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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
カッとする
新地の長崎バスターミナルでバスに乗ると、柱に運転手向けの標語がかいてあるのが見えます。そのうちの一つ。

「カッとする 心が招く 事故○○」

さて、○○には何が入るでしょう。
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飲み会の日に限って
仕事が忙しくて、予定時刻に職場を離れることができないのはなぜでしょう。

飲み会は年に数回しかないのに、そんな日に限って今日中とか、明日朝までなんて期限のデータ・書類作りが飛び込んできます。

今日は、学校の担任の先生の家庭訪問(しかも3人も)の日だったので、昨夜は午前1時半まで地獄の「お片づけ」。明けた今日は昼間は激務、夜は飲み会、今帰ってきました。

明日は10時の会議用の資料を2時間で作り上げなければなりません。

会議終わったら昼から帰ろうかなあ。(できるわけない)
進んでいることがいいことではない
田舎のいいところは、都会の悪習がなかなか入ってこない点でした。

都会で流行っていることでも、「最先端」の突っ走った数人がマネするくらいでは、大して目に留まらないし、一般に広がる程の時間が経ったころはには流行自体が終わっているからです。

古くはルーズソックス。これ、こっちではあまり見ませんでした。本当に飛び跳ねた数人が無理して着用しているくらいで、基本的には高校で禁止していたのでしょうが、その禁止そのものが通用する風土ではありました。

もう一つ例を挙げると、バス電車のなかで、背広ネクタイでマンガを読む習慣がこちらにはありません。ごくまれに見かけますが、頭悪そう」としかみえません。

かく言う私も、東京では電車の中で毎週「週間ジャンプ」を読んでいました。こちらでは、バス停は勿論、駅で手に入らないという理由もありますが、たとえ買えた(コンビニでは可能)としても、とてもじゃありませんが、バスの中で読む気になれません。
と言うか、もう40才過ぎたら、ジャンプを読むことさえありはしません。

でも、最近はそういう悪習が比較的簡単に入り込んできているように思えます。
先日はバスで「カチャ」とか変な音が続けて聞こえてくるので、何だろうと思っていたら、「ナイスショット」というのも聞こえてきました。振り向くといい若い人がゲームをやっています。ペットボトルの飲み物を飲むのも珍しくありません。高校生が話しているのは彼氏彼女の話ばかり。

こんなのは「都会の悪習」というのとは違うか。まあ、そういうのは子育ての失敗作ということで反面教師にしましょう。

ところで、現在東京の通勤風景はどうなっているのでしょうか。
まだサラリーマンが電車の中で少年漫画を読んでいるのでしょうか。


花盗人に罪はなし、では...
仕事帰りに実家に用事があったので、いつもと違うバス停で降り、その近くにあった古本中古CD店にちょっと寄りました。

台風1号接近でかなり強い雨が降っており、傘はずぶぬれでした。店の前に大きめのバケツのような傘立てが3つあり、それぞれ3,4本の傘が入れてありました。

嫌な予感がしました。

でも、気の利いた店にはおいてある傘袋はないし、本屋に濡れた傘を持って入るのも悪いかと思って、一番傘の少ないバケツに入れました。

雨は午後遅くから降り始めており、傘無しで来ている客はいないだろう思っていました。

店の中を一通り回って、別段買いたいものもなかったので出たら、予想通りというか何と言うか、傘はありませんでした。

40数年生きてきて、初めて物を盗られました。
(これまでがラッキーだったとも言えますが)

傘盗人に災いあれ!


アッパッパの勢力範囲は?
「少年アシベ」や、毎日新聞連載の「うちの場合は」で人気のマンガ家森下裕美さんの初期の作品(タイトルは忘れました)にこんな場面があります。

若いOLが数人で話をしている。そこにもう一人が出勤してきた。
彼女の着ている服を見て、みんなが悩む。あれ、何ていうんだったっけ?
一人が「思い出した。アッパッパだ。アッパッパ。」と言うと、他のOLも「そうだ」と同意する。
着ていた彼女は、「失礼ね。ピンクハウスのワンピースよ!」でオチとなる。

これを見て、アッパッパは全国的に存在する服だと思いました。

でも、「長崎に来ちゃった!」には、アッパッパを初めて見て驚いた様子が描かれています。

森下さんは奈良出身とこのと。

アッパッパの勢力範囲はどうなっているのでしょう。
少なくとも、長崎特有ということはないと思いますが。

なお、うちのかみさんは「これはムームーだ」と言い張って、毎年着ています。


よう分からんとど
今回は昨日のエントリーと同じ方言がテーマですが、「長崎に来ちゃった!」から少し離れます。

中学のときの音楽の担任の先生から、何かの大会に行ったときの話として、こんなことを聞いたことがあります。

別の地方から来た先生が「九州地方の先生方にお尋ねします。五木の子守唄の最初の部分は、『と』が正解ですか?それとも『ど』ですか?」と発言し、どう回答すればいいか困った、と。

おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらん[と、ど]
(私は盆限り、盆を過ぎたらいなくなるよ)

元々この歌は伝承子守唄なので、「正しい歌詞」というものは存在せず、原型といわれるものも沢山あります。

「と」と「ど」の違いもバリエーションの一つであって、どちらが正しいということは決められないようです。

「おらんと」と「おらんど」のニュアンスの違いは、熊本と長崎で差異がないと思いますので、私なりに思うことを書いてみます。

まず意味は同じです。「私はいなくなるよ」と「私はいなくなるの」が意味の上では同じであるのと同等です。

では何が違うのか。これは「含み」とでも言うべき感情の違いだと思います。

「おらん」ではわかりにくいので、別の言葉で説明します。

問「わいは、なんか知っとっとや?」(あなたは何か知っているのですか?)
甲「おいは知らん。」       (私は知りません)
乙「おいは知らんと。」      (私は知りません)
丙「おいは知らんど。」      (私は知りません)

甲の回答がニュートラルだとすると、
乙の回答には「あなたは困るかもしれないけれど、私は知らない。」というニュアンスが含まれています。
丙の回答には「あなたが困ろうがどうでもいい、私は知らない。」というニュアンスが含まれています。

つまり、乙は突き放してはいるけれど多少なりとも相手を慮る気持ちがあるのに対し、丙は自分の主張を押し出しているだけという感じです。

但しこの例も、質問者と回答者の関係や状況、聞いている内容でかなり幅ででてきますから、万全な例ではありません。

実際の会話の中では、状況に応じて無意識に使い分けることをやっています。
一般的には「ど」のほうが強い感じになりますが、「どうするか自分で考えなさい」という愛情がこもっている場合もあるので、一概には決められません。

一応これを歌詞の解釈に当てはめると、

盆から先ゃおらんと   盆を過ぎたらいなくなるから悪いけどあとよろしくね
盆から先ゃおらんど   盆を過ぎたらいなくなるからあとどうするか俺は知らん

となります。

この解釈が正しいとすれば、歌の全体的な構成から考えて、「ど」のほうがこの歌に合っているように思えます。

ところで、こういう言い方もあるんです。
「おらんとど」

最後の「ど」は「おらんと」を強調しているという感じですかね。
相手に「どうするか自分で考えろ」ということをより強く訴える表現になります。
どちらかと言えば、目下に使う言葉です。


シトラス・ミントの爽やか言葉
「長崎に来ちゃった!」に爽やか・柑橘系の言葉(笑)として紹介されている「ミント」と「シトラス」は比較的一般的なものです。

ミント  = みないと  (してみんとわからん→やってみないとわからない)
シトラス = 「する」の現在進行形もしくは現在完了形「シトル」の尊敬語

但し、方言はかなり細かい地域差があり、さらに年代、性別でも使い方が異なります。以下は私の経験の範囲で書いていますので、必ずしも正確ではありません。

「ミント」は、このままの形で使うのは主に女性だと思います。類型に「ミンバ」があり、これは男女兼用です。
「ミント」を男性が使う場合は、相手が限定されます。
他に同じような言い回しは、「ミラント」「ミランバ」「ミイニャ」などがあります。
最後の「ミイニャ」は字面だけ見ると猫の名前みたいですね。

してミント? で語尾を上げると疑問形になります。

ミントは地元テレビ局の番組タイトルにもなっています。


「シトラス」は、厳密には「ラス」が敬語部分で、「シ」は動詞「する」の活用形です。
「ト」は、「シテオラレル」のテとオが一つになったものに相当するのではないでしょうか。(根拠のない想像です)

この表現は目上の人の動作にしか使いません。
見トラス、来(キ)トラス、食ベトラスというように、日常で結構使います。男女兼用です。
上で、現在進行形もしくは現在完了形と書きましたが、頻度としては完了形のほうが多く、進行形の場合は「トラス」ではなく「ヨラス」使うことがあります。

見トラス 既にご覧になっている 「あの映画はもう見とらすけん、他んとにしゅい。」
     但し運動会で母親が子供に「お父さんが見とらすけん頑張らんばよ。」と
     言う場合は、現在進行形です。
見ヨラス 今ご覧になっている  「新聞はお父さんが見よらすけん、もうちょっと待っとけ」
     運動会の例では、「お父さんが見よらすけん・・・」とはあまり言いません。

来トラス おいでになっている
来ヨラス 今こちらに向かっていらっしゃる

食ベトラス 既に召し上がっていらっしゃる
食ベヨラス 今召し上がっていらっしゃる

どちらも敬語表現ですが、私の感覚ではヨラスはあまり上品な言葉ではありません。
かといって下品という訳でもなく、このニュアンスは説明しづらいです。

そのせいかもしれませんが、長崎市内の女性は、「ヨンナル」という言い方もします。シヨラスをシヨンナルと表現し、シヨラスよりも柔らかい感じがします。これは郡部では聞きません。また、「シトンナル」という言い方は、まったくではありませんが、あまり聞きません。

==

NHKみんなのうたの4,5月の歌のなかに、さだまさしさんの「がんばらんば」があります。この前、FM長崎を聞いていたら、地元のランキング上位に入っていました。

その中に長崎弁のラップ風の歌詞があり、画面に表示されている歌詞を読む範囲では「正しい」長崎弁なのですが、聞いていて何か違和感があります。

彼の声の質とか、ごく微妙なイントネーションとか、何なのかよく分かりません。
私自身が真正のじげもんではないからかもしれませんが。

今、DVDを取り寄せ中なので、届いて聞いてみてからまた書くことにします。


長崎での自転車事情
坂の町長崎と言われますが、これは本当にその通りです。
よくもまあこんな所にと思うくらい急な坂の上のさらに階段を登った上に民家が建っているのはざらです。

元々平地の少ない地形で、江戸期の所謂天領長崎はそういう乏しい平地を中心とした極狭い領域だったはずです。
維新後に近隣の村を吸収して広がりますが、そういう所も平地がありませんから、どこまで行っても坂また坂となっているのです。
本来だったらこんなところに都市はできないのでしょう。たまたまいい港になる海があったこと、江戸から遠く、南蛮からは近い(大した違いはありませんが)ので鎖国時の貿易に向いていたことなどから無理やり作った町という気がします。今でも時々県庁の移転問題が出てきますが、都度長崎市の反対で没になっています。

幹線道路は、そんな地形を縫うようになるべく勾配の少ない所を通っていて、中心部から放射状に延びています。
枝道や裏道は少なく、あっても狭いし坂道だしで、結局少し離れた所に行くには幹線道路で中心部を通って行かざるを得ないことになります。
しかも、その幹線道路には路面電車が走っているのです。
これでは、市内が慢性の交通渋滞になるのは避けられません。

交通渋滞が一番酷いのは長崎駅前です。九州一の渋滞と聞いたことがあります。これは、市北部から中心部へ行く場合の唯一の道になっているからです。立山を迂回して東側から行く方法と、浦上川の向こうを通る西側から行く方法が無いわけではありませんが、遠回りですし、その道が空いているというのでもありません。

という状況を踏まえた上で、長崎での自転車のありようについて書きます。

「長崎に来ちゃった!」に、長崎で自転車に乗る人の3分類が載っています。
・子供(家の近所で遊ぶため)
・体力作りの大人(ごく少数)
・引っ越してきた人(無理であることを理解するまで)
これ、正解です。

長崎で、普通の生活で自転車を使うことは殆どありません。
ここで生まれ育った場合、特に女性は自転車に触ったことがない人も珍しくありません。

そりゃあそうです。これだけ坂が多かったら、自転車に乗るメリットはありません。

自転車に乗る人が少ないため、車の運転手は自転車に慣れていません。たまに見かけると、とても嫌がります。
私が学生の頃、数人で列になってサイクリングをしたことがあります。
その列を追い越したバスが次のバス停で止まって、運転手が降りてきました。何かしらかなり怒っていて、「何だお前たちは!!」みたいなことをがなりたてました。
もしかしたら、抜いていくバスに近寄った自転車があったのかもしれませんが、接触があったのではありません。誰も危ない状況と思っていなかったので、「はぁ?」状態でした。

こちらのリーダーが冷静に、「私達は大学のサークルのものです。まず、お名前を教えてください。」というと、運転手はさらに癇癪を起こしてなにか言っています。

そのうちに、開いていたバスのドアから乗客が降り出しました。「こんなバス乗っておられん」と言っているのが聞こえました。

他のメンバーが手帳を出してバスに乗ろうとすると、会社に通報されたらまずいと思ったのでしょう、その運転手はそそくさとバスに乗って発進してしまいました。
もう20年以上前の話ですから、その運転手もとうに退職しているとは思います。

これは極端な例でしたが、普通の町でも車と自転車のいざこざは多かれ少なかれあるとしても、運転手も自転車に乗る機会がありお互い様が成り立っているでしょう。長崎では運転手が自転車に乗らないので、このお互い様が存在しないのです。

もし、自転車のツーリングなどでよそから長崎に来る機会がありましたら、十分ご注意下さい。

自転車が少ない代わり、バイクはやたらと多いです。
バイクについては別の機会に。


精霊流しについて
前回の続きです。

15日は墓から帰ってから精霊流し(「しょうりょうながし」ではなく、「しょうろうながし」と言います)をします。

一般の家は仏壇へのお供え物を箱などに入れて、海に流します。(私の昔の実家の裏はすぐ海でした)
初盆の家では精霊船を作って(いて)、それにお供えを乗せ、親戚や近所から贈られた盆提灯で飾り付けます。
その精霊船は漁船などに積んで沖まで行ってから流します。
その間、船の上からロケット花火を盛大に打ち上げます。
私の祖母の初盆のときは、海に浮かべた精霊船の提灯にロケット花火の火が燃え移ってえらいことになりました。
但し海に流すのは郡部での話です。

長崎市では(今では郡部もかもしれません)、精霊船を海に流すのを禁止しており、地区毎に決められた場所(流し場)に集めて、市の予算で焼却します。
従って、長崎市で「流す」というのは、実質的には「道を運ぶ」ことであり、精霊船には車が付いているのです。つまり、船型をした山車を想像したほうがいいです。
「長崎に来ちゃった!」にも書いてありますが、実物を見たことがない人にはなかなか想像できないようですね。
初盆でない家は、お供え物をこも(だったかな?)に包んで近くの流し場まで持っていくようです。

精霊船は、一人で肩に担げるような小さなものから、家の財力を誇示するかのように豪華(この表現はちょっと違うかも)なものまで様々です。流している途中の道路で使う花火(主に爆竹)の量も半端なものではありません。万円単位で買うのです。
各精霊船には全体の責任者とともに、花火担当責任者というのも決めて市役所に届けておかなければなりません。
なお、翌朝未明には幹線道路の花火のカスは市によって清掃されています。

学生時代に、友人の家の精霊船担ぎ(実際には道を押していく)を頼まれたことがあります。流し場まで5Km程度だったでしょうか。歩いているうちに神経が麻痺してきて、足元で爆竹が鳴っても何も感じなくなったことを覚えています。

大きな船だと、数人では担ぐことができないので、数十人の加勢者を頼むことになります。

船の最大サイズには規制があって、ある程度以上のものは作ることができません。特に問題になるのは高さです。これは、過去にJRの踏み切りで船の上部が電線に触れて担ぎ手が感電死する事故がよくあったからです。

それと、蝋燭に火をともすことも禁止されています(かな?)。だから、船によっては発電機がセットしてあって、提灯には電灯が入れてあります。

船を作る費用、花火代、担ぎ手の衣装代、飲み食いさせる費用、交通費、精霊船を出すのは相当な散財となります。それだけやっても、流し場まで運んでそれでおしまいなのです。

私の父などは、「おいが死んでも船は出さんでよかぞ。もったいなか。」と言っています。
どうするかは、そのときになって考えることにします。

流すときは、銅鑼の形をした鐘をならし、担ぎ手が「どーいどい」と掛け声を上げ、爆竹を打ち鳴らします。
市街中心部は車が規制され、道路で船の渋滞という不思議な現象が発生します。

私と同世代以上の人なら、グレープ(さだまさし)の名曲「精霊流し」を知っていると思いますが、あのイメージは遺族の心象としては実際と近いものがあっても、見た目の精霊流しとは全く違うと思っていいです。

華やかで、賑やかで、騒々しい、夏のお祭りなのです。

==

次回は、えーと。
自転車の話にでもしましょうか。


墓で花火
前回予告したように、「長崎に来ちゃった!」に描かれている長崎独特の事柄について少し書いてみます。

(1)お盆に墓で花火をする

ここで言う花火は素人がする花火であって、花火師がやるような打ち上げ花火のことではありません。
勘違いする人はいないと思いますが、「墓で花火」が普通でないのならもしかするとと思って念のため確認しておきます。


私は、「花火はお盆に墓でするためのもの」であり、家でするのはお盆が待ちきれない子供が遊びでするもの、もしくはお盆に使いきれずに残ったものをやるもの、と認識していました。
逆に言うと、「お盆に墓で花火をする」のは全国的に当たり前のことだと思っていました。

あの本を読んでそうじゃないと知っても、それでも近隣の県あたりではやってるのだろうと思って、職場で何人かに聞いてみました。
そしたら、佐賀出身の先輩も、福岡出身の同僚も、熊本出身の後輩も、「そがんことするもんか。墓では静かにせんば。花火すっとは長崎だけたい。」

これで決定的です。
私の中の花火パラダイムは完全に崩壊してしまいましたw

先祖を迎える、もしくは送る儀式のとき、爆竹に代表される花火を使うのは日本の伝統ではなく、中国の影響なのでしょう。だからこそ、長崎だけの習慣となっているのではないかと思います。

さらに何人かにリサーチしたら、長崎県の中であっても地域によって違いがあり、この墓地ではするけれど、あっちの墓地ではしないというくらいまだらな状況になっていることが分かりました。

墓地は大体斜面に作られているので、目的の墓に行くには、轟く爆竹、舞い飛ぶロケット花火、湧き上がるドラゴンの火花をかいくぐって坂か階段を上る必要があります、小さい頃は生きた心地がしませんでした。昔の花火は、今の中国製のように火薬をケチってなかったので、かなり豪快なものでしたからその威力は相当なものでした。そういう恐怖を差し引いても楽しみなイベントであったのは、勿論自分ちの墓に着いたら花火を思う存分できるからです。

お盆と言えば、もう一つ面白い話があります。

私の妹は昔の実家から30kmほど離れた町に嫁いでいます。その辺りでは、お盆には8月15日だけ墓に行くというのです。
私の町では、14日と15日の2日間、夕方から日暮れにかけて行くのが普通でした。
13日は掃除や提灯をつるすための竹組を立てるだけのために一軒で一人か二人が行くだけなのです。

妹の舅に言わせれば、「盆にはしょうろうさんは家に来とらすとやいけん、14日に墓に行ったってだ~いもおらっさんさ。」
(お盆にはご先祖の霊は家に来ておられるのだから、14日に墓にお参りにいっても誰もいらっしゃらないよ)

う~ん。言われてみればごもっとも。
私の故郷の町の人はこの点をあまり深く考えてないのかもしれません。

お盆の重要な要素である精霊流しについては次回に。


「長崎に来ちゃった!」
お久しぶりです。
9連休の間、特にどこに行ったというわけでもなく、主に家でゴロゴロしてました。

その時のことはおいおい書くとして、今日は面白い本を見つけましたのでその紹介です。

タイトルは「長崎に来ちゃった!」、副題は「~関東女のビックリ移住体験~」。
ご主人の出身地である長崎に住むことになった関東出身の女性が、長崎で体験したカルチャーショックをマンガにしたものです。

この本のどこが面白いかというと、長崎にどっぷり住んでいて当たり前と思っていたことが、実はそうではなかったということに気付かされる点です。

・お盆にお墓で花火をすること
・スーパーにかまぼこコーナーがあること
等々

長崎特有という訳でなく、九州一円で一般的なことや、作者のそれまでの生活環境の中で見かけなかっただけだろうというものも含まれてはいますが、「それが当たり前でない」視点からの指摘ははっとさせられるものがあります。

私の7年間の関東(横浜、品川)暮らしは独身であまり生活感のないものでしたから、故郷のそれと比較する機会がなく、ほとんど気付かなかったのです。

長崎というと、人それぞれに色々なイメージがあるでしょうが、観光で訪れるのではなく、住んでいる、もしくは住んでみると外部の人が持っているイメージとは違うことが多々あります。

地元の人も、そうでない人も、意外な長崎を発見するためにこの本を読まれることをお奨めします。
残念ながら、amazonにはまだないようです。
作者の「のざわのりこ」さんが関係するBlogはここ

あっそうそう、私も長崎に住んでおります。
今までいろいろ差し障りがあって隠しておりましたが、とうとう公開することにしました。(誰も興味ないのは重々承知してますw)
これから、地元ネタを書くことにしましょう。

次回もこの本に出てくる内容についてコメントする予定です。