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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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まじめなスカートの話

かなり前ですが、5月17日にNHK-Eテレの「Rの法則」という番組で、日本に留学している外国人高校生と日本人高校生が学校生活で驚いたことについて議論していました。

弁当、宿題、制服、教師との関係といったテーマにそれぞれ面白い観点での話が出ました。
番組ホームページ
但し、最近一年くらいの番組内容はNHKネット会員登録しないと見ることができません。


制服の話のとき、留学生は皆一様に日本の制服のスカート丈は短いと思うと言いました。
それに対して一人の日本人女子高校生が「長いスカートだと『真面目』と思われる」と発言しました。

この発言に対して番組の中で何の突込みもありませんでした。
でもこれは字面だけ見ると恐ろしい発言です。
自分は真面目とは見られたくないと言っているのですから。

日本人は勤勉で真面目な民族、国民だと言われています。
しかし、かなり以前から学校において「真面目であることは格好悪い」という価値観が主流になっているように感じます。
これが番組に出ていた日本人高校生の発言につながっているのでしょう。

留学生は、それぞれどいう経緯で日本に留学してきたのかは分かりませんが、母国で真面目に努力して国を代表する存在としてやってきた人達なのだろうと思います。
全員日本語を上手に話していました。

「自分は真面目とは見られたくない」という考えようによっては倒錯した価値観が流布している国は日本以外にはあまりないのではないかと感じています。
留学生達はこの考えを聞いて驚いたのではないでしょうか。

社会においては状況が少し違います。
「真面目」が価値あるものと見なされています。

「真面目にやるのは馬鹿らしい、楽して儲けて遊んで暮らしたい」という価値観が蔓延ってきているのも確かでしょう。
これは現在の社会情勢の閉塞感が原因になっている面があります。ただ、高度成長期であっても植木等さんが「コツコツやる奴ぁご苦労さん」と歌ったように昔から存在する考えでもあります。
しかし、その頃も今も、真面目さが尊いものであり、非真面目(不真面目ではありません)が後ろめたいものであることはまだ揺るいでいないと思っています。
これが揺らいだり、逆転するときは、日本社会が滅びるときだと思います。

では学校での価値倒錯はなぜ起きたのでしょうか。

理由の一つとして、社会と学校とでは「真面目」という言葉の指す意味合いが異なっていることが考えられます。

真面目に仕事をする人は、本人自身はともかく、周囲はそれを真面目と捉えます。
仕事以外でも、社会活動(ボランティアなど)や、遊びまで含めて考えていいです。
社会において「真面目な人」は尊敬されます。

でも、学校で真面目に勉強していい成績を取っている人が「自分は真面目と思われたくない」と考えているのだとすれば、それは少なくとも尊敬されていないということです。
尊敬が言い過ぎであれば、憧れられるとか、目標とされるとかでもいいです。
成績は(忌むべき)比較の指標ですから、単純に考えることはできないでしょうけれど。

真面目に部活に取り組む、真面目に掃除をする。そんな人もいるでしょう。
でもそういう人達も「自分は真面目と思われたくない」と考えているのなら、真面目という言葉は物事に取り組む姿勢を表していないということになります。

勉強や掃除はともかく、部活を真面目にやってそれがその集団の中で評価されないということは考えられません。
この場合、部活を真剣にやっているとか、部活を一生懸命やっていると表現すれば、それは生徒の間でも評価されることではないでしょうか。

すなわち、「真剣にやる人」=「真面目にやる人」ですが、「真面目にやる人」≠「真面目な人」です。

つまり「真面目な人」と言った場合、それは物事に取り組む態度を表してるのではなく、その人のありよう、個人としての気質を表しているということになります。

では学校での「真面目な人」とはどういう人なのか。
自分は「真面目」と思われたくないということから、それは、固くて、冗談が通じなくて、面白くなくて、退屈な存在ではないかと想像しています。

これに従えば「真面目な人」=「友達にはなりたくない人」になります。
だったら、「自分は真面目とは見られたくない」という発言もあり得るでしょう。


もう一つの理由が考えられます。
上で書いた「言葉の意味合いの違い」という理由は、私の考えがナイーブで浅はかに過ぎない可能性があるからです。

かなり乱暴になりますが、ある集団の構成員をグループ分けしてみます。

真面目中間層不真面目


上で書いた非真面目は「中間層+不真面目」を指しています。
これに縦軸を加えます。

生真面目真面目指向怠惰
真面目中間層不真面目
形式的真面目不真面目指向ワル


実際にはこの上下左右だけでなく、もう一つの軸があります。
例えば、「生真面目」は「人柄がよくて生真面目」と「生真面目で堅物」に分かれます。しかし表示が難しいし面倒なので、とりあえずここでは考えないことにします。

普通に考えると左が良く、右が悪いということになります。
少なくとも昔は、左上があるべき姿、右下が忌避すべき存在でした。

ワルはどんなに虚勢を張っていても、自分が世間に対して顔向けできない、恥ずかしい存在であることを自覚していました。
中間層には真面目指向が多く、不真面目指向も一旦は真面目指向であったのが何らかの挫折を経てそうなっている存在でした。
ここでいう「指向」とは、それになりたいという考え、それに憧れる、尊敬する気持ちのことをです。
つまりその集団全体、特に多数を占める中間層の認識が真面目指向でした。

この関係がある時期を境にして変化します。

まずワルに対する認識が変化します。
それまで忌避される存在だったのが、そうではなくなっていくのです。

それが具体的にいつのことなのか明確には分かりませんが、「横浜銀蠅」とか「なめネコ」が持てはやされた頃からではないかと思っています。
当時の言葉で言うところの「ツッパリ」が認知され、メディア(テレビドラマ、マンガなど)で「好意的に」取り上げられるようになります。
勿論「好意的に」と言っても全体としては「肯定的に」扱っているわけではありません。しかしこれによって中間層の中に不真面目を受け入れる土壌ができてしまいました。

メディアが作るものは作り手の意図とは違う形で受け取られることがよくあります。
正義の戦隊物、ヒーロー物があれだけ作られて子供達が見ているのに、その真似をして弱い子をいじめるなんてのはざらです。
今でもしつこく繰り返し作られている荒れた教室が熱血教師の努力で立ち直っていくというパターンのドラマに至っては、作り手がその立ち直りの部分なんか信じていないのではないかとすら思えます。

不真面目が受け入れられるようになると、不真面目な連中が立場を強くしていきます。
それまで意識の底で感じていた劣等感が優越感にすり替わっていきます。

不真面目が格好よくて、真面目が格好悪いという価値観の逆転が起きてしまうのです。
こういう空気が出来上がってくると中間層の指向も逆転していきます。

少し前にもて囃された「ちょい悪オヤジ」もその系譜に連なるものでしょう。

その行き着いた先が、NHKの番組に登場するごく普通の子が「自分は真面目とは見られたくない」と発言する現在ではないのか、と思うのです。

注意)

これは現在の学校現場のことを殆ど知らない人間が書いた文章ですから、丸っきり外れている恐れがありますので、ご注意下さい。

でも、こうでも考えないと、最初に紹介した発言が理解できないのです。


余談1)

「日本の女子高生のスカート丈は短い」という認識は、実は全面的には正しくはありません。
マスコミが作り出す情報は東京を中心としていますから、それを鵜呑みにすると判断を誤る可能性があります。

大都市圏と地方では状況が全く違います。
長崎で短いスカートの女子高生を見かけたら、それは大半が修学旅行生です。

都会の学校は制服の規定に長さは入っているのですか?
それとも有名無実?
もし存在しないのなら、それは団塊の世代がワアワア騒いで校則狩りをやった成果なのかな。


余談2)

少し昔ですが、「日本人の若い女性のファッション、特に短いスカートは、そのままで海外旅行すると、現地でコールガール(売春婦)に間違えられても文句は言えない」という文章を読んだことがあります。
この指摘が正しいのか、今でも有効なのかは知りません。

日本の「カワイイ」が外国で受け入れられているそうですが、それはどの程度浸透しているのでしょうか。
受け入れがある世代限定とか、一部の層限定ということであれば、それを正しく認識していないと、チグハグなことが起きてしまうかもしれませんね。


余談3)

私が本当に嫌だと思う言葉に「やんちゃ」があります。

「若い頃やんちゃしてました」という言い方は、今はそうでは(も)ないという意味が込められているのでしょう。
しかし、そこには「若い頃だからしょーがない(笑)」という意識はあっても、その当時に迷惑をかけた相手に対する謝罪の気持ちが一片たりとも含まれていないからです。

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この記事に対するコメント

お久しぶりです。
>不真面目が格好よくて、真面目が格好悪いという価値観の逆転が起きてしまうのです。
>こういう空気が出来上がってくると中間層の指向も逆転していきます。
私たち現代中高生は、「真面目」という言葉にどちらかというととっつきにくい、堅苦しいイメージを持っています。
「○○ちゃんは真面目だね」という言葉には、もちろん純粋な憧れを含んだ場合もありますが、中には「ばかじゃないの」という蔑みが含まれている場合もあります。
私なりに解釈すると、厳密に彼女たちが言いたいのは「真面目」ではなくて「ださい」ということではないのかということではないでしょうか。「真面目に見られたくない」=「私はださくない」のような。語彙力不足です。的確にその意味を指す言葉がわからなくて、あやふやに肯定とも否定ともとれる言葉が次々生まれてくるのもそれに多少なりとも関係しているのではと私は考えています。(こんなことを言っていても、私自身そういう言葉を使うこともあるのですが!)
あとは、少しでもおしゃれしていきたいのだと思います。

>都会の学校は制服の規定に長さは入っているのですか?
公立の高校には規定がないことのほうが多いです。私立だと小うるさく言われたりする学校も、全く何も言われない学校もありますが。全体的にみるとスカートが短い子は多いです。

長文失礼しました。
【2012/12/05 16:09】 URL | ミルフィー #wLMIWoss [ 編集]

ミルフィーさんへ

一番ふさわしい人からコメントもらえました。w

>私なりに解釈すると、厳密に彼女たちが言いたいのは「真面目」ではなくて「ださい」ということではないのかということではないでしょうか。

やはり言葉の意味合い、ニュアンスの問題なのでしょうね。
外国人がいる場で使われると、通訳に困るかな。
留学生は内実を分かっているかもしれないけれど。


>公立の高校には規定がないことのほうが多いです。私立だと小うるさく言われたりする学校も、全く何も言われない学校もありますが。全体的にみるとスカートが短い子は多いです。

やはりないのですね。
校則の是非については個人的に思うところもあるけれど、いずれであっても一度外れた箍はもう元には戻らないでしょう。

こっちは公立私立関係なく厳しい所が多いです。緩い学校は外部の評価もそれなりです。
流行で言えば、ルーズソックスもついぞ見かけることがありませんでした。
そんな中で許容されるギリギリのところで努力してる子もいます。
でも大半は諦めてるのかな。親もうるさいしね。


>長文失礼しました。

いやいや。字書きはこうでなくっちゃ。
ありがとうございました。
【2012/12/05 23:08】 URL | たか号 #- [ 編集]


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