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たか号(gatsutaka)

Author:たか号(gatsutaka)
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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
DIVA f がやってきた
えい、やあ、っとPSVitaを買いました。
某ヤマダ電機で、ソフト1本とメモリーのセットで。

話せば長いことながら。
でもあまり面白い話にはならないので、いきさつは省略します。

初音ミク限定版は高いので諦めました。
それ以前に本体を持たないのにDIVA fを買っていたので、今さら同梱版を買ってもしょうがない。

Vitaが欲しかった のではなく、DIVA f をしたかったのです。
なので、今回のタイトルは「PSVitaがやってきた」ではなく、「DIVA f がやってきた」なのです。


始めてみると、スクラッチがうまくできません。
まあ、慣れればどうにかなるかな。

最初にやったのが「メランコリー」です。
ProjectMirai版「メランコリー」はオリジナル動画を使ったものでした。
DIVA fのは3Dアニメのリンが元気一杯ダンスしていて違和感ありあり。w

ProjectMiraiは「ゆめゆめ」と「クローバー・クラブ」をパーフェクトできたので、それ以降やっていません。

そろそろDIVAとDIVA2もやってみようかな。
この2本は絵に描いたような「積ゲー」化していて、まだパッケージを開けてもいないのです。w

==

私のリアルかつネットでのボカロ仲間「へもきち」さんが毎週日曜午後9時頃からニコ生をやっています。

へもきちさんは聞き専なのですが、埋もれた名曲、これから伸びてほしい新曲の紹介をずっと続けている方です。
そのチョイスは定評があります。(主に私のねw)
時間帯もいいので、機会を作ってぜひ視聴してみて下さい。

コミュはこちら↓
へもなま

==

そのニコ生。
昨夜は午後6時頃から「座敷ウサギ」さんがやってくれました。

なんと4枠。合計2時間。全部見たよ。w
お友達のぺり子さんとお喋りしながら、リンレンを描くという趣向でした。
最初の枠はマイクが雑音を拾っていてその解消で30分が終わってしまいましたけど。

4枠とも視聴者100人超えでした。
有名Pさんのニコ生でも数十人らしいので、これは驚異的なのかな。

コミュはこちら↓
仲睦まじいレンリンを温かく見守る所存

私はイベントで2回お会いしたことがあります。
最初にコンタクトしたのが2008年9月だから結構前から知っていました。
娘はまだ会ったことがないので、そのお声を聴くのも初めてでした。

声もかわいいけど、ご本人もかわいいですよ。w
ご尊顔はコスプレ写真で出回っているか。ww

いや、しかし、INARIには笑った。
いかにもウサギさんが好みそうな「これはひどい」の典型でした。www





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彼女を好きになる12の方法 感想
彼女を好きになる12の方法 (メディアワークス文庫)彼女を好きになる12の方法 (メディアワークス文庫)
(2012/08/25)
入間 人間

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ネタバレを極力避けた前回(昨日は彼女も恋してた/明日も彼女は恋をするの感想)と違い、本作品の感想をネタバレ無しで書くことは諦めます。

だから最初にネタバレします。

「本作品は最後まであのままです。ひねりも仕掛けもありません」

ええ。ずっと。
どこでひっくり返るんだろうとドキドキしながら読んでいました。
隣の部屋の男はもしかしてとか、時間が一年ずれているんじゃないかとか、「俺」と「僕」が実は入れ替わっているとか、同一人物とか。

全部外れました。
私は小説の伏線や仕掛けなどには気付かないで無頓着に読み進めることが多いです。
そんな私が「あ、これは」と思うような、逆の意味でのトラップが仕掛けてあったということです。
絶対に意図的ですね。相手が一枚も二枚も上手でした。

本作品は私がここ数年間に読んだ中で一番悲しい物語であると思いました。

本作品を読むと、殆どの(主に男性)読者が、「僕」のいずれかの月のどこかにの場面に、自分の過去を重ねて胃が締め付けられるのです。
つまり、みんな、誰もが同じ道を辿ってきたのだということを、痛い形で再認識させてくれます。
そしてこのことこそが、本作品の価値であろうと思います。
これは他の入間作品とはかなり趣が異なっているように思えます。

主要登場人物は3人。「俺」と「彼女」と「僕」です。

「俺」は他の入間作品にもよく出てくるような、普通とはちょっとずれた天然の要素が強くて、それでいて飲み会の席で女の子が寄ってくるようないい顔を持った男です。
大学入学後からいつも一緒にいる「彼女」に対して、その「彼女」とこれからも一緒にいるために「彼女」を好きになりたいのだけど、それにはどうすればいいか分からずあれこれ試行錯誤します。まあ、普通じゃないですよね。
ただ、これまでの類似キャラと違うのは、「僕」に対して「この場所(つまり“彼女”の横)は譲らない」(※1)という明確な意思を持っていることです。

「彼女」は当初は「she」的な代名詞の意味が強かったのに、結果的には、というより最初から「his lover」でした。
入間作品の女性キャラは一癖も二癖もあることが多いです。
そんな中で「彼女」は全体の印象としてはごく普通です。
でも親近感は湧きませんでした。
それは、「僕」を最初から拒絶している態度、それも絶対的とも言うべき拒絶(※2)が、「俺」といるときの割と「ほんわか」した対応と対比して考えたときに、かなりきつく冷淡なものに感じられたからです。
だから、読んでいて「彼女」への親近感が極小にまで縮んでしまったのでしょう。

「俺」と「彼女」の一年間のやり取りは、読み終わってみると、「何でこんなつまらないもの読まなければならなかったんだ(プンスカ!!!)」という内容でした。
美男美女カップルの仲が深くなっていく出会ってから3年目。大したエピソードも、二人を邪魔をする深刻な外乱もない。そんなの読んで何が楽しいんだ。

私の学生時代にはそれに重ねる思い出なんてなかったよ。←あ、言っちゃったw
いや、ま、大学はそれなりに楽しかったですけどね。鈍毎

「つまらない」というのは勿論そのままの意味で使っているのではありません。
アパートの部屋の中でビニールプールで遊んだり、こたつにUの字になって重なって入ったり、ニンジンだけ持ってきてスキヤキしようと言ったり。
これらはもう堪らんってくらいの羨ましさの限りであって、そういう経験ができなかった者の僻みが「つまらない」と言わせているだけなのです。丼舞

「俺」が天然である分、二人の認識には微妙なズレが存在しています。
そのズレに「彼女」は少し違和感を持っていて、「俺」のほうははっきり自覚を持っています。
でもそれは最終的には解消してしまうズレです。

「俺」が「彼女」にズレの原因である「好きになろうとしている」ことを白状したときに「彼女」が示した反応は、ここから何か展開が変わってくるのだろうかと思わせました。
2年以上付き合っていて、今さら「好きになろうとしている」なんて言われたら、「じゃあこれまでは好きじゃなかったの?」となりますよね。
なのに、「彼女」はそれを受け入れてしまい、ただの微笑ましいエピソードになってしまいました。

二人の「つまらない」バカップル話は、もう一人の主人公である「僕」とのコントラストを際立たせるために存在しています。
上記した※1と※2も、「僕」の立場をより鮮明にするための道具立てです。

「僕」はとにかく動き出すのが遅かった。
「彼女」を好きになってから、初めて声を掛けるまで2年以上かかるなんて遅すぎます。

早目に動いたらどうにかなったということではありません。
早目に動くことは「必要条件」ではあっても、「十分条件」ではないからです。
でも、少なくとも「彼女」から絶対的に拒絶されることはなかったでしょう。

この点については、本作品を読んでいてしょうもない妄想が湧いてきて困りました。
私がこのブログで入間作品への感想を書くのは3回目です。
2回目は上に書いたように「昨日は彼女も恋してた/明日も彼女は恋をする」への感想です。
1回目は「僕の小規模な奇跡」について書きました。
その1回目の感想のReadMoreに、「僕の小規模な奇跡」に描かれているある事件と類似したかなり恥ずかしい私の思い出を書きました。
もしかして入間さんはあれを読んで、「僕」の行動のヒントにしたのではないかと、まことにあり得ない妄想が湧いたのです。
勿論、あんなの(ぐずぐず動かなかった点)は珍しくもないよくあることだということは重々承知しています。

ところで、現実はともかく、多くの物語では「僕」的な主人公には最終的に何らかの救いが差し伸べられます。
だって読者が感情移入している主人公が不幸なままで話が終わったら、カタルシスが得られませんよね。
端的な例を挙げれば森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」の「私」かな。
あの場合はライバルがいなかったですけど。

夜は短し歩けよ乙女夜は短し歩けよ乙女
(2006/11/29)
森見 登美彦

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なのに本作品の「僕」は最後までそのままでした。

「彼女」に直接告白する機会は得られず、それどころかまともな会話すらできません。
大学配布物の表紙イラストという形で思いの丈を込めた告白は気付いてもらえないまま捨てられます。

「僕」の想いの一途さを称賛すべきかどうかは、私でも迷うところです。
現在では、一般的な形(気軽に話しかけるなど)で表に出せない想いは「気持ち悪い」と切り捨てられます。ストーカーかその予備軍と見なされても文句は言えません。
でも気軽に話しかけることがなかなかできないやつだっているのだから、その全てが忌避の対象とされるのは哀れ過ぎるなあ。

物語の最後で「僕」が自問します。

「僕はまだ彼女が好きだろうか、と己に問う。
 その答えと共に駆け抜けた季節の冷気に、僕の薄く青い唇が震えた」

解釈は人それぞれでしょうが、私は「まだ好き」なのだろうと思います。
男はそうやって、想いを女々しく引き摺っていくのです。
たとえそれがどれほど冷たく拒絶された相手であっても。

「僕」という存在、そして「僕」の取った個々の行動は、日本が恋愛至上主義に陥った1970年代以降(これは私の勝手な断定で根拠はありません)、その戦いの負け組に甘んじることしかできなかった多くの男達と、彼らが演じた無様な行動の表象であり、悲しいイコンなのです。

9/12 20:15文章一部修正・追加
9/13 20:13文章一部修正・追加
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忘れてた。

2012/8/31 初音ミク5回目の誕生日に新作SSを投稿しました。

初音ミクのSPEC(前篇)

前篇としたのは、誕生に全く間に合わなかったからです。orz

タイトルからお分かりのように、某テレビドラマを下敷きにしています。

左上の作品一覧にはまだ載せていません。