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書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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秒速5センチメートル one more side 感想
<「羨ましい悲恋」としての桜花抄>

まず始めに著者である加納新太さんに最大限の賛辞を贈りたいと思います。
原作であるアニメ、及び新海監督自身によるそのノベライズ版との破綻を全く感じさせずに紡がれる物語は、まるで最初からセットで考えられていたか、もしかするとこのone more side のために原作があるのではないかと錯覚させるほどです。

小さな科白一つ一つにその言葉が発せられた意図、聞いた側の受け止め方を作り込んであるのには驚嘆しました。
手紙に書いた他愛ない語句に深い意味があり、貴樹の言った「そうかな?」と「そうだね」にまで意味があるのですから。
そして何より、明里の「秒速5センチなんだって」に込められた気持ちの美しさ。

明里という女性、というよりは女の子のありようは、明里本人によって書かれた文章で初めてその輪郭が明瞭になりました。

文章自体は大人になってから書かれたものですが、「今思えばあのとき私はこう思っていたのだ」ではなく、その時点時点で何を思い、何を感じているのかちゃんと自覚していることが伝わってきます。

こんな子供は、現実には稀です。
小説の世界にはよくいるけれど、そういった女の子は成熟の度が過ぎていて親や学校、社会に対してことさらに斜に構えた態度を取ったり自分を隠したりします。周囲をバカにしていて、はっきり言えば可愛くありません。読者はその可愛くないことを強制的に可愛いとの思わせられるので疲れてしまいます。

「現実には稀です」というのは少し嘘があります。
どんな小さな子供だって、物を感じ、考えています。
明里が稀であるのは、それを言葉として明確にしている点です。それも言葉にすることに限界があることを自覚した上でです。

いかんなあ。現実と小説をごっちゃにしてきている。w

岩舟駅のホームで貴樹を見送るシーンで明里が発する「貴樹君は大丈夫だよ」という言葉は私にとってずっと謎でした。
何が大丈夫なのか、なぜそれを言うのか、アニメ、小説、コミックどれを見てもさっぱり分かりませんでした。

そうだったのですね。
言いたいこと、伝えたいことは沢山ある。だけどそれを言葉にすると嘘になる、矮小化される、限定される。
だから何も言うことはできない。だけど伝えたい。
そういうときに最適な言葉が「大丈夫だよ」だったのですね。

「星を追う子ども」を紹介する2011年5月13日付産経新聞文化欄の記事で秒5のことを「男女の悲恋を驚異的な映像美で描いたアニメーション」と表現していました。記事のテーマが異なるし、文字数の制約もあるので仕方ないにしても、「悲恋」と言っちゃうのはどうかなと思いました。

第二話、第三話での貴樹の懊悩からそう見えてしまうけれど、私はそうでないのではないか、どこかに光明の見える物語ではないのかと思っていました。
ただ、その光明が何のかが分からなかったのです。

雪降る夜、桜の巨木の下でのシーンは、美しいファンタジーとして受け止めることにします。

意識を持った人類が生まれてから現在に至るまでに延々と繰り返されてきた恋愛という感情、行動が到達しうる一つの境地に、無垢なままで辿り着くなどファンタジーでしか有り得ないではないですか。

ずっと昔、映画「小さな恋のメロディー」がテレビ放映されたとき、解説の荻昌弘さんがそのラストシーンのことを少し困ったような顔で「これはファンタジーだ」と言いました。
あの映画自体は子供達が大人に反発反抗するという、作られた時代を如実に反映させたストーリーで、恋愛ドラマとしての精神的な深みが何もない駄作です。
でも、散りばめられた印象的なシーンには価値があります。
そして、結婚式を終えたダニーとメロディーが手漕ぎトロッコ(あの装置は本当は何という名前なのか知りません)で旅立っていくラストは現実には有り得ないハッピーエンドを美しいファンタジーとして描いたという意味があります。

秒5が桜花抄だけから成る作品であれば、あのキスシーンを頂点とした美しい「ハッピーエンドのファンタジー」として捉えることができるかもしれません。

しかし二人の時間は進行していきます。
最高のものを、それを願って意識的に得ようとした訳ではないのに手にしてしまい、もうそれ以上を望めないが故に結ばれない彼ら二人の関係を悲恋と言うなら、それはあのシーンにあの年齢で到達してしまったからなのです。

明里の文章を読んだ今となっては、この物語が悲恋なのだとしても、それは実に羨ましい悲恋なのだと思うようになりました。

この項は、桜花抄を読み終わり、コスモナウトを読み始めて間もない頃に書いています。

桜花抄は読むのに時間がかかりました。
あれくらいなら普通は2時間もかからないのに、通算で8時間以上(読み始めから読み終わりまで丸二日)かかりました。

やはり私は自分が間抜けだと思います。
one more side というタイトルから、当然「別視点」、つまりは貴樹ではなく明里の視点の物語であろうと想起すべきなのに、読み始める瞬間までそんなことは考えてもいませんでした。(別エピソードとか、少しだけ違う別ストーリーなどを想像していました)

なので、読み始めてすぐ自分の不明を恥じました。
そして読んでいてとても困惑しました。

すんなりと読み進めていくことができないのです。
理由は二つあります。

貴樹視点でしか知らなかった桜花抄を明里視点で読むことで、自分が当事者である出来事のもう一方の当事者の日記を盗み読みしているような気分になったことが一つ。

もう一つはそこに綴られている内容があまりにも貴樹の心情とシンクロしていて、この二人の関係性に対して羨望と嫉妬を感じざるを得なかったことです。

だから少し読んでは本を閉じて「はぁ~」と呼吸を整え、また改めて読むということを繰り返していました。

明里のものの感じ方、考え方は私の理想とはかなり異なっていることが分かりました。
性格や嗜好の傾向としては理想に近いのだけど、相手に与えるものと求めるもののレンジが私とはかなりずれているように思えるのです。

ああ、勿論こんなことを今の自分を基準にして考えているのではありません。
誤解のないように。w

私が明里と同世代で、彼女が転校してきたクラスに私がいたらどうだったろうなという実にくだらない妄想ですから。
それに異性に抱く理想像ってものは、現実にはほぼ間違いなく幻想でしかないことも知っていますから。

==

<「納得できる不可解さ」としてのコスモナウト>

アニメ版コスモナウトに出てくる異世界の風景は、予備知識なしに見ると理解不能としてスルーするしかありません。

私は小説版を読んでようやくその意味が判りました。
more版のコスモナウトではそれがさらに詳しく描写してあります。

一緒に丘を登っている女性は髪型や体型などから当然明里なのだろうと思っていたのに、誰だか分からない、もしかすると花苗かもしれないということでした。

アニメではこの時期の貴樹の心象はとても分かりにくいです。

まず、貴樹にとって花苗がどのような存在なのか。
寂しさを紛らわすためにそばにいることを許しているという感じではないし、校内放送で花苗が呼び出されたとき「お前の彼女じゃないか」と言う同級生に「彼女じゃないよ」と返す言葉から、ああそういう扱いなんだとも思えるし。

more版では花苗の存在が貴樹の中で揺れる様子が描写されています。
花苗の不幸は、貴樹が一度向こう側を知ってしまった人間であること、それによって求めるものを見失い、自分で何をしたいのか、何が欲しいのかが分からなくなっていたことです。

貴樹は、花苗が告白の言葉を口にすれば、貴樹の花苗への興味が「死んでしまう」というあまりにも残酷な理由でそれを封じてしまいます。

その瞬間に近い経験が私にも一度だけあります。
状況が違うので直接聞くことはなかったけれど、それは形だけ見れば私が逃げたようなものでした。
そのときの私の感覚は、同じような経験をした人の多くがそうであるように、単純に言えば「困惑」であって、言われる前からの拒絶ではありません。
貴樹の花苗への態度は当然その場面を迎えることを予想できます。
私もそうでした。でも、予想はしていなかったのです。予想していなかったというより、そういう場面が来ないことを期待していたのです。
私はそのとき自分が欲しいものは分かっていました。だから、何が欲しいか分かっていない貴樹とは対応が違ったのかなと思っています。(なんとなく論理的じゃない結論ですね)

次に、なぜ明里を見失ってしまったのか。
手紙が途切れてしまった理由が more版に書かれています。
桜花抄もそうなのですが、「言葉」に対する思い入れと、それとは逆に「言葉」にすることの限界とが繰り返し語られています。
手紙が途切れた理由もそこに拠っています。

でも、私、これには少し異論があって、途切れたのは単純に手紙を書くことに「飽きた」からではないかと思うのです。
いやまあ、そう言い切ってしまうと、桜花抄のキスシーンを経験した二人に「飽きた」なんて言い方は不遜に見えるかもしれません。

でもね、本人達も認識していた時間と距離の残酷さは、そういうことも起こしてしまうのです。
むしろそれが自然かなと思います。
小説作品としては「飽きた」なんて身も蓋も無い言い方ですますことはできないでしょうけれど。
私はそう思うので、手紙が途切れたことへの「言葉が云々」という理由は、その部分だけ納得していません。

つながっていた絆を、意図した訳ではないのに自ら切ってしまったことは、後付けで色々な言い訳を重ねさせます。
そのうちに、自分が誰に言い訳しているのか、なぜ言い訳をしているのかも分からなくなってきます。
残るのは何か大切なものを失くしたという感覚と、同じようなものを手に入れたいのだけどそれにはどうしたらいいのか分からないという感覚です。
そして喪失感の代償として、出すあてのないメールを書いては消すということを繰り返すのです。

そう捉えれば、コスモナウトでの貴樹の態度の不可解さ、切れるはずのない貴樹と明里の絆がいとも簡単に切れてしまった不可解さが納得できます。

more版コスモナウトを読んでいてハッとしたことがあります。
それは花苗が犬のカブと戯れているのを見て、貴樹が何かを思い出す場面です。
これは明里が猫のちょびと触れ合っているシーンのことですよね。
そういう発想はなかったなあ。

ロケットの搬送速度が「時速5キロメートル」だと言う花苗と、桜の花びらが落ちるのが「秒速5センチメートル」だと言った明里の対比に、カブとちょびの対比を単純に重ねれば、貴樹が花苗のどこかに明里の面影を探していたということになります。
私はそう感じたけれど、ちょっと違うかな。

あのロケット、アニメでは架空のメーカー名でごまかしてありましたが、more版でははっきり実在のメーカー名が記載されていました。
なんかちょっと嬉しかった。何故かって? それは秘密。w

ちなみに、私も離島ではないけれど九州で、生まれ育った町の高校生はバイク通学していました。学校で原付の免許試験を受けるのです。
でもこれは校区が広くて公共交通機関の少ない郡部に限った話であって、都市部の高校では勿論バイク禁止です。

この項は、コスモナウト読了後、第三話にはまだ手をつけていない状態で書きました。
さあ、第三話に入ります。ラストシーンが楽しみです。

==

<「ロマンチストの抵抗」としての秒速5センチメートル>

結局のところ、私達読者は、大人になった貴樹と明里が語らう場面を見たかったのだと思います。
(ここを読んで下さっている、あなたやあなたを勝手に「私達」の中に含めてしまうのは申し訳ないですが、少なからぬ方に賛同して頂けると思っています)
でもそれは無理なのです。

秒5は難しいです。
何回見ても分からない。
何回見てもその都度違う受け止め方をしてしまう。

アニメ版「秒速5センチメートル」を見る前に「ほしのこえ」と「雲の向こう約束の場所」を見ました。
それで、新海監督はロマンチストなんだと思っていました。
そのつもりで秒5を見ましたし、そういう作品なのだとずっと思っていました。
でも、今は新海監督はロマンチストであること以上にリアリストなんだと思っています。
私はこれまでこのブログに秒5の感想を今回を含めて3回書きました。

一回目は2008年4月に、アニメ版と小説版の感想を。
二回目は2011年4月に、コミック版の感想を。
そして今回のがmore版の感想です。

二回目を書くとき一回目を読み返して、かなり外れた文章のように思えてその日付を内緒にしておきました。
でも、今、もう一度読み返してみて、これを書いた当時の意図とは違った意味で結構当たっている部分があるのではないかと思いました。

>この作品は、三話構成になっていて、一つの話を時期によって三つの部分に分けて
>いるように見えます。
>でも、そうではなく、各話は独立して完結していると考えたらどうでしょうか。

>第三話だけは、一、二の内容を引いている部分がありますが、この第三話は、
>前の話に対して、有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず、これだけで
>一つの話として完結しているのだと。

>こう考えることによって、三話構成になっている理由が理解できますし、
>桜花抄のその後として色々なストーリーが有り得てもいいのだと思うことができます。

この中で明らかに間違っているのは「有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず」の部分です。
新海監督にとって、貴樹と明里が再び出会う第三話は有り得ません。
加納さんもその部分は原作を忠実に再現しています。

第三話ラストシーンで明里が踏み切りの向こうに留まっていたらそれはもう秒5ではないのです。

でも、受け手である私達読者は勝手なことをやっていいのです。
秒5は秒5としてそのまま受け取っておいて、それを否定はしないけれど、別の物語を想像してもいいのです。

それを秒5と呼べないのなら「時速5キロメートル」でも、「年速5天文単位」でも「劫速5光年」でもいいじゃないですか。

それはロマンチストのささやかな抵抗としての秒速5センチメートルになるのですから。
但し、それは上で私が桜花抄について書いたのとは少し違う意味でのファンタジーになるのでしょう。
コミック版のラストシーンもそんなファンタジーの一つと考えていいのかもしれません。
たわ言はさておき。

第三話の明里は真っ当なごく普通の女性でした。
貴樹とのことは、度重なる転校が彼女に与えていた精神的負荷を溶解させ、その後の成長の糧になったことは間違いありませんが、時々思い出す幼い頃の微笑ましい記憶に過ぎません。

やっぱり男の方が引きずるんですよねえ。
身につまされる。w

同じ記憶が貴樹に与えた影響は明里の比ではありません。
第三話に表れている対人関係の築き方とか、仕事に対する態度とかは、もし貴樹が明里に出会っていなかったら、もっと違うものになっていたはずです。
ただそのことを本人は明確には自覚できていません。
それは、その後、10年から20年が経過してようやく判るのです。

more版に引用されていた「One more time, One more chance」の歌詞、その一部である
「いますぐ君に見せたい 新しい朝 これからの僕」の「君」は、引用前後の文脈から見て明里なのでしょうか。
私にはこの「君」は理紗のことのように思えてなりません。

二回目の感想で書いたように、私が大人の恋についてコメントしたら上滑りになる恐れが強いので、これ以上は書きません。
ただ、more版の中で一番かわいそうなのは理紗だろうと思います。

==

<more版の謎>

「タカキ」「アカリ」「リサ」はなぜカタカナ表記なのか。
セクション番号を逆順にしているのはなぜか。

明里の大学名を明示はしていないが、誰にも判る形で出したのはなぜか。

==

<金のかかる秒5>

ネットでアニメ版秒5のパンフレットを2部買いました。
あれ、高いんですよねえ。
新海監督のサイン入りなんかとても手の出ない値段が付けてあります。

で、サイン無しの未開封を1部買ったのですが、これが開けられない。w
でも中身を見たい。
だからもう1部買ったのです。バカかな。

持っているDVDは通常版です。
人に貸したら、ケースにひびが入ったとかで、新しいのを買って返してくれました。
私、あまりそれにはこだわらないから申し訳なかったです。

ときどきネットに出るポスターは迷いに迷っています。
限定版DVDを買うかどうか今迷っています。
ブルーレイ版はそのうちに必ず買います。
エミネンス交響楽団のPROMISEは通勤の行き帰りによく聴いています。
One more time,One more chanceは秒5Special Editionで聴いています。

新海誠作品イメージアルバム「Promise」新海誠作品イメージアルバム「Promise」
(2009/12/09)
エミネンス交響楽団

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One more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special EditionOne more time,One more chance 「秒速5センチメートル」Special Edition
(2007/03/03)
山崎まさよし

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まあこの程度だったら、どうでもいいグッズ、フィギュアの類が大量に出ている他のアニメなどに比べたら安いものです。

私の今の夢は、劇場の大きなクスリーンで秒5を見ることです。
個人貸切でそれを実現するのにどのくらい費用がかかるのでしょうか。
権利者の許可が取れるのかどうかも分からないですけどね。

2013/6/22 パンフレットとポスターについて写真付きて新たしい日記を書きました。
値段についても言及しています。
こちらです。 → 秒速5センチメートルのパンフレットとポスター

==

more版を中心とした三回目の秒5感想は以上です。
なぜかこのブログが秒5関係の言葉での各種検索で上位に表示され、多くの方が訪問して下さいます。
せっかくなのでカテゴリー「秒5」を作りました。
よろしかったら、そちらもお読み頂ければ幸いです。
画面左のカテゴリー欄で選択して下さい。


私がなぜ秒5にここまでこだわるのかは、その中にある過去分の感想に書いています。
引きずってる? www

2011/11/7 amazonに載っていたカスタマーレビューの文章に関する日記を書きました。
ちょっと癇に障ったので、天に唾してみました。ww


秒速5センチメートル one more side秒速5センチメートル one more side
(2011/05/20)
加納新太

商品詳細を見る


==

あれ! おかしいなあ。
一回目の感想にもカテゴリー「秒5」を付けようと思って探したけど。
無い。無い。無い。無い-----。

私はこのブログに一度載せた文章は一つも削除した記憶がないのに。

普通、文章はパソコン上のエディタで書いて、それをコピペしています。
だから、自分のブログを開くことはあまりしません。
その文章を保存しているフォルダに「5cmBLOG.txt」というファイルがあって、内容的にも書きかけじゃないから、てっきり載せていると思っていました。
秒5のDVDを買ったのがamazonの履歴で2007/11/29。
ファイルのタイムスタンプは2008/4/8。
新しいテレビを買ったのが2008/5/13。
であれば4/8から5/13の間にアップしているはずなのに。

内容に納得できずに載せなかったのかなあ。

今更ですけど、以下に載せます。

==

アニメ秒速5センチメートル及び小説秒速5センチメートル感想及び解釈

この文章は今年の1月に書いたものです。桜の季節になりましたので、アップすることにしました。

この作品は、長崎では映画館での上映がありませんでした。もしかすると、短期間で気付かなかったのかもしれません。
ユナイテッドシネマができてから老舗の映画館がバタバタ廃業してしまい、残念な限りです。アヒルと鴨のコンロッカーも来なかったし。
秋にはTOHO SCREENSが開業するらしいので少しは改善されるでしょうか。

仕方ないのでDVDを発売後まもなく買いました。でも、テレビが新しくなってからと思ってずっと見ないでいました。冬のボーナスが出ていよいよ買えるかとなっても、初売りまで待つはめになり、そうこうするうちに価格COMの底値が跳ね上がってしまい、新機種が出るという噂も流れ(実際に2月発売となりました)、またしばらく様子見ということになりました。

それでとうとう辛抱たまらず、パソコンの小さい画面で見ることにしました。
見てすぐ小説版を注文し、届いてから1日で読み終わり、もう一度DVDを見ました。

そういうわけで、今更ながらの感想と現時点での解釈らしきものを書いてみました。
背景や人物などの絵がどうとか、主題歌がどうとかいうことは、あえてここには書きません。

ストーリーをご存知ない方は、Wikiなどでお読み下さい。
以下ネタばれを含みます。

最初に感じたのは、以前私がここに書いたエントリー「再開の場面で私は」との類似性でした。類似なんて言うとおこがましいです。内容は全く違います。でも、とり方次第ではありますが、転校、手紙、再開などといったキーワードで符合する部分がいくつもあるように思えたのです。

そのため、第一話桜花抄は胸がキリキリする思いで見ていました。
特に、再会の後の二人がどうなったのかという点に注目していました。

第二話、第三話と進むにつれて、なぜこんなことになってしまうのだろうと思いました。

アニメは特に第三話が短くダイジェスト的に作られていて、それだけ見るととてもわかりにくくなっています。

小説を読むことで、アニメでは分からなかった部分が補完されて、全体の見通しはよくなりました。

その小説の第三話の3にさりげなく「いつのまにか文通も途絶えてしまった」と記載されています。
あの後も手紙のやり取りは続いていたのに、途絶えてしまったということです。

そんなことありかあ、と思いました。

しかししばらく考えた上で、今は、こう思っています。

この作品は、三話構成になっていて、一つの話を時期によって三つの部分に分けているように見えます。
でも、そうではなく、各話は独立して完結していると考えたらどうでしょうか。

第三話だけは、一、二の内容を引いている部分がありますが、この第三話は、前の話に対して、有り得る一つのストーリーを提示しているに過ぎず、これだけで一つの話として完結しているのだと。

こう考えることによって、三話構成になっている理由が理解できますし、桜花抄のその後として色々なストーリーが有り得てもいいのだと思うことができます。

これで少し気持ちが軽くなりました。

それでもまだ理解できていない部分があります。

あの再会の前、貴樹と明里は自分達を隔てる距離と、今後待っている人生の時間と、それらに対する自らの無力さを想像して、あの手紙を書いたのでしょう。

しかし、再会によってその手紙の内容は彼らにとって相手に渡す必要のないものになりました。

なぜそれぞれが書いてきた手紙を渡す必要がなくなったと判断したのか分からないのです。
これは、二人の再会の後での心の変化がはっきりと理解できていないためだろうと思います。

あちこちのブログを見ていけばヒントになるようなものがあるかもしれません。まだ他の人が書いた感想なり解釈なりは一つも読んでいません。これについてはとりあえず自力で解決したいと思っています。

ところで、手紙の内容はアニメ中では示されていませんが、小説には記載されていて、そのままWikiに引用されています。

13歳の時点の二人が、達観とはまた違う、それでいて酔っているのでもなく、漠とした将来に慄きながらも冷静に、相手のことを強く思いながら、求めながら、あの文章を書けるものでしょうか。

実話ではなく創作ですから、大げさに感嘆する必要はないのかもしれません。
であるならば逆に、作者の感性に敬意を表することになるのでしょう。

いずれにしても、本作品を見るときに私が感じる切なさは、桜花抄の二人にしても、第二話の花苗にしても、彼らの心の感度の高さに比して、その同じ時期の自分がいかに鈍であったかという悔恨からきているように思えます。

その一つの象徴がこれ(上のリンクと同じ)なのです。


====================================

以下は、秒5と直接は関係のない文章です。
でも、限りなく秒5、なかんずく桜花抄を意識した私の行動に関するものです。

別エントリーにすべきものですが、それではあまり読んでもらえそうにないので続きとして載せます。
ここまでと同じくらいのボリュームがあります。
興味と、暇のある方は下の「Read More」から読んで下さい。


(Ⅰ)は次男がボーイスカウトの行事に参加して、その行事を取り上げたテレビニュースにメインパーソンとして選ばれて出演したときに博多に住んでいる私の妹に送ったメール(子供の名前は仮名に変更)、(Ⅱ)は一般には閉じているSNSに載せた文章、(Ⅲ)はここに載せるつもりで今年2月に書いてそのまま放置していたもの、(Ⅳ)は今回書いた部分です。

親バカ丸出しの表現がありますので、話半分以下に読んで下さい。
間接的に自分を自慢しているかのようにも見えますが、よく読んで頂けば分かるように、実質は自虐です。ww


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(Ⅰ) 2009年6月2日

長文スマソ^^
携帯でキー打つのが嫌だったのでパソコンから。返事は携帯のほうがよく見るから。

あれでリハーサルを2回やったらしい。
A子やB太も長崎ローカルのニュースには出たことがあるけれど、九州沖縄全域というのは初めて。しかもNHK。
ニュースを見ながら「『うん』じゃなくて『はい』でしょ」とか、色々突っ込みがありました。ww
本当はかみさんも行かなければならない行事だったけれど、所要で欠席。映っていたおばちゃん達は他の子の母親。おっさん達は隊長などです。

C介はまだ自分の持つアドバンテージが分かっていない。それは振り返ってみれば、俺もそうだったんだけど。多分客観的に言って普通よりもいい線行っているはず。
同じクラスのハーフの子がC介を好きらしいという噂も。ww
ところがそれを活かすには何をどうしたらいいのかさっぱり分かっていないことが問題。放っとくと、俺がそうだったようにドブに捨てることになると思う。

で、父として、何がしかの後押しをしとこうかなと。

近所(車で3分くらい)に同級生の女の子がいる。幼稚園から一緒。母親同士も仲良し。その子は、所謂美人タイプではないけれど、いつもいつもニコニコしていて、学校の先生から「この子はこの笑顔で人生渡っていけますよ」と太鼓判を押されている。勿論性格もいい。C介とは去年同じクラス。習字教室と剣道の道場にも一緒に通っていて、仲もいい。
A子も「うん。あの子は可愛い」とベタ褒め。
但し、校区が違うので中学は別になる。

5/30の土曜日。午後から時間が空いたので、前から行ってみたかった風頭(かざがしら)公園に行くことにした。坂本竜馬像がある。あっちにはなかなか行かないし、道は狭そうだし、駐車場もないとのことで二の足を踏んでいた。

「C介、Kちゃんに電話しろ。今からお父さんが公園にドライブに連れてくって言ってるけど、Kちゃん行けない? って」

電話したら、向こうのお母さんが出て、すんなりOK。

よっしゃあ! てんで急いで昼飯を食べていたら、電話があり、
「あの、厚かましいんですけど、他に二人連れて行ってもらえませんか?」

目論見が。orz
駄目とも言えず「あ、ああ、いいですよ」と返事をする。

迎えに行ったら、Kちゃんの近所の4年生の女の子(この子も去年C介と同じクラス)とその弟(1年生)だった。こちらから電話した直後に遊びに来たらしい。

結果的にこれはいいほうに転んだ。4人でよく遊ぶこと。

その日の剣道の迎えで向こうのお母さんに会ったら「とても楽しかったみたいで喜んでました」「そうですか、じゃあ機会があったらまた誘いますね」

ふっふっふ。
機会ってのは出来るもんじゃなくて作るもんですよ、奥さん。ww

次は夏休みの海かな。
とは言え、今回のレベルを超えるようなちょっかいは出さないつもりです。


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(Ⅱ) 2010年06月28日 21:52 明るい男女交際への暗躍の結末

以前から何度も書いています映画「涼宮ハルヒの消失」の件、封切から4ヶ月半遅れてようやく長崎でも上映されることになりました。
最後の空白県になっていた長崎と高知で同時にというのはTOHOシネマズさんの配慮なのか、たまたまなのか分かりませんが、まあありがたいことでした。

但し6/26から7/2までの一週間限定なので、土日は1度しかありません。
7日間とも開始が13:15,16:30,20:00の3回。最後の回は終わるのが22:55です。

それで、まずは26日の一回目に行くことにしました。
ところが、娘と長男は学校の関係で開始に間に合いません。
仕方ないので、その二人は二回目とし、私と次男が一回目です。

次男は土曜夕方に剣道があるので、二回目は無理なのです。
また、29日は子供3人ともボーイスカウトの行事が入っています。

ネットでのチケット発売開始となる24日の午前0時から操作して、4枚購入しました。
そのとき、一回目の席2枚をついつい前方の通路の前、つまりスクリーンにかなり近い4列目にしてしまいました。前に席があるとその背もたれが私の長い足には邪魔なのです。ww
でも後になって考えると、TOHO長崎の座席はかなり余裕があります。

さて、そういう話を家でしていたらかみさんが噛み付いてきました。

「また娘に甘いのね」

高校生になっても娘の生活態度は相変わらず。
今月頭に直前までかみさんに内緒にして福岡へ劇場版ヘタリアを見に行ったのも気にくわない。

そうは言ってもなあ。ここで「お前は生活態度が悪いから行かせない」と言ったって、そう言っている根源がかみさんであることは見透かされるし、悪影響しかないと思うんですけどね。

それはさておき、私の見る回の席が首が痛くなりそうということである企み、謀(はかりごと)が閃(ひらめ)きました。

Kちゃんを誘って、次男と座らせよう。俺は別に上のほうの席を取ろう。

去年の丁度今頃、Kちゃんを誘って公園に連れて行ったことの第二段。それも並んで映画鑑賞という進化形です。w

24日夜にKちゃんのおかあさんにメールを出しました。
「娘用に買ったチケットが、学校の都合で行けなくなりました。払い戻しできないので、よかったらKちゃん連れて行きますよ」
ちょっと嘘が入っているけど、まあ、悪意はないので。

ついでに「この件にかみさんは関与していません。下手に言うとチケットを無駄にしたことで娘が怒られそうなので、もしKちゃんが行けることになったら話すことにします」とも書いておきました。「だからそちらからは言わないでね」と暗にお願いしているわけです。

うちのかみさんとKちゃんのおかあさんはお友達なので、まず間違いなく筒抜けになります。最終的には話すしかないけれど、作戦進行中に茶々を入れられると面倒です。

ところが、その翌日25日昼になっても返事が来ません。
そこではたと思い至りました。
メールの件名を「○○からのお誘いです」(○○は次男の愛称)にしたから、迷惑メールと勘違いして読んでいないかもしれないと。ww

それから学校にいる娘にメールで「これこれのメールを出したけど返事が来ない。お前から電話しろ」と指示しました。
そしたら「私、その日は学校休みだったけど」とのトンチンカンな返事。
そのことは前夜晩くに、娘から聞きました。
「んなこた分かってる。メールした時点では学校ありだったんだから」
「今、電話無理」

ああ、もう。

私が電話してもいいのですが、よそんちの奥さんだし、もし読んだ上で何か理由があって返事してないのなら気まずいかなと思ったのです。

前夜出したメールに、娘が書いた(ことにしておく)部分を付加し、タイトルも変えて一旦娘に送ってから転送させることにしました。

返事が来たら、やはり「知らないアドレスだったから迷惑メールと思って読みませんでした」とのこと。orz
でも「映画の件はよろしくお願いします」と。

10歳、同じクラスのかわいい女の子と映画館でデートでっせ。ww
次男の性格からみて自分から誘うことなど絶対にありえないし、そもそもその発想もないでしょう。

当日、車で行ったら雨の土曜なので超渋滞。映画館が入っているショッピングモールの駐車場連絡道に入った時点で上映開始10分前。駐車できるまであと何分かかるか分かりません。

チケットは前日の会社帰りに発券しておいたので手元にあります。
「お前ら、先に入ってろ」

ずらりと連なった車の脇を並んで遠ざかっていく二つの傘がバックミラーに写る。
泣けるようないいシーンだねえ。ww

私もなんとかギリギリで間に合いました。
私の席は最後列のど真ん中です。

終わってからロビーに出たら、次の回に来ていた娘と長男がいました。
娘はKちゃんが大好きなので、ハグハグ。ww

別のフロアに移動してマクドナルドの列に並んでいたらハルヒのコスプレした男がいました。恐らく、一緒の回に映画を見ていたのでしょう。
長崎で、しかもごく普通の場所でコスプレ見たのは初めてでした。
浮いてるというか、そこにいる誰もが「見なかったことにしとこう」という態度だったのが笑えました。
痩身の若い人だったから、そこそこ可愛かった(でもないかw)ですけどね。
でも北校の制服でロングヘアはおかしいだろうに。

そういった色々なハプニングがあったけれど、結果としては我が事成れり。wwww

かなりな部分で次男に自分を投影させての謀(はかりごと)です。
だって、顔も性格も似てるんだもん。

親が自分で実現できなかった夢なり願望なりを子供に投影させるってのは、その是非はともかく、成績とかスポーツとか、まあよくある話です。
でも「明るい男女交際」を男親が暗躍して仕掛けるってのは、レアかもしれませんね。ww

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かみさんにどう話したかって?
その日の夜、連れて行ったということは話しました。そしたら、

「向こうから『とてもお世話になりました』ってメールが入ったからいいけど。でもね、ちょっと考えてみて。向こうのご主人から私にあなたが出したようなメールがこっそり入ったら嫌でしょ」

嫌?
うーん。観点が違う。

なんだかすごく卑近な捉え方をしてないかい。
ロマンが分からないかなあ。w


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(Ⅲ) 2011年2月22日 本人が知らないところで振られてた

「C介、Kちゃんに振られたらしいよ」
たまたま居間に子供達がいなくなったとき、かみさんがそう言いました。

KちゃんはC介の同じクラスの女の子で、幼稚園から一緒、剣道の道場、習字教室、ボーイスカウトも一緒です。母親同士も仲が良くもう一軒(こちらも同学年の女の子)と三家族でキャンプに行ったりしていました。

Kちゃんは所謂美人タイプではないけれど笑顔がとても可愛らしい明るい子です。
ボーイスカウトの男の子達にとても人気があるらしいです。

C介は親の贔屓目を差し引いてもイケメンの部類(賢者の石の頃のハリーを思い浮かべてもらえれば遠くはないです)に入るし、乱暴なところは微塵もないし、大人の評判は上々です。
大人に受けのいい子は同世代にはあまりもてませんが、5つ年上のA子の同級生にC介ファンが結構いますし、去年同じクラスの誰それちゃんがC介のことを好きと言っているらしいとかの情報が私のところにまで届いています。

でも私に似て積極性の点では今一なので、これから始まる青春の中で自分の持つアドバンテージをみすみすドブに捨てることになるのだろうなという予感がします。(経験上ねw)
そしてC介とKちゃんは小学校は同じだけど校区が違うので中学校は別になります。

うんでまあ、私もお節介は重々承知で車を出して少し離れた見晴らしのいい公園に連れて行って一緒に遊ばせたり、「チケットが一枚余ったから」という理由を付けて映画に誘って二人だけで並んで座らせたり、色々な工作を試みてきました。
私がKちゃんを誘っていることはかみさんも知っていますが、工作の意図は話していません。

「それ、誰からの情報?」
「Yさん」

Yさんはかみさんの親友で、そこの中学生の三女がボーイスカウトに入っています。
その三女(Yちゃん)がボーイスカウトの集まりで女の子だけになったときに下級生の子達とコイバナを始めました。
その中で「KちゃんはC君のことどうなの?」と聞かれたKちゃんが「C君には興味ない」と言ったらしいのです。

伝聞の伝聞なので正確な内容は判りません。
でも「興味ない」が本当にKちゃんの口から出たのであれば、この言い回しは照れての言ではないような。

「あ~あ」(我が謀、潰えたり~)
「しょうがないかなあ。C介は運動が駄目だもんねえ」

スポーツができて、話が面白くて、リーダーシップを少しでも備えていれば、なんてかみさんは言いますがそれは欲張りの無いものねだりってもんです。

夕食後、テレビを見ていたら電話が鳴ってA子が取りました。
「C介電話だよ。Kちゃんから」
内容は「明日提出の宿題の範囲を教えて」というものでした。

私とかみさんが顔を見合わせます。
ちょっと苦い、少し複雑な顔をしてね。

宿題の範囲って普通は同じクラスの女の子に聞くものでしょうが、こういう電話は結構よくかかってきます。
Kちゃんのおかあさんが「C君に聞けば」って言っているかもしれませんけど。

肝心のC介の気持ちはこれまで聞いたことがありません。
親が聞いたって素直に言えることではないですしね。

という訳で、現時点でC介は自分が全くあずかり知らないところでKちゃんに振られました。
さてこれからどういう展開になるか。ww


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(Ⅳ) 体操服姿11才のツーショット

5月22日。C介の小学校の運動会がありました。

A子が幼稚園に入ったときから通算して14年。C介は6年生だから、雨の順延で平日になった年を除いて、私が皆勤を続けていた運動会参観の最後になりました。(中学のにはもう行きません)

一昨年まではY家(Ⅲ項参照)とお昼を一緒にしていましたが、Yちゃんが卒業したので、去年と今年はKちゃんちと一緒にお弁当を食べました。

去年はKちゃんとC介を並べて、私が沢山の写真を撮りました。
お昼だけでなく、応援席のテントにまで出向いて呼び出して撮ったりしました。

今年はクラスが違うし、二人とも6年生でそれぞれ運動会の係があるので、そこまではできませんでした。
それに、2月のY家からの情報もありましたしね。

お弁当がそろそろ終わる頃、一緒に来ていたA子にデジカメを渡して、小声で囁きました。
「二人を並べて写真を撮れ」
「ガッテンだ!」

私はその場にいたたまれなかったので、「タバコ吸ってくる」と立ち上がりました。

暫くして席に戻ったらかみさんから言われました。
「ねえ、A子に写真撮らせたのあなたでしょう? どうして?」
「ま、念のためにね」

家に帰ってモニターで見たら、いい笑顔をしたC介とKちゃんのツーショットが写っていました。

その写真がC介にとって後々どういう意味を持つか、それともすぐにでも消してしまうのか。それは分かりません。

さて、次は何をしよう。
長崎での上映開始日がまだ公表されていない「星を追う子ども」に連れていきましょうかね。

それとも、もう何もしないがいいかな。

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この記事に対するコメント
大変楽しく読ませていただきました
こんにちは。
先月はじめて「秒5」のDVDを見た新参者です。
初見でモヤモヤとした思いが残り、時間を置いてから繰り返し見て自分なりの結論を得、コミック版を読んで納得し、新海本を読んで混乱し、先日やっと加納本を読み終わりました。
混乱はさらに深まりました。
そんな私に、全メディアについて言及している御ブログは神の啓示に思えた(大げさ)ので、昔のエントリで申しわけないのですがコメントさせていただきました。

>秒5は難しいです。
>何回見ても分からない。
>何回見てもその都度違う受け止め方をしてしまう。

難しいです。
今から加納本について書こうとしていますが、どうしても否定的なことばかりになってしまいそうで心配です。もしかしたらトラックバックさせていただくかも知れませんので、その際はよろしくお願いします。

お時間がありましたら、私の浅薄な感想もご覧いただければ嬉しく思います。
http://ghid.cocolog-nifty.com/band/2012/02/51dvd-fdc6.html

あぁそれにしても誰かと語りたくなる映画歴代No.1ですねコレは。
【2012/02/17 00:55】 URL | ghid #k6qtcXG2 [ 編集]

Re: 大変楽しく読ませていただきました
ghid さん、コメントありがとうございます。

本当に秒5って語りだしたら止まらない、奥深い作品ですよね。
文章を書いていて、あれも書きたいこれも書きたいとやっているうちについついずるずると長くなってしまいました。

>神の啓示に思えた
いやお恥ずかしい、大げさを通り越してます。w

ghidさんのブログ、とりあえず秒5に関する部分を拝見しましたが、私が持っていなかった視点が含まれていてとても面白かったです。
トラックバック是非お願いします。

で、ghidさんてどんな人なんだろうと見ると、あれ? 音楽やってる? 3DCG美少女? えっ、ボーカロイド? 何なんだこの人。(驚)
YouTubeに投稿された動画の閲覧数万超え? ひえー。

うち、かみさんがボカロの声とCG美女が「気持ち悪い」というおばさん丸出しの感性の持ち主なので、私一人のときにこっそり見させてもらいますね。
いやあ、楽しみだ。

ボカロという接点があったことがとても嬉しい。
私はいまのところ小説だけなんですけど、左上のプロフィールに作品一覧のURLを書いていますので、興味あったら覗いてみて下さい。
【2012/02/20 21:17】 URL | たか号 #- [ 編集]

コメント承認ありがとうございました
ちょっと間があったので、「もしかしたら広告だらけのブログのURLを書いたのはまずかったかも?」と少し心配してしまいました。
お忙しいところコメントまでありがとうございます。

加納本の感想は案の定disの嵐になってしまいましたが、お約束どおり恐る恐るトラックバックさせていただきました。
お暇なときにどうぞ。
もっとずっとお暇なときにYouTubeもどうぞ。
【2012/02/21 22:17】 URL | ghid #k6qtcXG2 [ 編集]

Re: コメント承認ありがとうございました
> ちょっと間があったので、

すみません。金曜夜には頂いたコメントを読んでいたのですが、秒5関係で初めて付けてもらったコメントだから疎かには返信できないと、月曜まで色々考えていて結果遅くなりました。

> 加納本の感想は案の定disの嵐になってしまいましたが、お約束どおり恐る恐るトラックバックさせていただきました。

読みましたよ。
おっほっほ。真逆ですなあ。w
丁寧に理由が書いてあれば、それに納得するかどうかは別にして、その意見を受け入れるのは全く問題ありません。
しかも紹介までして頂いてありがとうございます。
ghidさんの感想を読んで、私の場合どうしても自分に引きつけて見るから、一種盲目なのかも、と感じました。

章番号が逆順なのはそういうことでしたか。理解してなかったのが情けない。w

それと、もしかして、加納本の感想UPは私のコメント返し待ちでしたか。
もうちょっと急ぐべきでしたね。申し訳ない。



> もっとずっとお暇なときにYouTubeもどうぞ。

さあ、もうすぐ週末です。
【2012/02/23 23:22】 URL | たか号 #- [ 編集]


はじめまして
いまさらですがブログ読ませていただきました

秒速をみて心にくるものがあるのは、乱暴に言ってしまえば「あの頃永遠だと思っていたものは永遠ではなかった。そしてそれを忘れてしまったということすら自分にとって格別意識するほどのことではなかった」というようなことを思い出して愕然とした経験が自分でもあるからかなと思いました

ところで、明里の大学ってわかるような形で出てきましたっけ?
都心のマンモス私大、日文くらいしか情報が出てなかったように思ったのですが・・・
【2012/11/01 14:40】 URL | ひろ #- [ 編集]

ひろさんへ
コメントありがとうございます。

もうちょっと考えてからコメント返ししますね。
【2012/11/03 22:31】 URL | たか号 #- [ 編集]

ひろさんのコメントへの返信
お待たせしてすみませんでした。

秒5の感じ方、受け止め方は、人それぞれの経験、記憶、その他、色々なものによって千差万別なのでしょうね。
私は貴樹に自分を投影(もしくはその逆)して見ていたので、物語の具体的な進み方、終わり方にばかり気が行っていました。

ひろさんのコメントから、新しい見方を教えてもらったような気がします。

物語から少し離れて俯瞰的に見たとき、そこに別のメッセージが現れてきます。
距離と時間がもたらす変化(これを無常と言っちゃうと抹香臭くなるんだなあw)と、できないことを予想しながらもそれに抗いたくなる人間の心理(別の言い方をすると永遠の希求)の相克がもたらす結末は、それがたとえハッピーエンドに見える場合であっても時間軸を少し進めて考えればまた違う様相を呈してきます。
恋愛物のハッピーエンドなんか特にそうですよね。

けどやはり、物語世界の中では、刹那のカタルシスとしてのハッピーエンドのほうがいいなあ。w
人が(私が)ハッピーエンドの物語を好むのは、しばしの間だけ現実世界を忘れさせてくれるからなのでしょう。でも。

>自分にとって格別意識するほどのことではなかった

秒5の終わり方は、「自分が現実世界を忘れるためにハッピーエンドを求めている」ことすら自覚していないこと、つまりそれを「格別意識していない」ことを「思い出させて」くれる作用を内包しているのだと知りました。
ありがとうございました。


明里の大学の件。
私、分かったようなふりをして書いていましたが、実際には現在の東京の大学、特に私大の状況はよく知らないのです。
昔々、マンモス私大と言えばある大学の代名詞でしたから、てっきり今でもそうなのかと思って、one more side のあの記述だけで「誰にも判る形」としたのです。

【2012/11/14 20:32】 URL | たか号 #- [ 編集]


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「秒速5センチメートル」周辺メディア巡り-その4[加納本]

前回からのつづきです。 最初から読みたい奇特な方はこちらからどうぞ。 こうなっては仕方がない、最後の1冊を読んでから考えることにしよう。 最後の1冊は、加納新太という人が書いた「秒速5センチメートル one more side」という本です。 新海監督作品のノベライズを担?... 3D CG Rock Band Animation【2012/02/21 22:12】

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