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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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映画「コクリコ坂から」感想
7/31に映画「コクリコ坂から」を見に行きました。

終わってから、主題歌を歌っている手嶌葵さん、ジブリの広報部長さん、ジブリ美術館の館長さんの舞台挨拶がありました。

地方都市で、その土地にゆかりのない作品の舞台挨拶があるのはまれです。
ここ数年長崎では、福山雅治さん主演の「容疑者Xの献身」、なかにし礼さんの「長崎ぶらぶら節」くらいです。(どっちも行っていません)

東京に住んでいたときは、斉藤由貴さんの「おいしい結婚」の初日舞台挨拶に行ったことがあります。(当時ファンだったので)7/31に映画「コクリコ坂から」を見に行きました。

今回は監督やキャストではなく、歌手とジブリ関係者だけということで、満席にまではなりませんでした。
そのおかげてチケット発売3日目に前から3列目という席が取れたようなものです。

ゲストの三人が並ぶと、おっさん二人のほうがキャラが立っているように見えました。
手嶌さんは背が思ったより高かったけれど、大人し目の雰囲気でした。

東京での舞台挨拶では主題歌を歌ったとの情報があったので、少し期待していました。
でも流石にそれはありませんでした。

トークが済んでこれで終わりかなと思っていたら、司会者さんが「ではこれからプレゼントの抽選会を行います」と宣言して、場内に少しどよめきが起きました。
事前アナウンスにはなかったのです。

作品の絵やロゴの入ったピンバッジ、バンダナなど3品のグッズが座席半券(劇場側に渡したほう)を使って抽選され3人にプレゼントされました。
「ああ、外れた」と思っていたら、「まだあります、非売品の腕時計です。手嶌さん引いてください」「はい、Cの7番です」。

どっひゃー。娘が当たりました。

盤面に海ちゃんの絵(ポスターになっているやつ)が載っている腕時計で、ケースには三人の直筆サインが書いてあります。
映画パンフレットの最後のページによると、ローソンでのキャンペーンプレゼント用品らしいです。

手嶌葵さんのサイン入り非売品腕時計(クリックで拡大します)
腕時計


でもこれ、後で一悶着がありました。
私と娘と長男の3人で行って、座席はC-5,6,7でした。
C-5を大人の金額で買ったので、入場時は私が5、娘が6、長男が7の券で入りました。
でも実際の座席は適当に座ったので5が長男、6が私、7が娘になったのです。
抽選会が始まるときに、手持ちの半券を座席に合わせて交換しました。
だから、本来当たったのは長男だったのです。

それでも今更長男に渡せとは言えないので、そのまま娘の所有物になりました。
だって感激して泣いていたのですから。

抽選会が終わって、「午後2時からJR長崎駅のかもめ広場でミニライブがあります」とのアナウンスがありました。

これは行かざるを得ません。
長男は部活があったのでそこで別れました。

娘と二人、路面電車で4つ目の長崎駅に着いたのが12時丁度。かもめ広場に会場が作ってあってベンチが並んでいましたが、まだ開始の二時間も前なので一人が座っているだけの状態でした。
それから軽い昼食をとって、12時半に会場に行ったら殆どの席が埋まっていました。
読みが甘かったですが、まだギリギリ空いていた席に別れて座りました。
その後から来た人は全て立ち見です。

それから待つこと一時間半。
ライブでは先の3人のトークのあと、3曲だけ歌が披露されました。
「上を向いて歩こう(CD未収録)」「朝ごはんの歌」「さよならの夏 ~コクリコ坂から~」

その後、CDの即売会と、CD購入者への手嶌さん自らによるサイン色紙の手渡しがあったので、娘にせがまれてCD2枚を買うことになりました。

娘は、7/12にあったこの映画の試写会を私が娘の名で応募して当たった招待券で一度見ています。
本人のではない運でいい思いをしているやつです。

尚、舞台挨拶とミニライブの様子は、公式サイト内にある手嶌さんのブログで見ることが出来ます。
挨拶の写真の右下暗がりに私が座っています。(見えませんw)


==

さて、映画作品の感想です。

8/5追記  うーん。抽選会やらミニライブやらのインパクトが強かったせいか、作品内容の記憶がかなりいい加減になっていました。8/4の会社帰りにもう一度見にいったら、話の前後関係など勘違いしている部分があることに気付きました。
なので、以下の感想は一部追記訂正します。
追記部分は「/* */」で囲います。

ネットで多くの方が「ゲドがあれだったので期待していなかったけれど面白かった」という趣旨のことを書いています。
私の感想も全く同じです。

もう一山、二人を邪魔する事件か人物があったほうがよかったかなという気もしますが、それを差し引いてもいい作品だと思いました。

/* この部分は撤回します。全体の流れからみて「もう一山」を入れる余地はないし、現状で過不足なくいい作品だと思います。*/

海ちゃんの設定が秀逸なのです。

・健気さを感じさせない健気さ
  変な表現ですが、見た人には分かってもらえると思います。
・親しみを持てる凛々しさ
  これも変な表現だw。凛々しさと言うのはちょっと違うかな。何と表現したらいいのだろう。ピンと背筋を伸ばした清々しさということろでしょうか。
・母親にだけ見せた脆さ
  脆さという表現も間違っているかも。「晒すとこのできた本心」ですよね。

幼いうちに父親を亡くして母親も留守勝ちなのに、どうやったらあんな風に育つのでしょうか。
現在のうちの娘と同年齢です。うちのはもう遅いか。w

ナウシカ、シータ、キキ、雫、ハル、千尋、アリエッティ
ソラで名前が出てくるジブリヒロインはこんなもんかな。
名前を思い出せない他のヒロインを含めて比較しても、これまでになかったタイプの一番好感を持てるヒロインだと思いました。

余談ですが、駿監督作品のヒロインは、その監督の思い入れが強すぎて少し色を付けすぎてあるように感じます。
ナウシカなんかはあそこまで行くと、(親しみを感じないわけではないけれど)畏怖とも言うべき高貴な近寄り難さがありますよね。
コクリコ坂からも脚本は駿監督だからある程度はその影響が出ているのでしょうけれど。

本作品の原作コミックはまだ読んでいません。
以前本屋で見かけたとき、あの絵柄が好みではないので手を出せなかったのです。
(私は少女マンガへの忌避感は全くありません。でもたまに受け入れられない絵柄があります。花より男子もそうでした)

なので、原作との比較はできません。
かなりストーリーは変えてあるらしいので、以下は映画のみが対象です。

1963年時点での高校での学生運動がどのようなものだったのか、私には殆ど知識がありません。
私はそのとき4歳。田舎だったし、世代的にも学生運動が終息した後なので、テレビのニュースや本の記事で見聞きした程度のことしか知りません。
そういった情報にほんの少しだけ高校での状況の記載があって、「都会では高校にも学生運動があったんだ」と知った程度です。

吾朗監督は私の8つ下だからもっと知らないはずですが、駿監督や高畑勲さんといったあたりから話を聞いているのかもしれません。

でもまあ、「カルチェラタン保存運動」は、闘争というより、微笑ましいレベルでの描き方だったからよしとしましょう。

その運動をきっかけとした海と俊の恋愛と、それに影を落とす親の世代の物語は、ありきたりと言えばそれまでとしても、変な屈折をしていない分だけ新鮮に感じました。

ガリ切りはやったよなあ。
中学のときやっていたバンドの真似事のコンサートプログラム作成とか。
字の綺麗な女の子に頼んだりしてね。
私はどっちかというと水沼君の立場でしたけど。
今ならワープロだから女の子に頼むなんて有り得ないことでしょう。あ、入力とレイアウトがあるか。

私は徳丸理事長に直訴に行く場面がこの映画のハイライトだと思っています。
異論があろうことは承知の上です。
(実際には非公式だけど)公式の用事でみんなを代表していつもと違うことをする、しかもそれに女の子が同行する、というところが私としてはツボなのです。

3人で出掛けるあのイベントはもう少し濃く描いて欲しかったです。
特に電車の中での会話などをね。

/* ここ、異論もなにも、やはりハイライトでしたね。気を利かせて水沼君が姿を消し、二人で電車に乗って横浜に戻り、埠頭を歩きながらの会話、電停での告白。この横浜に戻ってからの部分と、東京に行って理事長に会う部分が上の文章を書いたときには私の記憶の中で分離していました。電車の中での会話は不要です。*/

それと、理事長が物分り良過ぎなのがちょっと残念でした。
もう少し頑固で、だけど生徒の熱意に打たれてという展開のほうが(それはそれでありきたりですが)よかったんじゃないかなあと思います。

それにしても、理事長、海に触りすぎですよね。w

/*すいません。理事長は一回しか触っていませんでした。社長室で、海ちゃんのことを色々しつこく聞き出したのが触ったという記憶にすり替わっていたようです。*/

エスケープという言葉は懐かしかったです。
いえ、勿論「ESC」キーでほぼ毎日使ってるんですけど、授業をさぼって抜け出すという意味があることはすっかり忘れていたのです。
私は高校ではその度胸はなかったけれど、大学はよくさぼっていました。

北斗さんの送別会に男の子達を呼んだことは、俊が写真を見るためにストーリー上必要なことではありますが、ちょっと不自然に思えました。

/*うーん。北斗さんは水沼君の姉ちゃんと同級生か。男の子達を呼ぼうという提案が、北斗さんから海ちゃんへのいい意味でのお節介なのであれば、不自然ではないですね。*/

物語の核心の部分についてはこれ以上触れないでおきます。
私のこの文章を今読んでいて、まだ映画を見ていないという人は殆どいないでしょうけれど。
///***すみませんなし崩しにネタバレが入りました***///


/*/* この項は新規追加です。

 2011年7月15日付産経新聞文化欄に吾朗監督の次のような発言が載っています。

「以前は建物の位置関係など、設定に合わせて人物を動かしていたが、今回はドラマを気持ちよく進めるためには、平気でウソをついた」

 これがどの部分を指すのか一回目には分かりませんでした。
 二回目に「ここかな?」と思ったのは、海ちゃんがカレーの肉を買いに家を出たときに俊君が自転車で通りかかるシーンです。彼の通学路がわざわざ坂を登った海ちゃんの家の前を通るはずないですよね。いやまあ、絶対にないとは言えないけれど、それであれば話の展開がまた違ったものになると思うのです。

「思わせぶりな演出をしていたら話が重くなったので、全体的に切りつめてリズミカルにした。そのせいか、登場人物に寄り過ぎず離れ過ぎない、心地いい距離感が生まれた気がする」

 二回目見終わって、ストーリーが実によく練られていると感じました。
 週刊カルチェラタンのコラム、屋根からの飛び込みでの鮮烈な出会い、妹に頼まれてカルチェラタン訪問、ガリ切りの依頼。恋の始まりとしては自然でキュートだし、その後の海ちゃんの心が揺れる様子もよく描かれています。

 切り詰められたせいで、ある程度想像を働かさなければ理解できない場面もあります。
 例えば、海ちゃんの母親が俊君の父親に喫茶店で会ってどういう話をしたのかなど
/*
 松崎母はどこに電話したのかな。
 風間父はその時間もう船に乗っているから家には勿論、会社の事務所にもいないはずですよね。タグボートに電話はないでしょう。
 喫茶店で会ったのが昼ならば午前中にコンタクトできなければおかしいです。
 無線で呼び出すほど切迫している訳でもないし。
 まあ、たまたま事務所にいたとしましょう。

 会って話をしてから風間父は事務所に戻り、小野寺船長の所属する会社に電話する。
 今、横浜港にいてまもなく出航すると聞かされる。
 船舶電話で航洋丸に電話して小野寺船長に事情を話す。
 それから学校に電話を入れ、息子を呼び出した。
 こんな流れかな。

 前夜、海ちゃんが母親の前で泣いたことが、このクライマックスを呼び込んだということになります。
*/
 そういう部分は何度か見なければ分からないかもしれないけれど、見る度に新しい発見があると捉えることもできるのでむしろ面白いのではないかと思います。

 ところで、コラムの詩の件でクラスメイトが「松崎のことであったか」とつぶやく場面は、その意図が今でもまだよく分かりません。
 そもそも、俊君は旗を揚げる少女が海ちゃんであることを知っていたのでしょうか。知らなかったのならばなぜ「少女」だと思ったのでしょうか。
 彼が海ちゃんに恋心を抱いたのがいつからなのかがちょっと見えないですね。

 あれ、待てよ。
 帰宅時の通学路(朝は途中まで船、帰りは全経路を自転車)が海ちゃんの家の前を通るのなら、時間帯がずれているからあまり会わないにしても何度かはその姿を見る機会はあるでしょう。
 ということは、旗の家の少女が同じ学校の生徒であることは分かっている。
 しかし、旗を揚げている人物が誰なのかは船の上からは見えないのだから、少女と決め付けるのはおかしい。
 これは朝から何等かの理由で父親の船が出ず、自転車で登校してそのときに海ちゃんが旗を揚げている場面を目撃したのだとしましょう。

 となると、俊君はそれが海ちゃんだと分かった上であの詩を書いたということになります。
 つまり俊君は海ちゃんのことを彼女が彼を意識する前から知っていて、恋愛感情とまではいかなくても興味を持っていたという解釈は可能ですね。
 だから旗の応答をしていたし、あの詩も書いたと。

 その上で、屋根からの飛び降り事件で手を握った相手が海ちゃんだったことで、感情に火が付いたと考えたら面白いかな。
 でもこれは上で私が「監督が意図的についたウソ」だろうと考えたことを前提としているから、自己矛盾で全く的外れかもしれませんけど。

//** 再追加開始 8/9

 数学研究会のクラスメート(名前忘れた。吉村君だったっけ吉野君でした)の「ボトルメールを海に流すようなやり方だな」という科白から、俊君はその少女が海ちゃんであることを知らなかったということも有り得ます。
 屋根からの飛び降りの後、ため池(プールにしては狭すぎるから防火用水かな)で手を取ってくれた二年女子が松崎海と言い、それが詩の少女であることを吉野君から聞いた。だから編集部に海ちゃんがやってきたときに驚いた顔をした。
 このとき、詩の少女が海ちゃんであることを水沼君も聞いていた。
 こちらの解釈のほうが、流れとしては自然かな。
 但しこの場合、詩で「少女」と決め付けている理由は分からなくなります。

 それにしても水沼君は勘がいいのでしょうね。
 編集部で海ちゃんにガリ切りを頼み、空ちゃんを一階までエスコートすることで二人っきりにしてあげた。
 北斗さんの送別会に行って生垣の隙間から覗いたとき、二人の表情を窺っている。
 カルチェラタン清掃作業のとき、二人の雰囲気がおかしくなったことに気付いた。

「一歩前進」と書かれたトイレの場面で、「お前、何かあったのか?」と聞いても俊君が否定しています。
 ということは、少なくともその時点では俊君は兄妹の関係を話していません。
 その後、東京からの帰りに姿を消して二人だけにしてやる気遣いをしています。
 その前、理事長への直訴に海ちゃんも誘ったことには、女子を連れて行くことで理事長が動いてくれるかもしれないという計算が含まれるでしょうが、関係がおかしくなっている二人をどうにかしてあげようという意図もあったような気がします。
 結果、「血がつながっていても好き」という告白に至るのですから、その差配は見事だと思います。

 理事長によるカルチェ見学のとき、俊君が海ちゃんを連れ出したのを「人生の重大事が発生した」と報告しました。
 東京行きの翌日、理事長が来る前に血縁のことを俊君から聞いていたのであれば、二人のエスケープを見て「何か重大事が発生したな」と感づくことは比較的簡単でしょう。
 でも、俊君は話していないんじゃないかなあ。
 水沼君、クールなようでいて、とてもいいやつです。

 再追加ここまで **/
 新規追加ここまで */*/

音楽はとてもいいと思います。
手嶌さんが歌って映画で使われたのは主題歌を含めて4曲。
CD「コクリコ坂から歌集」に収録されている曲はバラエティーがあって、それでいて統一感があります。
ジャズ風アレンジのアップテンポな曲もいいし、しっとり心情を歌った曲もいいし。
谷山浩子さんの曲をまとめて聞くのは久しぶりのような気がします。

スタジオジブリ・プロデュース「コクリコ坂から歌集」スタジオジブリ・プロデュース「コクリコ坂から歌集」
(2011/07/06)
手嶌 葵

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各曲のレビューを描きました。興味があればこちらからどうぞ。CD「コクリコ坂から歌集」感想


主題歌「さよならの夏」は1976年のテレビドラマの主題歌をカバーしたものだそうです。
そのことを知らなかったときは、歌詞に映画の内容とかなりずれがあるように感じてなぜだろうと思っていました。

映画のキャッチコピーである「上を向いて歩こう」も、確かに坂本九さんがテレビで歌っているシーンがあるのですが、それほど意味のある場面ではないし、映画のテーマとも微妙にずれています。

/*「上を向いて歩こう」は海ちゃんが俊君の自転車の荷台に乗って坂を下り、商店街に行くまで聞こえています。あの年代を表現するには最適な歌です。でもストーリーとの関連は薄いと思います。*/

プロが考えたことだから、私が思い至らないような意味、思惑があるのかもしれません。
でも、主題歌、キャッチコピー、それを全面に出した予告映像は、本映画を端的には表していないのではないか、この映画の持つ良さを表現しきれていないのではないかと感じました。

ところで1963年という設定は、学生運動や朝鮮戦争との関連で選ばれたのでしょうか。
//**出生に秘密を持たせるには終戦直後の生まれがいいということもあるでしょう**//

それにしても舞台挨拶で、ジブリ関係者は絶対に「昭和38年」とは言わなかったなあ。
平成生まれの人には昭和で言ってもピンと来ないせいかもしれませんけどね。
三丁目の夕日は「昭和」を前面に出しているのにね。

それはともかく、上にも書いたようにそのとき私は4歳です。
翌年の東京オリンピックはテレビで見た記憶が残っていますが、4歳の記憶はあまりありません。

その時期、つまり自分が生まれた後に製作された映画を見ていつも思うのは、「あの空の向こうのどこかに俺がいる」ということです。
コクリコ坂からはアニメだから、描かれている空も平成になって「作られた」ものにすぎません。
でも、その描かれた空を見ながら、実写の映画と同じ感慨が浮かんできました。
俊君、海ちゃんが青春を送ったあの時代、あの空の向こうのどこかに、幼い私がいるのです。

高校生(中学生でもいいです)の本質ってやつは、環境の違いから持っている情報の量が違うことによる差はあるにしても、時代に関係なくあまり変わらないのではないかと思います。
大きく違うのは見た目ですね。
海ちゃんのような(見た目の)女子高生は横浜の街にまだいるのでしょうか。

私が20年前にUターン転職して長崎に帰ったとき、一番驚いたのは女子高生の髪型でした。
私が現役の頃と全く同じだったのです。
東京であちらの女子高生の奔放な髪型に見慣れた目にはとても懐かしく、「有難やぁ」という気持ちでした。w
まあ、本人達は嫌なのかもしれませんが。
でも地方都市の保守性、頑なに昔からのルールを押し付ける姿勢は、現役のときは嫌でも、大人になって街の風景として眺めた場合、それはとても貴重なもの、守りたいものとなるのです。
単にノスタルジーだけではない、地域としてその世代にかくあって欲しいと期待することの一つとして存続していけばいいなと思います。

/*その後20年が経過して、学校によっては規則が緩くなってきているようです。でも変わらない学校もあります。*/

高校の学生運動でよくテーマになった(であろう)、制服廃止、髪型自由化は、そういう思いに対抗するものです。
Wikipediaで読んだら、原作で扱っていたのは制服廃止運動だったそうです。
この映画の運動がそれではなく、建物の保存運動だったのはとても良かったと思います。
これはある意味必然ですね。
制服廃止運動であれば、それが成功した暁には海ちゃんのセーラー服姿が消えてしまうのだから、そんな映画を作るはずがありません。w

さて、あと何回見に行くことにしましょうか。
海ちゃんに会えるんだったら何回でもいいなあ。ww
/* 今のところ2回 */
//** 8/6夕方3回目 **//
///*** 8/8会社帰り4回目
今回は主に俊君、海ちゃんの表情、視線の動きに注目しました。
それまでの回で、特に水沼君の視線にとても意味があることに気付いていました。
主役二人も、細やかな動きを見せてくれます。

8/9 NHKの「ふたり」はまだ1/3くらいしか見ていません。
ちょっと事情があって、録画映像を簡単に見ることができないのです。

8/16 5回目観てきました。

8/18 6回目行きました。
17:50始まりの回が唯一TOHOで一番広いスクリーンでの上映で、時間的にも会社帰りにちょうどいいのです。
なので、舞台挨拶のあった1回目と、UNITEDCINEMASに行った2回目以外はいずれも同じ時間同じスクリーンにしていました。
前日から「日本語字幕版」の上映が始まったらしく、今回私が見たのもそれでした。
前回までなかったドルビーサウンドになっていて、音はとても良かったです。
小鳥の囀りや、カルチェラタン内でのリコーダーの音もはっきり聞こえました。
ところが字幕付きの画面は動く部分の輪郭線がチリチリしていて、さらにベタ部分の色はザラザラしていてるし、ノイズは目立つし、とても残念でした。
他の映画館から回ってきたフィルムなんでしょうね。
しかも、字幕はやっぱっり駄目です。
ついついそっちに目が行って、表情などを見逃してしまうのです。
でもこれまで5回見て聞き取れなかった台詞も確認できたし、まあよしとしましょう。
脚本を買えばいいんだ。w
次行くなら字幕無しのほうだな。


***///

原作感想と、映画を見て思ったことの幾つかを次の日記に書きました。
「コクリコ坂から」原作感想

コクリコ坂から (角川文庫 み 37-101)コクリコ坂から (角川文庫 み 37-101)
(2011/06/23)
高橋 千鶴

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==

ここから下にはコクリコ坂からとは関係のない内容の文章を載せていました。
あまりに長いので、他の日付けの日記に移しました。


== 

すいません。コピペの失敗で同じ文章が二重になっていました。
自分のブログってなかなか見ないんですよねえ。
さっき気付いて削除しました。 2011/9/27
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【2013/01/12 01:30】 | # [ 編集]

さとさんへ
コメント、本当にありがとうございます。

> 一応、秘密コメントにしますが、公開されてもかまいません。
> おまかせいたします。

こんな嬉しいコメントは秘密になんてしておけないので、返信は公開とし、一部を引用します。


> 私は70年生まれ、母が22年生まれ

これ、さとさんが1970年、お母様が昭和22年ってことですよね?
まさかお母様48歳のときの子供ってことはないでしょうから。w

私の両親は昭和一桁で、その兄弟も大体そのくらいなので、昭和20年代の親戚や知人は殆どいません。
大学のときサークルの過去の日誌(誰でも何でも書いていい落書帳)を読んだら、10年前の先輩の文章に「今、部室の前で角材で乱闘してる」なんて書いてあって、時代だなあと感じたことがありました。

> 一箇所だけ、横浜に長くいれば初見でもわかる嘘がありました。

ドラマや映画を見ていて、同時代、同地域の経験に照らして「ちょっと違うよなあ」と感じることがままあります。
少しでも経験のある人が脚本なり制作なりに関わっているならともかく、後の世代、別地域出身者が作るとそれは避けられないことなのでしょう。
時代劇なんて、当時の人が見たら噴飯物かもしれませんね。(昨夜の「信長のシェフ」には笑った笑った。豪華キャストで楽しかったですけどw)
ただ、それを自覚しているか、知らないでやっているのかで随分意味合いが違うような気がします。


>氷川丸もはっきり覚えていませんが、その頃置かれた物じゃないかという気がします。

ああそうか。それは知りませんでした。
Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%B7%9D%E4%B8%B8 で調べたら「1961年(昭和36年) 横浜港開港100周年記念事業として山下公園前に係留、ユースホステルとなる」とありました。

氷川丸にしても、小野寺船長が乗っている航洋丸にしても、三菱グループの日本郵船の船なのは、あの映画の制作に三菱商事が関与しているせいかな。
あれ? その頃、桜木町駅前のみなとみらい地区は三菱重工の横浜造船所ですよね。
その描写はあったかな。
やぱり土地勘がないと、そういう(ディープな)楽しみ方は難しいかな。w


> それとも、原作連載中の横浜の景色・・・でしょうかσ^_^;

急いで原作本めくってみましたがざっとした港の遠景がワンカットあるだけでした。
俊と海が映画館でデート(原作ではそんなことやってるんですw)したあと、「じゃあ海に行こうか」と行った先は何と砂浜。


> でも映画の方は、とてもいい感じにまとまって、地味ながらも味のあるジブリ作品らしさもある作品になっていて、良かったと思います。

ですね。
吾朗監督の次回作にも期待したいと思います。


おかげさまでこのブログ、今日も昨日以上のアクセスがあって、二日間で普段の一ヶ月分くらいになりました。

【2013/01/12 23:45】 URL | たか号 #- [ 編集]

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【2013/01/13 19:57】 | # [ 編集]


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