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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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A子が悩んでいます。

小遣いでペンタブを買うか、ボーカロイドを買うかで。
現実問題としては、どちらも厳しいです。

現在、私が出勤してから帰宅するまでの間、我が家のパソコンのキーボードとマウスは忽然と姿を消します。
かみさんが取り外して隠しているからです。

台所の床下収納に入れているか、車に積んでいます。
勿論A子にパソコンを使わせないためです。
この措置は結構あちこちの家庭で行なわれているみたいです。

「週末、お父さんが見ているときだけ使うという約束でしょ」

だからね、普段からやるべきことをちゃんとやってればこんなことにならないのに。

これではA子がやっているブログの更新ができません。
唯一の対抗策は、6時半に私が家を出て、かみさんが起きてくる7時までの間にゲリラ的に使うことだけです。

残念ながら、かみさんと同様に宵っ張りで朝寝坊のA子にはこれが難しい。
パソコン使えるのは分かっているけど、起きれません。
まあ、起きれたとしても、弟達が告げ口するから余計危ないということもあります。

以前は、昼間A子がどれだけパソコンをいじったかを留守番している婆さんが逐一報告していました。
だから、キーボードマウスを隠すという暴挙に出るようになったのです。
普通は孫のやりたいことを黙っておいてやるんじゃないかなあ。婆さんは娘の言いなりだからなあ。

ということで、どちらを買ったにしてもそれを存分に使いこなすことができるかというと、望み薄なのです。

選ぶとすれば、ペンタブでしょうね。
イラストなら少しずつ描いても総時間はたかが知れてるし、途中で止めてもそこそこの物にはできるでしょうから。

DTMはどれだけ時間があっても無理でしょう。
出来合いの歌を打ち込んだところでそれを自分で聞いてお終いだし、調教なんか(スキルは度外視しても)やってる時間なかろうし、自作の歌なんてとてもとても。

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「『も』で始まる動詞の語幹」は使わない
先日の秋葉原での大量殺傷事件が起きた直後は、犯人の趣味に焦点を当てた報道が多かったような印象があります。それらを見るにつけ、かみさんが「だからオタクは駄目なのよ。子供がそんな興味を持つようなことは止めて」と言っていました。
ま、これはいつものことなので、面倒とは思いつつ「はいはい」といなしていました。

事件からしばらくたって、事件報道の論点がそこから少しずれてきてやれやれと思っていたら、今度は宮崎勤の死刑執行でまたぶり返しています。

オタクと一言で言っても、その言葉の表す範囲は広いし、境界は曖昧だし、誰が見ても紛う方なき「立派なオタク」であってもそれが複数いれば中身は違うし、健全不健全の判断は主観の問題だし、そう簡単に決め付けないで欲しいです。

でも、宮崎事件からこっち、かみさんを代表とする非オタク世間一般の評価は、単純化して言えば「オタクは駄目」ってことですね。

数週間前の読売新聞の文化面に、今の若い人の間で新しいヒエラルキーが生まれているという記事がありました。ギャル系が最高位、オタクが最下層だそうで、階層が違えば同じクラスであっても口を聞くこともできないのだそうです。

アワアワ。

「学級xヒエラルキー」というマンガに小学校で親の職業、地位で子供にヒエラルキーが発生している場面が描かれていますが、これとはちょっと違うみたいです。

それにしてもギャル系が最高位ってのは納得いかないなあ。「人としてどうよ」という基準に照らせば、オタクのほうが「いい人」が多いんじゃないかなあ。
逆に、だからこそ発生した状態かもしれません。上の方が強い訳ですから。

記事はネットにありませんでした。代わりにこんなのありました。私の読んだ記事の記憶している内容とちょっと違うけど、同じようなものでしょう。

ここまで前説です。
あ、違うわ。本論に入る前にもうちょっと書くことがありました。

ここしばらく、頻度にムラはあるもののここのエントリーの更新はなんとか続けていました。でも、足@でお気に入り登録しているブログさんの訪問は出来ないでいました。

読む態勢(体勢と言った方がいいかも)を整えてからでないと、その気になれないからです。
足跡を付けるためだけに開くのは意味ないと自分では思っていますので。

昨夜は幾つかの幸運が重なって、多目の自由時間が出来ました。(どんな生活やねん)
それで久々にあちこちお邪魔して、ある程度読ませて頂きました。

その中で、ろぷさんのこの文章「【小論文】宇宙の組成における、妖精族とそのスクミズのかかわりについて」、いやあいいなあ。
世辞ではなくろぷさんの文章はどれも面白いのですが、これ秀逸です。

ここからが本論です。

私の職場では全員がパソコンを使っています。職務や年齢によって、ノート、2画面、大画面(19インチ)、ワイド画面(20インチ)と色々です。大画面は老眼対策です。私は17インチ2画面を使っています。

壁紙に何を使うかは、暗黙の自由になっています。
子供の写真、飲み屋のお姉ちゃんの写真、車、色々です。
グラビアアイドルやヌード物はセクハラの問題があるので最近はさすがにいません。
それと、半数以上の人は何も使っていません。興味ないってこともあるでしょうが、変え方を知らない人もいまだにいるのです。

私はサブ画面では壁紙.COMのカレンダーを月替えで使っていました。風景物だけです。
メイン画面はアプリで隠れていることが多いので、都度適当に気に入った画像を使っています。
それと、私の画面は窓の方を向いているので、他の人から覗かれることは滅多にありません。

このメイン画面に「それっぽい画像」を使っていたときのこと、ある女性社員が私の席のところにやってきました。私はキーボードを操作しながら仕事の話をしました。
説明の都合上、デスクトップにあるアイコンを出す必要が出てきて、ショートカットキーで開いているアプリを同時に全て最小化しました。
当然、「それっぽい画像」が表に出てきます。

この画像、今ネット上で消えているので例示することができませんが、私としては別にどうってことないごく普通のイラストだと思っていました。

ところが、その女性社員(30代半ば)はドン引きしました。
「え、こんなの使ってるんですか。いい年して」
「・・・」

それから、またしばらくはメイン画面の壁紙も無難な風景写真にしていました。

しかししかし、最近A子と一緒にpiaproを見るようになって、日々大量に登録されるイラストを眺めていて、「おお、これは!」というのに出会いました。

これです。http://piapro.jp/a/content/?id------- うがあ。確認したらイラストが消えてた!!
仕方ないので、作者inkさんのページをリンクしておきます。

もしくは、この動画の1分15秒以降に使われています。
【ニコニコ動画】「悪ノ娘」「悪ノ召使」を独自解釈してストーリー化してみた#E02

個人的なポリシーとして「『も』で始まる動詞の語幹」は使いませんが、正にその状態。

うううう。壁紙にしたい。しかし、先日のトラウマが。うううう。
と、苦悶していたところに、ろぷさんの文章読んで吹っ切れました。

ええわい。引くなら引け。俺はこれが気に入ったんじゃい。
ということで、本日からサブ画面の壁紙に使うことにしました。
もうダウンロードしているから消えてても平気です。

ろぷさん、そんなつもりではなかったでしょうが、背中を押してくれてどうもありがとう。


緑川ゆきさんの作品について
夏目友人帳から始まって、ようやく現在普通に入手できる緑川作品全てを購入しました。
「あかく咲く声」はコミックス版が欲しかったのですが、近くの古本屋には在庫がなく、ネットのは高いので仕方なく文庫版を買いました。これ、友人帳のアニメ化を契機に増刷されないですかね。文庫版が出てまもないからしばらくは無理でしょうか。

単行本未収録作品が数多くあり、それらを見ていないので正確な判断ができない面があるとしても、「あかく咲く声」がその後の作品の原点になっているのがよく分かりました。

全体として爽やかに描写されている印象があり、緑川作品を表現するのに使われる「空気感」という言葉の意味もなるほどこういうことかと納得できました。
この「爽やか」という言葉ではちょっと的外れで実際を表現しきれていません。人物、風景、心象、そういったものの描写において、ウエットな場面でもその湿度を感じさせないのに、読み手の心には暖かく濃密な潤いが湧いてくるとでも言えばいいでしょうか。

さすがに私の歳になるとどれかのキャラに入れ込むなんてことはありません。感情移入するとか、自分を投影するという感覚は希薄です。かといって、娘や息子のように感じるのでもありません。

ストーリーにも不満な面が多々あります。作者が意図的に組み込んでいる「しかけ」と言われるものが、むしろ面白さを阻害していることもあります。友人帳でも、毎回繰り返される前説はもういいのではないかと思います。

では、何が気に入ったのかというと、ちょっと大げさに言えば時代を超えた普遍性を持っている点です。緑川作品は、時代設定をどこに置いても通用します。小道具の中に時代を匂わせるもの(MDなど)が少しはありますが、そういうものは極力避けてあるようにも見えます。
だから、高校生の登場人物に直に感情移入するには少しひねてしまったけれど、自らのそういう時代にも有り得た話の一つとして受け止めることができるのです。
勿論「緋色の椅子」は別格扱いです。

それから、細かい点ではありますが、吹きだしの枠外に書かれているボソッとした科白の面白さや、1/4などに記載されている作者自身の文章から垣間見えるご本人の人柄の良さも大きな魅力の一つです。

私はいわゆる少女マンガというものを若い頃はよく読んでいました。花の23年組が華やかりし頃のことです。その後、お気に入りに漫画家さんの作品は別にして、新しい人のものはなかなか手が出ないでいました。

娘が中学生になり、その影響もあって、また少しずつ読む領域が広がってきています。
とは言っても、各作品は面白いと思いつつも、漫画家さん個人に興味をもって遡って読み揃えようと思う人はあまりいません。

緑川ゆきという人は、最初の取っ掛かりがちょっと難しいにしても、私のような年齢のおっさんでも、入り込んでしまうとその世界に魅了されてしまう描き手の一人です。

友人帳のアニメがその取っ掛かりの一つになればいいなと思います。
でも、テレビ東京系深夜枠じゃあまり期待できないか。
(ああ、勿論沢山のファンの方がおられることは承知しています。あくまで、私のような年配でまだ知らない人にとっての取っ掛かりという意味です)

緑川さんに関して、私がいつも情報を貰っているサイトはこちらです。緑川妄想学会が面白いですよ。
管理人あげおさん 「あかい花」「あかい花」


==

今回は意識的に「思います」や「でしょうね」といった曖昧な語尾をできるだけ避け、断定する文章を心がけました。
普遍性を持っていると感じるからでしょう。 → 普遍性を持っている点です。 
我ながら、ちょっと新鮮かも。

尚、これは3月24日に書いた「夏目湯浸中」の続きになります。

遺伝と学習と
昨夜はC太をピアノのレッスンに連れて行って、ついでに私の実家に寄りました。
目的は父の日のプレゼントを持っていくこと。

実はその前日の昼休みに仕事場に母から電話が入り、
「あんたね。母の日には何もしなかったから父の日にはちゃんと持ってきなさいよ。安い日本酒でいいんだから」
と言われていたためです。

んまあ、ストレートな言い方。

思っていることはそのまま口にする。思っていないことは口にしない、できない。
この性格はしっかり私に遺伝しています。主に後半部分ですけど。


円滑な人間関係を築くには、思っていないことでもある程度は口にしなければならない場面があります。
一般的な会話、雑談などでがそうです。

褒める、うらやむ、感心する。
そういう言葉が相手を気持ちよくさせて会話がさらに弾むきっかけになります。
でもこれ、難しいです。

それから、気配り、気遣い、相手の言うことに関心がある反応を見せることは、人間関係の必須科目みたいなものです。
これもとても難しいです。

私は思ってもいないことを口にすること自体が罪悪感としての精神的な苦痛を伴う感覚があり、よほどのことがない限りできません。
例えば、相手を褒めているときの「ああ、俺はそんなこと思っていないのにそれを言ってしまって相手に申し訳ない」という感じです。

逆に言えば、私が褒めたり感心したりする言葉を口にしたときは、本当にそう思っているのです。「気にしないでいいですよ」も「残念だったですね」も、本心でそう思っているのです。

計算とか駆け引きとかはありません。

まずいことに、随分長い間、誰もそうなのだと思っていました。
相手が気遣いで言ってくれていることも、額面通りに受け取っていました。

自分が受け取ったことと違うことをその人が言っていることを知った場合は、「あの人は、あのときはそう思っていたけれど、その後何かが原因で変わったのだろう。その原因は俺にあるのだろう」と考えていました。
思ってもいないことを口にするはずがないと思っているのですから。

世の中そうではないと気付いたのは30を越えてからでした。遅すぎです。
そのことを気付かせてくれた先生は勿論かみさんです。

かみさんは外では誰とでもそりゃあ見事に会話をします。
気遣いも抜かりなし。色んなことを引き受けて、親身になって人の為に働きます。
だから外での評判はすこぶる付きでいいのです。

でもその会話の中では、全ての感覚を動員し、事前情報をフル活用して相手の言うことの真意を読み取ろうとしています。
言葉の端々はいうに及ばず、表情、口調、仕草などあらゆる情報を読み取ります。
簡単には額面通りに受け取りません。

それはつまり、自分が話すことが言葉通りでないことをよく分かっているから、相手の言うこともまず疑っているということです。

そして、家に帰ってから「あの人、あんなこと言ってたけど、裏ではこう思っているのよ」などと言うのです。
私が「それ考えすぎと違うか?」と言うと、「あなたは甘いからねえ」。

何かの頼まれ事も、実に気安く引き受けます。だけど、その事に対する相手の感謝が足りないと感じた場合や、こちらの頼み事を受け入れてもらえなかった場合などの、裏での怒りようは相当です。

引き受けたことはやり遂げることで完結、その上で感謝されたら儲け物とでも思ってたほうがいいし、そうでない場合(ちょっと面倒とか、気が進まない)は最初から受けなきゃいいのに。

処世術としては、かみさんの方が正しいのでしょうね。
でも疲れると思います。

甘いと言われても、ピリピリしないでのほほんと生きているほうが楽だと思うのですが。
勿論、「思っているけど言わない」くらいの智恵は持ってますよ。
それと、私の母でもヨメに対しては随分気を遣っています。


テレビへの4つの苦情苦言文句いちゃもん
テレビがおかしいことだらけなのは今更言うまでもないことに誰も異論はないでしょう。
言っても変わらない、良くならないことは承知の上で、それでも文句言っときます。
ここに書いたからって溜飲下げたことにすらならないんですけどね。

1.
今日の日テレ、日本史サスペンス劇場、テーマは篤姫。午後8時ー9時。
時間帯、テーマからいって、小学生も視聴することは十分考えられるのに、いくら大奥が舞台とは言え、「手篭め」のシーンのドラマ的再現や、次回の予告らしかったけど、布団の中に男女がいる場面などを堂々と出している。
本当にテレビ人って、感覚がおかしい。狂ってるとしか思えない。

2.
昨夜の報道ステーションでの古館氏の釈明。全然釈明になってない。言い訳にすらなってない。
自民の肩持つ気はないけれど、あれはひどい。ひどいけれど、常套手段。

3.
一昨夜のCHANGE。キムタク総理がアメリカ通商代表部に対して交渉とは何かを演説するシーン。噴飯物でした。
「話すことで違いが分かる」って、それアメリカ人相手に言ったって「お前何言ってんだ。そんなの当たり前だろう」と思われるのが落ち。外交交渉のイロハ以前の認識でしょう? まあ、日本人にはそれが分かってない人が多いから日本のドラマの脚本として成り立つのかもしれないけれど、外交交渉の席でそれを言わせるのはバカとしか思えない。

4.
テレビが新しくなって、音が良くなった。そしたら、本編とCMの音量の差がより強く感じられるようになって、CMの度にボリュームを下げなければ耐えられなくなった。
この問題、ずっと前から指摘されているのに、一向に改善されない。CMと本編の作りが違うからなどとテレビ関係者が言い訳してるのは何度か聞いたことがあるけれど、CMだけじゃなくて、次週予告も音量が大きいことがあるから、あれは絶対に意図的だと思う。


氷室冴子さん
ここんとこ新聞やテレビのニュースを見ていませんでした。
今日は新聞の休刊日だったので、過去何日か分をまとめて読んで、ようやく氷室冴子さんの訃報を知りました。
最近は著作がなかったようですが51歳とは若すぎます。
少女小説家は死なないんじゃなかったっけ。

熱狂的なファンだったとか、全作品読んだとかいうのではありません。
代表作を幾つか読んだことがあるだけです。

でも、記事を読んだとき思わず口から出たのは「ヒムロサエコガシンダ」。
同じ台詞はもうずっと前、「シブサワタツヒコガシンダ」※以来のこと。

こうして並べると、何だか不思議な取り合わせですね。
読み耽っていた澁澤さんはともかく、氷室さんの死がショックだったのはどうしてでしょう。
自分でもよく分かりません。

年齢が近かったから、少しやんちゃで才気溢れる憧れの姉という存在だったのかもしれません。勿論面識などありません。
好きな作家さんは沢山いるけれど、そういう人が亡くなったとしてもこんな感慨は湧いてこないと思います。

ご冥福をお祈りします。

==

※ 
最近の映画のタイトルをもじっているのではありません。
澁澤龍彦さんが亡くなったのは、あの映画の原作が出る前のことです。



A子が洗い物しながら歌ってる
ニコ動の「悪ノ娘」「悪ノ召使」の派生動画が面白くなってきました。
PVが幾つも発表され、クオリティの高いものもあります。

何を今頃と言われるかもしれませんが、周りには知らない人しかいないので。
念のためご存じない方のために解説します。

まず、「悪ノP」さんが鏡音リンを使った中世物語風としての「悪ノ娘」を2008/4/6にUPしました。ボーカロイドを使ったオリジナル動画としては新機軸なので、注目されました。
次に、同じ人がその歌を召使の視点から描きなおした鏡音レンによる「悪ノ召使」を2008/4/29にUPしました。
こちらのほうが、より悲劇性を含んでいたため人気があり、再生数で元動画を凌駕しています。

そこから、一気に多数の派生動画、二次創作物が製作されるようになりました。
別の登場人物視点による作品、物語の新解釈、パロディ、悲劇性を和らげたもの。
元動画が基本的に紙芝居だったので、アニメによるPV(プロモーションビデオ)も作られています。また、歌を抜いたカラオケが公表されたため、それを使って人が歌ったものも次々にUPされています。
動画だけではなく、イラスト、小説なども。

いずれも、元動画、元歌に惚れ込んで作りたくなったという動機からきていますから、それぞれ力作になっています。

解釈も多様で、元々の[娘]と[召使]で若干矛盾する部分があったのを、元歌で明示されていないのを逆手にとって新しい設定を追加することで、整合性をもたせるなどよく考えられていると感心してしまいます。

例えば、双子を王女と召使に分けた理由が不明だったのを、弟は一旦王宮の外に出されていたが、本人の意思で召使として姉の下に戻ったとか、召使は緑の少女とはかない恋に落ちていて、元々使命を持っていた緑の少女は自らその命を差し出したとか、赤の女戦士はクライマックスでの双子のやり取りを知っていたとか。

まだしばらくこのブームは続くでしょう。
楽しみです。

==

と言っておきながら、気に入ったものでも何かけちをつけないと気がすまないこの性分。
賛否混ぜこぜで感想をいくつか挙げておきます。

[娘]のほうのプロットは比較的単純で、暴君を民衆の力で倒したという話に過ぎません。
作者に政治的意図はまずないと思います。逆に言えばこういうストーリーが昔もてはやされた裏の意味をよく分かっていないのかもしれません。
数年したら教科書に載ったりして。

王女の内面、葛藤などが全く描かれていないので、少し物足りない感じがします。
これは、この歌が三人称で語られているせいもあるでしょう。

娘が王女である理由が分かりません。王国の頂点に君臨するのが「女王」ではなく「王女」であるからには、国王が存在するはずです。前国王崩御後に、即位しないで国王空位のまま王女として権勢を振るったとか、国王は病気で政治の表に出てこないとか、幽閉されているとか色々考えられますが、いずれであってもこの歌だけの世界ではそういう設定にする必然がありません。
もしかすると、女王じゃおばさんのイメージがあるから王女にしたのかも。
それとも、女王 Queen と王女 Princess の違いが分かっていないのか。

[召使]のほうは、ネタバレになるので詳しく書きません。サイドストーリーというより[娘]のプロットを活かしたまま別のストーリーが組み立てられています。
一人称語りになっているので、[娘]よりも心に迫ってきます。
視聴するとき涙腺の弱い方はご注意下さい。

短い歌の中で表現されているため、曖昧な部分や、説明不足、整合性のなさなどが残るのは仕方ないでしょう。それ故に想像力が掻き立てられて、二次創作が多数生み出されているのだと思います。
小説だと、その気になれば長編を作ることも可能です。

歌としてはどちらもかなり聞き取りにくいです。ボーカロイドの歌に慣れていない方は拒否反応を示すかもしれません(うちのかみさんがそうです:頭が痛くなると言います)。

作曲に関しては素人なので適切な言葉で表現できませんが、冒頭の旋律を比較するだけでも、[娘]のメロディーラインが威圧的に山形に変化するのに対し、[召使]のほうは少し抑えた平坦な作りになっていてそれぞれ主人公の性格やストーリーに合わせてあることが窺え、見事です。([召使]はサビから始まるので、ここで言う冒頭は「光の中で…」の部分を指します)

[娘]は「さあ跪きなさい」や「あら、おやつの時間だわ」という台詞が効果的で、印象に残る曲になっています。
[召使]は曲の構成が上手いです。[娘]の歌詞の一部を織り込んでいるところなど、情緒たっぷりで泣かせる作りになっています。

==

歌をウォークマンに入れてたら、それを聴きながらA子が歌っています。
ちょっと、(いろんな意味で)怖いかも。


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