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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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勝谷誠彦さんの兵庫県知事選立候補を全面支援します
全面支援表明

今日のメールタイトルを見て、昨日から報道されていることを知らなかった多くの読者が「何で今頃またエイプリルフール?」と思ったことでしょう。
週報『迂闊屋』20170422号の前振りがなかったら、読み終わった後でもどこに仕掛けがあるのか探したかもしれません。

私は投票権がないし、兵庫県民の知り合いは西宮の叔母夫婦しかいません。
やれることは限られているけれど、全面支援するつもりであることを表明しておきます。
人手が欲しいときはxxな日々で呼びかけて下さい。
万難を排して駆けつけます。

面白いですねえ。
安倍首相と蓮舫代表とももクロが並んで応援している場面を思い浮かべて、一人笑ってしまいました。(それぞれの立場があるから実際には有りえないでしょうけれど)
対立候補だけでなく、大マスコミと直にやりあう状況はもっと現実的に想像できます。
勝谷さんはケンカの仕方を知っているから、そのお手並みを楽しむことにしましょう。

だけどこれまでに見えた脇の甘さから少しだけ危惧してもいるのです。
言葉尻を捉えて彼らがしかけてくるであろう「政治的正しさ」という気色悪い妖怪に負けないで下さい。
自分から無駄な労力を費やす状況を作ることがないように。

あ、そうか。
これは「御前」につながる道なんだ。

==

上は今私がコラムニストの勝谷誠彦さんに宛てて出そうとしているメールです。
これまでと違って、もう一般読者からのメール全てを本人が読むことはできないかもしれませんが、それはどうでもいいんです。

私は有料化された2007年1月のはるか以前から現在までずっと勝谷誠彦さんの配信メール「勝谷誠彦の××な日々。」を購読しています。

その勝谷さんが兵庫県知事選挙に立候補することが報道されました。
本人による表明は明日27日らしいです。

今日のメールタイトルは<兵庫県知事、やります>でした。

つまりこれから立候補者本人によるメールを毎日読むことができるのです。
学生時代に風俗ライターで鳴らし、その後週刊誌記者として活躍した人の文章です。
朝日新聞の天敵としても知られています。
昨日今日ブログやSNSを始めたような人とは面白さのレベルが違います。

好き嫌いや政治的信条に関わりなく、読んでみることをお勧めします。

とりあえずここからどうぞ→
https://katsuyamasahiko.jp/2017/04/26/4493/


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すかすかアニメ 感想
いや、まだ早い。喜ぶのはまだ早い。
まだ一回だよ。今後どうなるか分からないんだよ。

幾つかあったよね。
初回を見ていいと思ったのに後半ガタガタになったアニメが。

という自らへの戒めをどーーーーーでもいいと思うくらい、良かった。
#すかすか

後半ガタガタというのは、小説を原作とするアニメで、一回目はその原作にほぼ忠実なストーリーなのに、途中からエピソードをズタズタに切り貼りしているようなものを指します。

原作が好きな場合は、アニメの作画とか動画とか背景美術などよりも、ストーリーをどう扱うかがやはり一番気になるのです。
原作の長さが影響するので、取捨選択が行われるのは仕方ありません。
アニメオリジナルエピソードが挿入されることも有りえます。

そこに原作への愛があるか。
原作のエピソードを泣く泣く削っているのか、オラオラで削っているのか。
受け止め方は主観でしかありませんが、見ていて伝わってくるものなのです。

枝葉は問題ではありません。原作と100%同じにしろなんて言いません。
場合によっては大幅に変わったっていいんです。
世界さえ変わらなければ。

「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」 アニメの放送が始まりました。

==

さて、第1話。
私でも気付くような明確な変更が何か所かありました。

クトリがヴィレムの上の落っこちるシーンとか、パニバルがヴィレムに襲い掛かるシーンとか。
冒頭が養育院ではなかったこととか。←これ、第一回のラストとして効果的でしたね。

クトリが動いている。ヴィレムが喋っている。
ティアットが、コロンが、パニバルががそこにいる。
ラキシュが謝っている。

グリックは以前から知っている通りのいいやつだ。
ナイグラートはそのまんまナイグラートじゃないか。
アルマリアは……;;。うん、まだ我慢しとこう。

これからの一週間、もうこれだけで楽しく生きていけそうです。
次回、ネフレンが出てきたら本当に泣いてしまうかもしれない。笑

==

実写版PVを見たとき、何でこれ? とは思ったもののあまり気にしていなかった
Scarborough Fair (スカボロフェア) について。

スカボロフェアはサイモンとガーファンクルの歌が有名(というかそれがオリジナルと思っている人が多い)で、私も男性視点の歌と思っていました。
「かつて彼女は俺の恋人だった」と「そうすれば彼女は俺の恋人になる」の部分の主語はsheです。

OP曲ではheと歌われています。

それを聞いて、中学生の頃カーペンターズの涙の乗車券で、ビートルズの元歌詞のsheがheに変えられていることに衝撃を受けたことを思い出しました。
英語には男言葉、女言葉の違いがないから、これが成り立つのだと。

とは言えスカボロフェアには元々女性視点の部分もあるのです。

それはさておき、すかすかでこの曲が使われていることは、色々な受け取り方、解釈ができそうですね。

==

第2話感想  2017/4/20

第2話を見て最初に浮かんだ感想は「グッド・オルタレーション」でした。
「良い改変」という意味です。Good alteration!
実際の英語にこんな言い回しがあるのかどうかは知りません。← ひどい!

一つだけ残念だったのは、コロンの関節技が出てこなかったこと。
あれは文章では面白いオチになるけれど、アニメではちょっと苦しいかな。

なにより、チビ達の顔が見えたのがいいですね。
原作では年長組3+2人と年中組4人が出ずっぱりで、それ以外ではアルミタがほんの少し。
文章の場合は役どころの薄いキャラが大勢出てくると混乱するから、あの程度で十分です。
映像では一人ひとりを描き分ける必要があってしんどいでしょう。
アニメの作り手さんがあの子達それぞれに愛情を注いでくれていることがよく分かります。
みんな、姿と声と、そして名前を貰えて嬉しいんじゃないかな。(名前は5巻最後に出てた)

原作でヴィレムが最初に妖精倉庫に行ったとき、妖精達は7歳から15歳くらいまで30人程と記載されています。単純計算で同じ歳が3人強。
実際には2歳から6歳の範囲もいないと不自然ですが、それには言及してありません。
また、年長と年中の中間の存在もいません。
妖精の発生が定期的でなくばらつきがあるということなのかな。

アイセアは実際に喋っているのを見ると、想像以上に「うざいキャラ」でしたね。
これ、私は態と誤解されそうな言い方をしています。
アイセアがその内面、本心を周囲に悟らせないために生み出した彼女のキャラは、誤解されることを目的としています。
だから私達も誤解してあげなければいけないと思うのです。

ネフレンは。
ああ、誰か私を止めて。
放っとくと際限なしに感想を書いてしまいそう。w

ネフレンは所謂肝臓系女子の一種であって、口数は少ないけれどその内側では沢山の言葉が溢れているはずです。

但し肝臓系女子は一括りにできないくらいバラエティがあります。
代表例を挙げると、
言いたいことがあるのに言えない典型が汐宮栞(神のみぞ知るセカイ)。
言いたいことがあるのかないのか最小限のことしか言わないのが長門有希(涼宮ハルヒの憂鬱)。

これに対してネフレンは言えない訳ではないし、言わない訳でもありません。
必要なことは必要なタイミングで口にする。
ただ必要な状況があまりないだけなのです。

普段は「ん」だけで十分なのでしょう。

よーし。今回はここまでで我慢だ!


ライムスキン一位武官は、実際の軍で言えば大佐クラスなのかな。もっと上?
原作でもよく登場します。
黄金妖精に対する彼の眼差し、扱い、負い目といった部分が、護翼軍の中で一番の理解者であり、且つ冷酷な使用者であることを示しています。
声はやはりちょっとイメージが違うのですが、原作通りだと聞き取りにくいだろうから仕方ないのでしょう。

聖剣(遺跡兵装)の保管庫はまたイメージと違ったなあ。
埃っぽい部屋に雑然と置かれているのかと思っていたのに、厳重な地下保管庫でそれぞれ専用のケースに収めてありました。
経済的価値、そして軍事的価値から言えは、あの扱いが当然かな。


リーリァが1シーンだけ出てきました。
その横に、スウォン。白いマント。
大賢者様の若い頃のお姿がようやく拝めました。w


さて、スルーしておこうかと思ったヴィレムによるクトリのマッサージの場面。
あれはラッキースケベではなく視聴者へのサービススケベと言うべきかな。
ラッキーではなくて必然ですからね。その意味ではサービスですらないとも。
ヴィレムの過去の経験と「おとうさん」的側面があればこそのシーンですね。

ネットで読んだ第1話感想に、蛙面人の入浴シーンをラッキースケベの一つと捉えて、そして勿論がっかりしているのがありました。
妙にツボにはまって可笑しかった。

クトリとアイセアの下着姿のシーンはどっちと言うべきか。
あれは明らかにサービスだよなあ。w
ネフレンだけ服を着ていたのは、年齢に配慮ってことでもないだろうから、謎だ。
2人(もしくは3人)が相部屋ということなのかな。
でもクトリのブローチを遺していった先輩は個室だったはず。

尚、私はネフレンにそっち系を求めていないからがっかりなんかしていません。w
カラメルを舐めるシーンが少しそれっぽかったか。
食べることはエロと通底するからねえ。

この第2話でPVなどの事前情報に含まれていた部分はほぼ出尽くしたはずです。
次回以降は新しいシーンばかりになるのでしょう。

2017/4/27 追記 第3話感想。

うん、良くまとまっている。
下手な端折り方された物語は、原作未読の視聴者を置いてけぼりにしてしまいがちです。
すかすかでそれを感じることはあまりないと思います。
その意味で未読の人が羨ましい。
アニメで興味を持って原作を繙くと、画面で見えなかったさらに奥深い世界が開けるのですから。

資料室は綺麗過ぎかな。w
もっと雑然と、というか、私の居室(家族以外にはお見せできません)みたいな混沌とした部屋をイメージしていました。
ナイグラートの性格から考えると、あの程度でも散らかっていると見なすべきでしょうかね。

ネフレンの行動は、まあ確かに誤解を招きますよね。
資料室を覗くクトリの目の怖いこと。w
ネフレンはある目的というか、役割を自認してヴィレムに近づいています。
それは話が進むにつれて顕著になっていって、原作4巻では大きな意味を持つことになります。
決して天然とか鈍感などではありませんので。

いつも出遅れるあの子の名は?

ライムスキン、湯呑みでお茶(薬湯だったっけ)を飲むのは身体構造的に無理じゃないのか?

セニオリスの調整場面で各タリスマン(護符)が鳴らしていた音は、原作を読んでいるときのイメージそのままでした。
ドーム状に広がるビジュアルはなかなか良かったですね。
私の貧困な発想では柄を中心として同一平面で相対的に間隔が広がるという地味な場面を想像していました。

クトリが先輩妖精からブローチを受け継ぐ場面。
先輩は顔を出さないで後姿だけということを想像していて、それは予想通りだったです。しかし、ブローチを直接手渡されるという意外な展開でした。
主が帰ってこない部屋の机の上に大切にしていたブローチぽつんと残されていて、それをクトリが(無断で)引き継ぐという原作のほうがドラマチックというか、心情に迫ってくるものがあるでしょう。
でもそれをアニメでやって、視聴者に理解してもらえるようにするにはかなり時間を取ることも確かです。
手渡しは苦渋の選択だろうと理解することにします。

さ、次回は「敗北」の知らせだ。
ヴィレムはどんな顔を見せるのか。
そこで引きかな。

尚、各話の感想は、木曜朝4:50に起きて5:00から朝食を食べながら録画を見、そのまま出勤して昼休みに記憶を頼りに資料無しで書いています。
帰宅して運が良ければ(家族に他に見たい番組、録画がない)もう一度見ますが、感想はあまり推敲する余裕もなしにUPしています。
Twitterにはそれから抜粋しています。
なので、あちこちに綻びがあるのは仕方ないと開き直っています。

2017/5/4追記 アニメ第4話感想

私はあの市の名前が覚えられない。何度目にしても次の瞬間に忘れる。
なのでフィルには申し訳ないけれど、コ市と呼ぶことにします。
こんなとき頼りになるはずのWikipediaのすかすかのページは結構おざなりで、充実というにはまだほど遠い状態なのです。
コ市についての記述はないし、フィルについては「狼徴人(リュカントロポス)市長の娘」とあるだけ。これじゃ「リュカントロポス市の市長の娘」にも読める。

コ市の市街風景はとても綺麗でした。
私は石造りのもっと重厚な街をイメージしていましたが、あれも悪くない。
ティアットのトカゲ映画への入れ込みがなかなか笑えました。

そしてもたらされた敗北(失敗)の知らせ。
未読の人に、あの豚面族の言葉の意味が通じたかな。
その後のヴィレムの態度で分かりますよね。

私は4話はあそこで終わって以下次回かと思っていました。
でもまあ、予告もあるし、あそこで止める意味がないですね。

そして訪れたヴィレムによるクトリのハグの場面。
前半のハイライトですよね。
ヴィレムの行動は取りようによっては唐突です。
(それ言っちゃうと、ちょろいとも形容されているクトリの心理も唐突なんだけど)
木槌の夢の話など伏線はあります。
それなのにどうして唐突に見えるのかと考えたら、クトリ達が戦っている場面があの時点ではまだ直接は見えていないからかなあと。

戦いはどこか遠いところで行われている見えない戦いに過ぎません。
これまでに見えていたのは戦いから帰った妖精たちの疲れ切った姿だけ。

だから、失敗したとの報告を聞いたヴィレムの反応、そのあとのハグが唐突に見えるのだと思うのです。


2017/5/11追記 アニメ第5話感想

なんだかんだ言いながら、ネフレン目立つんだよなあ。w
ヴィレムの膝に座る。ティアットと階段ではしゃぐ。

特にティアットとのあの様子には驚きました。
ネフレン的存在は、同輩(年長組)や年上(ナイグラート)には可愛がられるけれど、小さい子はあまり近寄ってこないだろうと思っていたのです。
私の認識が間違っていて、面倒見がよくて慕われているのかもしれないですね。

フィルの発音。父が乳に聞こえて困った。
いや別に困りはしないんだけど。w

滅殺奉仕騎士団との対決は、かなり単純な結末に変更されていました。
ヴィレムの洞察力の披露が無くなったのは少し残念かな。
アニメでやるにはちょっと難しいですしね。

ついにエルク登場。まだ声だけですけど。
クトリが見た雑多なイメージは、原作を読んだ人それぞれが独自の映像や音声を思い描いていたはずです。
アニメで示されたのは、そういうものの中の一つということですよね。
私は映像としては赤と黒のツートーン、但し黒が勝っていて、額縁のような背景の中に「物」が浮かんでは消えていく情景を考えていました。
音声はアニメにかなり近い、但しもうちょっと明瞭なものを想像していました。
何度も見るうちにアニメのイメージで上書きされて、私だけのイメージは消えてしまうのでしょう。(これは良い悪いではなく、仕方ないことだと思います)


そして兎の憲兵さんバロニ=マキシも登場しました。
日本では憲兵というとドラマや映画で何度も悪役にされているから、威張っていて怖い存在と感じている人が多いでしょう。
そういうこともあっただろうけれど、描き方が一方的過ぎるからあまり囚われないほうがいいと思います。
念のため説明しておくと、「憲兵」は「軍組織内の警察」と考えればいいです。英語ではミリタリーポリス(略称MP)です。
自衛隊だと警務科(国賓への栄誉儀仗礼などをやっている)。

  余談:有村架純さんの朝ドラ「ひよっこ」がいつものパターンに入ってきました。
     イケメンのロシア民謡合唱指導者が警察官を見て逃げようとする。
     ほんと、NHKのドラマってマルキストが好きだねえ。
     朝ドラはマルキストを、大河ではキリスト教徒を「権力に迫害され、
     それでも信念を貫く善良な人」として描くのが毎度のことです。
     ひよっこは戦後それも占領解除後の話だから権力(の犬)は警察官です。
     これが戦前戦中だったら特別高等警察(特高)になります。
     特高と憲兵は全く別の組織なので混同しないように。

話をバロニに戻します。

彼は武闘派ではなく有能な官僚タイプなのでしょう。
そもそもの話をすれば、護翼軍が組織としてどのような構成になっているのかよくわかりません。
予算の問題、指揮系統の問題、深く考えれば結構危うい軍隊です。
現実の国連軍ともまた違うでしょうね。
敢えて例えれば宇宙人との戦いに特化した地球防衛軍かな。

護翼軍の将兵は各国から派遣されているのではなく、個人が直接志願して入隊しているという印象があります。(原作に記載があるなら教えて下さい。私は覚えていない)
派遣制だったら各国の利害が絡み合って統制がとれなくなりそうです。
それでも部隊を駐留させるにはどこかの島に土地を提供してもらう必要があります。
すると場所によっては戦闘組織が二重に存在することになります。
戦う対象、守る対象が違うから本来であれば共存は可能です。
(アメリカのどっかに米軍とは無関係な地球防衛軍の基地があると考えればいい)
だけど人の世の常としてそうそう単純にはいきません。
憲兵としての本来の任務の他に、外部(それこそ大賢者など)との折衝・調整機能が必要で、バロニがそれを担当していると考えればいいかな。

あれ待てよ。
スウォンが護翼軍のトップにいるということも有りえるかな。
であるならば指揮系統は明確になるし、バロニは彼の参謀的立場にいると見なすことも可能ですよね。(またまた原作の記載内容を覚えていないw)

==

2017/5/18追記

第6話はラキシュのうさぎエプロンがハイライトです。
なんて言うと、あちこちから怒られそうだ。w

バロニが登場した後にあれを見せられたから、
これはスタッフさんの遊びなんだろうか、それともたまたまなんだろうか、
と、ちょっとだけ楽しむことができました。それはともかく。

前回くらいから「原作未読の人はアニメの進行に付いてこられているんだろうか」と少し不安を感じています。
既読者である私はアニメでカットされた部分を無意識にでも脳内補完して楽しむことができます。
しかし読んでいない人が見た場合、画面に現れている出来事の意味合いがどの程度伝わっているのか。

アニメの範囲だけで考えてここまでの部分にストーリーの破綻はないと思います。
カットはあっても可能な限りそれを補う配慮もされていると感じます。
ヴィレムの科白には特にその傾向があります。

でもそのせいで場面によっては出来事や科白などの冗長度が減ってしまい、ぼんやり眺めているだけではそれに気付けないことが多いのではないでしょうか。

冗長度:この場合は、幾つかの場面を見落とし科白を聞き逃しても、全体としては理解できる度合いのことです。

例えば、クトリが過去の記憶に侵蝕されて意識を失ったことがどれほど重いことなのか、意識が戻ったことがどれほど奇跡的なことなのか。

だからどうしろ、という類のことではありません。
上と矛盾しますが、私は冗長度が大きな物語、つまりなかなか話が先に進まない物語はあまり好きではありません。

せいぜい言えることは、みんな画面に集中して見ようねということ、かな。
一言やワンカットに特別な意味を持たせてある場合、それに気付けばより楽しむことができるのですから。

スウォンの姿を見ていて、今更ながら疑問が湧いてきました。
彼はあの若い姿で戦って「生きてはいない」状態になったんですよね。
それなのに身体が大きくなり、顔に老けが刻まれているのはなぜでしょう。
生きていなくても身体は代謝をしているということかな。
でもそれは生きているということではないのかなあ。w
若いままだと大賢者としての威厳がないから、自ら身体を変えたのかもしれませんね。

エルクが言っていた探し物は「じぇい」と「いーぼ」でした。
一瞬、あれっ「かーま」は? と思ったけれど、あ、そうか、かーまは探す必要がないんだった。

アルマリアのクッキーは、ナイグラートが食べていたものと同じ形してなかった?
ここら辺は、ラキシュのエプロンと同じでアニスタの遊びなんでしょうね。
他にも色々仕込んであるんじゃないかなあ。
誰か、これまでで気付いたことないですか?

==

2017/5/25追記

第7話感想

今回はやはりノフトとラーントルク。
この二人の描き方は、これまでの他のキャラに比べてより力が入っていたように感じました。
はい多分錯覚です。
でも存在感はんぱない。


改めて考えてみると、すかすかという作品ではUEさんというイラストレーターの存在が大きいです。
一巻の表紙がUEさんのクトリでなかったら、書店で見かけても手に取らなかった可能性があります。
その頃はUEさんの正体を知ろうとネットで検索したけれど、殆ど何も出てきませんでした。
大体「UE」では調べようがない。※
最近はどうなんですかね。ネット上での居場所とか出てきていませんか?


獣の大きさについて。
ティメレ(六番目の獣)、アニメでそのヴィジュアルが見えたのはいいのですが、サイズがイメージよりもはるかに大きくないですかね。
イメージと言っても私の貧困なそれだし、原作の記述では個体によって大小はあるらしいですけど。(最近はちょっとビクビクw)
でもあれがプランタギネスタに数百匹取りつくんですよね。
しかも艦内に入り込んでくる。
それにそもそもの獣の出自を考えると、あの大きさで成り立つのか。(ネタバレ防止)
アニメで考えると戦闘シーンに迫力を持たせるには怪獣並みの大きさは必要なのかもしれませんが。

クトリのただいま。
濡れ場というか恋愛描写の場面の読み方、受け止め方、アニメでの見方は、これ実は人それぞれ違うのではないでしょうか。
その人の恋愛観とか、経験値とか、そんなことが影響するのではないかと思います。
分かり易く言えば、「にやにや」見るか、「ケッ」と見るか、「はぁ~」と見るか、「いいなあ」と見るかの違いということです。
ヴィレムとクトリに関して言えば、ここまでの場面は、なんかどこかぎこちないんですよね。見ていて「えーっとぉ……」、という感じ。w

私多分ね、まともにやられるのは苦手のようです。
最近ので言えば「僕らはみんな河合荘」の宇佐と律のゴミ捨て場での告白のようなものがいいなあ。
だからこの後に控えているプロポーズの場面は個人的には「超受ける」のです。

あの場面の間がどこまで再現されるかなあ。
間の取り方も読者それぞれで違うだろうから、無難なところになるのかな。

というのは置いといて。
クトリの「ただいま」は、私が勝手にすかすかシリーズの主題の一つだと思っている「回帰願望」に直接関与する重要な出来事です。
(すかもか含めて)これまでのところ、回帰願望がかなったのはクトリのこの「ただいま」しかありません。
だけど、クトリ良かったねと言えないところがつらいですね。
5巻末のヴィレムはその意味合いがまだ分からないのでちょっと保留にしておきます。



ネット上での自分の名前に個性を求める人と、没個性を好む人がいます。
あ、あと、何も考えていない人。
没個性の場合は、なかなか情報にたどり着けません。
最近では子供の名付けで「ネットで個人情報検索にひっかからないために敢えて平凡なありふれた名前を付ける」親もいるとか。
UEというのはどうかな。「上田さん」とかそんなとこなのかも。
個性的ではあるけれど、検索には不向きですね。

私が使っているgastutakaは本名からのもじりではありません。
はっきり言って失敗作だと自分では思っています。
でも10年以上使っているし、今更変える気はありません。
同じハンドルを使っているロシア人の女性がいました。
一度だけコンタクトしたことがあります。
私の本名、下の名前は、多分日本では私以外にはいないでしょう。
読みは平凡なんだけど。
「日本では」としたことには意味があります。あまり嬉しくない。


2017/06/04
8話ようやく見ました。
でも今更なので感想書く気が失せてる。
それもこれも私に無断で勝手に時間変更もしくは中止したTVQのせいや。
結局どうなったのか今になっても分からない。
あまりに不親切だわ。

で、一応8話に言及しておきます。
時間配分に不満があります。
プランタギネスタに関する一位武官との会話なんかあれほど画面化するまでもないと思うのです。
ヴィレムの科白だけで済ませることもできますよね。
「地上に行くことになった。お前も愛人扱いで連れていくからな」
「えーっ。何よそれ」

最後の場面をクトリの過去侵食にするためなのかなあ。

アルミタの屋上からの落下は、手摺の老朽化じゃなかったっけ。
まあそれはどうてもいいです。
原作になかった崖から落ちるシーンは、今回の事件が唐突と思われないための伏線扱いだったのかな。

夜は短し歩けよ乙女 映画感想
2017/4/9午後2時開始の回にかみさんと行ってきました。

感想 「私が求めていたものではない」

全体として振り返って思うのは「夜は短し歩けよ乙女」と題される作品に何を求めるのか、そのレンジもしくはスコープが私と映画で殆ど重ならなかったということです。
それは仕方がない。
原作者の森見登美彦さん以外は、みんなそれぞれが勝手な「夜は短し歩けよ乙女」を持っているのであって、どれがいいとかどれが悪いとか間違っているとか考えても意味がありません。

なのでこの感想では「どういう部分が私に合わなかったか」を表明します。

私は「夜は短し歩けよ乙女」にラブコメの要素を強く求めていました。
でも映画はスプラスティック的な部分が濃く、ラブコメ色はかなり薄められていました。

最初にキービジュアルを目にしたときから危惧はしていました。
これはちょっと違うんだろうなと。

私は四畳半のアニメは好きです。
初回版はレンタルで、この冬の再放送版は録画して見ました。
四畳半の原作は読んでいません。
フィルムコミックは持っています。
つまり元々は湯浅作品に拒否感はありません。

でも映画の冒頭、乙女が酒を飲み干す動画の表現を見たときに持った違和感は、詭弁踊りで頂点に達して、それ以降も解消されることはありませんでした。

後半の学園祭から私(先輩)の脳内議会に至る部分は退屈で退屈で、もし一人で見ていたら席を立っていたかもしれません。
私の主観ではありますが、後半部分では客席全体が「退屈」の空気を醸していました。

そんな中で唯一目を見開いたのはプリンセスダルマの正体が明かされたシーンでした。
「えっ? 象の尻の人は存在しないのか」……絶句。
彼女が削除されたのは二人の頭に錦鯉が当たるという原作にないエピソードのため?
パンツ総番長のビジュアルに全く納得できないのを我慢して見ていたのに、その仕打ちがこれかい? 
ロバート秋山さんのことはどーでもいいんだけど。

先輩は。
ものすごく影が薄かったように感じたのは錯覚かな。
あの名言「恥を知れ! しかるのち死ね!」は言いましたっけ?

映画の予告で「ナカメ作戦」が大々的に扱われています。
これ、私はあまり重要視していませんでした。
外堀を埋める作業の一環くらいにしか思っていなかったのです。

でも映画では「ナカメ作戦」が功を奏したように見えます。
乙女が自らの気持ちとして先輩に惹かれたのではなく、ナカメ作戦でそう誘導されてしまっただけのような。

源ちゃんは、まあどうでもいいや。
私は「顔が思い浮かぶCV」が嫌なのですが、彼の声はそれがなかったです。


黒髪の乙女は。
私、中村乙女は決して嫌いではありません。
ハードカバー本を持っているのに、さらに文庫版まで買いました。
でもそれよりも、コミック版琴音乙女のほうが好みです。

この感想を書くに当たって琴音らんまるさんによるコミック版のamazonレビューを読んでみたら、酷評だらけでした。
えーっ、そう?
私はとてもいい仕事だったと思うのですが。
乙女が先輩に惹かれていく部分は映画よりも丹念に描いてありますよね。
色々な細かいエピソード、仕草、表情、それらから立ち現れる性格は若干天然で、とても魅力的な存在でした。
映画版乙女は、強調され過ぎている大酒のみという属性以外は行動原理が今一つ分からないのです。
あ、花澤さんはGJでした。

左からハードカバー、文庫、らんまるコミック

新装版、ぶーた版は知りません。


その他のキャラは。
四畳半との融合を図った結果、それに引きずられて色んな所が台無しになったように思います。
古本市の神様しかり、学園祭事務局長しかり。
樋口氏は四畳半ではあれでいいんだけど、夜はでは気持ち悪いだけで飄々とした雰囲気が乏しい。
李白さんは好々爺的部分が乏しい。
春画はあこそまで見せる必要ありや?
パンツ総番長は本来は好青年なのに、今時絶対にいないあんな見た目にされて本当に可哀そう。
偏屈王がミュージカル? はぁ?

==

入場者特典の冊子その2も欲しいんだけど、二回目見に行く気になれません。
息子が行くかもしれないから、その時期を調整させようかな。




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