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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
その日彼は死なずにすむか?感想
これまでガガガ文庫なんて見向きもしなかったのに、とある飛空士シリーズ読んでその巻末にあった広告からジャケ買いしてしまいました。

その日彼は死なずにすむか? (ガガガ文庫)その日彼は死なずにすむか? (ガガガ文庫)
(2009/06/18)
小木 君人

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あの絵でジャケ買いするってどんだけロリなんだって思われそうですが、そうじゃありません。
まだここでは明かしていませんが私は自分で小説を書いていてその登場人物が小学校高学年から中学生という設定が多いのでその参考にしたかったのです。(苦しい言い訳だww)

小木君人:著,植田亮:イラスト
以下、かなり辛口に思える書き方をします。

読み始めて半日で読了しました。
率直な感想を言うと、プロの小説としてはかなり未熟に思えました。

あまりにも都合が良すぎます。
これで小学館ラノベ大賞ガガガ賞受賞って、その賞のレベルが知れます。
(新人の公募賞とは思わなかった。であればまあ、ある程度は納得)


まず小学生に戻った鋼一のあまりにヘタレなこと。
お前、精神は17歳だろう? もうちょっと違う対応があるだろうが。
それに最後までソフィアのことを「ソフィアさん」と呼んでいたのも頂けない。
まあそれ(17歳の知識、経験)を活かしすぎたら白けるのかもしれませんが。

次にソフィアの設定に読者の好みの傾向を詰め込み過ぎです。
スエーデンとのハーフで、ブロンド碧眼、負けず嫌い、ちょっとだけ身体にコンプレックスあり、日本語に少し弱い、学校内では目立っているけど孤立気味、アニオタでそれを隠そうとしている、鋼一に対する独占欲が強くて一途、それでいて素直。  出来すぎだ!

とも実の登場とともに当然修羅場が予想されました。
どんな修羅場が展開されてどう終息させるのだろうとドキドキしながら読んだのに、あれ? 無し?
音楽室の掃除を一人でやっているとも実に鋼一が近づいていく場面は、これは地雷を踏むよなあ、さあソフィアはどう出るかと思っていたら、あとからは3人で掃除しているし。
とも実、身引きすぎだよ。あれじゃあ応援のし甲斐がない。

鋼一の一回目の人生で、ソフィアにとっての鋼一はただのモブだろうけれど、とも実にとっての鋼一は幼稚園からの因縁ありですよね。
ソフィアとつき合っていない鋼一と小5で同じクラスになったのに、何のアプローチもできなかったというのは不自然じゃないかなあ。
まあ、それができないのがとも実なのかな。

弥宵とは少し対決になりかけましたが、その場から弥宵が消えてしまうし、その後ソフィアと仲良くなってしまうし、肩透かしです。
そもそも弥宵の鋼一に対する目線が今ひとつ分かりませんでした。
リストカットしてメールする相手として相応しいかなあ。
中3-高1の女子から見た小学生男子ってガキんちょですよね。

とも実が自分の中でぐるぐる回っていて、弥宵に関しては鋼一がぐるぐる回っているのもどうかなあ。
ソフィアを含めた3人の中心に鋼一がいる構造なのに、その距離感が不等辺過ぎます。鋼一から見た3人と、3人側から見た鋼一の距離も非対称です。まあこの見方は等距離ならいいってことでもありませんけど。

高野君と担任の先生も意味ありげに登場したのに、その後音沙汰なし。
親も物分りいいし、ソフィアの母親が少し存在感があるくらい。

マキエルも親切過ぎます。
もうちょっと意地悪でいい。

思わせぶりなキーワードだった「奇跡の欠片」も、明かされてみればなんだそんなことかと。

一度死にかけて過去に戻って人生をやり直すという全体の設定は悪くはないのですが、鋼一とソフィアの成長をもっと強調してすれ違いながらも惹かれあっていくとしたほうがより面白みが出たのではないかと思います。
初手から特大のフラグが立って、あとそのままじゃあね。

それとタイトルがまずい。死なないに決まってるだろうが。
あのタイトルだけだったら絶対に手に取ろうなんて気になれません。
単純で純粋なジャケ買いでした。

ーー

とかなんとか、散々悪口(違う、辛口の批評だw)を並べました。
でも、基本を言えば私はこの作品が好きなのです。
でなければ感想なんか書きません。

一番印象的なのは、やはりソフィアの「ええ、つき合ってますけど、何か?」です。
そう来たかあって感じで、鮮やかな切り返しには度肝を抜かれました。
家族の前で読んでいてリアルに吹きましたもん。w
ただこの台詞はその後の展開の予想を逆方向にミスリードする危うさを秘めていました。
このままうまく行く訳ないだろうって感じました。

それと「鋼一が浮気した」と号泣する場面。
「世にも珍しい小学生の痴話喧嘩」で10分以上も泣き続けるとは。
あの場面で鋼一がもう少し気の利いたフォローを見せてくれれば、読者の参考になったのに。(どういう意味だw)

それにしてもソフィアのスペックが高すぎて、鋼一とのバランスが取れません。
小4のときのクラスの女の子が言っていた「釣り合わない」という状況は最後まで続きます。

こういう「もてない男」からみて夢のような状況は、一方で「いつ捨てられるか」というとてつもない不安を引き起こします。
ソフィアだって小学生の頃はまだ未成熟ですから、周囲とのかかわり方とか、恋愛に対する考え方も少しずつであっても変化してくるはずです。その変化が閾値を越えて目覚めたとき、自分の近くにいる鋼一を見てどう思うか。

だから鋼一にはもっと頑張れと言いたい。

ソフィアが自分にべた惚れしている状況に胡坐をかいてると、大人になってから痛い目に遭うぞ。作品中では胡坐どころかずり下がり気味ですけどね。よくあれで中学、高校と関係を続けられたものだと思います。

鋼一がソフィアの騎士(ナイト)であったとしても、それはたまたまと言うかあまりかっこいいナイトではないので、二度目の死を乗り越えたあとでもいいから自分の核となる何かを見つけて、それをもってソフィアを守るという気概が欲しいです。


さて、ここまではギャルゲー的にソフィア攻略の観点で感想を述べました。
(念のため言っておくと、私はギャルゲー未経験者です)

でもよくよく考えてみると、鋼一とソフィアの恋愛の派手なエピソードはこのお話の中の一部に過ぎず、メインは「鋼一のトラウマ」「とも実の後悔」「弥宵の葛藤」というメンタルな部分にあるという捉え方もできます。

そしてそれらを解決する糸口としてソフィアが存在していると。
ソフィアは自身も奇跡の欠片であると同時に、あと二つの欠片であるとも実と弥宵を鋼一に結びつける役割をして鋼一を死から救います。
しかしそれだけではなく、3人の心も救っているのです。

このメンタルに関する部分は読み手によっては少しうざっちいと感じる面があります。
そんなうじうじ考え込まないでスパッと行動すればいいのにと思います。
でも出来ないんだよなあ。よく分かります。

よく分かるということは、自分も同じようなものだということ。
この場合、とも実や弥宵、そして鋼一に感情移入して読むことができれば、その読み手(つまり私)にとって本作品には大きな価値があるということになります。

そう考えれば、ソフィアと鋼一の恋愛は問題解決のための手段の一つ(それしか選択肢がないとしても)に過ぎず、マキエルの存在や、そのマキエルが進行させるゲームには実はあまり大きな意味はないとも言えます。
二人が恋愛関係にならなかったら、鋼一は彼女はおろか友達もいないまま17で死に、とも実は後悔を抱えたまま暗い青春を送り、弥宵に至っては凄惨な事件に巻き込まれる、というだけのことなのです。

私は小4、小5の頃どうだったかなあ。
鋼一に近かったかもしれないし、別の面ではもう少し積極的でもあったような。
その辺りのギャップから鋼一にイラついたり、もっと頑張れと思ったりするのでしょう。

もう一度恋愛に話を戻すと、二度目の死を回避したあと鋼一とソフィアはどうなったのでしょう。あのスペック差を何らかの形で埋めなければ、危なっかしいんじゃないかなあ。

ということで、18歳以降の二人がどうなったのか、続編所望です。w

そういうストレートな続編でなくても、例えば二人が結婚してその子供がまた何かの巡り会わせでマキエルの世話になることになって、ってのもいいかな。


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とある飛空士への追憶感想
本作品は先にコミック版を3巻まで読み、映画化情報に触れて、まだ出ていない最終4巻を待ちきれずにラノベ版を読みました。

「恋歌」の感想を書いた前回と違い、今回はここに来てくれた方もコミックか原作で内容を了解済みという前提でネタバレ込みで書きます。

>
とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)
(2008/02/20)
犬村 小六

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==(以下本文)

作品タイトルだけでも十分に、「ローマの休日」を意識しているという作者の言葉からも当然のごとく予想できるのに、読み進んでいてその予想されるものとは異なる結末を切望しないではいられなかった読者がここにもいます。

身分差別、人種・混血差別が含まれる物語は、その差別の克服というカタルシスへのベクトルが希求されます。しかしメインの二人のうちシャルルは差別されるほうであり諦観によって受け入れていますし、ファナは前半はシャルルに興味がなく後半は身分の違いを全く意識していないのでいずれにおいてもベクトルの向きが霧散してしまいます。
この構造が結果的に重いテーマを退け、全体として爽やかな印象を与えているのだと思います。

これでもかってくらい悲惨な生い立ちのシャルルが傭兵になってもささくれずにいられたのは幼い頃のファナとの出会いがあったからです。
その思い出を胸に秘めることで境遇に耐えることができたシャルルを幸運であったと考えるのは間違っているでしょうか。

ファナの心の変化は読んでいて実に楽しかったです。
自分が口にしたことへのシャルルの対応を「ごまかされた」怒るファナの、酔って「シャルルが踊ってくれない」とすねるファナの可愛いこと。
後者「踊ってくれない」は後のシーンにつながっていますし、直接の関連はなくても「恋歌」にもそれを彷彿とさせるシーンがあることを考えると、ただの戯れではない深い意味を与えてあります。

離別の場面をWikipediaで先に読んで知っていたのは大失敗でした。
文庫本カバーイラストを見てもその場面を描いていることがピンとこなかった私なのに。

であっても、あのラストシーンには単純に砂金を撒いたということ以上の意味が込められていました。
ファナを騙そうとする将校の言葉を無言のまま雄弁に打ち砕き、ファナを至福に誘(いざな)う崇高な行動だったと思います。

「追憶」が後の時代のノンフィクション作家が書いた本であるという最後に明かされる設定は、シャルルとファナのお話はこれでおしまいだよという作者犬村小六さんの強い意志の表れだと思いました。
脱出劇が長く秘匿されたこと、その後のシャルルが無名のままであったことはもう動かしようがありません。
つまり少なくとも表立って二人がもう一度出会うことはなかったことが確定しているのです。
更なる秘話としてそういうことがあったとしてもおかしくはありませんが、もう物語にはなりえないでしょう。

 あえて、そう、あえて考えれば、中央海戦争休戦前後にシャルルがファナの子供を何等かの理由で搬送することになり、届けた先で、ってこれじゃ完全に二番煎じだ。ww
 カルエルによるクレア奪還の際にどうのこうのということも考えられますけどね。

 そういった二次創作が作られていないかなあ。
 ただこういうことを考えるのは、シャルルの潔さ、ファナの決意を顧みないことだという異論もあるでしょう。

 暴走ついでに「恋歌」について言えば、やはりアリエルのことが気になります。
 アルバス社の社長として充実した人生を送ったことになっていますが、自社の飛空機をテスト飛行する空で何を思っていたのか。
 やはりもう一方の幸せも手に入れて欲しいです。
 -さよなら、わたしの王子さま が「恋歌」で一番泣けた台詞でした。
 こうやって書くだけでも泣けてくる。w
 クレアと一緒に戻ったイグナとのロマンスなんて、安直すぎですかね。
 イグナも妾腹とは言え元王子ですから。

ゲッサンの3月号を買いました。(私は普段はまんが雑誌は買いません)
でもコミック版の最終回は大きな絵で見たかったのです。
小川麻衣子さんの絵はキャラがちょっとだけ幼く見えますが、私はとても好きでした。
あとは4巻が発売されるのを待つのみ。

「追憶」が映画化されこの秋公開というアナウンスがされています。
でもまだ詳細は不明です。
どうせまた「全国公開」と言いながら、九州では博多止まりなのでしょう。
新海誠監督の「星を追う子ども」も現時点ではそうですもんね。
今のうちから、福岡に2回行くための貯金をしとこう。
配給会社の営業担当者さん、頑張って下さい。(このメッセージを本人に届けるにはどうしたらいいのかw)

2011/8/23追記

幸いなことに長崎でも映画が上映されることになりました。
さあ、何回見に行こうかな。10月1日開始です。
ところで、映画化に合わせて追憶の新装版が出版されました。
内容が一部変更、追加され、元の版のイラストが削除されています。
イラスト削除は映画のキャラと違うからでしょうか。ちょっと残念です。
キャラ違いのせいではなく、ラノベとは違う読者層狙いなのかな。
コミック4巻がようやく発売されます。9月12日予定です。

9/14追記 昨日4巻届きました



とある飛空士への追憶とある飛空士への追憶
(2011/08/09)
犬村 小六

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とある飛空士への追憶 4 (ゲッサン少年サンデーコミックス)とある飛空士への追憶 4 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
(2011/09/12)
不明

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それと、「とある飛空士への夜想曲」の上巻を読みました。
感想は9月に出版される下巻を読んでから書くことにします。
それにしても、夜想曲には「千々石(ちぢわ:雲仙市千々石町)」「波佐見(はさみ:東彼杵郡波佐見町)」という人物名、「戦艦島」(=軍艦島:端島)という炭鉱、「世知原(せちばる:佐世保市世知原町)」という基地名、もしかすると「音無(おとなし:長崎市音無町)」という隊名も、なぜか長崎の地名が頻出します。
宮崎、大分、福岡の地名もあるのですが、長崎のほうが量で圧倒しています。
犬村さんは宮崎県生まれだそうですが、長崎にも縁があるのかな。
舞台が帝政天ツ上の西の方だからかもしれないですけどね。
サクラコ・アトミカに出てくる「諫早(いさはや;諫早市)」「伊良林(いらばやし:長崎市伊良林)」も記憶にあります。(ここ、ちょっと自信なし。レヴィアタンの恋人だったかな)
笑ったのは美空の本名と同姓同名の女の子(今中学2年)が近所にいることです。

「サクラコ・アトミカ」の感想を5月頭には一応書いています。でも、内容に満足できないためまだUPしていません。
夜想曲感想の前に載せるべく、見直しをします。


(ここに書いていた妄想の文章は夜想曲の感想に移しました)



追記ここまで 



==(以下補遺)

ううう。
ここで終わるつもりだったけど、「恋歌」についてもう少し書きたいです。
ここから先は誰かに読んでもらいたいことというより、自分が書きたいことを書き並べます。だから、余程物好きな(失礼w)暇のある方だけどうぞ。

こう言ってはいますが、前回「恋歌」の感想をUPした数時間後にたった一人だけですが「とある飛空士」で検索して訪問して下さった方がいて、それがアクセスログで分かったとき本当に嬉しかったです。長いこと休んでいたせいもあって、このブログをたまにでも読みに来てくれるリピーターさんが全くいなくなり、一日数件のアクセスはどれも過去分の検索からだけなんです。やはり最新のを読んでもらえるのは嬉しいです。
今回のにもそれを期待するほど楽天的ではありませんが、たまたまではあっても、今ここに目を通しているあなたに感謝を申し上げます。

6冊連続して読んで読み返しは恋歌の5巻をパラパラとめくっただけなので、以下に書いている作品内容に関する記述が正しいという保障はありません。
犬村さんが本作に関して公表しておられる文章(amazonのコメントも)や、その他の情報は、Wikipediaの記述以外まだ一切読んでいません。
間違っていたらご指摘頂ければ幸いです。
自分でも気づいたら随時訂正します。

さて。


ーー(0)

前回の「恋歌感想」で以下のように書きました。

>伏線とその回収という点では緻密かつ周到という表現はできないかもしれません。
>あまりそれを意識することはありませんでした。

ちょっと言い訳しておくと「伏線とその回収」が色々しかけられていることは分かっています。
でも例えば伊坂幸太郎さんの作品を読んでいるときに感じるような「ああ。そういうことだったのかあ」という驚きが少なかったのです。

ルイスとアメリアがアリーメンを食べる場面は、マニウスから世界の情報を聞き出すための伏線になっています。
しかしアリーメンの美味しさがあまりにも強調され過ぎることのほうが気になってしまうので、パズルのピースとしては自然さがないと思うのです。

伏線はその部分を読んでいるときはひっかかりなくすんなり読み進んで、後になって「やられたっ!」と思うものがいいです。

「ああ。そういうことだったのかあ」と「なんだ。そういうことか」の温度差と言ってもいいです。

ーー(1)

日本人作家による小説には、宗教と軍事の観点が欠落していることがままあります。
しかし世界的に見ると、キリスト教圏でもイスラム教圏でもアジアの仏教圏でも生活の基盤が宗教である国、民族のほうが多いですし、軍事に目をつぶっている国なんて日本以外には殆どありません。

「恋歌」はこれらに正面から向き合っていると言っていいでしょう。

「恋歌」は(それがメインではありませんが)軍事を中心にストーリーが進行します。
ではありますが、カドケスの生徒が戦闘が恐ろしいもので怖いということを実戦に参加して初めて知るというところはやはり日本的な感性だなあと思いました。
あの学校では座学でも実習ても散々叩き込まれているはずなんですけどね。
勿論教わることと経験とでは雲泥の差があるのでしょうが。

宗教についてはシルクラール湖畔に立てられた墓標が十字架だったことから、創造神聖アルディスタの宗教がキリスト教をモデルにしているのだろうと推測されます。しかし、この宗教にはキリストに相当する存在がありません。十字架は何のシンボルなのでしょうか。
同類であるはずの空族の宗教はユダヤ教的なものなのかもしれません。
「追憶」でシャルルが拾われるのはアルディスタ正教会となっていますから、宗派が分かれていることも想像されます。

現実の宗教と相似形をしている必要はありませんから、細かい差異を問題にする意味はないでしょうが、イスラに教会があるのかどうか(私の見落としでない限り)言及がない点はやはり「日本の小説」だなあと思います。

アメリカの映画だと「未知との遭遇」とか「V」とか、地球外生命体との遭遇に際して必ずと言っていいほど宗教がからんできます。中には宇宙人にキリストの教えを広めたいなんて日本人から見たら独善的過ぎないかと思うような動機が描かれていたりしますけど。

宗教についてはもう一つ。
チハルが斎ノ国のミツオの実家を訪ねたとき、何と仏間がありました。
つまり、斎ノ国には聖アルディスタとは異なる宗教があるということです。
ではその宗教での創造神話はどうなっているのか。
漢字を使用し、日本的な人名を持つ斎ノ国と帝政天ツ上は、限りなく日本的な存在として読者のイメージを助けますが、世界観を評価する上ではあまり緻密とは言えないと思います。
世界構成はなかなか衝撃的でした。
平面世界とは夢にも思っていませんでした。
大瀑布については球体の惑星が真っ二つに割れて1300mずれているのだと思っていました。
空の果てのありようも想像の範囲外でした。
イスラが空の果てに突入するシーンは、前回の文章にも書いたように、まるで目の前でその現象が起きているような感覚を持って読みました。
20ノットということは、時速約37Km。比較的ゆっくり、でも遅くはない自動車並みの速度です。
湖が、学校が、町が次々に崩壊していくのを見送る気持ちを想像すると胸が痛みます。
と同時に、自分がその経済的損失を考えているのに気付いて少し可笑しくなりました。

海水はどうなのでしょう。空の果てで吸い込まれて、聖泉で噴出しているということですよね。でもしぶきを上げているという表現があって、あれ? はね返っているのかななんて思っていました。

それと不動星エティカの存在もちょっと都合良すぎなかあ。

自転、公転、天動、それに引力の影響、物質の構成、色々考えると頭が痛くなってきます。ww

そんなこと考えちゃ駄目なんでしょうね。
野暮な突っ込みはここまでとします。

ーー(2)

カルエル、アリエル、クレアの3人を除いて考えたとき、どのキャラが好きか。

これ結構難しい設問です。
これまでの私の嗜好の傾向から言えばシャロンかナナコなんです。
でもアリーとクレアがあまりにも輝いているので、ちょっと苦しいなあ。w
あえて言えば、アリーメンを食べているときのアメリアかな。

ノエル、マヌエルの二人を忘れちゃ駄目でした。
ミハエル父さんも。ああ、アルバス家は何て家族なんだ。

ーー(3)

ナナコが書いた「空の果てのイスラ」で、始めの方(巻末ではなく途中に挿入されている部分)に若干表記の揺れがあります。
最初それに気付いたとき、高校生の頃の日記か何かをベースにしたからだろうかと思っていました。
でもこの本はナナコが47歳で書いたことになっていますから、(作内かリアルかの)校閲のミスなのでしょうか。

ナナコが作家になることから「追憶」の作内作者も暗にナナコが比定されるのかなあと思いました。でも住んでいる国が違うし、年代的にもちょっと違いますかねえ。

ーー(4)

寮でみんなでじゃれあっているところなど笑いを誘う場面の表現は、シリアスな場面の表現に比べて少し文章の質が違うように感じます。
会話も砕けていて楽しいのですが、文章によって笑いがこみ上げてくるというよりは、その場面を脳内で無理やり想像して自分もその中に入っていくという操作をしなければ笑いに結びつけることができません。

最たるものがシズカ寮長がからんでくる部分です。
前回も書きましたが寮長の存在が浮いています。彼女が登場するシーンはそれまで読者が浸っていた世界を変質させ、まるで別の世界がむりやり割り込んできたような感覚を覚えます。

寮長悪い人じゃないし好きなのですがとある飛空士の世界ではその存在が異質過ぎるように思えます。
私がまだ読んでいない「レヴィアタンの恋人」での羽染静さんはどのような存在なのでしょうか。

ーー(5)

私が二番目に泣けた台詞は海猫(=シャルル)による -いるよ でした。

シャルルはファナのことをそれまでも、そしてそれからも誰にも言わなかったのでしょう。
でも自分と同質のものを感じたカルエルにだけは打ち明けました。
シャルルの言葉から何かを感じ取ったカルエルも、そこのことだけは誰にも話しません。

この機微は鈍感な私には一生分からないでしょう。

だも、だからこそ、「-いるよ」に込められたシャルルの思いに泣かないではいられないのです。

ーー(6)

前回の感想ではクレアのことに言及しませんでした。

クレアとファナ。
生い立ちが違っても少し似通った成長をした二人を比較すると、ファナがシャルルに本音をぶつける形で変わっていったのに対し、クレアはカルエルと出合ったことで変わりましたが、あまり能動的だったとは思えません。
だからどうということではなく、私はむしろクレア的変化のほうが好みなのですが、本来お姫様ではなかったクレアが貴族の娘だったファナよりもお姫様的存在になっているという図式は面白いと思います。

これは、シャルルがどうあがいても所詮ファナを手に入れることが出来ない存在だったのに対し、カルエルはクレアを「王子様として迎えに行く」存在ですから、クレアがお姫様になるのは必然だと理解しています。

それとね、森沢晴行さんのイラストによるビジュアルで言えは、私はやっぱりクレアが一番好きなのです。

クレアは自転車に乗る練習を一体いつどこでしたのでしょうか。
イスラでのはずはないからバレステロスの宮殿でですよね。
でも風の革命の後でのクレアがそんな心境になれたでしょうか。
革命の前、6歳から9歳の間と考えればつじつまが合うかな。

ーー(7)

クレアの風呼びの能力については何も説明がありません。
幼い頃その境遇から自然に対して感応できるようになったなど、取って付けたようなものでも構わないから何か説明が欲しかったです。
でなければカルエルに渡したペンダントのことも意味不明になってしまいます。

空の一族の創世神話に伝えられる「風呼びの少女」との関係についても直接の説明はありません。

このあたり、続編への「含み」なのでしょうか。
それならそれで歓迎ですけどね。
でも奪還作戦を描いた続編は書かれないんじゃないかなあ。
恋歌がアニメ化されて一般にも人気が出たら可能性ありですけどね。

聖アルディスタの剣、天空統べる王族の末裔と名乗る空の一族は、ユダヤ人的な性質(本質ではなくあくまでイメージです)を感じさせます。空族は風呼びの少女を2000年間待っていました。
空族にとってのクレアは、ユダヤ人にとってのイスラエルの地と同じ意味を持つことになります。
空飛ぶ島の名前が「イスラ」であることは決して偶然ではないと思います。(ほんとかな)

となると、クレアを単に奪われたとみなしていいのか、単純に奪還していいのかということを考えてしまいます。

こんなふうに本来考える必要のない相手の事情を慮ってしまうのは、(1)項で散々に書いた「日本的」な心情が私にも色濃くあるからでしょう。

ーー(8)

アリエルが銀狐の銃撃を受けた場面で、カルエルの台詞を読みながら、多分私以外にも多くの方がそうだっと思いますが、てっきりアリーは死んだのだと思っていました。

その場面もそうですが、他にヴァン・ヴィール組の生徒や、ミツオ、ウォルフが戦死するところでも、「これは嘘だよね。嘘だよね。何かの間違いだよね。誰かの夢だよね」と心の中でずっと思っていました。

ーー(9)

カルエルがクレアを奪還するために元皇子という立場と名前を最大限に利用するという設定は、王道と称される本作品の中で、読み手によっては好みが分かれるところではないかと思います。

従来の(何が従来のなのか具体的には思いつきません)王道作品では、主人公の個人的な努力とそれに惹かれた周囲の自発的協力によって目的を達成しようとします。

カルエルがやったことは政治的な策略です。
政治家や実業家そして一般国民を、騙してはいませんが、意図的に乗せているのです。

これは王道と呼べるのか。

偶発的、結果的に乗せたのであれば問題ありません。
意図的だったことがひっかかるのです。

というのは、カルエルの言動からみて彼にはこういう意図的な策略が似つかわしくないからです。空港でアリエルの見送りを受ける時点ですらそう思えます。
演説の前の様子は、もうこの期に及んでは肝を据えていてほしいなあと思います。

レヴァームからの帰路、何度も単身で聖泉に向かってクレアを取り戻そうと試み、都度それを阻止されたというあたりはいかにもカルエルらしいです。

カルエルがルイスに自分から「名前を利用する」と発言していますから、カルエルがまずは単独でそれを思いついたということを示しています。

ヒーローには清濁併せ呑む参謀が必要です。
具体的な方法はアメリアから伝授されたようですけど、カルエル単独ではなく仲間と一緒に思案した上で、何かヒントを貰って思いつき、実行に移したというのであったらよりリアリティーが増していたように思えます。

しかしあの奪還作戦の規模はバレステロスの国力を疲弊させるんじゃないかなあ。
政治家の思惑、実業家の利益、国民の熱狂があったとしても、女の子一人(随員はいるけど)を奪い返すコストとしては超破格ですね。
でもそうでなくっちゃね。

ーー(10)

さあ恋歌について語りましょう。

「歌われなかった恋歌」と「大空で歌われた恋歌」の対比。

先に後者から。
後者は実は3つあって、撃沈寸前のルナ・バルコ甲板上でクレアが聞いた風の歌と、奪還作戦に向かうカルエルの単座戦空機の翼が歌う歌と、クレア奪い返したあとにその空で「歌う」としている歌です。
これは同じものなのでしょう。

悲壮な覚悟をしていたクレアは、イグナが操縦するエル・アルコンの後部座席からカルエルによって投げられた言葉で救われます。
でも、ここで投げられた「生きろ!!」にしても、空族の船に乗り込むクレアが発した「待ってる」にしても、私個人的にはもうひとひねり欲しかったなと思っています。
全てを削ぎ落とした印象的な言葉ですが、あまりにも使い古されているような気がして。
王道ならではとも言えますけど。

本作を極々単純化して捉えれば「幼馴染の二人の間に割り込んだ別の女が男をかっさらってしまう物語」ということになります。
これ、恋愛ドラマとしての一つの王道ですよね。
ただこの構図の場合、最後に勝つのは普通どっちなんだろう。
幼馴染の女のほうのような気がするのですが。

だからこそ前者のあまりの切なさには身もだえするばかりです。

-さよなら、わたしの王子さま という台詞を比喩ではなくそのままストレートな意味で吐けるのは、私がこれまで読んだ数少ない物語の中で唯一アリエルだけです。

アリエルがカルに恋心を抱いたのは多分最初の出会いのときからなのでしょうが、それを自覚したのはいつなのでしょうか。
夜の寮で並んでブランコに乗って、部屋に戻り際に「バーカ」と悪態をついたときはかなりそれに近いとは思うのですが、これはカルに「クレアのこと好きなの?」と聞いた直後だからまだのような気もします。

カルエルの演説を聴いたあとなのかなあ。

空港で見送る場面。本人がもうはっきり自覚しているそのとき、姉や父もそれとなくではあっても気付いているんですよね?

アリエルが芯は強いけれどもう少し大人しい性格だったらどうだったかなあとも想像します。口の悪いところがなくて、すぐ暴力振るうこともなくて、でもちゃんとカルエルに付いていく。それでもカルエルはクレアに惹かれてしまうのでしょうね。

そもそもの好みで言えば私はアリエルのような性格の女性キャラにはあまり感情移入できないほうなのです。
でも、アリエルは別格だなあと思います。
カルエルに若干頼りないところがあるので、それを補ってあまりある安心感をもたらしてくれるからでしょう。

アリエルの人生を大きく変えたカルエルは、アリエルに何を与えてくれたのか。
カルがアルバス家に連れてこられなかったら、アリエルは二人の姉と同じようにベラスカスの町で結婚して貧しくつつましいけれどそれなりに賑やかで幸せな人生を送ったはずです。

どちらが本当に幸せだったのか。

こんな問いには意味がありません。
でも、問わないではいられません。

その上で、アリエルはカルエルと家族になれて一緒に過ごせて、だからこそ、たとえ恋歌を歌うことができなくてもそれを受け入れたままで幸せだったのだ、と思わないではいられません。

お嫁さんを連れて戻ってきた義兄を満面の笑みで迎えたに違いないのです。

そうですよね? 犬村さん。


とある飛空士への恋歌感想
とある飛空士への追憶 全1巻
とある飛空士への恋歌 全5巻

3連休での4冊を含めて6冊一気に読了。
追憶についてはいずれ別項を立てるにして、今回は恋歌について。

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)
(2009/02/19)
犬村 小六

商品詳細を見る


今頃感想を書いても検索にもかからないだろうし、ここを読みに来てくれる人もいないでしょうけどね。

いやはや面白かった。大人でも十分に楽しめます。

べた褒めする前に、ケチ付けを少し。(我ながら嫌な性格だw)

・情景描写が類型的で何度も繰り返すうちに新味がなくなる。
・軍事関係の特殊用語が説明なしに頻出する。(直掩、鹵獲など)
・寮長の存在が全体の中で浮いている。(別物語の登場人物とのこと)
・学校の二期生、三期生はどうなった?
・イグナが最初からカルの正体を知っていたのなら初期の行動の説明がつきにくい。
・イスラ空挺騎士団団長はなぜ自分の息子の方を先に動員したのか?

このくらいかなあ。
あ、それとラノベのお約束なのか本文内イラストはジャストのページに挿入されているので読むリズムに合ってとてもいいのですが、文庫本カバーのイラストがその巻のハイライトを端的に表していて読む前からその部分だけ想像できてしまうのが残念。
これは罰当たりで贅沢な残念です。w

さあ褒めよう。
極力ネタバレしないように書きます。

政治、軍事、外交、経済、社会、歴史、革命、貧困、階層、冒険、自然、物理、天文、地理、家族、料理、愛憎、恋愛、学校、師弟、友情、生死、成長、喪失、宗教、神話、超常現象、ありとあらゆる要素が濃淡はあるにしても渾然一体となって織り成す、笑いあり、涙あり、切なさあり、希望あり、大スケールの物語です。

読んでいて何度も(いい意味で)裏切られるますが、決して読者を裏切りません。
非常に特異で独創的な世界構成は徐々に明かされてきて、そのクライマックス部分に到達する下りは圧巻です。あり得ない現象がまるで眼前に展開されているような錯覚を覚えます。
しかも鋭い洞察力のある読者なら最初の頃に示される情報からその世界を想像することも可能なのです。(残念ながら私の想像は間違っていました)

登場人物は魅力的です。
安っぽい物語には作者の意図が見え見えの姑息な悪人や裏切りが登場しますがそれもありません。
それぞれがそれぞれの信念、利益、哲学に従って、もしくは抗いようのない状況に苦しみながら行動しています。

何よりもアリエルがすばらしい。
ごく普通の少女なのに、彼女の言動や葛藤、そして彼女の存在がもたらす安心感がどれほどカルの成長を導き、読者を惹きつけるか。

伏線とその回収という点では緻密かつ周到という表現はできないかもしれません。
あまりそれを意識することはありませんでした。
印象的だったのは9歳のカルが乗っていた自転車です。単に恵まれた環境を表しているだけと思っていたら。

私が好きな場面の一つに空族との外交交渉があります。
外交は戦いなのです。戦闘は外交の一部であって、外交交渉は彼我の戦力、戦果を背景として行われます。戦闘で勝っても交渉で負けたら意味がありません。
その交渉が分かりやすい形でしかもスリリングに描かれています。

そしてタイトルに込められた恋歌。
この「恋歌」の意味についてもっと書きたいけれど、少しでも具体的に書くとネタバレになるので自重します。

ラノベ好きでこの作品を知らない人はいないでしょうが、ボリュームにひるむなどしてまだ読んでいない場合は是非。
そしてこれまでラノベなんか読んだことないという人にも是非。

但し、「追憶」を先に読むことを強くお勧めします。

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恋歌に関しては、次に書いた「追憶感想」の後半でネタバレ込みの長大な感想を書いています。
夜想曲、誓約の感想を含むカテゴリー「とある飛空士」でどうぞ。
ダ・ヴィンチ2011年3月号に角川書店社長インタビューについて
月刊ダ・ヴィンチ2011年3月号に角川書店井上伸一郎社長のインタビュー記事が載っています。

私は前々回に書いたように東京都条例に消極的賛成の立場であって、この条例を積極的に推進しようという気持ちはありません。
反対の方の意見に納得できれば自分の意見を撤回しても構わないと思っています。
嫌味や皮肉で言っているのではありません。私はこの問題について広く深く検討したことがないので幾分揺れている状態ですし、反対意見で納得できるものがあればそれに同調するに吝かではないということです。

その前々回の日記を書いたあと、この問題に関する幾つかのサイトを見て回りました。
でも残念ながら納得できる意見はまだ見つかっていません。

その上でダ・ヴィンチの記事を読みました。
記事のタイトルから期待しましたが、読んでの感想は「これじゃまだ駄目だ」でした。
自分の意見を撤回するに足るものではないということです。

戦前のことについて言及している部分に至っては何をか言わんやでした。
大手出版社の社長なのに、歴史に対してその程度の認識の人なのかとがっかりです。※1

ではどういう意見であればいいのかというと、
(1)現状の販売状態をどう思っているのか
(2)それをどうしたらいいと思っているのか
この2点を明確に論じて、その両方で私を納得させて欲しいのです。

表現が萎縮するとか、条例成立の過程や推進している人がどうとか、範囲が曖昧で運用が拡大されるとか、実効性がないとかいう議論は、私にとってはその後のことです。

「条例にはこれこれの問題があるから反対だ」だけでは納得できません。
著名な漫画家さんや作家さん(その中には私が好きな人や好きだった人もいます)が反対しているからというだけでも納得できません。そういった方がどのような理由で反対しているのかが問題なのです。

ダ・ヴィンチは定期購読しているので件の記事はたまたま読みました。※2
この問題で広範に資料を集めをしてまで検討する意欲はありませんが、よくまとまったサイトや数冊の本程度なら読んでもいいと思っています。まとめサイトに紹介されている中にそういうのってないですかね。


※1

「戦争反対が言えなかったのではなく、戦争反対とは誰も思っていなかった」のくだり。
角川書店グループの社員さんはみんな社長さんの条例反対意見に同意してて、その指示に従っているのかなあ。「条例賛成とは誰も思っていない」のかなあ。

国家と私企業の違いがあるから同列に論ずることはできませんけどね。


※2

インタビュアーも条例反対の立場で話を進めています。
最初に読んだとき産経新聞の記事と比較してあれっと思いましたが、報道ではなく雑誌だからそれでいいんですね。

同号の別の記事には、多分条例を意識したと思われる「体位の絵解き」が載ってます。
こういうのを載せたがる神経は理解できません。
同誌は情報源として役に立つので職場で(個人的に)定期購読していますが、そのページを開いているのを同僚の女性社員に見られたら100%セクハラって言われますがな。
毎号高校生の娘にも読ませていますが、今号は自分からは見せられないなあ。(私がいない間に勝手に読むでしょうけれど)
それが親ってもんですよ。社長さん。

恵方巻に感じる違和感

数年前から恵方巻がうちにも侵入してきています。
出来合いの物ではなく、うちで普段(たまに)やっている手巻き寿司を、いつもの倍の広さの海苔を使い、長めの具を用意して、いつもより太めにして食べろとのかみさんのお達しです。

その以前からコンビになんかでキャンペーンをやっているのは知っていましたが、私はあえて無視していました。

正直言って、私はこれあまり愉快ではありません。
元々関西の方の風習だった恵方巻の丸かじり。それを海苔業界だか酢業界だか米業界だか流通業界だか知らないけれど、いずれ誰かの思惑で始まった全国展開。コンビにという津々浦々に存在する基地を拠点に暴力的に流行らせようとする魂胆が嫌なのです。
回転寿司やスーパーにもポスターが貼ってあります。

発祥の地元でするのは構わないんです。
それを縁もゆかりもない土地に持ってきて儲けようという嫌らしさ、それに乗せられ、今年の恵方はどっちだなんてやっているバカ。(言い過ぎました←サンゲツの子供かっ)

丸かぶりというのは、夜の料亭での芸者相手の猥褻な遊びだったという説もあります。

地方の疲弊、地方の衰退と言いながら、一方で地方の文化を破壊している。
あるものを壊すだけでなく、なかったものを無理やり持ってくることも破壊だと思います。
勘違いしないで欲しいのは「新しいことを始める」ことそのものが破壊だとは思っていないということです。

恵方巻は「縁起物」であり、それ以上の意味はありません。
そうでなかったら、あんなものわざわざ食べる必要はありません。

世の中にあまたある縁起物の中には、元をたどれば実にいい加減なくだらない出来事が始まりだたっというものもあります。

しかしそれはその時代、その地域において継承され伝えられてきたという価値を持っています。人の交流で他の地域に伝播したこともあるでしょう。

恵方巻はそうではありません。
縁起がいい? 誰がそんなこと言ってるんだ。
そして、それ以外に恵方巻を食べる意味ってありますか?

バレンタインデーも似たようなものですが、これには(一応聖バレンタインにあやかってということはあるにしても、実質的には無意味ですし)恋の告白という即物的な動機があります。
バレンタインデーは、そもそもが日本のどこにも無かった行事を流行らせたということで、その是非はともかく、実体としてのむごたらしさはともかく、嫌な思い出はともかく、悲しい思い出はともかく、辛い思い出はともかく、ちょっとはいいこともあったかなという記憶の捏造はともかく、宗教行事でありながらそれから完全に逸脱した単なるイベントですから、前記した「ともかく」を度外視して首肯できます。

口コミで伝わって、聞いた人が「あ、それ面白いね」と広まるようなことはいいのです。
マスコミや流通業者が、その力を使って無理やり広めるのが嫌なのです。

とは言え、私がどれだけ違和感を表明しても、この流れはもう止まらないでしょう。
願わくは、宇宙ステーションで日本人飛行士が食べたりしませんように。
(宇宙で恵方なんて関係ないもんねw)