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遅れてきた突っ込み
書きたいことは山ほどあるけど、暇がない。 だから、多分、どれも旬を過ぎた話題ばかりに なりそうなブログ。ここでのハンドルはたか号ですが、小説などはgatsutaka名で書いています。
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「ライトノベルは好きですか?」感想及びKSI入会希望届
以前から薄々自覚していましたが。

どうも私、黒髪萌えで、セーラー服萌えで、二次元萌えという立派な変態だったようです。
← このブログの他の文章を読んだことのある人からは、何を今更と言われそうだ。w

大橋崇行:著、和遥キナ:イラスト、「ライトノベルは好きですか?  ようこそ! ライトノベル研究会」(以下本作)を読みました。

ライトノベルは好きですか?― ようこそ! ラノベ研究会ライトノベルは好きですか?― ようこそ! ラノベ研究会
(2013/04/12)
大橋 崇行

商品詳細を見る


1/3程読んだ時点でとらのあな、アリスブックス、その他の手段で和遥キナさんのイラスト集、イラストを担当したラノベを買い漁りました。
現時点で8+2冊。

そのイラストについては後述します。まずは本作について。

尚、この文章の中にあるリンクは特記している場合(2か所)を除いて、全てこのブログ内の文章を指しています。
興味を引かれるものがありましたら、お読み下さい。


==

はっきり言います。
本作は和遥さんが描いた若菜がカバーでなかったら買っていません。
内容に興味はそそられるのですが、以前書いたように私はラノベがあまり好きではないのです。

本作は大雑把に言えば(1)ラノベに関する薀蓄の部分と、(2)本編ストーリーから成ります。
その二つの部分が一つの作品として融合してあります。
ストーリーの中に薀蓄が織り込まれていると言えばいいかな。
各章の終わりにコラム的な解説、各ページにはそこで言及されている事柄の脚注が丁寧に付けてあって、とても読みやすい構成になっています。

(1)の部分は私のようにラノベにまだ足首くらいしか浸けていない者にはとても為になる内容でした。
一応メジャーな作品の名前は知っている、ある程度は読んでいる、ラノベの前史に当たる部分は同時代性を皮膚感覚で分かっている身にはとても面白かったです。

コバルトシリーズやその前のSFジュブナイルシリーズは読んでいました。
その前の江戸川乱歩辺りはあまり興味がなかったので読んでいません。
「超革命的中学生集団」のタイトルは懐かしかったなあ。

それとラノベのネタを使ったギャグの部分は「あまちゃん」に毎回組み込まれている芸能界の小ネタで笑うことに似たニヤニヤが止まりません。
エンドレスエイトのアニメ8回分を一日で見ろなんて正に鬼の所業だ。今度やってみよう。w

私の世代でラノベネタで笑えるやつなんて、出版関係者や作家、評論家でもない一般人には稀な珍種なのかな。
大橋さんには「そうでもないっす」と言われるような気がする。w

勉強にもなりました。
メディアワークス文庫が狭義ではラノベに含まれないなんて知らなかった。
素人が知ったかぶりして文章を書くと火傷するいい例かもしれない。
それと、ネットに転がっている感想(つまり私が書いているようなもの)を研究に使うのはご法度だったとは。w
はい、役に立たないゴミ文章をたれ流しております。

尤も、本作はラノベにどっぷり浸かっているいる人にはもしかしたら物足りない、突っ込みが足りないと感じられるのかもしれません。
但しこれは「初音ミク公式ガイドブック Mikupedia」に私が大いに不満を感じたことからの類推に過ぎないので、根拠はありません。

(2)の部分はヘタレとまでは言えないけれど、ちょっとトホホでそれでいて卓越した慧眼も持っている(らしい)大学生を主人公にしたごく普通の楽しめるものになっています。

光輝が卒論で羅生門の老婆の年齢を考察しようとしたことは、夏目レイコや日永梨枝子の年齢を考えた私と同じじゃん。w
でも私がこの二人を考えたのは、それぞれ十代の頃の姿が描かれているからです。
婆さんの姿だけだったら年齢など気にするはずがありません。※1

若菜のキャラは狙い過ぎかなあと感じる部分もあるのですが、天然っぽい毒舌がビジュアル的によく似ている氷菓の千反田えると比べて見事に差別化してあると思います。
これは天然である分、元々毒舌キャラとして作られた女の子や、御坂妹が放つ毒舌とは少し違います。※1
アイスまんじゅうはよかった。
私もガリガリ君よりそっちのほうが好き。w ※1

ただ、この物語部分は少し切れが弱いと感じました。
これは一般的なラノベ主人公とほぼ同じになっている光輝のキャラ設定が、私が好ましいと感じる範囲から少しだけずれているせいでしょう。
それにあの境遇で「リア充は死ね」なんて思ったら、読者から反発されますよね。w

また、読者の予想を裏切る展開はいいとしても、全貌が明かされてみると、えっ、そっちの方に行っちゃうの? という感想を持つのは私だけではないはずです。

ストーリーやキャラについてこれ以上踏み込んだ内容紹介はしないでおきます。

続編は声を大にして所望します。
今度はとある飛空士シリーズも取り上げて欲しいなあ。
追憶、恋歌はともかく、夜想曲がラノベレーベルで出版されたことなどを。

==

さて、冒頭で書いたように和遥キナさんのイラストについてです。

ここから先はかなり暑苦しい文章になると思うのでご注意下さい。w
大火傷するのは覚悟の上で書いています。ww

だた、あくまで私の個人的なことを書いているのであって、一般論を述べるつもりはありません。

「萌え」「萌える」「二次元萌え」といった言葉の意味合いはそれぞれ異なります。
できるだけ区別して使用することにします。

ーー

日本における美人画の系譜は、江戸期の浮世絵、大正の竹久夢二、昭和のおおた慶文程度しか知りません。
無茶苦茶大雑把でしかも片寄っている。www
実はこの3種、画集すら持っていません。(国芳は持ってたかなあ。ここでは関係ないや)

現在においては美少女イラストが大量生産されています。
これを美人画の範疇に含めてしまうのは乱暴かもしれません。
(ある程度時間が経って、歴史的文脈で見返したときにはそういうこともあるかもしれないですけれど)

乱暴だと思うのは、美人画が「美」の観点で描かれているのに対し、美少女イラストは「萌え」を最高価値として描かれているからです。。

美の観点には一種の精神性が含まれています。
敢えて言葉にすれば、浮世絵は艶、夢二は儚さ、慶文は無垢ということになります。
作者は意識するしないにかかわらず描いている女性の向こうにそれを見ているのです。
しかし美少女イラストには、それが描かれる動機に精神性は希薄だと感じています。

では「萌え」には何があるのか。
それとも何もないのか。
それともこれから新たに何かを見出すことができるのか。※6

ーー

「萌え」、特に「二次元萌え」の対象は肉体を持っていません。
実在のアイドルを萌えキャラ風に描いたとして、その絵に萌えることとその絵の向こうにいるアイドルに萌えることとは全く別の事象です。

浮世絵の美人画は遊女のプロマイドとして描かれたものが多いです。
カタログ的に「今度はこの娘を買おう」なんていう見方もあったでしょうが、遊郭に行く金もなくその絵を代替物とすることのほうが多かったでしょう。
そのとき、絵そのものに何らかの感情(純情でも劣情でも)を抱くことは考えられません。
感情の向かう先は描かれているモデルの遊女であるはずです。
これは現代のアイドル萌えと同じ三次元萌えの事象に当たります。※2

こう考えると現代の二次元萌え(ちょっと前の言い方では二次元コンプレックス)は、従来の日本になかった新しい現象であるということになります。※3

勿論絵そのものに惚れこむという例は以前から当然あります。
その中には現代の二次元萌えに通じるケースがあるかもしれませんが、多くは「物としての絵画」に惚れる、つまり絵画コレクター的な意識が強いのではないかと思います。

ーー

本作では「萌え」と「フェチ」があまり区別しないで使ってありました。(誤読だったら御免なさい)
私はこの二者は別物と思っています。別というより、二次元萌えは二次元フェチを内包すると考えています。「萌え」⊃「フェチ」です。
フェチには本来はもっと広い意味がありますが、ここでは「性的嗜好」に限定して捉えます。

このテーマで文章を書くと、どうしても自分の個人的な性的嗜好の一部を開示することになるので避けたいのですが、敢えて続けます。

私は二次元萌えではあっても、二次元フェチではありません。
つまり上の式(「萌え」⊃「フェチ」)で言えば萌えのうちフェチ部分を除外したところしか持っていないということです。
萌えを感じるイラストを前にして性的興奮を覚えることはありません。

全く無いと言えば少し嘘になるかな。
萌えキャラを使ったR18のマンガ、イラスト、そこまで露骨でなくても下着姿、入浴シーンなどを見たときの一般的な身体反応(なんかいやらしいなw)はあります。
ただこれはそこに表現された性行為、性器、下着姿といった直截的なイメージが示す「事柄」に反応しているのであって、絵そのものへの反応ではないと思っています。

別の言い方をすれば、身体的性的興奮を惹起するようなイラストには、そこにどれほど可愛い女の子が描いてあっても、萌えを感じることはありません。

注意して欲しいのは、私はここで扱っている二次元萌えは、もう一つ自覚のあるキャラ萌えとは別のものだと認識しているということです。
例えば、私は神のみぞ知るセカイの汐宮栞に激しく萌えを感じますが、ネット上に出回っている栞のイラスト全てに萌えることはありません。

定義としては異端かもしれませんが、「二次元萌え」はそのとき自分の目の前にある一枚のイラスト、そこに描かれた対象(少女以外有りえないにしても)に感じるものとします。
同じキャラを描いた別のイラストはその時点では埒外のことなのです。

ーー

なんだか話がぐだぐだしてきたので、ここまでを中間的に整理します。

私は二次元の存在である美少女イラストに萌えを感じることがあります。
但し、それは以下の場合に限られます。

・その美少女の顔が私の好みであること
   精神性云々の前に、これは言うまでもなく当然だ。w
   身体デッサンが正確なほうが好ましいですが、あまりこだわりません。
・その少女の向こうに具体的な存在が感じられないこと
   絵師さんのことではありません。
   モデルはいても構いませんが、知りたくないし見たくありません。
・性的興奮を惹起させないこと
   媚びた表情、パンチラでもダメ。
   極端な巨乳などもっての外。
   えっちなのはいけない思います! ※4
・描かれている少女に私が何等かの精神性を感じること
   後述します。

ここまで書いてきた文章が分かりにくいのは、実はこれから書く内容を先に考えて、その結果として自分の考えをまとめるために書いたものであることによります。
どういうことかは、先をお読み下さい。

ーー

私はネット上で和遥キナさんのイラストを何度も見た記憶があります。
しかしこれまではワンオブゼムという認識でした。

本作を読み始めて、ちょっと興味を引かれて改めてPIXIVを開いてみました。
そして春夏秋冬が委託に入っていることを知って速攻で注文しました。

「春夏秋冬、黒髪セーラー服少女 僕と君と架空世界と」

この画集の内容はタイトルが端的に表しています。
登場するのは原則として黒髪セーラー服の少女だけ。
3月から2月まで順に、各月そして四季を背景としています。

各季節の最初には和遥さんによる見開きのイラストがありあます。
春は桜、夏は草木、秋は紅葉、冬は雪原です。

そして各季節3人ずつのゲスト絵師さんによるイラストがあります。
一人に一つの月が指定してあり、それぞれ工夫をこらした作品となっています。
ゲスト絵師さんのイラストは一人を除いて1ページ。見開きの片方のページにはご本人によるコメントも載っています。

12人のゲスト絵師さんの作品はどれも素晴らしいです。
私が強く心惹かれたのは黒獅子さんの9月、ぶーたさんの10月、フカヒレさんの2月かな。
ゲスト作品についてはこれ以上は言及しないでおきます。

最後の見開きには和遥さんによるあとがきと、全てのゲスト絵師さん及びその作品へのコメントも載っています。

あとがきの文章は圧巻です。
黒髪、セーラー服に関する想いが熱く熱く語られています。。
四季で分けて書いてある部分は自作に関する直接の解説ではなく、春夏秋冬それぞれの季節とそこにいる少女のイメージが綴ってあります。

和遥さんの4作品にはそれぞれ感想を述べたいのですが、この文章の目的がそれではないので1作品に絞ります。

それは夏です。

ーー

夏と言えば普通イメージするのは海でしょう。
しかしこのイラストはローカル線無人駅のホームが舞台になっています。

アスファルト部分に草が覆いかぶさり、線路側のコンクリート部分との境目にも生えています。ホームの背後には灌木が繁茂しています。
ホームに設置された標識の柱に錆が浮いています。駅舎は見えません。
単線線路の枕木の間にも草が目立つので廃線かと思いましたが、レール上面に錆がないことから現役の路線のようです。

線路の向こうに遠景として建物がぼやけて見え、そのさらに奥に背の低い山の稜線が連なっています。
空は晴れていて、刺すような強い日差しはありませんが、空気に含まれる湿度と草や木の緑の匂いが湧き立っているのが感じられます。
時間帯は分かりません。昼下がりのような気がします。

見開き右ページの下のほうに、半球ドームのようなものが見えます。
大きいものと小さいものが入れ子のようになっていて、大きいほうは殆ど透明で外周の縁が赤く染まっています。
小さいほうは全体に白っぽく、大きなシャボン玉のようにも見えます。
その向こうに透けて見える草も一部赤く見えます。
これはカメラのレンズのハレーションなのでしょうか。

そのホームの端に近いところに少女が一人で立っています。

肩には黒いバッグ。学校指定の通学用でしょう。
茶色の靴に紺の短めのソックス。右足を踏み出そうとしているようにも見えますが、ふと立ち止まったという感じです。

細かくはないプリーツの紺のスカートに白いセーラーの上着。襟の縁と半袖の袖口にブルーの2本ラインがあります。
スカーフ(和遥さんはネクタイと呼ぶらしい)はオーソドックスな長さで、ラインと同系の靑です。

腰に届く長い黒髪。
それが風でなびいていますが、他に動くものの気配はありません。

でも場面が止まっているのではありません。
夏の日がそこにあり、その中で少女は確かに生きています。

そして大きな目で自分の右側、線路の方を見つめています。
角度から推定して、やってくる列車を見ているのではありません。
目線はちょっとだけ上向きです。

そちらに何かを見つけて、それが何なのかを確認しようとしているのでしょうか。
少し口を開けているのが余計にそう思わせます。

sm_file.jpg


そのイラストを眺めていた私は驚きました。
自分の目がうるんでいたからです。

ーー

私はマンガやアニメ、小説(ラノベを含む)などのストーリー、キャラを見るとき、自分の過去の経験や知っている人、見聞きしたことに照らして比較することがよくあります。
それだけではなく、経験できなかったこと、手に入れたもの、失ったもの、手に入れることができなかったもの、願望、成功、失敗といった今の自分を構成するありとあらゆるものと対比して、今自分が見ているものを定義付けしようとします。

その結果、好悪や快不快、怒り、恐怖、切なさ、そして愛しさといった反応が現れます。
ところが、このイラストで目がうるんだのはそういうことではないようなのです。
無意識レベルでは色々あるのかもしれませんけれど。

そうではないと自分で思う理由の説明は省略します。
書けばあまりに長く、しかも面白みのないものになってしまいそうです。

ではなぜ私の目がうるんだのか。

この少女に恋をしたのではありません。
これは照れて言っているのではありません。
自分が本当に恋をしたと思ったら、恥じることなくそのままここに書きます。
恋の自覚は人それぞれかもしれませんが、少なくとも、動悸の高鳴りとか、呼吸が早くなるといった身体的変化、胸が苦しくなるあの独特の感覚はありません。

愛しさとか、そこにいるのに触れることのできないもどかしさ切なさといった感情も希薄です。
あったとしても、この少女はそれを拒否するような気がします。
拒否という表現が強すぎるなら、そのような感情は彼女に届かず、届いたとしてもその周囲をすり抜けてしまうだろうという感覚と言ってもいいです。

そもそも美少女というものは鑑賞するためだけに存在しているのですから。※5

前振りが長くなりました。

私の目がうるんだのは、彼女がそこにいることを嬉しく感じたからです。
「そこ」とは描かれている場所のことではありません。
そのイラストそのもののことです。

「彼女がそこにいることを嬉しく感じた」

他人にも分かりやすいかもしれませんが、しかしこの言葉は私の感じたことを正確には表現できていません。

私の感じたことを一番適切な言葉で表現すれば次のようになります。

「そこにいる彼女に萌えた」 ※6

ーー

もし彼女が黒髪でなかったら、セーラー服を着ていなかったら、この感覚はなかったでしょう。
他の姿の彼女などどこにもいないのだから確かめるすべはありませんが、絶対に間違いありません。

黒髪の意味、セーラー服の意味は、これまたとても長くなるので説明を省略します。

ーー

私の目がうるんだのにはもう一つ理由があります。

「ああ、よくこれを描いてくれた」

それはこのイラストを描いてくれた和遥さんへの感謝です。
こう言うと、きれいごと、和遥さんへの媚びへつらいのように取られるかもしれません。

私は社交辞令が苦手で、自分で本当に思ったことしか文章として書くことができません。
思っていないことを文章にすることに罪悪案を覚えるからです。
なので意図したきれいごとを書くことができません。
ましてや媚びへつらいはできません。
そんなことするくらいなら書かないほうがましです。

画集の最後にある和遥さんの文章には、黒髪セーラー服への愛が溢れています。
それには私と共通する部分があるかもしれませんが、私なんかより遥かに深く考えておられるのも確かでしょう。

でも動機はどうでもいいんです。
あのイラストを描いて、私に見せて下さったことに感謝したいと思います。

ーー

あのイラストはPIXIVや和遥さんのサイトなどで見当たりません。
どこにもUPされていないようです。

唯一ネット上で目にすることができるのは、夏コミで頒布された紙袋セットの中に入っているクリアファイルです。見開きの左ページ部分が使ってあります。
お品書きのページ → http://kazuharukina.info/doujin.html
神袋セットを買ったKazblog管理人さんによる紹介のページ → http://aistnkaz.blog.fc2.com/blog-entry-147.html

上の方に貼ったクリアファイルの写真はKazblog管理人さんのご厚意で掲載しています。

このクリアファイルすんごく欲しいんだけど。
バラでこれだけ手に入らないかなあ。

ーー

「僕と君と架空世界と」はこの画集のサブタイトルだと思っていました。
表紙の体裁からそう思う人は少なくないと思います。

ところが、奥付に「出版:僕と君と架空世界と」と書いてあります。
和遥さんの個人サークル名でした。

でも、サブタイトルと解釈してもあながち間違いではないような。

だとすれば。

イラストに登場しない「僕」は、第一義としては和遥さんなのでしょう。
でも、私を含む読者(閲覧者? 鑑賞者? 愛好者?)全員も第二義ではあっても「僕」にさせてもらっていいのだと思います。

「君」はそれぞれのイラストに描かれている少女達。

「架空世界」の解釈は人それぞれかな。
私はこの画集そのもののことだと思っています。

ーー

さて、本作(研究会のほう)中にある団体の名前が出てきます。
「黒髪推進委員会」略してKSIです。

会員として名前があがっているのが、近代文学研究者・ラノベ作家:大橋崇行、イラストレータ:和遥キナの二名。両名とも登場人物の結衣に変態だと言われています。

この団体、実体があるのかどうかよく分かりません。
検索してみると、同じ名前の、それでいてお互いに全く関係なさそうな団体が沢山出てきます。
ニコ動のコミュニティ、ジャニーズタレントのファンサイト、レイヤーさんの個人サイト、50人の会員名簿があるサイト。
どういうことかな。

その殆どが似合っていない(また余計なことを言うw)のに茶髪・金髪が当たり前になった日本で、伝統的な黒髪を推進する活動・運動を意味する一般名詞的なものなのでしょうか。

本作で言われているKSIはこういう同名団体の一種ということ?
それとも黒髪愛好家の別称もしくは蔑称なのかな。

「推進」の意味もよく分からない。何かを推し進めるということですよね。
黒髪保存運動推進とか、金髪から黒髪へ戻させる活動推進だったらまだ理解できるんだけど。

ま、いいや。

もし本作で言われているKSIが実在するのなら、ぜひ私を入会させて下さい。
それが許されたら、微力ではあってもその会の発展に寄与したいと思っています。
但し勝手にSの推進をセーラー服に読み替える、もしくはKSSIであると認識することもお許し下さい。

もし架空の団体なのであれば、私は自分をKSIの心の会員ということにします。

この世界では「変態」が褒め言葉であることを信じて。wwww


===============================


※1

本作の感想は2/3程度読んだところで書き始めました。
最後まで読んだら、若菜の毒舌は天然とは違ったみたいですね。
大変残念ながら、私は若菜にはキャラ萌えできませんでした。
必須とは言わないけれど、ヒロインは主人公に普通の意味で惚れてなきゃダメですよ。w
夏目レイコ  緑川ゆき作 夏目友人帳 主人公夏目貴志の祖母・故人
日永梨枝子  若木民喜作 神のみぞ知るセカイ 駆け魂の持ち主
御坂妹    鎌池和馬著 とある科学の超電磁砲 御坂美琴のクローン10032号

ガリガリ君  赤城乳業の氷菓 同日発売であった
       ぷよ作:長門有希ちゃんの消失(5) 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱(7)
       2冊のカバーイラストで長門有希が食べている

とある飛空士 犬村小六著 追憶、恋歌、夜想曲、誓約と続く戦闘機乗りを主人公にした物語シリーズ


※2

本作中に浮世絵への言及があるとは思わなかったなあ。
浮世絵をアイドル萌えに対比させた部分を書いたとき、第4回研究会はまだ読んでいませんでした。

でもちょっと視点が違うんですよね。
本作のほうは、浮世絵をラノベのイラストと対比してあります。


※3

二次コンプレックスと言われていた頃は、上で私が異端とした二次元萌えとキャラ萌えとの分化はまだ発生していません。

それは当時まだネット環境がなく、一次創作(つまりは原作者)の作品以外はそのキャラクターを描いたものを一般人が目にする機会が殆どなかったからです。
紙媒体の同人誌はありますが、それを入手するにはイベントに参加するしかなく、委託販売の通販すらかなり敷居が高かったはずです。
アニメの作画は原作者とは違っても、受け取る側の意識は同じです。

私が言う意味での二次元萌えが発生したのは、デジタル技術で多くの絵師さんによって大量のイラストが描かれ、それがネットで大規模に拡散する環境ができたから故のことです。

私が最初に二次元コンプレックス、つまり今で言うキャラ萌えになったのは、高橋留美子さんのうる星やつら・三宅しのぶです。
ああ、まあ、確かにその頃から黒髪セーラー服萌えだ。www

大学の研究室にコミック全巻持ち込んで、壁には少年サンデーの折り込みポスターを貼っていました。
現在ならともかく、当時少なくとも私の大学でそんなことをする学生はいませんでした。

時期ははっきり覚えていませんが、笑っていいともに中学生くらいのひ弱そうな男の子が一般人として出演したとき、司会のタモリさんが「ねえ君、ラムちゃん好きでしょ。好きでしょ」と弄っていたのを見たことがあります。
そのあまりに見下したような言い方に腹が立ったなあ。

最近では映画コクリコ坂からの海ちゃんかな。
但し海に関してはその黒髪セーラー服すら度外視した、彼女の性格に対するキャラ萌えであって、二次元萌えではありません。


※4

「えっちなのはいけない思います!」※4.1

これは美少女イラストに萌える条件の一つとして言っているのであって、それ以外の場面では不可ではありません。むしろ可。※4.2

現に、こんな文章も書いています。→ スカートの中の宇宙
これは別の意味で変態だ。w

 ※4.1 本作でも引用されているまほろのセリフ。
 ※4.2 「むしろ可」のオリジナルは何なのだろう。私はハルヒちゃんのセリフで知ったのですが。


※5

「美少女は鑑賞するためだけに存在している」

こう言っちゃうと、女を物として見ているのかと批判されるかもしれません。
変態のたわ言だと受け流して頂ければ幸いです。

一応、ここで言っている美少女は「イラストに描かれた美少女」を指しています。

でも実在の美少女についても基本的な考えは同じです。
実在についての言及はこれまたとてつもなく長くなるし、この文章を書いた趣旨からずれた話になるので省略します。


※6

以下は、本当は上の本文に入れたかったけれど文章の流れでそれができなかったのでここに書きます。

本文で艶、儚さ、無垢と美人画がその奥に秘める精神性を表現してみました。
これらは、特に後の2つはそれぞれ一人の画家によるものですから、絵画として求めるものを一つの言葉で表すことが可能でした。

美少女イラストは「それが描かれる動機に精神性は希薄」だと言い切りました。
もしかしたら多くの絵師さんからお叱りを受けるかもしれません。

それぞれの絵師さんが、それぞれのイラストに色々な思いを込めて描いているのであろうことは想像できます。
しかし受け手である私の目には、それがなかなか見えないのです。
ある程度は受け取っているとしても、絵師さんの数が多いことから、私の中で希釈されているのかもしれません。

でも。

あの部分を書いたのはほんの2,3日前のことです。
本文を書き終わった今になって考えが変わりました。

>では「萌え」には何があるのか。
>それとも何もないのか。
>それともこれから新たに何かを見出すことができるのか。

答はあきれるくらい単純でした。

>美の観点には一種の精神性が含まれています。
>敢えて言葉にすれば、浮世絵は艶、夢二は儚さ、慶文は無垢ということになります。
>作者は意識するしないにかかわらず描いている女性の向こうにそれを見ているのです。
美少女イラストを描く絵師さんはその美少女の向こうだけでなく、全ての方向に「萌え」を見ているのではないでしょうか。
ここで言う「萌え」は大きな概念であり、個々の絵師さん毎にそれを表す言葉、別の言い方をすればアイテムが異なっていて構いませんし、当然異なっているでしょう。

そしてそのアイテムが私が求めるアイテムに一致したとき、そのイラストを見た私も「萌える」のです。

アイテムは物とは限りません。
少女の身体やそのパーツ、表情かもしれません。
可憐さ、明るさといったプロパティに属するものでもいいし、勿論、艶、儚さ、無垢であっても構いません。

今回私が萌えた和遥さんの夏のイラストのアイテムは、物としては「黒髪」「セーラー服」です。
しかし私は全ての黒髪セーラー服イラストに萌える訳ではありません。それだけでは不十分です。

夏のイラストに描かれた少女について言えば、顔、スタイル、表情、視線、姿勢を含めた彼女の「佇まい」が最大のアイテムになります。

さらにもう一つのアイテム、あのイラストに込められた和遥さんの形のない想いに共感し、それに感謝することも必要でした。

まとめます。(以下はトートロジーにはなっていないと思っています)

美少女イラストは「萌え」を最高価値として描かれ、その精神性も「萌え」である、
作者さんの「萌え」に共感したとき、私も「萌える」のだ。


2013/10/15 追記

和遥キナさんにこの文章を書いたことをお伝えしたら、読んで下さってお返事を頂きました。
その上、ツイッターでご紹介して頂いて、驚くくらい多くの人が読みに来て下さいました。
嬉しかったなあ。

そのお返事に、

>描く女の子は没個性的でキャラが立っていない
>僕にとっての君は萌えキャラじゃなくていい
>空気感を重視した背景をかいている

とありました。(お返事の文章そのものではなくて、少し端折っています)


私が夏のイラストの女の子に萌えたのが、あの子のキャラというより、背景を含んだ佇まいそのものが対象であったことが、これによってとても納得できました。


「春夏秋冬、黒髪セーラー服少女」 まだ手元にない方、こちらからどうぞ。

とらのあな
メロンブックス

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【2013/09/23 22:37】 | # [ 編集]


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