プロフィール

たか号(gatsutaka)

Author:たか号(gatsutaka)
コンタクトは下のアドレスもしくはコメントでどうぞ。
過去の古い日記へのコメントも大歓迎です。
garei#mars.dti.ne.jp
#を@にして下さい

ボーカロイドを扱った
自作小説の一覧はこちら
です。

テンプレート設定に失敗したので、#すかすか のツイートが沢山表示される場合があります。

そして、とうとう、とうとう、
ツイッター始めました。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ネフレンを愛でる会

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

小説 千本桜 感想
お詫び 2017/6/21

「5巻感想]」で検索してこのページを開く方がまだまだいらっしゃいます。
残念ながら5巻感想は書いていません。
5巻読み始めて、1/4くらいで止めてしまったのです。
当分、その先を読む気もありません。
つまり感想どころか、私は小説千本桜の結末も知らないのです。

なぜやめたのかって?
それは言わぬが花かな。


2015/11/3追記
お待たせしました。
四巻感想を追加しました。
一か月かかってしまった。

2015/10/3 追記
四巻は一昨日届いていますがまだ読み終わっていません。
だからここにあるのはまだ参の感想までです。
それにしても肆にするのかと思ったら、単純に四でしたね。
まあ、肆は普通読めないもんなあ。


2015/7/18追記

昨日 千本桜の鈴/錬がうちにやってきました。
ご招待したのが去年の11月だったから、半年以上待ちました。
senbon_rinlen50.jpg ← クリックで拡大
まだ箱から出していません。光が反射するので撮影が難しいです。

未來は。 ・・・・・・ご免。
うちに連れてこれなかった。
鈴錬2人で15,796円(今日現在のamazon価格は20,290円)。
未來1人で同じくらいするんだもん。orz

あ、でもね。
こんなミクさんはうちにご招待してるんです。

おいでになるのは来年の3月。
お高いお嬢さんだ。www

2013/11/6 追記

千本桜 弐 (2巻)は今読んでいます。
読み終わったら、感想をこのページの下に追記します。
もうちょっとお待ち下さい。

2013/11/11 追記
弐の感想を下の方に追記しました。

2015/3/17 追記
参の感想を下の方に追記しました。

==以下本文

「何だこれは?」

読み終わっての感想です。
この感想には、賞賛と唖然、驚嘆と呆然が入り混じっています。


小説 千本桜小説 千本桜
(2013/03/09)
黒うさP/WhiteFlame、一斗まる 他

商品詳細を見る


黒うさPさんの元歌「千本桜」は、歌詞、メロディ、アレンジの素晴らしさに加え、PVに現れるボカロキャラの異様さと可愛らしさを兼ね備えた風貌・仕草、有りえへんそれでいて心奪われるファッション、舞い散る桜吹雪、回る風車、醸し出される大正浪漫といった混沌をかき混ぜて「クール」としか表現のしようのない世界を作り出しています。

まさに、ボカロ作品の大いなる金字塔です。

 余談ですけど、金字塔は「金の字の形をした塔=ピラミッド」のことらしいですね。
 ボカロ作品のピラミッドと言っちゃうと、かなりニュアンスが違うよなあ。
 英語で言うmonumental landmarkも「記念碑」的な意味合いが強いから、ここではやはり日本語の金字塔にしておきます。

ボカロ小説書きとしては当然食指をそそられます。
でも、これは超難しい。
書くとしても歌詞やPVのつまみ食いくらいしかできないだろうと思いましたし、その気にもなれませんでした。

また千本桜が舞台ミュージカルになる、キャストへの不満が噴出しているなんてニュースを見ても、舞台なんか田舎者には縁のないことなのであまり興味は湧きませんでした。

しかし小説が出版されるとなれば、これは是非読みたくなります。
で、買って読みました。以下「小説 千本桜」を「本作品」とします。

4月に入ってから注文して、届いたのは4/5付の再版本でした。
初版が3/9だから、一か月で再版がかかったということです。
初版で何部刷ったのか分かりませんが、現在文芸書は初版3000部が当たり前なのだそうです。少ないですね。某人気作家の新刊が数日で100万部なんて極め付きの例外です。
本作品は最初からある程度売れることが見込めたかもしれないけれど、冒険はできないでしょうしね。

例によって、本作品が普通に市販されている刊行物であることから、遠慮なく好き放題言わせてもらいます。

読み始めて、かなり戸惑いました。

「小説版初音ミクの消失」を読んだときの戸惑いとはちょっと違います。
消失は描かれている「世界そのもの」が元歌の世界と「全く違っていた」ことによる戸惑いでした。だからその世界に浸ることができれば解消してしまう戸惑いです。

本作品の世界は元歌の世界そのものとかなり同じもの似たものになっています。
だけど「小説そのもの」が、「これ、どう受け止めればいいのだろう」という戸惑いを読者である私に投げつけてくるのです。

一般に、小説作品はそれぞれ何らかのテイストを持っています。
シリアスならシリアスの、コメディならコメディのテイストがあります。
文体であったり、描かれる内容であったり、行間や余白にまでそれが存在しています。
アクセント的に別のテイストが混入している作品もよくありますし、「泣いて笑って感動して」なんて作品も存在してはいます。
それでも全体として統一されたテイストがあって、一つの作品を形作っているのが普通です。

本作品のテイストはブレまくっていました。
これが戸惑いの根本原因です。

本作品には、元歌の歌詞やPVに描かれている要素が沢山盛り込んであります。
中にはアクロバティックな形で言及してあるものもあります。(断頭台とか)
そして歌詞やPVにない要素も相当量含まれています。
遊郭、ドレス、ダンス、邸宅の調度品、上流の社交、馬術、軍隊組織といった辺りの記述に、作者さんの持つ知識の豊富さ、参考資料の扱いの巧みさが感じられます。

なのに。
なぜこうなった? ww

神隠しに遭った未來の困惑と順応の早さ、影憑きによるホラー的な部分、流歌を中心としたコメディ系のタッチ、御前賀大将など脇役の名付けセンス、華族的憧れの世界。
どこまでマジで、どこまで冗談なのか。それが分からないのです。

正直、市販本として過大な期待をすると肩すかしだと思います。
折角の極上の素材なのに、それに見合う格調が足りません。
全体的に同人作品のフレーバーが強いのです、
(テイストとかフレーバーとか、私も何言ってるんだろう。w)

また本作品は明らかに「第一巻」扱いです。
これから千本桜の世界とそこにいる6人のボカロキャラを使って続編が書かれ、毎回発生する事件を解決しながら色々な謎が明かされていくという構成になるのかな。
これもちょっと嫌なんだなあ。

個人的な希望としては、本作品の倍くらいのボリュームで、上下巻完結、たまにほのぼのギャグの要素を織り込むにしても、全体としては格調あるシリアスタッチで千本桜を描いて欲しかった。
シリーズになるのか、次の続編で完結するのかは分かりませんけどね。

== 以下は各論です。

私はオカマ忍者が出てきた時点で読むのを止めようかと思いました。
未來が神隠しに遭うまでの描写はかなりいい雰囲気だったのに、オカマ忍者によってすべてぶち壊しだと感じたのです。
だって、私にとってオカマが出てくる小説なんか読む価値がありません。 ※

オカマキャラはお手軽なようでいて実は扱うのがとても難しいです。
破壊力が強すぎるからです。(ここで言う破壊力は、物語の中でのそのキャラの持つ力のことではなく、作品世界の質を左右する力という意味です)
扱いを間違うと読者がそのキャラを受け入れられず、最悪の場合作品からも離れてしまいます。
例えばテレビのバラエティ、トークショーなどにお姉キャラが出ていると、人によっては「こいつの顔とか喋りは見たくない」とチャンネルを変えてしまうあの感覚です。
ワンピースのボン・クレーやイワンコフでも読者がその存在に馴染むには時間がかかります。
彼らはそれぞれ「いいやつ」でした。
それでも難しいのだから、憎まれ役の敵キャラの場合はもっと難しいでしょう。

投げ出したい気持ちを抑えて読み進んでいくと、その先に描かれていたのは実に魅力的な帝都桜京の姿でした。

あの町の構成、歴史、社会、国家組織、皇室という辺りはもう少し明らかにしてほしかったです。
本作品だけでは張りぼての町のように感じられます。
続きを予定して小出しになるのは仕方ないですけれど。

大正浪漫の世界を平成の世界と並列にするために、大正100年という設定にしたのはかなり無理があるなあ。w (ちなみに今年平成25年は大正102年です)
この場合、大正天皇は御年幾つになられるのだろう。
元号制度が変わっているのかもしれませんけどね。

テクノロジー、特に電気系の機器が発達していないという設定もちょっと厳しいかな。
桜京の領域の外側に東京タワーを彷彿とさせる構造物がありましたけど、東京タワーは電波塔だからなあ。

こういう野暮な突っ込みはともかく、上流階級にとって桜京は住みよい街なのだろうということはよくわかりました。

華族(貴族)制度は今の日本人にはなじみがありません。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という階層の序列、意味合いもよほど興味がないと知らないでしょう。
逆に言えば詳しく知っている必要もないから、おとぎ話的な憧れの存在ってくらいのところでいいのかな。
でも靑音子爵家の収入源はどうなっているのでしょうね。
海斗准佐の給料だけではあの邸宅を維持することすらできないでしょうから。

それにしても海斗(カイト)は恰好良すぎですね。
20歳独身の子爵様。軍の将校で顔が良くて頼りがいもある。
しかも光源氏的シスコン。w 「辞書を引け」ww
あの歳で将校になれるものなのだろうか。
士官学校には行ったのかな。家柄と能力のせいなのでしょうか。

鳴子(メイコ)23歳はまだ謎の多い存在です。
年齢を聞かれて14歳と答えたところは爆笑しました。
メーちゃん、それ無理だよ。w
本職が花魁で、軍の密偵もやってるという設定にはもっと無理を感じるけれど、よく思いついたなとも思えます。

鈴・錬は12歳という設定。公式のリンレンより2歳下です。
面白いキャラとして描かれていると思います。

流歌(ルカ)18歳のキャラ設定には意表を突かれました。
でもちょっと極端にしすぎかな。
「ドジ」という何ともドジな表現を久々に目にしました。

未來(ミク)は14歳。これも2歳下です。
未来と鈴・錬がからむエピソードでの行動は、この年齢設定のせいか普通イメージしているキャラよりも若干幼く感じます。
狙ってそうしているのであれば、これは上手いと思いました。

ただね。(さあ、始まりますよ。www)

なぜ未來の自己人称は「ボク」なのでしょう。
元歌の歌詞にその設定はありません。

歌詞にあったよ。ORZ
この部分に関しては下に追記しました。


本作品で敢えてそうしたからには何等かの理由があるはずです。

本作品に描かれている未來の発言や性格、雰囲気からみて、「ボクにする必然」は全く感じられません。

以前からこのブログで何度も表明していますが、私は「ボク」もしくは「僕」を自称とする少女キャラが嫌いなんです。

ミクの歌の中にはこれを自称にしているものが結構あります。
歌詞を解釈する上で主人公が男なのか女なのか判断が難しいものもあったりしますが、デフォルトもしくはデファクトで「少女」と受け取られることが多いです。
代表は暴走Pさんの「初音ミクの消失」かな。
私が解釈に悩んだみきとPさんの「小夜子」、Dixie Flatlineさんの「ジェイコブズ・ラダー」、DECO*27さんの「ゆめゆめ」なんかもそうです。

これらは大好きな歌なので「男性であるPさんが、ミクに『ボク』を使わせることで自分の気持ちを仮託している」もしくは「男女どちらにでも解釈できるよう敢えて『ボク』にしている」と理解して受け入れていました。

しかし本作品はそのどちらにも当てはまりません。

少し乱暴ですが、少女がボクと自称する理由を2つに分類してみます。

(1) 頭が良くて、色々考えた末に何等かの目的でそうしている

涼宮ハルヒシリーズの佐々木がこれに当たります。キョンの説明では「色恋沙汰で男が寄ってくるのを未然に防ぐため」だそうです。

(2) 頭が悪くて、もしくはまだ幼くて、何も考えずにそうしている

小さな女の子がお兄ちゃんのマネをして、などがこれに当たります、
ずっと昔の女性アイドル歌手の歌に、高校生設定の歌詞で「ぼく」というのがあったなあ。あれは頭悪そうだった。

本作品の未來は(1)ではなさそうです。かと言って(2)とも言い難い。
とすれば、第3のカテゴリーを考えなければなりません。

(3) 本人の意思には関係なく周囲がそうさせている

親が言わせているとかね。
小説だと作品内の事情ではなく、作者さんの意思によってということになります。
未來に未成熟中性的な印象を与えるために「ボク」と言わせているのかもしれません。
14歳という年齢設定からもそれが窺えます。
作者の意思だと考えれば、海斗が未來の自称をとがめない不自然さも理解できます。

この解釈が正しいとしたとき、私は千本桜の世界で「ボク」と自称するミクを受け入れることができるか?

続編で未來が何かをきっかけに成長して「ボク」という自称を止めるなんて展開なら面白いですけどね。そうなるとも限らないしなあ。

でも、うーん。
しゃーない。許す。www


ただね。(再び出ました。www)

たわわな胸が上下に大きく揺れる。
このボクへのーー挑戦としか思えない。

オカマ忍者との最初の対決の場面、つまり物語の始めの頃に出てくる文章です。
胸に関するミクの「お約束」として笑いを誘う部分なんだろうけれど。

作品全体にこのような文章が散りばめられています。
未來だけでなく、錬、流歌、御前賀大将令嬢悠那にも。

その笑いのベクトルが、微妙に明後日の方を向いています。
笑いのセンスが合わないということではありません。
若干レトロな、つまり少し古臭いギャグになっており、例えて言えば高橋留美子さんがよく使うようなもので、状況によっては大受けします。

でも何かしっくりこない。
これは要するに、千本桜の世界に私が求める格調高さとの落差のせいでしょう。

ある程度は入っていてもいい。
でもその回数はできるだけ絞るべきだし、一部内容(流歌の極端なボケ、御前賀悠那のボケを通り越したキャラ設定など)ははっきり言って無駄だし邪魔だと思います。

==

結論

本作品を未読の人に諸手を挙げてお勧めすることはできません。
元歌への思い入れが強い人には猶更です。

全く評価していないようですけど、楽しんだ部分もあります。
貶すだけが目的であれば私はここに感想は書きませんから。

元歌をベースにした軽く楽しめる読み物を期待している人にはとてもいいと思います。
対象年齢は中高生くらいかな。

それとカイト萌えの人。
海斗、滅茶苦茶かっこいいですよ。

また、本文中に差し込まれている沢山のイラストはいい出来です。
口絵になっているカラーイラストは一見の価値がある素晴らしさだと思います。

作者である一斗まるさんの多才さには嫉妬を覚えざるを得ません。

さて、続編を待つか。
え? 待つの? > 自分

==

この感想でキャラの名前は意識的に漢字とカタカナの表記を変えています。
つまり、「未來」は本作品の登場人物「初音未來」、「ミク」は「未來を含む初音ミク全般」として書き分けています。
他のキャラも同様です。

※ 補足しておきます。

私はオカマもしくはお姉を肯定も否定もしません。

それぞれの意思で好きなように生きるのは構いません。
だけど、私のテリトリーに無断で入ってきて欲しくはありません。

差別的にそう思っているのではなく、単にその生き方に興味がないだけです。
私はヤンキーに全く興味がなく、ヤンキーマンガに価値を見いだせないのと同じです。

==

2013/4/29追記

「君が歌い 僕が踊る」

歌詞に「ボク」が入っていることを失念していたせいで、それを前提とした論理構成が崩れてしまいました。

元歌を何度も聞いているのになぜそうなったのか。
それは私が歌詞のこの部分を聞く度に「女性である君が歌い 男性である僕が踊る」という場面を想起していたからです。

歌詞にはもう一か所人称が出てきます。
「君の声も届かないよ」

そもそもこの歌の主人公は男なのか女なのか。
歌っているのはミクで、PVの主役もミクです。

でも「夜に紛れて届かない声」の主は普通に考えると女性です。
男の声に関してこのような表現をすることはあまり考えられません。
これに限らず、歌詞全体が男性視点で描かれている印象があります。

であれば、PVのミクはどういう立場になるのか。
中性的な存在として男性の側面を見せているのか。
そのような見方も可能ですが、私はあのミクは性別を超越した存在として登場しているのではないかと感じます。
男でも女でも中性でもない、「ミク」なのです。

自分でも何言ってるんだろうと思います。
しかしこう捉えることで、少なくとも私にとっては歌詞の視点の問題、PVとの整合性の問題がクリアになるのです。

では本作品の未來はどうか。

未來は女性です。
まだ未成熟かもしれないけれど、オカマ忍者の胸が揺れるのを自分への挑戦と考える女性です。

その未來が「ボク」を自称することに関しては、まあそうなっちゃってるんだから仕方ない。許すことにします。結局上と同じ結論だ。w

ちょっとパニックになって急ごしらえで考えたことなので、論理的整合性には自信ありません。w

==

2013/11/11追記

弐感想

読み終わりました。


小説 千本桜 弐小説 千本桜 弐
(2013/10/31)
一斗まる

商品詳細を見る


あっれ~---ぇぇぇ-。
どういうこと?

以下の斜字体の部分は2巻を2/3程読み進んだときに書き始めた感想です。


あれ? なんか、とても良くなってない?
私の好みを基準にしてということです。
二巻になって、私があの世界に馴染んできたことがそう感じる原因かもしれません。

まさか一斗まるさんが上の感想を読まれて、「よーし、見てろ!!」とそれを意識して二巻目を書いたってことではないですよね。

だけど、変えるべきところは変え、譲れないところはそのままにしつつも記述に配慮を加えてあるように感じました。私の妄想ですけれど。

・未來の人称「ボク」の問題
  私が許そうが許すまいが、「ボク」は基本設定として変えることができません。
  でも、神楽舞の稽古の場面で先輩巫女に対して「ボク……いえ、私が」と言い直した部分は、未來がボクという自称を目上の人に使うのは失礼であると認識していることを示しています。
  これは「ボク」を嫌う私への作者さんの配慮ではないでしょうか。(妄)

・無駄に派手だった笑いを誘う部分
  明後日の方を向いていると感じた笑いのベクトルが矯正されて、洗練された、読んだ一瞬後に笑いが込み上げてくるような場面が多くなりました。
  流歌のドジさの描写にもそれを感じます。
  海斗に敢えてドジと発言させたのは、上で「『ドジ』という何ともドジな表現を久々に目にしました」と書いたこの私へのーー挑戦としか思えない。(笑・妄)
  もう一つ目立ったのがその海斗です。
  風呂場で流歌の裸を目にして放った言葉、遊郭で服を脱がされている場面、辞書を引けと言われた未來が実際にその言葉を調べてみたら塗りつぶされていたところ、などなど。
  不必要な解説無しで、話の流れから読者が自然に笑えるような文章になっています。  私はこういうのが好きなのです。




ここまで書いて、その日の夜に残り1/3を読みました。

自分に都合よく錯覚してたのかなあ。

曲馬団との対決から先は全然ダメじゃん。

2巻を読み終わって思うのは、影憑という存在の設定が1巻も含めた本作品の質を損なっているということです。

科白が安っぽいのです。
未來達がどんなに窮地に陥っても、こんな連中に負ける訳ないじゃんと思わせてしまいます。
深みも何もない、昭和中期頃までの子供向け冒険活劇レベルだもんなあ。
本作の狙いがそういう世界に浸るということなのかもしれないけれど、それだけじゃ物足りないですよね。

流歌を騙して契約させて四天王に加えるという辺りは誰も納得できないでしょう。
音速を超えるという鞭使いを実演させた上で契約したとも思えないし、仲間に取り込むのであればまず流歌を影憑にしてしまうだろうからです。

二か所挿入されていた自動人形に関する韻文的な部分は結構いい雰囲気を作っていたのに、明かされてみれば何だこんなことかと、

そもそも曲馬団が桜京にやってきた理由は何なんなのか。
各地で興行しながら逃げた錬鈴を探していて、たまたま桜京で見つかったということ?

だったら、パレードに参加した時点で捕えてしまえばいい話であって、一度解放して来るかどうか分からない興行初日に罠を仕掛けるなん不自然です。

そういう細かい(細かいというよりストーリーの根本のような気もしますが)点には目をつぶって、影憑の正体がまだ分からない現時点では受け入れるしかないのかなあ。

影憑を含めた桜京世界全体の世界観は当然作ってあるのでしょうが、その全てが見えていない状況で世界の断面であるそれぞれの場面を提示されることで、切り口の質の違いに戸惑っているのかもしれません。

==

小説 千本桜 参小説 千本桜 参
(2015/03/06)
一斗まる

商品詳細を見る


2015/3/17 追記

千本桜参

 今回はインターミッション的な巻でした。
 冒頭でミクが意識を失った事件が巻末の事件につながっているようなそうでないような。全体としてはこの巻内だけでは何も分かりません。

 特筆すべきは鳴子の境遇、海斗との馴初めが明かされたことでしょうか。
 でも神憑きという存在の全貌がまだ明らかではないので、未來を含めて分からないこともまだまだ多いです。

 神憑きは身体の成長が止まるという設定には驚いたなあ。
 これによって大正100年という年代の謎が明らかになりました。

 弐から参で期間が開いたのは、後書きにある一斗丸さんの入院などがその理由らしいです。
 今回本文中のイラストが少ないのはそれも影響しているのかもしれません。
 実際に数えたのではないので、本当に少ないのかどうかは確認していません。

 参巻を読み終わっての印象は「とても洗練されてきている」というものでした。
 それは文章であり、エピソードであり、ギャグであり、それらの総体としての印象です。

 それによって、壱、弐に比べてワイルドさが若干薄くなったかな。
 上で格調が足りないとか散々批判しておいて今更こう言うのも何ですけど。
 まあ、この辺りの匙加減は難しいですからね。

 参巻に現れた影憑きは、従来に比べてより不気味で恐ろしげなものになっていました。
 こういう底の見えない存在がいいですね。
 現時点では影憑きの「目的」が見えなさ過ぎではありますが。

 でも、未來はちょっと無防備過ぎないかなあ。
 この世界での元々の未來に比べて平成からやってきた未來はかなりぽやーんとした存在だから、危なっかしいんです。
 海斗がその辺りに気を配っている風でもないのがちょっと解せません。

 あ、海斗と言えば未來が縫った出来損ない浴衣を狂喜して着ていたエピソードは笑っちゃいました。普段のクールな海斗との落差が面白いです。
 これは壱巻感想で私が書いた
>でもその回数はできるだけ絞るべき
 に相当する部分になっているのでしょうか。(嬉w)

 海斗は最終的に未來をどうしたいのでしょうね。

 では、次巻(肆かな?)を待つことにします。

==

参巻に引き続き、四巻もなかなかいい雰囲気でした。

ところどころに「あれ? これって作者さんがここの文章を読んでるってこと?」と思わせる部分があります。(妄想もしくは現実)

例えば参巻感想にこう書きました。
 >でも、未來はちょっと無防備過ぎないかなあ。
 >この世界での元々の未來に比べて平成からやってきた未來はかなりぽやーんとした存在だから、危なっかしいんです。
 >海斗がその辺りに気を配っている風でもないのがちょっと解せません。

四巻では未來が宮司に会いに行ったとき、鈴がぎんとともに現れ、さらに海斗が「イツモ」見守っていたことが明かされました。
そこ読んだら上のような妄想が湧くのは当然ですがな。w
実際には最初から考えてあったのかもしれないですけど。

ストーリーとして見たときの四巻の印象は参巻とほぼ同じで、今まで隠されていた事項を少しずつ明らかにすることがメインだったように思えます。
エピソードは幾つもあるのですが、全体として物語が進んだという感覚があまりないからです。

あとがきの記載から、輪廻に関する部分は本作品に入れるかどうか迷った末に入れることにしたらしいですね。
物語を大きく損ねることはないでしょうから、それはそれでいいと思います。
ただ、最終巻になりそうな次巻で、その輪廻からの離脱が行われるのかどうか。

もう一つ大きなことは「間引き」です。
これも確か、参巻まででは言及されていないですよね。
今になって出てくる設定としては重過ぎないですか。
桜姫と雪鬼の話、及び人柱をここで入れ込むためには仕方ないのかなあ。

よく分からなかったのは九条先輩の影憑きです。
科白から推測すると、あの影憑きは海斗の腕を食いちぎったやつですよね。
なのに巻末では「雑魚」扱いされてませんか?
どういうことなんだろう。
あれとは別の影憑で、影憑という存在は体験の記憶を共有しているとか。
知性のあるやつと無いやつが存在するみたいですしね。
簡単にやられた蜘蛛のような戦車タイプのやつは知性がないみたいだったし。

その九条影憑きとの対決の場面で、未來の心理戦でのあまりにの弱さは納得できませんでした。
九条とのやり取りで未來が見せる洞察(相手が言っていることの意味を理解する)力の無さ、鏡回廊という状況を全く意識できていない情けなさ。
相手がもう少し巧妙に未來を翻弄しているということであればまだ納得できるかもしれませんが、そもそも会話が成り立っていませんよね。

四巻は手元に届いてから半月ほど手を付けていませんでした。
他に読むものがあったということもありますが、それ以前に急いで読みたいという欲求がなかったのです。
でも10月20日になっていざ読み始めてみたら、引き込まれてしまって翌21日には読み終わってしまいました。
やはり、壱、弐巻の頃よりは格段に面白くなっているのだと思います。

さあ、次巻は大団円になるのかな。
光線銃は出てくるのでしょうか。(無理かw)

スポンサーサイト

この記事に対するコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2016/07/15 18:24】 | # [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://gatsutaka.blog26.fc2.com/tb.php/343-b8e3dc1c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。