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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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呉智英氏のご意見に与します


小学校の運動会で、最大の呼び物は「部落対抗リレー」だった。

校区内に沢山の部落があり、それぞれに子供会がある。朝の集団登校、夏のラジオ体操、海水浴、月一回の例会、地域における子供の生活は全てこの子供会が中心になっていた。
その中では上級生が下級生の面倒を見、一緒に遊び、育っていた。

対抗リレーは、男女別で、1年生から6年生まで一人ずつ選手が出てリレーをする。
午前中の最後のプログラムが5チームずつの予選、午後最後のプログラムが決勝である。
他のプログラムのときは、比較的おとなしく座って見物している父兄たちも、このときばかりは総立ちで声援を送る。もちろんテントは部落別である。

選手は部落の名誉を懸けて必死で走る。
運動会が終わったら、それぞれの部落で打ち上げの宴会があり、大人も子供も混じって楽しむ。

こういう生活は別段特別なことではなく、日本中のどこにでも普通に存在していた。今でもあるはずだ。

そんな環境で育ったので、中学生になったとき、ある雑誌に読者からの投書が載っているのを読んで驚いた。内容は「部落差別をやめましょう」というもの。

「部落の人は大変な思いをしています。差別をやめましょう。」ということが切々と書いてあるのだが、意味が全く分からず困惑した。

親に聞て、「この辺にはそんなこと全くないが、日本のあちこちにそういう差別をされている人達がいて、その人達が住んでいるところを被差別部落と言い、略して部落と言うことが多い。」と教わった。

しかし、釈然としなかった。
その投書のどこにも「被差別部落」という記述が無く、全て「部落」となっていたのである。これでは話の区別がつかないではないか。

それが、部落差別問題のことを知った最初であった。

それから、注意して見ているうちに、本やテレビ、新聞などに私が使っている意味での部落という言葉が殆どないことに気付いた。

集落、村落、地区、地域。いろいろあるが、部落はない。

これでは、私が存在したあの部落の生活はなかったことにされているも同然である。
私は部落で育ったのであって、集落で育ったのではない。

思うに、あの投書を書いた女子中学生は、私と逆で、被差別でない部落の存在など知らなかったのではないだろうか。そうでなければ、配慮不足である。
いずれにしても、こういうところにマスコミによる情報操作の結果の一端が現れているように思う。


11月2日付産経新聞に呉智英氏の文章が載っている。

 新潟県中越地震から一年。
現在も避難所で暮らす山古志村(現、長岡市)の人たちが夏祭りを山古志でやろうとする。
テレビに映し出される人たちは誰もが「うちの部落は」「あそこの部落が」と語っている。
それなのにナレーターは「ここの集落では」と解説する。

 部落は町村の下位区分だ。
これとは別に被差別部落も略して部落と言う。
両方並立していて何の問題もない。

山古志村内の部落を部落と呼ぶようなことに、部落解放同盟が抗議したなどということはただの一度もない。
それどころか、こういう馬鹿げた自己規制や言い換えを批判さえしてきた。

「集落」と言い換えて平然としているマスコミの現状に、私は慄然とする。

一部省略しています。産経新聞のサイトには載っていないようです。


ここに書かれていることは、あの時私が感じた違和感に通ずるものがある。

土地の人が自分達の住む所を部落と呼んでいるのなら、それを紹介するときに集落と言い換えるのはマスコミによる一方の部落の抹殺である。

単純に並立させれば、私が投書を読んだときのように差別問題を知らない人、逆に被差別でない部落の存在を知らない人は混同してしまうかもしれない。
しかし、その点を配慮してさえあれば文脈によって区別して理解することは十分可能である。

大学の同級生に関西出身者がいた。彼は中学のとき一度こちらに越してきたことがあり、数年で戻ったが、大学は再度こちらを選んだという。

その彼が中学校の校内弁論大会で「部落差別をなくそう」というテーマで話をした。すると、聞いていた生徒はみな一様にぽかーんとした顔をしていた。あとから先生がやってきて、「お前の話は立派だった。でも、ここでは誰も(その話の内容は)判らないよ。」と言ったという。

「小学校ではよくそんな授業を受けてたし、こっちでは住んでる所を部落って呼んでるなんて知らへんかったもんなあ。」


私はあの小さな町のあの部落で育ったことを幸せに思う。
あの小学校の運動会のプログラムには、今でも「部落対抗リレー」がそのままの名前であるだろうか。


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