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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。
緑川ゆきさんの作品について
夏目友人帳から始まって、ようやく現在普通に入手できる緑川作品全てを購入しました。
「あかく咲く声」はコミックス版が欲しかったのですが、近くの古本屋には在庫がなく、ネットのは高いので仕方なく文庫版を買いました。これ、友人帳のアニメ化を契機に増刷されないですかね。文庫版が出てまもないからしばらくは無理でしょうか。

単行本未収録作品が数多くあり、それらを見ていないので正確な判断ができない面があるとしても、「あかく咲く声」がその後の作品の原点になっているのがよく分かりました。

全体として爽やかに描写されている印象があり、緑川作品を表現するのに使われる「空気感」という言葉の意味もなるほどこういうことかと納得できました。
この「爽やか」という言葉ではちょっと的外れで実際を表現しきれていません。人物、風景、心象、そういったものの描写において、ウエットな場面でもその湿度を感じさせないのに、読み手の心には暖かく濃密な潤いが湧いてくるとでも言えばいいでしょうか。

さすがに私の歳になるとどれかのキャラに入れ込むなんてことはありません。感情移入するとか、自分を投影するという感覚は希薄です。かといって、娘や息子のように感じるのでもありません。

ストーリーにも不満な面が多々あります。作者が意図的に組み込んでいる「しかけ」と言われるものが、むしろ面白さを阻害していることもあります。友人帳でも、毎回繰り返される前説はもういいのではないかと思います。

では、何が気に入ったのかというと、ちょっと大げさに言えば時代を超えた普遍性を持っている点です。緑川作品は、時代設定をどこに置いても通用します。小道具の中に時代を匂わせるもの(MDなど)が少しはありますが、そういうものは極力避けてあるようにも見えます。
だから、高校生の登場人物に直に感情移入するには少しひねてしまったけれど、自らのそういう時代にも有り得た話の一つとして受け止めることができるのです。
勿論「緋色の椅子」は別格扱いです。

それから、細かい点ではありますが、吹きだしの枠外に書かれているボソッとした科白の面白さや、1/4などに記載されている作者自身の文章から垣間見えるご本人の人柄の良さも大きな魅力の一つです。

私はいわゆる少女マンガというものを若い頃はよく読んでいました。花の23年組が華やかりし頃のことです。その後、お気に入りに漫画家さんの作品は別にして、新しい人のものはなかなか手が出ないでいました。

娘が中学生になり、その影響もあって、また少しずつ読む領域が広がってきています。
とは言っても、各作品は面白いと思いつつも、漫画家さん個人に興味をもって遡って読み揃えようと思う人はあまりいません。

緑川ゆきという人は、最初の取っ掛かりがちょっと難しいにしても、私のような年齢のおっさんでも、入り込んでしまうとその世界に魅了されてしまう描き手の一人です。

友人帳のアニメがその取っ掛かりの一つになればいいなと思います。
でも、テレビ東京系深夜枠じゃあまり期待できないか。
(ああ、勿論沢山のファンの方がおられることは承知しています。あくまで、私のような年配でまだ知らない人にとっての取っ掛かりという意味です)

緑川さんに関して、私がいつも情報を貰っているサイトはこちらです。緑川妄想学会が面白いですよ。
管理人あげおさん 「あかい花」「あかい花」


==

今回は意識的に「思います」や「でしょうね」といった曖昧な語尾をできるだけ避け、断定する文章を心がけました。
普遍性を持っていると感じるからでしょう。 → 普遍性を持っている点です。 
我ながら、ちょっと新鮮かも。

尚、これは3月24日に書いた「夏目湯浸中」の続きになります。

氷室冴子さん
ここんとこ新聞やテレビのニュースを見ていませんでした。
今日は新聞の休刊日だったので、過去何日か分をまとめて読んで、ようやく氷室冴子さんの訃報を知りました。
最近は著作がなかったようですが51歳とは若すぎます。
少女小説家は死なないんじゃなかったっけ。

熱狂的なファンだったとか、全作品読んだとかいうのではありません。
代表作を幾つか読んだことがあるだけです。

でも、記事を読んだとき思わず口から出たのは「ヒムロサエコガシンダ」。
同じ台詞はもうずっと前、「シブサワタツヒコガシンダ」※以来のこと。

こうして並べると、何だか不思議な取り合わせですね。
読み耽っていた澁澤さんはともかく、氷室さんの死がショックだったのはどうしてでしょう。
自分でもよく分かりません。

年齢が近かったから、少しやんちゃで才気溢れる憧れの姉という存在だったのかもしれません。勿論面識などありません。
好きな作家さんは沢山いるけれど、そういう人が亡くなったとしてもこんな感慨は湧いてこないと思います。

ご冥福をお祈りします。

==

※ 
最近の映画のタイトルをもじっているのではありません。
澁澤龍彦さんが亡くなったのは、あの映画の原作が出る前のことです。



暮の元気なご挨拶 を 年明けに書く
暮の元気なご挨拶

何ヶ月も放置したまま年越しするのも気分がよくないので、大晦日まで続く大掃除の合間を縫って、今年最後の更新をします。


...と書いたまま、また放置して年が明けてしまいました。

うわ。前のエントリーって5月。それも「ホルモー」w。

うちのテレビがもう何ヶ月も壊れていて、まだ当分新しいのを買えない事情があるため、私のパソコンの画面は本体から離れて居間を向いています。
使いにくいったらありゃしない。

それでもごくたまに、よそのブログにコメントを書くことがあります。しかし、自分のところがこんな状況なので、URLを書くのが憚られていました。
根無し草でコメントするよりは、自分が何者か、もしくはどういう人間かを少しなりとも分かってもらえるほうがいいですよね。

それと、これまでもときどきここへのアクセス状況は見ていました。
最近数ヶ月、ここを訪れる人の殆どは検索からの人で、しかもその大半はEXCEL関係でした。

それは始めて間もない頃に愚痴の一つとして書いたエントリーで、しかもシステム関係としてはほぼ唯一のものなのに、あるキーワードでぐぐるとトップに表示されます。
トップというか、最近はその一件しか表示されません。

その検索を行なった皆さんがここにやってくるという訳です。
拍手までもらったりして。

近いうちに、そのエントリーのフォロー記事を書くことにします。

久々のエントリーの本題はここからです。


素顔同盟

といろさんのブログで知った作品。
20年ほど前に雑誌で発表されて、その後「火星の砂時計」という短編集に収められましたが、現在絶版。古本検索でも見つかりませんでした。でもネットで読むことができます。
中学3年の国語の教科書に掲載されたそうです。

笑顔の仮面を着けることを法で強制された世界で、それに疑問を持った少年が、川辺で仮面をはずしている女の子を見た日をきっかけに、社会から逃れて素顔で生活をしていると言われている素顔同盟に向かって歩き出す。

短い作品ですが、短いが故に色々な読み方が出来そうです。

単純に考えれば、揉め事がなくて平和だけどうわべだけの笑顔を強制された無個性な人々が住む世界よりも、喜怒哀楽を自由に表現できる世界がいいというメッセージでしょう。

それはその通りだと思います。

これを読んで思い浮かべるのは、左上のほうにある某独裁国家ですね。川は38度線を象徴しているのかと考えたりします。

しかし、発表されたのが20年前であること、しかも「国語の教科書に載った」ということから想像するに、作者の意図としては日本のことを想定しているのではないでしょうか。断定的で勝手な想像ですけれど。

画一的な思考を強制され、それ以外の思考が排除される無個性の世界。戦後からごく最近まで、日本をそのように捉える見方がありました。

今でもまだありますよね。
「Number1ではなくOnly1」 こういうのも、「画一ではなく個性を」と言っていますし。

どんな社会でも、野放図な個性の発揮が許されることはありません。
自分が所属する社会のその時点でのコンセンサスの範囲、せいぜいそれを少しはみ出す程度の範囲の個性でなければ摩擦を生み出す可能性があります。

大幅にはみ出す場合は、それがある程度の受容と評価を受けられるような価値を持っていなければ、社会を危うくする存在と見なされる覚悟が必要だと思います。。

日本社会に物語で象徴されているような法や社会制度による画一化があると考える人は、その覚悟が足りないのではないでしょうか。


鴨川ホルモー
2日で読了。
続きを知りたくて、睡眠時間を削って読みました。

ここんとこ、A子に合わせて中学生レベルの本ばかり読んでいたので、学生とはいえ大人の小説は久々でした。

感想を一言で言うと、「悲しいお話でした」。
この本にそういう感想を持つ人はあまりいないでしょう。
でも、奇を衒っているのではありません。


[READ MORE...]
「野ブタ。をプロデュース」原作本
このブログ始めて一月半、もう三日坊主は脱したし、なんとか続けられそうなので、大胆にもランキングに登録してみました。
ここを読みにきてくださる方が一人でも増えればなあという動機です。

よろしかったらクリックお願いします

タグがこれでいいのかよく分かりませんので、不具合があったらコメントにでも書いて下さるようお願い致します。

カテゴリーは「雑談」ですが、しょっぱなは本の感想になってしまいました。まあ、いいか。

== ここから本文です。


テレビドラマを3回まで見たところで、原作本を買って読んでみた。
すると、かなりドラマと違う内容だった。

以下、ネタバレです。これから本を読むつもりの方は開かないほうがいいかも。


[READ MORE...]
「暗いところで待ち合わせ」乙一


これは良い。

あまり派手さはなく淡々とした雰囲気の作品で、最初の部分でなかなか話が進まないので少しジレたけれど、そこを過ぎるとあとはもう。
何も言いません。レビューなんぞ目にしないうちにお読みになることをお薦めします。

実は、これまで乙一作品は「夏と花火と私の死体」「天帝妖狐」しか読んでなかった。
で、そこそこ面白くはあるのだけど、特に前者は評判に違わぬすごい作品であるとは思ったけれど、2冊読んだ時点で「もう暫くはいいかな」というのが正直な感想だった。

それからだいぶ経った先日、行き付けの本屋に行ったとき、棚にお薦めカードが貼ってあって、普段そんなの気にも留めないのにそのときはなぜか気になって買ってしまった。

タイトルもカバー装丁も好みじゃなかったし、そのカードが無かったら手に取ることすらしなかったと思う。

これまでそんなことしたことなかったけれど、そのカードを書いた人に一言お礼というか、読んでよかったですと伝えようと思って、翌週その本屋に行ってみたら例のカードがない。店員に聞いても「さあ」というばかりなので結局伝えることはできなかった。

大げさに言えば、出会う運命だったということか。

唯一難を言えば、タイトルが内容を表していないと思う。これに限らず、乙一作品はタイトルのセンスが、少なくとも私の好みではない。だからこそ、3冊目をなかなか読まなかったとも言える。

この作品も映画化されるらしい。どんな風に映像化するのか楽しみではあるが、先に原作が気に入った場合、映画になると多くががっかりするからなあ。

この胸いっぱいの愛を(原作本)感想
「この胸いっぱいの愛を」読了。日曜日一日で読んでしまった。

感想を書こうと思ってちょっと逡巡している。
面白いと思う自分と、なんじゃこれと思う自分がせめぎあっている。

映画化のいきさつはよく知らない。原作ありきの映画化なのか、映画化ありきの著作なのか。それによって読み方が変わる。特に後者の場合、どの程度本人以外の意向が混じっているのか。

タイトルと「感想」で検索すると、試写会の感想ばかり出てきて、原作がどう読まれているのか一般的な評判も知らない。

この先、ネタばれを含んでいます。


[READ MORE...]
黄泉がえりとOKAGE
テレビで放送された映画「黄泉がえり」を録画して見た。
一年ほど前にレンタルで借りたから、見るのは2回目。

そのレンタルで借りる直前に梶尾真治の原作を読んでいた。

28日のエントリーで「私は、ある程度のご都合主義はあってもいいと思っている。少々のことなら目をつぶるし、むしろ面白くなる場合もあると思う。」と書いた。

これなどはそういう許せるご都合主義のぎりぎりの例だと思っている。

で、そこそこ面白かったので、映画も見てみるかという気になってのレンタルであった。

[READ MORE...]
山田悠介本2冊

「リアル鬼ごっこ幻冬社版」(A)、「スイッチを押すとき」(B)を読む。

何で2冊も読んだのかというと、先に(B)を読んで、なぜこれが「最新にして最高傑作」なのか?という極々素朴な疑問が湧いたので、原点である(A)も読んでみようという気になったというだけのことである。

感想(A): 時間と金返せ
感想(B): 時間と金返せ


およそこんなものを金とる小説として世間に公表しちゃいかんという見事なまでの見本だ。

あとでamazonのレビューを読んだけれど、ま、こんなもんでしょう。
本人のオフィシャルサイトの著作一覧で、それぞれの本にamazonのリンクが付けてあるのが、冗談としか思えない。

にしても、突っ込み所てんこ盛りで、まともに相手しようとすると虚無感に襲われる。

私は、ある程度のご都合主義はあってもいいと思っている。少々のことなら目をつぶるし、むしろそれで面白くなる場合もあると思う。だけど、作品の根幹に係わる部分でそれをやってはいかんよなあ。

この人、「本は読んでいない」と公言してるらしいけど、もしかしたら「ご都合主義」という言葉すら知らないのかもしれない。

国家とか、法とか、人権とか、悪とか、その他もろもろ、少しまともに考えたことのある人ならとてもこんな小説書けないと思う。仮に書くことになったとしても、もうちょっとは何がしかの言い訳を用意して書くんじゃないだろうか。

で、検索で見つけた文芸社のサイトを開いてみたら、インタビューが載っていて、その中で聞き手が「リアル鬼ごっこの高い完成度」などと言ってるもんだから、眩暈がした。

この人にとって、(B)が売れたことはこの上なく不幸なことではなかったのだろうか。

(B)にダ・ヴィンチ編集長が解説を書いている。
苦しかったろうなあ。