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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
僕が愛した全ての君へ 君を愛したひとりの僕へ 感想
この感想は8月(2016年)には書き始めていたのに、あれこれ追加しているうちにもう12月になってしまいました。
まだ書き足りないけれど、とりあえずここまでで載せてみます。



以下ではタイトルを省略形で表示します。
僕が愛した全ての君へ  = 「僕が」
君を愛したひとりの僕へ = 「君を」



いやあ面白かった。

自分と思考の方向性が同じ作者さんの作品を読むのが一番楽しい。
思考の方向性が同じとは言ってもそれはベクトルの凡その向きのことであって、長さは当然違います。
どっちのベクトルが長いかという問いには意味がありません。(ということにしておこうw)
本作品世界のことに限定すれば乙野さんのほうが遥かに長いのは言うまでもないです。

遥か向こうにあるそのベクトルの終点に向けて、思ったことを投げてみます。
これは「批判」とか「いちゃもん」などではなくて、好意的な意味で「思考して楽しんでいる」のだとご理解下さい。
このような思考は本作品で描かれている世界を十分理解した上でするべきでしょうが、結構読み落とし(読んではいるのにもう覚えていないこと)があるはずなので、話がかみ合わない部分は笑って読んで下さい。


・並行世界が整数で量子化されている。その1
 000と001の間に世界はないのか。
 IP端末に小数点以下の部分もあってその表示が変化しているという記述があるが、小数部分が何を示しているのかの説明はない。
 小数が世界としての意味を持っていないのであれば、000と001の差1が量子となる。
 虚質空間が物質空間と相互作用しているのだからその量子のスケールは物質世界での量子スケール(例えばプランク定数なら6.6x10^(-34))と似た値になるはず。
 であれば000と001の世界の差異はマクロ(人間のサイズレベル)では殆ど分からないのではないか。
 朝食の米・パン程の差異が量子1とは思えない。

・並行世界が整数で量子化されている。その2
 000からIP∞の方向への片側一次元だけというのは違和感あり。
 例えばサイコロを振ると、最低でも同時に6つの世界が生まれるはず。
 であれば、例えば000世界を中心とする円(二次元)もしくは球殻(三次元)として並行世界が広がっていると考えるほうが自然ではないか。
 この場合広がりは連続ではなく、整数で量子化されていてもいい。
 当然IPも二次元、三次元の量になる。
 二次元で考えると、(000,000)世界の隣には8つの世界が存在する。
 (-01,001)(000,001)(001,001)
 (-01,000)(000,000)(001,000)
 (-01,-01)(000,-01)(001,-01)

・並行世界が整数で量子化されている。その3
 000(=X)の隣が001(=Y)、その隣が002(=Z)。
 ではY(=000)の世界から見たX、ZのIPはどうなる?

・並行世界が整数で量子化されている。その4a
 000世界で発生した選択が新しい世界を誕生させるということ?
 であれば隣の001世界は常に移ろっていくということになる。
 001世界で発生した選択が産む世界と000世界との関係はどうなる?

・並行世界が整数で量子化されている。その4b
 そうではなく全ての世界が宇宙開闢のときに同時に生成されて、その後は増えたり減ったりせずある意味静的に存在してるとの解釈はどうか。
 近しい世界では発生する事象が殆ど同じか似通っているとしても、長い時間のうちにその差異は大きくなってくるはず。
 だからIPが1つだけ違っても百数十億年の差異の累積は「全く違う世界」を作ってしまうのかもしれない。

・IPが離れることで差異が大きくなる。(米・パンを量子1としたとき)
 35程度の距離で婚約していない世界、恋人ですらない世界になるかなあ。
 また、誰か、例えば暦に着目したとき、ある時点で暦がいる世界と、既に死んだ世界と、そもそも生まれなかった世界が存在するはず。
 それとは別に、和音がいる世界と、既に死んだ世界と、そもそも生まれなかった世界も存在するはず。
 それらの世界はマトリックスを構成するが、距離関係はどうなるのか。

・隣り合う世界は「人の移動」以外で影響を与え合うことはないのか。
 あるとすれはその速度は?
 速度が有限なら、ここでも光速の壁が現れたりして。
 その場合ある程度以上の距離がある世界同士は互いに無関係ということになる。
 人の移動の速度はどうか。移動が一瞬と言っても0ではないはず。
 でも虚質空間での距離とか時間とかは普通の世界のそれとは性質が異なるのかな。

・意識と身体の関係
 これ結構重い問題かもしれない。
 本作での並行世界移動は意識だけが入れ替わると説明されている。
 意識だけの移動では、脳内の血流、シナプス、神経細胞間の信号は移動しない。
 では移動前後で記憶や思考は継続できるのか、そもそも意識とは何か、という問題が発生する。
 シフト先で事件や事故で身体に重大な損傷を受けたときに死ぬのはどっちなのか。
 シフト先での自殺はどうなる? 自殺したほうの意識が死に、片方は元の世界に戻れなくなる?

とかなんとか。いやあ楽しい。
ここに書いた項目は全て「僕が」だけを読んだ状態で考えたものです。

乙野さんはこんなことは当然承知の上で、物語の世界観を読者に分かりやすく提示するために余計な枝葉を落として「デフォルメ」したのではないかと思っていました。
だから「君を」で栞の事故が出てきたとき、ああやっぱりと思いました。

私は2冊同時に買って、「僕が」の後に「君を」を読みました。

読み終わって、本作は発想としてはまず「君を」ありきで、その後に「僕が」が作られたのだろうなと感じました。

最初に書いた「思考の方向性が同じ」ということは色々な意味を含んでいます。
その一つは「独自に作り出した世界観を舞台とした物語において、その世界の成り立ちを必要な範囲で説明する姿勢がある」ということです。
論理的に成り立つかどうかは問題ではありません。
矛盾を含んでいたり、破綻があっても構わないのです。
方向性が全然違う作者さんの作品を読んだらどうなるかは、こちらを参照して下さい。
 →  ぼくは明日、昨日のきみとデートする 感想


ところで、「僕が」の序章を読んだとき、私は萩尾望都さんの「ヴィオリータ」を思い浮かべました。
ヨハンが時空を超えてヴィオリータという少女を追い求める幻想的な物語です。
死期を迎えたヨハンの部屋に幼い孫娘のヴィオリータが訪れて「ヨハン、寝てらっしゃるの?」と尋ねます。

「僕が」ではレオタード像の下で車椅子に乗っている年老いた暦の前に少女が現れて謎の言葉を告げます。
何となく似ていますよね。

なので本作全体に「ヴィオリータ」のようなリリカルな雰囲気を想像していました。
しかし実際にはかなり異なっていました。
むしろリリカルの真反対のシャープさを感じました。
各章が年代で区切られていて、エピソードとしてはそれぞれで完結しているせいかもしれません。

とは言え、大きく俯瞰して考えれば、本作も全体としては詩情を湛えていると見なすことも有りかな。

「僕が」の000世界と「君を」の000世界は暦の思いによって強く結び付けられています。交差点の幽霊と化して10代の姿のままの少女栞と、栞を救うために人生の全てを捧げた年老いた暦。
彼が見出して実行した解決方法が、本来出会うはずのなかった「僕が」の暦と栞(両方の世界の栞)を引き合わせました。
この構造が巧まずして本作にリリカルな側面を与えているのかもしれません。
(乙野さんが狙ってそうしていたのなら、私の読みが浅いだけなのでごめんなさい)


ここで幾つか不満点を挙げておきます。

1)「僕が」の壮年期エピソード

通り魔犯の奥さんが殺された事件は、本作に挿入するエピソードとしては重すぎると思いました。
奥さんに罪はなく、ましてや謝罪に訪れているのに殺されるなんてやりきれない。
動機もその奥さんに対する恨みとかそういうことではありませんよね。
IPロックを持ち出すには殺人というインパクトが必要なのかなあ。
それに社会の反応を考えると、たとえ別IPの別人格者が起こした事件だとしても「暦は状況によっては人殺しを行う危険な人物」と見なされることになりかねません。
これは「ちょっと嫌」でした。

2)「君を」P161

栞の身体が死ぬ場面での暦の心理描写はいらない。
私の個人的な好みの問題ですが、殆ど全ての読者が「何が起こったか判っている」場面でそれを否定する無駄な心理描写がぐだぐだと続くのは嫌いなのです。
その読者の想像とは違う方向に話が進むのならともかく。

あれ? 不満はこれくらいかな。
そうだ、もう一つありました。

本作を貫く原則の一つに「違う世界の同一人物は別人格の別人である」というものがあります。
何だか変な文章になってしまいました。
本作中にもっといい表現がなかったですかね。

これによって並行世界を跨がっての冤罪という概念が出てきます。
犯罪を犯した者が異世界に逃げ、それと入れ替わった犯罪を犯していない人格が罪を問われるということです。
しかしこの冤罪は法的にはかなり厄介かもしれません。
犯人が本来所属している世界Aで犯罪を犯して逃げた場合はまだいいです。
シフトした先の世界Bで罪を犯して元の世界に戻った場合はどうなるでしょう。
犯罪が成立したのはB,犯人がいるのはA。
ではその罪はどちらの世界で誰が裁かれるのか。
Aの犯人をBにシフトして裁くとしたら、死刑の場合はどうなる?
この犯人がさらに別の世界Cで別の犯罪を犯していた場合はどうなるのか。
ある世界では犯罪であっても別の世界では犯罪にはならないように法律が違っている場合はどうなるのか。

科学のエリアはともかく、法的・社会的分野を考えるとちょっと厳しいなあ。


それはさておき。
各世代でのエピソードは面白いですね。

勿論その中でも一番はIP085の和音ですけれど。
シールを貼るなんてアナログな誤魔化しは予想もしていなかったもんなあ。w

暦にとって000以外の和音は「結婚したい和音」ではありません。
この考えが後になって「全ての可能性の和音を愛する」に変わるのですが、それでもそれぞれの和音を別人と見なしていることに違いはありません。

日常において自然現象として発生しているシフトについてはその原因などの説明がありませんでした。
ここではそれを「ゆらぎ」と呼ぶことにします。

お互いの初体験のとき、及び結婚のとき(この「結婚」が式のことなのか、誓約のことなのか不明:まあどっちでも同じかな)暦と和音は相手が000であることに拘ります。
ゆらぎによってしばしば変動するものなのに、この拘りはどういうことかな。
その行為を「精神的な部分における神聖なもの」と捉えているということでしょうか。

でもなあ、ゆらぎの確率を数値化したら、今目の前にいる和音は、例えば
000の和音が84.48%
001の和音が 7.78%
002の和音が 5.59%
003の和音が 1.56%
004の和音が 0.43%
005の和音が 0.12%
・・・ 以下IP∞まで
が混在したシュレディンガーの猫的存在ということになりませんか?
なまじIPを測定して確定できるようになったから故の拘りなのかもしれません。

私がこの世界の住人だったら「IPが近傍なら人格も含めて同一人物」と考えそう。
これを拡張して「全てのIPで同一人物であり、その振る舞いの差は『可能性』の現れ」という考え方も可能です。
これは暦の「全ての可能性の和音を愛する」と似ているけど違うのかな。

==

本作中に明示はしてないけれどこの推測は多分正しいと思うことがあります。

以下の説明では表記がごちゃごちゃになるので、「君を」の暦を暦A、「僕が」の暦を暦Bとします。栞、和音についても同じです。

暦Aは栞Aが幽霊になったあと高校を中退して大学に行かず独学(父親Aや所長Aの助けはあり)で虚質科学を習得しました。
これに対して暦Bは中学の頃から秀才で、あまり勉強しないでも高校では常にトップ、そのまま九大に進学しています。

これは暦Bが生来の秀才だからではないと思います。
勿論父親Bから受け継いだ資質もあるでしょう。
しかしそれだけではなく、暦Aが過去に遡って暦Bと意識だけ合体したからなのではないでしょうか。
暦Aの記憶は消えていますから、その知識もどの程度暦Bに影響しているかは分かりません。
100%ということはないかもしれませんが、あるかもしれません。

そのくらいのメリットがないと、暦Bは巻き込まれただけということになります。
デメリットも考えられませんけれど。

栞B(「僕が」の序章にでてきた老婦人)にとってはどうかなあ。
「名乗るほどの者ではない」を言いたかったのは栞Aですよね。
それを本当に言うことができて幸せな気分になれたってとこかな。

この推測が本当に正しいとしたとき、次のような事態を想起することができます。

想起事態1
暦Bがその死の間際にさらに別の世界で過去に遡って暦Cに合体する。
暦Cがさらに・・・、と繰り返していけば、一人の人間が一生かけて習得した知識を無限に累積していくことが可能になる。
全ての世界で時間(時刻)が同じなのだから、暦Aが過去に行ったその同時刻に暦最終形がどこかの世界に存在していることになる。

想起事態2
暦Bがその死の間際にさらに暦Aの世界で過去に遡って暦Aに合体する。
これによって暦Aと暦Bの間で知の無限ループが形成される。

これをちょっとだけ検証してみたのですが、想起事態1に書いた「無限累積」はかなり難しことが分かりました。

暦Aが生まれたときの知識=0、過去遡及を行ったときの知識=100とします。
暦Aが合体したとき、暦Bの知識=0+100*a (a=同化率、最大で1)
暦Bがその生涯で暦Aに匹敵する知識100を得たとする。
暦Bが過去遡及を行うときの知識=100*a+100=100*(a+1)
暦Bが合体したとき、暦Cの知識=0+100*(a+1)*a
暦Cがその生涯で暦Aに匹敵する知識100を得たとする。
暦Cが過去遡及を行うときの知識=100*(a+1)*a+100=100*(a^2+a+1)
以下同様に、比例係数はaの累乗の和になります。
a=1のときは累乗の和は無限に大きくなります。
しかしa<1のときは、過去遡及を繰り返すと比例係数Σ(a^n,n=0,1,2,...)がある値で止まってしまい、それ以上増えなくなってしまいます。
a=0.9のとき10、a=0.8のとき5、a=0.5のとき2。
つまり1/(1-a)に収束していくのです。
物理現象でa=1はあり得ないでしょうから、「無限の知識」は実現できないということです。
そもそも脳のキャパの問題もありますしね。

想起事態2ではどうなるのか。
考えてみたのですが、分かりませんでした。
A,Bそれぞれ一回の遡及だけで平衡状態になってしまうのかなあ。

==

暦Aは栞Aを連れて過去に行くことで栞Aを交差点の幽霊状態から救い出しました。
それがなかったら、死ぬことのない栞Aの意識は永遠にそこに留まっていたはずです。

そのとき、暦Aの世界の近傍のIP世界ではその世界の暦が同じように幽霊になっている栞を救い出したはずです。
暦と栞が(若いときに出会った)世界では栞は必ず幽霊になっています。
幽霊になった「全ての栞」はこれで救われたのでしょうか。

それとも暦が失敗して幽霊のままの栞がいる世界もあるのでしょうか。

物質で構成されたものは時間の経過、エントロピーの増大によって分解され、いずれは消滅します。
虚質で構成されたもの、栞の意識はどうなんでしょうね。

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