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| プロフィール |
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Author:たか号
妻と3人の子持ちです。 長女 A子中2 長男 B太小6 次男 C介小3 gatsutaka#mail.goo.ne.jp #を@にして下さい

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| 遅れてきた突っ込み 書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。
だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに
なりそうなブログ。 |
| 開店休業の中、数式の保護について考察する |
再開して一週間。見事に開店休業が続いております。
相変わらず、ここに来るのは「数式の保護を解除」で検索してきた人だけ。 恐らく、新しく書いた部分なんか読んでいないでしょう。
時間がなくて、他のブログさんを訪問することもあまりできないし。
おっさんの書いているブログなんてこんなもん、今更でなくても分かっていること。 ま、いいんですけどね。orz
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その「数式の保護を解除」ですが、もう2年も前に書いたエントリーです。
2年間も見続けてくると、なんとなく理解できるようになりました。
つまり、こういうことです。
原因は、オリジナルEXCEL(英語版)から日本語版を作ったときの翻訳者のセンスの問題です。
英語の言い回しをそのまま日本語に当てているため、ちょっと見、分からなくなってしまっているのだと思います。
1.「このセルには数式が含まれますが、ロックされていないため変更されないように保護することができません。」

これは、「このセルには数式が含まれますが、ロックされていないため、シートの保護を設定しても、その数式を変更されないように保護することができません。」
とすれば、意味が通ります。ちょっと長すぎですけれど。
2.「数式の保護を解除します」
このポップアップメニューで、青色表示されている一番上の行は説明文です。 これが単なる説明文であることが分からなかったのが混乱の原因でした。

例えば、A1セルに「=A2+1」という式を入れて、2行目全体を削除すると、「#REF!」エラーが発生し、そのときは「セル範囲が無効のエラー」と表示されます。 これだと、エラーの「説明文」であることが理解できます。
数式が入ったセルのロックを解除した状態はエラーではありませんから、説明文にもエラーとは表示できません。
それで、「数式の保護を解除します」となるのですが、これ、多分「数式の保護が解除されています」ということを言いたいのでしょう。
英語版を持っていないので原文が何なのか分かりませんが、直訳すると現状の表現になってしまうのだと思います。もしかすると誤訳かもしれません。
さらに考えれば、「セルがロックされていません」としたほうが、その下の「セルをロックする(L)」と対応しますから、使う立場ではピンと来る表現になります。しかし、ここで問題にしているのは、セルに数式が入っていてそれが保護されないことですから、説明文としては整合性がとれないですね。
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このようなことが起きるのは、翻訳のときに下手に意訳してニュアンスが変わってしまうのはまずいから直訳のままにしているせいでしょうが、ユーザーフレンドリー(最近この言葉あまり聞かなくなりました)とは思えません。
似たような例として、一頃、Wikiに出ていた寄付を募るメッセージがあります。その寄付のページへのリンクボタンに「今すぐ寄付!」と表示されていました。
これも英語版に「Donate now!」とでも書いてあったのをそのまま訳したのだと思います。 確認しようとしたらもうなくなっていたので、実際に何と書いてあったか判りませんが、同じような言い方に、「Vote now!」(今すぐ投票!)がありますから、そんなところだと思います。クリック後の画面
で、寄付をお願いするのに、英語だったら「Donate now!」で普通の言い回しなのかもしれませんが、日本語で「今すぐ寄付!」とはあんまりです。
「今すぐご寄付を」であればまだ許せますが、普通の感覚だったら、「ご寄付をお願いします」ですよね。
だから寄付しませんでした。(嘘:本当は金がないから)
尚、現在のWikiでは、メインページに「寄付のお願い」とあり(これは前からあったかもしれません)、左側のメニューの「寄付」をクリックすると、英語版と同じページが表示されます。
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私の書く文章は、相変わらず「〜が、〜。」が多いなあ。 どうにかしたいのですが、うまく表現できないのです。(あ、また。)
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でもこれで、新しいエントリーを読んでくれる人が少しは現れるかな? そうだ、自分の過去記事にトラックバックしとこう。
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| さてどっちでしょう |
近所の小4の女の子(仮にYちゃんとします)が学校のグラウンドでの目撃談として、次のような話をしました。
「C介君がね。何人かの男の子に何かでからかわれてたら、同じ二年生の女の子3人がその間に手を広げて割って入って、『C君をいじめないで』って言ってた。」
この話によって、Yちゃん家では、「C君もてるねえ」ということになっているそうです。
それをYちゃんのお母さんに聞いてきたうちのかみさんがうれしそうに私に報告しました。
でもそれ聞いて
私「ちょっと待て。その女の子達はC介のことを好きでそういうことをしたのか?単純に子供らしい正義感からそうしただけじゃないのか?」
A子「うん、私もそう思う。だって2年生頃の女子ってす〜ぐ『先生に言うから』だもんね。」
私「それに、いじめられて女の子に助けてもらうなんて、ある意味最悪じゃない?」
か「いや、まあ、そういうこともあるかもしれないけど、やっぱりCはもてるのよ。例えばね、この前のマラソン大会で私とCが立ってたら、同じ小学校の2年生の女の子が2人そばを通りかかって、Cを見て『あっ、ほらっ』て感じでお互いにひじで合図しあってたのよ。あの目は絶対ハートだったわ。」
小2で女の子にもてたって、本人にとってはどうしていいか分からないだけであまりいいことではないと思います。
かみさんは「顔がいいからねえ」と、母バカ丸出しですが、小2で顔だけで女の子から好かれたにしても、もう少し年がいって中身やその他のプロパティで判断されるようになったときのほうが重要じゃないかなあ。 母親としてはそれでも嬉しいのでしょうし、中身を磨くべく奮闘中でもありますが。
それはともかく、現時点での真実は、2/14に判明するかもしれませんね。
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| 今日の会話 |
B太を柔道に迎えにいったかみさんが電話してきた。 か「今、スーパー。味噌といて先に食べてて」 A子「あ、おかあさん、パン買ってきて、パン」
その後帰ってきたかみさんに A子「おかあさん、パン買ってきてきた?」 か「あ、忘れた。っていうかあの電話もう駐車場からだったから」 A子「ええー。それでビールは買ったのね。」 か「あんた。喧嘩売ってんの?」
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新聞の広告にのっていた藤山寛美の写真をみてB太が。 B太「あ、この人、タカアンドトシの。」 私「ちがうちがう。歳が全然違うだろ。ほら、この人は芋たこなんきんの。」 B太「ああ、おとうさんか。」 私「ちがうって、町子の。」 か「あら、実のおとうさんだから正解じゃん。」
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| 安穏な時間 |
昨夜から降りだした雨がずっと降り続いて肌寒い一日でした。
その昨夜は、B太の柔道の飲み会でかみさんの帰宅は夜中の12時半。 勿論タクシーなど使うはずもなく、私が送り迎えです。
夜の場合は、いつ迎えに来いコールがあるか分からなくて寝ることができないのがつらいです。
今日は、ボーイスカウトの新年会で、また飲み会。昼間。 私以外の家族全員参加したので、2時間だけ憩いの時間ができました。
パソコンに録画しているテレビ番組やDVDの整理をするにはちょっと短すぎるので、小説を読んで過ごしました。
来週の週末もこの程度の安穏な時間が持てますように。
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| 暮の元気なご挨拶 を 年明けに書く |
暮の元気なご挨拶
何ヶ月も放置したまま年越しするのも気分がよくないので、大晦日まで続く大掃除の合間を縫って、今年最後の更新をします。
...と書いたまま、また放置して年が明けてしまいました。
うわ。前のエントリーって5月。それも「ホルモー」w。
うちのテレビがもう何ヶ月も壊れていて、まだ当分新しいのを買えない事情があるため、私のパソコンの画面は本体から離れて居間を向いています。 使いにくいったらありゃしない。
それでもごくたまに、よそのブログにコメントを書くことがあります。しかし、自分のところがこんな状況なので、URLを書くのが憚られていました。 根無し草でコメントするよりは、自分が何者か、もしくはどういう人間かを少しなりとも分かってもらえるほうがいいですよね。
それと、これまでもときどきここへのアクセス状況は見ていました。 最近数ヶ月、ここを訪れる人の殆どは検索からの人で、しかもその大半はEXCEL関係でした。
それは始めて間もない頃に愚痴の一つとして書いたエントリーで、しかもシステム関係としてはほぼ唯一のものなのに、あるキーワードでぐぐるとトップに表示されます。 トップというか、最近はその一件しか表示されません。
その検索を行なった皆さんがここにやってくるという訳です。 拍手までもらったりして。
近いうちに、そのエントリーのフォロー記事を書くことにします。
久々のエントリーの本題はここからです。
素顔同盟
といろさんのブログで知った作品。 20年ほど前に雑誌で発表されて、その後「火星の砂時計」という短編集に収められましたが、現在絶版。古本検索でも見つかりませんでした。でもネットで読むことができます。 中学3年の国語の教科書に掲載されたそうです。
笑顔の仮面を着けることを法で強制された世界で、それに疑問を持った少年が、川辺で仮面をはずしている女の子を見た日をきっかけに、社会から逃れて素顔で生活をしていると言われている素顔同盟に向かって歩き出す。
短い作品ですが、短いが故に色々な読み方が出来そうです。
単純に考えれば、揉め事がなくて平和だけどうわべだけの笑顔を強制された無個性な人々が住む世界よりも、喜怒哀楽を自由に表現できる世界がいいというメッセージでしょう。
それはその通りだと思います。
これを読んで思い浮かべるのは、左上のほうにある某独裁国家ですね。川は38度線を象徴しているのかと考えたりします。
しかし、発表されたのが20年前であること、しかも「国語の教科書に載った」ということから想像するに、作者の意図としては日本のことを想定しているのではないでしょうか。断定的で勝手な想像ですけれど。
画一的な思考を強制され、それ以外の思考が排除される無個性の世界。戦後からごく最近まで、日本をそのように捉える見方がありました。
今でもまだありますよね。 「Number1ではなくOnly1」 こういうのも、「画一ではなく個性を」と言っていますし。
どんな社会でも、野放図な個性の発揮が許されることはありません。 自分が所属する社会のその時点でのコンセンサスの範囲、せいぜいそれを少しはみ出す程度の範囲の個性でなければ摩擦を生み出す可能性があります。
大幅にはみ出す場合は、それがある程度の受容と評価を受けられるような価値を持っていなければ、社会を危うくする存在と見なされる覚悟が必要だと思います。。
日本社会に物語で象徴されているような法や社会制度による画一化があると考える人は、その覚悟が足りないのではないでしょうか。
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