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たか号(gatsutaka)

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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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CD「コクリコ坂から歌集」感想
勢い余って、コクリコ坂から歌集の各曲レビューを書いてみました。
でもまだ通しでは20回くらいしか聞いていません。
レビューというより、私の印象を書き連ねただけです。
サントラCDはまだ買っていないので聞いていません。

各曲毎に<一番・・・・・・>というキャッチを付けました。
中にはネガティブな言葉もありますが、正直に書いていることなのでご容赦下さい。

曲に関してはあまり用語を知らないので、歌詞中心になっています。
谷山浩子さんが作る丁寧な曲は昔から好きです。帽子屋さん、てんぐさはよく聞いたし、綿の国星をテーマにしたアルバムも持っていました。
でも最近は聞いていなかったなあ。

歌詞の内容が映画と完全にシンクロしている訳ではないことは承知した上で、映画との対比を行っている部分があります。

8/16追記
 今日、5回目の映画鑑賞に行ってきました。
 新しい発見、気付きはもうないだろうと思っていたら、何の何の。
 冒頭からいきなり「あれ?」となりました。
 映画の始まりの「朝ごはんの歌」は「エスケープ」のインスト版からの連続した構成になってたんですね。
 私は暫くの間、あの「タターン タターン」というシンコペーション(?)のリズムが朝ごはんの歌のイントロだと勘違いしていて、このレビューを書く直前にその間違いに気付きました。
 どうしてそんな勘違いしてたのかと思っていたらこれが理由だったのです。
8/16追記ここまで
8/18 6回目


2. エスケープ (作詞:宮崎吾朗 作曲:武部聡志)

<一番元気な歌>

 この歌の曲調は、私のイメージとしては(つまり一般的に言って正しいとは限らない)昭和20年代後半から30年代前半の、戦後の傷跡が少し癒えかけ、明るい時代を迎えた嬉しさがあるように思えます。
 ただ、一般の家庭でジャズっぽい歌が歌われることはない時代で、歌うにしても少し後ろめたさを引きずりながらという感じです。
 それゆえに、社会のちょっとしたタブーを突き破って、この歌を大きな声で歌えるのは、より快感が増すというところでしょうか。
 ピアノだけの伴奏がリズミカルで心地いいと思います。


3. 朝ごはんの歌  (作詞:宮崎吾朗・谷山浩子 作曲:谷山浩子)

<一番楽しい歌>

 朝ごはんを作る情景を沢山の擬音語を使って表現したこの歌は、映画の冒頭に流れます。
 画面では海ちゃんが起き出して、朝ごはんの支度をしています。
 いい歌です。
 子供も親しめるメロディーと歌詞でテキパキと働く海ちゃんの様子が描写されています。
 家族(映画の中では下宿人も)揃って朝食を取るという習慣は、私が育った家もそうだったのでとても好感が持てます。
 歌詞の中で私が一番好きなのは「今日も一日がんばろうね」という部分です。
 あんな朝ごはんが食べられるのなら、本当に頑張ろうという気になれるでしょう。


4. 旗  (作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)

<一番情景が目に浮かぶ歌>

 俊君視点の歌です。
 この歌に限らず、歌集に含まれる俊君視点の歌は、映画での俊君の印象とはちょっと違って静かに海ちゃんを見つめているという感じですね。
 作詞した吾朗監督の心象がそういうものなのかもしれません。
「丘の上の君 海の上の僕」のパートが2回あり、それぞれ君の想いと僕の想いが並置してあります。
 旗に込められた君の想いと、それを見つめる僕の想いの対比が切なさを際立たせます。
 カラスが出てくるのは唐突かなあ。
 最後の行「返事がなくとも 君からの」が倒置になっていることに最初は気付かず、しかも「の」が「と」に聞こえていたので、解釈に苦しみました。w


5. 春の風  (作詞:宮崎吾朗・谷山浩子 作曲:谷山浩子)

<一番印象の薄い歌>

 申し訳ない。
 このCDを聞くとき曲を飛ばすことはしないからちゃんと聞いているのに、なぜか印象が薄いのです。
 でも、手嶌葵さんの歌唱はこの歌にとても合っていると思います。
 手を離したのが私となっていますから、映画のストーリーとは合致しません。
 映画の海ちゃんは、自分から逃げたりはしていませんね。迷ったりしていませんね。
 俊君に避けられていることを悟ったときも、「嫌いになったのならそう言って」と正面から俊君に向き合っています。


6. 懐かしい街  (作詞:宮崎吾朗・谷山浩子 作曲:谷山浩子)

<一番好きな歌>

 この歌、本当に好きです。
 「懐かしい」と言っているのだから、大人になってからの歌と解釈して間違いないですよね。
「二人は育った」というフレーズは「幼馴染」かそれに近い関係を暗示しますが、高校での出会いでもまあギリギリ含めていいかな。
「僕が君を泣かせて 途方にくれたときも」という部分のなんと微笑ましいこと。
 一番と二番で少し伴奏が変えてあります。
 横浜のような大きな都市の場合、各個人の「育った街」はどの程度の範囲で認識されるのでしょうか。遊び歩いた範囲、学校の校区、少しずつ広くなっていくのかな。
 私は小さな町で生まれ育ったので、その行政範囲が「育った街」に重なります。
 海があって、丘があって、いい町でした。(平成の大合併で周辺と一緒に市になりました)


7. 並木道 帰り道  (作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)

<一番切ない歌>

「旗」と似た雰囲気の歌です。
 これ歌詞をそのまま朗読(黙読も可)してみたときの印象と、メロディーの乗せて歌ったときの印象がかなり変わります。
 歌ったときのほうが心情がより迫ってくるのです。
 これは、「名前も知らない」「ほどいてあげたい」の部分の旋律がナチュラルな転調をしているせいかもしれません。(すいません知ったかぶりしているだけです。w)
 歌詞に「旗」が出てこなかったら、普遍的な歌にできたかもしれません。
 でも「揺れる二つの旗」が含まれることで、表面上はその寂しさを見せない海ちゃんの気持ちを俊君が受け止めているという、二人の関係を描いていると限定して見なさざるを得ません。
 この関係は映画にありませんから、もう一つの「コクリコ坂から」ということになるのかな。
 高校生ではなく中学生か小学校高学年くらいの時期、声を掛けることも出来ずにずっと見つめている男の子というイメージがあります。
「かたく握りしめた手」はその女の子の心を象徴的に表現しているのだと思います。


8. 雨  (作詞:宮崎吾朗・谷山浩子 作曲:谷山浩子)

<一番もの悲しい歌>

 映画で雨と言えば、海ちゃんが俊君から自分達が兄妹だと告げられて悄然と帰宅する場面です。
 この場面、意図的なのか海ちゃんの表情などが見えません。
 ずぶ濡れで家にたどり着いた状態、「すごかった」と言われる夕食を作っている情景もありません。布団にうずくまっている様子が見えるだけです。
 そのときの海ちゃんの心情が歌詞に仮託されています。


9. 初恋の頃(ALBUMバージョン)  (作詞:宮崎吾朗・谷山浩子 作曲:谷山浩子)

<一番可愛らしい歌>

 誰もがこういう状況に憧れる時期があり、でもそれを手に入れるというか体験できるのはある意味運のいい人に限られます。
 努力ではどうしようもない面があります。それはさておき。
「ただそれだけで わたし よかったの」という部分は、「あの頃」を過ぎた二人がどうなったのかについての微妙なニュアンスが含まれています。
 もし「よかったのに」と「に」が付いているのであれば、その後の破局なり離別なりを暗示します。
 この歌の歌詞には「に」が付いていませんので、純粋に「あの頃はそうだった」と述べているだけで、その後については言及していないとみなすこともできます。
「その距離がなぜか とても愛しくて」の部分がいいなあ。
 多くの場合初恋は実りません。
 でも海ちゃんと俊君はうまく行ったのだろうと思いますし、思いたいです。


10. 赤い水底  (作詞:宮崎吾朗 作曲:武部聡志)

<一番嫌いな歌>

 原作では遭難となっていますから、海ちゃんのお父さんが戦争で亡くなったという設定は映画でのオリジナルです。
 どうなのかなあ。あえて戦争にする必要があるのかどうか。
 しかも朝鮮戦争でというのがまたその意味付けが微妙で。
 戦争に奪われたと言ってしまうと、お父さんの死が空しいものになってしまうのではないでしょうか。
 お父さんがどういう思いでその任務に就いたのかを考えるべきだと思います。


11. 紺色のうねりが  (作詞:宮崎駿・宮崎吾朗(原案:宮沢賢治) 作曲:谷山浩子)

<一番歌いたい歌>

 東日本大震災との関連については敢えて述べません。
 いまのところ、宮沢賢治の原案がどのようなものなのかその情報にたどり着けないでいます。
 タイトルが「紺色のうねりが」でありながら、歌詞の内容はそのうねりを否定するものとなっています。ちょっと不思議な気がしますが、「が」が付いているからまあいいのかな。
「未来から吹く風」と「透明な宇宙の風」の重複もちょっと気になります。
「未来から吹く風にセイル」をあげたら過去に行ってしまわないかとも。
 そんな野暮な突っ込みはともかく、旧制校の寮歌か応援歌を思わせるこの歌(設定では生徒会歌)は、手嶋さんの独唱版でも、映画で使われている合唱版でもどちらも聴いていて心地よく、ワクワクしてきます。
 歌詞に込めた作詞者の意図はともかく、カラオケですぐにでも歌ってみたい歌です。
 映画では海ちゃんの友達である悠子ちゃんのソロから始まります。あんぱんが好きなこの悠子ちゃんのキャストは映画内やパンフレットなどに記載されていません。当然のこと手嶌葵さんなのですが、ビジュアルガイドの58ページでそれがようやく確認できました。


12. 愛をこめて。海  (作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)

<一番健気な歌>

 この歌も映画の内容と異なる物語を歌っています。
 全く違うのではなく一番は映画と同じ内容になっていますから、その後の二人の有り得る一つの物語を示していると考えることも可能です。
 手紙形式になっており、「去年より背が伸びました」の部分は書き手がまだ若いことを表しています。
 設定としてはありがちですが、「わたしはもう一人でも漕ぎ出すことができると知っていた」の部分が、「わたし」が自分に言い聞かせていることのように思えて、健気さが引き立つのです。


1. さよならの夏~コクリコ坂から~  (作詞:万里村ゆき子 作曲:坂田晃一 <映画主題歌>)
13. さよならの夏~コクリコ坂から~(主題歌別バージョン) (作詞:万里村ゆき子作曲:坂田晃一 <映画主題歌 ※1曲目とは別バージョン>)

<一番扱いに困った歌>

 主題歌に付けたキャッチが「扱いに困る」とはあんまりだと自分でも思います。
 なぜ既存曲を主題歌にしたのか、内容が映画の主題と合ってないのではないかという疑問が大きいのです。
「さよなら」は、誰が誰に向かって投げる言葉なのでしょうか。
 歌詞の2番はこの映画のために作詞者が書き下ろしたものだそうです。
 なのに映画ではカットされたその2番ですら、映画にマッチしているとは思えません。
 出来の悪い歌ではありません。いい歌で、好きです。だから困るのです。
 この曲を主題歌にしたかったのは駿監督だそうで、あの爺さんの妙なこだわりが悪い形で出たのではないかと思います。
 13は1の別バージョンですが、アレンジの傾向は殆ど同じです。1の伴奏から幾つかの楽器パートが削除されてピアノ主体になっているだけなのかもしれません。
 私は1のほうが好きかな。
 切ない三拍子のリズムがより哀愁を帯びて聞こえます。

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コクリコ坂からビジュアルガイド(A)とコクリコ坂からカードブック(B)を買いました。

(A)には細かな情報が含まれていて、私が前々回書いた映画感想、前回書いた原作感想で色々推定しながら書いた部分がある程度明確になりました。
先にこれを読んでから書けばよかったな。

・父親達の学校は東京高等商船学校だった
・俊君が飛び込んだのは防火用水槽だった
・P40上に「猫の欄干」と書いてあるのは「欄間」の間違いか
・横浜MAPでは映画内での建物などの位置関係は明示してない

(B)は名場面が沢山収録されていて楽しいです。
でも、私が一番気に入ったシーンはありませんでした。
それは、海ちゃんが最初にカルチェラタンに行って、俊君の席でガリを切る場面です。
その横顔が一番好きなのです。ww

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映画の感想はこちら 映画「コクリコ坂から」感想
原作の感想はこちら 「コクリコ坂から」原作感想

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この記事に対するコメント

『紺色のうねりが』は3.11を迎える前から映画に使われることが決まっていたようです。
図らずも今のこの状況に重なる結果となったことは非常に不思議です。
【2011/08/14 01:09】 URL | 通りすがり #LkZag.iM [ 編集]

Re: タイトルなし
> 『紺色のうねりが』は3.11を迎える前から映画に使われることが決まっていたようです。
> 図らずも今のこの状況に重なる結果となったことは非常に不思議です。

コメントありがとうございます。
そうですよね。
「紺色のうねり」は本来かなり象徴的というか、社会の情勢などを表したものでしょうけれど、
直接的には物理的なものを連想してしまうから時期的な巡り合わせはとても不思議だと思います。
私の感想は本来の意味を意識して書きました。
【2011/08/16 21:28】 URL | たか号 #- [ 編集]


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