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xxxHOLiC感想とかそんなもの

19巻読了。

ひまわりちゃん
 結局姿を見せなかった。残念。
座敷童
 18巻に全く出なかったので忘れられたのかと心配してた。
 たった1ページだったけど出てきてよかった。
 「成長」したんだよね。
雨童女
 デカワンコを見慣れた目ではもう親近感のみ。
小羽
 この子が一番美人だったよね。
 さらに綺麗になっちゃって。
マル・モロ
 もう見れなくなるのか。



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一足先に終了したつばさクロニクルと同時進行かつ密接に関連していたxxxHOLiCが終わりました。

ごく初期には単なるホラーマンガと思っていました。
なかなか掴みどころのないというか、どう解釈したらいいのか分からない部分が多くて、それは今でもそうなのだけど、終わったという実感が湧きません。

まともに書き始めるととても長くなるので、19巻に現れたことを中心に限定的な範囲で感想、もしくは私の受け止め方を書きます。

・願いにはそれに見合う対価が必要

 これは本作及びつばさも貫いている原則です。
 私が自分で書いた小説にも援用させてもらいました。
 でありながら、これが一番「納得できるけれど、納得できない」のです。

・夢は一つの世界であり、全ての夢はつながっている

 この設定というか夢の扱いは好きでした。
 ただ、かなり恣意的な使われ方になってる部分があったし、19巻に出てくる侑子の「残した夢」というのもすっきりしなかったです。
 還元的に理解するより東洋的なあるがままで受け入れるのがいいのでしょう。

・物が持つ意思もしくは式神

 19巻に出てきた幣串、その前の三味線、その他もろもろ。
 時を経た物が意思を持つという日本に古来からある考えは私好きです。
 だから物が捨てられないという内心の言い訳に使うのはまずかもしれませんが。w
 うちの屋根裏にも幣串(のようなもの)が打ち付けてあります。そんな上等ではありませんが、あれも時が経てば偉そうな姿になるのかな。

・言霊

 本作の初期の頃にあった金属バットに斬鉄剣と名付けるエピソードなど、言葉とその音が意味を持つという設定は、分かる部分とこじつけじゃ? と思う部分が相半ばしました。
 言霊とはちょっと違うけれど、19巻に出てくる重陽の節句を新暦でという解釈は納得できません。
 確かに旧暦も人が勝手に作った暦であって、本質的な意味を持つ訳ではないでしょう。
 でも節句は月と日の数字の重なりだけでなく季節とも密接に結びついているのだから、その季節と切り離された新暦、つまりはキリスト教暦で節句を祝うのは違和感があります。



四月一日「寺っつうか住んでる所…」
百目鬼 「予定はないが」
四月一日「すぐじゃない…まだもう暫く先の話だ。その時はおれが創ってやるよ
     家と、そこに住む家族を守る為のものを」

この会話は百目鬼と小羽の結婚を示唆しているんですよね。 よね?

私には昔っから年上萌え属性が皆無なので、四月一日が侑子を「待つ」構図に全く感情移入できませんでした。

四月一日の「店で待つ」という設定は、小狼の「一箇所に留まらない」という対価の対照です。
それによって失うものは二人とも大きいけれど、小狼は元々そういう暮らしをしていたのに、四月一日は通っていた学校もやめたので状況が変わってしまいました。
ひまわりちゃん、百目鬼とワイワイやっていた頃の明るさが消え失せていますよね。

あの世界の設定では侑子は絶対に戻らないはずです。
四月一日が店を継ぐことの意味は、彼の内面はともかく、せいぜい店そのものの存続と、マル・モロを存在させ続けるくらいしか見出せません。
いずれ彼も老け、死にゆくのですから、長い目で考えれば店に人生を捧げるだけのことになります。
19巻で店から出ることが出来るようになったとありますが、続きがあるのならともかく。

なんだか納得いかないんだよなあ。

また19巻に、百目鬼が持っている何も生まない卵の役割を仄めかすような記載があります。
でも、ここに「こうだろう」と記載するほどの解釈はできていません。

これも納得できないんだよなあ。

但し、納得できないけれど、不満ではありません。
私の読みが浅いだけかもしれませんし。

いずれにしても、好きな作品がまた一つ終わりました。
座敷童にはまたどこかで会いたいなあ。www

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