su
プロフィール

たか号(gatsutaka)

Author:たか号(gatsutaka)
コンタクトは下のアドレスもしくはコメントでどうぞ。
過去の古い日記へのコメントも大歓迎です。
garei#mars.dti.ne.jp
#を@にして下さい

ボーカロイドを扱った自作小説の一覧は→こちら
です。


そして、とうとう、とうとう、
ツイッター始めました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ネフレンを愛でる会

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ご恩は忘れておりません

中学3年の夏休みに一人旅に出かけた。
コースは次のようなものである。

・省略
・博多から下関まで行き、当時まだ走っていたSLに乗る
・寝台急行で鳥取へ
・砂丘見物、国民宿舎に泊まる
・因美線で岡山へ
・新幹線で東京へ
・首都圏の親戚宅を泊まり歩く
・寝台特急で帰宅

全体で15日程、メインは東京見物であったが、前半の列車(当時まだ国鉄)での移動のほうがより印象に残っている。

山陰本線のSLは、普通のダイヤとして走っていたもので、物心付いてから初めてで、また現時点では最後のSL乗車であった。ちなみに、そのSLのダイヤが一旦廃止になったあと、観光用として復活させたのが「SLやまぐち号」である。

鳥取では一旦国民宿舎砂丘荘に荷物を置いてから砂丘見物に出かけた。部屋は大部屋でかなりの数の人との相部屋であったが、さすがに中3の一人旅はめずらしく、同宿の人からかわいがってもらった。

特に、種子島から来た南さんという人には何かとお世話になり、砂丘見物につきあってもらったし、宿舎内でのあれこれの面倒を見てもらった。翌日の岡山行きの列車も同じだったので、新幹線に乗るまで一緒に来てもらい、ホームで名刺を貰って別れた。

東京に着いてからは、浦和、早稲田、国立、大磯と親戚宅を泊まり歩いた。

最初に浦和の伯母の家で洗濯したときに、岡山駅でもらった名刺をシャツのポケットに入れたままにしていて、気づいたときにはボロボロで何も読めなくなっていた。

帰ってからお礼の手紙を書こうと思っていたのに、それを果たせないまま現在に至っている。

それから幾度かその人を探そうとしたが、名前がはっきりしないし、それ以外の情報もあやふやなのでうまくいかない。

昭和40年代後半に、種子島の電電公社かその関連する会社にお勤めだった南さん(下の名前は一文字で、確か「加」という字に似ていた)、お世話になったご恩は忘れておりません。
いつか、直接お会いして、あのときのお礼をしたいと思っております。


国鉄とか、電電公社とか、どうにも話が古いねえ。


スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://gatsutaka.blog26.fc2.com/tb.php/18-e5dffd9c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。