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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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島鉄に乗って
一部修正(4/3)。
写真を使ったのが初めてだったので失敗しました。
サムネイルに変更しています。
また、「加津佐」にわざわざ読みがなを付けていてそれが間違えていました。
尚、この文章の前記事は3/25の島鉄廃止です。

==

3/30(日)廃線一日前、ようやく島鉄(島原鉄道)に乗ってきました。

その日は午前中B太の柔道の試合があり、朝8時にかみさんとB太を会場まで送りました。11時には春休みで変則になったピアノのレッスンにA子とC介を送り、一旦家に帰って車の中でつまむおにぎりを作りました。12時にピアノの迎えに行き、スーパーでカップ麺を買ってそれで昼食。1時少し過ぎに家を出て柔道試合会場に行きましたが、会場の駐車場が満杯で入れず、外の路肩で待つ羽目に。B太は早い段階でコロッと負けたくせに、先輩が決勝まで進んだからそれが見たいとか言い出して、結局出てきたのは2時半過ぎ。

それから加津佐(さづさかづさ)に向けて出発しました。

朝からの雨は止まず、諫早から愛野までは相変わらずの渋滞で、加津佐着は4時半過ぎ。
ねらっていた16時48分発になんとか間に合いました。

駅は、家族連れや、リュックを背負ってカメラを構えた人などが結構いましたが、その割には静かな雰囲気でした。
ホームの端で、深江の親戚に電話して、「今、加津佐。6時頃にそっち着いて、ちょっと寄るけんよろしく」と連絡を入れます。6時に家族全員で行くってことは、「飯食わせろ」と言っているのと同じですね。

事前に連絡しておきたかったのですが、そもそもどの日に行けるか不明、何時に乗るかも不明、下手したら行かないことも十分考えられたので、言い出せなかったのです。

かみさんの見送りを受けて列車(幸い2両編成だったので、座席には余裕がありました)が出発。カメラはB太に任せることにしました。

進むにつれて、私のかよった学校や、潮干狩りした磯など懐かしい風景が見えてきます。田んぼも畑も、一部宅地やスーパーなどになってはいるものの以前と変わらない佇まいです。
並行して走る国道とは違う方向から見るこれらの景色も見納めになります。

白浜付近から加津佐女島(めしま)方面を見る
女島
竜石(たついし)駅から見る有明海
竜石


住宅が密集したところでは、民家の軒先をかすめるように進みます。夏の夜などは、車窓からそれらの家の食卓を囲んでいる様子まで見えていました。

布津で下り列車の到着待ちで12分停車。一番の見所である布津から深江に向かう途中から見る普賢岳は、雲に覆われていました。


布津新田(ふつしんでん)から見る普賢岳
普賢岳


深江駅を発車する列車
深江


深江着は17:50頃だったでしょうか。1時間くらいの乗車でした。私も、子供達も、30分くらいしか乗っていない気分でした。ここまでで大人片道1060円。30kmほどの距離です。昔から高かったけれど、これでは日常乗る気にはならないですね。高校生の通学定期でもガソリン代よりも高いから車で送り迎えする家が多いそうです。

深江駅前で先に車で着いたかみさんが待っていました。
そのすぐ近くにある親戚宅で皿うどんとチラシ寿司の夕食をごちそうになり、8時半頃に車で出発して、国見回りで島原半島を結局一周して、家に着いたのは10時過ぎでした。



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ある日の出来事
序==

パソコンのフォルダーの底に眠っていた文章です。
食パンマンの絵が描けなかった(何だか情けない理由)のでしばらく放置していたら、3章のブログが休眠状態になってしまい、やむなくお蔵入りにしていました。

でも考えてみたら、1,2章とも休眠もしくは無くなったところの文体を真似て遊びで書いた文章ですから、3章がそうなっていても別段おかしくないので、これまた2年ぶりで日の目を見させることにします。2005年の12月頃に書いたものです。第0章から最終章まで今回アップするに当たってほとんど手を入れていません。

長文ですので、こんなに読めないという方は、第1章だけでも読んで頂けたら嬉しいです。

尚、第0章に記載しているUSBメモリーはセキュリティーの関係で職場での私物使用が禁止になったため現在は使っていません。


第0章==

このブログのエントリーは、職場で昼休みに一通り書いておき、自宅で内容を確認した上でUPしている。
ファイルはUSBメモリーで持ち歩いている。

しかし、このメモリーをよく忘れる。

職場に忘れた場合は更新できない。家に忘れた場合は新しい文章を書くことができないからやはり更新できない。
メールで自宅に送りつけることもできないわけではないが、職場のパソコンを使っているので、あまりそれはやりたくないし、うちのパソコンはFDドライブが外付けで、現在行方不明なので使えない。

更新が飛び飛びになるのは、そういう理由も含まれてます。


第1章==


例によって、深夜のブログジャンキーで20ポイントをゲットし、それから自分のエントリーを更新したわしは、明日に備えてUSBメモリーをパソコンからズバシッと抜き取って、半分以上つぶった目で鴨居にかけた背広の胸ポケットにそれをしまってしまうのであった。

「こりで、本日のお勤めは完了なのじゃよ」

女主人(仮名)は、既にスピースピーと寝ておるであろうから、誰に言うともなく一人ごち、フカ~イフカイ睡眠に落ちていくのであった。

翌朝。

いつものように5時45分、午後ならひょっこりひょうたん島が始まる時間に目を覚ましたわしは、2階への階段をトコトコ上っていった。

「朝じゃぞい。起きんかい」
「ん。ん。もう? 分かった起きるから」

一家の大黒柱よりも先に寝て、後から起きるといういい根性をもった女主人(仮名)が、この程度のことでは起きてくるはずもないことはよ~く分かっている。
こりはただのギシキであり、実際には6時15分にもう一度起こさなければならない。

女主人(仮名)が起きてくるのを待っていたのでは朝めしを喰いっぱぐれてしまうので、急いで台所に向かうわし。

「今日の天気はどうかの」

階段の途中にある窓を寒いのですこ~しだけ開けて外を見る。

「ん? なんじゃありは。ぎょわ! アワアワアワアワ(慌)!!!」

そこにはとんでもないものが存在していた。

「女主人(仮名)! 女主人(仮名)!」
「だから、起きるって言ったでしょう。(怒)」
「そうじゃない。いいからちょっと」
「なによう」
「いいから、ちょっと」

二度寝の心地よさを奪われてものすご~く機嫌の悪い女主人(仮名)を引きずるように窓のとこまで連れてくる。

「あれ。あれ。あれ見てみ」
「なによう。うわっ!!」

うちの向かいにあるアパートの駐車場に、おっさんが倒れていた。

「誰? あれ」
「さあ」
「死んでるの?」
「わからん」
「どうしよう」

見知らぬおっさんがうちの前で行き倒れているくらいでは出勤を取りやめることがきないわしは、事後を女主人(仮名)に託し、いつもと変わらず目玉焼きを作り、キャベツを刻み、トーストを焼いて食べた。

その間、女主人(仮名)はお隣の奥さんに電話して、二人でそのおっさんを見に行った。

「あのお」

恐る恐るおっさんをつつく。

「う。う~ん」

おっさんは生きていた。

「大丈夫ですか?」
「う~ん」

おっさんは酒臭かったらしい。
それからおっさんはやおら立ち上がり、起こしてもらった礼も言わずに立ち去って行ったのである。

第2章==

あのさあ。いつもと同じように朝食とったといっても、そりゃやっぱり動揺しているわけよ。それに興味深深でもあるしぃ。←怖いから関わりを避けたくせに

服を着替えてさてそろそろバスの時間が迫っててヤバイかなって時に、奥さんが戻ってきたの。生きてたってのは聞いて、それ以上の顛末を聞きたいのは山々だけど、グッとこらえて(何であれこらえるのは得意だからね)家を出たわけ。

職場についてパソコンの電源を入れて、さてUSBメモリーを挿そうかと思ったらポケットに無いじゃない。お~い。どこ行ったんだあ。あなたがいないと困るのよう。と言っても出てくるわけじゃなし。おっかしいなあ、昨日ちゃんと入れたのに。

ああぁ。しまったあああああぁ。今朝の事件に気を取られて、昨日入れた背広と違うのを着てきちゃったじゃないのぉ。ま、しょうがない。今日は更新なしっ。と言うわけで次回の更新は明日のおったのっしみぃということにしておきましょう。←一体これいつ書いてるのじゃ

さて、デスクに落ち着いて、大先輩のおじさんがおごってくれたコーヒーを一口。大先輩なのに腰の低い人で、いつも私にコーヒーをおごってくれる。うううう。。。その気持ちが嬉しい。落ち着くなあ。

とことがところがところがところが。今日は今朝の事件の影響でお腹の調子が変になってたみたいで(そりゃデ・リ・ケ・エ・トですから)、そのコーヒー(ボタン押し間違えてアイスコーヒー)の冷たさで一気に爆発。うわぁぁぁぁ。ウンコ行きたい。

しかも、まずい、8時になった。うちの職場、始業と同時にみんなでラジオ体操するという体育会系のところで、しかもこれを抜けることができない。この状態で体操す.る...な....んんん...て。


第3章==

やれやれ。
やれやれ。
やれやれ。
やれやれ。
やれやれ。

何とか危機は脱しました。

ものすごい顔して耐えていると、上司がそれに気付いて、

上司:「たか号君大丈夫?」
あたし:「は....い....。だ..い..じょう..ぶぶぶぶ」
上司:「大丈夫には見えないけれど」
あたし:「....。(いいから、それ以上しゃべらせるな)」
上司:「具合悪いのなら座っとけば」
あたし:「い....え....。(俺にさわるんじゃない。)」(涙△涙)

すると突然、伝説のビッグウエーブがドナウの漣に変化しました。
上司の手はゴッドハンドだったのかもしれません。(*´∀`*)

今だ。

ラジオ体操は終わったし、朝礼が始まるけどもう知ったことではないYO。(笑)

という訳で(どういう訳だ)、今の昼休みを無事迎えることができたのでした。
でも、USBメモリーがないのは相変わらずなので、今日の更新は一日遅れになります。

記事の更新ができなかったので、お詫びに絵でも。
食パンマンです。
食パンマン

カッコいいでしょ。(←やめろぉぉぉ)


最終章==

前回書いた小ネタの最後の部分で紹介した3人の文章を真似てみました。

第1章「ちゃろん日記(仮)」   ななゑさん
第2章「香子の日常」       香子さん
第3章「あたしの昨日になる今日」 鈴さん

第1章は自分ではそこそこ行けたかなと思います。
ただし、フォントの大きさや、色、改行などは再現していません。

第2章は、テキストの断片しか手元に残っていないので、おぼろげな記憶を頼りにこんな感じだったかなあと想像しながら再現しました。元の文章を知っている方が読むと「違う」と言われるかもしれませんが、そこはご容赦を。

また、鈴さんを変なことに巻き込んでしまってすみません。もちょっときれいな内容で書きたかったのですが、第2章とのつなぎがうまくいかなかったので、その続きになってしまいました。

ここに出てくるエピソードは、脚色なし、全て実際にあったことです。

夫婦で寝室が別であることの理由を知りたい方は2005年11月10日のエントリー「ドクダミ茶を飲みながら」を参照して下さい。


最終章PLUS==

元サイトの1,2は読むだけのROMをやっていました。日記才人の前身、日記猿人の頃からです。
3はFC2のブログジャンキーで知り合ったところで、何度かコメント付けていました。

この文章をお蔵入りにしていた直接の原因は3の休眠ですが、もっと根本的な原因として1,2という超メジャーに対する気後れということもあります。シングルAどころか、地方草野球のルーキー程度でしかないここに、こんなの載せていいのだろうかという躊躇がありました。日記才人の上位の雰囲気は一種独特でした。書き手は下々から見ると近寄りがたいスター(古っ)みたいなもんです。文体をパロってるサイトもあまり見たことがありません。今になって載せる気になったのは、私が図太くなったということでしょうか。それでもまだ少しは地雷を踏むような心持ちがします。

ところで、「前回書いた小ネタ」というのは、今回の文章の前にアップするつもりだった文章で、例えれば露払いに当たります。横綱が休場したので、露払いもお役御免となりました。
こちらは、内容があまりに古くなっているので、今後も公表することはないでしょう。

とは言え、それがないと理解できない部分がありますので、一部だけ載せておきます。
小ネタと言いながら、これで全体の約15%です。改行は意図的に付けていません。

先日全く関係ないことを検索しているときに「ちゃろん日記(仮)」がヒットした。まだこれネット上に残ってたんだあ。一頃、日記才人のランキングでトップ独走していた日記サイト。私は同じ時期に人気のあった「香子の日常」のほうが、もっとお下劣で好きだったが、これは痕跡も残っていない。どちらもそれぞれの日常を個性的な文体(月並みな表現しかできないなあ)で綴ったものである。後者の激しい自己突っ込み満載の形式は鈴さんの「あたしの昨日になる今日」などに脈々と受け継がれていると思う。鈴さんがもう少し成長して、先行者を凌ぐ書き手になってくれることを期待したい。ところで、日記もブログもやっている人の自由意志で始めたり止めたりできるのはいいことなのだけど、文化ということを考えると、ネット上で公開され、多くの人を引き付けた文章が、うたかたのように消えてしまうのはなんだかとても勿体ないような気がする。終わった後で、そういうものがあったと知ってももう読むすべがない。その意味で「電車男」の出版は大きな意味がある。最近はブログの内容を出版するサービスも始まっているらしいけれど、あくまで本人の意思あってのことなので、書き手のほうが残すことを意図しないで書いているものを、他人が残してほしいというのは個人的な我侭に過ぎない。私自身がこうやって日々書きなぐっている文章も、今たまたまブログという手段で不特定の人に公開してはいても、私の意思と無関係に私の手の届かないところで残される(そんなこと有り得ないにしても)となったら、ちょっと待てと思うのだろう。幸いなことにちゃろん日記(仮)は今でも読める。もし知らなかったら是非読んでみてほしい。1999年暮から年明けにかけての入院顛末記だけでもいい。笑い死にすること必至である。

尚、ちゃろん日記(仮)は2007年中に閉鎖されています。ログ整理&移転のためということなので、いずれまた閲覧できるようになると思います。
どうしても読みたいという方は...。


最終章PLUS2==

えー。「序」と「最終章PLUS」を3月頭頃に書いて、いつアップしようかなと思いつつ、A子が色々と事件を起こしてくれるので身近なことばかり書いているうちにもう一月経ってしまいました。

いよいよ載せる気になって、今朝(2008/3/27)念のためと思って「あたしの昨日になる今日」を開いてみたら、何と2年ぶりに再開されていました。
この4月から大学生ですって。

こんなもの書いているから開いてみたとはちょっと言いづらくて「他と間違ってクリックした」とコメントしてしまいました。

今朝再開を知ったから載せる気になったということではありません。
本当にたまたまです。
でも、いつまた眠ってしまうか分かったもんじゃないので、急いで載せることにします。

尚、昨日書いた小説云々はこの文章のことではありません。

死神の精度(原作のほう)
伊坂幸太郎著 死神の精度(文春文庫版)読了。

伊坂節というか、あの語り口はテーマや形態(短編か長編か)が変わってもいつも冴えていていいですね。

死神は死にゆく人間にサービスをしません。それと同じで、作者は読者に対して期待に沿うようなサービスをしません。

なぜこの人物が死ななければならないのか。私だったら「見送り」にしてしまうんじゃないかなと思うケースでも、死神が伝える結論は「可」。
このサービス無しが結果として読者への最大のサービスになっています。

ところで、死神にとって人の死には意味も無意味もありません。であるならば、人の生についてはどう思っているのでしょう。これに関する記述はなかったようです。

==

ぼんくらな私は、本は沢山読んではいますが、謎解きがからむようなとき、それが読了前に判ったということが殆どありません。最初から諦めているような面があります。

本書の最終話で、老女が死神にあることを依頼します。その理由も読み終わるまでさっぱり判りませんでした。あれっと思ったのは、それまでの話で死にゆく人がすべて名前で表記されていたのになぜこの話だけ「老女」なのだろうという点だけです。表記が老女だったことは依頼の理由と関係ありませんが。

それで、この話のざっとした内容を説明して、かみさんに「なぜこれを依頼したと思う?」と聞いてみたら、数瞬で正解を口にしました。

先週終わったドラマ「鹿男あおによし」では早い段階でねずみの遣い番を見破っていました。

かみさんは全くと言っていいほど小説を読みません。
三角縁神獣鏡の何たるかも知りません。
なのに、この差は何なのでしょう。
「全てお見通しよ」と言われていそうで怖い(笑)。

今回のRead Moreに、私がかみさんに説明した程度のことを書いておきます。
未読で、興味のある方は謎解きに挑戦してみて下さい。

==

そんな私ですが、これまで小説らしきものを2,3書いたことがあります。でも、ひねりも仕掛けもなにも無い平板なものしか書けません。

他人が読んで面白くないだろうなと思って、これまでどこにも出したことがありません。
でも折角書いたからには誰かに読んでもらいたいという欲求はあります。

ここでこうやって表明することで自分を追い込み、どこかの(優しい)投稿サイトに載せてみることにしましょう。

==

会話文の中の句点の扱いについて、小説では最後の句点「・・・“。”」は付けないことがルールなんですってね。知りませんでした。

私は、文章中に会話がでてくるとき、最後に必ず句点を付けていました。?や!で終わる場合や、「老女」のように単語を強調する場合は別ですが、そうでない場合は必ずです。

「そんなことも知らなかったのですか。恥ずかしいですね。」こんな感じです。
「そんなことも知らなかったのですか。恥ずかしいですね」ルールに従うとこうなります。

それを知って改めて手元の本をめくってみたら、確かにどれも句点なしになっています。
ルールとは言っても業界ルールみたいなものらしいです。
というのは、昔、文部省が出した文書にそんなルールは載っていないからです。

でも、その世界では知らないとバカにされるほど当たり前のことらしいのです。、
検索すると、その理由が色々説明されています。一番説得力があったのは、句点と閉めの括弧が並ぶと行末処理が厄介になるからというものでした。
つまり、現場の必要性から決められたルールということになります。

それが業界内ルールとして定着しているので、知っているのが当たり前になったのでしょう。なんだかなあ、という感じです。

小学校で作文を書くときに付けるようにと教わった記憶があります。
とは言え、あえて異を唱えるほどの根性はありませんので、今後は付けないようにします。

==

[READ MORE...]
島鉄廃止
島鉄(島原鉄道)の南半分がこの3月いっぱいで廃止になります。
本当は今日、休暇を取って乗りに行く予定でした。

実は私あっち方面の出身で、子供の頃鉄道(というより汽車)と言えば島鉄のことでした。

当時は諫早駅で国鉄に接続されていて、長崎や博多に直接乗り入れる急行もありました。だから、線路を見るたびにこれが長崎や博多、ひいては東京までずっとつながっているんだという気持ちでワクワクしていました。

島原から北の半分は数回しか乗ったことがなく、今回廃止される部分だけが想い出の路線なのです。父が車を買うまでは家族で出かけるときよく使っていましたし、中学生になって友達と島原まで映画を見に行くのにもよく乗りました。

昔からずっと赤字経営で、何度も廃止のニュースが流れました。でも地元住民自治体の強い要望もあって生き残っていました。

ひどいなあと思ったのは、夏の暑いとき、映画の帰り、島原の次の南島原に着くと車内放送が入ります。「ただ今クーラーを切りました。窓を開けて外の新鮮な空気を入れてください」つまり、南線は儲からないからクーラーも入れられないということです。新鮮な空気とはよく言ったもので、暑くてたまりませんでした。

とうとう廃止になるので、見納めに子供を連れていこうと思っていました。とりあえず車で加津佐まで行き、車はかみさんに任せて島原にある親戚の家に先に行って待ってもらうという段取りまで決めていました。

でも、週末ごとに何やかやと用事(主にかみさんの)が入り、最後のチャンスと思っていた22,23日も駄目になりました。

29,30日は最終日間近なので混むかもしれないし、月末、期末、年度末が重なるので下手したら仕事です。

22日がかみさんの都合で駄目になったとき、「25日なら空いてる。休暇とれない?」と言うので、何とか仕事をやり繰りすることにしました。どうしても最後に乗っておきたかったのです。

それで、23日の夜に「頼むから、あさっては子供も含めて予定入れるなよ」と言うと、「は? 何のこと」もう忘れています。
「だから、島鉄」「あっ。あ。そう・・・だったわね・・・ごめんネ。A子とB太の塾の春季講座入れちゃった」「はあぁ」

ということで、今日は仕事してきました。
29日は予定が入っているとのこと。30日はまだ空いてるみたいです。
でもなあ、春休みだし全国から鉄ちゃんがどっと来るんだろうなあ。
さて、どうしましょうかね。

あ、念のため断っておきますが、私には鉄の要素はありません。


夏目湯浸中
3/18にかみさんとA子がOnePieceの映画を観に行き(この二人で行くことになった経緯は色々あるのですがとりあえず割愛)、そのときA子が「夏目友人帳」の1を買ってきました。

翌日、またA子が今度は近所の本屋で2を買ってきました。このときはどっちが先に読むかでかみさんとA子がバトルを繰り広げました。

私は、最近は新しいマンガにあまり興味がないので、信頼できる(つまりそこそこ以上に趣味が合う)人から薦められない限り読む気になりません。なので、その様子をふ~んという感じで見ていました。
でも、3/22(祝日)のピアノ発表会に時間つぶしにその2冊を持っていって会場のロビーで読んでみたところ、これが面白い。

発表会の後、夕方の買い物に付き合わされたときに本屋に寄って、3,4を購入しました。5は新刊棚にあったらしく気付きませんでした。

その日の夕食は餃子でした。家族全員で作り、私が焼く役目です。ふと見るとA子がいません。あれっと思って別の部屋に行くと、餃子作りをさぼって3を読んでいました。

取り上げて「たわけ!」と頭を叩き、餃子作りに復帰させました。

夕食が始まってしばらくすると、A子が「風呂に入る」と言い出しました。いつもはぐずぐずしてなかなか入らないのに、夕食もそこそこに入るなんて珍しいなと思いましたが、発表会の疲れが出たのだろうと解釈していました。

ところが30分くらいしても出てきません。かみさんは「風呂で寝る」常習者ですが、A子にそれはありません。でもそろそろ心配になってかみさんが様子を見に行きました。

「うわーーーー。」
風呂からかみさんの叫び声が聞こえました。

まさか。私も慌てて走っていくと、かみさんが呆れ顔で笑っています。
なんと、A子は湯船に浸かって3を読んでいました。
「友人帳(ゆうじんちょう)」じゃなくて、「湯浸中(ゆうじんちゅう)」。

即没収。一週間の閲覧禁止を言い渡しました。
元も子もないっていうのはこういうことですね。

==

夏目レイコさんは生きていれば何歳の設定なのでしょう。
セーラー服にあの髪型のせいか、世代がさっぱり分かりません。

貴志が世話になっている藤原家のご主人が私と同じくらいとして、彼が子供の頃にレイコさんに会っているから、10歳ほど上というところでしょうか。
とすれば、昭和20年代中ごろの生まれ、昭和40年代の前半が高校生、生きていれば60歳間近ということになります。もう少し下(若い)かもしれません。

これを考えているときに気付いたのですが、恐ろしいことに、計算上は、私と同世代で高校生の孫がいてもおかしくはありません。16+16+16=48.

それにしても、「ニャンコ先生」とは。私らの世代でその名前はキャット空中三回転ですよね。知ってて付けた名前なのでしょうか。

==

ざっと調べただけですが、やはりダムの燕の話が人気あるようです。LaLaの付録のドラマCDにもなりましたし(これはニコ動で聞きました)。

この話が1巻の最後に載っているというのが絶妙かなと思います。

世界でも珍しいんだって
今夜の世界仰天ニュースでやっていたアレルギーの中で、最初に出てきた圧迫アレルギーを「世界でも珍しい症状」と言っていましたが、実は私もほぼ同じ症状を持っていました。

テレビに出ていた青年は、触るだけでそこの皮膚が腫れるというものでした。しかもその周辺も赤くなっていました。

私はそれほどではなく、触れただけでは症状がでません。引っ掻くよりも少し弱いくらいの刺激で、その部分だけが腫れ上がります。

だから、細い棒(鉛筆の反対側の角など)や爪などで刺激すると、そのままの図形、文字がくっきりと浮かび上がります。引っ掻くだけではなく、少し強く押した場合も出ていました。

彼の場合は痛くも痒くもないということでしたが、私の場合は強い痒みがありました。
だから、一度それが出ると、同じところを何度も掻くことになるので、その周辺で連鎖的に腫れがでてきます。それと、少し熱をもっているようでした。

ある程度までいくと、ひりひりしているのが定常状態になってしまって、もう掻かなくてすむようになり、それから一時間ほどで治まっていました。

このように微妙に症状が異なりますが、恐らく同類なのでしょう。
私の両親、子供に全くその症状がない点も共通しています。

この症状は、小5くらいから出始め、中学くらいがピークでした。その後も20歳過ぎまで出たり出なかったりが続き、30歳くらいでようやく出なくなりました。
今でもごくたまに出ることがあります。

医者に相談したこともありましたが、「アレルギーでしょう」で済まされてしまい、治療らしいものを受けたことはありません。

見て気持ちのいいものではないし、痒いし、いいことなんて一つもありませんでした。
他人にはあまり見せたことがありません。
テレビで紹介されていた彼と、その奥さんのエピソードなんてとてもじゃないけれど信じられません。
世界でも珍しいものだとしても、嬉しくもなんともないですね。


埋もれていたお宝はまた埋もれる
A子が小学校に上がるとき、学習机を地元の小さな家具店で買いました。
おまけとしてキャラクターの描かれたビニール製のデスクマットを付けてもらうことになり、在庫の中から好きなのを選んでくださいと言われました。

行ったのがちょうど今頃、3月の半ば過ぎでしたので、あまり数が残っていません。A子はハム太郎のを欲しがりましたが、もうないとのこと。もともと女の子向けのは種類も少なかったのです。

仕方ないので、カードキャプターさくらのを貰うことにしました。

しかし、たまにテレビで見るくらいで特に好きということでもなかったので、しばらく使った後は裏返しにしていました。

その後、テレビでつばさクロニクルが始まり、xxxHOLiCを私が買ってくるようになると、俄然CLAMPに興味を持つようになりました。

今では、魔方陣の一部を見ただけでそれがどのキャラのものか言い当てるまでになってしまいました。(オタ道まっしぐら 泣)

お好みは、ファイ。もう一人がOnePieceのサンジ。共通点分かりますか?

さくらも再放送されたときに見はまっていました。

そこではたと思い出したのが、例のデスクマットです。
思わぬお宝が自分の机に載っていた(正確には埋もれていた)のです。

ということで、数年振りに表向きになったデスクカバーですが、机の上の整理が悪いので、結局何も見えません。それに、汚れたり、傷がついたりするリスクが増えました。

こんなことなら、裏返しのままがよかったんじゃないかなあ。

写真を撮ってここに貼ろうかと思いましたが、障害物(机の上の)が多すぎて断念しました。


Vday&Wday
B太がホワイトデーのお返しを作るというので、昨夜私の実家に行きました。
彼はこういうの本当にマメです。

うちのかみさんは結婚以来十数年、シフォンケーキを一度焼いたことがあるっきり、お菓子を家で作ったことがありません。せいぜい、買ってきたスポンジに果物を乗せてクリームを塗ったケーキを作るくらいです。

実家の母は、昔から色々なお菓子を手作りしていました。
その指導を受けて、けっこうおいしいクッキーが沢山できました。

でも、その大半は、かみさんの友チョコのお返しになってしまいました。
(B太にも食べさせたでしょ。だからお返ししなきゃ、という理屈です)

==

A子の学校で先月、ある生徒の鞄からバレンタインチョコの包みが見えていて、それをきっかけに学校中を巻き込んだ大騒動になっていったそうです。

全員にアンケートをとって、「持ってきた」「貰った」「食べた」を申告させ、その内容によって処分が行なわれました。部活停止とか、トイレ掃除とか。

自己申告ですから、正直者ほど不利になっています。それと、もてるやつほど。

学校へのお菓子の持ち込みや、ましてやそれを食べることは禁止されています。
でもなあ。いまどき、バレンタインを問題にするという感覚がわかりません。

この習慣の善し悪しはとりあえず置いとくとして、もう何十年も前から連綿と行なわれてきた学校の「裏行事」を、今年だけ取り上げて処分までするなんて。

先生達の大半は、従来から生徒が持ってきていることは知っていて「本音と建前」で見てみぬ振りをしていたのが、現物が顕わになったことで建前が表に出てきたということなのかもしれません。
A子からの情報しかないので、職員室の空気が判りません。

だから推測なのですが、たまたま最初に「発見」した教師と、その報告を受けた校長が「ちょっと変な人」で、ここまで拡大したのではないかと思っています。

職場でこの話をすると、私より下の世代の人は「それはひどい」という反応を示し、上の世代の人は「自分らの頃はバレンタインデーなんて無かったもんなあ」と言います。

都会は知らず、こちらのほうでは、70年代の前半ころからその習慣が始まっています(経験値)。だから、私の世代を境にして、その上下で受け止め方が微妙に違うようです。勿論、一様ではありませんけれど。

酸いか甘いか、何がしかの想い出がある人と、それが全くない人では、物事への対処が異なるのかもしれないですね。校長は明らかに私より上の世代です。いずれにしても、個人的な思いはともかく、表立ってしまっては処分もやむなしでしょうか。

ずぼらなA子は準備が間に合わず、持っていっていませんでした。しかし、女の子から友チョコを貰っていました。それを正直に申告して、トイレ掃除をやっています。

今月になって、学校内で「ホワイトデーのホの字も口にする人はいない」そうです。

==

念のため、私のスタンスを表明しておきます。上で書いた趣旨に反するようですけど。

あんなくっされいべんとさっさとほろんでしまえ。


スペースシャトルとアポロ
「中年の星」土井さん、順調のようですね。

その土井さんが宇宙を目指すきっかけとなったのは、アポロ11号の月着陸だそうです。
あれ、違うかな。購読している「勝谷誠彦のXXな日々」にそういうことが書いてあるのですが、きっかけとは書いてないか。ま、いいや。

私より5歳ほど上なので、そのとき中学生。私は小4でした。

私も中学の頃は天文少年の端くれでしたが、この頃は、視力が悪くてメガネかける前だったし、それほどでもなかったかもしれません。

でも、アポロのニュースはよく読みました。

自分でも不思議なことに、11号の月着陸は確かにテレビで見ているのですが、最初に見たときは画像も悪いし、あまりリアルに思えなかった記憶があります。

むしろ、その前の年にアポロ8号が人類で始めて月の裏側を回ったときのほうがものすごく興奮しました。
それだけならアポロ全体の中では大したイベントではありません。しかし、宇宙船が月の裏側に入ると、地球からの電波が月で遮断され、通信が全くできなくなるのです。こちらには何十億という人間がいるのに、指令船の中にはたった3人。その隔絶された状況を想像していました。

その記憶が強かったので、11号のときは終わってしまったイベントの映像を後から見せられているような気分だったのかもしれません。

こういう受け止め方はちょっと特殊としても、68年から69年にかけてのミッションは、短い期間に沢山の打ち上げがあって華々しかったです。

それと比較して、現在のシャトルのミッションや、宇宙ステーション「きぼう」は、派手さという点で子供に与えるインパクトは弱いかもしれません。

「きぽう」にかかる費用は1兆円とか。道路にかける金に比べたらそう多いものではありません。国民の希望のためだったらもっとかけていいように思います。

土井さんの無事なご帰還を祈ります。
不発弾処理の憂鬱
前回書いた爆弾ですが、思わぬ方向から飛んできました。

「最近のA子のパソコンへののめり込み方は異常じゃない?」
「えっ...。そう?(汗)」

「うん。あなたがいないときでも、私が目を離したらす~ぐパソコンの前に座ろうとするし、この前もね、画面をちょっと覗いたら、『私の部活は』なんて書いてあったの、あれ、チャットっていうやつじゃないの。」
「あっ、いや...。あれは、チャットじゃない。うん。リヴリーでのチャットはやっているみたいだけど、それ以外はやってないはず。あれは『掲示板』ってやつだな。(大汗)」
「そ~おぉ?」
「ほんと。」

「ま、いいわ。パソコンでも少しならやっていんだから。それとね....(以下略)」

おおっと。これは意外な展開です。
かみさんの口から初めてパソコンの使用を容認する発言がありました。

でも、この「少しなら」が曲者で、平日は夕方部活、そのあと塾やピアノ、帰ってから夕食と宿題と風呂という生活なので、かみさんの基準で言えばパソコンやる時間などないのです。
恐らく、この「少し」というのは、「週末に1時間くらい」と解釈しなければなりません。

それじゃあ、ブログ更新はできないし、メールチェックもできません。

上記の(以下略)の部分で、生活態度がなっていない、片付けはしない、物はなくす、大事なことを忘れる、という類の話が延々とありました。

つまりそういうことが出来ていないのに、パソコンなんかやってる暇あるものかということです。
マンガ描きについても同じことです。
ご意見ご尤も。

ただ、この問題はA子が小学校の頃から何度も繰り返してきたことです。
確かに、A子の部屋は「のだめ」状態です。
これは、多分、遺伝です。私も全く同じでした。

それと、これを私に言う理由は、「私が言っても聞かないし反発するから、あなたがA子に言って。」ということです。
これも何度も繰り返していること。

やり方変えてみないとだめですね。
単に片付けろと言っても、そのときだけですぐ元に戻りますから。

ということで、爆弾は予期せぬ方から飛んできましたが今のところ不発でした。
でも、その不発弾処理のほうがもっとかっやいかもしれません。



極秘プロジェクト進行中
昨夜、10時少し過ぎにかみさんが名古屋から帰ってきました。
お土産の披露とか、この2日間の出来事の報告などは平穏でした。

現在、私とA子で一つのプロジェクトを進行させています。それで、ある人からのメール連絡を待っていました。
先週からパソコンの前で二人でなんじゃかじゃやっているものですから、かみさんが「なにか怪しい」と感づいたようです。

それと、私自身も最近あし@に登録して、他のブログさんを見に行く機会が増えたので、夕食後などにすぐパソコンに向かうようになり、これもそういう事情を知らないかみさんにしてみれば「怪しい」の範疇に入るのでしょう。

かみさんは、パソコン、ネットに全く興味がなく、録画していたテレビ番組を見るとき以外は触ろうとしません。ゲームにも興味がありません。「ゲーム脳の恐怖」に洗脳されていますから、子供がゲームすることも厳しく(他の子の家でやる程度は黙認)禁止しています。子供とネットの関係については、こちらを参照してください。

さて、そのかみさんがビールを飲み始め、A子が風呂に入りました。
その間に私がA子のメールボックスをチェックすると待っていた連絡が入っていました。
歯磨きついでに風呂に入っているA子に「来たぞ」と伝えました。

その時点で午後11時。自分は夜更かし朝寝坊のくせに、子供が同じことをするのを嫌うかみさんは、まだビールを飲んでいます。

今日の返信は無理だなと思い、私は居間の隣の和室で布団に入りました。その枕元の背の低いテーブルにパソコンがあります。

風呂から出たA子は、直接和室に来て返信を書こうとしました。この行為がかみさんを爆発させました。

ふすまをガラッと開けると、「何やってんの?」

A子「ううん。別に。」
かみさん「ふーん、そう。じゃ、見してもらおうかな。」(A子の横に座り込みます)
A子「だから、別に何もしてないよ。」(あわててメールフォームのブラウザを閉じます)
かみさん「何もしてないんならいいでしょ。」
A子「だって、お父さんはいいって言ってるんだし。」(あわててLivlyを開きまた閉じます)

それから、ディスプレイの電源を切って、そそくさと二階に逃げました。
かみさんはふすまを閉めて、しばらくすると二階に上がって行きました。

今朝はいつのもようにかみさんが起きてくる前に家を出ました。仕事から帰ったとき、つまり今は何か知りませんが買い物に行っているとのこと。

まもなく帰ってくるでしょう。ああ、コワ。

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と、ここまで書いたところで帰ってきました。明日A子の遠足とかで、その買出しでした。
なんだか、とても上機嫌です。
いずれにせよ、パソコンを扱っているのはまずいので、一旦画面切ります。

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ふう。かみさんが風呂に行きました。
昨日のことは無かったかのように、楽しい食卓でした。

でも、絶対覚えてるもんなあ。結局、いつか爆発する爆弾が増えただけかも。
コエエ。wwww

ひいい
A子はイラストやマンガを描くのが好きで、ノートに鉛筆書きのストーリーマンガを描いては学校で友達に見せたりしています。

私はそれを見たことがありません。どうもファンタジー系のようです。

かみさんは「描くなとは言わない。でも描く時間なんてあるの?」というい言い方で「描くな」と言っています。

しかし、中学生になるとそうそう簡単には言うことをききません。色々智恵を絞って、描く時間をひねり出しています。

私は、楽しみを「禁止」という形で取り上げるのは、無理やり勉強させるより遥かに悪影響でしょうから、そこそこにしておきたいとは思っています。

それを汲んで「そこそこ」にすればいいのに、寝る間を惜しんで、もしくは教科書の下に隠して描いていたりするものですから、その報いで今苦しんでいます。

ところで、A子とC介は週一回ピアノのレッスンにかよっています。家から車で10分ほどのところにある先生の自宅なので、二人一度に連れて行って、終わる頃にまた迎えに行っています。だから、一人がレッスンを受けているときは、もう一人はその場で待つことになります。

個人レッスンなので時間がきっちりしておらず、他の生徒さんでも早く来て待つなどのケースがあるのでしょう。退屈しないように、マンガや本などが置いてあります。

それもあらかた読み終わったA子は、待ち時間にマンガを描くことを思いつきました。
そして、準備万端、マンガ用のノートを持参して描き始めました。

レッスンはC介が先です。途中まで描いたところでA子の番になりました。レッスンが終わる頃、かみさんが迎えに来て帰宅しました。

その翌週。レッスンに行くと、先生が「はい。A子ちゃん。」と、例のノートを手渡してくれました。そう、途中まで描いたまま、そこに忘れて帰ったのです。

「それでね。この一週間他の生徒さんがみんなこれを見て、『続きが見たい』『また忘れていってくれないかなあ』と言ってたんだけど。」
「えーーーー。」

この「えー」は、嬉しいの「えー」ではなく、恥ずかしいの「えー」です。
これまでも学校の友達に見せるために描いていたのですから、本来なら他人に見られても恥ずかしくない(絵や作品の質の問題は置いといて)はずです。

ところが、今回のはよりによって初めて描き始めた「恋愛マンガ」でした。
それを年に一回、発表会のときにしか会わないような同世代の子供が読んだというのは、相当恥ずかしかったようです。
恥ずかしがったところで、すでに読まれたものは取り消せません。

「ま、面白くなかったって言われるよりいいじゃん。」
「でも、今月発表会だから顔合わすんだよ。」
「あ、そうか。また続き読ませてって言われたりしてな。」
「ひいい。」


アメアメフレフレ父さんが

B太が今年になってから塾に通いだしました。中学受験するかどうかまだ分かりませんが、中学生になってからのA子の状況をみるにつけ、このままではまずい判断したことと、夏休みの講習に行って本人が気に入ったことがその理由です。その塾は、現在A子が行っているところと同じですが、曜日と時間帯が違います。学校帰りに直接バスに乗って行き、7時半頃に帰ってきます。

うちの近所を通るバスは4系統あり、最寄のバス停もうちを囲むように3箇所あります。たまたまやってきたバスに乗ることになるので、どの系統に乗ってどのバス停で降りるかはそのときになってみないと分かりません。そして、当然の如く携帯は持っていません。

火曜日に、私が珍しく7時少し過ぎに家に帰りました。昼間は晴れていたのに、その頃になって雨が降り出していました。私はいつも折りたたみ傘を携行しているので、濡れることはありません。

「ただいまあ。外、雨降っとるばい。」
「あら、そう。じゃ、B太を迎えに行って。」

ちょっと待て。それが疲れて帰ってきたダンナに言う台詞か?
などとは口にせず、「ええ~。でも、どのバス停か分からんじゃ?」
「適当でいいわよ。歩いてれば会えるでしょ。」

無茶苦茶ですが仕方なくそのまま玄関に戻って家を出ました。

私はその日乗ったバスが家に近いバス停で降りると登り坂を歩かなければならないものだったので、距離はありますが下りになる一つ前のバス停で降りました。

もしB太がその同じバスに乗っていたら、いくら登り坂とは言っても歩く距離が短い分、私よりも先に家に着いているはずです。

なので、最初からそのバス停は捨てて、別のバス停に向かいました。
100mほど歩いて、見通しのいいところから眺めると誰も道を歩いていません。

急いで引き返して別のバス停に向かうと、目の前をバスが通って行きました。
「あれだ。」と思って追いかけます。

当たりでした。
降りてきたB太が私を見つけて「あれ、お父さん、こがんとこで何ばしよっと?」と聞いてきました。
「ほれ。」と傘を差し出して、先に歩き始めます。

家に一番近いバス停なので、歩いても2分とかかりません。
それだけのことですが、B太は嬉しそうでした。


唯一の怪奇現象

私は所謂霊感というものはあまりありません。
変なものを見たり、聞いたりした経験もありません。

ただ、特定の場所に行くと頭痛がしたり、気分が悪くなったりするのに、そこを離れるとケロっと直ってしまうということはままあります。

長崎のある神社がそういう場所の一つで、最初の子のお宮参りなどには行きましたが、気分が悪くなるのに気付いてからは、七五三や他の子の宮参りは別の神社で済ますようになりました。

具体的に影響を蒙っているのはせいぜいこの程度です。
(そんなことで神社選ぶという時点で相当来ていると思われるかもしれないですね)

そういう私でも、子供の頃、不思議な現象を目にしたことがあります。

家のすぐ近所に母の実家があって、よく遊びに行きました。
遊びに行くと、婆さんからまず仏壇に手を合わすようにと言われます。

そこの仏壇には江戸時代からの位牌がずらりと並べてあり、なかなかの壮観でした。
お寺にある墓地にも墓石が並んでいて、そのうちの一番古いものには明和の年号(200年以上前)が彫ってあります。

仏壇で線香を上げる作法は結構いい加減で決まったやり方というのはありませんでした。
あるときは、2本だけをくっつけて立てたり、またあるときは、3本をを少し間隔を開けて横に並べて立てたりします。

ある日、いつものように線香を上げ、このときは3本並べで立てました。それから蝋燭の火を消して、その家の子、つまり私のいとこと遊び始めました。

あまり時間が経たないうちにもう一度その仏壇の前を通りかかってびっくりしました。
線香の灰が輪を作っているのです。しかも3本とも。

こんな感じ。

線香


この絵は3本の状態を描いているのではなく、1本が時系列でどう変化したかを表しています。

あわてて大人を連れてきてそれを見せると、「これはご先祖様が喜んでいるということだろう」と言われました。その言い方が、不思議なこと、珍しいことという雰囲気ではなかったので、「ああ、そうか」と納得してしまいました。

だから、怖いとか気味悪いという感覚はなく、さりとて、ご先祖様に感謝という気持ちもあまりなく、単に面白いなあという思いのほうが強かったです。

それからも何度か同じ現象が起きました。面白半分で不必要に線香に火を付けたときは起きなかったようです。自分の家の仏壇では一度も見たことがありません。

成長するにつれてそこに遊びに行く機会が減り、その現象を目にすることもなくなりました。今でも、お盆や彼岸などのときに線香を上げることがありますが、もうそれは起きないようです。

これはどうなのでしょうか。世間一般でも起きていることなのでしょうか。
何かの折に雑談の一つとして友人知人に聞いてみても、それを見たことがあるという人に会ったことはありません。

この文章を書くに当たって、「線香 "灰が輪"」で検索してみたら、こんな詩が見つかりました。(実はこの文章の元は2年ほど前に書いたもので、検索もそのとき行っています。現在は検索しても出てきません。)

ずっとここで生きたあなた

詩のなかの表現であるため、実際にそういうことがあったのか、象徴的に書いてあるのかは分かりません。それに、これは投稿された詩なので、作った本人に直接尋ねることもできません。そのサイトに掲示板がありますが、投稿されたのが相当前のようなので、ちょっと躊躇しています。

メーカーさんにこういう現象が一般的にあることなのかどうか問い合わせてみようかな。

==

かみさんは怖がりのくせにこの手の話が大好きで、さっきも「学校へ行こう」に出ていた江原何某の話を聞きながら涙を流していました。

私が鼻で笑うと、「冷血漢には分からないのよ。」

はいはい、冷血漢で結構。
頼むから、パソコンに沢山録画が残っている「オーラの泉」を早いとこ見て削除してね。


アンラッキーなラッキー
私は、あまり自分の身なりに頓着しません。だから、床屋にも数ヶ月に一回行くだけで、行ったらスポーツ刈りにしてそのままにしています。

この前は年末だったのでまだ2ヶ月しかたっていませんが、C介が行きたいというので、連れて行くついでに、私も散髪することにしました。

いつものように、「短めのスポーツ刈り」と言って、あとは寝ていました。
そしたら、バリカンで刈っている途中で、「ジャリ」っと音がしました。

若いスタッフが「ああっ、すいません。」と言っています。

頭の前の方、つまり、長めに残す方を刈っているときに、バリカンの操作を誤って一部だけ刈り過ぎたようです。

でも、見てもそれほど気になるくらいではないし、本当に変だったらもっと短くしてもらえば済むことなので、「ああ、いいですよ。このくらい。」と答えました。

で、一通り終わって、金を支払う段になったら店長らしい人がやってきて、「今日は、お子さんの分だけで結構です。」と言ってくれました。

「ラッキー。」

でも、根が(バカ)正直なので、かみさんに事の顛末を話してしまい、
「あら、良かったわねえ。じゃ、それでビール買ってきて。ラッキー。」

「アンラッキー。」

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A子のブログで、スクリプトタグの追加やCSSでの文字色変更などをやってあげました。
「普通の親父はこんなことできないぞ。」

HTMLとか、CSSとかさっぱり分かっていませんが、ブログタイトルなどの文字色が変わるのを目の当たりにして感心しきりです。
また少し株が上がったかな。

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今日は雛祭りということで、ちらし寿司と貝のお吸い物(今年は予算不足でアサリの味噌汁で代用)でした。



篤姫パッシング

週刊新潮にNHK大河ドラマ篤姫の批判記事が載っています。
1時代考証がいい加減
2主演の女中顔

1は言わずもがなだと思います。

私も見ていて変だと思う点がいくつもあります。でもそんなこと口にしようものなら、「楽しく見てるのに、余計なこと言わないで」と返されるのが落ちなので黙っています。

大河ドラマが変なのは、ここ十数年周知のことです。元寇を扱ったときのなんか変の極致でした。でもそれが嫌なら見なければよろしい。実際、うちでも北条時宗は見ませんでしたし、

今回の篤姫は、そういう変な部分を込みで面白いと思うから見ています。
時代考証を気にする人なんて、人数にすると微々たるもの。考証に厳密に従ってたら、今時の人は見向きもしないでしょう。

既婚女性の鉄漿(おはぐろ)なんてその最たるものです。あれは気持ち悪くて見てられません。小さいとき、田舎だったのでまだそういう婆さんが近所にいて、怖かった記憶があります。完全に慣れの問題でしょうけれど。

そういう意味では、将来ちょん髷なしの時代劇というのも出てくるかもしれません。
あの髪型も変て言えば変ですから。(でも、これはありえないか。)

2は、それを言っちゃあお終いよです。
あの顔が我慢できないのなら、見なければよろしい。

普段、NHKにはむかつくとこも多いですが、珍しく擁護してみました。

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プロフィール画像に使うのに元祖たか号の写真を撮りたかったのですが、平日は暗いうちに家を出て、暗くなってから帰るので無理。ようやく今日撮れると思い、朝飯のあと朝風呂に入っていたら、職場の上司から「昨日たか号君が出した数字、ちょっとおかしいとこあるから、月曜朝一で修正して」との電話があり、そう言われて知らん顔もできないので急遽出社して、今日もだめでした。

明日こそは。

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前回書いた文章はちょっとナイーブ1だったみたいです。

これまであまり縁のなかったアダルトコメも付くようになったし。
妙な検索はかかってくるし。
挙げていた過去分を読んで頂けたような形跡もないし。
現実は甘くないですね。

それは仕方ないものと受け止めて、自分でやりたいようにやっていくことにします。
なにしろ、ナイーブ2なので。

naive 1 (主に軽蔑)単純[未熟]な, 世間知らずの, 甘い.
naive 2 無邪気[天真らんまん]な, 純真(無垢(むく))な, うぶな.




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