

ところで、台風が接近したとき、私は二つのサイトのお世話になっています。

一つは国際気象海洋株式会社のサイトです。


ここは台風進路予想図が大きくて見やすいのです。
予報自体は気象庁が発表した内容になっています。

もう一つがアメリカ海軍のサイトです。


ここは当然全て英語なのでちょっと分かりにくいですが、「TC Warning Graphic」と記載してあるリンクをクリックすれば、海軍が独自に作成した台風進路予想図を見ることができます。
台風が同時に複数ある場合は「TC Warning Graphic」もその数だけ置いてあります。

ここの予想図のいいところは、予想進路をラインで表示してあることです。
気象庁の予報円は、結局台風がどこに行くのか、ある時刻にどの辺りにいそうなのかとても曖昧です。
それに比べて、ラインが描いてある予想図ではかなり具体的なイメージを持つことができます。(但し記載してある日付時刻は世界標準時になっています)

予報円によるあいまいで温い予報では、作戦計画立案に支障があるからでしょう。
しかも、私の印象で言えば海軍の予報は気象庁の予報よりも正確なのです。

今回の台風4号でも、気象庁は当初九州中部を中心とした辺りを横断する予報を出していたのに、その後南部寄りに修正しました。
ところが台風が九州の接近してきたらまた元に戻したのです。

海軍さんは当初から九州中部を横断するラインを引いていました。

台風4号の21日朝の予想図
wp0413.gif


==

6/16(日曜)、高2の長男が「俺、昼から出かけるから」と言い出しました。
当然かみさんが「どこ行くの? 誰と行くの?」と尋ねます。

(会話内容は、方言から標準語に補正しています)

長「さあ? 駅(長崎駅)ら辺? 誰って言っても分かんないでしょ」
か「名前くらいは聞いときたいの。それにあなたさっきわざわざシャワー浴びてたじゃない。怪しぃー」
長「べっ、別に。だって昨日シャワー浴びなかったし。言っとくけど、デートじゃないからね」
か「へえ、そう。あ、でもデートだったらちゃんとお母さんに言いなさいよ」
長「何でぇ?」
か「お小遣い余分に上げるから。飲み物代くらはあなたが二人分払わないとダメよ。まあ、基本は割り勘にして、全部払うことはないけど」

私「おい、ちょっと待て。どの口でそれを言う」

結婚前、かみさんは私に対して「原則奢ってもらう」を貫いたのです。
ごく稀に割り勘ということもありましたけど。
やったことと言ってることが真逆だ。

か「昔のことじゃない。今は今」
私「ひでー」

今更仕方ないんですけどね。orz

長男のお出かけ、今回は本当にデートではなかったみたいです。
既に彼女がいるというかみさんの推測も真実はまだ闇の中です。

でも本当にデートとなったとき、長男の葛藤は想像して余りあるなあ。w
小遣いの追加は欲しいけれど、それを貰うにはデートであることを白状しなければならず、そうなるとかみさんはありとあらゆることを聞き出そうとするでしょうから。

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大きな写真を貼ると、レイアウトが崩れますね。
あとで修正します。

新海誠監督インタビュー番組を見て 「言の葉の庭」
東雲すずめさんのイラスト集の紹介は前回の日記でそうぞ。
キャラ総出演のポスターが公開されたことを追記しています。

==

昨夜(2013/5/30)午後10時からBS日テレの番組「加藤浩次の本気対談!コージ魂!!」で新海誠監督のインタビューが放送されました。
インタビューというより、司会の加藤さんとの対談のような感じでした。
本日31日公開の「言の葉の庭」のプロモーションなのは明らかですが、テレビ番組で新海監督があれだけ自分のことを喋っているのは初めて見ました。

その番組があっていることは知りませんでした。
「あまちゃん」が始まる11時にはまだ間がありすぎたので、とりあえずつけた報道ステーションは相変わらず古館某の物言いが生理的に嫌で、他になにか見られる番組はないかと地上波からBSへとチャンネルを回していて気付いたのです。
なので最初の10分程は見ていませんが、大半は見ることができました。

面白かった。
加藤さんの話の進め方がいいんですね。

雑誌、ネットの記事や、DVDに特典として収録されている映像とは違う、これまで知らなかった新海監督の人柄がよく伝わってきました。

・「ほしのこえ」が売れたあと、当時付き合っていた女性と別れた
  これ、聞かれたからではなく新海監督が自分から言い出して、加藤さんは「私そんな話は振ってませんからね」と大受けでした。

・その少し後に知り合った女性と、何度か離れたりしながら結局は結婚した
  同棲はしていたらしいです。結婚を決めるときの「はっきり言えない」エピソードも面白かった。

・イスラム圏でも秒速が受け入れられている
  文化の違いはあっても、人の気持ちは同じだと。

・監督という立場だけど、どちらかというと上司がいて指示されるほうがいい
  この性格は、監督としてはある意味致命的なんだけどなあ。w

・2チャンネルで、人生でそれまで言われたことのない酷い悪口を初めて読んだ
  やはり悔しい思いをしたらしいです。

・作品を通じて観客と対決しているつもりだ
  ほしのこえは自分が作りたいものを作ったそうですが、それ以降は観客が何を望んでいるか、それに応えられるかを考えているのでしょう。

最後に「言の葉の庭」のことを「あの、もしよかったら見て下さい」的な言い方をしていて、加藤さんから「いや、宣伝なんだからもうちょっと。これが人柄かな」という感じで突っ込まれていたのがとても印象的でした。

インタビューの後、アナウンサーによる「言の葉の庭」の紹介で「明日から限定公開」と言っていました。

「限定」って何よ!! orz

九州では現時点では、例によって福岡だけです。
前作「星を追う子ども」が最初から全国公開されて、(多分)興業的にあまり成功しなかったからかなあ。(私ですらまだDVDを買っていません)

現時点で公開が決まっている全ての劇場で舞台挨拶とサイン会があるそうです。
やはり福岡まで見に行こうかなあ。
予告編を見る限りにおいてこの映画はヒットすると予感しています。
それから全国公開になればいいのですが、
うーん。つらいなあ。

ここまで書いて、公式サイトを見たら、Blu-rayとDVDが6/21発売予定だった。
うっそぉー。
つうことは、劇場では本当に限定公開なんだろうか。
むごい。むごすぎる。
予約入れましたけどね。

劇場アニメーション『言の葉の庭』 Blu-ray 【サウンドトラックCD付】劇場アニメーション『言の葉の庭』 Blu-ray 【サウンドトラックCD付】
(2013/06/21)
入野自由、花澤香菜 他

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NHKの朝ドラ「あまちゃん」は面白いですね。
毎日午後11時からのBSでの再放送で見ています。
その週のハイライトな内容になる土曜日分なんか、5回見たこともあります。
BS(朝)、地上(朝)、BS(一週間分連続)、地上(昼)、BS(夜)。w

何より脚本がよくて、散りばめられた細かいパロが笑えます。
これまでで一番受けたのは「ひろしです」かな。←そこかい!

役者さんもいいとこ押さえてるしなあ。
うちの子なんか、小泉今日子さんがアイドルだったこと知らないけど。

今放送しているアキちゃん高2の時点は、数年前の設定です。
これから話が進むにつれて、もっと色々な展開が出てくるのでしょう。

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占いとかあっち系のことが好きなかみさんが、最近知り合ったらしいアマチュアの占い師のところに行きました。
アマチュアとは言っても、見てもらうのは有料です。

誕生日と名前だけから占う人だそうで、だから本人がいなくても占うことができます。
家族全員分を見てもらい、それでも料金は一人分でした。

聞いてきたことをとにかく話したいのだけど、私は興味ないので聞く態度を見せず、それでもこれだけは言いたいということをかいつまんで(でも結局は濃く深く)話しました。

かみさんが一番言いたかったことは次のようなことです。

「次男はねえ。生まれ持ったものが、キムタクや松潤、ミスチルの櫻井と同じなんだって」

は、は、は、は、は。
笑う気にもなれない。(笑ってるけど w)

ついでに、占いによると成人してから両親の面倒をみてくれるのはその次男なんだそうです。


==

この4月にバスのダイヤ改正がありまして、現在の家を建ててから十数年間ずっと乗っていた最寄バス停始発の便が無くなりました。
私にとっては改悪です。その始発便があるからこそ、そのバス停近くに家を建てたという気持ちもあります。
実際には無くなったのではなく、もっと遠い所が始発になって、最寄バス停は途中バス停になりました。通過時刻は同じです。
それまで100%座って行けたのが、ほぼ100%座れなくなりました。しかも混む。
2つ前のバス停まで行って乗れば何とか座ることができるらしいのですが、定期券でそれをすると140円余計に支払わなければなりません。

元々うちの近くはバス路線が複雑に入り組んでいて、A社、B社、JR線と選択肢も沢山あったのです。
でもその始発便があることだけで、特定の路線限定の定期券を買っていました。

年度初めの4月はともかく、落ち着いてくる5月以降は少し乗客が減って座れないかと期待していましたが、むしろ増えてきました。
これでは定期券にしているメリットがありません。
だから昨日解約してきました。

早速今朝から従来とは違う会社の、しかも私の職場前まで乗り換えなしで行ける便に乗ってみました。始発便です。
いやあ快適。
でもバス停が遠く、これまで歩いて5分だったのが15分くらい、しかもちょっとした丘を越えなければなりません。
発車時間が遅いので、家を出るのはほぼ同じ時刻です。

雨の日はちょっとつらいかな。
なので、その日の天候や気分で乗るバスを決めることにしましょう。
雪の日はJRだ。

帰りの路線も好きに選べます。うちの最寄(5分圏内)バス停は4か所あります。
そのうち一番近いバス停は歩いて30秒なのです。(でも便数が少ない)


==

桜田淳子さん&松田聖子に意外な接点 NHK紅白で追悼共演ある?

↑zakzakのこのニュース。

芸能プロダクション幹部の話として
「音楽業界に多大な貢献をした相澤会長の追悼イベントには、桜田さんと、桜田さんに憧れた聖子の参加が不可欠。大みそかのNHK紅白歌合戦での復活共演もぜひ実現させてほしい」を伝え、「何よりの弔いになるか。」とまとめています。

この記述には追悼イベントと紅白での共演を同じものとしているのが別物としているのかちょっとあやふやな部分があますが、ニュースタイトルが「紅白で追悼共演」となっているので、そのように理解します。

冷たい言い方をします。

亡くなった相澤サンミュージック会長がどれだけ慕われ、芸能界にどれだけ貢献、影響があったとしても、その追悼を紅白で行うのは反対です。

彼はプレーヤーではありません。クリエーターでもありません。
業界(芸能業界)の裏方です。

広い意味ではタレントを見出して世に出したということでクリエーター的な働きをされたのかもしれませんが、一般視聴者には全くなじみがありません。

そんな人の追悼を紅白を舞台にしてやるのは視聴者にそれ(追悼)を押し付けることであり、間違っていると思います。

実際問題としてあの桜田淳子さんが出てくることはないでしょう。
しかしそれを発想してメディアに出した幹部の話はギョーカイ人の傲慢そのものです。

これを許すと、次は、「U,~しちゃいなよ」とか言っているあの爺さんのときも同じ動きが出てくる可能性があります。

追悼は業界関係者内部だけのことにして下さい。



天に唾してみる
同僚の家に不幸があり、6日午後6時からのお通夜に行ってきました。

その同じ斎場で、同時刻、西岡参議院議長のお通夜があっていて、野田総理が参列していたもんだから、周辺の警護が厳しいこと。

車で行っても駐車できないだろうと思って、かみさんに運転させて行きだけ送ってもらいました。帰りはバスです。これが正解でした。

西岡さんは、小沢さんなどと一緒に新自由クラブを作って自民党を飛び出した人で、今となっては小沢さんに直接意見を言える数少ない人でした。
フラフラしないで自民党にいたら総理になることも有り得た人です。
菅前総理の頃の歯に衣着せない物言いはニュースにもなっていました。
信念を貫いた政治家だったと思います。

==

映画「ステキな金縛り」の2回目見てきました。(多分もう行きません)
ネタバレになりますが、西田幽霊が最初に法廷に入ったとき、中井貴一検事がどんな顔をしているのか注目していました。
これ、初見の人には意味がないシーンなので絶対に見逃すのです。
検事はメガネを拭いていました。拭き終わったら、裁判長席の方を見ていました。

2chに「ラスト、草なぎくんが抱きしめるシーンで金縛りになればタイトルの意味も出てよかったのになあ 」という文章がありました。
同感です。

==

私はamazonのカスタマーレビューは斜め読み程度しかしません。
中には買う買わないの判断などに役に立つ情報もありますが、作品の感想は肯定否定ともにあまり参考にはしません。
しょせんは誰とも分からない匿名の評価ですから、結局自分で見て判断するしかないのです。
ましてや、すでに自分の中で評価がはっきりしている作品については読む必要を感じません。

ところが。
秒速5センチメートルBDインターナショナル版のページを開いたとき、一般版との違いを知りたくて、その時点で1つだけ載っていたカスタマーレビューを読んでしまいました。
そして、激昂してしまいました。

全体としては作品を評価しているのですが、用語の選択や論法に皮肉めいた揶揄が満ちています。
この人(奇跡の価値はpricelessさん)の本意は何なのかな。
いちゃもんを付けたいのだけど、それをするには論としての根拠に欠けるから、一見評価しているような素振りで、その実、この作品及びそれにはまっている人を貶しているのかな。

そう思っていました。
なのにさっきもう一度確認したら、文章が変更されているのです。
最後の一文を除いて、最初の内容からかなり薄めてあります。
でも読みようによってはより狡猾になっています。

こんな文章は個人ブログにでも書けばいいのに。

ははは。
つまり、天に唾するとは、自分でもこのブログに言いたい放題を書いているのに、自分が好きなものを他人が貶しているのは嫌だと表明するってとこです。
まあ、あの文章の最後の部分で「健全とは言い難い」と断定されているのが自分だと感じたからこその馬鹿みたいに単純な反応ですけどね。

さらには、上に書いた「人の感想は参考にしない」ってことも、最近の日記には本や映画の感想しか書いていない自分の顔に唾をかけているのと同じです。w

レビューの変更前文章は11/7にはGoogleのキャッシュに残っていましたが、11/8にはもう更新されてしまいました。
手元に残してはいるけれど、さすがに他人様の文章、それも訂正される前のものをそのままここに転載するのは遠慮しておきます。


「秒速5センチメートル」インターナショナル版- 5 Centimeters per Second: Global Edition - [Blu-ray]「秒速5センチメートル」インターナショナル版- 5 Centimeters per Second: Global Edition - [Blu-ray]
(2011/11/18)
不明

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11/9 追記
(11/8に上の文章もGoogleのキャッシュへのリンクを削除するなど少し修正しています)

今日昼にamazonを開いてみたら、インター版からレビューが消えていました。
昨日の今日というタイミングなのでびっくりしました。
でも私のこの日記を読んだから消したなんてことはありえません。

どうしてだろうと思って、一般版を開いたら、そこに移されていました。
当初の文章にはインター版であることを意識した部分がありました。その部分を削除する変更を行って一旦はインター版に残したものの、インター版に載せておく意味がなくなったと判断されたのだろうと推測しています。

頻繁に文章の修正を行う人のようです。
私が把握しているだけでも、秒5のレビューも3回書き換えが行われています。

(1) 2011/10/31 同人誌的アニメがインターナショナルとはね・・・。
(2) 2011/10/31 新海調、海を渡る?
(3) 2011/10/31 多くの男が成長過程で一度は通る道。 5つ星のうち 4.0
(4) 2010/08/13 しばしノスタルジックな気持ちに浸ることはできるが・・・。 5つ星のうち 3.0

このうち、2011/10/31となっている(1)(2)(3)がインター版にあったレビューのタイトルです。2010/08/13の(4)が今回一般版に移された際のタイトルです。
内容はほぼ同じですが、タイトルからも分かるように、後になればなるほど文章の過激さが薄められています。

(4)の日付が一年以上前になっている理由は分かりません。レビュー投稿時に自由に設定できるのでしょうか。

11/8から11/9にかけての間に移動(つまり削除と新規投稿)が行われたのは明らかです。
なぜなら、11/7時点で75個あった一般版のユーザーレビュー全てが私の手元にあり、その中にこの人の文章がないからです。現在レビューは76個になっています。

なぜ日付を操作したのでしょうか。
インター版と一般版両方を開く人が多いだろうから、新しい日付にして目立つと移動に気付かれると思ったのでしょうか。
現在の文章の内容からみて、インター版に残しておくより一般版に移動させることのほうが妥当だと思うのですが。

一つの可能性として次のように考えることもできます。
「元々は一般版のほうに2010/08/13にレビューを書いていた。インター版のページができたので、一般版のレビューを非表示にした上でインター版に新規投稿した。文章を変えているうちに、インター版に載せる意味がなくなったので、また一般版に戻した。だから2010/08/13の日付が残っている」
私はamazonのレビューはずっとずっと前に一度書いたことがあるだけなので、その操作については推測でしかありません。

ところで、私が最初に読んだレビューは(2)で、上の日記を書いたのは(3)の時点です。
そのとき反応した「この作品にあまり長い時間どっぷりと感情移入する男は健全とは言い難い」の部分は、現在は「悪い作品ではないが、男がこれに心酔し切ってしまうのはどうかと思う。大抵の女から見ると、この主人公はメンド臭くて気持ち悪いだけなのだ」に変わっています。
(1)(2)には「因みにウチのカミサンには、この主人公はただ気持ち悪いだけなんだそうだ」とありますから、ここにある「大抵の女」とはこの人の奥さんのことなのでしょう。

4つの文章を並べて読めば、この人の一方ならぬ文章力が分かります。レトリックを駆使して読者に自らの主張を受け入れさせようとしています。それは一部成功していると思います。
私なりに要約すると「見てもいいよ。でも、はまるやつはキモイ」かな。

動機が分からないんだなあ。
なぜこれを書く気になったのか。なぜ何度も修正をしているのか。

以下は想像です。当たっているはずがありません。w

想像1
本人はこの作品が大好き。
はまってて何度も見たい。
でも、一緒に見ていた奥さんが「この主人公キモイ」と感想を述べた。
「ああ、そうだね」と同意した。
amazonのレビューは奥さんにチェックされている。
だから、奥さんの意見に沿った文章しか載せられない。
その反動で過激な文章を書いた。
でも他の人から反論、突っ込みを受けそうと不安になった。
安心できるまで修正を加えた。

想像2
本人はこの作品が大嫌い。
貶したいけれど、自分で納得できる論拠が思いつかなかった。
何を言っても反論されそう。
それにファンが多いこの作品を下手に貶すと賛同が得られず、ビューアーベスト1000からずり落ちてしまう。
なので、一見この作品を持ち上げているような、それでいて嫌味たっぷり、反論しにくい文章を書いた。
最初は調子に乗って過激な文章にしたが、突っ込まれそうなので、オブラートに包むべく修正を重ねた。
それでもこの作品にはまっているキモイやつは貶しておく。

現在の文章、つまり(4)は一般版のページを開いて「星3つ」のリンクをクリックすれば読むことができます。

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(2008/04/18)
花村怜美、近藤好美 他

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いかんなあ。
ここまでくれば、ねちっこいストーカーだ。www

レビューへの反論はしません。

出版物であれば書き換えなんてできませんから、書く方もそれなりに最初から真剣に書かなければなりません。
でもネットで公開している文章をは、前提として日々変わることが込みですから、その意味でブラッシュアップするのは当然で、誠実な態度だと思います。この場合、以前の内容に不満を述べるのはフェアではないでしょう。
しかしamazonのレビューは「参考になった はい/いいえ」の投票があるので、しばしば文章を変えるのはちょっと問題ありかもしれません。
だから、今回遡って文句垂れるのは「あり」だと思っています。

その上で敢えて言います。

作品内容や、商売の仕方に意見を述べるのはご自由にどうぞ。
しかし、「他の人がその作品をどう受け止めるか」についての意見は、慎重になさったほうがいい。
あなたが不健全と認識なさるのは結構。でもほっといてくれ。
公共の場で「健全とは言い難い」と断定された人がどう感じるかまで想像を働かせてほしかった。


11/9追記ここまで

11/10追記

うわあああああ。また変わってる。ww
タイトルと最後の2行です。

(4) しばしノスタルジックな気持ちに浸ることはできるが・・・。
悪い作品ではないが、男がこれに心酔し切ってしまうのはどうかと思う。
大抵の女から見ると、この主人公はメンド臭くて気持ち悪いだけなのだ。

(5) 一見の価値ありだが絶賛するのもどうかと思う。
男がこれに心酔し過ぎるのはどうかと思うし、できれば主人公が一人の男と
して別の女性を幸せにするところまで描いて欲しかった気がする。

ここまで薄まってしまったら、もう噛み付く気になりません。
最初に読んだのが(5)だったらスルーしていたでしょう。

昨日追記した時刻の後に、正体の分からないリンク元不明のアクセスが2件入っていましたけど、まさかね。w

「別の女性」って言うと、花苗か理紗かそれ以外か。
どうかなあ。
コミック版ラストシーンはそれを花苗として読者の想像を誘導してはいますけどね。

貴樹がその後どのような人生を送ったかは、この作品と無関係です。
それこそ受け手の想像に任せているのだから。


星を追う子ども(映画) 感想
前回の日記でちょっと報告しましたように、6月25日からようやく長崎での上映が始まった新海誠監督の新作「星を追う子ども」を見ました。

新海作品を劇場で見るのは初めて。
今回は従来と違って新機軸というか、新しい分野とのことで、とてつもなく期待していました。

コンプリートは買っていたものの、我慢して開くことはせず、ネット上のレビューも全く読まないで、できるだけ白紙の状態で見ることを心がけました。


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(2011/05/20)
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ところがですね。
見終わっての感想は次のような散々なものでした。

・何もかも中途半端(ストーリー、設定、脚本、美術、編集)
・キャラも今一
・ジブリアニメの出来の悪いパロディーか?
・音楽、主題歌はまあいいかな

あまりのことに、上映が終わってまだ他の観客が残っている状態で、一緒に見に行った娘に対して「これ、一回見ただけじゃ理解できんぞ」と口走ってしまいました。

(良かったという感想ならともかく、否定的な意見を他の人もいる状況で口にするのはマナー違反かなと思います)

この作品は最低でも3回、気に入ったらそれ以上見るつもりでいました。
しかしなんだか気持ちが萎えてしまって、なかなか2回目に行く気になれません。
それでも、もう一回は見ておかないと後悔するかもという消極的な理由で30日に一人で行ってきました。

そしたらですね。
結構面白いのです。

不満点は前回見たときと同じで山のようにあるものの、そういうことには目を瞑って作品世界に浸ることができました。

どうしてかな?

ストーリーが頭に入っていてそれを追う必要がないから、余裕を持って見ることができたからでしょうか。
前回見落としていた部分、気づかなかった部分を把握できたからというのもあるでしょう。

ジブリアニメを彷彿とさせる点は
・風の谷のナウシカ
・天空の城ラピュタ
・猫の恩返し
・もののけ姫
・千と千尋の神隠し
など私が感じただけでもこれくらいあります。
コンプリートに掲載されたイラストの中に、一箇所だけ「ジブリ?」と新海監督のものらしいメモがあります。
「王道アニメ」を作ろうとすると、ある程度先行作品にかぶるのはいたし方ない面があるにしても、これはあんまりじゃないかと思っていました。

しかし二回目には殆ど気になりませんでした。
十分に咀嚼吸収しているとは思えませんが、若干微笑ましいというレベルで許容できたのだと思います。

あと一回見に行って、他に何か気づいたらここに追記することにしましょう。


余談

こんなこと書いていいのかな。

1回目にパンフレットとポスターを買って帰ったら、娘が「あのショップの店員さん、可愛かったねえ」と言いました。
残念ながら私は顔を合わせなかったので分かりませんでした。
「すんごい可愛いんだよ。『ありがとうございました』ってぴょこんって頭下げてまた上げたときの笑顔はきゅんきゅん物だった」

なので、2回目にリピータープレゼントを受け取りに行ってよく観察したら、本当に可愛かった。

TOHOシネマズ長崎の売店にいます。
時間シフトがあるのか分からないけれど、少なくとも夕方以降。
名前を書くのはまずいかもしれないので、ヒントだけ。

正規表現で「^と」だった。
すいません確信ないです「^は」かも。w

正規表現を知らない人は自分で検索して下さい。

その人を見たかったから2回目行ったのではありません。
ええ、決して。ww



秒5で検索上位になったのは
このブログ、一応匿名ですし、リアルの個人的お知り合いや友達にはURLを教えていないので、家庭内などの出来事を好き放題に晒しています。
ここの存在を唯一知っているのが娘のA子です。

「ふーん。このアクセス解析すごいね。何ヶ月か前は閑古鳥だったのに、最近はそこそこの人が来てる」
「そりゃお前、あれだ。俺の文章が優れて面白いからだ」

「運よく検索の上位に載ったからってだけでしょう?」
「いやいや、決してそれだけではない。何となれば、丁寧に他の日付のも読ん下さる人もいるからだ」

「下手なリンクでグルグル回されてるだけじゃないの?」
「失礼な」

「それにしても『秒速5センチメートル one more side』でGoogle6番目か。どういう姑息な手段を使ったの? 参考にするから」
「またまた失礼な。何もしていない。単に感想を書いてUPしただけだ」

「でも、前に涼宮ハルヒの消失の感想を書いたときは全然検索にかからなくて、殆ど誰も来なかったって言ってたじゃない」
「ああ、まあ、そういうこともあったな」

「何が違ったんだろうね」
「それはだな……。ごにょごにょごにょ」

「へえ、そんなことで」
「それで本当に効果あるのかは分からん。でも結果として上位になっている。次に書く涼宮ハルヒの驚愕の感想でも同じことをやってみるからそれで確認できると思う」

「こりずに書くんだ。それにしてもこれだけアクセスあるのに秒5関係全体でコメント0、拍手が2、あれだけ力入れて書いた one more side が拍手0って寂しいね」
「寂しくなんかないわい。読んでもらえるだけでええわい」

「無理してるねえ。素直にコメント下さいって書けばいいのに」
「……いや、内容に自信がないから……」

「優れて面白い文章じゃなかったの?」

==

内容以前に、あの文字数が問題なのではないかと。ww

検索で上位に表示される件は、とある飛空士シリーズ、xxxHoLic、秒5と成果が出ています。
企業秘密ならぬ私家秘密ですが、もし涼宮ハルヒの驚愕でも成功したら、公表するかもしれません。 < ライバル増やしてどうすんねん!

にしても、ここは最近本の感想だけになってしまいました。
私的なことを書いても読んでもらえないから、検索客目当てにそうなってしまったのでしょう。

秒速5センチメートル one more side 感想
<「羨ましい悲恋」としての桜花抄>

まず始めに著者である加納新太さんに最大限の賛辞を贈りたいと思います。
原作であるアニメ、及び新海監督自身によるそのノベライズ版との破綻を全く感じさせずに紡がれる物語は、まるで最初からセットで考えられていたか、もしかするとこのone more side のために原作があるのではないかと錯覚させるほどです。

小さな科白一つ一つにその言葉が発せられた意図、聞いた側の受け止め方を作り込んであるのには驚嘆しました。
手紙に書いた他愛ない語句に深い意味があり、貴樹の言った「そうかな?」と「そうだね」にまで意味があるのですから。
そして何より、明里の「秒速5センチなんだって」に込められた気持ちの美しさ。

明里という女性、というよりは女の子のありようは、明里本人によって書かれた文章で初めてその輪郭が明瞭になりました。

文章自体は大人になってから書かれたものですが、「今思えばあのとき私はこう思っていたのだ」ではなく、その時点時点で何を思い、何を感じているのかちゃんと自覚していることが伝わってきます。

こんな子供は、現実には稀です。
小説の世界にはよくいるけれど、そういった女の子は成熟の度が過ぎていて親や学校、社会に対してことさらに斜に構えた態度を取ったり自分を隠したりします。周囲をバカにしていて、はっきり言えば可愛くありません。読者はその可愛くないことを強制的に可愛いとの思わせられるので疲れてしまいます。

「現実には稀です」というのは少し嘘があります。
どんな小さな子供だって、物を感じ、考えています。
明里が稀であるのは、それを言葉として明確にしている点です。それも言葉にすることに限界があることを自覚した上でです。

いかんなあ。現実と小説をごっちゃにしてきている。w

岩舟駅のホームで貴樹を見送るシーンで明里が発する「貴樹君は大丈夫だよ」という言葉は私にとってずっと謎でした。
何が大丈夫なのか、なぜそれを言うのか、アニメ、小説、コミックどれを見てもさっぱり分かりませんでした。

そうだったのですね。
言いたいこと、伝えたいことは沢山ある。だけどそれを言葉にすると嘘になる、矮小化される、限定される。
だから何も言うことはできない。だけど伝えたい。
そういうときに最適な言葉が「大丈夫だよ」だったのですね。

「星を追う子ども」を紹介する2011年5月13日付産経新聞文化欄の記事で秒5のことを「男女の悲恋を驚異的な映像美で描いたアニメーション」と表現していました。記事のテーマが異なるし、文字数の制約もあるので仕方ないにしても、「悲恋」と言っちゃうのはどうかなと思いました。

第二話、第三話での貴樹の懊悩からそう見えてしまうけれど、私はそうでないのではないか、どこかに光明の見える物語ではないのかと思っていました。
ただ、その光明が何のかが分からなかったのです。

雪降る夜、桜の巨木の下でのシーンは、美しいファンタジーとして受け止めることにします。

意識を持った人類が生まれてから現在に至るまでに延々と繰り返されてきた恋愛という感情、行動が到達しうる一つの境地に、無垢なままで辿り着くなどファンタジーでしか有り得ないではないですか。

ずっと昔、映画「小さな恋のメロディー」がテレビ放映されたとき、解説の荻昌弘さんがそのラストシーンのことを少し困ったような顔で「これはファンタジーだ」と言いました。
あの映画自体は子供達が大人に反発反抗するという、作られた時代を如実に反映させたストーリーで、恋愛ドラマとしての精神的な深みが何もない駄作です。
でも、散りばめられた印象的なシーンには価値があります。
そして、結婚式を終えたダニーとメロディーが手漕ぎトロッコ(あの装置は本当は何という名前なのか知りません)で旅立っていくラストは現実には有り得ないハッピーエンドを美しいファンタジーとして描いたという意味があります。

秒5が桜花抄だけから成る作品であれば、あのキスシーンを頂点とした美しい「ハッピーエンドのファンタジー」として捉えることができるかもしれません。

しかし二人の時間は進行していきます。
最高のものを、それを願って意識的に得ようとした訳ではないのに手にしてしまい、もうそれ以上を望めないが故に結ばれない彼ら二人の関係を悲恋と言うなら、それはあのシーンにあの年齢で到達してしまったからなのです。

明里の文章を読んだ今となっては、この物語が悲恋なのだとしても、それは実に羨ましい悲恋なのだと思うようになりました。

この項は、桜花抄を読み終わり、コスモナウトを読み始めて間もない頃に書いています。

桜花抄は読むのに時間がかかりました。
あれくらいなら普通は2時間もかからないのに、通算で8時間以上(読み始めから読み終わりまで丸二日)かかりました。

やはり私は自分が間抜けだと思います。
one more side というタイトルから、当然「別視点」、つまりは貴樹ではなく明里の視点の物語であろうと想起すべきなのに、読み始める瞬間までそんなことは考えてもいませんでした。(別エピソードとか、少しだけ違う別ストーリーなどを想像していました)

なので、読み始めてすぐ自分の不明を恥じました。
そして読んでいてとても困惑しました。

すんなりと読み進めていくことができないのです。
理由は二つあります。

貴樹視点でしか知らなかった桜花抄を明里視点で読むことで、自分が当事者である出来事のもう一方の当事者の日記を盗み読みしているような気分になったことが一つ。

もう一つはそこに綴られている内容があまりにも貴樹の心情とシンクロしていて、この二人の関係性に対して羨望と嫉妬を感じざるを得なかったことです。

だから少し読んでは本を閉じて「はぁ~」と呼吸を整え、また改めて読むということを繰り返していました。

明里のものの感じ方、考え方は私の理想とはかなり異なっていることが分かりました。
性格や嗜好の傾向としては理想に近いのだけど、相手に与えるものと求めるもののレンジが私とはかなりずれているように思えるのです。

ああ、勿論こんなことを今の自分を基準にして考えているのではありません。
誤解のないように。w

私が明里と同世代で、彼女が転校してきたクラスに私がいたらどうだったろうなという実にくだらない妄想ですから。
それに異性に抱く理想像ってものは、現実にはほぼ間違いなく幻想でしかないことも知っていますから。

==

<「納得できる不可解さ」としてのコスモナウト>

アニメ版コスモナウトに出てくる異世界の風景は、予備知識なしに見ると理解不能としてスルーするしかありません。

私は小説版を読んでようやくその意味が判りました。
more版のコスモナウトではそれがさらに詳しく描写してあります。

一緒に丘を登っている女性は髪型や体型などから当然明里なのだろうと思っていたのに、誰だか分からない、もしかすると花苗かもしれないということでした。

アニメではこの時期の貴樹の心象はとても分かりにくいです。

まず、貴樹にとって花苗がどのような存在なのか。
寂しさを紛らわすためにそばにいることを許しているという感じではないし、校内放送で花苗が呼び出されたとき「お前の彼女じゃないか」と言う同級生に「彼女じゃないよ」と返す言葉から、ああそういう扱いなんだとも思えるし。

more版では花苗の存在が貴樹の中で揺れる様子が描写されています。
花苗の不幸は、貴樹が一度向こう側を知ってしまった人間であること、それによって求めるものを見失い、自分で何をしたいのか、何が欲しいのかが分からなくなっていたことです。

貴樹は、花苗が告白の言葉を口にすれば、貴樹の花苗への興味が「死んでしまう」というあまりにも残酷な理由でそれを封じてしまいます。

その瞬間に近い経験が私にも一度だけあります。
状況が違うので直接聞くことはなかったけれど、それは形だけ見れば私が逃げたようなものでした。
そのときの私の感覚は、同じような経験をした人の多くがそうであるように、単純に言えば「困惑」であって、言われる前からの拒絶ではありません。
貴樹の花苗への態度は当然その場面を迎えることを予想できます。
私もそうでした。でも、予想はしていなかったのです。予想していなかったというより、そういう場面が来ないことを期待していたのです。
私はそのとき自分が欲しいものは分かっていました。だから、何が欲しいか分かっていない貴樹とは対応が違ったのかなと思っています。(なんとなく論理的じゃない結論ですね)

次に、なぜ明里を見失ってしまったのか。
手紙が途切れてしまった理由が more版に書かれています。
桜花抄もそうなのですが、「言葉」に対する思い入れと、それとは逆に「言葉」にすることの限界とが繰り返し語られています。
手紙が途切れた理由もそこに拠っています。

でも、私、これには少し異論があって、途切れたのは単純に手紙を書くことに「飽きた」からではないかと思うのです。
いやまあ、そう言い切ってしまうと、桜花抄のキスシーンを経験した二人に「飽きた」なんて言い方は不遜に見えるかもしれません。

でもね、本人達も認識していた時間と距離の残酷さは、そういうことも起こしてしまうのです。
むしろそれが自然かなと思います。
小説作品としては「飽きた」なんて身も蓋も無い言い方ですますことはできないでしょうけれど。
私はそう思うので、手紙が途切れたことへの「言葉が云々」という理由は、その部分だけ納得していません。

つながっていた絆を、意図した訳ではないのに自ら切ってしまったことは、後付けで色々な言い訳を重ねさせます。
そのうちに、自分が誰に言い訳しているのか、なぜ言い訳をしているのかも分からなくなってきます。
残るのは何か大切なものを失くしたという感覚と、同じようなものを手に入れたいのだけどそれにはどうしたらいいのか分からないという感覚です。
そして喪失感の代償として、出すあてのないメールを書いては消すということを繰り返すのです。

そう捉えれば、コスモナウトでの貴樹の態度の不可解さ、切れるはずのない貴樹と明里の絆がいとも簡単に切れてしまった不可解さが納得できます。

more版コスモナウトを読んでいてハッとしたことがあります。
それは花苗が犬のカブと戯れているのを見て、貴樹が何かを思い出す場面です。
これは明里が猫のちょびと触れ合っているシーンのことですよね。
そういう発想はなかったなあ。

ロケットの搬送速度が「時速5キロメートル」だと言う花苗と、桜の花びらが落ちるのが「秒速5センチメートル」だと言った明里の対比に、カブとちょびの対比を単純に重ねれば、貴樹が花苗のどこかに明里の面影を探していたということになります。
私はそう感じたけれど、ちょっと違うかな。

あのロケット、アニメでは架空のメーカー名でごまかしてありましたが、more版でははっきり実在のメーカー名が記載されていました。
なんかちょっと嬉しかった。何故かって? それは秘密。w

ちなみに、私も離島ではないけれど九州で、生まれ育った町の高校生はバイク通学していました。学校で原付の免許試験を受けるのです。
でもこれは校区が広くて公共交通機関の少ない郡部に限った話であって、都市部の高校では勿論バイク禁止です。

この項は、コスモナウト読了後、第三話にはまだ手をつけていない状態で書きました。
さあ、第三話に入ります。ラストシーンが楽しみです。

==

<「ロマンチストの抵抗」としての秒速5センチメートル>

結局のところ、私達読者は、大人になった貴樹と明里が語らう場面を見たかったのだと思います。
(ここを読んで下さっている、あなたやあなたを勝手に「私達」の中に含めてしまうのは申し訳ないですが、少なからぬ方に賛同して頂けると思っています)
でもそれは無理なのです。

秒5は難しいです。
何回見ても分からない。
何回見てもその都度違う受け止め方をしてしまう。

アニメ版「秒速5センチメートル」を見る前に「ほしのこえ」と「雲の向こう約束の場所」を見ました。
それで、新海監督はロマンチストなんだと思っていました。
そのつもりで秒5を見ましたし、そういう作品なのだとずっと思っていました。
でも、今は新海監督はロマンチストであること以上にリアリストなんだと思っています。
私はこれまでこのブログに秒5の感想を今回を含めて3回書きました。

一回目は2008年4月に、アニメ版と小説版の感想を。
二回目は2011年4月に、コミック版の感想を。
そして今回のがmore版の感想です。

二回目を書くとき一回目を読み返して、かなり外れた文章のように思えてその日付を内緒にしておきました。
でも、今、もう一度読み返してみて、これを書いた当時の意図とは違った意味で結構当たっている部分があるのではないかと思いました。

>この作品は、三話構成になっていて、一つの話を時期によって三つの部分に分けて
>いるように見えます。
>でも、そうではなく、各話は独立して完結していると考えたらどうでしょうか。

>第三話だけは、一、二の内容を引いている部分がありますが、この第三話は、
>前の話に対して、有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず、これだけで
>一つの話として完結しているのだと。

>こう考えることによって、三話構成になっている理由が理解できますし、
>桜花抄のその後として色々なストーリーが有り得てもいいのだと思うことができます。

この中で明らかに間違っているのは「有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず」の部分です。
新海監督にとって、貴樹と明里が再び出会う第三話は有り得ません。
加納さんもその部分は原作を忠実に再現しています。

第三話ラストシーンで明里が踏み切りの向こうに留まっていたらそれはもう秒5ではないのです。

でも、受け手である私達読者は勝手なことをやっていいのです。
秒5は秒5としてそのまま受け取っておいて、それを否定はしないけれど、別の物語を想像してもいいのです。

それを秒5と呼べないのなら「時速5キロメートル」でも、「年速5天文単位」でも「劫速5光年」でもいいじゃないですか。

それはロマンチストのささやかな抵抗としての秒速5センチメートルになるのですから。
但し、それは上で私が桜花抄について書いたのとは少し違う意味でのファンタジーになるのでしょう。
コミック版のラストシーンもそんなファンタジーの一つと考えていいのかもしれません。
たわ言はさておき。

第三話の明里は真っ当なごく普通の女性でした。
貴樹とのことは、度重なる転校が彼女に与えていた精神的負荷を溶解させ、その後の成長の糧になったことは間違いありませんが、時々思い出す幼い頃の微笑ましい記憶に過ぎません。

やっぱり男の方が引きずるんですよねえ。
身につまされる。w

同じ記憶が貴樹に与えた影響は明里の比ではありません。
第三話に表れている対人関係の築き方とか、仕事に対する態度とかは、もし貴樹が明里に出会っていなかったら、もっと違うものになっていたはずです。
ただそのことを本人は明確には自覚できていません。
それは、その後、10年から20年が経過してようやく判るのです。

more版に引用されていた「One more time, One more chance」の歌詞、その一部である
「いますぐ君に見せたい 新しい朝 これからの僕」の「君」は、引用前後の文脈から見て明里なのでしょうか。
私にはこの「君」は理紗のことのように思えてなりません。

二回目の感想で書いたように、私が大人の恋についてコメントしたら上滑りになる恐れが強いので、これ以上は書きません。
ただ、more版の中で一番かわいそうなのは理紗だろうと思います。

==

<more版の謎>

「タカキ」「アカリ」「リサ」はなぜカタカナ表記なのか。
セクション番号を逆順にしているのはなぜか。

明里の大学名を明示はしていないが、誰にも判る形で出したのはなぜか。

==

<金のかかる秒5>

ネットでアニメ版秒5のパンフレットを2部買いました。
あれ、高いんですよねえ。
新海監督のサイン入りなんかとても手の出ない値段が付けてあります。

で、サイン無しの未開封を1部買ったのですが、これが開けられない。w
でも中身を見たい。
だからもう1部買ったのです。バカかな。

持っているDVDは通常版です。
人に貸したら、ケースにひびが入ったとかで、新しいのを買って返してくれました。
私、あまりそれにはこだわらないから申し訳なかったです。

ときどきネットに出るポスターは迷いに迷っています。
限定版DVDを買うかどうか今迷っています。
ブルーレイ版はそのうちに必ず買います。
エミネンス交響楽団のPROMISEは通勤の行き帰りによく聴いています。
One more time,One more chanceは秒5Special Editionで聴いています。

新海誠作品イメージアルバム「Promise」新海誠作品イメージアルバム「Promise」
(2009/12/09)
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One more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special EditionOne more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special Edition
(2007/03/03)
山崎まさよし

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まあこの程度だったら、どうでもいいグッズ、フィギュアの類が大量に出ている他のアニメなどに比べたら安いものです。

私の今の夢は、劇場の大きなクスリーンで秒5を見ることです。
個人貸切でそれを実現するのにどのくらい費用がかかるのでしょうか。
権利者の許可が取れるのかどうかも分からないですけどね。

2013/6/22 パンフレットとポスターについて写真付きて新たしい日記を書きました。
値段についても言及しています。
こちらです。 → 秒速5センチメートルのパンフレットとポスター

==

more版を中心とした三回目の秒5感想は以上です。
なぜかこのブログが秒5関係の言葉での各種検索で上位に表示され、多くの方が訪問して下さいます。
せっかくなのでカテゴリー「秒5」を作りました。
よろしかったら、そちらもお読み頂ければ幸いです。
画面左のカテゴリー欄で選択して下さい。


私がなぜ秒5にここまでこだわるのかは、その中にある過去分の感想に書いています。
引きずってる? www

2011/11/7 amazonに載っていたカスタマーレビューの文章に関する日記を書きました。
ちょっと癇に障ったので、天に唾してみました。ww


秒速5センチメートル one more side秒速5センチメートル one more side
(2011/05/20)
加納新太

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==

あれ! おかしいなあ。
一回目の感想にもカテゴリー「秒5」を付けようと思って探したけど。
無い。無い。無い。無い-----。

私はこのブログに一度載せた文章は一つも削除した記憶がないのに。

普通、文章はパソコン上のエディタで書いて、それをコピペしています。
だから、自分のブログを開くことはあまりしません。
その文章を保存しているフォルダに「5cmBLOG.txt」というファイルがあって、内容的にも書きかけじゃないから、てっきり載せていると思っていました。
秒5のDVDを買ったのがamazonの履歴で2007/11/29。
ファイルのタイムスタンプは2008/4/8。
新しいテレビを買ったのが2008/5/13。
であれば4/8から5/13の間にアップしているはずなのに。

内容に納得できずに載せなかったのかなあ。

今更ですけど、以下に載せます。

==

アニメ秒速5センチメートル及び小説秒速5センチメートル感想及び解釈

この文章は今年の1月に書いたものです。桜の季節になりましたので、アップすることにしました。

この作品は、長崎では映画館での上映がありませんでした。もしかすると、短期間で気付かなかったのかもしれません。
ユナイテッドシネマができてから老舗の映画館がバタバタ廃業してしまい、残念な限りです。アヒルと鴨のコンロッカーも来なかったし。
秋にはTOHO SCREENSが開業するらしいので少しは改善されるでしょうか。

仕方ないのでDVDを発売後まもなく買いました。でも、テレビが新しくなってからと思ってずっと見ないでいました。冬のボーナスが出ていよいよ買えるかとなっても、初売りまで待つはめになり、そうこうするうちに価格COMの底値が跳ね上がってしまい、新機種が出るという噂も流れ(実際に2月発売となりました)、またしばらく様子見ということになりました。

それでとうとう辛抱たまらず、パソコンの小さい画面で見ることにしました。
見てすぐ小説版を注文し、届いてから1日で読み終わり、もう一度DVDを見ました。

そういうわけで、今更ながらの感想と現時点での解釈らしきものを書いてみました。
背景や人物などの絵がどうとか、主題歌がどうとかいうことは、あえてここには書きません。

ストーリーをご存知ない方は、Wikiなどでお読み下さい。
以下ネタばれを含みます。

最初に感じたのは、以前私がここに書いたエントリー「再開の場面で私は」との類似性でした。類似なんて言うとおこがましいです。内容は全く違います。でも、とり方次第ではありますが、転校、手紙、再開などといったキーワードで符合する部分がいくつもあるように思えたのです。

そのため、第一話桜花抄は胸がキリキリする思いで見ていました。
特に、再会の後の二人がどうなったのかという点に注目していました。

第二話、第三話と進むにつれて、なぜこんなことになってしまうのだろうと思いました。

アニメは特に第三話が短くダイジェスト的に作られていて、それだけ見るととてもわかりにくくなっています。

小説を読むことで、アニメでは分からなかった部分が補完されて、全体の見通しはよくなりました。

その小説の第三話の3にさりげなく「いつのまにか文通も途絶えてしまった」と記載されています。
あの後も手紙のやり取りは続いていたのに、途絶えてしまったということです。

そんなことありかあ、と思いました。

しかししばらく考えた上で、今は、こう思っています。

この作品は、三話構成になっていて、一つの話を時期によって三つの部分に分けているように見えます。
でも、そうではなく、各話は独立して完結していると考えたらどうでしょうか。

第三話だけは、一、二の内容を引いている部分がありますが、この第三話は、前の話に対して、有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず、これだけで一つの話として完結しているのだと。

こう考えることによって、三話構成になっている理由が理解できますし、桜花抄のその後として色々なストーリーが有り得てもいいのだと思うことができます。

これで少し気持ちが軽くなりました。

それでもまだ理解できていない部分があります。

あの再会の前、貴樹と明里は自分達を隔てる距離と、今後待っている人生の時間と、それらに対する自らの無力さを想像して、あの手紙を書いたのでしょう。

しかし、再会によってその手紙の内容は彼らにとって相手に渡す必要のないものになりました。

なぜそれぞれが書いてきた手紙を渡す必要がなくなったと判断したのか分からないのです。
これは、二人の再会の後での心の変化がはっきりと理解できていないためだろうと思います。

あちこちのブログを見ていけばヒントになるようなものがあるかもしれません。まだ他の人が書いた感想なり解釈なりは一つも読んでいません。これについてはとりあえず自力で解決したいと思っています。

ところで、手紙の内容はアニメ中では示されていませんが、小説には記載されていて、そのままWikiに引用されています。

13歳の時点の二人が、達観とはまた違う、それでいて酔っているのでもなく、漠とした将来に慄きながらも冷静に、相手のことを強く思いながら、求めながら、あの文章を書けるものでしょうか。

実話ではなく創作ですから、大げさに感嘆する必要はないのかもしれません。
であるならば逆に、作者の感性に敬意を表することになるのでしょう。

いずれにしても、本作品を見るときに私が感じる切なさは、桜花抄の二人にしても、第二話の花苗にしても、彼らの心の感度の高さに比して、その同じ時期の自分がいかに鈍であったかという悔恨からきているように思えます。

その一つの象徴がこれ(上のリンクと同じ)なのです。


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以下は、秒5と直接は関係のない文章です。
でも、限りなく秒5、なかんずく桜花抄を意識した私の行動に関するものです。

別エントリーにすべきものですが、それではあまり読んでもらえそうにないので続きとして載せます。
ここまでと同じくらいのボリュームがあります。
興味と、暇のある方は下の「Read More」から読んで下さい。


[READ MORE...]
one more side は今読んでいます
すみません。
one more side の検索で来る方が多のですが、それは前回と前々回に書いた日記で、その時点ではまだ読んでいないのです。

昨日の朝届いて、今読んでいますが、なかなか進みません。
1ページ読んでは「はぁ~」となって本を閉じてしまうので。w

つうことで、多分次の週末までには感想書きますが、現時点ではまだ書けません。

5/25追記
今日感想が完成したのに、保存して持ち帰ったメディアが読めません。orz
明日UPします。

載せました
(改めて)秒速5センチメートルコミック版感想
前回、感想という日記タイトルにしておきながら感想を書いていませんでしたので、改めて書きました。

尚、同じタイトルで混乱するので、アニメ版を「アニメ」、小説版を「小説」、コミック版を「コミック」とします。共通する部分は「秒5」とします。
受け手のことはアニメを見ることを含めて「読者」とします。
これを書いている時点で「one more side」はまだ出版されていません。

アニメの動画とか美術、音楽といった部分についてはここでは度外視します。
コミックの絵柄についても、私は好きですが、言及しません。
物語の部分にだけ焦点を当てます。

「秒5」は各独立した、それでいて連続している3話から構成されています。
小中学の第一話、高校の第二話、大人の第三話は、読者に少なくともどこかの部分で自分の体験と共通したものを感じさせます。

第一話はちょっと特殊な設定、展開で、これそのものに似た体験はがあるという人はあまりいないでしょう。
でも、一部分だけを切り取ればそれに近いものがあったと思わせるエピソードが多く含まれています。
女性読者には第二話の花苗の体験が多いかもしれません。
第三話はある意味難解で、読者として貴樹の心象をどう受け入れることができるかが鍵になります。
そしてこの第三話を理解できない限り「秒5」を理解したことにならない予感がします。

予感がするというのは、もう数え切れないくらい何度もアニメを見た私が第三話での「貴樹の心象」をまだ十分には理解できていないからです。

理解できていない点はまだまだ他にもあります。

その一つが第一話で明里が言う「貴樹君は大丈夫だよ」です。
これは、全編を通じて核になっている言葉だと思います。
でもこれが私にはまださっぱり分かりません。

さらに、アニメ第三話のラストシーン。
あのシーンは本当にどう理解したらいいのか分かりませんでした。

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でもそんな私に正に神の手のように差し出されたのがコミックです。
アニメのラストシーンに対応する部分の描写は、確たる解答もしくはそれに準ずるヒントのように思えました。

電車が通り過ぎたとき、踏み切りの向こうに明里がいなかったのは大きな謎でした。
コミックによるとすれ違うときに明里は貴樹に気づいています。気づいていてあえてその場に踏みとどまりません。それは明里が確信しているからです。
その確信が「大丈夫だよ」から来ているのは間違いないので、この「大丈夫だよ」が理解できていない私はまだ正解にはたどり着けていませんが、少なくとも謎が謎でなくなったことはコミックを読んだ最大の収穫だったと思います。

白状すれば、アニメを数回見た時点では、このとき明里がもう結婚していることに私は気づいていませんでした。
婚約かそれに近い段階で式はまだだと思っていたのです。
でもアニメの岩舟駅ホームで年末らしい時期に両親から見送られるシーンで明里が「来月には式で会える」と言っていました。
つまり1月には結婚していたのです。

結婚していることに気づかなかったのは、貴樹と明里が結ばれることを無意識に期待していたからでしょう。

コミックはこれでもかってくらい明里の結婚指輪を強調しています。
これは同じような誤解をしている読者が他にもいたからなのかもしれません。

この項はコミックがアニメと同じラストシーンを違う角度から描いているという前提に立った文章です。
小説のラストシーンはアニメと少し異なっています。
新海監督の文章にも、小説ではアニメと変えた部分があると書いてあります。
もしかするとコミックのこのシーンは、新たに作られた第三のラストシーンであって、アニメとは違うものなのかもしれません。

でもそれでも構いません。
どうしても解けなかった謎に一つの解答を与えてもらったのですから。

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また、第二話で花苗が貴樹に「やさしくしないで」と言って告白できない理由も理解できませんでした。

貴樹の表情から何かを感じ取ったんだろうなという想像はしていました。
サーフィンで波に立つことができて、告白するんだと盛り上がっている花苗の状態では少々のことでは突っ走ってしまうでしょう。
それを押し留めたのは花苗の感性のなせる業だとしても、アニメでの貴樹の表情からはそこまでのものを読み取ることができませんでした。
小説を読んでもその部分はピンときませんでした。
コミックにはその明確な答えが示してあります。

花苗については、コミックの最後の話のラストシーンは一つの救いに思えました。
救いと言っても、単純に「花苗よかったね」ではありません。
あのラストシーンはハッピーエンドでもバッドエンドでもありません。
それからどうなるのかは読者それぞれの想像に委ねてあります。

ではどういう「救い」かというと、それは読者にとっての救いだと思うのです。
第二話の花苗の思いを読者としてどう受け止めたらいいのか分からないでとても困っていました。
高校時代の甘く切ない思い出として割り切りを求めるのは忍びないという感覚がありました。
でも、貴樹には明里がいるのだから、読者の「気持ち」としてもどうしてやることもできません。アニメの画面を見ながら心の中で応援することができないのです。

しかしコミックではアニメのラストシーンに解答を与えたあとで、花苗にももう一つのラストシーンを用意してくれました。

つまり読者は、花苗の気持ちを受け止めた上で、応援することができるようになったのです。
これは第二話の読み方(見方)の大幅な変革となります。

勿論、花苗は現実には存在しません。
読者が応援する花苗はあくまでもそれぞれの読者の中にいる花苗なのです。

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第三話の理紗について言えば、私には基本的に大人の恋には興味がありません。
興味がないと言い切ってしまえば、どんだけ性格が偏ってるんだと思われそうです。

別の言い方をすれば、私はいい意味での大人の恋に恵まれなかったので、それについて語る言葉を持っていないということです。

なので、理紗の気持ちの動き、決断、そういったものについて細かく考察することができないし、私が何かを語っても上滑りな的外れのことになってしまうのです。

理紗と付き合っている時期の貴樹は、大人ではありますが、中高生の頃と本質的には同じように思えます。
だから、彼が何を考えているのかを想像すること、「貴樹の心象」を理解することは、今はまだ出来なくてもいつかは可能になるのではないかと思っています。

コミックの詳細な描写はその理解の助けになるだろうと思っています。

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さて、第一話についてです。

色々な受け止め方、理解の仕方ができる秒5ですが、第一話桜花抄は格別です。
上でも書いたような、少なくともどこかの部分で自分の体験と共通したものを感じる点で言えば、私の場合は圧倒的にこの第一話なのです。

詳しくは、過去の日記「再会の場面で私は」を参照してください。
これを書いたのは、2005年10月なのでアニメが公開される遥か前のことです。

他人から見ると牽強付会かもしれませんが、かなりの部分で符合があるように思えるのです。
(1) 小学校での出会い
(2) 転校(引越し)による離別
(3) 手紙のやり取りと、いつのまにかの消滅
(4) (ちょっと劇的な)再会
(5) だけどそれっきり

こんなのどこにでもある普通のことなのかもしれません。
ただ、4は少し珍しいかなと思います。

なので最初にアニメを見たときにはとても驚きました。
だからこそ、それから何度も何度も見たのです。

そしていつも行き着いてしまうのが明里の「貴樹君は大丈夫だよ」なのです。
この言葉の意味の謎解きは、これからもずっと考え続ける自分への宿題にしておきます。

コミックの最後の部分で花苗が「いつでも会えるチケット」を手に入れました。
ラストシーンの前の時点で、花苗がそれを持っていることの気持ちは少しだけ分かるような気がします。

それは私も同じようなチケットを持っているからです。
電話番号ではありません。アドレスでもありません。
多分、それは死ぬまで使わないでしょう。
私も彼女もそれぞれ別の結婚指輪をしています。
会う必要はないし、会ってどうするということでもありません。
でも持っていることによって、私は今の苗字さえ知らない私の明里にいつでもコンタクトできるのです。

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実はアニメのDVDを最初に見て、それからすぐ小説を読んだ時点で一度このブログに秒5の感想を書きました。
その感想はここにまだ残していますが、今読み返してみるとかなり外れた文章で恥ずかしい限りです。
だから、その日記の日付は内緒にしておきます。

ここまでお読み頂いてありがとうございました。


2011/11/7 amazonに載っていたカスタマーレビューの文章に関する日記を書きました。
ちょっと癇に障ったので、天に唾してみました。ww

秒速5センチメートル(コミック版)感想
コミック版完結。


秒速5センチメートル(1) (アフタヌーンKC)秒速5センチメートル(1) (アフタヌーンKC)
(2010/11/22)
清家 雪子

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秒速5センチメートル(2) <完> (アフタヌーンKC)秒速5センチメートル(2) <完> (アフタヌーンKC)
(2011/04/22)
清家 雪子

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感想を書こうと思って日記の新規ページを開いたけれど、まだ書けないや。
なので、タイトルは「感想」だけど感想はありません。すみません。
その後書いた感想は下にあるリンクからどうぞ。

アニメで難解だった第三話がかなり濃厚に描いてあって、しかも最後の部分は、
「小説・秒速5センチメートル」になかったエピソードじゃないかなあ。

清家雪子さんのオリジナルなのでしょうか。
それとも、コミック化に当たって表に出ていない事情があるのでしょうか。

感想を書くならもういちど小説版を読みなおしてからにします。

ところで、この日記を書くために検索したら5月にまた小説が出るようです。
「秒速5センチメートル one more side」


秒速5センチメートル one more side秒速5センチメートル one more side
(2011/05/20)
加納新太

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著者の加納新太さんは新海監督の作品に関連した本を出している人です。
amazonの内容紹介はコミック版を彷彿とさせる面があります。

ふーむ。
もしかすると、コミック版感想はそれを読んでからになるかもしれません。

追記: 結局待ちきれずに書きました。
     検索などで直にこのページに来た方は「(改めて)秒速5センチメートル(コミック版)感想」からどうぞ。

one more side の感想はこちら「秒速5センチメートル one more side 感想」です。

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ところで、「星を追う子供」の長崎での上映が決まりました。
TOHOシネマズ長崎偉い!! よく決めてくれた。
博多に行くことを覚悟していたから、これで3回は見ることができそうです。



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