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書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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「還りの会で言ってやる」感想
柚舞いいよぉ。
その小柄な身体に見合った、それでいて等身大を遥かに超える良いキャラをしてる。

 ↑ なんか無茶苦茶で矛盾した文章だ! ww

これはつまり、柚舞(ゆま)はその存在(ビジュアル+性格)だけでも良いのに、さらに「同級生、ご近所、幼馴染、しかも主人公に惚れてる」という強力なプロパティを持っていることを称賛したいのです。

リアルでは本当に稀有でしょう。

私は口の悪い女の子キャラはあまり好みではありません。
でも柚舞の場合は許せてしまう。

幼馴染という属性はそれほどのものです。
多分に理想化した、幻想に近いか幻想そのものの感覚でしょうけれど。

それは置いといても、自転車の荷台にちょこんと座っている柚舞を想像するだけで……ゼェゼェ。
あ、いかん。ちょっと冷静になろう。
ハァハァと表記しなかっただけでも、まだ理性が残っているけれど。



還りの会で言ってやる (メディアワークス文庫)還りの会で言ってやる (メディアワークス文庫)
(2012/06/23)
八重野 統摩

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・・・はい。
ここまではP20 第一章冒頭の文章に敬意を表して遊んでみました。※1

幼なじみという単語を出すだけで、やたらと過剰反応して息を荒くさせる輩がおれの周りには昔からうんざりするほどいる」※2


以下はとりあえずまじめに書きます。
ネタバレを含みます。
本作品は内容を知らないで読んだほうが絶対にいいので、未読の方はご注意下さい。
いつものようにとても長いです。気力と体力にもご注意下さい。

前回書いた「プリズム少女感想」を引用します。先にそっちを読んでもらったほうがいいかな。
八重野作品としては「還りの会」が第一作、「プリズム」が第二作ですが、私は逆順で読んだので、以下の文章ではその前後関係がごちゃごちゃするかもしれません。
ここでは「還りの会」を本作、「プリズム」を次作とします。

==

私は前回書いたように八重野さんの文章が大好きです。
本作では「寸止め」があまり感じられなかったけれど、リズム感、文章の冴えが気持ちいいです。

読んでいてとても気に入った物語が終盤に差し掛かると、先を読みたいのだけどそれでは今浸っている世界が終わってしまうから惜しいと思う感覚は誰にでもあることと思います。

私は本作でもこれを強く感じました。
但しそれは物語に対してではなく、文章そのものに感じたのです。
まだ二作しか出ていませんから、本作を読み終わったら次が出るのを待たないといけませんもんね。

作家さんは作家である前に、読み手であるはずです。
その読書量は私など足許にも及ばないのが普通でしょう。
(まれにはそうでない人もいるみたいですけど)

八重野作品を読んでいて感じるのは、この人の読み手としての感覚・感性が私に近いということです。
その感性で書かれた文章が私の好みに合うのは当然だと思います。

ああ、こんな傲岸で恥知らずなこと言っていいんだろうか。w
もし八重野さんがここを読まれたり、とんでもないことには私の小説なんぞを読まれたとしても、私と同じ感想を持たれることは絶対に有りえません。
好みの文章があるとしても、それを自分で書けるかどうかは別の問題です。
私にはそんな文章は書けません。orz

但し、大変失礼ながら、八重野さんの文章は文体としてはそんな高尚なものではありません。
そりゃそうだ。高尚な文体のラノベなんて考えられません。
もしかしたら鴎外や漱石をパロッたとか、そういうのがあるのかもしれないけれど。

ではどういうところが好みなのか例を挙げます。

1)その後の展開を暗示するフラグの扱い方
2)主人公の内心と会話部分のつなぎの妙
3)常套句を使うことへの含羞と、あえて使う場合の言い訳のスマートさ

このうち私が一番重要視しているのは1)です。

ドラゴンボールで悟空が強敵と闘っているとき相手にダメージを与えて、それを見たギャラリー(クリリンなど)が「やった、これで勝てる」なんて言うと、それは次に強烈な反撃を受けるというフラグですよね。逆に悲観的だといい方向に向かうとか。
私、このフラグが大嫌いです。だってそれで先が分かってしまったら面白くないんだもん。
あれで素直に安心したり、ハラハラしたりする読者がいるのだろうか。
少年マンガであることを考えればそれでもいいのかな。

最近読んだ別の人の小説にこれを多用しているのがあって、しかもフラグどころか場面が切り替わることろで「だが私の読みは甘かったのだ」なんて明言したりしてあって、本当にうんざりした覚えがあります。

本作ではフラグっぽくなりそうなところを実に軽妙に書いてあります。

P208
 この三野瀬の言葉は、果たして本心だろうか? ~~~

明らかにそれを意識して書かれている部分もあります。

P233
 まあ。/こんなふうに過剰なまでに綺麗に締めくくるってことは、その後によくないことがあったからだってのは、言わずとも分かってくれるだろう。

この部分を普通に表現すれば「こんなふうに綺麗に納まって俺は安心した。しかしその後予想もしなかったことが起きてしまったのだ」とでもなるかな。
これは話の流れからみれば本来は入れる必要がありません。
それを敢えて入れ、しかも「言わずとも分かってくれるだろう」を付けてあります。
つまり作者さんも分かっていて意図的にこの部分を書き、しかも少し捻ることで外連味を利かせているのです。
それはここが物語の最大のターニングポイントだからでしょう。

==

登場人物はいずれもよく作ってあると思います。

最初に特筆すべきはやはり「還りの会」かな。
こういうサークル、グループが中心となる物語は、メンバー間の距離が重要です。
読者がそのサークルをどう評価するか、受け入れることができるかに影響するからです。
私は「強い絆でつながった熱血グループ」の物語はあまり好きではありません。
「仲間だろ」を平気で口にするのがダメなのです。
ヤンキー高校生を扱ったテレビドラマに出てくるようなあれです、

還りの会は進示朗が創吾と柚舞を巻き込んで勝手にサークルと呼んでいるだけです。メンバーに帰属意識は(本作の範囲では)あまりないでしょう。
このよく分からない関係が面白い。
創吾は進示朗に頼っているようでも、最初の情報入手と三野瀬との対決はともかく、それ以降は基本的には自力で問題を解決(謎を解明)しています。

ーー

次作の賢太郎と藍子の関係もよく分からなかったけれど、創吾の恋愛に関するスタンスは今一つ理解できませんでした。
柚舞への気持ちをはっきりとは書いてないからかな。

勿論、これは承知しています。
P6 誰かに命令されたわけでもないのに、別に惚れてもいない女の背中を追いかけているおれってどーなのよ?
P307 しかし少なくとも今のおれは、鈴城柚舞という一人の少女に対して恋愛や恋慕の情を持っているということはない。

つまり少なくとも本人の自覚としては柚舞へのラブはありません。
でも柚舞の態度は明らかに創吾に惚れています。
そのことになぜ気づかないのか、それとも気づかない振りをしているのか。それが理解できないのです。

ハルへの興味の示し方とか、いじめをやめた後の三野瀬への態度とかは、賢太郎に比べてかなり普通っぽいのですけどね。

柚舞に対しても
P50 このままセ、セックスに持ち込んで
P54 当たり前だけどな。夏だし。でもちょっとえろい。
という辺り至極健康的にそっち系の興味は持っているらしいです。

もしかすれば小さい頃から一緒にいる時間の蓄積から、柚舞を恋愛の対象として見ることにブレーキが掛かっているのかもしれません。

P277
「恋愛なんてものは、相思相愛じゃないと絶対にうまくいかん。それが分からない奴が多いから、惚れた腫れたってのは面倒なことになるんだよな」
「いや、そこでなんでおれを見るんすか?」
「なに、青春ってのは実に面倒だと思ってな」
ーーはあ?


やっぱり気づいていないのかな。
この「はあ?」は直接には進示朗の科白に対するものですけど、それが示唆することが分かっていないということですよね。

本当に面倒だ。w

ーー

柚舞のあの体型でヒロインというのは珍しいかも。w
顔の可愛さについては創吾も絶賛していますけれどね。

本作は書店の在庫検索をして書棚を探し、すぐにレジでカバーを付けてもらったので読み終わるまでカバーイラストを見ていませんでした。
そうかあ、こうやって泣いていたのか。

私は肩を落として俯いて歩きながら泣いている姿を想像していました。
学校では泣かない。親の前でも多分泣かない。唯一泣けるのは学校帰りだけだったんですね。それを創吾が即席ストーカーし、進示朗が見ていたと。
やはりこの物語は柚舞というキャラが全ての始まりということかな。

ただ、カバーイラストの柚舞は泣いているというより、本作のタイトルを叫んでいるようにも見えます。
絵師のNnyuさんがどちらにも見えるように描いたのかもしれません。

ーー

ハルは本作においては実はいなくてもいいキャラなのかもしれません。
物語に憩い潤いを与えるという意味ではとても重要ですけどね。
ハルと進示朗の出会いの物語は読んでみたいと思います。
最初の部分はある程度想像できるんだけど、進示朗がハルを更生させる様子やハルの部屋に入り浸るまでは全く想像できません。

ーー

進示朗は面白すぎる。
面白過ぎて、出木杉、ちゃうわ、出来過ぎという印象もあるかな。
(「できすぎ」で変換したら「出木杉」が出てきた。出木杉君すごいぞ。ww)
それと「沖永」を最後まで「オキタ」と呼ぶのなら、その理由がほしかった。
わざとボケているだけでは説明できないでしょう?

ーー

三野瀬には騙された。
いじめをやめて謝っても、まだ柚舞に含むところがあるのだろうと思っていました。
一緒に弁当を食べ始めてからでもです。
「暗黒面を最初から出している朝倉涼子」を想像してたんだもん。w

見当違いだったなあ。八重野さんが読者をそうリードするように書いたからなのでしょうけれど。つまり私が見事に引っ掛かったってことだ。
最後ら辺は、程度は分からなくても創吾に好意もしくは興味を持っていると理解していいんですよね。

ーー

私は三船少年が三野瀬突き飛ばしの犯人かと思っていました。
これも全くの見当外れだった。ww

ーー

野上君については後述します。

==

タイトル「還りの会で言ってやる」は、これに直接対応する言葉、場面が本文中に出てきません。
次作「プリズム少女」もそうなのですが八重野作品のタイトルはちょっとひねりが効きすぎているように感じます。
悪いってことではありません。

本作の場合、何も知らない読者がこのタイトルを見たら
「還りの会? 帰りの会の間違いじゃないのか?」
「言ってやるということは、いじめか何かをホームルームで先生と他の生徒に言いつけるということか?」
という感想を素朴に持つでしょう。
どっちも外れです。

「ダメ人間社会復帰支援サークル・還りの会」の設立目的はダメ人間を社会に還元することです。
この趣旨からは「還りの会」ではなく「還しの会」か「還す会」が正しいでしょう。
そこを敢えて「還りの会」としているのは「帰りの会」と同音にすることで中高生の興味を引くためなのでしょう。

「帰りの会で言う」行為は、多くの場合問題解決につながりません。
それは多分、ほとんどの生徒が認識していることです。
なのに言うのは、何も考えていないもしくは自分のやり方が正しいと考えているバカか、戦術の一つとしてその後を考えている戦略家のどちらかでしょう。

物語の場合、単純バカを扱うことは有りえない。戦略家が何らかの意図をもってこれを宣言していると考えるのが普通で、そこに興味をひかれます。

つまり本作のタイトルは、それを見ただけの人に一瞬でそこまでイメージさせる作用があるということです。

そして実際に読んでみるとそんなイメージが完全に覆されてしまうのです。

三野瀬による柚舞へのいじめの終息については、私が先に次作を読んでいたせいで、その次作に出てくる「気づいたら自分がいじめられるほうに回っていた」方式で行われるのかと思っていました。
次作では可苗が冗談めかして言っているだけです。
本作は柚舞がいじめを受けているところから始まるので、可苗の科白は本作を意識してのことかと勘違いしたのです。

そのほうがより面白かったかな。w
流行りの言葉で言えば「倍返しだ」。
あ、こんな今時の常套句使うの恥ずかしい~。www ※3


==

章の切れ目に謎の人物によるモノローグ的な比較的短い文章が挿し込まれています。
この構成は、次作でも踏襲されています。

次作ではその主が可苗であることがかなり早い段階で想像できました。
しかし本作のは全く分かりませんでした。

還りの会、そして創吾による「柚舞いじめ終息」と「三野瀬突き飛ばし犯人捜索」は本作の派手な表舞台です。
しかしその舞台に立つことができなかった野上君(なぜ彼だけ君付け?w)こそが隠されていた裏の主役なのだろうと思います。

本作を読み終わったとき、入間人間作「彼女を好きになる12の方法」の「僕」を思い浮かべました。
野上君はその「僕」と同じように、ラノベ読者諸兄の多くから感情移入を獲得し得る存在かもしれません。
だけど野上君には「僕」と違って致命的な欠点があります。

それは、「性格はともかくクラス一の美少女である三野瀬に好かれている」という欠点です。

そんなやつに感情移入なんかできるかぁーーーー!

まあ、それは置いときます。w

創吾が進示朗の言う「青春ってのは実に面倒」の正の側面だとすれば、野上君は負の側面の体現です。
彼の想いは結局報われませんでした。
柚舞の「野上君、何も関係ないじゃない」という科白は彼を奈落に突き落とします。

柚舞がこれを意図的に言ったのか、それとも無意識だったのかは、私には分かりませんでした。

以前見たテレビのバラエティー番組で「告白してきた男を振った場合、その後どのような態度を取るのがいいか」という設問で、①優しくフォローする ②冷たく突き放す という二択のうち後者が正解だとしてありました。

相手にきっぱり諦めさせることが、その相手にとってもいいということです。
これ、うーん、まあ、確かにそうなんだろうけれど。

リアルの世界でその場面を想像すると、男の立場では心が折れてしばらく再起不能になってしまうんじゃないかなあ。
双方の性格とか、それまでの経緯とか、その後の立場とか、色々あるから一概には言えないですけれどね。

物語の世界では、女性が冷たい態度を取った理由が明らかにされていれば、読者の立場で見たときにまだ救いがあります。

でも本作では柚舞がそれを口にしたことの明確な説明はありません。
柚舞は創吾に惚れているからそれ以外の男のことは眼中になく、言った科白は本人にとって深い意味がないということなのかもしれません。

その場面が野上君視点で描いてあり、それ以外の場面は創吾視点だから説明の入れようがないことは理解できます。
でもあの科白には「寸止め」で済ますにはそぐわない重みがあります。

意図的であれ、無意識であれ、野上君にとってあのセリフがもたらす結果は同じです。
明確な説明がないことによって、読者の気持ちは野上君のそれにシンクロします。

野上君、頑張れ。
君には明るい未来がきっと待っている。



==

※1

私、子供の頃お隣と筋向いに一つ年上の女の子がいまして、小学校に入るまでは三人でよく一緒に遊んでいました。
世間一般ではこれも幼馴染になるのでしょうが、自分では全くその意識がありません。
というのも小学校に入ってからはほとんど遊ばなかったし、中学校以降は会話したこともないからです。
それに一対一ならともかく、向こうは二人でそこに私が割り込んだような形ですからね。

小学校のときの私の地区の子供会で、同学年の子は男子は私一人、私以外の七人は全て女子でした。
全体としての男女比はほぼ半々だったのに、その学年だけ極端でした。
ちょっとやりにくいというか、厳しかったなあ。w
もう一人、一番可愛くて仲の良い子がいましたが、小学校に入る前に引っ越して行きそれっきり会ったことがありません。
(最近、その名前をテレビやネットで目にする機会がありました。勿論本人ではなく同姓同名の人があるジャンルで有名になったということです、w)

そういう境遇なので、物語世界の幼馴染に関して、少なくとも自分の経験に結び付けて考えることはありません。

幼馴染幻想は普通に持っていますがそれはあくまでも物語世界の中だけのことで、リアルに関しては、ごく稀にどこかでそんなこともあるのかなあという程度です。
「普通に持っている」というのが普通かどうかは不明。w

ーー

私の子供はまたちょっと面白いです。
これまで何度か書いているY家の三姉妹と、うちの三姉弟は学年が微妙にずれています。

Y家長女Sちゃん 八歳 大3☆
うち長女     五歳 (謎)
Y家次女Tちゃん 五歳 大1☆
うち長男     三歳 高2☆
Y家三女Yちゃん 二歳 高1
うち次男     〇歳 中2☆

分かりやすくするために次男0歳を基準にしていますので、今の年齢は+14して下さい。
同い歳はうちの長女とY家の次女だけ。大親友です。
この二人が生まれて以降、6人でよく一緒に遊んでいました。
全員が同じ幼稚園、小学校。☆を付けた4人は中学高校も同じです。

SちゃんとTちゃんは現在東京の国立難関大に通う女子大生です。
二人とも某最高学府を十分狙えるレベルでしたが敢えて違う大学を受験しました。
Sちゃんは一浪したけれど次の年はトップ合格して入学式の総代を務めたそうです。その某最高学府生の彼氏がいるらしい。
Tちゃんはきりっとした面立ちの美人です。高校のときは言い寄る男どもを蹴散らして受験勉強したとか。
うちの次男は幼稚園の頃からTちゃんが大好きで、その後も憧れてたみたいです。w

その二人が夏休みで帰省していました。

で、両家の母親も仲良しなので、☆印の4人を連れてお出かけしました。
ちんちくりんだった男の子達が成長してかっこよくなっていると聞いて、それはぜひ見てみたいということになったらしいです。
そのときうちの長女は別の用事があり、Yちゃんは学校でした。

Y家の奥さんは商業施設内に毎夏作られるお化け屋敷に行こうと言い出しました。なぜだか知らないけれどお化け屋敷が大好きなのです。うちのかみさんは入場を拒否。w

うちの次男も怖がりで激しく拒否していたのに、SちゃんとTちゃんに挟まれて引きずられるようにして入ったそうです。
両側から才媛に腕を組まれるなんてそこだけ聞くと羨ましい限りですが、身長は追い越しているから捕まった宇宙人の逆パターン。
「いやだぁ~」という叫び声も空しく、ひどい目に遭ったようです。w

二人にとっては弟みたいな存在なんだろうなあ。

ちなみにYちゃんは上二人よりもさらに出来がいいらしい。なんて姉妹だ。
一つ違いのうちの長男との間でまた面白い話があるのですが、それは別の機会に。


==

※2

これは創吾のセリフを借りて表明した八重野さんご自身の見解なのでしょうか。
だけど、高校生男子が同級生女子を話題にするとき「あいつとは幼馴染だ」と自分から口にすることはまれではないでしょうか。
話の流れで「あいつ近所でガキの頃は一緒に遊んだなあ」「えっ。それじゃ幼馴染か?」「まあ、そういうことになるかな」だったらあるかな。

「幼馴染」という言葉の持つ意味合い、ニュアンスは昔と比べて少し違ってきているように思えます。

私の若い頃にはあまり注目されることのない、せいぜい永六輔さんが作詞した歌で惹起されるイメージを伴った言葉でした。
あの歌、NHKの番組くらいでしか取り上げることがありません。
聞いていてかなり気恥ずかしいものでした。

現在はラノベやコミック、ゲームでの扱いもあって、実態とはかなりずれた独特の存在感がありますよね。

神のみぞ知るセカイの桂馬が示した幼馴染必須の要件の最後は「将来の結婚相手」でした。
そこだけ考えると永さんの歌と同じだけど、結婚に至るプロセスが昔と今では違いますからね。

だけど「やたらと過剰反応して息を荒くさせる輩」はどの辺に反応するんだろう。
まさか一緒に風呂に入った経験とかそんなレベル? ww

==

※3

常套句はともかく、私は自分で流行語を使うことにかなり抵抗があります。
意識しないで使っていることがあるかもしれませんが、流行っているからという理由で使うことはありません。

今の瞬間で言えば「倍返しだ」と「お・も・て・な・し」かな。
ただ、全ての流行語を使わないということではありません。

現に「じぇじぇじぇ」は家の中で結構使っていますし、「リア充は死ね(爆発しろ)」だったら口には出さなくても思ったりはします。w

毎年年末に発表される新語・流行語大賞の結果を見ると、あれにはその年の世相を切り取って記録するという意味はあっても、言葉そのものの価値が殆ど感じられません。

それは、選ばれる言葉の殆どがテレビを中心としたメディアから生まれたものだからだろうと思います。
こう言ってしまえば、そもそも流行語はメディアからしか生まれないのではないかと反論されるでしょう。

しかしその言葉の持つ価値、もしくはインパクトを一般大衆がどのように捉えるかは、それぞれの言葉で違うと思います。

単に新しくでてきた物や事象を指すだけのものであれば、その物や事象に意味があるのであって、名前としての言葉に価値があるとは思えません。
芸人さんの決め言葉もそうです。言葉そのものを面白いと思うか、芸人さんの存在が面白いのかで意味合いが違ってきます。

この観点で見たとき、メディア(ここで言うメディアは狭い意味の古いメディアです)が持て囃して世に出たり流行ったりした言葉の多くは面白みを感じないのです。

逆に表のメディアには殆ど出てこない「リア充は死ね(爆発しろ)」はとても面白いですよね。
かなり過激な言葉ですが、そこに込められた諧謔が泣けるじゃないですか。w
この言葉をリアルで聞いたのは、私がコミックシティに行ったとき、サークル仲間の友達が実際に口にした場面でした。
オリジナルがラノベのキャラだったとは最近まで知りませんでした。

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