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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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世界改変翌日のこと
何も起きなかった世界改変日の翌12月19日、「涼宮ハルヒの消失」が届きました。
18日発売だけど、多分17日に発送されたのでしょう。
アナウンスがあって注文したのが2010/8/27だから、4ヶ月待ちました。

うちにはまだブルーレイを再生する機器がありません。でも消失はいずれはブルーレイで見たい。ということで両方注文しました。DVDのほうは通常版でもよかったかなと少し後悔しています。

涼宮ハルヒの消失 限定版 (Amazon.co.jp限定スチールブック付き/完全生産限定版) [Blu-ray]

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(2010/12/18)
平野綾、杉田智和 他

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涼宮ハルヒの消失 限定版 [DVD]

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(2010/12/18)
平野綾、杉田智和 他

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ついでに同じ日に注文して先月届いていたのがこれです。
涼宮ハルヒの憂鬱 ブルーレイ コンプリート BOX (初回限定生産) [Blu-ray]

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(2010/11/26)
平野綾、杉田智和 他

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これはテレビ版のコンプリートBOXで、大方の内容は既に見ているので買うかどうか迷っていました。消失を予約するときに勢いで注文してしまいました。その直後にテレビ放送を録画していたハードディスクが壊れたので結果的に買って正解でした。(見れないのですが)

早速19日午後から消失DVDを見ました。

実は私、消失は劇場で7回見ています。
2,3月に福岡で2回、6,7月に長崎で4回、8月にもう一度福岡で。
都道府県単位で最後まで上映が取り残されていた長崎(もう一つは高知)で、地元の映画館に実名で直訴までしました。(長崎で上映されたのはそれが功を奏したからではありませんが)

同じ映画を劇場で複数回見るというのは初めての経験でした。
累計で20時間弱になります。
若いコアなファンならともかく、私の年代ではこんな物好きは珍しいかもしれないです。

だからどの場面も大きなクスリーンの印象とともに記憶に残っています。
なので、自宅の42インチ画面で見ると「小さぁ」。
まあそれはしょうがないですね。

この映画は原作を読んでいるか、テレビアニメの1期、2期を見ているかしないと登場人物の関係や、独特の世界観、時間理論などが理解しにくいものなので、万人にお勧めというわけにはいきません。

笑える部分は(実はあるのですが)殆どありません。
泣ける部分はあるのですが、見ているときはそうは感じません。
見終わった後になって、振り返ってみて、あの場面は、と思い起こすようなそんな感じです。

二重三重の三角関係恋愛ドラマと言えなくもないけれど、それがテーマだとするのはちょっと違和感があります。。
SFとして見ればアラを感じるし、疑問点も少なくありません。

じゃあ何なんだ、と。
結局は各人で見て、感じてもらうしかないのでしょう。

==

以下は私のごく個人的な見方、受け止め方です。
消失限定ではなく、ハルヒシリーズ全般を対象としています。

ーー

私はこの作品に関してはキャラへの思い入れはありません。
キョン、古泉はもとより、ハルヒ、みくる、ユキ、その他のキャラいずれにも「特定」の感情はありません。

私は常にそうなのではなく、中高生キャラで言えば、「とあるシリーズ」だと御坂妹、「けいおん!」だと澪、「よつばと!」だと風香、「日常」だとなの、というぐあいに贔屓のキャラがいます。

だから、ハルヒシリーズ全体に対する思い入れの強さ(はっきり言えば金と時間のかけかた)からみて、特定の贔屓キャラがいないことはちょっと普通ではありません。

ーー

SOS団という存在、それをとりまく非日常の学園ストーリーに自分の過去もしくは願望を投影しているのかというと、これも否です。

テンプレート、類型的と言われる美少女が、というより、美少女のみが存在し、からんでくる部外者も全て美少女という設定は「お約束」としてとりあえず無視します。

SOS団が北高の他の一般生徒達からどう扱われているのか、作品からは今一つ見えてきません。あれだけ目立つことをしていれば、賛否なにがしかの反応があってしかるべきですが、でも、一目置かれるとか、憧れをもって見られるという存在ではなさそうです。ハルヒが学校一の変人と認識されているのだとしても、一般生徒からは少なからず興味を持たれてもおかしくないのに、そういう雰囲気もありません。
周囲の受け止め方なんて物語の本筋とは関係ないから省いてあるだけなのでしょうか。
キョンの一人称語りだから入れにくいという面もあるのかな。

私のリアルでの嗜好としては、「いい意味で目立つ」ことが好みです。
つまりSOS団的なものに参加したいという願望はありませんし、投影する過去もありません。

ーー

物語に現れる個々の不思議現象はどうかと言えば、実はあまり面白いとは感じていません。
ミステリックサインのカマドウマ事件、映画撮影中のもろもろの現象、孤島症候群、雪山症候群の推理劇、そして何より神人と機関の戦い。こういったものに大して興味を惹かれません。

あえて好みのエピソードをあげれば、「編集長★一直線!」と「朝比奈みくるの憂鬱」くらいかなあ。メインストリームではないですね。

ハルヒをとりまく現象についての、機関、未来人、情報統合思念体の見解は異なっています。ですから、この世界でありうる解答は、次の3つでしょう。
(1)どれかが正しく、他は間違っている
(2)どれもが間違っていて、正解は他にある
(3)どれもが正しく、それを担保する超越理論が存在する

このシリーズが最終回を迎えることがあるのかどうか分かりませんが、もし最終回があったとしても、そのときまでに(1)-(3)のどれかが明示されることはないような予感がします。

このシリーズは周到な伏線とその回収が色々な場面で実施されています。
でも、一番根本となる「ハルヒとは何か」という課題は最終的に回収されないような気がするのです。
それは多分、シリーズが中断のまま終わった場合以上のフラストレーションをもたらすでしょう。

勝手な予感を元にして不満を述べるのは筋違いかもしれません。
それとも私なんかのいい加減な予感は圧倒的な展開で打破されるのでしょうか。

ーー

それならお前はハルヒシリーズのどこが好きなのかと言われることに対する回答の鍵は「朝比奈さん(大)」の存在です。

年を取った主人公もしは他の人物による回想として描かれている物語が存在します。しかしハルヒシリーズはキョンにとっての現在であり、決して回想ではありません。

ところが、彼女の存在によって一見現在進行形で展開しているこのシリーズの出来事、事件は、実は全て完結した過去になっています。

尤も、このシリーズの世界観では未来は幾つにも分岐しているそうです。その元となる過去すらも不安定で、「エンドレスエイト」や「朝比奈みくるの憂鬱」、そして何より「涼宮ハルヒの消失」に示されているように、確定したものとして扱うことができません。

そうではあっても、「朝比奈さん(大)」がその年齢に至るまでに過ごしてきた時間の中には、どこかに「SOS団の終わり」が存在しているはずです。

ちょっと説明が混乱してきましたが、ここまでご理解頂けたでしょうか。

どんなに突飛な事件が発生しようとも、ハルヒがどんなにエキセントリックな行動をしようとも、それは全て終わったことであるという視点を「朝比奈さん(大)」が提示してくれます。

これは、その年代を卒業した全ての人に、そこで経験したことがどれほど平凡なことであったとしても、SOS団団員、なかんずくキョンと同じ立ち位置を与えてくれます。

これを普遍化と言ってしまうのは少し憚られます。
しかし、ハルヒシリーズの物語は、少なくとも私にとっては、強烈であり、且つ、微かでもある切なさをもたらすのです。

これは、現在進行の物語であると同時に回想に相当するという特異な構造から生まれてくるのだと思います。

ーー

ついでなので、消失に限定してもう少し。

改変前の長門Aと、改変直前の長門Bと、改変後の長門Cと、再改変後の長門Dと。

自分の気持ちを全くと言っていいほど語らない長門がこの4つの長門の間で何を思い、何を考えている(いた)のかを想像するのはとても難しいです。

これは多分、原作を読む人、映画を見る人、それぞれ毎に、それぞれ想像する内容は異なるでしょう。

私には長門に対してオールマイティなイメージが強くて、感情(ネガティブ、ポジティブいずれであっても冷静さを失わせるようなもの)が彼女の中に存在するということがなかなか理解できないでいるのです。

改変後の世界の緻密さを考えれば、長門Bは冷静に計算して世界を構築しています。
それをバグであるとか、異常を起こしたとか表現するのは似つかわしくないようにすら思えます。

もう一つ理解できないのが緊急脱出プログラムを用意しておいたことです。
このプログラムがなかったら、長門Bが望んでいたハッピーエンドが長門Cに訪れた可能性があったでしょう。

なのに用意していた。

選択に関するキョンの気持ちは映画の中で雄弁に語られています。
受け手の想像に委ねる部分はごくわずかです。

長門Bの中でのキョンに選択を委ねるまでの葛藤もしくは世界改変への躊躇いは全く語られていません。
受け手はそれをスルーしてもいいし、深く深く考えてもいい。

これが消失の味わい方の一つであると思っています。

え、これが結論? そんなの当たり前じゃないかという感想をお持ちの方もいるでしょう。
確かにそうなのですが、原作やコミックを読んだ時点では私には長門Bの気持ちに思い至ることは全くできなかったのです。

ーー

尚、上の方でキャラへの思い入れはないと書きました。

少しだけ訂正しておくと、ぷよさんによるスピンオフ=リビルド作品「長門有希ちゃんの消失」の主人公である長門有希ちゃんだけは例外です。
単行本でしか読んでいないので、今後どのような展開になるのかわかりませんが、タイトルの「消失」という言葉は、それは勿論原作から写されたものであるとしても、結末を暗示しているような気がして、今から少し泣けます。w

それなのに、本編の長門に対しては、よく言われる「長門は俺の嫁」的思い入れはありません。

長門は所謂「3年前」に情報統合思念体によって作られました。
その人格がどのようにして、もしくは何をモデルにして作られたのか判りません。
意図的なのか、最初から考えてないのか、原作で全く触れられていません。

そのため長門のアイデンティティーが想像できません。平たく言えば、どのように育ってきたのかという想像が拒絶されてしまうのです。

これは珍しいことです。
小説であれ何であれ、ある登場人物が提示されたとき、受け手はその人物の人となりを自分の狭い経験の範囲から類推して定義付けようとします。
それが外れること、期待が裏切られることが小説を読む楽しみになります。

長門にはそもそも3年前以前が存在しませんから、類推による定義付けは不可能です。
これはちょっと困ったことです。

長門は「宇宙人」と言われます。しかしその呼称は少しおかしい。
「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」は宇宙人そのものではなく「有機体ロボット」であると考えるべきだと思います。

人格、自意識を持ったロボットは、アトムを嚆矢としてあまた存在します。
最初から人間が作ったロボットであると捉えれば、アイデンティティーの問題はとりあえず棚上げしておくことができます。
そして必要であれば、アトムの人格がどのように構築されたかとか、アトムが自分自身をどう捉えているかなど、難しくはあってもその気になれば考えること、想像することができます。しょせんは人間である天馬博士が作ったロボットですから。
(これは「日常」の「なの」についても同じことです。「御坂妹」はロボットではなくクローンだから、ちょっと扱いが違います)

しかし長門に関しては、あの姿形、与えられた性格、スペックと、3年前に作られたロボットであるということとを私の中で矛盾なく融合することができません。
人としてのシンパシーを感じようとしても、そこでついつい3年前以前のことを考えてしまい、思考が堂々巡りするのです。

だから、「長門は俺の嫁」という気持ちを持てないのだと思います。

==

なんてことを、「涼宮ハルヒの消失」通算8回目の鑑賞のあと、長門のコーヒーを飲みながら考えていました。
還元的で、理屈っぽい文章なのはご容赦を。

お久しぶりです。前回が2009年4月だから1年半以上経過しました。
プロフィールに書いていた子供の学年は2年前のものでした。(今回修正済み)
今年一回も書かないのは淋しいなと思って、どん詰まりになってしょうもない文章をアップする次第です。
大門ユウヤ君が顔を顰めそうな内容ですね。w

驚愕の発売が2011年5月25日と発表されたそうで、約半年後のことです。どうせここまで待たせたんだから、発表はもうちょっと後でもよかったんじゃないかなあ。

==

私は前回ほのめかしたように、某SNSに入り浸っていました。
その間にやっていたことのまとめサイトを作りつつありますので、そのうちに公開します。

==

と宣言しておいて早1年。2011/11/27にようやく公開しました。 
gatsutakaの部屋
このサイトに、私がこの3年間ネットで公開してきた小説の一覧があります。
ボーカロイドを扱った二次創作です。
興味がありましたら、どうぞ。


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