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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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感動を与えさせて頂きます
今回の文章は世間によくあるおじさんの小言です。
え? いつもそうじゃんって?
普段書いているものには「小言」なんて意識はないのよぉ。がはははh

==

ロンドンオリンピックが近づいて出場選手が決まってくるたびに、そのインタビューで「感動を与えたい」という発言を耳にする機会が増えました。

この言い回し、高校野球の選手宣誓などにもありましたよね。
最近の流行というか、テンプレートになってしまっているような。

でもこれ、変でしょう?
変というか、慎みのない傲慢なもの言いだと思います。

「感動してもらいたい」であってもまだおかしい。
自分の成したこと、もしくはこれからしようとしていることを、他人がどう受け止めるかについて、ましてや「感動」するかどうかを本人が言及してはいけません。

「感動してもらえるような試合、競技をしたい」だったら、自分の意気込みを語っていることになるからまだ許せますが、これでもいい試合をしたらそれを見た人が感動することを前提にしていて「感動」の安売りになっている感は否めません。

これはオリンピックに出場するまでのその選手の努力を認め、敬意を持った上で感じることです。

始まりは小泉元首相の「感動した!」かなあ。
あれは怪我を乗り越えて優勝した貴乃花に首相が贈った言葉であって、素直な気持ちを表したいかにも小泉さんらしい発言でした。(良し悪しを言っているのではありません)

小泉発言が本当に始まりなのかどうかは分かりませんが、その頃から「感動をもらった」とか「勇気をもらった」とかいう言い方が増えていきます。
でも本当に感動したり自分にも勇気が湧いて、それ以降の自分の行動に変化が起きた人はそんなにはいないでしょう。
結局は「いいこと言った」気分のその場限りの発言に過ぎないと思います。

でも、こういう感想が増えることで、やる側のほうもそれを意識するようになって、「感動を与えたい」発言が出てくるようになったのでしょう。

もう少し気の利いたオリジナルを口にすればいいのにと思います。
プロ野球選手がインタビューでよく言う「応援よろしくお願いします」も、結局何も考えていない馬鹿丸出しにしか聞こえません。

と言いつつ、テレビの情報番組やバラエティーにまで引っ張り出されてそれなりの対応をしなければならない最近の運動選手(メディアではこの言葉は全てアスリートに置き換えられてしまいました)は大変だなあと思います。

競泳の北島選手のようなコメントが出てくるほうがまれでしょう。

だから、スポーツ選手はその競技への取り組み、結果を見せてくれれば十分で、気の利いたコメントを期待するのは間違いだという意見があればそれには賛同します。

結局のところ、番組の素材としての画面が欲しいテレビに言わされているだけなのかもしれません。
テレビのレポーターの「聞き方」にもステレオタイプでつまらないものが多いですしね。

==

さて、上で書いたこととは逆の意味で変なことがあります。
それはテレビに出ている(主に芸能人の)おかしな敬語です。

最近は一般人が街頭インタビューなどを受けるときの発言にもその影響が出てきました。政治家の発言、何かの組織を代表する人の発言にも目立ちます。

最たるものが「させて頂く」です。

御一緒させて頂く
出演させて頂く
見させて頂く
読ませて頂く
(結婚の)報告をさせて頂く

謙譲語としての「させて頂く」は、自分の行動をへりくだることで相手への敬意を表します。
しかしね、テレビでこの敬語を使うのは「過剰」だと思います。
その証拠に、発言が字幕になるときは敬語の部分が削られていることがよくあります。
テレビ局もそれが過剰敬語だということは分かっているのです。

その相手と直接話しているときはまだいいです。
でもその相手本人がいない場面、テレビカメラが回っているときに使われると、視聴者がその敬意を強制されているように感じます。

特に「出演させて頂きました」の場合は、出演させたのは誰か? ということが気になります。
広い意味で考えると、視聴者の支持があったから出演することができたという解釈もあるのでしょう。
しかし直接的にはキャスティングしたプロデューサーなり、ディレクターなりが「出演させてやって」いるんですよね。
そんなこたあ、あんたら業界の内輪の話であって、テレビで口にすることではありません。少なくとも我々視聴者はそんな敬語を使って頂くほどの貢献はいかほどもさせて頂いておりません。

「させて頂く」には、相手に何がしかの不都合不具合があることを、あえて私の都合で行うという気持ちが含まれています。
その中には、力不足ではあるけれどその役割を担うという意味も含まれます。

だから、見させて頂く、読ませて頂くと言った場合、私は大した観客、読み手ではないけれど、その私が僭越ながら見た、読んだということです。

どっちにしろ、それは作者への敬意であって、その作者に直接話す場合ならともかく、テレビで視聴者に向かって(実際には司会者に向かって)使うのは間違いだろうと思います。

「結婚の報告をさせて頂く」に至っては何をかいわんや。

結婚の報告を「させて頂かれて」はこちらが困ってしまいます。
まあ確かに多くの人はそんな報告別に興味もないのですが、それを慮ってのことではないですよね。
無理して好意的に解釈すれば、「私的な事にわざわざ機会を作って頂いて大変申し訳なく思いますが、この場をお借りして報告させて頂きます」ということかな。
でもこれは視聴者ではなく、番組制作者に向けた言葉というニュアンスが強くなります。
「結婚の報告をします」か、あえて丁寧に言うなら「結婚の報告を致します」で十分です。

敬語を使って丁寧に話しているつもりで、結果的には慇懃無礼になっているのが分からないのかなあ。

同じような例として「お仕事」があります。
私の知っている範囲で、自分の仕事のことを「お仕事」と言う業界は芸能界以外ありません。

この「お仕事」は「させて頂く」よりも前から耳にしていました。
浮き沈みの激しい、明日はどうなるか分からない業界のことですから、「与えてもらった仕事」という意味で「お仕事」という表現になるのでしょうか。

これらは、上下関係、先輩後輩の関係が厳しい業界内で、少しでも上から睨まれないための知恵として、とりあえず敬語にしとけば危なくないという判断から使っているように思います。

人気・実力の世界といいながら、上下関係の縛りがそれを圧倒しているのは、結局芸能界が893の世界と極めて近しい世界だからなのでしょう。

もう一つ例を挙げます。
先日SKE48のメンバーがAKB48のことを「AKBさん」と言っていました。
嵐のメンバーが「SMAPさん」と言うこともあります。

でも彼らの関係は同じ事務所の身内でしょう?
少なくともそういう文脈の中(同じ事務所であるが故の話題)で、いかに先輩であっても、身内の、それもグループにさん付けは変です。
ある企業の営業部員が、外部で話をするときに「うちの製造部さんが」なんて言うことは絶対にありえません。

ああ、ジャニーズ事務所のメンバーは自分の会社の社長のこともさん付けでしたね。

この部分を書いていてそもそも「~させて頂く」という言い方そのものが正しいのかどうか自信がなくなってきました。
「~して頂く」はまあ正しいでしょう。先生に添削して頂くとか、
「~させて頂く」は本当に日本語として正しいのでしょうか。

==

おかしな敬語とは少し意味が違いますが、テレビを見ていてもう一つ耳障りな言葉があります。
それは「よろしくお願いします」です。

これ、一般でも普通に使う言葉ですから耳障りと言うと変に思われるかもしれません。

私が不快に感じるのは、出演者同士が番組の中でお互いに「よろしくお願いします」と言い合っている場面です。
顕著な例はタモリさんが司会をしているミュージックステーションです。

あの番組は、どの出演者であってもまずこの言葉から始まります。
でもこれは本番前に楽屋で言うべきことであって、番組内で口にすることではありません。
たとえそのミュージシャンが番組にとっての「ゲスト」であってもです。

これから歌い始めるというタイミングで言うのであれば意味合いが違うのでまだ許せますが、最初の挨拶代わりに言うのは場違いだと思います。

もっと極端なことを言えば、歌い終わった歌手に司会者が「ありがとうございました」と言うのもおかしいです。
司会者と出演者が一つの身内として番組を制作し、それを視聴者に届けているのですから、その身内へのお礼の言葉を本番内で口にして視聴者に聞かせてはいけません。
まさか、歌手は「アーティスト」で「芸術家」だからその素晴らしいパフォーマンスを見せ下さった聞かせて下さったことに対して視聴者に成り代わって司会者がお礼を言っているということではないですよね。

結局、裏(楽屋)と表(本番)の区別がついていないということです。

スタッフの笑い声が聞こえてくることも含めて、けじめが曖昧になったいい加減な番組作りの行き着いた先だと思います。

引き合いに出すのが妥当かどうか分かりませんが、舞台演劇や映画ではこんなことは考えられないでしょう。
うーん。これらに対応するのはテレビドラマですかね。
じゃあちょっとこの話とは違うか。

観客を集めて行われるトークショーとか歌謡ショーを考えればいいのかな。
舞台上で出演者が「よろしくお願いします」と言い合っている場面はあまり考えられないし、もしあったらそんなショーは変です。
テレビはそれをやっているということ。

つまりテレビ製作者は視聴者を完全に馬鹿にしているのです。

==

それにしても疑問に思うのは、上に書いたように、字幕で過剰な敬語を削っているくせにそれを直接正そうとしないテレビ局の姿勢です。

一頃よく取り上げられていた「こちら・・・になります」についてもそうです。
あれを「ちょっとおかしいですよね」とするコメントはありましたが「間違っている」と断定した番組は見たことがありません。
大体、「こちら・・・になります」を使っている人って、それが「正しいか」「正しくないか」なんて考えているはずがありません。※1
だから「間違っている」と言ってやれば消えていたはずです。でもそれをしなかった。
そのせいで今でもしつこく生き残っているのでしょう。

少し前、NHKに「みんなで日本go」という番組がありました。
あまり面白くなかったので、数回しか見たことがありません。

何が面白くないって、それは「結論があやふや」だったからです。

確かに言葉は移ろうもので、「これが絶対に正しく、それに反することは間違っている」という断定ができないこともあるでしょう。
しかしその時点で大多数の日本人が「正しい」と感じる表現というものはあるはずです。
そういうあやふやさ、多くの人が変だと思っていることを断言してくれないぬるさが、今のテレビの悪い点だと断言します。
何かを断言すると、「そうじゃない」とクレームしてくる怪物が多いからかなあ。

だからこそ、他のテレビ番組が言わないことを言ってくれる「たかじんのそこまで言って委員会」が高視聴率を誇っているのです。

テレビは学校以上に国語に与える影響が大きいのですから、その矜持は持ってもらいたいと思います。


※1

だいぶ減ってきたのかなあ。
今頃話題にするには古いですしね。

でもこれを今でも使っている人に聞いてみたい。
あなた、それ正しいと思って使っているのですか?
それとも、マニュアルにそう言えって書いてあるの?
それとも何も考えてないの?

「こちら、カツ丼になります」
うーん。それは分かっていますよ。
というか、それはカツ丼になるんじゃなくて、最初からカツ丼でしょう?

他の店にない特殊な商品ならどうかな。

「私が今お持ちしましたこちらの商品は、意外かもしれませんがお客さまが先ほどなさったオーダー『カツ丼』に相当するものになります」

これなら日本語として「あり」かな。

これを短くして、
「こちら、カツ丼になります」
「ええーっ。これがそうなの?」
「はい。当店ではこれがカツ丼になります」

がはははh

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